艦娘症候群   作:昼間ネル

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まず謝罪の前になぜ私があのような行動を取ってしまったのか、その経緯を説明させて頂きます。
練習巡洋艦の建造レシピは軽巡洋艦ぐらいが相場と言われています。よって本来払う筈の高額レシピを考えれば、下着(黒)を見るくらいの行為はOKだろうと安易な考え方をしてしまい、下着を見てしまいました。
それに伴い、私が鹿島に抱き付いた時の鹿島の表情はまんざらでもないどスケベな顔をしていたので「あら、いいですねぇ〜」の波が何度も押し寄せて来ちゃって、最終的に押し倒すという結果になってしまいました。
つまり今回の件を演習に例えるならば、模擬弾で撃ち合っている内に興奮して実弾を使ってしまったみたいな形であり、決して罪悪感があった訳ではないので、ケッコン(ガチ)という形で穏便に処理して頂きたいと思っている所存でございます。

呉鎮守府 提督


Bad apple

ある鎮守府の廊下を一人の青年士官が歩いていた。まだ若い筈だが覇気もなく、背中を丸めるように歩く彼を、誰も一つの鎮守府を任される程の将校だとは思わないだろう。

 

「あの…もしかして…」

 

自分を呼び止める声に青年は振り返った。そこには、まだ幼さを残した一人の女性が立っていた。彼女は彼の顔を見ると、嬉しそうに駆け寄った。

 

「…鹿島(かしま)?鹿島じゃないか」

 

「はいっ!お久し振りですっ!…あのっ、どうかしましたか?顔色が優れない様ですが…」

 

「ああ…実は今、鎮守府を一つ任されているんだけど」

 

「フフッ、そうでしたね。提督さんと一緒に居た時が何年も昔の様です。どうですか?皆さんと上手くやってますか?」

 

「…もしかしたら俺は提督には向いてないのかもしれない」

 

「えっ?ど、どうしてですか?」

 

青年は鹿島と名乗る彼女に、ここへ来た理由を話した。

半年程前に一つの鎮守府を任されたは良いが、艦娘達からの評判が(かんば)しくない事。鹿島の在籍するこの鎮守府の提督は、彼の先輩に当たり、相談に来ていた事。

 

「まあ…そうだったんですか」

 

「ああ…俺自身は頑張ってるつもりなんだが、部下達には頼りなく見えるらしい」

 

「そ、そんな事ありません!提督さんの事は私が知っています!提督さんは立派な人です!」

 

「ありがとう、鹿島。先輩にも励まして貰ったけど、提督を辞めようかと思ってるんだ。俺はそんな器じゃないのかもな…」

 

「提督さん…」

 

「ありがとう、鹿島。君に再会出来て少し元気が出たよ。また「あ、あのっ!」

 

「な、何?」

 

「提督さん、私、そちらの鎮守府に行っても大丈夫でしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鹿島と話していた青年は、元々は士官学校で訓練に励む平凡な一士官に過ぎなかった。鹿島とは訓練中に知り合い、お互い不器用な面で気が合うのか、二人は時に励まし合い、時に些細な口喧嘩をしながらも辛い訓練に精を出していた。

だが、親交を深めていく内に、彼は度々不思議な一面を見せた。

ある時、彼女の艤装の調子が悪くなる事があった。彼にその事を話すと、何処〜がおかしいのでは?と何故か原因を指摘してみせた。

またある時は、仲間の艦娘と些細な誤解から仲が悪くなってしまう事があったが、そこでも彼は、相手が誤解している原因はこれでは?と彼が知り得ない事を言い当ててみせた。何故、彼にそんな事が分かるのか疑問に思う鹿島だったが、彼の言う通りに整備すれば艤装は直り、彼が言った通りに行動すると仲間と仲直りできた。

不思議に思った鹿島が彼に尋ねると、彼は観念したのか自身のある秘密を打ち明けた。

自分は妖精が見えるのだと。

艤装の不調は整備の妖精から話を聞いた事、仲が悪くなった件は、その艦娘の妖精から鹿島に伝えて欲しいと頼られたのだと。

鹿島は驚くと同時に嬉しくもあった。何故なら彼には自分達を従える事が出来る提督になる資格があると言う事なのだから。

鹿島は早速この事を姉の香取に報告した。すると一ヶ月もしない内に大本営の知る所となり、トントン拍子で提督に抜擢された。

結果、彼と離れ(ばな)れになるのは悲しかったが、これも彼の為だと自分の気持ちを押し殺し、鹿島は彼の新たな門出を心から祝った。

 

幸い彼の鎮守府の艦娘達も最初は温かく迎え入れてくれた。幸先の良い出港に見えたが、やはり現実は彼が思う程甘くはなかった。

彼は何をするにも万全を期す性格だった為、確実に勝てると判断する迄は決して戦わなかった。

艦娘達も、最初こそは自分達の身を気遣ってくれる優しい人だと感謝していた。だが、慎重も度を過ぎると臆病に映る物で、いつしか艦娘達は、彼を頼りなく思うようになった。中には、あの提督は臆病者だと公言する者も現れ、口論に発展する事もあった。

 

そんな状況が数ヶ月程続き、彼は自分に皆を率いる資格など無いのではと苦悩する日々が続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆に紹介する。新しくウチの鎮守府に来る事になった二人だ」

 

一ヶ月後、正式に異動する事になった鹿島が彼の鎮守府を訪れていた。執務室には鎮守府の主だった者が集められ、提督から彼女が来た経緯を説明されていた。

 

「今日からこちらでお世話になります、練習巡洋艦の鹿島です。よろしくお願いします」

 

「鹿島さんですね。私は航空母艦の赤城(あかぎ)です。これからよろしくお願いしますね」

 

「私は重巡洋艦の那智(なち)、こちらは姉の妙高(みょうこう)だ」

 

「睦月型駆逐艦の睦月(むつき)です。よろしくね」

 

卯月(うづき)でっす!うーちゃんって呼ばれてまっす!…おりょ?鹿島さん、そのちっちゃい子は?」

 

「うっせー!オマエの方がチビじゃんか!」

 

「なっ…!う、うーちゃんの方がおっきいぴょん!」

 

「提督、その子は…駆逐艦の子でしょうか?」

 

「赤城、この子は「シ・レ・い!自己紹介位、自分でデキるぜ!択捉(えとろふ)型海防艦!三番艦の佐渡(さど)様だぜ!よろしくな!イヒッ」

 

「まあ、鹿島共々仲良くしてやってくれ」

 

「ふふっ、よろしくお願いしますね、佐渡さん」

 

「おうっ!アンタ中々見所があるな!ま、大船に乗ったつもりでいろよ!」

 

「あらあら、頼もしいですね。卯月さん、負けていられませんよ」

 

「う、うーちゃんが、こんな子供に負ける訳ないぴょん!」

 

「けっ!お前の方がちっちゃいじゃねぇか!」

 

「ぼ、帽子が無ければ、うーちゃんの方が大きいぴょん!それにうーちゃんが海防艦なんかに負ける訳ないぴょん!」

 

「おっ、佐渡様とやろうってのか?面白ぇ!さぁ、どっからでもかかっていくぜ!「そっちが来るぴょん!?」

 

「…睦月、卯月。暫くはお前達と一緒の部屋割りだ。面倒を見てやってくれ」

 

「「ええーっ!?」」

 

「フッ。卯月、そうムキになるな」

 

「カッシーの姉ちゃん、このオバさん誰?」

 

「オバ…!」

 

「那智、アナタがムキになってどうするの。佐渡ちゃん、目上の人にそんな事を言ってはいけませんよ?」

 

「へへっ、分かったよ妙高オバ「…」さん

 

「ふふっ、良い子ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら。那智、アナタが鏡とにらめっこなんて珍しいわね」

 

「…妙高姉さん、私はもしかして老け顔なんだろうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故だ!納得がいかんッ!」

 

ある日の会議中。

とある海域に深海棲艦が現れたとの報がもたらされた。那智は早速出撃の許可を求めたが、当の提督は、これをきっぱり拒否。それに納得がいかない那智は提督に詰め寄っていた。

 

「那智、提督に対して失礼ですよ」

 

「…それは謝る。だが、本当は妙高姉さんもそう思っているんじゃないのか?」

 

「そ、そんな事は…」

 

「姉さんだけじゃない。口にこそ出さんが、赤城や他の者も私と同じ意見のはずだ。私は皆の意見を代弁しているに過ぎん」

 

「妙高さん、アナタも那智さんと同じ意見ですか?」

 

「そ、そんな事はありません…私達は提督のご命令なら従います。そうしろと(おっしゃ)るのなら…」

 

「…」

 

「ハッキリ言ったらどうだ、司令官は臆病過ぎると!」

 

「那智、言葉が過ぎますよ!」

 

提督と那智のやり取りを眺めていた鹿島が、恐る恐る口を開いた。

 

「あの…提督は少しでも皆さんが沈まないように考えているのだと思います」

 

「鹿島とか言ったな。新参者の貴様は知らんだろうが、この海域への出撃が却下されるのは、これで三度目だ。だから私も声を荒げているのだ」

 

「…」

 

「提督、今回は姉さんに免じて引き下がろう。だが、次も同じ答えなら…私にも考えがあるぞ」

 

「那智!…すみません提督、那智には私から言って聞かせます。失礼致します」

 

憮然とする那智と共に、妙高は退室した。部屋に残された提督は疲れたように息を吐いた。そんな彼を鹿島が労るように声を掛けた。

 

「て、提督。冷たい物でもお持ちしますね」

 

「ああ、ありがとう」

 

「あの…那智さんは、いつもあんな感じなのでしょうか?」

 

「那智の事は責めないでやってくれ。煮え切らない俺が悪いんだ」

 

鹿島は机の上に無造作に開かれている海域図に目を落とした。指でそっと地図をなぞると、ある海域で指を止めた。

 

「えっと…この海域でしたね。提督さんは何故反対なんです?那智さんや妙高さんも居ますし、この鎮守府の戦力なら問題はないと思うんですが」

 

「俺も那智達は信用している、そこは気にしていないよ。ただ、もう少し情報が欲しいんだ。それまでは、あまり動かしたくはないんだ」

 

「はぁ…」

 

〈妙高さんも居るし、私は問題ないと思うけど…この海域…何かあるのかな…〉

 

《バン!!》

 

「きゃっ!」

 

「うん?」

 

鹿島の後ろで勢いよくドアが開かれ、驚いた二人が振り向くと、息を切らせた卯月が仁王立ちしていた。ツカツカと部屋に入って来た卯月は辺りをキョロキョロと見回した。

 

「う〜、ここにもいない…」

 

「どうしたんだ卯月?」

 

「佐渡ちゃん、見なかったぴょん?」

 

「あら、もう仲良しさんになったんですか?」

 

「全然仲良しじゃないぴょん!佐渡ちゃん、大和(やまと)さんに貰ったラムネ全部飲んじゃったんだから!」

 

「それは災難だったな。でも、卯月も普段書類に落書きしてるんだ、イタズラされる気持ちが解ったんじゃないか?」

 

「う、う〜ちゃんのは可愛いイタズラぴょん!それに食べ、じゃなかった飲み物の恨みは恐ろしいぴょん!提督、隠すと為にならないぴょん!」

 

「ここには来てないよ。お、おいおい」

 

卯月はソファの後ろから、提督の机の下まで覗き込むように探し回った。

 

「卯月ちゃん、本当にここには来てませんよ」

 

「むぅ〜…ここだぁ!」

 

「えっ…きゃあっ///」

 

「おっ…」

 

卯月は鹿島の後ろに回り込むと、勢いよくスカートを捲くり上げた。顔を真っ赤にした鹿島は、慌てスカートを押さえた。

 

「鹿島さん、う〜ちゃんのパンツと全然違う…」

 

「こ、こんな所にいません!」

 

「佐渡ちゃんを見かけたら教えてぴょん!う〜ちゃん、とっても怒ってるんだから!」

 

「わ、解ったから鹿島に謝りなさい」

 

「鹿島さん、疑ってごめんなさい、ペコリ!」

 

「ス、スカートを捲った事ですっ!」

 

卯月はわざとらしく舌を出すと、逃げるように部屋を出て行った。

 

「…ま、まあ駆逐艦のする事だ。大目に見て…」

 

「…見ました?」

 

「な、何を?」

 

「下着ですっ!」

 

「い、いや、一瞬だったから…見えなかったよ、うん」

 

「うう〜っ…」

 

「そんな落ち込まなくても…いまさらパンツ見られた位で」

 

「あ、あの…提督さん、いまさらって、どういう意味でしょう?」

 

「いや、士官学校の時に何度も見てるから「ええっ!?」

 

「…もしかして、気付いてなかった?」

 

「あ、当たり前ですっ!どうして言ってくれなかったんですか!?」

 

「お、俺はてっきり「て、てっきり何です!?」

 

「ワザと見せてるのかと「そんな事しませんっ!」

 

「あ、ああ…悪かったよ。そうだよな、鹿島がそんな変態みたいな…うん」

 

「鹿島は…へ、変態さんじゃありません!」

 

「そ、そうだな…うん(黒に替えたんだなって言わなくて良かった)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軍人にしては(いささ)か冴えない男。

それが那智が提督に会った時の印象だった。聞けば二十歳そこそこの、まだまだ頼りなさが残る青年だった。

妖精が見える、それは良い。彼女達艦娘は妖精が認めた者を信頼する事で初めて真価を発揮出来る。だが武人気質の那智に言わせれば、鼻っタレの小僧のような物。こんな青二才に自分達が使いこなせるのだろうか…それが正直な感想だった。

実際、彼は可能な限り戦いを避けようとする。彼に言わせれば必要もないのに戦う必要はないとの事だ。戦いがないなら、それは良い事なのかもしれない。だが、自分達は艦娘だ。戦う為に、わざわざ生まれ変わったのに、これでは本末転倒だ。

この提督に那智は何度も意見を主張した事がある。だが、その度に返ってくるのは生返事ばかりだ。

 

『それでは駆逐艦の負担が大きくなります。彼女達が育つまで待ちましょう』

 

『那智さんと妙高さんは、この鎮守府では貴重な重巡です。もう少し自重して下さい』

 

姉の妙高にしても、彼を褒めこそすれ文句を言った事は聞いた事がない。

 

『私は、艦娘の事を大事にして下さる良い提督だと思うわよ』

 

〈そんな事は、どうでも良いのだ!!〉

 

自分には…自分達二人には、やらなければならない事がある筈だ…!

ふと、那智の脳裏に、ある考えが浮かんだ。

 

〈いかん、何を考えているんだ、私は!〉

 

那智は頭を振って自らの邪念を振り払った。

 

()()()のように上手く行くとは限らん。今は鹿島も奴の側に居るしな…〉

 

〈赤城は…どう思っているんだ。奴がその気なら…或いは…!〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の昼間。

食堂を訪れた鹿島は、任務帰りの妙高と鉢合わせた。

 

「あら、こんにちは」

 

「あ、妙高さん。お疲れ様です。あの、ご一緒しても構いませんか?」

 

「ええ、もちろん」

 

二人は食事のトレーを持つと、側の席へと座った。そんな二人が気になったのか、一人の艦娘が珍しそうに寄って来た。

 

「あら、妙高さんと鹿島さん…でしたね。珍しい組み合わせですね」

 

「赤城さん、こんにちは」

 

「赤城、あなたも一緒にどう?」

 

「はい、じゃあ遠慮なく」

 

赤城は急いで食事を受け取りに行った。

鹿島も赤城の事は空母だとは知っているが、それ以上の事は知らない。ただ、空母の艦娘は、その特性上、非常に多くの補給や食事を取る事を知識として知っていた。それだけに、赤城が机に置いたトレーに、正確には定食に鹿島は思わず驚いてしまった。

 

「あ、あの…赤城さん。赤城さんは空母の方だと聞いていますが…それだけで大丈夫なんでしょうか?」

 

「むぅ…鹿島さん、私の事、大喰らいだと思ってますね?」

 

「す、すみません」

 

そう、鹿島か驚いたのは、その量の少なさだった。明らかに自分や妙高より少なく、思わず『ダイエットでもしてるんですか?』と口が滑りそうになり、彼女は慌てて口を(つぐ)んだ。

 

「私も言ってるのよ、それだけで足りるのかって」

 

「大丈夫ですよ妙高さん。私はこれだけで」

 

「は、はぁ…あの、良い機会だから皆さんにお聞きしたい事があるんです」

 

「私達に聞きたい事。何かしら?」

 

「提督さん、についてなんですが」

 

「提督…ですか」

 

鹿島の質問に、妙高は一瞬顔色が曇った。

 

「私は良い方だと…モグモグ…思いますよ。ただカレーに福神漬けを大量に載せるのはどうかと思いますね。あれではカレー本来の味が「赤城の事は気にしないでちょうだい。鹿島さん…もしかして、昨日の那智の事についてかしら」

 

「あ!別に那智さんの事を悪く言うつもりはないんです!ただ、那智さんの事は、あまり知らないので少々驚いてしまって…」

 

「そうね…確かに那智の態度は褒められたものではないわね。でもね、鹿島さん。那智も理由もなく失礼な態度を取っている訳ではないの」

 

()()()()はんと…()()()はんれふね「赤城、まず口の中の物飲み込んでから喋りなさい」

 

「はひはらはん?「何でアナタまで噛んでるの!?」あ、あの…赤城さんの言う、お二人って、確か妙高さんの妹さんですよね?」

 

「ええ…今は海の底で眠っているわ」

 

「あっ!その…す、すみませんっ」

 

「いいのよ。アナタにも話しておいた方が良いかしら。今の提督が来る前に、私達ある海域で手酷い敗北をしたのだけど、その時、足柄と羽黒が轟沈してしまったの」

 

()()()()()()だけで、()()()が痛みますね「私は頭が痛いわ…恐らく那智は、二人の仇を討ちたいのだと思うの。だから、出撃を許可してくれない提督に少し苛立っているのかもしれないわね」

 

「そうだったんですか…そんな理由が」

 

「鹿島さん、アナタにも姉妹は居るでしょう?」

 

「は、はい。大本営に香取(ねえ)が…」

 

「もしアナタのお姉さんが沈んだら、アナタはとても悲しむでしょう。それは私も那智も同じ。だから鹿島さん、あまり那智の事を悪く思わないで欲しいの」

 

「…」

 

「それに、その戦いの後、前の提督も消息不明になってしまったの。那智は深海棲艦にでも拐われたんだろうなんて言ってるけど」

 

「前の提督さんが…?」

 

「ええ。今の提督は、それで急遽ここを任されたって聞いてるけど」

 

〈そういえば、前の提督さんって突然居なくなったって聞いてるけど…深海棲艦に襲われたならともかく、いきなり姿を消すなんて、本当に拐われたのかしら…〉

 

「ひ、()()()()()はん「いつまで噛んでるの!?」鹿島さん!湿っぽい話は終わりにして、食事を楽しみましょう!沈んだ三人も、きっと私達の悲しんでる顔なんて見たくありませんよ!」

 

「ふふっ、そうね。赤城の言う通りだわ。ごめんなさいね、鹿島さん。こんな話につき合わせて」

 

「い、いいえ」

 

「でも足柄さんって言えば、足柄さんの作るカツカレーは絶品でしたね」

 

「…そうね。福神漬けも含めてね」

 

「もう!提督といい妙高さんといい、どうして福神漬けに拘るんですか?カレーはそれ自体が完成された芸術なんです!それ以上足す必要がどこにあるんですか!?」

 

「あ、あの〜…赤城さん、私も福神漬けは有りだと思うんですが…」

 

「そんなっ!二人共いつの間に連合艦隊を!?」

 

「赤城、そもそもアナタ料理からっきしじゃない。私、アナタが料理作ってる所見た事ないわよ」

 

「で、出来ますっ!足柄さんと同じカツカレー位、その気になれば私だって出来ますよ!」

 

「そう?じゃあ、今度作ってくれないかしら」

 

「ええっ!?足柄さんと同じカツカレーを!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妙高達と別れた鹿島が執務室へ向かおうとする時だった。曲がり角の先から聞こえる声に誰だろうと思った鹿島だったが、その声を聞いた瞬間、彼女は立ち止まった。

 

「…そ、そうなんですか那智さん」

 

「そうだ睦月。奴はな、お前達の事など捨て駒程度にしか考えておらん」

 

〈あの声は那智さんと睦月ちゃん?何の話をしてるのかしら…〉

 

「例の海域の件は貴様も知っているだろう」

 

「足柄さん達が沈んだ所…ですか?」

 

「そうだ。私は再出撃を進言した。だが奴は今は駄目だと言う。何故なのかと聞いた私に奴は何と答えたと思う?」

 

「て、提督は何て…」

 

「『睦月達だけでは弾除けが足りない』だ」

 

「えっ…!」

 

〈そ、そんな…嘘よ!あの提督さんが、そんな事…!〉

 

不意に目の前の足音に鹿島が正面に向き直ると、そこには提督が立っていた。提督も那智と睦月の会話を聞いていたらしく、鹿島に何も喋るなと人差し指を口に当てるジェスチャーをすると、再び角の向こうに聞き耳を立てた。

 

「もちろん、私は反対した。だからこそ例の海域への進軍は止まっているだろう?」

 

「そ、そんな…ヒドい…」

 

「奴はな、お前達の事など使い捨ての弾除け程度にしか考えてないのだ」

 

「…」

 

「あの佐渡とか言う新入りが来たのが良い証拠だ。せいぜい駆逐艦の代わりとでも考えてるのだろう」

 

〈そ、そんな事!佐渡ちゃんは関係ないのに…〉

 

〈鹿島、那智に気付かれるぞ〉

 

「睦月、私はあんな卑怯者は司令官には相応しくないと思っている。卯月にも注意するように言っておいてくれ」

 

やがて二人の気配が無くなったのを確認すると、鹿島は彼女にしては珍しく声を荒げて提督に食い下がった。

 

「提督さん…嘘ですよね?提督さんは睦月ちゃん達の事を、そんなふうに…使い捨てなんて思ってないですよね!?」

 

「当たり前だ」

 

「じゃあ、どうして那智さんに良いように言わせておくんですか?」

 

「睦月は那智と共に戦う仲だ。一方の俺は机の前で偉そうにふんぞり返ってるだけだ。鹿島、お前だったらどっちを信用する?」

 

「そ、そんな事…私は…私はッッ…!!」

 

「…すまん、意地悪な質問だったな。だがな、睦月との付き合いは俺よりも那智の方が長い。仮に俺が否定した所で睦月は信じやしないさ」

 

「で、でも…」

 

「俺も何も考えてない訳じゃない…と言いたいが、何もしてないってのは否定出来ない。だから那智の言う事も、あながち間違いじゃないのかもな」

 

「…」

 

「鹿島、ありがとうな」

 

「えっ…?」

 

「正直、俺も心細かったんだ。鹿島一人だけでも味方になってくれるなら、俺ももう少し頑張ってみるよ」

 

「提督さん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーちゃんの攻撃ぴょん!」

 

「そんなんじゃ佐渡様の装甲は貫けないぜ!雷獣ショット!卯月姉ちゃんに命中!」

 

「う、うーちゃんだって大丈夫だぴょん!」

 

「悪ぃな卯月姉ちゃん、佐渡様の単装砲は特別なんだ。大和さんだって防げねぇぜ!」

 

「そ、そんな単装砲聞いた事ないぴょん!うーちゃんの攻撃!今度こそ命中だぴょん!」

 

「イヒヒ!そんなヘッポコ魚雷じゃ佐渡様は倒せねぇぜ!」

 

「う、うーちゃんの魚雷はヘッポコじゃないぴょん!」

 

「喰らえ!佐渡様、え〜と…何か凄いの!」

 

佐渡と卯月が楽しそうにじゃれ合う様子を、赤城が微笑ましく眺めていた。

佐渡は睦月達と同じ部屋で過ごしており、睦月はもちろん白露や時雨にも妹のように可愛がられている。そんな佐渡が最も懐いたのは意外にも卯月だった。時雨や睦月は『きっと精神年齢が近いのだろう』と分析していた。もちろん卯月は否定したが、嫌がりつつも佐渡の事を遠ざけたりはせず、佐渡もそんな卯月とじゃれ合うのが楽しいのか二人で行動する事が多くなっていた。

 

「こんにちは、随分楽しそうですね」

 

「おっ!あかぎれの姉ちゃん「一文字多いです…」

 

「ちっとも楽しくないぴょん!佐渡ちゃんズルいぴょん!大和さんを倒せる単装砲なんて有り得ないぴょん!」

 

「ふふっ、私は砲撃は出来ないので解りませんが…」

 

「あー?何だ天城(あまぎ)さん「赤城です…」大鷹(たいよう)姉ちゃんだって佐渡様は強いって言ってくれたんだぜ?…そう言えば赤城さんって大鷹さんと似てんな…もしかして大鷹さんの母ちゃん?」

 

「ふふっ、そこはお姉さんと言って欲しかったですね。残念ながら違いますよ」

 

「大鷹さんって誰ぴょん?」

 

「前に一緒だったんだ。卯月姉ちゃんより強ぇーぜ。いひひ♪」

 

「う、うーちゃんだって強いぴょん!」

 

「大鷹さんは軽空母ですからね。どちらが強いとは言えないでしょうね」

 

「大鷹さんかぁ。元気にしてっかな〜」

 

「私も会った事はありませんが、どんな子なんです?」

 

「お乳がない赤城さんかな」

 

「まあっ」

 

「時雨みたいな感じぴょん?」

 

「卯月姉ちゃんよりは有ったかな」

 

「う、うーちゃんだって少しはあるんだから!」

 

「そうだ、大鷹さんもこっち来れねぇかな。ねえ赤城さん、司令に頼んでくれねぇかな?」

 

「…」

 

「赤城さん?」

 

「あ!そ、そうですね。でも大鷹さんは軽空母でしたよね。提督は空母が好きではない様ですから難しいかと…ですよね、卯月さん」

 

「う、うん…」

 

「ちぇ〜っ、ツマんねぇの」

 

「大丈夫ですよ佐渡さん。私も空母ですよ」

 

「そうだった!ねえ矢矧(やはぎ)さん「次は愛宕(あたご)さんでしょうか…」艦載機出してよ!ドバーッと!」

 

「どうしましょう…演習でもないですし」

 

「頼むよ!口から出すトコ見てぇンだよ「口からなんて出しませんよ!ドバーッってそういう意味ですか!?」

 

「…」

 

「う、卯月さん!期待した目で見ても無理…」

 

「大鷹さんはやってくれたぜ?一回だけしかヤッてくれなかったけど「ええっ!?」

 

「大鷹姉ちゃんは一機だけだったけど、赤城さんならきっと三機位同時に出すぜ!」

 

「ほ、ホントぴょん!?」

 

「ちょっ…!二人共…」

 

「大鷹姉ちゃんは、もう出来ませんとか言ってたけど赤城さんなら何回出来るんだろ!?」

 

「あ、赤城さん凄いぴょん!!」

 

〈無理ですっ!…って言いたいけど、二人の期待する目を見てたらとても言えない…

 

〈ど、どうしましょう…矢じりを口に含めば或いは…な、何を考えてるの赤城!出来る訳ないでしょう!〉

 

「…(ワクワク)」

 

「…(チラッ)」

 

〈う、うう…加賀さん!私に力を貸して下さい!〉

 

赤城は覚悟を決めて艤装を実体化させた。背中から矢を一本引っ張り出すと、震える手で矢じりを口に含もうとした時だった。

 

「なっ…あ、赤城さん!一体何を…!?」

 

たまたま通り掛かったのだろうか、鹿島が慌て赤城の手を掴んだ。

 

「と、止めないで下さい鹿島さん!い、一航戦の誇り…ここで失う訳には「その前に命を失っちゃいますよ!矢を食べる程、お腹が空いてるんですか!?」

 

「あ〜…卯月姉ちゃん、睦月姉ちゃんが呼んでたっけ。行こ行こ」

 

「そ、そういえば…バイバ〜イ「二人共ちょっと待って下さい」

 

忍び足でその場を立ち去ろうとする二人の肩を鹿島がガッシリと掴んだ。佐渡と卯月の二人が恐る恐る振り返ると、ニコニコと微笑む鹿島が。だが、その声はいつもより低かった。

 

「…赤城さんに何をさせようとしていたんです?」

 

「や、やだなーカッシーの姉ちゃん!赤城の姉ちゃんが口から艦載機出してくれるって言うからさ!な、なぁ、卯月姉ちゃん!」

 

「う、卯月は止めたぴょん!」

 

「あっ!きったねェぞ!裏切ったな!」

 

「そんな事出来る訳ありません!第一そんな事したら、口からじゃなく下の…と、とにかく!赤城さんを困らせちゃいけません!」

 

「で、でも佐渡ちゃんが大鷹さんは出来たって言ってたぴょん」

 

「えっ?…そ、そんなまさか…」

 

「おっ、何だ何だ、カッシーの姉ちゃんはこの佐渡様を疑おうってのか!?」

 

「そ、そうじゃありませんけど…(チラッ)」

 

「…鹿島さん、どうして私を見るんですか?」

 

「いっ、いえ!もう、佐渡ちゃん、無理を言ってはいけませんよ。例え同じ空母でも出来る人と出来ない人がいるんですから」

 

「あの、空母なら出来る前提で言われても…」

 

「何だよ!みんな、この佐渡様が嘘吐いてるって言うのかよ!」

 

「で、でも赤城さんは出来ないって言ってますし…」

 

「大鷹さんが出来たんなら多分…「ええっ!?」

 

「ほら見ろ!佐渡様は正しかったろ?赤城さん、佐渡様が嘘吐いてないって、みんなに証明してくれよ!」

 

「う、うーちゃんも見てみたいぴょん!」

 

「こら二人共。赤城さんも困ってますよ?赤城さん、そんなの無理ですよね?」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの〜…赤城さんが入渠しました…」

 

「えっ?何で?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「空母は…来ないと…?」

 

入渠を終えた赤城が提督に聞かされたのは、新しい空母を呼ぶ事についてだった。

この鎮守府の空母は赤城一人しか居ない。かつては赤城の先輩に当たる鳳翔(ほうしょう)も居たが、現在は一線を退き後進の育成に努めている。提督も、空母が赤城一人だけでは大変だろうと、以前から方方(ほうぼう)に手を回していたが、中々上手く手配出来ずにいる事を申し訳なく思っていた。

 

「前に話した、大本営に空母の艦娘を回して貰う件なんだが…すまない。もう少し時間が掛かりそうなんだ。期待させるような事を言って本当にすまない」

 

「気にしないで下さい。そのお心遣いだけで充分です」

 

「うん…それと、ここに居る鹿島から聞いたんだが、その…補給についてなんだが…」

 

「出しゃばった真似をしてすみません。食事の時に気になって、つい…」

 

「ふふ、いいんですよ。大方、私の食事の量について…でしょう?」

 

「は、はい」

 

「赤城、君は空母だ。空母は艦載機を扱う都合上、どうしても他の艦娘よりも補給が増えると聞いている。でも、聞けば巡洋艦の鹿島よりも少ないと言うじゃないか」

 

「提督、確かに私は空母と言う性質上、皆さんより補給が多いかもしれません。ですが、私も艦娘としての誇りが有ります」

 

「誇り…ですか」

 

「ええ、鹿島さんも艦娘なら理解して頂けると思います。戦場ならいざ知らず、平時の私は無駄飯喰らいの役立たずです。そんな私が、どうして皆さんと同じ量の補給が出来ましょうか」

 

「赤城、誰もそんな事は思ってないさ」

 

「そう言って下さると助かります。ですが、これは私の矜持(きょうじ)…とでも言いましょうか、私は戦闘以外では皆さんより少なめの補給にしようと心掛けているんです」

 

「赤城さん…」

 

「ですので、その点については御理解頂けると助かります。では他に用が無ければ、これで…」

 

赤城は一礼すると、部屋を後にした。部屋に残った鹿島が、提督と共に安堵の表情を浮かべた。

 

「理解してくださって良かったですね」

 

「ああ。なんとか赤城の負担も減らしてやりたいんだが」

 

「私もそう思います。ただ…気の所為でしょうか、いつもとは違う感じが…」

 

「いつもとは違う…?」

 

「い、いえ!私の勘違いかもしれませんが、普段、赤城さんと喋る時は、もっとこう、良い意味で脱力した感じなんですよ。でも、提督と喋る時は、何かこう…壁があるみたいな」

 

「フッ、赤城は那智とも仲が良いからな。案外、俺の事も不甲斐ない男と思っているのかもしれないな」

 

「そ、そんな事はないですよ。少なくとも赤城さんから、そんな話は聞いた事は有りませんよ」

 

「だと良いが…俺も赤城が、あまり嬉しくは思ってないように見えてね」

 

「嬉しく…何をです?」

 

「空母を増やす事についてだよ」

 

〈確かに、言われてみれば赤城さんも喜んでるようには見えなかった気が…〉

 

「あの、提督。もし良かったら、私が香取姉に連絡を取ってみましょうか?」

 

「香取?確か、大本営に居る君の…」

 

「はい。書類で申請するより早いと思うんです。どうでしょう?」

 

「…そうだな。その方が手っ取り早いかもしれない。鹿島、頼めるかい?」

 

「はい!」

 

鹿島は週に一度は姉の香取と手紙で交流している。内容は鎮守府で起きた出来事や取りとめのない話と雑多だ。この鎮守府の内情については何度か書き記した事も有るが、思えば提督からの空母申請について香取が書いてきた事は一度もない。香取姉も忘れているのだろうか…鹿島は不思議に思いながらも自室へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈空母が、もう一人増える…冗談じゃないわ〉

 

一人廊下を歩く赤城は、普段のように穏やかな笑みを浮かべている。だが、内心は焦りと怒りで煮えくり返っていた。

彼女、赤城が先輩である鳳翔に招かれるように、この鎮守府にやって来たのは数年前の事。当時の赤城は、まだ練度も低く、お世辞にも役に立っているとは言い難かった。まして彼女は空母という性質上、他の艦娘よりも多くの補給を取る事が、自分は穀潰しなのではという被害妄想に一層拍車を掛けていた。

心の拠り所だった鳳翔が余所の鎮守府に異動し、意気消沈した赤城だったが、彼女の艦生(じんせい)は、ある海域の攻略を機に急浮上する事になる。

 

艦娘の花形と言えば、やはり戦艦なのかもしれない。事実、この鎮守府でも妙高型の重巡洋艦が主力であり、誰もがそれを認めていた。だが、戦いが続くに連れ重巡洋艦では埒が明かない場面が出始めた。これは妙高や那智達の力不足ではなく、あくまで敵艦種との相性に過ぎない。そんな事情とは裏腹に赤城は大戦果を上げ、思わぬ脚光を浴びる事になった。海域が広がるに連れ空母の重要性が増し、妙高や那智ですらも赤城の力に頼る程、彼女の存在感は強くなっていった。特に非力な駆逐艦は何度も赤城に助けられ、彼女はそれこそ女神のように崇拝されていた。

 

何故、赤城がここまで重宝されるのか。それは空母の有用性だろう。だが、彼女はそうは受け取らなかった。自分が必要とされている理由、それは自分が、たった一人の空母だから…それが彼女の出した結論だった。

そんな赤城が最も恐れる事、それは自分以外の空母の出現に他ならない。以前の提督からも度々、空母を呼ぶ話は出ていた。だが、ある事情で前任の提督が失踪した事で、その話は有耶無耶になっていた。

人も物も、貴重であればある程その価値は上がる。彼女と同じ空母の艦娘が現れれば、赤城の株はたちまち暴落する。

 

〈前の提督がいなくなって、この話も流れたと思っていたのに…新しい空母が来る…?冗談じゃないわ!〉

 

〈何の為に私が食事を減らしていると思っているの…少しでも私への印象を良くする為。それに駆逐艦に配る事で、私の味方に付ける事も出来る〉

 

〈それを今更…もし新しい空母が来たら、私の苦労はどうなるの?この鎮守府に空母は私一人で充分なのよ!〉

 

〈皆も私を信頼し必要としてくれる。今やこの鎮守府で私に逆らう子なんて居やしない…そう、私こそが、この鎮守府の本当の(ぬし)なのよ!!〉

 

〈那智さんや妙高さんみたいな火力しか取り柄のない人達なんて、私の敵じゃないわ〉

 

〈でも…提督は新しい空母を呼ぶのに乗り気な様ね。これは…場合に依っては那智さんと、また()()事になりそうね…あら?〉

 

ふと、赤城の目の前に、ちょうど睦月と別れる卯月が目に留まった。赤城は卯月に気付くと、人懐こい笑顔で彼女に近付いた。

 

「卯月ちゃん、今暇かしら?」

 

「ヒマって言えばヒマ…」

 

そう言って、卯月は何も考えず答えてしまった事を後悔した。そんな卯月の心を見透かすように、赤城は口を開いた。

 

「また、お願いしたいのだけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「烈風、紫電、艤装展開してアタック開始だ〜!」

 

「佐渡、部屋狭いんだから外で遊びなさい」

 

執務室では書類仕事をする提督と、そんな提督を邪魔するかのように佐渡が大声ではしゃいでいた。誰に借りたのだろうか艦載機を両手に持ち、見えない敵と格闘していた。

 

「へっ!司令を倒したら、この鎮()府は佐渡様がニューリーダーだ!紫電の爆撃で“ぐっと・ないと”だぜ!」

 

「イテッ。佐渡、言う事聞かないと怒るぞ」

 

「おっ!佐渡様の航空部隊にケンカ売ろうってのか〜?面白ぇ返り討ちにしてやるぜ!」

 

「…妙高に言うぞ」

 

「なっ!ず、ズるいぞ司令!」

 

「それ赤城のか?卯月はどうしたんだ?」

 

「卯月の姉ちゃんは昨日から(くれ)ぇんだよな」

 

「まあ、卯月だって気分が悪い時もあるだろう」

 

「昨日、赤城さんと話してから一日中ダンマリでさ〜。つまんないんだよな〜」

 

「赤城と…?睦月はどうしたんだ」

 

「睦月の姉ちゃんはノリ悪いんだよな。何やっても怒らないから怖えーし…。なぁ、遊ぼうぜ〜」

 

「あいにく今は手が離せないんだよ」

 

「なんだい、この佐渡様をド無視たぁ〜偉くなったもんだなぁ。天山、彗星、急降下爆撃開始〜!」

 

「イタタ。佐渡、本当に痛いから止めなさい。壊したら赤城に怒られるぞ」

 

「ヤベッ!司令、赤城さんには黙っててくれよな!」

 

「分かったから、他の子と遊んでなさい」

 

佐渡が勢いよく部屋を後にし走って廊下を曲がると、赤城と卯月の二人が目に入った。佐渡は慌てて艦載機を後ろに隠すと、壁に隠れ二人の会話に耳を凝らした。

 

「…やっぱりイヤぴょん」

 

「卯月さん、そこを何とか出来ないかしら」

 

「いくら、しれいかんでも、絶対怒るぴょん!」

 

「…卯月さん、私が今まで何度アナタを助けてあげたか覚えていますか?」

 

「そ、それは…」

 

「敵駆逐艦に囲まれた時も、私が駆け付けて助けてあげましたよね。雷巡に襲われた時は、私が身を挺して盾代わりになってあげましたよね」

 

「ううっ…」

 

「私が居なかったら、卯月さんは今頃海の底で眠っているでしょうね。その私の頼みを聞いてくれないんですか?」

 

「よお!赤城さん、卯月の姉ちゃん!何話してんだ?」

 

「…佐渡さん」

 

「…ッ!と、とにかく!うーちゃんは、もうやらないぴょん!」

 

卯月は赤城が佐渡に気を取られたのを見て、一目散に走って行った。

 

「なんだ〜?卯月姉ちゃん、どうしたんだ?喧嘩でもしたのか?」

 

「…少し怒らせちゃったみたいですね」

 

「ふ〜ん。あ〜あ、卯月の姉ちゃん遊んでくれないし退屈だな〜。赤城さん、一緒に遊ぼうよ」

 

「フフッ、いいですよ「っしゃ!じゃあ艦娘軍団対、深海軍団の始まりだぜ!「えっ、今からですか!?」

 

「深海軍団、赤城司令官にアタック!「佐渡さんが深海側ですか!?わ、分かりました。頑張ります」

 

「いひっ!赤城の姉ちゃん面白ぇんだな。司令ノリ悪いからツマんないしさ〜」

 

「提督…?」

 

「うん。せっかく司令ンとこに遊びに行ったのに、ずっとお絵描きしてんの」

 

「あ、あれは書類仕事で…佐渡さん、提督の所にはよく行くんですか?」

 

「卯月の姉ちゃんが居ない時は、よく行くかな〜。たまにお菓子くれるし」

 

「そうですか…それはそうと、佐渡さんの持ってるのは私の零式艦戦と九九式ですか?」

 

「あ、ヤベッ!こ、これは…ゴメンなさい」

 

「フフッ、いいんですよ。気に入ったなら貸してあげますよ」

 

「さっすが赤城さん!ヨッ!太っ腹!()敵艦隊!」

 

「む、無敵艦隊です。その代わり…お願いがあるんですが、聞いてもらえますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだ、卯月」

 

赤城と別れた卯月は執務室に来ていた。特に理由もないが、今は部屋に帰って睦月と話をする気分でもなく、気が付けば提督の許へと来ていた。てっきりいつものようにイタズラでもするのかと思った提督だが、卯月はソファに顔を埋めて何も喋ろうとせず、暇そうに足をバタつかせているだけだった。

 

「…何でもないぴょん」

 

「今日は来客の多い日だな。さっきまで佐渡も居たんだが、会わなかったかい?」

 

「佐渡ちゃんなら、赤城さんと話してるぴょん」

 

「そうか、あの二人もう仲良くなったのか。赤城が上手く面倒見てくれればいいが」

 

「…そんなんじゃないぴょん」

 

「え?」

 

「何でもないぴょん…しれいかんは、赤城さんみたいな空母さんを呼びたいの?」

 

「赤城に聞いたのか?ああ。前は鳳翔さんが居たが、今は空母は赤城だけだろう?何とかしたいと思ってるんだ」

 

「前にも聞いた事あるぴょん。どうして来ないぴょん?」

 

「卯月、お前も関係あるんだぞ?卯月が申請の書類にイタズラ書きしたりするから」

 

「…ゴメンなさいだぴょん」

 

「もう何ヶ月も前から申請はしてるんだが、何故か音沙汰がなくってね。やっぱり空母の艦娘は貴重なのかな」

 

「…空母は赤城さんだけでイイぴょん」

 

「卯月は赤城が好きなんだな」

 

「そんなんじゃないぴょん!そんなんじゃ…と、とにかく!赤城さん以外の空母は呼んじゃダメぴょん!それが一番なんだぴょん!」

 

「卯月?」

 

卯月は急に飛び起きると部屋を出て行ってしまった。喜怒哀楽がハッキリしている卯月だが、そんな彼女が珍しく激昂する姿に提督もどうしたのかと呆気に取られていた。

 

 

 

 

 

 

卯月は姉の睦月と共に、赤城の護衛に付く事が多い。

卯月の目から見た赤城は、空母の艦娘を見るのが初めてという事もあり、どこか非力に感じた。

ある日、卯月は赤城の補給が多い事を茶化した事があった。もちろん卯月に悪意はなく、彼女なりの距離の取り方に過ぎなかったが、それ以来赤城は出撃以外で補給を取らなくなった。後に提督から空母の特質について知らされた卯月は自分の行いを恥じ、赤城に詫びを入れた。そんな卯月を快く許した赤城に卯月は懐き、睦月とは違った、もう一人の姉として赤城を慕った。赤城も出番が増えると徐々に戦果を上げ、かつての頼りなさが嘘のような存在感を見せ始めた。もともと非力な卯月は度々赤城にピンチを助けられ、すっかり頼れるお姉さんとして赤城を慕い始めた。

 

ある時期から提督が空母を増やしたいと言い始めた。卯月には特に関係のない話…の筈だった。提督からその話題を聞いた頃から、妙に赤城がソワソワし始めた。自分と話をしていても心ここに在らずとでも言おうか、酷く焦っているように見えた。一体どうしたのかと聞いた卯月に、赤城はパッと顔を明るくし、ある頼み事をした。

 

『空母申請の書類に…落書きをしてくれないかしら?』

 

大好きな赤城に頼られた卯月は、ちょっとしたイタズラ感覚で赤城の頼みを聞いた。提督も卯月を叱りはするものの、本気で怒っている訳ではないと判ると、卯月も度々イタズラを繰り返した。

そんな卯月に、赤城は次の頼み事をする。その書類を盗んでくれないかと。流石にそれは冗談では済まないと察した卯月は断わるが、赤城から脅迫めいた圧力を掛けられ、一度だけ頼みを聞いた。それから何度も同じ頼み事をされるが卯月は断り続けた。卯月が言う事を聞かないと分かると、赤城は秘書艦に名乗りを上げ、大本営に出す書類から空母関連の物を密かに処理していた。

卯月が提督に空母を増やさないで欲しいと言ったのは、赤城の意思を汲んでではない。そうする事で…赤城の願いが叶う事で、かつての赤城が戻ってきてくれると信じたからだった。

 

〈本当の赤城さんは、うーちゃんにあんな酷い事言ったりしないぴょん…〉

 

〈新しい空母が来なければ…きっと元の赤城さんに戻ってくれるんだぴょん〉

 

そんな卯月の期待とは裏腹に、赤城の触手は次の標的に狙いを定めていた。後にそれを知った卯月は、あの時自分が素直に赤城の頼みを聞いていればと、激しく後悔する事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令〜…よしよし、居ねぇな〜」

 

執務室のドアを開けた佐渡は、部屋に誰も居ない事を確認すると素早く部屋に入り込んだ。

 

「確か赤城さんは、この辺りって…“リン…”?コレじゃねえな…“そら…はは…”おっ!空母のお手紙ってこれだな!」

 

机の引き出しの中から空母申請に関する書類を見つけた佐渡は、それを懐に仕舞い込んだ。佐渡が部屋を出ようとすると、ドアを叩く音が聞こえた。

 

〈ヤベッ!誰か来たッ!〉

 

佐渡は慌ててソファの後ろへ身を隠した。

 

「…」

 

〈誰だ?司令か?〉

 

部屋に訪れた者は、佐渡が部屋に居る事も知らずズカズカと部屋へ上がり込んだ。机の前へ来た何者かは、机の上に置かれている書類に目を配った。

 

「…引き出しが開けっ放しだ」

 

〈あっ、閉め忘れた!…あの声は那智の姉さん〉

 

那智が引き出しを閉めると同時に、ドアを叩く音が鳴り一人の艦娘が頭を出した。

 

「失礼します…那智さん?提督は…」

 

〈おっ?あの声は…〉

 

「赤城か…奴なら用があるとかで、鹿島と出掛けている。もうそろそろ帰って来ると思ってな」

 

「那智さん…どうしてここへ」

 

赤城なら自分がここに隠れている事をおかしく思わないだろう。別に隠れる理由もないかと判断した佐渡は頭を出そうとするが、佐渡の本能が何故か今は動いてはいけないと彼女の体を強張らせた。

 

「赤城…その顔を見るに、貴様と私の目的は一緒らしい」

 

「な、何の事ですか…」

 

「フッ、今更、綺麗事は抜かすな…私達は共犯だろう?」

 

〈きょーはん…って何だ?〉

 

「ッッ…!ま、前の提督を殺したのは那智さんで…!そうですね。今更こんな事を言っても仕方ありませんね」

 

「ああ。私も貴様が遺体を処分してくれると言った時は驚いたが、助かったよ」

 

〈前の司令を殺し…えっ?殺すって…大破…じゃない、轟沈の事だよな?そ、それに赤城さんが…ええっ!?〉

 

「だが赤城…以前もそうだが、何故貴様が司令官を?貴様は私と違って奴に不満などないように見えたが」

 

「那智さん。私は那智さんが何故、提督を手に掛けたかは聞きません。那智さんには那智さんの理由が有るでしょうから…」

 

「…愚問だったな。まあいい。改めて確認するが、目的は同じでいいのだな?」

 

「はい。佐渡さんにも動いて貰いましたが、やはり不安で。自分で動いた方が早いと思いまして」

 

「そうだな。で、どうする?以前と同じやり方で行くか?」

 

「そうですね。私が提督をおびき出しますから、後はお願いします」

 

「うむ。それはそうと赤城、私が殺した司令官の遺体…どうやって処理したのだ?お前の事だ、上手い事を考えたのだろうが」

 

「ふふっ、そうですね。とっても美味(おい)しい方法でしたね。今回も楽しみです…フフッ」

 

「…貴様だけは敵に回したくないな」

 

二人が部屋を出たのか、ドアが閉まる音を確認すると、佐渡は押し殺していた息を思いっきり吐いた。

 

〈あわわ…ど、どうしよう!どうすりゃイイんだよ…〉

 

佐渡は慌てて部屋を飛び出た。兎にも角にも提督を探そうとキョロキョロする彼女の目に最初に映ったのは鹿島だった。その後ろの見た事のない二人の艦娘に目を奪われたが、今の佐渡はそれどころではなかった。

 

「あら、佐渡ちゃん。提督さんがどこに居るか知りませんか?今、香取姉から「香取でも関取でもどうでもイイよ!カッシーの姉ちゃん…あたい、どうすりゃイイんだよ!」

 

「お、落ち着いて下さい!一体何があったんです?」

 

「うう〜っ…」

 

佐渡は一部始終を話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体何の用事なんだ?こんな所まで呼び出して」

 

「さあ、それは那智さんに聞いてみないと…あ、那智さん。提督をお連れしました」

 

演習場の端の堤防。辺りは薄暗く、今は誰も使用していないのか提督達以外は誰も居ない様だった。一人海を見つめる那智は、赤城と提督の声に振り返った。那智が赤城を一瞥すると、彼女はさりげ無く提督の背後へと移動した。

 

「那智、こんな所まで呼び出して何の用だ?話なら、こんな所じゃなくても…」

 

「なに、すぐ済むさ。その前に一つ、許可を貰っておきたい」

 

「許可?何の事だ?」

 

那智は一枚の薄い板と万年筆を差し出した。板には命令書が載せられてあった。

 

「明日、艦隊を編成して例の海域に出撃する」

 

「那智、前にも言ったが、それは「まだ戦力が整っていない…そう言いたいのか?司令官、貴様の理屈は聞き飽きた」

 

「那智、もう少し待ってくれないか?」

 

「生憎、私は気が長い方ではない。それに司令官、貴様は私が信用出来ないのか?」

 

「そんな事はない。君と妙高、赤城の三人は、この鎮守府の要だ」

 

「ならば、あとは首をすげ替えるだけだな」

 

「首を…なっ!あ、赤城!?」

 

「提督、失礼します」

 

いつの間にか提督の後ろに回り込んだ赤城は彼を羽交い締めにした。艦娘は艤装を着けていなければ少し力が強いだけで人間と大差ない。だが、赤城はいつの間にか艤装を装着した状態になっており、その力は人間の腕力で容易に振り解ける物ではなかった。

 

「あ、赤城!那智、これは一体何の「黙れッ!この臆病者がッ!!」

 

「な、那智…」

 

「貴様は二言目には今はまだ早い、少し待てだ!貴様の寝言は聞き飽きた!これからは私の好きなようにやらせてもらう…この指令書にサインするんだ。そうすれば、これは貴様の命令だと皆も私に従うだろう…貴様が居ない間もな」

 

「居ない間…どういう意味だ?」

 

「提督さんを…殺すつもりですね?」

 

「むっ!き、貴様は…」

 

那智達は声の方角に振り返った。声の主は鹿島だった。ここまで必死で走って来たのだろう、鹿島は肩で息をしていた。呼吸が整うと、鹿島は那智と提督の間に割って入った。

 

「鹿島、貴様どうしてここが…」

 

「そんな事はどうでも良いです。那智さん、赤城さん、これは一体どういう事なのでしょう」

 

「こ、これは…その…」

 

「鹿島、貴様には関係ない事だ。口を挟むな」

 

「そうはいきません。何しろ、お二人には前科が有りますからね」

 

「な、何っ!鹿島、貴様、何故それを!?」

 

「前科…鹿島、何の事だ?」

 

「…那智さん、提督さんが、どうして出撃を許さないか知っていますか?」

 

「フン、臆病風に吹かれたに決まっている」

 

「そうではありません。那智さんが、どうしてあの海域に拘るのか、それは足柄さんと羽黒さんの仇を討ちたいからですよね」

 

「そうだ、それが悪いか!?」

 

「何とか、お二人の仇を討たせてあげたい…それは提督さんも同じです。ですが、出来ない理由が有るんです」

 

「理由だと…?」

 

「今、出撃しても足柄さん達の二の舞になると知っているからです」

 

「なっ!貴様、この私を侮辱するつもりか!」

 

「そこから先は俺が話すよ。赤城、放してくれないか」

 

「は、はい…」

 

赤城は思わず手を放してしまった。提督は襟を正すと、那智、赤城の二人に語りだした。

 

「まず最初に、足柄と羽黒を沈めてしまった事を心から詫びるよ。あの時、俺は足柄と羽黒の二人なら、あの海域…リンガ泊地沖も問題ないと思っていたんだ」

 

「だから私が行くと言っているのだ!私と妙高姉さんなら…!」

 

「無理だ。鹿島も言ったが、二人の二の舞になるだけだ」

 

「貴様ッ…!「潜水新棲姫」

 

「…?何だそれは」

 

「つい先日確認された、お前達の仇の呼称だよ」

 

「…!?」

 

「提督さんは、そのリンガ泊地沖に潜む敵の事を調べていたんですよ」

 

「嘘を吐くな!貴様は、この数ヵ月何もしていなかったではないか!」

 

「…重巡が二人も沈むなんて普通じゃない。きっと新しい敵じゃないかと思って情報を集めていたんだ。つい先日、ある艦娘が所属する艦隊がリンガ泊地沖に行ったそうだ。残念ながら敗北したが、彼女の情報から敵の正体が判明したという訳だ」

 

「…それと私に出撃するなと言った事が、どう繋がるのだ」

 

「俺は、その艦娘をこちらへ招こうと思ったんだ。彼女は対潜能力に優れている。はっきり決まる迄、内緒にしていたんだ」

 

「な、ならば最初からそう言えばよいではないか!」

 

「頭に血が上っている那智に何を言っても言い訳と取られるだろう。それに期待させるだけさせて駄目でした、じゃ却って恨まれるだけだ…そういう意味じゃ、俺は臆病者と言われても仕方ないか」

 

「…」

 

「それを知った鹿島が、大本営に勤める姉の香取に直接連絡を取って決まったんだ」

 

「では、この数ヵ月は…」

 

「情報を掴んでから、その艦娘…水上機母艦なんだが、彼女か同型艦を手配して貰おうと手を尽くしていたんだ」

 

「提督さんは、大本営や同期の提督に頭を下げて回っていたんです。それもこれも那智さん、アナタの気持ちを知っていたからです」

 

「なっ…」

 

「ただ、何故か大本営には俺の申請が届いていないと言われて…それだけが不思議なんだが」

 

「…ッ!」

 

提督の言葉に、一瞬赤城の表情が曇った。辺りも暗くなっている所為、皆気付いていなかった…少なくとも提督と那智の二人は。

 

「…仇を討つ気はあったと…言うのか?」

 

「…ああ。出来れば那智と妙高の手で討たせてやりたかった」

 

「…フッ、フフッ…アハハハハッ!!」

 

「な、那智!」

 

「那智さん?」

 

「貴様は私以上に妹達の仇を取ろうと、しかも私に花を持たせようとさえしていたのに…そんな貴様を臆病者呼ばわりしていたとはな!…馬鹿だ!実に馬鹿だ!私は妙高型の恥晒しだ!」

 

「那智…」

 

「司令、もし私が仇を討った暁には、私を解体するといい」

 

「な、何故そうなる」

 

「私は公然と貴様を馬鹿にし続けたのだ。それは許されるものではない。軍規に背けば、例え私でさえ解体されるとあれば、自然と規律も引き締まろう…それが貴様への償いだ」

 

「…分かった。那智、お前を解体する」

 

「ま、待って下さい提督!那智さんは!」

 

那智の思わぬ心変わりに狼狽したのか、それとも自身の保身の為か、赤城は二人の間に割って入ろうとした。だが、彼女の困惑とは裏腹に、提督の口から出た言葉は意外なものだった。

 

「但し…深海棲艦との戦いが完全に終結してからだ。それまでは…今まで通り力を貸してもらう。それじゃ駄目か?」

 

「…わ、私を許すと言うのか?」

 

「残されたこっちの事も考えてくれよ。那智を解体でもしたら妙高さんに何言われるか…妙高さん、ここで一番怖いんだから」

 

「フッ、妙高姉さんが聞いたら徒では済まんぞ」

 

「それに生きていれば、また足柄や羽黒に会えるかもしれない。また二人に会いたくないかい?」

 

「…フッ、そうだな。解体されては可愛い妹達に、もう一度相まみえる事も叶わんか。分かった!戦いが終わる迄、この命、貴様に預けよう!この身体、貴様の手足と思って好きにするがいい!!」

 

「…あ、ああ」

 

「うん?何だ、歯切れの悪い返事だな」

 

何故か那智から視線を逸らす提督に、鹿島はジト目を向けた。

 

「…提督さん、今、変な事考えませんでした?」

 

「そ、そんな事は…」

 

「…なっ!何を考えている貴様、この不埒者め!」

 

「すまん…」

 

「…ま、まあ貴様が望むなら…()()()の相手くらい、してやっても…」

 

「ちょっ…!な、那智さん!?」

 

「ハッハッハッ、冗談だ鹿島。貴様の想い人に手を出したりはせんよ」

 

「…ッッ///そ、そもそも那智さん…け、経験…あるんですか?」

 

「んなあっ!!ぶ、無礼者!この私を誰だと思っている!重巡の那智だぞ!夜伽つや

 

「あ、あるんですか!?」

 

「……」

 

「な、那智…気持ちだけ受け取っておくから」

 

「なっ!やはり貴様も妙高姉さんのような大和撫子(やまとなでしこ)が好みか!?それとも羽黒のような可愛らしいタイプでなければ駄目なのか!?「もう一人妹いなかった?」

 

初めて見る那智の砕けた笑顔に、提督は彼女の新たな一面を垣間見た気がした。那智の見得を何となく察した鹿島、子供のように顔を赤らめる那智。…そして、もう一人。

 

「あれ、赤城は…」

 

「何…」

 

「…」

 

提督は、赤城がいつの間にか消えている事に気付いた。提督と那智が辺りを見回すも彼女の姿はない。だが、鹿島だけは驚いていない様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈マズい事になったわ…何とかしないと…!!〉

 

那智の裏切りをいち早く見抜いた赤城は、隙を見てその場から逃げ出していた。鹿島という思わぬ伏兵の登場に一時は焦ったが、自分と那智の二人ならば纏めて始末も…と隙を窺っていた赤城だった。ところが頼みの綱の那智の、まさかの豹変に危機感を覚えた赤城は、気が付けば鎮守府にまで引き返していた。

 

〈鹿島さんは私達が前の提督を殺した事を知っているの?…まさか誰かに見られていた…?いえ、今はそれどころじゃないわ!まずは…ハッ!〉

 

赤城の目に映ったのは卯月だった。赤城のただならぬ雰囲気に思わず硬直する卯月の手を掴むと、赤城は彼女を近くの部屋へと連れ込んだ。

 

「卯月さん、もしかしてアナタが鹿島さんに喋ったの?」

 

「な、何の事ぴょん」

 

「とぼけないで下さい。私がアナタに頼んだ事です」

 

「う、う〜ちゃん、何も言ってないぴょん」

 

(しら)を切るつもりですか?卯月さん以外に誰がいるんですか!」

 

「う〜ちゃん、本当に何も知らないぴょん!」

 

「それに鹿島さんは、私達が前の提督を…」

 

「ま、前の提督が、どうかしたの?」

 

「な、何でもありません!」

 

〈私が申請を揉み消していたのはともかく、卯月ちゃんが前の提督を始末した事は知る筈がない…鹿島さんは一体どうしてその事を…〉

 

「赤城さん…しれいかんに謝りに行こう?」

 

「謝る…何を言って…」

 

「卯月も一緒に謝るぴょん。ちゃんと謝れば、しれいかんも許してくれるぴょん」

 

「…!」

 

頭に血が上った赤城は、卯月の肩を掴むと力を込めた。その迫力に卯月は震えてしゃがみ込んでしまった。

 

「あ、赤城さん…やめッ…!」

 

「卯月ちゃんを、どうするつもりですか」

 

声に振り返った赤城の目に、険しい表情の鹿島が立っていた。鹿島は二人の間に割り込むと赤城の手を振り払った。

 

「か、鹿島さん!いつの間に?」

 

「私が部屋に入って来たのも気付かなかったようですね。それはそうと、卯月ちゃんに何をしているんですか?」

 

「う、ううっ…」

 

最早これまでと観念したのか、赤城はガックリと肩を落とした。

 

「か、鹿島お姉ちゃん!」

 

「…途中からでしたが、立ち聞きしていました。赤城さん、卯月さんに頼んだのは、もしかして空母申請の書類を出させない事ですか?」

 

「そ、それは…」

 

「それに前の提督さんの事ですが…」

 

「…!!」

 

「ま、前のしれいかんが、どうしたの?」

 

「…いえ、赤城さんが以前の提督さんに怪我をさせてしまったんです。それで提督さんは、お休みしてるんです」

 

「な、何だ…そうだったの。いきなり居なくなっちゃうから、卯月、心配したぴょん」

 

「…鹿島さん。アナタはどうして…()()()を…」

 

「…私にも幾つかの情報網がありますから。それは置いておいて…赤城さんは誤解をしているんじゃないでしょうか」

 

「ご、誤解…?」

 

「はい。赤城さん、私は提督さんには以前の提督さんの事は一切話していません。これからも喋る気はありませんよ」

 

「どうして…」

 

「どうして…と言いますと?」

 

「私と那智さんは…仮にも以前に一人、そして鹿島さんが止めに来なければ、再び同じ事をするところでした…それを見逃すと言うんですか?」

 

「ですから、それが誤解なんです。赤城さんと那智さんが以前の提督と何があったかは私は知りません。ですが、お二人がそこまですると言う事は、それだけの事があったのだと思います」

 

「…」

 

「その件は済んだ事です。赤城さん…私のような新入りが生意気かもしれませんが、敢えて言わせてもらいます。私は赤城さんの方が心配です」

 

「わ、私の…事…?」

 

「はい。これは私の勘なのですが…赤城さんは空母の艦娘が来る事を拒んでいますね?」

 

「な、何の事ですか…」

 

「私の姉が大本営に居るんです。その姉に空母申請の件はどうなっているのかと尋ねてみたんです。ところが、そんな話は聞いていないと言われました。

 

 

「それに赤城さんは、以前の提督さんと今の提督さんの秘書艦もしていますね。どこかで申請が途絶えたとしたら、その橋渡しをしている赤城さんを疑うのは当然です」

 

「…本当だぴょん」

 

「卯月ちゃん?」

 

「卯月、赤城さんに頼まれたんだぴょん!提督の書類に落書きをしてって」

 

「ち、違います!それは!」

 

「卯月、もう嘘を吐くのはイヤだぴょん!こんな事してたら、絶対しれいかんに怒られるぴょん!」

 

「…」

 

「お願いだぴょん…う〜ちゃん、昔の優しい赤城さんに戻って欲しいぴょん…」

 

「…誰の所為だと」

 

「…?」

 

「元はと言えば卯月さん、アナタの所為ですよ!」

 

「う、う〜ちゃんの…?」

 

「そうよ!私は空母なの!空母は艦載機を飛ばす為に駆逐艦のアナタじゃ想像もつかない程のエネルギーが必要なの!卯月ちゃん、そんな私に初めて会った時、何て言ったか覚えていますか!?」

 

「『出撃してないのに、赤城さんが一番補給が多い』って!!」

 

「う、う〜ちゃんは、ただ…」

 

「その日以来、私は食事の度に針のむしろだったわ。生まれたばかりで碌に戦闘経験もない私の事を、皆さん役立たずの穀潰しって思ってるんじゃないかって」

 

「そ、そんな事…」

 

「だから私は出撃以外では補給を減らしてきた。それこそ目の前に在る物は何もかも食べてしまいたい欲求を我慢しながら…

 

「私の補給を皆に回したり、駆逐艦の皆を大破も厭わず庇ってきた。その甲斐あって誰もが私を信頼するようになった。誰もが私に一目置いてくれるようになった。そう、私こそがこの鎮守府の本当の(あるじ)だったのに!!」

 

「ご、ごめんなさい…ごめ…なさ…グスッ」

 

「ふふっ、でも、それもこれまでの様です。束の間の…短い夢でした」

 

「いえ、そんな事はありません」

 

「…えっ?」

 

「赤城さん、私は赤城さんと卯月ちゃんがしてきた事を提督さんに話すつもりはありません」

 

「な…どうして」

 

「誰かに迷惑が掛かっている訳じゃありません。それに誰かに頼りにされたい赤城さんの気持ち、私にも解る気がします」

 

「…」

 

「赤城さんは誤解している様ですが、新しい艦娘はあくまで臨時です。この鎮守府に所属するかは、まだ未定なんです。もし赤城さんが嫌だと(おっしゃ)るなら私からも必要ないと頼んでみます」

 

「え?か、鹿島さん…それは本当ですか?」

 

「ええ。それに提督さんも赤城さんの気持ちに薄々気付いているんじゃないでしょうか。だから助っ人という形にしたのでは…」

 

「提督は…私の気持ちを知って…?」

 

「はい。でも、その必要はないかもしれませんね。ここに来てまだ数日ですが、皆さんが赤城さんを慕っているのは私にも解ります」

 

「確かに赤城さんが皆さんを庇っていたのは(よこしま)な動機だったかもしれません。でも、本当にそれだけですか?一緒に戦う皆さんを守りたいという気持ちが全く無かったんでしょうか?」

 

「…」

 

「そもそも、どうしてそんな事を始めたんですか?皆さんの役に立ちたい…それが最初の動機だったのではないでしょうか?」

 

「う、ううっ…私は…私は…」

 

「もう一度、初心に戻りましょう。幸いこの事を知ってるのは私と卯月ちゃんだけです。私達が協力すれば、きっと上手く行きますよ」

 

「そ、そうだぴょん!赤城さんは本当は優しい人だぴょん!昔の優しい赤城さんに戻ってくれるなら、う〜ちゃん何でもするぴょん!だから、だからぁ!ううっ…」

 

「…出来るでしょうか…こんな私に」

 

「出来ますよ。現に卯月ちゃんだって、こうして慕ってくれているじゃないですか」

 

「そ、そうだぴょん!う〜ちゃん、また赤城さんと一緒に遊びたいぴょん!一緒にアイスクリーム食べたいぴょん!」

 

「…それは嫌です」

 

「えっ?」

 

「一緒に食べていたら、きっと卯月さんのアイスクリームも食べてしまいますから」

 

「あ、あげるぴょん!う〜ちゃん、アイスクリーム位、我慢するぴょん…だからぁ!ううう〜!」

 

「…うっ…ううっ…」

 

〈どうして…どうして私は泣いているのだろう…〉

 

〈これは後悔の涙…それとも鹿島さんに心を見透かされた屈辱…?違う…そんなのじゃ…そんなのじゃない。私はまだ…そこまで堕ちていない…〉

 

〈私だって…戻れるなら戻りたい。こんな…人を殺めた罪悪感を背負う前の、あの時に…〉

 

〈でも…そんな事が許されるのだろうか。鹿島さん、あなたはそれを知ってもなお、私を認めると…?〉

 

〈これは…私に与えられたチャンスなのだろうか。今ならまだ引き返せると…償えると…神が私に猶予を与えてくれたの…?〉

 

〈解りました…鹿島さん、あなたを信じます。そちら側へ…もう一度…〉

 

赤城は差し出された手を恐る恐る握った。そんな赤城の不安を見透かすように、鹿島は力強く彼女の手を握り返した。

 

「…鹿島さん、改めて宜しくお願いします。一緒に頑張っていきましょう」

 

「はい♪こちらこそ!」

 

 

 

 

 

翌日、次の作戦の為に招集された水上機母艦の千歳と千代田が皆に紹介された。以前の赤城なら自分の存在を脅かす彼女達を毛嫌いしただろう。だが今の赤城は、彼女達を共に戦う仲間として心から歓迎した。赤城が二人から学ぶ事も多く、その度に過去の狭量な自分を心から恥じた。

一方の那智も、過去の自分を許し、妹達の仇を討つ機会を作ってくれた提督の心遣いに涙が止まらなかった。

 

反提督派の二人の変化は鎮守府全体にも影響を与えた。今までは二人に睨まれたくない一心で提督を無視する者も居たが、二人の提督への態度が変わると、もうそんな事はしなくても良いのだと提督へ謝罪に訪れる者が後を絶たなかった。

全ての歯車は噛み合い、鎮守府は以前の活気を取り戻しつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます提督」

 

翌朝。

提督が執務室のドアを開けると、一足先に来ていた赤城が彼を出迎えた。それだけならいつも通りだが、提督が面食らったのは、赤城は提督が来るまで部屋の中で直立していた事だ。まるで犬が飼い主の迎えを待つように。

 

「おはよう…赤城、どうしたんだ?」

 

「提督に今までの事を謝ろうと思いまして」

 

「今までの事…?」

 

「はい。提督は、ご存知だったんですよね。私が空母が来るのを(こころよ)く思っていないと」

 

「…まぁ、ね」

 

「その理由は、今から思えば実に幼稚な理由でした。私は…私以外の空母が来る事によって、自分の地位が(おびや)かされるのではないかと戦々恐々(せんせんきょうきょう)でした。

 

「私が秘書艦になったのは、それが理由です。提督の側に居れば申請の書類を処分する事も出来ます。時には卯月さんを使って邪魔をしました」

 

「…」

 

「もし提督が、こんな私を信用出来ないと言うのであれば、私を秘書艦から解任して下さい。どんな罰でもお受けします。例え解体でも…」

 

「秘書艦を首はともかく…解体は幾らなんでもやり過ぎだろう」

 

〈提督なら、そう言うだろうと思っていました。ですが、私達が前の提督に手を掛けたと知れば、私達を許す事はないでしょう〉

 

〈だから今は言えません。いつか…いつか必ず全てを話します。だから、もう少し…〉

 

〈もう少しだけ…その優しさに甘えさせて下さい…〉

 

「幸い、千歳さんと千代田さんが来てくれました。例え私が居なくても、那智さんの目的は達せられる筈です」

 

「…分かった、秘書艦は解任する。それと罰についてだが…新しい艦娘の教育を任せたい」

 

「新しい艦娘…?千歳さん達ではなくて、ですか?」

 

「ああ。千歳と千代田を正式にウチへ招けないか掛け合ったんだが、残念ながらそれは駄目だった。その代わりと言っては何だが、ある艦娘が是非ウチへ来たいと言ってきた。君と同じ一航戦の空母がね」

 

「い、一航戦の…空母?ま、まさか…」

 

「ああ。君と同じ正規空母の加賀だ」

 

「…!!」

 

「千歳と千代田には、次の作戦までしか居てもらえない。その代わり、加賀はウチへ正式に来る事になった」

 

「加賀さんが…ここへ…!」

 

「君の処分はそれでチャラだ。拒否する事は許さない。いいね?」

 

「はい…はいっ!!」

 

「朝はまだだろう。先に食べてきたらどうだ?」

 

「考えてみればそうでした。では一先ず失礼を…あの、提督!」

 

「何だい」

 

「提督は、鹿島さんみたいな髪を短く纏めたタイプが好みですか?」

 

「えっ!い、いや別にそんな事は…」

 

「じゃあ、私みたいな髪の長いタイプは好みでしょうか?」

 

「ま、まあ…嫌いではないかな」

 

「ふふっ、そうですか。提督、私、負けませんから!」

 

「負ける?な、何に?」

 

「いえ、何でもありません。では、失礼します」

 

 

 

 

 

赤城は過去を振り返る。

自分はどこで航路を間違えたのか…。

最初は皆に認めて欲しかった…立派な戦力として認めて欲しかった…それだけだった筈だ。だが一人、また一人と自分を認める者が増えるに連れ、そこに奇妙な愉悦を覚えたのもまた事実。

 

〈そうよ…私は皆に認めて欲しかったんじゃない…一緒に戦いたかっただけ…〉

 

赤城は未来を仰ぎ見る。

今は前も後ろも判らない濃霧を抜け出したように心が爽やかだ。まるで艦娘として生を受けた時のように身も心も澄み切っている。

自らの功名心に負けて前提督を殺した事を忘れるつもりはない。それでも鹿島が手を差し伸べてくれた。光を与えてくれた。赤城はそれにすがる事にした。

もう一度、生まれ変わろうと、彼女は一人心に誓うのだった。

 

 

 

 

唐突に鹿島への対抗宣言にも驚いたが、彼女にもそんな茶目っ気があったのかと、提督は彼女の新たな一面に笑みを漏らした。

提督が椅子に座ろうとすると、再びドアが開かれた。そこには、キョトンとした表情の鹿島が居た。

 

「失礼します…あの、赤城さん、どうしたんですか?ニコニコしてましたけど」

 

「あ、ああ…今までの事を詫びに来ただけだよ。鹿島、何か言ったのか?」

 

「い、いえ私は何も!ただ、このままじゃ良くないんじゃって、差し出がましい事を言ってしまいました。てっきり怒ってるんじゃないかと…」

 

「那智の時といい赤城の件といい、鹿島には助けて貰いっぱなしだな。それはそうと、こんな朝早くから、どうしたんだ?」

 

「…実は提督さんに、お願いがありまして…」

 

「鹿島には世話になってるしな。俺が出来る事なら何でもするよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤城が食堂に向かうと、卯月が入口でウロウロしていた。何故食堂に入らないのか疑問に思った赤城は、彼女に声を掛けた。

 

「卯月さん、おはようございます。今から朝食ですか?」

 

「あ、赤城さん!佐渡ちゃんを待ってるぴょん」

 

「ふふっ、すっかり仲良しですね。それと…卯月さん、今までごめんなさいね」

 

「え?き、急にどうしたぴょん」

 

「いえ、卯月さんには一番迷惑を掛けてしまいましたから。それに八つ当たりまでしてしまって。本当にごめんなさい」

 

「そ、そんなの気にしなくていいぴょん!うーちゃん、こうして赤城さんとご飯食べれて嬉しいんだぴょん!」

 

「うふふ、ありがとうございます。それと卯月さん、前に言っていたアイスクリームを頂けると言うのは本当でしょうか?」

 

「ええっ!い、イヤだぴょん!それとこれとは別だぴょん!」

 

「まあ、それは残念。あら?」

 

「あ、佐渡ちゃん!遅いぴょん!」

 

「ヘヘッ、お待た…」

 

卯月に気付き駆け寄ろうとした佐渡の足が急に止まった。赤城の顔を見た佐渡から見る見る笑みが消えていくのが判った。

 

「さ、佐渡ちゃん、どうしたぴょん?」

 

「…わりぃ卯月姉ちゃん。あたい用事思い出した!」

 

「えっ、ど、どこへ行くぴょん!」

 

佐渡はクルッと踵を返すと、まるで逃げるように走って行った。

 

「佐渡ちゃん、どうしたんだぴょん…」

 

「さあ…お腹が痛くなったのかしら」

 

「うーちゃん達は艦娘だぴょん。病気になったりしないぴょん!」

 

「え、ええ…そうね。どうしたのかしら」

 

どうして佐渡が逃げて行ったのか分からず、二人は不思議そうに顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督がリンガ泊地沖への出撃を下した。

それを待っていたのは他でもない那智だった。いよいよ待ちに待った出撃が、しかも仇討ちが出来るとあり、俄然演習にも力が入る那智だった。千歳、千代田との連携も様になってきたが、そんな彼女に新たな気掛かりが出来つつあった。

駆逐艦達との連携についてだ。

最近の駆逐艦達は何故か那智を避けつつある。だがこれは提督との不和から来るもので、那智も反省している。急に豹変した自分に皆、驚いているのだろう。こればかりは時間が解決するのを待つしかない…那智もそう思っていた。しかし、それが誤りだと那智に気付かせたのは睦月だった。

那智と睦月は既に数年来の戦友だ。共に背中を預けるに足ると、少なくとも那智は信じていた。

その彼女が自分を避けつつ…認めたくはないが畏怖の念を抱いている。那智がそう感じるのに数日も掛からなかった。

 

「よし、今日の演習はこれまで!」

 

那智の号令で、駆逐艦達の表情が艦娘から一人の女の子へと戻る。特に卯月と佐渡の二人は、やっと訓練が終わった事が嬉しいのか、誰よりも早く陸に上がろうとしていた。

 

「卯月の奴、あれだけの余力が有るのか。まだ訓練は続けても良かったな。なあ、睦月」

 

「…」

 

「…睦月?」

 

「は、はい…何でしょうか…」

 

「い、いや別に。どうしたんだ睦月、どこかに被弾でもしたのか?」

 

「そんな事はありません…し、失礼します!」

 

「あ、おい!」

 

睦月は那智と目を合わせようともせず、まるで逃げ出すように白露、時雨達の許へと駆けて行った。

 

「な、何だ…どうしたんだ…」

 

那智は理由も解らず、呆然と佇むしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈うん?あれは鹿島と…〉

 

翌朝、千歳達との訓練に臨もうとした那智は、鹿島と駆逐艦達が話している場面を目にした。特に用事もないと立ち去ろうとした那智だったが、妙な違和感を彼女達、特に駆逐艦から感じ暫く様子を見ようと立ち止まった。

 

〈ここからでは、よく聞こえんな〉

 

鹿島は駆逐艦達に何かを丹念に説明している様だった。彼女は身振り手振りを加えながら笑顔で何かを話している。一見すると駆逐艦達は黙って話を聞いているようにも見える。だが、よくよく見れば駆逐艦達は誰一人として笑っていない。那智からは見えないが、皆ガックリと肩を落としているように見えたのは気の所為だろうか。

 

〈……〉

 

一体何の話をしているのか大いに気になる所だが、那智は一先ず訓練に向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「訓練、お疲れ様です。麦茶ですけど一杯いかがです?」

 

訓練を終えた那智が一息吐いていると、ヤカンを持った鹿島が湯呑みを差し出した。

 

「ああ、すまん」

 

「いよいよ三日後ですよね。出撃は」

 

「ああ、訓練にも気合が入ると言うものだ」

 

「ふふっ、どうですか?駆逐艦の子達は。役に立っていますか?」

 

「…」

 

那智は一息に麦茶を飲むと、湯呑みを鹿島に手渡した。

 

「それなんだが…朝、駆逐艦達と話していたろう。その、少し気になってな。具体的にどんな教練を課しているんだ?」

 

「どんなって…特に変わった事は…駆逐艦の子達の役目を叩き込んでいるだけですが」

 

「駆逐艦の役目?」

 

「はい。アナタ達駆逐艦は、重巡の那智さんや空母の皆さんの盾となって沈まなければなりませんよ、と」

 

「…なに?」

 

「睦月ちゃんも卯月ちゃんも、どういう訳かキョトンとして…一体どうしたんでしょうか」

 

「どうしたもこうしたもない!貴様、何を言っているんだ!」

 

「ど、どうしたんですか那智さん、急に怖い顔をして」

 

「話を逸らすな!貴様、アイツらに一体何を吹き込んでいるんだ!」

 

「で、ですから駆逐艦の心構えを」

 

「馬鹿者!私はそんな事頼んだ覚えはない!」

 

那智が怒鳴りつけた次の瞬間、今までの気弱な、ともすれば駆逐艦のような幼さを見せていた鹿島の眼から光が消えた。まるで背筋にゾクリと水が滴り落ちるような感覚に、那智は思わず言葉を詰まらせてしまった。

 

「…それは、おかしいですねぇ…」

 

「…ッ!」

 

「私は何も間違った事は言っていない筈なんですが…」

 

「ふざけるな!私は駆逐の連中を盾にしようなどとは思っていない!この那智をみくびるな!」

 

「そ、それは申し訳ありません!…ですが、以前睦月ちゃんに言ってましたよねぇ…『睦月ちゃんだけでは弾除けが足りない』って…」

 

「なっ!わ、私はそんな事言っては…」

 

「あっ!そうでした!あれは提督さんの言った事…なんですよね?那智さん」

 

「な、何を言って…」

 

「もしそうだとしたら、提督さん、ヒドいですよねぇ…そう思いません?」

 

「か、鹿島…お前、まさか聞いていたのか?」

 

「那智さん、良ければ私が直接直談判しましょうか?提督さんの考えは間違ってますって!」

 

「なっ…や、やめろ!」

 

「私もそんな事を教えるのは心が痛むんです…誠意を持って話せば提督さんもきっと解ってくれます!」

 

「いいんだ…鹿島、頼むからやめてくれ」

 

「まさか那智さんは提督さんの考えを支持するんですか!?」

 

「違うんだ…あれは私が悪いんだ。だから、もうその事は忘れてくれ…お願いだ」

 

「はぁ…那智さんが、そう仰るなら…」

 

「む、睦月の誤解は…私が解いて…」

 

「睦月ちゃんは良いとして…提督さんの誤解は、もう解いたんですか?」

 

「て、提督の誤解…?何の事だ?」

 

「うふふっ♪那智さんったら、もう忘れちゃったんですか?…私、知ってるんですよ…那智さんと赤城さんが何をしたか…」

 

「!!」

 

「大丈夫です、私、誰にも喋りませんから。だって、もし喋ったら私も同じ目に…」

 

「か、鹿島!貴様どこまで…い、いや!何故その事を知っている!」

 

「その事って…どの事ですかぁ?」

 

「だ、だから…私と赤城が前の提督を…!」

 

「前の提督さんが…どうかしたんですか?」

 

「き、貴様…」

 

「ふふっ…誤解、解けるといいですね♪」

 

「…」

 

那智が鹿島と知り合ってから精々2週間程度でしかない。那智も彼女の全てを知っている訳ではないが、彼女の人となりは把握しているつもりだった。それだけに、那智は鹿島の突然の豹変振りに言葉も出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の佐渡は少し様子が変だ…卯月はそう思っていた。

演習が終わった卯月と佐渡の二人は食堂へと来ていた。いつもなら何かしら絡んでくる佐渡だが、今日は妙に大人しい。それに演習の最中もだが、朝から決して卯月の側を離れようとしない。それこそ親ガモに付いて回る雛のように卯月の後を付いて回っていた。

 

「佐渡ちゃん、どうしたの?今日は朝から変だぴょん」

 

「卯月姉ちゃんは何も心配する必要ねぇんだ。何があっても、この佐渡様が守ってやるからよ!」

 

「ま、守るって、誰からぴょん」

 

「こんにちは卯月さん、佐渡さん」

 

既に食堂へ来ていた赤城が、二人に気付くと一緒に食べようと彼女達に寄って来た。食事の量は、昨日の今日で気まずいのだろうか、以前より僅かに増えている程度だった。

 

「あっ、赤城さん!一緒に食べ…佐渡ちゃん、どうしたぴょん」

 

赤城の顔を見た佐渡は急に無口になり、赤城と卯月の間に割って入ると席へと座った。

 

「ど、どうしたんです佐渡さん」

 

「朝からずっとこうだぴょん」

 

「そうなんですか。佐渡さん、どうかしましたか?」

 

「…」

 

「と、とりあえず食べましょうか」

 

三人は箸を持つと食事に手を付けた。いつもなら和気あいあいと話も弾むが、佐渡の妙な警戒心から赤城と卯月の二人は口を開いて良いものか判断に悩んでいた。

 

「そう言えば卯月さん、今度の作戦の話は聞きましたか?」

 

「作戦?あっ、那智さんがそんな事言ってたぴょん」

 

「那智さんと私は恐らく出撃で間違いないでしょうね。もしかしたら不知火さん辺りにも声が掛るかもしれないですね」

 

「うーちゃんも出たいぴょん」

 

「ふふっ、そうですね。卯月さんにも「行かせねぇ!」

 

「えっ?」

 

「佐渡さん…?」

 

「卯月姉ちゃんは佐渡様と一緒に居るんだ!赤城さんと一緒に行かせたりなんかしねぇからな!」

 

「さ、佐渡ちゃん、どうしたんだぴょん」

 

「そ、そうですね…ああ、そうそう。佐渡さんにも謝っておかなければならないですね」

 

「謝る?赤城さん、佐渡ちゃんに何かしたぴょん?」

 

「その…実は…卯月さん、あなたにお願いした事を佐渡さんにも、お願いしていたんです…」

 

「…あっ!佐渡ちゃん、もしかしてそれで怒ってるぴょん?」

 

「そ、そんなんじゃねーよ!」

 

「…佐渡さん、鹿島さんや卯月さんにも言われて私もよく考えたんです。やはりそんな事をするのは間違っていると」

 

「そ、そうだぴょん!赤城さんは生まれ変わったんだぴょん。佐渡ちゃん、赤城さんの言った事は忘れるぴょん!」

 

「…それは、卯月姉ちゃんがそう言うなら…」

 

「ありがとうございます。佐渡さん、これからは私があなた達二人を守ってあげますから、それでお詫びとさせて下さい」

 

「…でも、赤城さんを守るのは佐渡様や卯月姉ちゃんの仕事だって、鹿島姉ちゃんが」

 

「え、ええ。そうですね、頼りにしてますよ」

 

「佐渡様や卯月姉ちゃんは、赤城さんや那智さんの盾になって沈まなきゃいけないって…」

 

「ええっ!?な、何を言って…卯月さん、本当ですか?鹿島さんは、そんな事を?」

 

「…」

 

「ま、待って下さい!そんな事はありませんよ!卯月さん、佐渡さん、私はあなた方を犠牲にしてまで助かろうとは思っていませんよ」

 

分かるもんか

 

「さ、佐渡ちゃん?」

 

「佐渡様は騙されねーぞ!あたしは知ってんだ!那智姉ちゃんと赤城姉ちゃんが前の司令をこ《バシッ!》むぐうっ!!」

 

佐渡の大声に周囲の皆は振り返った。皆の視界に映ったのは、真っ青な顔で佐渡の口を塞ぐ赤城の姿だった。

 

《あれ、赤城さんと…海防艦の子?》

 

赤城さんあんな小さなしてるんだろ

 

周囲の囁き声に、赤城はまだ声を出そうとする佐渡を掴む手に一層力が入る。状況が飲み込めない卯月は赤城の手を掴んで呼び掛けた。

 

「あ、赤城さん!手を離すぴょん!」

 

「ひゃ、ひゃなへ!!」

 

「…あっ!ご、ごめんなさい佐渡さん。ここでその話は止めて下さい。お願いしますから…」

 

「あ、赤城さん…佐渡ちゃん、どうしたの?」

 

「あたしは知ってんだ!赤城姉ちゃんと那智姉ちゃんの二人が何をやったか!卯月姉ちゃんも司令も、絶対にこの佐渡様が守るんだ!行こう、卯月姉ちゃん!」

 

「ちょっ…!さ、佐渡ちゃん待つぴょん!」

 

卯月の手を引っ張り食堂を出て行く佐渡。取り残された赤城は、周囲の好奇の視線に耐えられず跡を追うように食堂から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では訓練の続きを…あら、赤城さん」

 

「鹿島さん、少し宜しいでしょうか」

 

鹿島がいつものように睦月、不知火達と訓練に取り掛かろうとすると、赤城が彼女を呼び止めた。いつものように人懐こい笑みを絶やさない鹿島に比べ、赤城はまるで病人のように顔色が悪かった。

 

「鹿島さん、あなた佐渡さんに…何を…」

 

ふと、赤城は睦月達の視線に気付いた。それだけならどうという事もない。いつもなら赤城も気にしたりはしないだろう。だが、彼女達の表情は明らかにいつもとは違っていた。昨日までの自分を慕う顔はなく、皆どことなく表情が沈んでいた。

 

「み、皆さん…どうかしましたか?」

 

「……」

 

「睦月さん達の事ならご心配なく。出撃もまもなくですからね、那智さんの仇討ちが上手く行くように皆さんに心構えを教えていただけです」

 

「こ、心構え…?」

 

「はい。皆さんは、いざとなったら那智さんや赤城さんの盾となって沈まなければなりませんよって」

 

「なっ…!」

 

「特に赤城さんや千歳さん達は作戦の(かなめ)ですからね。赤城さんが沈むような事があっては、那智さんも仇を討てなくなります。私は少しでも那智さんのお役に立ちたいんです」

 

「だ、だからって…!それに那智さんは、この事を…」

 

「うふふっ、那智さんにはきちんとお話ししてありますよ。那智さんはちゃんと理解してくれました」

 

「そ、そんな…」

 

赤城は動揺した。数日前の騒動で那智は心を入れ替えた筈だった。少なくとも提督に対する偏見は無くなったと思って間違いない。

だが、それは提督に対してだけだったのか…?

こと仇討ちに関しては、皆や駆逐艦達を犠牲にする事も厭わないのだろうか…。

 

「…大丈夫です」

 

「えっ…」

 

口を開いたのは睦月だった。

 

「私や不知火ちゃんも赤城さんには何度も救って貰いました。今度は私達が恩返しする番です」

 

「む、睦月さん」

 

「でも、ちょっと残念です。私、赤城さんの事、本当に大好きだったから…あ、赤城さんが…そんな事考えてたなんて…」

 

「そ、そんな事って何ですか!?」

 

「赤城さんが私達を助けていたのは、この日の為だったって鹿島さんが」

 

「な、何を言って…!鹿島さん、あなた睦月さん達に一体何を吹き込んだんですか!?」

 

「…あれぇ?おかしいですねぇ。以前、言いましたよね。自分は皆の信頼を得る為に戦っている、自分こそが鎮守府の主だって…」

 

「…そ、それは!」

 

「それに前の提督さんは赤城さんと那智さんの二人が…」

 

「か、鹿島さん!!」

 

「…本当ですか?」

 

「睦月さん、ち、違います!私は「本当ですよ睦月さん。卯月さんも一緒でしたから聞いてみて下さい」

 

「…!!」

 

「あっ、これは皆さんには内緒って約束でしたね…でも皆さん、本当の事を知らずに沈むのも不憫かと思いまして。余計なお世話でしたね…赤城さん?」

 

「…行こう、不知火ちゃん」

 

「あっ…ま、待って下さい!」

 

赤城の制止も聞かず、睦月は不知火の腕を引っ張るように走って行った。

 

「うふふっ、嫌われちゃいましたねぇ」

 

「か、鹿島さん…あなた、いったい…!」

 

「ああ、そうそう。佐渡さんがどうとか言ってましたよね。良い事を教えてあげます。()()()を私に教えてくれたのは卯月さんじゃありません…

 

「…佐渡さんです…」

 

「…!!」

 

「さっきも言いましたが、私は那智さんの仇討ちを応援しています。上手くいくといいですね…ふふっ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、那智さんは居ますか?」

 

「はい…あら、赤城さん」

 

ドアを叩く音に顔を出したのは妙高だった。妙高も滅多に見ない赤城の訪問に物珍しそうな顔をしていた。妙高が那智を呼ぼうと振り返ると、那智はまるで赤城の来訪を知っていたかのように立っていた。

 

「赤城か?」

 

「え、ええ。那智、あなたに用があるそうよ」

 

「…外で話そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鹿島の事だな」

 

「は、はい。那智さん、駆逐の子達に沈む事を強要したのは…本当でしょうか…」

 

「馬鹿な事を言うな…と言いたい所だが全くの嘘ではないからな…正直耳が痛い。だが赤城、そんな話をするという事は、お前も鹿島の様子がおかしいと思っているのだな?」

 

「はい…その、駆逐の子達に妙な事を吹き込んでいる様で…」

 

「それは私も感じた。それに一番気掛かりなのは、前の司令の件だ。奴は我々が手を下した事を知っている様だった」

 

「え、ええ!私もそれが気になっていたんです」

 

「何故、鹿島がその事を…」

 

「それなんですが…一つ気になる事を言ってました。その…鹿島さんは、その事を佐渡さんから教えて貰ったと…」

 

「佐渡が?何故あいつが!?」

 

「それは私にも解りません。それと…鹿島さんは、この事を提督に…」

 

「…!」

 

「な、那智さん!馬鹿な事は考えないで下さい!」

 

「…安心しろ。仮にも仲間に手を出したりはせん。もしそうだとして、司令が我々を許せないと言っても私は潔く受け入れるつもりだ。赤城、お前はどうなのだ?」

 

「…私もです」

 

「…赤城、お前も馬鹿な事は考えるなよ」

 

「わ、私が…ですか?」

 

「今のお前、昔と同じ顔をしていたぞ」

 

「…」

 

「鹿島が何を考えているか判る迄は手の打ちようがない。佐渡も暫く様子を見るとしよう」

 

「…分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈提督に忠誠を誓う…それは良いわ。私の過ちを許してくれた提督には感謝している。それは那智さんと同じ〉

 

〈でも提督は、前の提督を手に掛けた事迄は知らない筈。もし知っていたら流石にお咎め無しとはいかないでしょうからね…〉

 

〈私達を許せないとしても潔く受け入れる…?それは無理ね。那智さんならいざ知らず、私はそんな事出来ない…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈もう、出来なくなってしまった…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩。

夜も更け、皆も寝床に就いたのだろうか、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

提督も自室へ戻り体を休めようとしていた時だった。

 

《コンコン》

 

誰かが執務室の扉を叩いている様だった。そういえば鍵を掛けたなと思いつつ、こんな夜更けに誰だと提督は鍵を開けた。

 

「誰…うわっ!」

 

「提督さん…」

 

まるで倒れ込むように提督の胸に飛び込んで来たのは鹿島だった。ただ、その顔は怯えており、掴んだ腕は震えていた。

 

「こんな夜更けにどうしたんだ?」

 

「は、はい…実は…とても怖い話を聞いてしまって…」

 

「怖い話…?とりあえず中に入るか」

 

「はい、失礼します」

 

執務室に通された鹿島は、ソファへと腰掛けた。提督は茶を出すと彼女に尋ねた。

 

「で、どうしたんだ?怖い話とか言ってたが…」

 

「はい…今から話す事は誰にも言わないと約束して下さい。でないと、私だけでなく提督さんにも危害が及ぶかもしれません」

 

「危害って…ここは鎮守府だぞ?誰が…」

 

「…」

 

「真剣な話みたいだな。分かった、続けてくれ」

 

「あくまで佐渡さんから聞いた話なんです。佐渡さんが、赤城さんと那智さんの話を偶然立ち聞きしたそうなんです。その…提督さんを…こ、殺してしまおうと…」

 

「…何を言ってるんだ、鹿島」

 

「すみません、私も赤城さんと那智さんが、そんな事を考えているなんて思いたくありません。ですが…佐渡さんが、あれからお二人が怖いと、私に泣き付いてくるんです」

 

「そんな馬鹿な事が…確かに以前の二人なら俺の事を目障りに思っていたかもしれないが…今の二人からは、そんな雰囲気は感じないぞ」

 

「私もそう思います。でも私、見てしまったんです。赤城さんが、卯月さんを脅しているのを」

 

「赤城が…卯月を?」

 

「はい。ただ事ではないと思って私が止めに入りましたが…その時にチラッと聞いてしまったんです。前の提督を殺した…とか」

 

「前の提督?確かに以前の提督は消息不明と聞いているが…赤城が…?そんな馬鹿な」

 

「わ、私も嘘だと思いたいです。ですが、それが本当なら提督さんの命が危ないと思って!」

 

「落ち着いてくれ、あくまで鹿島の想像だろう。前提督が姿を消した理由は判らないが、仮にも提督だぞ。そう簡単に殺すなんて…」

 

「それに、今日お二人と話したんですが、何故かお二人共、前の提督さんの事を聞いてきて…もしかしたら、私、お二人に狙われているかもしれないと思うと、こ、怖くて…!」

 

鹿島は倒れるように提督の胸へ飛び込んだ。鹿島の両肩を掴んだ手から、彼女の震えが伝わってきた。

 

「提督さん…今日は提督さんと一緒に居たいです…」

 

「お、おい…気持ちは解るが、誰かに知られたら誤解されるぞ」

 

「提督さんは…私と誤解されるのは嫌ですか…?」

 

「そんな事はないが…鹿島は嫌じゃないのか?」

 

「もしそう思っていたら、最初からここには来ません…提督さん、私も艦娘である前に女です…こ、これ以上は…私に言わせないで下さい…」

 

「か、鹿島…」

 

提督も彼女の事は憎からず思っている。彼女とは数年来の知り合いだし、彼女を懸想した事も一度や二度ではない。その彼女が、まるで小動物のように怯え自分に身を委ねようとしている。

提督は暫し迷った後、鹿島の肩に手を回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈あら…あれは…〉

 

翌朝、提督に鹿島の事を尋ねようと、赤城は早朝に執務室へ訪れていた。その赤城の目に留まったのは、執務室から出て来る鹿島だった。

 

〈か、鹿島さん…どうして執務室から…?〉

 

「あら、赤城さん」

 

赤城に気付いた鹿島は、いつもと変わらぬ無邪気な笑みを浮かべた。今の赤城にとっては畏怖以外の何物でもない微笑みに、彼女は思わず後ずさる。

 

「か、鹿島さん…まだ早朝ですよ。こんな時間に何故…」

 

言いかけた赤城は気付いた。いや、正確には勘付いた。鹿島の精気に満ちた表情に。鹿島が全身から湯気のように発散するメスの匂いに、赤城は嫌と言う程思い知らされた。

…自分もまた、女である事を。

 

「うふふっ、皆さんには内緒にして下さいね。変な噂が立つのは提督さんも迷惑でしょうし」

 

「噂って…か、鹿島さん、あなた…まさか」

 

「…ええ。赤城さんの思っている通りですよ。私、提督と…彼と寝ました」

 

「…!!」

 

生まれて数年とは言え、赤城にも多少なりとも、その手の知識はある。鹿島が言う言葉…男女が同衾する意味も理解している。それだけに、赤城は驚いて良いのか困惑すべきなのか、鳩が豆鉄砲を食ったように固まってしまった。

 

「知ってます?彼、お腹にホクロがあるんですよ」

 

「…」

 

「…前の提督さんは、どうだったんですか、赤城さん」

 

「な、何を…わ、私と前の提督は、そ、そんな関係じゃ…」

 

「あっ、すみません、そんな意味じゃないんです。ただ…処理をしたのは那智さんでなく、赤城さんと聞いたもので…何か知ってるんじゃないかな…なんて。ウフフ」

 

「…ッッ!」

 

今、目の前にいるのは本当にあの鹿島なのか。赤城は彼女が別人とすり替わったような錯覚を覚えていた。

何処と無く子供のようなあどけなさを残し、と思えば自分を叱咤し第二の人生の道標を示してくれた彼女が、まるでそんな事は無かったと言わんばかりに赤城の肩を叩いた。

赤城は言葉もなく、只々呆然としていた。

 

それからも、鹿島の豹変ぶりは赤城と那智の二人を困惑させた。

鹿島は皆の前では、わざと怯えた振りで二人を避けた。その事を問い質そうとした那智に大袈裟に脅えて見せ、さながら那智に脅迫でもされているかのような印象を周囲に与えた。

さらに駆逐艦達に対しても、あなた達は盾となって沈むのが仕事なのだと吹聴して回った。当然、駆逐艦達は反発する。本来なら不信の矛先は鹿島に向けられる筈だった。だが、以前の那智と赤城の提督への不信、二人に怯える鹿島、さらには何故か佐渡が二人を毛嫌いし始めた事が、鹿島から疑惑を逸らすには充分過ぎる要因になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「鹿島、少し聞きたい事があるんだが…」

 

ある日の午後、執務室で昼食を摂っていた提督は箸を休め、目の前の机で食事を摂る鹿島に尋ねた。

 

「佐渡についてなんだが…」

 

「佐渡さんが、どうかしましたか?」

 

「最近、駆逐の子達の様子がおかしいんだ。特に佐渡がな。俺でも判る位だからな」

 

「…そうですか。提督さんを不安にさせないようにと、佐渡さんには内緒にするように言ったんですが」

 

「不安…何の話だ?」

 

「私の口からは…」

 

「もしかして赤城や那智とも関係あるのか?」

 

「あの…お二人は提督さんに白状なさったんですか?」

 

「白状?鹿島、さっきから何を言ってるんだ。さっぱり話が見えて来ない。佐渡の様子と赤城達に何か関係があるのか?」

 

「…そ、それはその…」

 

「鹿島、お前何か隠してないか。もしかして二人に何か言われたのか?」

 

「ゆ、許して下さい…いくら提督さんにでも言えない事はあります。それでなくても私は二人に睨まれているんです。もし秘密をバラしたら前の提督さんの二の舞に…」

 

「前任…?鹿島、これは命令だ。お前が知っている事を洗いざらい教えるんだ。赤城達から何を言われたのか、どうして佐渡の様子がおかしくなったのか」

 

「その前に…提督さん、以前私とした約束を覚えていますか?」

 

「約束…覚えてるよ。何があっても守って欲しい…だったな」

 

「ああ…!覚えていてくれたんですね!嬉しいです。私…もうこの鎮守府では提督さん以外、誰も信じられないんです。もしこの事が赤城さん達にバレたら…恐らく私は無事では済みません」

 

「大丈夫だ。何があってもあいつ等には手出しはさせないよ。約束する」

 

「…分かりました。では、お話しします。私の知る全てを…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦当日。

那智、赤城の二人も鹿島に含む所はあるものの、ひとまずは気持ちを切り替えていた。那智にとっては姉妹の仇討ち、赤城にとっても過去と決別する為の大事な戦いになる。鹿島の事に意識を割いている暇は無かった。

 

「おはようございます、那智さん」

 

「ああ。よく眠れたか?赤城」

 

那智と赤城の二人が食堂で顔を合わせた。二人共に精気に満ち溢れた顔をしている。お互い相手の心情を察していたが、その心配も無用だと解ると厨房に向かった。

そんな二人が異変に気付いたのは、通り掛かった駆逐艦の艦娘が那智に挨拶した時だった。

 

「お、おはよう…ございます、那智さん」

 

「ああ。おはよう、むつ…」

 

挨拶をした艦娘、睦月は那智から視線を逸らすように下を向いた。睦月の顔を見た那智は、彼女の顔が強張っているのに気付いた。

 

「どうしたんだ睦月…」

 

「那智さん…」

 

「何だ赤城、どう…」

 

赤城に裾を掴まれた那智が周囲を見渡すと、食堂に集まっていた艦娘、正確には駆逐艦の艦娘達が無言で二人を見詰めていた。

 

「な、何だお前達…一体…」

 

ふと赤城が、おかしな事に気付いた。食堂に集まっている駆逐艦達は立っている者、座っている者を含め誰一人として食事を摂っていない。いや、正確には机には食事の為の食器一つ置かれていなかった。

 

「お前達、一体どうしたんだ。食事はどうした、何故誰も食べないんだ?」

 

「私達は…いいんです」

 

「睦月、それはどういう意味だ」

 

「白々しいぜ、那智さんよぉ!」

 

「佐渡…?」

 

睦月の後ろから顔を出した佐渡が、那智に食って掛かった。他の駆逐の子達が必死に止めようとするが、佐渡は静止を振り切って前に進み出た。

 

「鹿島姉ちゃんに言われたんだ!今日出撃する那智さんや赤城さんの為にあたし達の分も回せって!」

 

「なっ…そうなのか、睦月?」

 

「…」

 

「トボケんな!あたしは騙されないぞ!それにあたしは知ってんだ、那智さんと赤城さんの二人が何をやったか!」

 

「そ、それとこれとは関係無かろう」

 

「みんなも騙されてるんだ!那智さんと赤城さんはなぁ…「佐渡さん…」

 

興奮する佐渡とは対象的な、赤城の声が食堂の皆の心に響くように染み渡る。赤城の凛とした雰囲気に呑まれた佐渡は思わず怯んでしまうが、次に赤城が取った行動に佐渡は、いや、佐渡だけではなく食堂に居た全ての艦娘が驚きの声を上げる。

赤城はゆっくりと正座すると、そのまま頭を地べたに擦りつけた。

 

「なっ…」

 

「あ、赤城…?」

 

皆のざわめきが静まると、赤城は頭を下げたまま語り始めた。

 

「あなたを私のつまらない欲の為に利用した事を、本当に反省しています。佐渡さん、そして皆さん。私と佐渡さんに何があったか不思議にお思いでしょう。ですが今は、これから始まる作戦の方が優先です。この事は、もし私が無事に帰って来れたなら必ずお話しします」

 

「お、おい、赤城!」

 

「那智さん、このままでは皆さんを騙す事になります。もう観念しましょう。私達を許すか許さないかは、皆さんの判断に委ねましょう」

 

「…」

 

「それともう一つ、皆さんの誤解を解いておかなければなりません。今起きている食事…補給の事、それに駆逐艦の皆さんに対する私達の姿勢についてです」

 

「私達の…?」

 

「はい。睦月さん、あなた達駆逐の子は、鹿島さんから私達の盾になって沈めと教わっているようですね。そして私や那智さんも、それに同意していると思っているのではないでしょうか」

 

「そ、それは…鹿島さんがそう言うから…」

 

「断言します。私も那智さんも、そんな事は絶対に思っていません。そうですよね、那智さん」

 

「…ああ。昔はともかく、今は胸を張って言える。我々は艦種は違えど仲間だ。お前達を犠牲にしてまで助かろうとは思わん。むしろお前達の盾になるのは戦艦の(ほま)れだ。なあ、赤城」

 

「…その通りです。私達二人と提督との不仲で、皆さん達を不安にさせてしまった事は本当に申し訳なく思っています。ですが、決して鹿島さんの(おっしゃ)るような事はありません。

 

「皆さん、そして佐渡さん。今だけは…この作戦が終わる迄は、私と那智さんを信じて頂けないでしょうか。どうか、この通りです!!」

 

赤城は地面に叩き付けるように頭を深々と下げた。

食堂が静まり返る中、最初に赤城に声を掛けたのは意外にも佐渡だった。

 

「赤城の姉ちゃん…赤城の姉ちゃんが何言ってるか途中からよく解かんなかった。けど…赤城の姉ちゃんが嘘吐いてるように見えねぇんだ…

 

「睦月の姉ちゃん、卯月姉ちゃん…はいいや「何でだぴょん!」佐渡様、思うんだけど…もしかして、鹿島姉ちゃん…嘘吐いてんのかなって…あたし、おかしいのかなぁ…」

 

「そんな事…睦月は…」

 

「なら直接聞けば良い」

 

那智は赤城に手を掴むと、立つように促した。赤城は那智の手を借りて立ち上がる。

 

「那智さん?」

 

「鹿島の態度には我々も疑問を持っていたが、強く出れない理由があってな。だが、事こうなれば話は別だ。私と赤城で提督と鹿島に直接尋ねてこよう。私と赤城、鹿島の言う事のどちらが真実かをな」

 

「う、う〜ちゃんも行くぴょん!」

 

「睦月も…行きます!」

 

「うむ。では行こうか…司令官の許へ!」

 

那智と赤城の二人が歩み始めると、佐渡と睦月が後に続く。それを見た艦娘達も、やはり鹿島に思う所が有ったのだろうか、お互い顔を見合わせると一人、また一人と二人の後を追うようにその後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官はいるか!話がある!」

 

「な、何だお前達。赤城に佐渡、皆まで…」

 

那智が執務室の扉を勢いよく開けると、朝食を終え歓談していたであろう二人が居た。那智と赤城が白黒を付けなければならない相手、すなわち提督と鹿島が。二人は那智や皆の(ただ)ならぬ雰囲気を感じたのだろうか、特に提督は何処か怯えているようにも見えた。

 

「ど、どうしたんだ那智。作戦会議は昼からだが」

 

「その前に白黒はっきり付けておきたい事があってな。皆の士気にも関わる事だ。そこの鹿島についてだ」

 

「鹿島…?鹿島がどうかしたのか」

 

那智が鹿島を睨み付けるように見つめると、鹿島は心なしか一歩下がったように見えた。

 

「貴様が駆逐艦共にある事ない事吹き込んでいる事だ」

 

「…ッ」

 

「吹き込む…一体何の話だ?」

 

「そこの鹿島は、駆逐艦達に私や赤城の盾になって沈めと教えている。司令、それを貴様は知っているか?」

 

「いや…初耳だが。本当か鹿島」

 

「て、提督さん!私がそんな酷い事言う訳ありません!」

 

「う、嘘だぴょん!卯月達は幾ら沈んでも代わりはいるから、赤城さんや那智さんを守りなさいって言われたぴょん!」

 

「睦月も…そう教わりました」

 

「それだけではない。今日の出撃に際し、駆逐達は自分達の分の補給は取らずに全て我々に回す用に言われたそうだ。そうだな、佐渡」

 

「う、うん…朝、鹿島の姉ちゃんに会った時、皆に伝えてって…」

 

「鹿島、皆はこう言ってるが…」

 

「ご、誤解です!私は那智さん達を優先すべきだと言っただけで…」

 

「鹿島の姉ちゃん、どうしてそんな嘘を吐くんだ?佐渡様、ちゃんと聞いたぜ」

 

「さ、佐渡さん…ですからそれは佐渡さんが誤解しているだけで…」

 

「鹿島の姉ちゃん…佐渡様、もう誰を信じていいのか判んねぇんだ。最初は那智さん達が悪い奴なんだと思ってた。でも、皆は鹿島の姉ちゃんが悪いって言ってる。それに今も佐渡様に嘘吐いて…あたし、どっちを信じたらいいんだよ…」

 

「提督、佐渡さんは誤解しているんです!」

 

「佐渡の言う事が本当かはともかく、駆逐がお前達の盾になる事自体は、あながち間違ってもいないだろう。それに…那智、それはお前自身が睦月に言っていた事だろう」

 

「…貴様が何故それを」

 

「立ち聞きする気はなかったんだがな」

 

「…そうか。例え本意ではないとしても、言った事は事実だ。言い訳はせん。あの時の私は貴様を追い出す事で頭が一杯だったからな。それについては返す言葉もない…

 

「だが、そんな私を立ち直らせたのは他でもない司令官、貴様なのだ。まして貴様はそんな私を許すとまで言ってくれた。今度は私が貴様の道を正す番だ」

 

「て、提督さん!那智さんの言葉を信じないで下さい!那智さんは私を陥れようとしてるんです!」

 

「それはあなたじゃないんですか、鹿島さん」

 

「赤城…」

 

「那智さんの言う通りです。私と那智さんは一度は道を踏み外し、してはならない事をしてしまいました。それは認めます。そして私に立ち直るきっかけをくれたのは、他ならない鹿島さん、そして提督です。

 

「だからこそ鹿島さんが皆さんを、かつての私達のように歪ませようとしている事を放ってはおけないんです。提督、はっきり申し上げますが、鹿島さんはこの鎮守府に居るべきではないかと…」

 

「わ、私は提督さんの思っている事を、皆さんにお伝えしてるだけで…」

 

「私は皆を犠牲にしてまで助かろうなどとは思っていない!鹿島、貴様はこの鎮守府を掻き乱しているだけだ!」

 

「私も那智さんに賛成です。提督、私がこんな事を言う資格はないかもしれません。ですが、提督は狭量な私を許し、そればかりか加賀さんを呼ぶ算段もしてくれました。

 

「良い機会なので申し上げますが…提督、私はこれからもずっと、あなたに鎮守府に居て欲しいと思っています。それは提督としてではなく…一人の男性としてです。私の事をもっと知って欲しいですし、あなたの事も、もっともっと知りたいです…」

 

赤城はふと鹿島に視線を送った。何故そんな事をしたのか、それは赤城自身にも解らない。だが、それが詰まらない嫉妬ではないと、今の赤城は胸を張って断言出来る。

 

「赤城…那智、お前達の言う事も解るが、俺と鹿島は数年前から面識がある。お前達に会う以前からだ。それに…今だから言うが、鹿島は俺とお前達との不仲を心配して、わざわざこっちに来てくれたんだ。そんな鹿島が嘘を吐いてるなんて、俺にはとても信じられないんだ…」

 

「司令よ、私は貴様の言う事は今までの罪滅ぼしも含めて信用する事に決めた。だが、それと決断する事は話が別だ。我々は貴様に問うているのだ」

 

「情を取るか信頼を取るか…鹿島を信じるか、我々を信じるか…」

 

「ううっ…」

 

実のところ、提督も鹿島が皆に信頼されていないのは薄々勘付いていた。だがそれは自分が蒔いた種でもある。最初は彼女が自分の信頼を回復させようとした結果、彼女も嫌われてしまったのだろうと思っていた。それ故に決して鹿島を責める事はなかった。

だが現状はどうか。那智や赤城の言からも自分の信頼は回復していると提督は思っている。ならば何故、鹿島だけが嫌われるのか…。それを長らく疑問に思っていた。

だが、ここで鹿島の肩を持たねば彼女の信頼を失う事になる。部下としてではなく、情を通じた男として彼女を贔屓目に見ていないと言えば嘘になる。

 

「て、提督さん!私を…鹿島の言う事を信じてくれますよね?」

 

「司令!」

 

「提督…」

 

「お、俺は…」

 

情と信頼の狭間で揺らぐ提督。そんな彼の背中を後押ししたのは、那智の発した一言だった。

 

「司令…例え貴様が鹿島を信じるとしても、我々は貴様を責めたりはしない。我々は貴様に忠誠を誓おう。そう…

 

「前任の司令官の分もな…」

 

「…」

 

提督は椅子を立ち上がった。鹿島は彼が自分を信じてくれると思ったのだろうか、怯えた表情から一転、笑顔に変わった。だがその表情はすぐに陰りを見せた。

提督は鹿島ではなく、那智の方へと向き直った。

 

「て、提督さん…?」

 

「すまない、鹿島。那智や赤城は俺の部下だ。俺は提督として二人を信じる事にする」

 

「て、提督さん!私を信じてくれないんですか!?」

 

「そうじゃない。だが、皆が挙って嘆願に来るなんて普通じゃない。君には本当に悪いと思うが…」

 

「ひ、酷い…信じてくれると思ったのに…私の味方をしてくれるって言ったのに…!」

 

鹿島は両目に涙を溜めると、嗚咽を漏らしながら廊下へと駆けて行った。

 

「か、鹿島!」

 

「放っておけ!…貴様が奴に入れ込んでいるのは知っているが、これは鎮守府全体の問題だ」

 

「私もそう思います。それに遅かれ早かれ、鹿島さんはいつかはこうなったのではないでしょうか。やはり鹿島さんはこの鎮守府には相応しくないと思います」

 

「…そうだな。皆の意思は分かったよ。鹿島の処遇については、後で本人と相談して決める」

 

「…!では、我々を信じると言うのだな!?」

 

「…ああ。今後ともよろしく頼むよ」

 

「は、はい!もちろんです!ね、皆さん?」

 

赤城の声に、廊下から部屋を覗き込んでいた駆逐艦達が、わあっと歓声を上げながらなだれ込んで来た。

 

 

 

 

 

 

数時間後、鹿島は一身上の都合により異動すると皆に通達され、作戦は予定通り開始された。

提督の尽力に加え、那智や赤城も心身共に完全なコンディションで臨む事が出来たお陰で、戦いは快勝に終わった。

 

こうして、嵐のように駆け抜けた鹿島の騒動は終わり、鎮守府は再び正常に動き出すと誰もが信じて疑わなかった。

帰投した那智と赤城に、佐渡がある報せをもたらすまでは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《俺は何て事をしてしまったんだ…》

 

数日前、鹿島は那智達に咎められた事が原因で、鎮守府から逃げるように姿を消した。騒動の後、一人鹿島の部屋を訪れた提督だったが、彼女の姿は既に無く、以前の鎮守府に戻ると書き置きが置かれていただけだった。

鎮守府は以前の活気を取り戻した。提督も自身の決断は間違っていないと思っている。だが、鹿島を裏切ってしまった罪悪感が心の棘となって彼を悩ませていた。

 

《やはり鹿島の味方をしていれば…だが、そうしたら皆の信頼を失う事に…だが…!》

 

提督が頭を振り、書類に向き合おうとした時だった。

 

《…ん、何だこれは…》

 

開いた書類の束から一枚の封筒が舞い落ちた。提督が封筒を拾い上げると、そこには『提督へ』と一言書かれていた。

 

《この文字は…鹿島か!?》

 

彼は封筒を破ると、中の便箋を広げた。

 

《鹿島…!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤城さん達、今日鎮守府に戻って来るぴょん」

 

鹿島が逃げるように鎮守府から異動となり早数日が過ぎていた。鎮守府近海の哨戒を行っていた卯月達に赤城達が帰投する旨の報せを受けていた。

卯月は赤城との諍いが解消された事もあり、皆が戻って来るのを今か今かと楽しみにしていた。そんな卯月とは裏腹に、佐渡は意気消沈していた。佐渡は赤城達を完全に信用した訳ではない。だが、先日の鹿島と赤城達のやり取りで、鹿島が自分に嘘を吐いていた事に強いショックを受けていた。更には自分が毛嫌いしていた赤城達こそが自分達の味方だった事を、素直に認められないでいた。

 

「…佐渡様、赤城さんに酷い事言っちまった…」

 

「気にする事ないぴょん!赤城さんは、そんな事気にしてないぴょん!」

 

「赤城さん、佐渡様の事、許してくれるかな」

 

「大丈夫ぴょん。あ、そう言えば佐渡ちゃん、食堂で何か言おうとしてたよね?赤城さん止めたけど…一体何を言おうとしたぴょん?」

 

「…それは」

 

「あ、いた!卯月ちゃん、佐渡ちゃん!大変だよ!」

 

佐渡と卯月の会話を遮るように数人の艦娘が大声を出しながら二人に向かって来た。睦月を先頭に、時雨や不知火といった駆逐艦の面々が、まるで敵襲でも遭ったかのように大慌てで駆け寄った睦月は、息も絶え()えにまくし立てた。

 

「大変だよ!て、提督が…」

 

途中まで言い掛けていた睦月は、二人の様子がおかしい事に気付いた。

 

「う、卯月ちゃん…どうしたの。もしかして装備の調子が悪いの?」

 

「…な、何でもない…ぴょん。それより睦月、どうしたぴょん」

 

「あっ!うん、赤城さん達、もうそこまで帰って来てるって。そんな事より、この手紙…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、やっと戻って来た。やはり見慣れた景色は落ち着くな、赤城」

 

「ふふっ、こんな海の上じゃ、どこも同じに見えますけど…そうですね、那智さん。早く帰って天丼を食べたいです。今なら20杯の記録を更新出来る気がします」

 

「程々にな…」

 

鎮守府近海。

戦いを終え、ようやく我が家へと戻ってきた二人は、緊張が解けたのか歓談を楽しんでいた。まずは食事だと張り切る赤城に、そんな事よりも一杯付き合えと飲みに誘う那智。それを聞いていた周囲の艦娘は、まず入渠でしょと心の中でツッコミを入れていた。

そんな二人の許に一人の艦娘が向かって来た。

 

「あれは…」

 

「佐渡…か?」

 

全速力で海を駆ける佐渡は、二人の許へ辿り着くと息を切らせながら語り出した。

 

「た、大変だよ赤城の姉ちゃん、那智のオバ…那智姉ちゃん!」

 

「落ち着いて下さい、佐渡さん。一体何があったんですか」

 

「そうだ、そんなに慌てていては分からん。落ち着いてお姉さんに話せ」

 

「し、司令が…」

 

「提督が…どうかしましたか?」

 

「鹿島さんを追って出てっちまったんだよ!」

 

「「…!!」」

 

「さ、佐渡…どういう事だ、詳しく話せ」

 

「み、皆さん!先に帰投して下さい!私と那智さんもすぐに追い付きますから!」

 

赤城が他の艦娘達に何でもないと合図すると、皆は気にしながらも一足先に立ち去った。

 

「睦月姉ちゃんが…朝になっても司令を見ねぇから、司令の部屋に行ったら、この手紙があったって…あっ!」

 

佐渡は一枚の封筒を取り出した。それを見た赤城は奪い取るように掴むと、中の便箋を取り出し手紙を読み始めた。

 

 

 

 

 

 

『鎮守府の皆へ

 

この手紙を誰かが見つけた頃には、俺は鎮守府にはいないだろう。

鹿島が皆と上手くやって行けない事で異動になった事は記憶に新しいだろう。俺は鹿島を追う事にした。

何故そんな事をと疑問に思うかもしれない。

元々、鹿島は俺と皆が不仲だった事を心配して来た事は説明しただろうか。彼女はその為に尽力し、結果的に赤城や那智の誤解も解けた。これで何もかも上手く行くと思っていた矢先に、一つ問題が起きた。

鹿島と皆の対立だ。

鹿島が皆に何をしたのかは詳しくは知らない。だが、皆がここまで怒るなんて、鹿島は皆が許せない事をしたのだろう。

確かに俺は鹿島と赤城達のどちらを取るかと問われた時、皆を取った。

だが、皆が一つに纏まったのも、牽いては鹿島が来たからこそだ。

俺はそんな鹿島を裏切ってしまった。だから、今度は俺が鹿島の為に行動してやりたいと思う。この鎮守府は、もう俺が居なくても大丈夫だろう。

 

何て聞こえの良い事を言ってはいるが、本当は俺は赤城と那智を怖れているのかもしれない。

俺は佐渡から聞いたんだ。お前達二人が前提督を、自分達の意に沿わないから殺した事を。

あの時、俺が鹿島ではなく赤城達の味方をしたのは、そうしなければ俺も殺されると心の底で怖れていたからなんだ。

だが、お前達は改心したようだし、この事は誰にも言うつもりはない。

 

もう俺と鹿島の事は探さないでくれ。もし少しでも俺に悪い事をしたと思うなら、新しい提督を支えてやって欲しい。

お前達と過ごした数年、嫌な事もあったが楽しかったよ。

 

どうか元気で』

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「な…こ、これは…そんな馬鹿な…司令官!」

 

「な、何だ?那智姉ちゃん、手紙に何て書いてあったんだ?どうして司令はいなくなっちまったんだ?」

 

「…佐渡さん、この手紙は他に誰か読みましたか?」

 

「え…?い、いや、睦月姉ちゃんが、取り敢えず赤城さんに中を見て貰おうって…」

 

「そう…後で睦月さんにはお礼を言わなきゃね」

 

「お礼…?あ、赤城さん、一体何て書いて…あっ!」

 

赤城は手紙を破り捨てると後ろへと捨てた。

 

「お、おい、赤城!何をして…」

 

「何を言ってるの那智さん。こんな物、皆に見せる訳にはいかないわ。その位、解るでしょう」

 

「そ、それは…だが赤城、お前、帰ったら皆に我々がした事を報告するんじゃ…」

 

「たった今その必要は無くなりました…もう何を取り繕っても無駄です。肝心の提督が居ないのではね…」

 

赤城は急に背中の矢を(つが)えると、天に向けて放った。その矢は空中で数機の艦上戦闘機へと姿を変え、真っ逆さまに急降下して来た。

 

「赤城、お前何をしているんだ?ここには敵は…」

 

「攻撃隊、第一目標…妙高型重巡洋艦!」

 

「なっ!」

 

言うが早いか赤城は素早くその場から飛び退いた。戦闘機の攻撃が那智を的確に捉えると、那智は避ける暇もなく、ただ一方的に射撃に蹂躪された。

 

「ぐわあああっ!!」

 

「うわっ!な、那智姉ちゃん!!」

 

赤城の攻撃に那智と共に吹き飛ばされる佐渡。彼女は体勢を立て直すと、那智に駆け寄ろうとする。

 

「あ、赤城の姉ちゃん!何で!?」

 

「大丈夫ですよ、佐渡さん。私の目的はあなたですから。那智さんは、あなたを庇うでしょうから先に始末しておこうと思っただけです」

 

「あ、赤城…貴様、一体何のつもり…ぐわっ!!」

 

「チッ…しぶといわね。流石、重巡」

 

反撃の為に起き上がろうとする那智だったが、四方八方からの攻撃に手も足も出ず、徐々にその場へとへたり込んで行った。那智が弱っていく様を、佐渡は逃げる事も出来ずに眺めていた。

 

「あ、赤城さん…どうして…信じてたのに…」

 

「それはこっちのセリフです。まさか…まさか、あなただったとはね。私達が前の提督を始末した事を提督に喋ったのは…佐渡さん、あなただったなんてね!」

 

「ひっ!」

 

「私はね、佐渡さん。鹿島さんがくれた機会を使って、何もかもやり直すつもりだったの。幸い提督は、私の今迄の振る舞いを許してくれた。

 

「でも彼は私と那智さんが前提督を沈めた事までは知らない。もしそれを知れば、幾ら提督でも私達を許しはしないでしょう。だから、この事は永久に内緒にしておくつもりだったの。

 

「なのに…なのに…あなたが余計な事を喋った所為で、提督の知る所となってしまった。あなたのお陰で私の提督はいなくなってしまった!!」

 

「あ、赤城姉ちゃん…」

 

「睦月さんが手紙を読んでなくてホッとしたわ。もうこの事を知ってるのは、私達三人だけですものね…」

 

言いながら赤城は次の矢を放った。

 

「第二次攻撃隊、目標…前方海防艦!」

 

「赤城さんっ!!」

 

矢は空中で戦闘機に変化すると、新しい獲物に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあっ!佐渡ちゃん!!」

 

佐渡を追い掛けて来た卯月と睦月の二人が見たものは、力無く海に浮かぶ二人、そしてそれを見下ろす赤城の姿だった。

 

「あ、赤城さん…これは一体…?」

 

「申し訳ありません、睦月さん。佐渡さんを守れませんでした」

 

「ど、どういう事ですか!?」

 

「睦月さん、あなたが持ってきた手紙に書かれていたのです。前提督を沈めたのは那智さんだと」

 

「なっ…!」

 

「私と佐渡さんは、手紙を見てしまったのです。それで那智さんが口封じの為に私達を…」

 

「うわああっ!佐渡ちゃん!佐渡ちゃんっ!!」

 

卯月と睦月はピクリとも動かず今にも沈みそうな佐渡に駆け寄ると、彼女の体を抱き起こした。佐渡の体は脱力しており、艦娘が消滅する際の症状、気体化が始まっていた。

 

「佐渡ちゃん!目を覚ますぴょん!佐渡ちゃんっ!!」

 

「佐渡ちゃん!私だよ、睦月だよ!分かる!?」

 

「…あ…う…」

 

「さ、佐渡ちゃん!大丈夫だよ!すぐに鎮守府に連れて帰るぴょん!」

 

「そ、そうだよ!頑張って!」

 

「那…智…ねぇ…は…?」

 

「大丈夫、赤城さんが仇を取ってくれたから!」

 

「赤…ぎ…」

 

佐渡が渾身の力を振り絞って何かを伝えようしていると、赤城が佐渡の体をそっと抱き上げた。

 

「佐渡さんを守れなかったのは私の責任です。私が全速力で鎮守府に連れ帰ります」

 

「えっ…あ、あの…」

 

「私は…佐渡さんと共に先に帰っています」

 

赤城が低い声で告げながら、チラッと倒れる那智に視線を向けた。何故、赤城が佐渡と共に先に帰ると言い出したのか解らなかった卯月と睦月だったが、やがて二人共、赤城の言わんとしている事を理解した。

 

「……」

 

「お、お前達…早く赤城を…」

 

那智が最後の力を振り絞って、二人に警告を発しようとした。だが、二人から返って来た答えは言葉ではなく…

 

「ぐわああっ!な、何をっ…」

 

恨みの一撃だった。

卯月の砲撃に、那智は勢いよく吹っ飛ばされた。ボールのように海面を転がるしか出来ない那智は、必死に手を伸ばし二人を制止しようとするが、その答えはさらなる追撃だった。

 

「よくも…よくも佐渡ちゃんを…」

 

「酷いです…那智さんは…そんな人じゃないって思ってたのに…」

 

「ち、違うんだ…やめ…ぎゃあっ!」

 

「沈んじゃえ!沈んじゃえっ!!」

 

卯月と睦月の二人の砲撃は容赦無く続く。幾ら駆逐艦の攻撃と言えど、この至近距離から二人同時に喰らっては流石に重巡の那智と言えどひとたまりも無かった。まして那智は赤城の不意討ちを喰らい、最早動く事さえままならなかった。

やがて那智が指一つ動かなくなり、海面に沈んで行く様を見届けると、二人は砲撃を止めた。

 

「卯月ちゃん、ひとまず帰ろう。赤城さんに追いつこう」

 

「うん…ううっ…佐渡ちゃん…」

 

その場にへたり込む卯月の手を握ると、睦月はゆっくり走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督さん、ご飯が出来ましたよ」

 

古い戸建ての庭先で、一人の男性が椅子に腰掛けていた。男の後ろにはエプロン姿の可愛らしい女性が笑顔で鍋を持っていた。

 

「俺はもう軍人じゃないんだ、もう提督はやめてくれよ」

 

「そうですね…でも、私には提督さんの方が呼びやすくて」

 

「提督…か」

 

物思いに耽る男に女がソロリと近付くと、彼女は彼の膝に腰掛けた。

 

「…あいつら…元気でやってるかな」

 

「もう!昔の部下の事より私の事を心配して下さい…もうすぐパパになるんですから」

 

「…えっ?」

 

「昨日、お医者さんに行ったんです。そうしたら…赤ちゃんが出来たって」

 

「ほ、本当か鹿島!」

 

「はい…来年の今頃は親子三人ですね、提督さん」

 

「そ、そうか…ハハ…俺が父親に…」

 

「提督さんは昔に…皆の所に戻りたいですか?」

 

「…もう昔の事だ。あいつらには悪いと思うが…鹿島、俺は君と居る方が良い」

 

「…私もです。提督さん、私、きっと良い母親になってみせます!」

 

「ああ、俺もだよ。生まれてくる子が大きくなる迄に、平和になってれば良いが…フッ、俺が言えた義理じゃないか」

 

提督は愛しの妻のお腹を優しく擦ると、鹿島もくすぐったそうに笑いながら彼の手に自分の手を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私と提督の逃避行から、もうそろそろ一年位か…

 

みんな、今頃どうしてるんだろう。新しい提督を迎えて、今までのように戦いに明け暮れる毎日を過ごしてるのかな。

…やめよう、もうそんな事どうでもいい。全ては昔の事だ。

 

最初はここまでするつもりはなかった。ただ大好きな彼と一緒に居たいだけだった。だから彼を追って向こうへ行った。彼は艦娘の子達と不仲らしい。せめてその誤解だけでも解ければ…本当にそれだけだった。

だが鎮守府に来た途端、そんな考えを持つ自分は消え去った…いや、自分の本心に気付いたと言うべきだろうか。

 

…この人を独占したいと…

 

彼と艦娘達の関係。一見すれば何も問題は無いように見えた。だが、彼と艦娘の間には見えない溝があるように感じた。その溝の正体はすぐに判った。

赤城さんと那智さんだ。

鎮守府の皆は、彼よりも二人に従っている感じだった。

特に那智さん。妙高さんと並ぶ鎮守府の誇る戦艦勢の一人。彼女に睨まれては、ここではやっていけないだろう。

だが、そんな事よりも許せない事があった。

 

『ハッキリ言ったらどうだ!司令官は臆病過ぎると!』

 

『そうだ睦月。奴はお前達の事など捨て駒程度にしか考えておらん』

 

『フン、臆病風に吹かれたに決まっている』

 

…はぁ?今何て言った?臆病者って言ったの?この私の目の前で彼に向かってこの撃つしか取り柄の無い火力馬鹿の薄汚いロートルは私の彼を馬鹿にしたのか…?

…こいつは。こいつだけは…

 

このオンボロ戦艦だけは…!

 

それに彼女以上に厄介なのは赤城さんだった。

何故彼女が那智さんの味方をしているのか、私は甚だ疑問だった。駆逐艦にも慕われているし、提督さんを嫌う理由がさっぱり見えてこない。だが、秘書艦を務める内に彼女の願望が透けて見えてきた。

彼女は皆に慕われたいのだ。それこそ女王のように。

大本営に居る姉の香取に空母を催促した件を尋ねたが、そんな申請は一度もないと言う。そして申請の書類については赤城さんが申請した事になっている。恐らく彼女が揉み消したのだろう。

この瞬間、私のやる事は決まった。二人を追い落とすと。絶望の淵に叩き落としてやろうと。

それから私は積極的に二人に関わろうとした。少しでも二人の信頼を得る為に。弱みを握る為に。

そんな時だった。佐渡さんから思いもよらぬ事実を聞かされたのは。赤城さんに書類を盗むように頼まれた佐渡さんが、偶然にも二人の会話を盗み聞きしたそうだ。

 

前提督を殺した犯人は二人だと。

 

これは願ってもない僥倖だった。こんな情報が手に入るなんて、やっぱり私のやろうとしている事は正しいんだ。神様も私の事を応援してるんだ。佐渡さんは単に私を慕って一緒に付いてきただけだが、こんな所で役に立つなんて。本当に感謝してますよ。ウフフッ。

そこから私の戦略は決まった。私は彼を連れて、ここを出て行く事にした。だが、生真面目な彼に部下を捨てて私と一緒に来て欲しいと言った所で従わないだろう。だから私は、彼に自分の意思で付いて来て貰う事にした。

そこからの私の行動は早かった。那智さんと赤城さんを前提督の件で煽り、駆逐艦達に嫌われる行動を取り続け、皆から嫌われる事に腐心した。その結果、皆は一致団結して異物である私を追い出そうとするだろう。当然だ。那智さんや赤城さんにしてみれば、過去の悪事を知っている私が居ては目障りだろうし、駆逐の子達だって、事ある毎に沈みなさいなんて言う私には居て欲しくないだろう。

結果、私の予想通り、彼女達は提督に自分達と私のどちらを取るのかと迫った。私は提督に哀願した。私の言う事を信じてくれますよねと。

そう、これが重要なのだ。

私はこうなる事を見越して、事前に彼にあるお願いをした。

 

『私がする事を信じて欲しい。何があっても私に味方して欲しい』

 

私は彼の約束を取り付けた。そう、全てはこの瞬間の為に。

私は彼が約束を守るとは思っていなかった。私は彼に破らせる前提で…私を裏切る前提でこの約束をさせた。

私の想像通り、皆か私かと問われた時、彼は共に行動してきた仲間を取った。正直、私を取ると言われたらどうしようとヒヤヒヤしていた。そうなると、私がここを出る理由が無くなってしまう。例え彼に選ばれても、こんな針のむしろで過ごす自信は無い。

私は彼に裏切られたと言う体で鎮守府から逃げるように姿を消した。きっと彼は私を裏切ってしまった罪悪感で一杯だろう。そこに駄目押しの一撃。私が佐渡さんから聞いた一部始終を記した手紙を彼に残した。それを読んだ彼は、せっかく誤解が解けた那智さんと赤城さんに再び恐怖を感じている事だろう。そして最後に一言、こう書き記した。

 

『このままでは二人に殺されてしまいます。それなら、私と一緒に逃げましょう』

 

改心した二人が提督を手に掛ける事はまずないだろう。それは彼だって解っているに違いない。だが、私を裏切った罪悪感に(さいな)まされている彼にしてみれば私に償う…鎮守府から逃げる格好の理由を手に入れたようなものだ。案の定、彼は鎮守府の仲間を捨てて、私との逃避行を選んだ。

私は目的を達成した。

 

それからの私と彼は、今までの空白を埋めるかのようにお互い求め合った。自慢じゃないが私は男性に人気がある。男性の目には私はとても清楚に映るらしい。私は素直に嬉しかったし、そうあるようにと振る舞った。その時の私を知る人が獣のように快楽を貪る今の私を見たら、さぞや失望する事だろう。私自身も驚いている。自分の中にこんな貪欲な肉欲がうず巻いていた事に。

そんな生活を続けていれば、当然の事だが子を宿す。これには私も驚いた。艦娘の私が妊娠するなんて。彼にこの事を告げると、とても喜んでくれた。それは嬉しい…でも、ちょっとだけ残念かな。これで彼の愛情は、これから生まれてくる私の子供にも注がれる。本来は全て私に注がれるべき愛情が。

…はぁ、いけない。まだ生まれてもいない自分の子に嫉妬するなんて。我ながら心が狭いな。反省しなくちゃ。

 

提督さんが、かつての同僚に聞いた話では、那智さんと佐渡さんが沈んだそうだ。佐渡さんだけは気の毒に思うけど…運が無かったわね。私と一緒に来なければ、こんな事にならなかったのに。私を恨まないでね。

でも…そうか、那智さんは沈んだのか。出来るなら私がこの手で引導を渡してやりたかったが…まあいい。自業自得だ。私の提督を馬鹿にする奴なんかどうなったって構うもんか。ついでに赤城さんも沈めばいい。彼を助けなかった鎮守府の皆も同罪だ。

沈め沈め!

みんな沈んじゃえ!

 

…もう忘れよう。私はもう艦娘じゃない。彼も提督じゃないんだ。今の私は近所では若奥さんで通ってる。奥さん…悪くない。うふふ♪

 

那智さん、佐渡さん。私はあなた達の分まで幸せになってみせます。

どうか安らかに眠って下さいね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの戦いの後、那智と佐渡は轟沈扱いになった。

その報告を聞いた那智の姉、妙高は何故迎えに行った佐渡まで沈むのかと赤城に疑問を持ったが、卯月と睦月からも同じ証言を得た事で、有耶無耶が残るものの不問となった。

それから数日後、鎮守府に提督が居ないのはマズいと言う事で、赤城の薦めもあり妙高が提督代理となった。半年後、沈んだ那智が、更に足柄、羽黒が建造で復活。妙高は慣れない提督業に悪戦苦闘しつつも、再び妙高型四姉妹が揃った事で充実した日々を過ごしていた。

 

「白露、時雨。後で執務室に来て頂戴」

 

「は〜い…時雨、お説教だって〜」

 

「ふふ、まだお説教だって決まった訳じゃないよ、白露姉さん」

 

「そうね。明日の演習の打ち合わせよ…その前に今日の任務について聞くだけよ」

 

「…一雨来そうだね」

 

トボトボと肩を落とす二人に苦笑しつつ、妙高は、ふと鹿島の事件を思い出していた。

 

〈何故鹿島さんは、あんな事をしたのかしら。提督を慕っているのは知っていたけど…わざわざ皆を敵に回す事も、彼女なりの考えがあったのかしら…〉

 

〈今頃、鹿島さんは私達の苦労なんて知らずに提督と楽しい毎日を過ごしているのかしら〉

 

〈一人の男性の為に…ふふっ、私には無縁な話ね〉

 

〈でも、鹿島さんと言えば…赤城もおかしいわね。あの戦いの時、私と那智は別艦隊だった。那智は中破と聞いていたのに、赤城からは途中で深海棲艦に襲われ佐渡ちゃんも巻き込まれる形で轟沈…〉

 

〈しかもそれを見ていたのは赤城だけ…。卯月と睦月もその場に居たと言うけど、何故か何も喋らない。復活した那智に聞いても、その時の記憶は無い…〉

 

〈はあ…止めなさい妙高。もう済んだ事よ。それよりも今日来る予定の新しい提督を出迎える準備をしないと…〉

 

「こんにちは」

 

思案に暮れる妙高は男の声に振り返った。そこには無精髭を生やした軍人が彼女を見つめていた。

 

「…あなたは?もしかして、今日着任する…新しい提督でしょうか。でも、確か到着は午後と聞いていましたが」

 

「ああ、うん。ちょっと驚かそうと思ってね」

 

「ふふ、今度の提督は以前の方と違って面白い人ですね」

 

「前任って言えば、俺は急遽ここの提督に決まったんだが、何があったんだい?急に軍を辞めたとしか聞いてないが」

 

「…私達が悪いんです。彼を信じる事が出来なかったのです。その所為で彼は出て行ってしまったのです」

 

「ふうん…まあ言いたくないなら構わないけど。でも俺は大丈夫。こんな美人を置いて出てくなんてあり得ないから安心してくれ」

 

「まあ、口がお上手ですね。私もそう願っています。改めて自己紹介しますね。私はこの鎮守府の提督代理をしている妙高と申します。あなたは?」

 

「俺?俺は…」

 

この時の妙高はまだ知らない。

自分が鹿島に誰よりも共感する事になる事を。

彼とその後輩に寄せられた愛情を確かめる為に、自分の妹達や彼らの家族をその手に掛ける羽目になる事を。

 

 

 

 

 

 

 




提督が信頼されてないって設定なので、何故信頼されてないかを説明しなきゃとなり、結果的に赤城と那智が立ち直るまでで半分使ってしまいました。佐渡を出したのはボケキャラが欲しかっただけなんですが、思った以上に動いてくれたので満足してます。
改訂前のだと鹿島と提督その後どうなったのか不明だったので、そっちも付け足しました。
艦娘型録の参を早く手に入れたいです。





艦娘型録

鹿島 聞いて下さい提督さん♪さっき買い物に行ったら女学生に間違われたんです!私、人妻なのに♪私ってそんなに若く見えるんですかね〜、うふふ♪

提督 俺が家に女学生連れ込んでるって変な噂立ってる。確かに鹿島は童顔だけど。通報されません様に…

赤城 那智さんの件で、妙高さんの私に対する目が厳しく見えるのは気の所為かしら。でも何故かしら、妙高さんは私と同じ匂いを感じるのよね。この後、何かやらかしそうな…

妙高 こ、今度の提督は積極的ね。もしかして私の事好きなのかしら…?もう、何言ってるのかしら私ったら。でも…もしそうなら私も…。足柄と羽黒が来るかもしれない?そう…私の気持ちが本当なのか…試してみるのも…

那智 そうか…私は一度沈んでるのか。ところで妙高姉さん。赤城が何故か余所余所しい気がするんだが。それに卯月と睦月の二人は私の顔を見るなり逃げ出すんだが…何か知らないか?

佐渡 もしかして赤城さん、あたしが無茶振りした事、怒ってんのかな。ヤベー…3回も頼むんじゃなかった。

卯月 む、睦月…那智さん、卯月達がした事、覚えてないよね?

睦月 だ、大丈夫だよ卯月ちゃん。多分…赤城さんもそう言ってたし。うん…

提督(新) 何かいきなりこの鎮守府に行けって言われたけど…何があったんだろ。それにしても妙高さんか…タイプだ。ケッコンしよ。

時雨 君が新しい提督か。前の提督に比べると見るからに軍人って感じだよね。え…妙高さんが…多分付き合ってる人はいないと思うけど…僕の事も聞いてよ。

白露 時雨、このバンダナ渡しておくね。理由…さぁ、何でだろう。ただ時雨に渡しておかなきゃって思って。本当、どうしてだろ…
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