艦娘症候群   作:昼間ネル

38 / 40
「一番確実な方法は?」
「交換式という方法が あっ最も
簡単で あっあっ 一般的なあっあっ」



朱に交われば、赤く染まり…

「…霞」

 

「…何よ」

 

「実はな…お前に会わせたい奴がいるんだ」

 

「私に…会わせたい人?」

 

「ああ…入ってくれ」

 

提督が声を掛けると、執務室のドアがゆっくりと開かれた。ドアの向こうにいた者は、恐る恐る顔を出した。

 

「なっ…アンタは…!」

 

その顔を見た少女は、まるで雷に打たれたかの様に硬直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ…これ、どういう事?」

 

机に座る男の前に二人の少女が詰め寄っていた。

やや怒った表情の少女は一枚の紙をヒラヒラさせ、もう一人の少女は、どうしていいのか判らず目を泳がせていた。

 

「はわわ…か、(かすみ)ちゃん、司令官を責めちゃ駄目なのです」

 

「別に責めてる訳じゃないわよ、(いなづま)

 

「この編成表が、どうかしたのか?」

 

「どうもこうもないわよ!どうして、あたしの名前が無いのよ!」

 

「あぁ、そういう事か。霞は以前の件もあるから、少しはゆっくりして貰おうって事だよ」

 

「はぁ?じゃあ、何で電の名前はあるのよ?」

 

「それは…(いかずち)(あかつき)との仲も考慮してだよ。お前だって荒潮(あらしお)と組んだ方がやり易いだろう」

 

「そうじゃないわよ!どうして電は出撃出来るのに、私は出れないのよ!」

 

「そう言えば…この間、荒潮が最近、霞と組んでないって寂しがってたな…」

 

「えっ!あ、荒潮…姉さんが?」

 

「早速、次の任務にでも「ま、待って!解ったわ!今回はこれでいいわ。だからアンタも余計な気を使わなくていいわ」

 

「ははっ、遠慮するなよ。お前も姉妹艦の方がやり易いだろう」

 

「わ、私は相手が誰だろうと任務を果たすわよ!それに私と電は仲が良いんだから。そうよね、電?」

 

「へっ?は、はい!そうなのです!電と霞ちゃんは仲良しなのです!」

 

「そうか、じゃあ電も一緒に荒潮と「察しなさいよ、このクソ司令官!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女、朝潮(あさしお)型駆逐艦の10番艦、(かすみ)は元々は別の鎮守府にいたが、ある事情で今の鎮守府へとやって来た。来た当初は何も期待してはいなかったが、今は、ここに来た事は間違っていなかったと思っている。

この鎮守府には彼女の姉に当たる荒潮(あらしお)も居る。最近では(あかつき)型駆逐艦の(いなづま)とも気が合うのか一緒に行動する事が多い。共に末っ子の筈だが、些か気の弱い彼女といると姉貴風を吹かせられるのが新鮮なのかもしれない。気付けば荒潮といるよりも電と共に過ごす時間の方が多く、電も霞の事は憎からず思っている様だった。

 

とは言え、彼女の艦生…もとい人生は決して順風満帆とは言い難かった。

以前の鎮守府も、あるトラブルから離れる事になった。今の鎮守府に移ってからも、ある出来事が彼女の心に大きなトラウマを作っていた。

 

天龍(てんりゅう)の轟沈。

 

今の鎮守府にも軽巡洋艦の天龍は在籍する。だが、今の天龍は霞には…おかしな言い方だが三人目に当たる。

艦娘は轟沈しても建造や再び復活する場合がある。これまで天龍は二回轟沈しており、この鎮守府に天龍が来るのは三回目になる。

霞は天龍と係わる事で、決して消えないトラウマを負う事になった。

一つは、天龍を自らの手で沈めた事。

霞にとって、天龍は自分の理想とも言える艦娘だった。その天龍を、よりにもよって自らが葬る事になろうとは…。霞は天龍の顔を見る度に罪悪感に(さいな)まれていた。

 

そしてもう一つ、霞が心の底から恐れる事。

それは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、天龍さんの件は一ヶ月も前なのに。電、あたしって、そんなにヤワに見える?」

 

「そ、それだけ霞ちゃんの事を心配してるのです」

 

鎮守府の中庭で、二人の艦娘が愚痴を言い合っていた。正確には霞の愚痴を電が聞いているだけだったが。霞は先程の話に納得が行かないのか、かれこれ十分以上提督への不満を口にしていた。

 

「それにしたって過保護なのよ。私あれから一度も遠征に出てないのよ?」

 

「霞ちゃんは、前の天龍さんが沈んだ後、電でも心配する位落ち込んでいたのです。だから荒潮さんが無理させないでって頼んでいたのです」

 

「荒潮姉さんが…?」

 

「はい…龍田さんに『こうすれば、お願い聞いてくれる』って聞いてシャツのボタン2個も外してお願いしてました。み、見えちゃうのです…」

 

「龍田に?また厄介な二人が連んだわね…」

 

「その後に『お願い、お兄ちゃん♪』って言えば、だいたい許してくれるって」

 

「龍田の奴、ろくな事考えないわね」

 

「あ、こっちは荒潮さんが言ってたのです」

 

「…」

 

「この技は、電がやると効果抜群だそうなのです」

 

「…今度あたしもやってみようかしら」

 

「あ、霞ちゃんは“妹属性”が違うから効果がないそうなのです」

 

「妹属性って何!?」

 

「霞ちゃんは天龍さんと同じ属性だそうなのです」

 

「だから属性って何?あたし天龍さんと同じ括りなの!?」

 

「荒潮さんの話だと霞ちゃんはツンデレで「も、もういいわ電!その話はまた今度にしましょう!…それよりも電。アンタ…前の天龍さんの最後の事、誰にも話してないわよね」

 

「も、もちろんなのです!この事は司令官にも雷ちゃんにも言ってないのです」

 

「そう…ゴメンね電。アンタまで巻き込んじゃって」

 

「…気にしてないのです。霞ちゃんは色んな事が一杯あって頭が“ぐるぐる”していたのです。だから仕方ないのです」

 

「電…」

 

「この事は、電と霞ちゃんだけの秘密なのです」

 

「ありがとう。でも…フフッ、確かに渦潮だったわね。あの中に飛び込んだから、あたし達ぐるぐるしちゃったのかもね」

 

「かもしれないのです。電も時々頭の中がぐるぐるして、霞ちゃんが天龍さんを撃った事を誰かに言っちゃいそうになるのです」

 

「なっ…ちょっと、アンタ!」

 

「でも、間宮さんに連れてってくれれば元に戻るのです」

 

「…だんだん荒潮姉さんに似てきたわね。分かったわよ、じゃあ餡蜜(あんみつ)奢るわよ」

 

最中(もなか)も付けたら一ヶ月は誰にも言わないのです」

 

「電!アンタまだ“ぐるぐる”してない!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ちょっといい」

 

朝食を取る提督の執務室に客が訪れた。

この時間は手の空いている者は、だいたい朝食なり補給をしている物で、こんな早朝に珍しいと思いつつ提督は箸を止めた。

 

「何だ、任務については前も言ったが…」

 

「そうじゃないわよ。荒潮姉さん知らない?千代田さんと組んでて、確か昨日帰って来る筈だけど…何かあったの?」

 

「荒潮から聞いてないのか?二人は少し遅れるそうだが」

 

「遅れる…艤装が故障でもしたの?」

 

「近くの鎮守府があるだろ。確か、千代田の知り合いの艦娘に会うとかで帰りは今日になるそうだ」

 

「知り合い…?あっちの鎮守府に朝潮型っていたかしら」

 

「そんな事より霞。どうだ、せっかく来たんだから一緒に朝飯でも」

 

「イヤよ、何でアンタなんかと!」

 

「そうか…せっかく間宮さん印の羊羮(ようかん)もあるのに」

 

「えっ!?月に一度しか作らないって言う、あの?」

 

「今ならタピオカも付いてきます」

 

「タピオカ?アンタ朝から何食べてるの!?」

 

「いらないなら全部俺が…」

 

「ま、待ちなさいよ!…せっかくだから食べてくわ。べ、別にアンタと食べたい訳じゃないんだからね!」

 

「はいはい」

 

憮然としながらも霞は椅子に座った。提督が朝食を持ってくると、さっきまでの顔は何処へやら、無邪気な子供のそれへと変わった。

 

「美味しい…」

 

「俺の分も食べるか?」

 

「え…あ、アンタが食べなさいよ。元々はアンタのなんだから」

 

「そうか。霞は優しいな」

 

「何よ、気持ち悪いわね。褒めたって何も出ないわよ」

 

「いや…霞とこうして食事をするのも久しぶりだなと思ってね」

 

「…そう言われてみれば、そうね」

 

「こんな可愛い娘と食事出来るなんて、前の鎮守府の提督には悪いが俺は幸せだよ」

 

「…バカ」

 

確かに言われてみれば、前に居た鎮守府の提督とは、こんなふうに食事をした事はなかったっけ…そう思いながら霞は、甘い羊羮とは裏腹に苦い記憶を噛み締めていた。

元々霞は別の鎮守府に所属していた。

仲間との仲も極めて良好で、全ては順調だった。只一つの事を除けば。

彼女は、その鎮守府の提督との仲が悪かった。

誰に対しても物怖じせず、時には重巡や戦艦相手だろうと思った事をズバッと言う。周囲の仲間達も、これが彼女の長所だと認識していた。

だが、その性格を長所と取るか短所と取るかは、相手にもよる。霞の鎮守府の提督は、それを彼女の短所と捉えた。

その提督も決して狭量な訳ではない。霞の刺々しい言葉も、あくまで部下の意見だと割り切ろうとしたが、内心彼は憤っていた。

人は相手の年齢や外見に因って対応を変える。それは霞達、艦娘にも当てはまる。

もし見た目が彼と同等の戦艦や重巡なら、彼も耳を傾けたかもしれない。だが同じ事を霞の様な、どう見ても子供にしか見えない彼女に言われても、彼には只生意気なだけにしか映らなかった。

そんな彼の態度は霞にも伝わるが、霞は負けるものかと更に意地になった。

ある日とうとう彼は怒りを(あらわ)にし、霞を怒鳴り付けた。霞も彼が嫌いな訳ではない。彼女にとっては頼り無く見える彼に良かれと思い言っただけに過ぎない。霞はそれでも助言を止めず、彼とは口論が絶えなかった。

自分一人が憎まれるだけなら我慢も出来る。だが彼は朝潮型は全てこうなのかと、姉妹達を冷遇し始めた。

…霞は異動願いを出した。

 

この鎮守府に来て姉の荒潮と一緒になれた事は嬉しかった。だが、霞は提督には何の期待もしていなかった。

 

〈どうせコイツも、あたしの事が生意気だって怒るに違いないわ…〉

 

そう思いながらも霞は以前の様に、この新しい提督にも歯に(きぬ)着せぬ言い方を続けた。もう少し言葉を選ばないと提督も怒るわよ?…時に荒潮に(たしな)められたりもしたが、霞は自分の性格を変えようとは思わなかった。

ところが、この鎮守府の提督は霞に小言を言われた程度で眉間に(しわ)を寄せる事はなかった。むしろ暖簾(のれん)に腕押しとでも言おうか、霞が何を言っても軽く往なした。

以前の彼女なら、軽く見られている事に腹を立てただろうが、不思議と怒る気にはならなかった。

彼は自分を以前の様に単なる小娘と馬鹿にしてはいない。一人の艦娘として向き合ってくれている。彼の言葉の節々から、そんな本音を垣間見る事が出来た。

 

〈あたしみたいな小娘に文句言われて、どうして怒らないのよ!〉

 

そんな心とは裏腹に、彼との丁々発止(ちょうちょうはっし)のやり取りを楽しみ、気が付けば、もっともっと彼の事を知りたいと考える自分がいた。

 

『霞ちゃん、それはねぇ~恋って言うのよぉ』

 

荒潮に茶化されて必死に否定した事もあったが、今なら認める事も出来る。

 

〈別にコイツの事が好きな訳じゃないわ〉

 

〈でも、コイツと一緒にいるのも悪くない…〉

 

いつしか彼と過ごす時間を楽しんでいると霞が気付くのに、そう時間は掛からなかった。

 

「…ご馳走さま」

 

「ご馳走さま。霞、今日はどうするんだ?」

 

「天龍さんと演習の予定よ」

 

「そうか…」

 

「情けない顔しないでよ。前も言ったけど、アンタの指揮が悪い訳じゃないわ。それに天龍さんも龍田さんもアンタの事は恨んじゃいないわよ」

 

「まぁ…な。今でも二人の顔を見る度に、悪い事をしたなって思うよ。俺を責めないでくれるのは有難いが」

 

「…フフッ、確かにね」

 

「え…?」

 

「あ…な、何でもないわ!でも、ある日突然思い出したりしてね。あたし達が沈んだのはアンタの所為(せい)だ~って」

 

「借金の事は忘れてくれてると助かるよ」

 

「アンタ部下から、お金借りてるの!?」

 

「借りたんじゃない。二倍にして返すって言っただけだ」

 

「それを借りたって言うのよ、このクズ!」

 

「ち、ちゃんと返してるから怒るなよ」

 

「アンタが沈めば良かったのに」

 

「こう見えて軽いから、そう簡単に沈んだりしないぞ」

 

「魚雷にふん(じば)って坊ノ岬沖(ぼうのみさきおき)に沈めてやるわ!」

 

「天龍にでも頼んで建造で復活させて貰うよ」

 

「アンタ人間でしょ!?」

 

「オレの名は提督。フフフ、怖いか?…ん」

 

ふと、廊下の足音を聞き取った提督は視線をドアへ向けた。霞も釣られて視線を向けると、威勢よく開かれたドアから外見には似合わない妖艶な笑みを浮かべた少女が入って来た。

 

「提督~、あなたの荒潮は只今帰りましたよ~」

 

「ああ、お帰り荒潮」

 

「げっ、荒潮…姉さん」

 

「あら霞ちゃん。仲良く、お食事?隅に置けないわねぇ~」

 

「ち、違うわよ!別にそんなんじゃ…」

 

「その様子だと特に問題はなさそうだな。千代田も無事なんだろう?」

 

「そうよ、隣の鎮守府に何しに行ったのよ。荒潮姉さんって千代田さんと仲良かったっけ?」

 

「う~ん…私が尊敬する人が向こうにいるの。千代田さんにその人を紹介して貰ったのよ」

 

「姉さんが尊敬する人…誰?」

 

「空母の人よ。霞ちゃんも興味あると思うから、後で話してあげるわ」

 

「おいおい、俺は蚊帳(かや)の外か?」

 

「ここから先は女子会で~す♪」

 

「どっちかと言うと、お遊戯会…」

 

「…何か言ったかしらぁ?」

 

「お茶請けは最中(もなか)でいいかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈うふふっ、間宮さんに羊羮貰ったのです♪司令官、喜んでくれるかな?〉

 

二人分の羊羮を持った電が、意気揚々と廊下を歩いていた。廊下を曲がり執務室へ向かおうとした矢先、聞き慣れた声に電は足を止めた。

 

「じゃあ提督、またね~」

 

「サボるんじゃないわよ?」

 

〈あれは霞ちゃん…それに荒潮ちゃん?帰っていたのですね〉

 

二人の声が聞こえなくなるのを確認すると、電は執務室のドアを開けた。

 

「あ、あの!司令官さん…あっ」

 

「おはよう、電。何か…」

 

ふと、電の視線が目の前の空の食器に注目している事に提督は気付いた。電の表情がみるみる暗くなるが、その手に握られている二つの羊羮を見て、提督は電の用件を把握した。

 

「ちょうど良かった。食後に甘い物でも食べたかったんだ。それは…もしかして羊羮?」

 

「は、はい!間宮さんに分けて貰ったのです。でも提督さん、今ご飯食べたばかりじゃ…」

 

「デザートは別腹だよ」

 

「…ふふっ♪司令官、赤城さんみたいなのです」

 

「赤城に言うぞ」

 

「な、内緒にして欲しいのです!」

 

「じゃあ口止め料に、その羊羮、半分貰おうか」

 

「ふふっ♪はいなのです!」

 

電は普段一緒な霞や雷とは別に、こうして早朝に提督に会いに来る事がある。

世話女房タイプの雷に隠れがちだが、実は電も人に頼られるのが好きな一面がある。ただ、霞や雷といった個性的な面々に隠れ、そんな一面を発揮出来ないでいる。

こうして早朝に、しかも一人で来るのは霞達といると提督を独占出来ない為なのかもしれない。

提督も、そんな電の心情を察しているので、彼女の密かな独占欲を満たす様に努めている。

 

「…それにしても、最近霞といる事が多いな。どちらかと言うと電とは正反対の性格だろう?意外だよ」

 

「ふふっ、そうでもないのです。霞ちゃん、電とよく似てるのです」

 

「そうかな~。少なくとも電は俺にクズなんて言わないだろう?」

 

「く…!そ、そんな事、電は絶対言わないのです!」

 

「だよな。もし電にそんな事言われたら壁に衝突して死ぬかも」

 

「…霞ちゃんが言いたくなる気持ち、少し解ったのです」

 

「え…」

 

「な、何でもないのです!でも霞ちゃん、本当はとっても寂しがり屋さんなのです。でも恥ずかしいから、ついつい怒りんぼさんになっちゃうのです」

 

「怒りんぼだからって、上官に『死ね』はないと思うが…」

 

「そ、それは…ううっ。で、でも霞ちゃん、後になって言ってるのです。そこまで言う気はなかったって」

 

「まぁ、照れ隠しなのは解ってるよ」

 

「それに前に言ってたのです。『く…とか、し…』ううっ…『とか、たまに言ってもアイ…司令官さんはそれも含めて自分を受け入れてくれる。だからあたしは、ここに来て良かった』って」

 

「へぇ…あの霞がねぇ。まぁ、良かったよ。本当に嫌われてたらどうしようって思ったから」

 

「そ、そんな事ないのです!霞ちゃんは、司令官さんが大好きなのです!」

 

「ははっ、照れるな。でも最近は、霞に罵倒されるのも面白いと思うから不思議だよ」

 

「えっ!…し、司令官さん…そういう事…い、言って欲しいのですか…?」

 

「いや、そんな趣味はないんだが…何と言うか、アイツが本音をさらけ出してくれてるのが嬉しいんだよ」

 

「し、司令官は…電が霞ちゃんみたいな事言ったら…お、怒りますか?」

 

「そんな事で怒ったりはしないけど、電に言われたらショックかもな」

 

〈良かったのです…電、悪い言葉、おバカさんとク…しか知らないのです…〉

 

「でも、電に言われたら返って新鮮で面白いかもな」

 

「む、無理なのです!電、司令官にそんな酷い事言えないのです!」

 

「まぁ電はそんな事言うタイプじゃないからなぁ」

 

「そう言えば…この前演習に来ていたアイオワさんと金剛さんが言い合いをしていたのですが…」

 

「アイオワと金剛?あの二人、仲が悪いのか?」

 

「い、いえ…最初は仲良しさんだったのですが、アイオワさんが司令官さんを見て『ノーズの大きい男性はディックも大きいって言うけど、彼は…せいぜいライト・クルーザーかしら』って」

 

「うっ…」

 

「そうしたら金剛さんが怒って『そんな事ないヨ!テイトクはヘビー・クルーザーネ!』って」

 

〈金剛…そこはバトルシップでいいだろ〉

 

「隣にいたウォースパイトさんが『ミス・イナヅマは、あんな酷い言葉、覚えては駄目よ』って…司令官、一体どういう意味なのでしょう?」

 

「い、電や金剛の連装砲みたいな意味じゃないかな…多分

 

「司令官も、連装砲持ってるんですか?」

 

「…どっちかと言うと単装砲かな」

 

「でも電、金剛さんみたいな大っきな連装砲より、島風ちゃんみたいな小っちゃくて可愛い連装砲ちゃんが好きなのです」

 

「う、うん…素直には同意しかねるが…」

 

「ウォースパイトさんが小さい声で『この王笏(おうしゃく)位はあると思うわ…』って」

 

〈ウォースパイトの”宝珠(バスト)“も、それ位あるといいけどね!〉

 

「司令官さん、一体どういう意味なのでしょう?」

 

「本当は教えたいけど、電には隠したいって…おかしいかな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ふぅ…やっと終わったわ…〉

 

演習を終えた霞が、一先ず休もうと中庭の椅子へ座った。確かに疲れはするが、実戦に比べれば若干の物足りなさを感じていた。一方で、実戦へ出る事への恐れが生まれつつある事を感じていた。

轟沈する事への恐れ。

かつての霞なら、そんな事で気後れする事など有り得なかった。だが、天龍に起きたある異変を見て以来、この恐怖に絶えず付きまとわれていた。

 

〈もし私が沈んだら…仮に復活出来たとしても…〉

 

〈天龍さんや龍田さんみたいに、今までの事も全部忘れちゃうの…?〉

 

〈生まれてから、ここに来る迄の全部…そして…〉

 

〈アイツの事も…〉

 

かつて天龍が自分達を庇って沈んだ時、悲しみにくれた霞だったが、そんな霞を神が憐れんだのか天龍は再び霞達の許へと帰還した。だが神は代償を要求する物らしい。確かに天龍は蘇った。

過去の思い出と引き替えに…。

蘇った天龍は、自分達と過ごした日々の事を全て忘れていた。まるで彼女との思い出は全て夢だったと言わんばかりに。

霞が抱く恐怖の正体。それは、まさにこれだった。

戦場で沈む事を恐れた事は一度もない。だが、電や荒潮達、それ以上に提督との絆が深まれば深まる程、轟沈への…何もかも忘れてしまう事への恐怖が募っていった。

 

〈アハハッ…馬鹿みたい…〉

 

〈普段アイツに偉そうな事言っておいて…何の事はない、一番臆病なのは、あたしじゃない!〉

 

〈この臆病者!霞、あなたは何様なのよ…〉

 

〈でも…〉

 

〈怖い…沈みたくない…〉

 

〈アイツの事を…こんなあたしを受け入れてくれたアイツの事を忘れるなんて…〉

 

〈絶対にイヤッ!!〉

 

「…霞ちゃん?」

 

「えっ!…あ、電…いたの?」

 

ふと霞が顔を上げると、心配そうに顔を覗き込む電がいた。

 

「霞ちゃん…何か悩んでいませんか?」

 

「別にそんな事は…」

 

「でも、霞ちゃんが考え事をする時は足で地面に落書きするのです」

 

「えっ、そう?…気付かなかった」

 

「他にも嬉しい時は髪の毛いじるのです」

 

「よく見てるわね。何か恥ずかしいわ」

 

「霞ちゃんは電の大事なお友達なのです。霞ちゃんの事なら何だって判るのです」

 

「因みに、電は困ってる時はスカートをギュッて掴むの知ってる?」

 

「あっ…本当なのです!」

 

「まぁいいわ。あたし、これから入渠(フロ)に行くつもりだけど…一緒に来る?」

 

「はい、ちょうど電も、そんな気分だったのです」

 

「アンタの社交性、あたしも見習った方がいいのかしら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ~、生き返るわね~」

 

「なのです~」

 

霞と電は入渠施設の湯船に、夢心地になりながら浸かっていた。辺りには他の艦娘達も何人かおり、湯船の中心では、潜水艦の艦娘達が子供の様に騒ぎながら潜ったり顔を出したりを繰り返していた。

 

「人間がお風呂が好きな理由、解る気がするわ。あたし達には只の修復だけど」

 

「電もなのです。電、伊豆の温泉にいつか行ってみたいのです」

 

「いいわね。あたしは草津に行ってみたいわ」

 

「でも、一つ問題があるのです」

 

「問題…何?」

 

「こ、混浴だったら…司令官に裸を見られちゃうのです」

 

「こ、混浴!?って、アイツも一緒に行くの!?」

 

「霞ちゃん、司令官と一緒じゃ嫌なのですか?」

 

「そ、そうじゃないけど…混浴だなんて考えもしなかったわ…」

 

「電、司令官の背中を流してあげたいのです」

 

「そ、そうね…(電って、変な所で積極的よね)」

 

「でも、電だけ温泉で楽しんでいいのでしょうか…」

 

「皆、水に流してくれるわよ」

 

湯船に浸かり、おもいきり手足を伸ばした霞は、一息吐くと電に向き直った。

 

「…ねぇ電。もし、あたし達が沈んだら…やっぱり天龍さんみたいに何もかも忘れちゃうのかな…」

 

「電は…忘れたくないのです。霞ちゃんや雷ちゃん…司令官の事も」

 

「あたしもよ。前にも言ったけど…あたし、アイツの事は気に入ってるの。最近はアイツと口喧嘩しないと物足りない位」

 

「うふふっ。でも、あまり酷い言葉は良くないのです」

 

「わ、解ってるわよ。でもアイツも悪いんだから!」

 

「霞ちゃんは、本当に司令官が大好きなのです」

 

「はあっ!?そ、そんな訳ないじゃない!まぁ…あたしの言う事にいちいち怒ったりしない所は嫌いじゃないけど…融通も利くし、羊羮も貰ったし「ええっ!電、貰ってないのです!」

 

「た、たまたまよ!偶然、私が行った時にあっただけで…ほ、本当よ!」

 

「霞ちゃん、ズルいのです」

 

「わ、悪かったって!…いや、別に私悪くないわよね?」

 

「う~…」

 

「ふうっ…電、アンタも何だかんだでアイツの事好きよね」

 

「そっ、それは…その…はいなのです」

 

「電には話したっけ…あたし、こんな性格でしょ?だから前の鎮守府では司令官に嫌われてたの。だから、こっちに来ても司令官なんて皆同じって思ってたの」

 

「か、霞ちゃんに何があったか知りませんが、司令官は霞ちゃんを嫌ったりなんて…」

 

「うん、だから驚いてるの。荒潮姉さんにも言われたから少しは大人しくしようと思ったけど、アイツってあんな感じでしょ?だから、あたしもついつい本音が出ちゃうのよ。

 

「なのにアイツときたら、あたしが何言っても怒らないんだもん、ビックリしたわ。こんな奴もいるんだって」

 

「霞ちゃん…」

 

「最近じゃそれが当たり前になっちゃったわ。もっとアイツと口喧嘩していたい、もっと一緒にいたい…もっともっと…

 

「だからよ。だから尚の事…沈むのが怖いのよ」

 

「…」

 

「もし沈んだら…復活出来ても、あたし、天龍さんみたいにアイツの事忘れてるわ。あたし、それを考えただけで、怖くて怖くて仕方ないの…」

 

「…」

 

「失望した?普段のあたしからは…えっ?」

 

霞に寄り添った電は、微笑みながら霞の頭を撫でた。

 

「ちょっと、電…子供じゃないんだから…」

 

「大丈夫なのです。霞ちゃんは絶対沈んだりなんかしないのです。電が付いているのです」

 

「…もう、普段はオドオドしてるのに、たまに大人っぽくなるんだから」

 

「よしよし、なのです」

 

〈たまには、こんなのも…悪くないか…〉

 

電に撫でられるがままの霞だったが、いつしか考える事を忘れ、湯船の中に頭を沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁい、どなた~?」

 

「い、電です。霞ちゃん、いますか?」

 

昨晩の霞が落ち込んでいるのを見た電は、元気を出して貰おうと霞の部屋を訪れていた。ドアを叩くと同室の荒潮が顔を出した。

 

「あら電ちゃん。ごめんなさいねぇ、霞ちゃん今は外してるの」

 

「そうですか…」

 

「…でも、すぐに帰ってくるわよ。私、ちょっと用があるから出なきゃいけないの。良かったら中で待つ?」

 

「えっと…はい、そうするのです」

 

「せっかくだから、お茶でも飲んで待っててくれる?お留守番お願いね」

 

電にお茶を淹れると、荒潮は部屋を後にした。お茶を飲み一息付いた電の目に一冊のノートが目に止まった。日記か何かの類いだろうと思った電は、勝手に読むのは悪いと思いながらも好奇心からノートを捲ってみた。

 

「…?」

 

てっきり日記だとばかり思っていたそれは、何かの注意書きの様な物が書かれていた。

 

〈えっ…?〉

 

何気無く文字を追っていた電は、そこに書かれた文字に目を奪われた。

 

〈…を奪う…方法?〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅっ、ただいま」

 

「あら、お帰りなさい霞ちゃん。ああそうそう、さっき電ちゃんが来たわよ」

 

「電が?遊びにでも来たのかしら…って」

 

荒潮は霞と話しながらも何やら本を読んでいる様だった。荒潮が部屋で過ごす時は、だいたいお茶を飲んでいるか横になっているかだった。本を読む荒潮が珍しい訳でもないが、霞が戻ると本を閉じて彼女と話そうとする。それが今日に限っては珍しく読書に夢中だった。

 

「何、読んでるの。もしかして前に言ってた事と関係あるの?」

 

「ええ。とっても面白い事を教えて貰ったから、つい夢中になっちゃった」

 

「確か、姉さんが憧れてる人に会いに行ったんだっけ。空母って言ってたわよね。誰?」

 

「加賀さんよ。あの人、とっても面白い体験してるから、一度話を聞いてみたかったの」

 

「面白い体験…?」

 

荒潮は机の上にノートを置いた。荒潮の開いたページには幾つかの文章が箇条書きにされ、中には奇妙な呪文の様な言葉も書かれていた。

 

「…何なのこれ」

 

「そう慌てないで。向こうで赤城さんに美味しい緑茶を貰ったの。今、淹れてあげるわね」

 

荒潮は奥の部屋から湯飲みを二つ運んで来た。霞がお茶を飲み一息つくと、荒潮は再び語りだした。

 

「霞ちゃんが天龍さんを慕ってる様に、私も天龍さんには随分助けられてるの。だから天龍さんが沈んだって聞いた時は、とてもショックだったわ」

 

「ええ…もう二度と、あんな思いはしたくないわ」

 

「でも、もっと辛かったのは、その後。霞ちゃんもそうでしょう?」

 

「…そうね」

 

「そう、天龍さんは私達と一緒に過ごしていた時の事を全部忘れていた。龍田さんも言ってたけど、あれは天龍さんであって天龍さんじゃない…同じ顔をした別人みたいだって」

 

「…」

 

「私達、艦娘は一度沈むと、仮に復活出来ても過去の事は全部忘れてしまう…私はそれにとてもショックを受けたの。あ、もちろん天龍さんがあんな事になったのも辛いわよ」

 

「そうね。あたしも…電や荒潮姉さんとの思い出を忘れたらって思うとゾッとするわ」

 

「うふふっ♪霞ちゃんはいい娘ねぇ。お姉ちゃん嬉しいわぁ」

 

「わ、解ったから頭撫でないで(電といい姉さんといい、私ってそんなに子供に見えるのかしら)」

 

「お姉ちゃんね、千代田さんと利き酒の会をしてるの」

 

「えっ?姉さん、お酒飲むの!?い、いや、あたし達艦娘は年齢なんか無いような物だけど…」

 

「ウォースパイトさんにはマティーニを薦められたけど、あまり好きになれなかったわ」

 

「そ、それはいいから!で、千代田さんがどうしたの?」

 

「千代田さんの友達で、利き酒の会の主宰の加賀さんが沈んだのは知ってる?その加賀さんが建造で復活したらしいの」

 

「それは、あたしも千代田さんから聞いて知ってるけど」

 

「さっきも話したけど、私達って一度沈むと記憶を無くしてしまうでしょ?でもね、心配した千代田さんが加賀さんに会いに行ったら、面白い事言われたんですって。

 

「『次の利き酒会は、いつがいいかしら?』って」

 

「…え」

 

「それだけじゃないの。前に千代田さんに薦められた日本酒とっても美味しかっただの、アルコールは燃料代わりになるかって瑞雲三機も駄目にして、ごめんなさいって謝られたって…」

 

「…えっ…ちょっと待って。それって、どういう事?もしかして加賀さん…」

 

「そうなの。その加賀さん…記憶を失っていないの」

 

「なっ…!」

 

「私ね、千代田さんにその話を聞いて、加賀さんに会ってみたくなったの。もしかしたら加賀さん、記憶を失わない方法を知ってるんじゃないかって」

 

「記憶を…失わない方法…まさか、このノート…」

 

「ええ。次の会合の経費は私持ちって条件で、幾つかの方法を教えて貰ったの」

 

「…!」

 

霞は机の上のノートを掴み取ると、荒潮が聞き出した、その方法を食い入る様に読み漁った。そこには幾つかの条件、状態、不可思議な呪文が記されていた。ノートの下が不自然に破れた跡があったが、今の霞には気にならなかった。

 

「どう?霞ちゃん、とっても面白いでしょ?」

 

「…ええ、信じられないわ。そんな事が出来るだなんて…」

 

「私も(にわか)には信じられないけど、現に加賀さんは昔の事を覚えている訳だし…」

 

〈信じられない…そんな事が本当に…〉

 

頭に焼き付ける様に何度も文章をなぞる霞は、ある一文で目を止めた。

 

「あ、霞ちゃんも、そこが気になったのね」

 

「え、ええ…」

 

「私も、それが一番興味深かったわ。出来れば、一番やりたくない方法だけど…」

 

霞は、もう一度その箇所に記された文章を注意深く読み進めた。そこには、復活に関する一つの方法が記されていた。

その為に必要な条件、それは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…それ本当なの?」

 

珍しく提督に呼び出された霞は、一体何の用かと執務室を訪れた。そこには同じ様に呼び出された荒潮や電、天龍達が彼女の訪れるのを待ちわびていた様だった。

提督から告げられたのは、次の任務の編成についてだった。

 

「荒潮からも、霞はもう大丈夫だと太鼓判を貰ってな。お前も一ヶ月以上引き籠ってちゃ退屈だろう」

 

「別に好きで引き籠ってた訳じゃないわよ。でも…そうね。久々の任務、腕が鳴るわ」

 

「うふふっ、心強いわねぇ。霞ちゃん、お姉ちゃんの事守ってね?」

 

「逆でしょ?荒潮姉さんの方が年上なんだから、妹のあたしを守ってよ」

 

「もちろん、そのつもりよぉ?でも、お姉ちゃん戦闘機の相手、苦手なのよ。頼りにしてるわよ」

 

「海域から近い鎮守府の応援が来る筈だが…間に合えばいいが」

 

「その前に、あたし達で片付けちゃうわよ。久しぶりの出番だもの、ガンガン行くわよ!」

 

「『ぎょらい、せつやく』の方がいいと思うわ」

 

「え?ええ…まぁ、そうだけど…」

 

「電は『ねんりょう だいじに』が良いのです!」

 

「ちょっと待って、別に無駄遣いなんか…」

 

「俺は『めいれい させろ』かな」

 

「ねぇ、さっきから何言ってるの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霞ちゃん、無理しないで下さい!」

 

「ハァ、ハァ…だ、大丈夫よ、これ位」

 

戦況は些か不利に展開していた。

千代田達の奮戦で持ち直してはいる物の、数の劣勢から徐々に後退しつつあった。特に霞は一ヶ月のブランクが勘を鈍らせているのか、或いは無意識にダメージを忌避しているのか既に中破状態だった。

 

「霞ちゃんは一旦引いて下さい。後は電と荒潮さんで何とかするのです」

 

「ば、馬鹿にしないで。私だってまだ…電ッ!!」

 

「え、きゃああっ!」

 

電の後ろから駆逐艦が現れると、電が振り向くのと同時に口から魚雷を放った。思わず目を瞑ってしまった電だが、その魚雷が彼女に当たる事はなかった。

 

「きゃあっ!」

 

とっさに電を突き飛ばした霞は、魚雷の爆発で海面を転がる様に撥ね飛ばされた。

 

「か、霞ちゃんっ!このっ…!」

 

電は右手の連装砲を構えると、怒りと共に駆逐艦を撃った。敵が爆発するのを確認すると、電は慌てて霞へと向かった。

 

「か、霞ちゃん!」

 

「ううっ…だ、大丈夫…」

 

「ご、ごめんなさいなのです!電が油断していたから!」

 

「あ、アンタの所為じゃ…」

 

霞の服は大破寸前な事を示すかの様に所々破れていた。電が抱き抱えるも、霞の体には力が入っておらず、電が手を離せば海へ沈んでしまいそうだった。

 

「い、電の所為で…」

 

「電…あたし、もしかして沈んじゃうのかな…」

 

「そ、そんな事ないのです!霞ちゃんは沈んだりなんかしないのです!!」

 

「でも、もう体に力が入らないのよ…」

 

「か、霞ちゃん!」

 

〈イヤよ…こんな所で沈むなんて…まだアイツと一緒にいたい…〉

 

「すぐに荒潮さんが来るのです!だから…」

 

「あ、荒潮姉さんが来たって…何とも…ならないわ」

 

「そ、そんな事…ううっ…」

 

「ねぇ電…あたしに…考えがあるの。上手く行けば…或いは…電…手伝って…くれる?」

 

「あ、当たり前なのです!霞ちゃんが助かるなら電は何でもするのです!」

 

「ほ、本当…?じゃあ、電…一つお願いがあるの…アンタの…」

 

「な、何ですか?電の…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタの体を…あたしにちょうだい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈あれは…加賀さん?もしかして提督の言っていた応援って…〉

 

千代田の護衛に付いていた荒潮の目に、加賀率いる部隊が映った。彼女達が現れた事に気付いた深海棲艦は、これ以上は不利と判断したのか撤退し始めた。

 

〈助かったわ。これでひとまず安心ね。霞ちゃん達も無事だと…あら?〉

 

荒潮の視界に一人の艦娘が映った。その艦娘は顔をうつ向けたまま荒潮へと近付いて来た。

 

「電ちゃん、どこか悪いの?大分つらそうだけど。霞ちゃんは…一緒じゃなかったかしら」

 

「ごめんなさい…なのです」

 

「…電ちゃん?」

 

「霞ちゃんは…電を庇って…」

 

「…えっ」

 

「霞ちゃんを助けられなかったのです。ごめんなさい…」

 

「…そう。私こそ、ごめんなさいね。私が付いていれば電ちゃんに辛い思いさせずに済んだかもしれないのに」

 

「電の事を…怒らないのですか?」

 

「大好きな電ちゃんを庇って沈んだんですもの。きっと霞ちゃんも満足してるわよ」

 

「…」

 

「戦いも終わったみたいね。帰りましょう」

 

「…はい、なのです」

 

千代田に合流すると、荒潮と電はその海域から撤退に移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そうか。そんな事が」

 

報告を受けていた提督は、霞の轟沈の知らせに、悲しそうに(こうべ)()れた。

提督にしても霞は特別な存在…とまでは行かなくとも彼の人生の一部になっていた。ある時は姉の様に自分を叱咤し、と思えば年相応のいじらしさを見せたりもする。彼女とのちょっとした口喧嘩も彼にとっては楽しみの一つだった。

今までも部下の艦娘を失う事は何度か経験している。それだけに、霞を失った事に対する自身の意気消沈振りには彼自身も驚いていた。

 

「提督、電ちゃんを責めないでね。一緒にいてあげれなかった私にも責任はあるの」

 

「荒潮…お前は強いな。姉のお前が一番辛いだろうに」

 

「お友達を庇って沈んだんですもの。霞ちゃんらしいわ。それに、もしかしたら天龍さんみたいに復活する事も有るかもしれないわ」

 

「…そうかもな。荒潮、電、お疲れ様。今日はもう休みなさい」

 

「はい」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あまり気を落とさないでね、電ちゃん」

 

「電こそ、ごめんなさいなのです」

 

「大丈夫よ。こんな事で泣いてたら、霞ちゃんに叱られちゃうわ」

 

「…」

 

「でも…少し寂しくなるわねぇ。電ちゃん、お願いがあるの」

 

「何でしょう」

 

「たまに私の部屋に遊びに来ない?今までは霞ちゃんがいたけど、一人で部屋にいるのは少し寂しいのよ」

 

「はい、電で良ければ何時でも呼んで下さいなのです」

 

「うふふっ、ありがとう。私、嗜む程度だけど、お酒も飲めるの。一緒に飲める様になってくれると嬉しいわぁ」

 

「は、はい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フッ…

フフッ…アハハッ♪

本当に…本当に上手くいくなんて…!

加賀さんには感謝しなくちゃね。お陰で…

 

電の体に乗り移る事が出来たんだから!!

 

他の艦娘に乗り移る方法…念の為に覚えておいて良かったわ。

この方法の一番良い所は、乗り移る相手がいさえすれば何度でも復活出来る事ね。そして何より、あたしが恐れていた記憶を失う事もない。

そう、あたしの…霞の記憶は、ちゃんとある!

…っと、危ない危ない。今のあたしは電なんだっけ。

ゴメンね電。あたしも本当はこんな事したくなかったけど…たまたま側にアンタがいたから…。

でも、あたしもアンタを庇ったんだもの。本当ならアンタがあたしの代わりに沈んでる筈だったんだから、恨まないでね。

今の所、荒潮姉さんも司令官(アイツ)も、あたしが霞だって気付いていないみたいだし…まあ無理もないか。体は電なんだもの。判る訳ないわ。

もし、この体に何かあっても別の奴に乗り移ればいいわ。雷もいるし荒潮姉さん…は、あまり気が進まないわね。姉さんを演じきる自信ないわ…。

あたし、お酒飲んだ事ないし…そ、そうね、荒潮姉さんは止めときましょう…。

まぁいいわ。この方法がある限り…

 

あたしはずっと…アイツと一緒に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「電、大丈夫だった?」

 

電が自室へ戻ると姉妹艦の(あかつき)(ひびき)、雷達が心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。特に雷は姉妹の中でも特に電とは仲が良い為、他の二人よりも電の事を案じていた。

 

「電は大丈夫なのです。でも…」

 

「話は聞いたわ。霞ちゃんの事は暁も残念に思うわ…でも大丈夫よ、電にはこの暁がいるんだもん」

 

「そうだね、霞は誰かさんに似てるから、私も他人とは思えなかったよ。本当に残念だ」

 

「え?ちょっと響、誰かさんって誰よ。教えなさいよ」

 

「…」

 

「もう!暁、響、そんなに捲し立てないでよ!電は二人と違って繊細なのよ?」

 

「雷、三人の間違いじゃないのかい?」

 

「何言ってるのよ。私達は四人姉妹よ?私と電を除いたら二人じゃない!」

 

「…そうだね」

 

「…ふふっ」

 

「…どうしたの電」

 

「な、何でもないのです!」

 

霞は思わず笑みが溢れた。この三人に囲まれていたからこそ、電は優しい性格になったのだろう。そして、その輪の中に入る事を嬉しく思った。と同時に、そんな事を考える自分が何故か照れくさくなった。

 

「…でもね、電。雷、ちょっと嬉しいの」

 

「嬉しい、ですか?」

 

「最近の電、いつも霞ちゃんと一緒だったから。あ、ゴメンね!霞ちゃんが嫌いだって言ってるんじゃないの!ただ…電のお姉ちゃんは雷だし…」

 

「それは…私もかな」

 

「電ちゃん…響ちゃん」

 

「も、もちろん暁もよ!電は暁型なんだから、それを忘れちゃ駄目よ?」

 

「訳すと、もっと、お姉ちゃんに甘えなさいって事だよ」

 

「ひ、響っ!」

 

〈電…良い姉妹を持ったわね。荒潮姉さんといい満潮(みちしお)といい、少しは見習って欲しい物だわ…〉

 

「そんな事より皆、緑茶でも飲まない?昨日、荒潮さんに貰ったの。暁が淹れてあげるわ!」

 

「あ、じゃあ電も…」

 

「電は座ってていいのよ!」

 

「そうよ、今日は皆で電を慰めようって決めたんだから。雷達に任せて!え~っと、湯飲みは…」

 

「あ、その湯飲みは止めた方が良いのです」

 

「え、どうして?」

 

「前に電が落としてヒビが入ってるのです。穴が空いてるので漏れちゃうのです」

 

「あ、本当だわ。新しいのは…」

 

「こっちにあるのです」

 

〈…不思議ね、あたしには無い筈の知識があるわ。電の記憶が残ってるのかしら。確か羊羮が四個あったけど、響が…〉

 

「あら…羊羮が四つあった筈だけど」

 

「す、すまない…美味しそうだったから、つい…」

 

〈そうそう、(あたし)が出る前に食べてたものね〉

 

「もうっ、響ったら」

 

「響ちゃん、電のをあげるのです」

 

「駄目だよ、私は一個食べてるんだから」

 

「電は前に司令官に貰ったのです」

 

「えっ?電、司令官に羊羮貰ったの?」

 

「あっ、その…」

 

〈いけない、これは霞の時だわ。電は貰ってないんだっけ…〉

 

「電ちゃん、たまに朝いなくなるけど…」

 

「そ、それは…」

 

「暁、それを聞くのは野暮ってものだよ」

 

「どういう事?響」

 

「逢い引きだよ」

 

「「ええっ!」」

 

「ち、違うのです!」

 

「そ、そうよ響!そんな訳ないじゃない!」

 

「そうなのかい?私はてっきり雷や霞と一緒だと一杯喋れないから、こっそり会ってるのかと思ったけど」

 

〈い、電…アンタ結構大胆ね〉

 

「そ、そうだったの?電」

 

「い、雷ちゃん、そんな訳じゃ…」

 

「分かったわ!今度から二人で会いに行きましょう!」

 

「えっ…あ、はい…なのです」

 

Ηу(ヌ、) да(ダー)…」

 

その日、霞は電として彼女達と寝食を供にした。荒潮とは違う和気あいあいとした雰囲気を楽しみつつも、果たして上手く電を演じきれるだろうかとの一抹の不安を感じた。

一方で、すんなり電を演じている自分に戸惑いながらも、きっと電の記憶がそうさせるのだろうと霞は自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…こんな時間にどうしたんだ、電」

 

昼下がり。昼食を終えた提督が執務室に戻って来ると、部屋の中には先客がいた。

 

「こ、こんな時間って…まだお昼なのです」

 

「あ、ああ。そうだが…電はいつも朝方に来るから珍しいなと思ってな」

 

「き、今日は少し忙しかったのです!」

 

「そうか…別に構わんが」

 

提督が椅子に腰を下ろすと、(かすみ)も脇の椅子へ座った。

 

「なあ電、荒潮は何か言ってなかったか?」

 

「荒潮…さんですか?特に何も…どうしてですか?」

 

「うん…妹の霞を失ったんだ。文句の一つもあるんじゃないかと思ったんだが、その割には冷静だからな」

 

「べ、別に司令官の事を恨んだりはしていないと思うのです」

 

「そうか、だと嬉しいが」

 

〈そうね、妹としては、もう少し悲しんで欲しかったわね。荒潮姉さん、私の事何とも思ってないのかしら…〉

 

「電は、どうなんだい?」

 

「電ですか?そ、そんな事思ってないのです。それに霞ちゃんも、そんな事は望んでないのです」

 

「ははっ、アイツの事だ。もしここに居たら『このクズッ!』って顔真っ赤にして怒るだろうな」

 

「か、霞ちゃんは怒ったりしないのです!」

 

「電…?」

 

「あ、そ、その…もし霞ちゃんが居たら、司令官と一緒にいれて満足だったって言うと思うのです」

 

「あ、ああ…」

 

〈あ、危なかった。思わず怒っちゃったわ。今のあたしは電なんだから気を付けないと…〉

 

「…やっぱり俺に言いたい事があるんじゃないのか?」

 

「ど、どうしてです?」

 

「その…いや、何でもない」

 

提督は何かを言おうとしたが、言葉を詰まらせた様に黙った。

 

「司令官。電からも聞きたい事があるのです。司令官は霞ちゃんの事を…どう思っていたのでしょう」

 

「霞の事…か。そうだな、まあ口喧(くちやかま)しい奴だったけど、それはそれで楽しかったよ」

 

〈口喧しいとは何よ!アンタがだらしないのが悪いんじゃない!〉

 

「でも気付くと側にいる…それが当たり前みたいな感じで、言うなれば…」

 

〈や、やぁね♪それじゃあたし、アンタの…〉

 

「古女房かな」

 

〈“古”は余計よ!!〉

 

「あなた、なんて呼ばれても違和感ないかもな」

 

〈な、何言ってるのよ…あたし達夫婦じゃないんだし、そんな事言える訳ないじゃない。で、でも…どうしてもって言うんなら…〉

 

「出来れば”お兄ちゃん“って」

 

〈絶対言わないわよ!あたし、アンタと幾つ年離れてると思ってんの!?〉

 

「それで優しく叱って貰えたらって…」

 

〈電…あたし、アンタに体返したくなってきたわ…〉

 

「まあ、それは冗談だが」

 

〈本当かしら…〉

 

「もう少し、ゆっくり話したかったって後悔してるよ」

 

「えっ…」

 

「何と言うか…部下としてじゃなく、一人の女の子として接してやれたらって後悔してるよ」

 

「…」

 

「まあ、今さら…電?」

 

「えっ…あ、あれっ?…なのです」

 

気が付けば霞の目頭が熱くなっていた。それに気付いた霞の頬を涙が伝った。

 

「どうしたんだ、電」

 

「な、何でも…ない…ふふっ」

 

「どこか悪いのか?泣いたと思ったら笑ったり」

 

「そ、そうかもしれないのです。電は調子が悪いのです」

 

「そ、そうか。まあ今日は任務もないし、ゆっくり休むといい」

 

「はい。あ、あの…司令官」

 

「何だい」

 

「明日も…お話しに来ていいですか?」

 

「それは構わないが」

 

「うふふっ、ありがとうなのです」

 

上機嫌の電は、部屋を後にした。一体何があったのか、電の感情の起伏に戸惑っていると、再び訪問者が現れた。

 

「あのぉ…提督、ちょっといいかしら」

 

「荒潮。今日は来客が多いな」

 

「来客?」

 

「さっきまで電と霞の事を話してたんだよ」

 

「…そう。じゃあ、やっぱり耳に入れておいた方がいいのかしらねぇ」

 

「何の話だ?」

 

「ええ、その電ちゃんの事なんだけどね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、いらっしゃい電ちゃん。歓迎するわぁ」

 

「お、お邪魔します」

 

翌日、演習帰りの電は荒潮の部屋に招かれた。

自分には、お酒はまだ早いと断った電だが、霞の最後について詳しく聞かせて欲しいと言われると断りきれなかった。

一方で、今は電を名乗っている霞は、荒潮が自分の事を案じてくれていた事が嬉しくもあった。

 

〈ふふっ、普段は掴み所がないけど、何だかんだで私の事心配してくれてたのね〉

 

居間の机に湯飲みを二つ置くと、荒潮も畳へ座った。

 

「お茶菓子が無くて、ごめんなさいねぇ」

 

「い、いえ、お構い無く…なのです」

 

〈これは…前にも飲んだヤツね。確か赤城さんに貰ったとか〉

 

「あ、電ちゃんは前にも飲んだ事あったわね」

 

「はい。二杯目ですけど、とっても美味しいです」

 

「うふふっ、イヤぁねぇ、もう忘れちゃったの?これで三杯目でしょう」

 

「え…い、電、このお茶を飲んだのは前に来た時だけで…」

 

「そう言えばそうねぇ。じゃあ私の思い違いかしら。ねぇ電ちゃん、いえ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霞ちゃん」

 

〈あ、荒潮姉さん?…何を言って…〉

 

「随分、顔が変わっちゃったわねぇ。背も少し縮んだかしら」

 

「な、何を言ってるのです?電は霞ちゃんじゃないのです」

 

「あら、そうなの?私、てっきりノートの方法を試したのだとばかり思っていたんだけど…」

 

「あ、あんなの嘘なのです!」

 

「あらぁ?私、ノートに何が書かれていたかは言ってないわよ~?どうして何が書いてあったか知ってるのかしら~?」

 

「あっ…!」

 

「電ちゃんは、そもそもノート自体知らない筈なんだけど…おかしいわねぇ」

 

「か、霞ちゃんに聞いたのです。で、でも…別の体に乗り移るなんて、出来る訳ないのです」

 

「それもそうねぇ…せっかく私も準備していたのに、残念だわ…」

 

「じゅ、準備…?」

 

荒潮は戸惑う霞の前にノートを開いた。ページを捲ると、以前に霞が最も興味を示した場所を指差した。

 

「これは…轟沈した時に、別の体に乗り移る方法…」

 

そのページは下が少しだけ破かれていた。霞が疑問に思い顔を上げると、荒潮は待っていたかの様に小さな紙切れを差し出した。紙切れはパズルの様にページに組合わさった。そこには、その方法の条件の一つらしき事が記されていた。

 

「…の薬を…お互いが飲む事…?」

 

霞が文面に釘付けになっていると、荒潮はわざとらしくお茶を飲んだ。

 

「実は前に飲んだお茶の中に、加賀さんに貰った薬が入ってたの。霞ちゃんは知らないだろうけど、電ちゃんにも飲んで貰ったの」

 

「…」

 

「分かる?霞ちゃんが電ちゃんの体を奪えたのは、お姉ちゃんのお陰でもあるのよ?少しは感謝しても良いと思うのだけど…」

 

「どうして…この薬の事を隠して…」

 

「怒らないで聞いて欲しいんだけど…実は万が一の時は、私もそのやり方を試すつもりでいたの」

 

「試す…まさか、あたしの体を…!」

 

「だから怒らないでってば。それについては私も悪いと思ってるわ。でも、もしもよ…?もし、あの時、電ちゃんじゃなくって、その場にいたのが私だったら…霞ちゃん、私の体を奪ったりしないって言い切れる?」

 

「そ、それは…」

 

「だからお互い様だと思うの。それにもし霞ちゃんが、そうしても…お姉ちゃん、喜んでこの体をあげるわ」

 

「荒潮姉さん…」

 

「ただね…お姉ちゃん、少し悲しかったの。霞ちゃん、せっかく蘇ったのに、お姉ちゃんに内緒にしてるんだもの。もしかして、お姉ちゃんの事嫌いなのかなって…」

 

「そ、そんな事ない!ただ…(あたし)が霞って言っても信じて貰えないと思ったから…」

 

「まあ…言われてみれば、そうねぇ。改めて確認するけど、霞ちゃん…なのよね?」

 

「ええ…黙っててごめんなさい。姉さんには黙ってるつもりだったけど。別に隠すつもりじゃなくって、中身が(あたし)って言っても、からかってるって思われるかなって…」

 

「そんな事ないわよ~。例え姿が変わっても妹が判らなくなる、お姉ちゃんだと思って?」

 

「姉さん…」

 

「朝潮型の制服着てくれないのは残念だけど」

 

「ふふっ、確かにね。でも暁型の制服も、あたし意外と気に入ってるのよ」

 

「あらあら、ちょっと妬けるわね。まあいいわ、この事は私と提督以外には内緒にしておきましょう」

 

「ちょ…ちょっと待って!もしかして、アイツも知ってるの!?」

 

「ごめんなさいね。お姉ちゃん、提督に喋っちゃった」

 

「なっ…!嘘でしょ…」

 

「じゃあ霞ちゃん、これからもずうっと~なのです、って言い続けるの?お姉ちゃん、実はずっと笑うの我慢して…ぷふっ…か、霞ちゃんが…必死に演技してると思うと…アハハッ…!」

 

「悪かったわね…」

 

「ね、ねぇ霞ちゃん。もう一度「言わないわよ!」

 

「ご、ごめんなさい。話を戻すけど、無事で良かったわ…この場合は無事って言うのかしら」

 

「うん…本物の私は海の底で眠ってると思うけど。電には悪い事しちゃったわね」

 

「提督には、どうして電ちゃんの体になったかは解らない事にしてあるから、そこは自分で説明してね。お姉ちゃん、そこまでは面倒見切れないから」

 

「…お姉ちゃんが言わなきゃ、そんな事考えなくて良かったのに」

 

「違うでしょ、そこは『良かったのです』でしょ?」

 

「…」

 

「か、霞ちゃん、目が怖いわ」

 

「ハァ…さっきの質問だけど、もし、あの時いたのが姉さんだったら、あたし大人しく沈むわ」

 

「せっかく胸、大きくなるのに?」

 

「大して変わんないでしょ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入るわよ…」

 

翌朝、霞こと電は、執務室を訪れていた。

荒潮から事のあらましを聞いていた提督だったが、霞の顔を見ると、驚いているのか悲しんでいるのか何とも複雑な表情を浮かべていた。

 

「電…いや、霞でいいのか…?」

 

「そうなのです、って言った方が良かった?」

 

「…」

 

「ごめんなさい…今のは悪ふざけが過ぎたわ」

 

「いや…」

 

提督もだが、霞は霞でバツの悪そうな表情で椅子へ腰掛けた。

 

「荒潮から聞いてはいるが…お前、本当に霞なのか?どう見ても電にしか見えないが…」

 

「信じて…って言ってもすぐには無理よね。荒潮姉さんでさえ疑ってた位だもの」

 

「何でこんな事に…一体何があったんだ?」

 

「その…あたしもハッキリは覚えてないけど、沈みそうになった時に電が側にいたの。その時に電に、アンタの体を欲しいって言わ…言ったの。気付いたら電の体になってたの」

 

「じゃあ、霞は…いや、電は?」

 

「それは分からないわ。でも、あたしの体は海に沈んだ筈。もし入れ替わったなら、電はあたしの体と一緒に…」

 

「電は…お前の身代わりになったのか?」

 

「そういう事になるのかしら」

 

「電…いや霞。お前、電とは親友じゃなかったのか?」

 

「そ、それは…あたしも悪いと…」

 

「それがこんな…」

 

「…どうして」

 

「…?」

 

「どうして、あたしがこんな事したと思ってるのよ…どうして電を犠牲にしてまで、こんな事をしたと思ってるの」

 

「霞…?」

 

「あたしは沈みたくなかったの!ううん、沈むのが怖かったんじゃない!沈んでしまったら、天龍さんみたいに昔の事を全部忘れてしまうのが怖かったの!何を忘れるのが一番怖かったか解る?

 

「アンタの事を忘れるのが怖かったのよ!!」

 

「俺の事…?」

 

「そうよ!アンタの事を…ここに来てからのアンタとの思い出を全部忘れる…そう考えたら電を犠牲にしてでも、あたしは沈みたくなかったの!!」

 

「…」

 

「あたし、前の鎮守府では司令官に嫌われてたの。こんな性格だもの、無理もないわ。でも、アンタは…こんなあたしでも嫌わずにいてくれた」

 

「霞…」

 

「アンタが、あたしの中でどれだけ大きい存在か解る?例え電を…荒潮姉さんを犠牲にしてでも、アンタと一緒にいたいの。それが、あたしの望みなの。だから、お願い…

 

「あたしの事を…嫌いにならないで…」

 

「…」

 

「あたしが霞に見えないなら、電としてでもいい。ずっと電を演じてみせるわ。電の事なら何でも知ってるもの、絶対バレたりしないわ」

 

「霞…本当にそれでいいのか?」

 

「もちろんよ。だからアンタにも協力して欲しいの。あたしが電でいる為に」

 

「…分かったよ」

 

「じゃあ…」

 

「ああ。この事は皆には黙っておく。霞も電として過ごして貰う」

 

「…ありがとう、我が儘聞いて貰って」

 

「…ただ、俺からも条件がある」

 

「条件…?何よ」

 

「その姿でクズって言うのは止めてくれ。電の姿で言われると、正直堪える」

 

「そ、それは…あたしも努力するけど、アンタも言われない様にしなさいよ!」

 

「でも、電に言われるのも、それはそれで…」

 

「言わないっ!あたし、絶対言わないんだから!」

 

「え~…」

 

「何で残念そうなのよ…でも、本当にありがとう。こんな姿になっちゃったけど、これからよろしくなのです…なんてね」

 

「…ああ、よろしくな、電」

 

「ふふっ♪」

 

霞は、まるで電の様に深くお辞儀をすると部屋を後にした。霞の言う通り彼女の電としての振る舞いは完璧だった。もし霞の口から直接正体を暴露されなければ、提督も到底信じられなかっただろう。

 

〈今日から電が霞なのか…慣れるには時間が掛かりそうだ〉

 

〈もし霞の言う事が本当なら…電、お前は海の底で眠っているのか…?〉

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の深夜、就寝していた提督は電話の音に起こされる事になった。一体こんな夜更けに誰がと、受話器を取った彼の耳に聞こえたのは、以前にも話した事のある人物の声だった。

 

『夜分遅くに申し訳ない、私ですが…』

 

「その声は…確か以前の作戦でお世話になった鎮守府の…」

 

『ええ。先日は、お役に立てず…』

 

「いえ、そちらの加賀が来てくれたお陰で成功した様な物ですよ」

 

『その加賀ですが、明日の昼には、そちらへ到着する予定です』

 

「加賀が?何でまた…」

 

『え、もしかして聞いていませんか?ウチの加賀が…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう雷ちゃん。電ちゃん、いるかしら」

 

ドアを叩く音に雷が出ると、そこには荒潮がいた。荒潮が自分達の部屋へ来るなんて珍しいと思いつつも、雷は電を呼んだ。

 

「ね…荒潮さん、どうしたのですか?」

 

「提督が電ちゃんに用があるみたい。お昼に執務室に来て欲しいって」

 

「電を…何でしょう」

 

「さぁ、それは分からないわ。私も港に、お客を迎えに行く様に言われてるの」

 

「お客…誰か来るのですか?」

 

「私も行けば判るとしか聞いてないの。多分隣の鎮守府からだと思うけど…とにかく伝えたわよ」

 

「は、はいなのです」

 

〈何かしら…もしかして誰かが、あたしの正体に気付いたとか。ううん、そんな訳ないわ。雷達でさえ、あたしの正体には気付いていないんだから、他の連中に判る訳がない〉

 

「電、用はなんだったの?」

 

「あ、えっと…」

 

恐らくは次の任務についてだろう、だが、そうなら何故雷達も一緒に呼ばないのか…そう思いながらも電は部屋へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

荒潮が港へ着くと、ちょうど加賀達数名の艦娘が堤防の階段を上がっている所だった。

 

「加賀さん、お久し振りです。お客さんって加賀さんの事だったんですね」

 

「久し振りね、荒潮」

 

「今日はどうしたんですか?次の会合について…って訳でもないと思いますけど…」

 

「私は只の付き添いよ。どうしたの、早く上がって来なさい」

 

「誰か来て…えっ!」

 

加賀に促され、一人の艦娘が顔を出した。その顔を見た瞬間、荒潮は硬直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官、電なのです」

 

電がドアを開けると、部屋には提督一人だった。窓の外を眺めていた彼は、電に気付くと彼女に向き直った。

 

「…何だ、アンタしかいないのね。じゃあ演技しなくてもいいわね。で、どうしたの。次の任務について?」

 

「…」

 

「ちょっと、何黙ってるのよ。用があるから呼んだんでしょ?」

 

「あ、ああ。実は少しばかり聞きたい事があって呼んだんだ」

 

「聞きたい事?」

 

「ああ。霞…お前が電の体に乗り移った方法を詳しく聞かせてくれないか」

 

「そんな事聞いてどうすんのよ。それに前にも言ったじゃない、ハッキリは覚えてないって。荒潮姉さんなら何か知ってるかも」

 

「荒潮には既に聞いてある。例のノートとやらも見せて貰ったよ」

 

「えっ?(荒潮姉さん…司令官には内緒って言ってたのに…)アンタも見たの?じゃあ聞く迄もないでしょ」

 

「いや、霞…俺はお前の口から聞きたいんだ。教えてくれ霞。あの時、お前は何をしたのか…どうやって電の体を奪ったのか」

 

「わ、分かったわよ。確か、電の手を取って…」

 

〈…〉

 

〈…あれ?そう言えば、あたしどうやって電に乗り移ったんだっけ〉

 

「…思い出せないのか?」

 

「そ、そうじゃないけど…確か入れ替わるのに必要な呪文を唱えて…」

 

Nyar(にゃる) shthan(しゅたん),Nyar(にゃる) gashyanna(がしゃんな)…だったかな」

 

「そ、そうよ。よく知って…あ、姉さんのノート見たんだったわね」

 

提督は机の上に一冊のノートを出した。ノートを開くと、あるページを開き電に見せた。

 

「その呪文とやらは、もしかしてこれか?」

 

「何だ、ノート預かってたの?そう、このページの…え?」

 

そのノートには、別の艦娘の体に乗り移り轟沈を免れる為の方法が記されていた。だが、そこに記されていた呪文は、提督が言った物とまるで違っていた。

 

「今の呪文は俺が適当に言った物だ。それとは違うな」

 

「た、確かに違うけど…そうよ、思い違いしてたのよ。多分それよ」

 

「じゃあ、尚更おかしいな。ここに書いてある呪文も、さっき俺が書き込んだ物なんだ」

 

「えっ…」

 

「その方法とやらに、呪文は要らない筈なんだが」

 

「ねぇ…さっきから何が言いたいの?」

 

「…霞」

 

「…何よ」

 

「実はな…お前に会わせたい奴がいるんだ」

 

「私に…会わせたい人?」

 

「ああ…入ってくれ」

 

提督が声を掛けると、隣の部屋のドアが開き、一人の少女が顔を出した。

 

「霞ちゃん…」

 

「荒潮姉さん…?え、どういう事?会わせたい人って荒潮姉さん?」

 

「…」

 

いつもとは違った血の気が引いた様な顔付きの荒潮が、部屋の中にいる誰かに手招きした。荒潮に促されたもう一人の少女が、ゆっくりと姿を現した。

 

「なっ…アンタは!」

 

彼女の顔を見た電は、まるで信じられない物でも見たかの様に後ずさった。それもその筈、彼女の前に現れたのは、二度と会う筈のない…

 

「な…なんで…どうして、あたしがここに…?」

 

あの海で電に乗り移り、轟沈した筈の霞だった。

 

「電…お前は霞じゃない」

 

「はあっ?な、何を言ってるのよ。アンタも知ってるでしょう?あたしは、あの時この体に乗り移って…」

 

「実は昨日、先日協力した鎮守府から連絡が有ってな。戦いが終わって帰投しようとした加賀が、轟沈寸前の艦娘を見つけたそうだ」

 

「ご、轟沈寸前の…艦娘?」

 

「そう、ここにいる霞だ。加賀は鎮守府に連れ帰って、妖精の応急修理女神を使う事で轟沈を免れたそうだ」

 

「加賀さんが…(あたし)を…?」

 

「そう。あの時、霞は沈まなかったんだ」

 

「そ、そんな筈は…」

 

「ところが、助かった霞は何故か鎮守府(こっち)に戻るのを嫌がったそうだ。不思議に思った加賀が霞に理由を聞くと、あの時二人の間で何があったかを涙ながらに語ったそうだよ。その結果は…お前も知ってるな」

 

「そ、そうよ。あの時、あたしは電の体に乗り移ったのよ!だから、あたしはここにいるのよ!」

 

「なら見ていたんじゃないか?あの後、霞が何をしたのか…お前に何を言ったのか」

 

「あ、あたしが…?ううっ!」

 

提督の言葉に、電は激しい頭痛に襲われ片膝を付いた。

 

「電ちゃん!」

 

「電っ!」

 

その電を、もう一人の霞が支えた。

 

「い、電…ごめんね…ごめんねぇ…」

 

「な、何を…あうっ…」

 

霞の顔を、泣きじゃくる顔を見た電は、前にも全く同じ霞のこの顔を見た気がした。

 

〈ま、前にも…こんな事が…〉

 

〈そ、そんな事ある訳ないのに…〉

 

『やっぱり…あたしには出来ない…』

 

〈こ、これは…あの時の…あたし…?〉

 

『ごめんね電。あたし…ある方法でアンタの体を奪って助かろうと…』

 

〈そ、そうよ。だから、あたしは助かって…〉

 

『でも…アンタはあたしの親友だもの…アンタを犠牲にする位なら…大人しく沈むわ』

 

〈…えっ?〉

 

『さよなら電…アイツに…ごめんって…伝えて…次のあたしとも…仲良くしてあげてね…』

 

〈な…何故あたしが沈むのを見てるの?あたしはこっちに…〉

 

霞は電を抱き起こすと、涙ながらに語り始めた。

 

「あの時、あたしは姉さんに教わった方法でアンタの体に乗り移ろうとしたの。でも、こんなやり方で…親友を犠牲にして生き残っても、司令官は喜ばないって思ったの。あたしは…あの時轟沈する事を受け入れたの」

 

「そ、そうよ。あたしの体はあの時…」

 

「だけど、沈んで行くあたしが見たのは…まるで、あたしに成ったかの様な(アンタ)だったの」

 

「それは、あたしが乗り移ったから…」

 

「電…あたし、あの時何もしていないの。だから、そんな事ある訳ないの…」

 

「違う…あたしは電に乗り移って…」

 

「電、さっきも言ったが、お前は霞じゃない。霞に成ったと思い込んでるだけなんだ」

 

「あ、アンタまで、あたしを疑うの…?あたしが霞よ、こっちにいるのが偽者なのよ」

 

「電、お前は何か困ったりするとスカートを掴む癖がある。今みたいに」

 

提督に指摘された電がハッと我に帰ると、提督の言う通り、自分がスカートを握っている事に気付いた。

 

「ハッ…こ、これは…」

 

「霞が沈んだ後、話した事があったろう。あの時、お前は既に霞だった筈だ。だが、お前は電の時の癖を持っていた。あの時は何か悩みがあるのかと思っていたんだが…」

 

「そ、それが何よ!あたしが霞じゃない?じゃあ、あたしは一体誰なのよ!」

 

「電…これは俺の考えだが、お前は無意識に霞の願いを叶えようとしたんだ。霞が、お前の体を奪おうとしていると知った時、お前はその願いを叶えてあげようと思ってしまったんだ。その結果、お前は自分に暗示を掛けてしまったんだ。

 

「『自分は霞なんだ』と」

 

「ち、違う!あたしは霞よ!あたしは…」

 

「じゃあ聞くが…霞、以前お前がいた鎮守府の事を覚えているか?」

 

「そ、それは…」

 

「知る筈がない。それは本物の霞しか知らない事だからな」

 

「ううっ…」

 

狼狽する電に見かねたのか、霞が彼女を抱きしめ、強く訴えた。

 

「もういい…もういいの電。全部あたしが悪いの。アンタを犠牲にしようなんて考えた、あたしが。だから、お願い…元の電に戻って…」

 

「う、うるさい、この偽者!あたしは騙されないわよ!あたしが霞なんだから!アンタは沈んだの!あたしが本物の霞なのよ!」

 

「電…きゃあっ!」

 

「喋るな、この偽者ッ!あたしが霞よ!あたしが…あたしがッ!!」

 

半狂乱の電は霞に掴み掛かった。提督と荒潮は慌て二人を引き剥がした。

 

「し、司令官!アンタまであたしを疑うの?あたしよ、あたしが本物の霞よ!姉さん、荒潮姉さんなら判るわよね!?」

 

「荒潮、すまないが電を別の部屋へ連れて行ってくれないか」

 

「は、はい…電ちゃん、こっちへ」

 

「は、離してっ!姉さん、あたしよ!あたしが判らないの!?」

 

叫び続ける電を、荒潮が力ずくで部屋の外へと引っ張って行った。部屋に残った霞は、その場に倒れる様に項垂(うなだ)れてしまった。

 

「…」

 

「霞…」

 

「ごめんなさい、あたしが妙な事を考えたばっかりに…」

 

「もういいんだ。霞、俺はお前が無事で帰って来てくれただけで充分だ」

 

「で、でも!その所為で電が…」

 

「そうだな。でもな霞、その半分は俺の所為でもあるんだ」

 

「あ、アンタの…?」

 

「ああ。電が言っていたんだ。自分が沈みたくなかったのは、俺との思い出を無くすのが怖いからだって。あれは、お前に成りきってた電の言葉だが、お前の気持ちを代弁してたんじゃないのか?」

 

「それは…」

 

「それに霞も、電が、ああなってしまった責任を感じて帰ろうとしなかったんじゃないか?俺を…いや、電を返って苦しめるだけだと思って」

 

「…あの時、あたしは本当に電の体を奪ってでも助かりたかった。思い留まりはしたけど、それは事実。その所為で電は変わってしまった…だから、それを受け入れるのが、あたしが電に出来る償いだと思ったの」

 

「でもな、霞。俺は本物のお前が帰って来てくれて嬉しいよ。電とも口喧嘩したが、あの姿だと調子が狂う。やっぱり俺は、そっちの姿の霞が好きだよ」

 

「…それじゃ、あたし口喧嘩する為に帰って来たみたいじゃない」

 

「口喧嘩も、だよ」

 

「そういう事にしておくわ。でも…」

 

「ああ。電を元に戻す方法は、これから考えないとな。だが、その前に…」

 

「…あっ、何を」

 

提督はノートを掴むと、ポケットから出したライターで火を付けた。炎はみるみる大きくなり、ノートは黒く焦げていった。

 

「このノートは、もう要らないだろ。もしかしたら誰かが同じ事を考えるかもしれない」

 

「そうね…それがいいわ。でも、いいの?」

 

「何がだ?」

 

「確か、電を元に戻す方法も書いてあったけど」

 

「えっ!ほ、ホントか!?」

 

「嘘よ」

 

「おいおい…」

 

「フフッ…ねぇ、こんな事言えた義理じゃないかもしれないけど、これからもあたしをここに置いて欲しいの」

 

「…」

 

「電をあんなふうにした、あたしを許してとは言わない。でも…それでも、あたしはアンタと一緒がいい。

 

「お願い…これからもアンタの側にいさせて…」

 

「霞…そう言うセリフは、もっと時と場所を考えてだな…」

 

「ち、違うわよっ!そんな意味じゃ…そんな…。でも…もしそうだったら…ど、どうするのよ」

 

「お袋に紹介したら泣かれるかもな…」

 

「お母さんに…どうして?」

 

「こんな小さな子を妊娠させるなんてって」

 

「は、はあっ!?に、妊娠って…赤ちゃんって事!?あたし達、手も繋いだ事ないのに!エッチ!スケベ!変態!」

 

「フッ、久し振りの霞節。やっぱり霞はこうでなくちゃな」

 

「ロリコン!駆逐艦好き!エルオー!」

 

「やめてくれ霞…その現実は俺に効く…」

 

「はぁ…まぁいいわ。それに…アンタみたいな奴を相手にする奴なんて、あたし位しかいないでしょ」

 

「はは、耳が痛いよ」

 

「改めて…これからもよろしくね。一緒に電を治す方法を考えて行きましょ」

 

「ああ…ン熱っつッッ!」

 

「いつまで持ってんのよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈提督は、ああ言ったけど…本当にそうかしら…〉

 

〈電ちゃんが変わったのは、霞ちゃんの願いを叶える為じゃなく…〉

 

〈自分の願いを叶える為だったんじゃ…?〉

 

〈電ちゃんが提督を慕っているのは、私でも解る。でも電ちゃんは、霞ちゃんの様に自分の気持ちを口に出す様な強さは持っていない…〉

 

〈だから、霞ちゃんから乗り移る話を聞かされた時に、逆に利用したんじゃないかしら?〉

 

〈そうすれば、今までの自分には出来なかった事も霞ちゃんに成ったからだって、自分に言い訳が出来る〉

 

〈それに…どうしても解らないのは…〉

 

〈何故、電ちゃんは、あのノートに乗り移る方法が書いてある事を知っていたの?あのノートは、電ちゃんは知らない筈…〉

 

〈それに…もし失敗だったなら…加賀さんは、私に嘘を教えたの…?〉

 

〈それとも、本当は私に教えたくなかったから、隠しているの…?〉

 

〈そうよ…そうに決まってるわ。加賀さんは復活の方法を隠したいのよ。だから私に嘘を言ったんだわ!〉

 

荒潮も決して霞の事を何とも思っていない訳ではない。姉妹としての愛情も持ち合わせている。だからこそ、復活の方法を霞に教えもした。

霞で試す為に。

霞が沈む事に、記憶を失う事を恐れている事は荒潮も知っていた。だからこそ復活する方法がある事を(ほの)めかし、万が一の時は霞が、そのやり方を実践する様にと誘導した。

だが、その結果生まれたのは二人の霞。

電を見る度に、荒潮は思う。

今、彼女の中にいるのは電なのか、それとも霞なのか…。

 

嘘を教えた加賀が悪いのか、それを信じた荒潮が悪いのか…それとも、それに踊らされた霞と電が悪いのか…

 

〈絶対に探ってみせるわ…そうよ…〉

 

〈あの提督(ひと)を忘れない為に…!!〉

 

電の手を引く荒潮の手に力が籠められた。

 

「ちょ…ちょっと姉さん、そんなに強く…」

 

「ねぇ、霞ちゃん…あなた、本当に霞ちゃんなの?それとも電ちゃんなのかしら?誰にも言わないって約束するわ。だから本当の事を教えてくれないかしら…

 

「あなたは…誰なの?」

 

「…」

 

暫しの静寂の後…電の唇がゆっくりと開く…




北上回と同じで二重人格的なオチですが、こっちは最後まで治らない終わり方にしました。
一応捕捉すると、加賀さんに悪意はありません。今さら「嘘やで」とも言えず荒潮にそれっぽい事教えて追い返しただけです。本人も、まさかこんな事になってるとは夢にも思ってません。次回、鎮守府大決戦!激突!荒潮 対 加賀にご期待ください(大嘘)。

次は雪風回の続きです。






艦娘型録

霞 ねぇ、あたしがいない間に電が何か言わなかった?え、お金貸した?そう、じゃあ代わりにあたしが返すわ…って、騙される訳ないでしょ!

電 電は霞ちゃんなのです!暁ちゃんの隠してたお菓子食べたのも司令官の部屋の鍵取ったのも、全部霞ちゃんの仕業なのです!だから電は悪くないのです!

提督 そうそう、やっぱり霞はこうでなくちゃな。でも…へへッ、久し振りの霞節、懐かしいやら痛いやら…。

荒潮 あ、もしもし赤城さんですか?加賀さんいます?え、いない?じゃあ待ちます、何時なら…え、入渠中?大丈夫ですよぉ…例え何日でも待ちますよ。何なら私がそちらへ行きますよ?

加賀 え、荒潮の妹、あの方法試したの?参ったわね…占いの本見て適当に言っただけなのに。あれも只の風邪薬なのに。電話?まさか…赤城さん、私暫く入渠って事にしておいてくれる?

暁 ねえ、電。何があったかは分からないけど、これだけは言っておくわよ?暁が長女よ!暁が一番偉いんだから!これだけは忘れちゃ駄目よ?

雷 ね、ねえ…最近の電、ちょっとガラが悪くない?やけに突っ込みが鋭いって言うか…誰に似たのかしら。

響 電、この前、荒潮さんに利き酒の会に入らないかって誘われたんだ。え、加賀さんは酒癖が悪い?どうして電がそんな事知ってるんだい?



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。