艦娘症候群   作:昼間ネル

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「とぉるるるるん!!
もしもし大井っち?」

『あぁ、北上さん!
私の北上さん!!』


嘘だよね、大井っち

危なかったわ…

大丈夫?北上さん

 

良かった…間に合ったみたいね

私?私の事なんてどうでもいいわ!

 

ねぇ、北上さん

どうして…

 

どうしてそんな顔するの…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「納得できません!」

 

「ちょっ…大井っち、皆の前だから…」

 

ある鎮守府の会議中。

自分の隣で露骨に不満を露にする髪の長い艦娘に、三つ編みの艦娘は慌てて口を塞ごうとする。そんなやり取りに周囲の艦娘が振り返った。

 

「あ、ごめん皆。こっちの話だから気にしないで」

 

部屋内の皆が一斉に振り返ったのに驚いた提督は、その視線の先、彼女に目を止めた。

 

「北上、何か不満があるのか?」

 

チッ大有りよ

 

「ちょっ、大井っち!あ~うん…大井っちもこう言ってるし…出来れば大井っちと一緒の部隊がいいんじゃないかな~なんて…」

 

「…気持ちは解るが、今回は護衛だ。大した戦闘は無いと思うしお前一人入れば充分だろう」

 

「なっ!それは私がアテにならないと言う事ですか?」

 

「大井っち~頼むよ~。あ、ごめん提督さん。私もそう思うよ。それで大丈夫だから」

 

「北上さん!?」

 

「…そうか」

 

膨れっ面の彼女の腕を引っ張り、二人は執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう!どうして自分一人でいいなんて言っちゃうの北上さん!」

 

「提督も言ってたじゃん、今回は遠足みたいなもんだって。何も二人も行く必要無いって~」

 

自分達の部屋に戻って来た球磨(くま)型軽巡洋艦3番艦の北上(きたかみ)は、同じ球磨型の4番艦大井(おおい)に不満をぶつけられていた。

ここ最近の北上は大井と別任務に就く事が多く、大井はそれが不満の様で、提督に直談判したそうだった。だが大井が言うには、提督に却下の一言で片付けられたらしい。

大井がここまで自分と一緒に居たがる原因は、間違いなくあの事だろうと北上は察していた。

 

数日前、北上は大井と共に出撃した事があった。戦いも終わり、いざ帰投と誰もが油断した時、撃ち漏らした敵が旗艦の赤城に魚雷を放った。それに気付いた北上は赤城を庇い被弾。彼女も轟沈を覚悟したが、その魚雷は不発に終わり彼女も自分の強運に感謝する程だった。

その時の大井の慌てようは大変な物で、提督への抗議だと大井は部屋から出ようとしなくなり、北上は自分が原因だからと提督に謝りに行った。

だが提督も救われた赤城も、その事に対しては咎めようとしなかった。それどころか大井の好きにさせればよいと言われた北上は、一体どういった風の吹き回しかと首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北上さん、居ますか?」

 

北上が大井と自室で寛いでいると、ドアを叩く音が鳴った。立ち上がろうとする大井を自分が出ると手で制した北上はドアを開けた。

 

「ほ~い。あ、赤城さん」

 

「あ、あの…少しお話よろしいですか?」

 

「うん、いいけど…どったの?」

 

「いえ…特に用事という訳でも無いんですが…失礼しますね」

 

北上に案内され、赤城は椅子に腰掛けた。

ふと、北上が大井を見ると、彼女は赤城に何かを言いたそうにまじまじと見つめていた。

 

「…で、赤城さん、一体何の用で私達の部屋に来たんです?」

 

「お、大井っち!」

 

痺れを切らした大井に北上は慌ててフォローを入れた。

 

「…あの、北上さん?」

 

「あ、何でもないの赤城さん!こっちの話。で、赤城さん、何か用かな?」

 

「その…北上さんには悪い事をしてしまったので…様子を見てきてくれと提督にも言われていまして」

 

「あ、もしかして前の戦いの事?も~大丈夫だよ。私もあの時は焦ったけどさ、不発弾なんて運がいいよね」

 

「…そ、そうですね!そう言えばそうでしたね」

 

「私達の日頃の行いが良いからですよ!ね?北上さん」

 

「特にこれと言って何もしてないけどね~」

 

「もう~謙虚なんだから!でも…そんな所も…」

 

「何も…?あの…本当に大丈夫ですか?その…もし不調なら私の方から提督に掛け合いますよ」

 

「大丈夫だって。もう、赤城さん心配性だな~」

 

「そ、そうですか…」

 

「でも赤城さんの話も一理ありますね。なので、どうでしょう!私も同行すると言うのは?」

 

「…大井っちもね」

 

「な、何がです?私が心配性だとでも?わ、私はただ…」

 

「北上さん…やはり今回は止めた方が宜しいのでは…」

 

「え?何で?」

 

「私が見るに…まだ回復している様には見えないので」

 

「そうですよ北上さん!赤城さんもあぁ言ってますし!ね?」

 

「大井っちはそろそろ部屋から出ようか?」

 

「…北上さんの意地悪」

 

「あ、あの…分かりました。提督にはそう伝えておきます。失礼しました」

 

赤城は深々と頭を下げると、名残惜しそうに部屋を後にした。

 

「赤城さんもそんなに心配しなくてもいいのに」

 

「自分の所為で私達を危険に晒したんだから、あの位反省してもいいですよ!」

 

「…魚雷喰らったの私なんだけど」

 

「あ!そ、そうでしたね!北上さんでしたね。でも大丈夫、次は必ず私が守りますから!」

 

「じゃあ部屋から出なって。外に居ても私一人じゃ寂しいからさ」

 

「き、北上さん…そんなに私の事を…」

 

「私一人で駆逐艦の相手すんのメンドいしさ~」

 

「あ~…そうですね…ハァ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら~大井っちったら~」

 

「うう…」

 

朝の間宮食堂。

流石に三日も籠っていたらお腹も空くだろうと北上に言われた大井は、彼女に連れられて食堂に来ていた。

 

「みんな怒ってないかしら…」

 

「別に怒ってる娘なんていないって」

 

「…!き、北上さん!私、提督に謝ってきますね!じゃあ!」

 

「え?お、大井っち…もう」

 

「じゃあね神通さん!あ、北上先輩チーッス!」

 

「げ…(さざなみ)…」

 

「あ~何ですか~その嫌そうな顔。可愛い後輩ですよ~?」

 

食堂に入った北上に早速見知った駆逐艦が声を掛けてきた。綾波型駆逐艦の(さざなみ)と、その姉に当たる1番艦の綾波(あやなみ)。二人は北上と同じ部隊になる事が多い為か、北上とは(主に漣が)軽口を言い合う仲になっていた。

 

「北上さん、おはようございます」

 

「おはよ綾波…あと山並み」

 

「漣ですよ!さ・ざ・な・み☆山並みなのは潮です!」

 

「綾波達も今からご飯?「無視!?」

 

「あ、はい。北上さんもですか?」

 

「うん、大井っちもいたんだけど、ウザいのいるから逃げちゃった」

 

「ちょっ!酷いですよ先輩!お姉ちゃんがウザいなんて!「綾波(わたし)なの!?」

 

「そう言えば次も綾波とだったっけ?」

 

「あ、はい、そうみたいですね」

 

(わたし)も一緒ですよ!」

 

「…敷波も一緒か」

 

「私は漣です!お姉ちゃんじゃないですよ!お姉ちゃん、北上さんがイジメる~!」

 

「あの…私、北上さんの分も頑張りますので…暫くお休みした方がいいのでは…」

 

「うん?大丈夫だよ。あの時はビックリしたけど幸い何とも無かったんだしさ」

 

「そ、そうですか…」

 

「赤城さんから何か言われたの?」

 

「その…それもありますが…私も赤城さんと同じで無理しない方がいいと思いまして」

 

「別に無理なんてしてないって…強いて言えば馬並みと一緒なのがねぇ」

 

「漣です!馬並みなのはご主人さまです!」

 

「「えっ!?」」

 

「ち、ちょっと…///」

 

「さ、漣ちゃん。な、何の話を…///」

 

「だから大きさですよ!」

 

「く、駆逐艦、何でそんな事知ってんのさ?」

 

「ま、まさか漣ちゃん、司令官の…」

 

「はい!漣、ご主人さまに脱いで見せてもらった事あるんですけど、27センチもあるんですって。凄いですよね!」

 

〈にじゅっ…お、男の人のって、そんなに大きいの!?〉

 

〈し、司令官のそんなに…///じゃなくって!!〉

 

「漣と比べたら10センチも違うんですよ!やっぱ男の人は違うっスね!」

 

「く、比べる?漣、あんたまさか…付いて…」

 

「やっぱり男の人は足、大きいよね!ウチらとは全然違います!」

 

「あ!あ~」

 

「ビックリさせないでよ!私てっきり…」

 

「先輩、意外とムッツリですよね♪」

 

「やっぱ駆逐艦ウザいわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?どうした北上」

 

「あ、うん。大井っち見ないからさ、こっち来てるかなって。あ、球磨()え」

 

「クマ?」

 

食堂を後にした北上は、大井を探して執務室のドアを開けた。部屋には提督と彼女達の姉である球磨型1番艦の球磨が何やら提督と話している様だった。

 

「大井っちが、やっと部屋から出るって言うからさ~。提督に謝りに来たかなと思って」

 

「球磨…北上、すれ違いになったみたいだな。もう部屋に戻ってるんじゃないか?」

 

「そうなんだ。あのさ~提督…大井っちの事、私からも謝るから大目に見てあげてくんない?」

 

「…気にしないでいい。そんな事よりお前は大丈夫か?」

 

「え?んもぅ、赤城さんも提督も心配し過ぎだよ」

 

「そんな事無いクマ!私も提督も妹が心配だからこうして話しているクマ!」

 

「話すって…何を?」

 

「大井の事クマ!」

 

「球磨…」

 

「…でも!」

 

「北上、大井に伝えておいてくれ。暫くは北上と別の部隊になるって」

 

「うん、そりゃいいけど…また大井っち怒りそうだね。知らないよ?」

 

「お前からも上手く説明してくれ」

 

「ほ~い。んじゃ球磨()え、またね~」

 

部屋に残された球磨は提督を恨めしそうに見つめた。

 

「…そんな顔するなよ」

 

「何で黙ってたクマ?」

 

「今は上手くやってる。暫くは問題無いんじゃないか?」

 

「大有りクマ!いつまでこんな事続けるクマ?駆逐艦も北上の事話しているクマ!」

 

「分かってる…分かってるよ球磨…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「球磨さん…」

 

「赤城、何クマ?」

 

「あの…これを北上さんに渡しておいて欲しいんです。…私が拾った物です」

 

「これって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、北上さん!遅かったじゃない」

 

「何だ、もう戻ってたんだ。探したよ」

 

北上が部屋に戻ると、既に戻っていた大井が退屈そうにベッドに座っていた。

 

「あ~そう言えば提督が言ってたけど、大井っち、暫く私と別の部隊だってさ~」

 

「知ってます。さっき聞きました!な~にが怒ってないよ、きっちり怒ってるじゃない。全く男のクセにやる事が女々しいんだから…」

 

「アハハ…」

 

〈何だ、提督、大井っちに言ってあるのか。私が言わなくても良かったじゃん〉

 

「じゃあ部隊割りの事は聞いた?」

 

「どうせ北上さんと一緒じゃないんだから、聞いてません!」

 

「ハハ…まぁそんな所だろうと思ったけど。私は綾波と漣と一緒みたい」

 

「漣…あの下ネタ艦ね!」

 

「え?大井っちにも何か言ってたの?」

 

「多分、北上さんと同じ事言いましたよ」

 

「ふ、ふ~ん。でも漣の奴、あんな事どこで覚えてくんだろ。私もビックリしたよ…思わず信じちゃった」

 

「あの娘の言う事なんて大体嘘なんだから、信じちゃ駄目よ!」

 

「そ、そうだよね…うん」

 

「ええ!実際はその半分位だそうよ!」

 

「え!?半分って…え?」

 

「秋雲に借りた漢体これくしょん(うすいほん)に書いてあったじゃないですか!」

 

「あ…そ、そうだっけ?よく覚えてるなぁ大井っち…」

 

〈…興味無いみたいだったけど大井っちも読んだんだ…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…以上が編成だ」

 

ある日の会議、執務室に集まった艦娘達は提督の指示の下、出撃の準備に向かった。

 

「…何だ北上?何か解らない事でも?」

 

球磨と話していた提督は、自分を見つめる視線に気付いた。

 

「…ねぇ、大井っち。やっぱり言わなきゃダメ?」

 

「北上さんは私と一緒じゃなくてもいいの?」

 

「そんな事ないけど…ね、ねぇ提督、大井っちが私と一緒の部隊になりたいって言ってるんだけど」

 

「大井は球磨と一緒クマ!」

 

「えぇ~っ…球磨姉さんと?」

 

「北上、大井は不満なのか?」

 

「え?うん、そうみたい。ホラ、大井っち」

 

「いやクマ~…」

 

「も~」

 

「…北上、とりあえずお前だけでも出たらどうだ?漣達も待ってるぞ」

 

「ほ~い。んじゃね大井っち、待たね」

 

大井に手を振ると、北上は部屋を後にした。

 

「…提督、()()をどうするクマ?」

 

「今言った通りだ。お前の預りという事で頼むよ」

 

「合わせるのは今回だけクマ」

 

「…ああ」

 

球磨は呆れる様に部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~もう…くそっ!」

 

出撃の前の一時。

三十分後の出発の前に、北上と大井は自室で身支度をしていた。

準備万端の北上とは裏腹に、大井は先程から艤装の点検に悪戦苦闘している様だった。

 

「大井っち、さっきから何やってんの?」

 

「いえ、単装砲の調子が悪くて。前に赤城さんを庇った時に痛めたのかしら」

 

「明石さんに修理してもらったら?」

 

「そうですね。ちょっと明石さんの所に行って予備のを借りてきます」

 

「私、先行ってるよ~」

 

慌てて部屋を出て行く大井を後に、北上は床に置かれた大井の単装砲に目をやった。

 

「あちゃ~。砲頭が完全に品曲がってるよ。こりゃ使い物にならないね」

 

やれやれと、北上は大井の単装砲を自分の机へと置くと、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ~っ。今回は少しキツかったね~」

 

「そうですね北上さん。でも北上さんがいてくれて助かりました」

 

敵の主力を撃破した事で、残る敵駆逐艦達は我先にと逃げ出した。その光景を目にした北上は肩の力を抜いた。

 

「赤城さん、私も頑張りましたよ!褒めて褒めて!」

 

「フフッ、漣ちゃんもご苦労様」

 

「どうっスか北上さん、漣マジ頼りになるっしょ?」

 

強がる漣だが既に中破状態で白のセーラー服は所々焼け焦げ、半分に千切れたスカートから白い下着が丸見えだった。

 

「イチゴパンツ丸出しで言われてもねぇ…」

 

「ぐぅ…何も言えねぇ…」

 

「皆さん、引き上げ…あらっ、無線?はい、赤城です…えっ?わ、分かりました!」

 

「どうしたの赤城さん?」

 

「…球磨さん達が苦戦しているみたいです」

 

「え!?」

 

「急ぎましょう」

 

赤城は海を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えました!」

 

球磨達の部隊の戦闘を確認すると、赤城は艦載機を飛ばし始める。北上、漣達も単装砲を構えた。

 

「大井っち、無事だといいけど…」

 

「へ?…北上先輩…何を言ってるんスか?」

 

「…どういう意味?駆逐艦」

 

「ヒッ!い、いやその「漣さんっ!!」

 

「…赤城さん?」

 

「な、何でもないのよ北上さん!ほら、大井さんも待ってるわよ」

 

そんな彼女達の耳に、一人の駆逐艦の悲鳴が木霊(こだま)した。

 

「あ、綾波さん!」

 

「お姉ちゃん!」

 

「くっ!」

 

軽巡棲鬼の攻撃に晒される綾波に、北上が駆け出した。軽巡棲鬼は完全に虚を突かれたのか、不意に現れた北上に慌てて身構えようとする。

 

「遅いよ!」

 

軽巡棲鬼が身構えるよりも早く、北上は四連装魚雷を発射した。

 

「ギャアアアッ!!」

 

魚雷の直撃を受けた軽巡棲鬼は爆発と共に吹き飛ばされた。

 

「綾波、大丈夫?」

 

「す、すいません北上さん」

 

「お姉ちゃん!」

 

「さ、漣ちゃん…」

 

慌てて駆け寄る漣に支えられて、綾波は体勢を立て直した。北上達の参戦で形勢は覆り、深海棲艦達は撤退を始めた。

 

「北上さん!」

 

自分を呼ぶ声に振り返った北上に、大井が駆け寄って来た。

 

「良かった…大井っち、心配したよ」

 

「球磨姉さんもいるし、私は大丈夫です!それより北上さんは?」

 

「ん、見ての通り」

 

「それにしてもさっきの魚雷!完璧に決まりましたね!どっかのウザい自称アイドルみたいな軽巡棲鬼(ヤツ)も、アレ喰らっちゃイチコロね!」

 

「大井っち…那珂ちゃんの事、嫌いだっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綾波に肩を貸す漣が、狐につままれた様に姉に囁いた。

 

「ね、ねえ、綾波お姉ちゃん…北上さん…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…誰と…話してるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~い駆逐艦、さっさと帰るよ」

 

何故か自分を見つめ呆然としている漣達に、北上は声を掛けた。漣達が呼び掛けに気付いて北上の下へ向かおうとした時だった。漣達の背後で黒い人影が静かに浮かび上がって来た。

 

「さ、漣っ!後ろっ!!」

 

「え?」

 

黒いセーラー服が破れ、苦悶に満ちた表情の軽巡棲鬼が鮫の様な下半身から最後の砲撃を放った。

 

「…ッ!!」

 

「きゃっ!」

 

砲撃に気付いた綾波が漣を突き飛ばした。

 

「え…」

 

「綾波っ!」

 

「きゃああっ!」

 

砲撃を正面から喰らった綾波は、絶叫と共に弾き跳ばされた。

 

「この…!」

 

北上は漣を庇う様に前に踊り出ると、軽巡棲鬼へ最後の止めを刺した。

 

「ススムガ、イイサ…その、先には…」

 

北上の砲撃に為す術もなく撃たれた軽巡棲鬼は、呪詛を吐きながら海へと沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いは綾波の轟沈という思わぬ形で幕を閉じた。

別れを言う暇も無く、いきなり姉を失う形になった漣はまるで脱け殻の様に別人になり、北上もそんな漣をおぶさりながら鎮守府へと帰投した。

 

「北上、話は聞いてるクマ」

 

「球磨姉さん…」

 

「綾波の事は気にしなくていいクマ。北上は悪くないクマ」

 

「そうです、あれは事故の様な物です。北上さんは悪くないですよ」

 

「大井っち…」

 

「北上…その大井の事で話があるクマ」

 

「大井っちの…事?」

 

「赤城が、これを海で拾ったクマ」

 

「…えっ?ど、どうしてこれを赤城さんが…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「き、北上さん…ちょっと待って下さい!」

 

球磨の言葉を聞いた北上は、大井の制止も聞かず一人、自室へと向かっていた。

 

「何をそんなに急いでるんですか?」

 

『私が見るに…まだ回復してる様には見えないので』

 

「だいたい球磨姉さんも球磨姉さんよ。()()()冗談言うなんて!失礼しちゃうわ!」

 

『北上…大井は不満なのか?』

 

「北上さん、そんな事より先に入渠しましょうよ!私もうヘトヘトだわ」

 

『北上先輩…何を言ってるんスか?』

 

「ねぇ、北上さん。どうして無視するの?」

 

『もう見てられないクマ…』

 

「返事して下さい!部屋に行くのは後でいいわよ!ねえ北上さん!」

 

『赤城が、これを海で拾ったクマ』

 

「球磨姉さんは嘘を吐いてるのよ!北上さんは私より球磨姉さんの言う事を信じるの?」

 

自分の部屋にたどり着いた北上は、ゆっくりとドアノブを握った。

 

「ねぇ北上さん!止めましょう?そんな事どうでもいいじゃない!」

 

『あの時、魚雷に当たったのは…北上じゃないクマ…』

 

「お願!そのドアを開けないで!北上さん!私に会えなくなってもいいの!?きた…か…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大井は…あの時に沈んだクマ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北上は球磨から艤装の欠片を渡された。だが、それは球磨が持っている筈のない物だった。

 

壊れた大井の単装砲…!

 

出撃前、大井は自分の単装砲の調子が良くないからと、部屋に置いていった。北上もそれは確認している。

にも関わらず、その壊れた単装砲を赤城が海で拾ったと言う。

そんな筈はない…!

ならば、出撃前に自分が見た物は何だったのか…。

きっと何かの間違いだ。あれは別の誰かのに違いない!そうだ、そうに決まってる!

北上はそう自分に言い聞かせ、自分の机の上を覗き込んだ。

 

〈えっ…〉

 

だが、そこには出撃前に置かれた筈の大井の単装砲は無かった。

 

「そ、そんな…」

 

それは、今は彼女の手の中にある。

 

「ねぇ大井っち、ここに置いてあった…あれ?」

 

ついさっき迄、自分を必死に止めようとしていた大井はまるで煙の様に姿を消していた。

 

「ちょっと…大井っち…どこなの?」

 

北上は慌てて外に飛び出るが、廊下には人の気配は無い。

 

「…ッ!」

 

再び部屋の中に戻った北上は、ベッドの中、タンスの後ろ、窓の外と人が隠れられる場所を片っ端から探すが、猫の子一匹見つからなかった。

 

「大井っち…止めてよ…」

 

「冗談でしょ?…こんなの面白くないって…」

 

「大井っち…お願いだから出て来てよ…」

 

「…」

 

「ううっ……」

 

「大井…っぢぃ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大井っちィィィ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、大井は北上の心が作り出した幻だった。

あの日、北上は身を挺して赤城を庇おうとしたが、その北上を庇う様に大井が進み出た。結果、北上は無事だったが、魚雷の直撃を受けた大井は海の藻屑となった。

その光景を目にした北上は、あまりの衝撃に現実を受け入れる事が出来ず、攻撃を喰らったのは自分だが幸いにも不発弾だったと思い込んでしまった。その結果、大井と言う心の隙間を埋める為、妄想の大井を作り出した。

赤城は大井を沈めてしまった罪悪感から本当の事が言えず、それを不憫に思った提督と球磨も北上の一人芝居に付き合う事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北上さん、もうすっかりいいみたいですね」

 

あれから数日。

球磨の言葉を受け入れるのに更に数日を要したが、北上はすっかり回復していた。

大井の遺品である壊れた単装砲を見た瞬間から、もう北上の前に大井の幻が現れる事は無かった。現実を受け入れた北上はその場で泣き崩れたが、そんな彼女を提督も球磨も優しく支えた。そんな気持ちに答えるべく、北上は大井の居ない現実に向き合ってみようと、気持ちを改めるのだった。

 

「うん…その…ごめんね、心配掛けちゃって…」

 

「いえ、謝るのは私の方です。私の所為で大井さんを…」

 

「ううん、気にしないでいいよ。それにいつまでもウジウジしてちゃ大井っちも悲しむからさ…。ね、大井っち?」

 

「え!き、北上さん…」

 

「…な~んて言ったらどうする?」

 

「…!も、もう!北上さんったら!」

 

「アハハ、ごめん。でももう大丈夫だからさ。漣だって辛いだろうに私ばっか悲しんでらんないよ」

 

「そうですね…」

 

先日の戦闘で姉の綾波を失った漣は暫くは放心状態だったが、持ち前の明るさでまるでそんな事は無かったかの様に気丈に振る舞った。

北上も、かつて赤城や提督が自分を支えてくれた様にと漣を支え、漣もすっかり元の彼女に戻りつつあった。

…少なくとも北上の目にはそう写っていた。

 

「…あそこね」

 

皆の視界に立ち上る爆煙が目に入った。既に戦闘は始まっている様だった。それを見た北上も気持ちを切り替え、単装砲を身構えた。

赤城は自分の後ろを駆ける漣に振り返った。

 

「漣さん、少し飛ばしますよ!」

 

「かしこま!」

 

赤城の声に笑顔で答えた漣は、横を振り向いた。

 

「あ~あ、せっかく休みだと思ったのに急に出番なんて。駆逐はツラいヨ…

 

「でも北上さんには驚いたわ~。大井さんが沈んだのに全然落ち込んでなくてマジぱない!って思ったけど…

 

「まさか大井さんが沈んだ事、理解して無かったなんて…ドン引きですわ…

 

「ねぇ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綾波ちゃんそううでしょ

 

 

 




以前のは話があんまり無いな~と思って少し盛ってみました。以前の読んだ人にも楽しんでもらえると思います。
以前は投稿に何度か失敗しまして、一気に書いて投稿するスタイルでした。今はなんとか使いこなしていますので、もうちょっと読みごたえが欲しいと思って書き直してみました。
暇を見て那珂ちゃんの話も書き直したいです。









艦娘型録

北上 最後は回復したが、周りにしてみればラリってた様な物で暫くは皆に会うのが辛かった。薄い本は定期的に秋雲に借りている。

大井 イマジナリーフレンド。本人の出番は無かったが、案外幸せだったのかも。この話が終わる迄は、どの鎮守府でも建造できなかったらしい。

赤城 北上の一人芝居にちゃんと付き合ってあげる気配りの人。やっと解放されたと思いきや今度は漣のカウンセリングをする羽目に。

提督 赤城さんに頼まれて、北上に上手く話を合わせていた。一方で球磨からは急かされて最近、胃が痛い。

球磨 今回一番の常識人。姉として北上の事を心配しているが語尾の所為でイマイチ伝わらない。

漣 無事感染。実は提督の着替えをこっそり覗いた事がある。期待していたが、キリンじゃなくて象だったのでガッカリ。

綾波 綾波型のファーストチルドレン。たまに漣は本当に自分の姉妹なのか疑問に思う事がある。

軽巡棲鬼 深海のアイドル。一度は沈んだが何故か悪口を言われてる気がしたのでラス一撃ってみた。
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