テイルズオブベルセリア~True Fighter~   作:ジャスサンド

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17話にして初の休息回です。

初めて一話まるごとほのぼのした雰囲気にしたので書いてて楽しかったです。


第17話 無法者共、安らかな一時

「ああぁ~わからない…」

 

 

南方の地を目指す航海の途中のバンエルティア号の一室。

ガイアは頭を悩ませていた。

 

 

「この一文がクレミンだとすると意味は目覚めの時…いや仄かな恋心…あなたを思う心って意味にも…どっちだ~?…そもそもクレミンじゃない可能性もある」

 

 

自室であるためフードを外していた彼は赤い髪を掻きむしる。

格闘しているのはライフィセットから託された古文書。

カドニクス港を離れてからずっと部屋にこもりきりで解読を試みているが、思ったより難航しているようだ。

 

 

「この独特な文字からして古代アヴァロスト語だとは思うんだけど…違うのか?…けど他の言語って感じはしないしな」

 

 

頭を抱えながら目を押さえる。

一時の休憩も挟まずずっと解読に専念していたのだ。

疲れが出ても無理はない。

古文書を閉じたガイアはフードで顔を隠して自室を出た。

 

 

「一旦休憩…ってもう夜なのか。うっ~はぁ」

 

 

腕を頭上へ伸ばし薄暗く静かな船内を歩く。

騒がしい船員の声が聞こえず、非常に落ち着いた雰囲気がある。

 

 

「皆寝てるのか…なんかこっちも眠くなってきた気する…ん?」

 

 

欠伸をかいたガイアの鼻がピクリと反応する。

 

 

「甘い香りがする…」

 

 

何度も鼻を動かしながら匂いの元を探っていく。

小さな隙間から漏れる明かりを見つけ、部屋の中へと足を踏み入れる。

 

 

「…何してるんだ?ここで」

 

 

扉を閉めたガイアは椅子に座っていたライフィセットに声をかけた。

声が自分に向けられたものだと知ったライフィセットは振り向き、その姿を視界に収める。

 

 

「ベルベットがお菓子を作ってくれてるんだ」

 

「お菓子?ああ、それで甘い匂いがしたのか」

 

 

ライフィセットと向き合う形で席に着いたガイアが呟く。

すると丁度そのタイミングで厨房からベルベットが顔を見せた。

 

 

「できたわよ。あんたもいたのね」

 

「解読の気晴らしにきたらいい匂いに誘われてな。迷惑なら席を外すぞ」

 

 

-ぐるうぅぅ~

ぶっきらぼうに言葉を返したガイアの腹が唸る。

静かな空間の中でその音は目立ち、部屋全体に行き渡るまでそう時間を要さなかった。

珍妙な音の出所が自分の腹と認識したガイアはフードの奥で顔を真っ赤にし、反射的にそこを抑える。

 

 

「ははは、ガイアもお腹減ってたんだね」

 

「お腹が空いてるなら正直に言いなさいよ。人間なんだし腹が減るのは当たり前でしょ…あんたも食べる?」

 

 

恥ずかしがるガイアの様子をライフィセットとベルベットは楽しみながら言う。

ガイアは赤くなった顔色と冷静さを元に戻した。

 

 

「じゃあ、お言葉に甘えて。でもいいのか?ライフィセットのために作ったんだろう?」

 

「結構多めに作ったから一人増えてもそんな変わらないわ」

 

 

ベルベットが卓上に置いたのはクッキー。

丸い形をしたそれらが皿一杯に盛られており、部屋に充満していた匂いが更に強みを増した。

 

 

「わぁ、美味しそう!」

 

「クッキーか…久しぶりに見たな」

 

 

ライフィセットとガイアは一斉に手に取り、同時に頬張る。

じっくり味を噛み締め、口内で砕いたクッキーを胃袋へ送ると表情が一変した。

 

 

「甘くて、温かくて、おいしい…」

 

「固さもちょうどいいな。こんなに味わい深いクッキーはなかなかない」

 

「気持ちは嬉しいけどそんな気を使わなくていいわ。変におだてられても嬉しくない」

 

「いやそんなことはないぞ。正直に思ったことを言った。どこの出店にもこの味を出せるクッキーは並んでないと思うぞ。うん、俺は好きだ。」

 

「あんた…本気で言ってるの?」

 

「ああ」

 

感情が表に出るライフィセットの言うことならすぐさま受け入れられる。

だがガイアに関してはそうはいかない。どうしても半信半疑になってしまう。

それは不信感からくるもの、というよりよくわからないからというのが正しい。

 

ロクロウは業魔だが義理堅いところがあり、自分の剣に誇りを持っている。

アイゼンは流儀を貫くことを信念とし、聖隷なのに業魔に手を貸すような不器用で変わり者。

エレノアも同行者となって共にいる時間は少ないが、真っ直ぐで自分の心に嘘をつくのが得意でない人間だとわかった。

皆それぞれその性格と行動が一致していてかつ一貫していたために、特徴を捉えるのは難しくなかった。

だがガイアはそうではない。

彼を説明するとなるとどう言っていいのか、彼を表現する言葉が探し出せないのだ。

 

 

(こいつだけはいまいち掴めないのよね…マギルゥでさえ胡散臭いの一言で片付けられるのに)

 

「-ベット、ベルベット」

 

「…え?」

 

「大丈夫か?聞きたいことがあるから話しかけてたんだが」

 

 

考えに没頭する余り意識が散漫になっていたようだ。

変に自分の考えを悟られてはいけないと踏んだベルベットは、思考の深淵から意識を引き上げた。

 

 

「何でもない。で、聞きたいことって?」

 

「前からこういうの作ってたのか?」

 

 

こういうの、それが何を指しているのかベルベットは察しがついた。だからすぐ答えようとした

答えようとして一瞬口に出すのを躊躇った。

思い出してしまったからだ。

自分の作った料理を一番好きでいてくれた、一番気持ちの良い微笑みで『おいしい』と言ってくれた弟。

その死に際の姿を

 

 

「ええ…昔はよくライフィセットが、あたしの弟が好きだったから」

 

「ベルベット……」

 

「…そうか」

 

 

また静けさが蘇る。

クッキーにも手を出しづらい気まずい空気をなんとかしようと、ライフィセットは意を決して自ら話題を振る。

 

 

「ガ、ガイアは自分でお菓子作ったことないの?」

 

「あ、ああ。あんまりないな。子どもの頃何度か挑戦してみたことはあるけどとても料理なんて言えるモノじゃなかった」

 

「そうなんだ…」

 

「でもまったく料理ができないってわけじゃないぞ。パスタなら大の得意だ」

 

「意外ね。全然そんなイメージないけど」

 

 

ライフィセットの気遣いが効を奏して少しだけ笑みが浮かんだベルベットの冗談めかした発言に、ガイアは真っ向から反論する。

 

 

「そう言うなら今度新鮮な魚を仕入れた時海鮮パスタを作ろうか。海の幸がたんまり乗ったパスタは格別だぞ、幼なじみにだって好評だったからな」

 

「幼なじみ…あんたにそんなのいたの」

 

「…他人(ひと)をなんだと思ってるんだ。俺にだって幼なじみの一人や二人いるぞ」

 

 

失礼とさえとれる言葉をしれっと放つベルベットにガイアは心外とばかりに目を細める。

だがガイアもそれが冗談だとわかっているために気分を害した様子はない。

 

 

「ガイアの幼なじみってどんな人なの?」

 

「どんな人か…」

 

 

ライフィセットの純粋な質問にガイアは戸惑う。

どんな人も何もライフィセットは既に会っている。

会っているどころの話ではない。今まさにこのバンエルティア号に乗っているのだ。

ちょっと歩けば普通に会話できるぐらいには近い場所にいる。

 

 

「可愛いかったよ。優しくて、思いやりがあって」

 

「可愛いかったって、ガイアの幼なじみは女の人なの?」

 

「そう女の子。その幼なじみもこんな風によくお菓子作ってくれたよ。他にもオムレツとか色々な料理を作ってくれて」

 

「仲良かったんだね」

 

「喧嘩したりもしたけどな…今となってはそれもいい思い出だよ」

 

 

思わぬ形で明かされたガイアの過去にベルベットは関心を寄せる。

ライフィセットに追随してベルベットは彼に前から抱いていた疑念を訊ねた。

 

 

「そんな幼なじみがいるあんたが何で海賊なんてすることになったのか知りたいわね」

 

 

その問いにガイアは苦虫を潰したような顔をする。

-人の触れて欲しくないところを…

心中で悪態をつき、深く重い息を吐く。

 

 

「…色々あったんだよ。色々と」

 

 

また重苦しい空気が沈黙と同居して漂う。

ベルベットもガイアも会話を続ける気はないのか閉口したまま。

ライフィセットはもう一度どうにかこの居心地の悪い雰囲気を断ち切ろうと、新たな話を考えるがそうそう思い浮かぶものではなかった。

 

 

(どうしよう…また窮屈な感じになっちゃった)

 

「お、うまそうな物食べてるな」

 

 

ライフィセットが苦心していたところにロクロウとアイゼンが部屋に入ってきた。

彼らはライフィセット達と同じく椅子に座ると、二人から何か感じ取ったガイアの嗅覚が眉を狭ませた。

 

 

「酒臭い…さてはお前達、心水を飲んだな」

 

「応、うまい心水があると聞いてな。今アイゼンと飲んできたばかりだ」

 

「それはいいけど、あんまりライフィセットに近寄らないでよ」

 

酒に耐性のないであろうライフィセットに気を使いベルベットは二人に忠告する。

 

 

「どうして?」

 

「酒臭い人間の近くにいたら嫌だろ?匂いに慣れてない年頃なら特に」

 

「心配するな。この程度の酒で我をなくすような酔い方はしない」

 

「なんならここでもう一杯やってもいいぐらいだよな」

 

「やるなら別のところでやれ」

 

「飲むなら他でやりなさい」

 

 

アイゼンとロクロウに息の合った切り返しをするガイアとベルベット。

あまりにもタイミングがピッタリだったせいか、言われた二人も見守っていたライフィセットもにやけずにはいられなかった。

そんな彼らの態度が気に触ったのかベルベットとガイアはジト目を向けて、不満をこぼす。

 

 

「何がおかしいのかしら」

 

「どうして笑えるのか教えて欲しいな」

 

 

またしても噛み合う二人。

そこで我慢できなくなったのかロクロウもアイゼンもライフィセットも声を上げて笑う。

 

 

「ははは、悪い悪い。それよりここにある焼き菓子は誰が作ったんだ?」

 

 

ロクロウに問われたガイアはベルベットを指指す。

 

 

「ベルベットがお菓子作りとはな、人は見た目に寄らないというのはこのことか 」

 

「確かに意外ではあるな。正直こんな特技があるなんてこれまで考えもしなかった」

 

「あんた達、不満があるなら食べてもらわなくてもいいんだけど」

 

「すまん」「悪かった」

 

 

アイゼンとガイアは口を揃えて謝罪する。

脅迫染みた言い方をしたベルベットだが特別気分を損ねたようではなく、呆れた様子でぼやいた。

 

 

「冗談よ。食べたいなら好きにしなさい」

 

「応、そうさせてもらう」

 

 

許しを得たことでロクロウとアイゼンもクッキーを口にする。

 

 

「おお、うまい。ベルベット、お前なかなかの料理の腕前だな」

 

「焼き加減も食感も申し分ない。少々甘めな気もするが、こういう味も悪くない」

 

「あんた達まで…いいわよ。そんなお世辞なんて」

 

「俺は本当のことを言っただけなんだがなぁ。なあアイゼン」

 

「俺達がこんなことで嘘をついて何の意味がある」

 

「それはそうだけど…」

 

「もっと自信を持て、このクッキーの出来栄えは一朝一夕にできるものではない。お前の腕前は確かなものだ」

 

 

あまり誉められることに慣れていないのかベルベットはどんな対応をすればいいのか困り果てているようだった。

何時になく落ち着かない感じの彼女を面白おかしく思いながら、ガイアはクッキーをつまみ上げると

 

 

「何やら香ばしく騒々しい空気を嗅ぎ付けてきてみれば儂抜きでこっそり面白そうな集いをしておるのう」

 

 

後ろからそれをひったくられてしまう。

地を這いずる大蛇のようにねちっこい不吉な声に虚を突かれたガイアは素早く後ろを振り向く。

案の定そこにはクッキーを頬張るマギルゥがいた。

 

 

「それ俺の…」

 

「ふん。儂を除け者にした罰じゃ。弟子の癖していつから師匠への気遣いができんとは、お主は一体儂から何を学んできたのか…ひじょーに嘆かわしい限りじゃよ」

 

「教えてもらってないことをやれと言われても無理な話なんだがな」

 

「言われたことだけを教えと思うからいつまでも一人立ちできぬのというのに…見て学ぶこともまた教えというもの。儂のむだーのない立ち振舞いを見てお主は何も感じなかったのかえ?」

 

「そうだな…あんたを見てきて勉強になったことがあるのは事実だな。全部反面教師としてだが」

 

「それでも構わんぞ。役に立っているのならば師匠冥利に尽きる…というわけで授業料としてお主の分ももらうぞよ~」

 

 

目を合わせるなり相手に対して遠慮のない言葉をするりと吐くマギルゥとガイア。

新たなクッキーを手に取ろうとすれば、横からマギルゥに空いている側の手で払いのけられてしまう。

 

 

「……」

 

 

手を伸ばしては弾かれ、弾かれては手を伸ばしと何度も何度も粘り強く勝負をしかけるも、マギルゥの妨害を攻略できず、クッキーをゲットできない。

奪ったクッキーを食べ続けるマギルゥと違い両手が空いているにも関わらず、片手で挑み続けるガイアにベルベットは目を細めてこう言った。

 

 

「両手使えば?それなら簡単に取れるでしょ」

 

「プライドの問題だ。両手を使った瞬間、負けた気がしてならない」

 

「負けって…別に勝負なんてしなくてもいいでしょ」

 

 

ベルベットにとってはガイアの言い分に凄まじく首を傾げたくなるのだが、アイゼンとロクロウは口には出さないながらも同意するような表情で頷いている。

 

 

(男ってどうしてこう…)

 

 

ベルベットが呆れ返っている目の前で、さすがに断念したのかガイアは負けを認めて体を動かすのを止めていた。

 

 

「ったく……困った師匠だことで」

 

「ガイアも大変だね。いつもマギルゥに付き合わされて」

 

「その言葉、聞き捨てならぬぞ坊よ。それではまるで儂が嫌がるこやつを無理矢理従えているようではないか」

 

 

ライフィセットの発言を心外と言わんばかりにマギルゥは人差し指を左右に振る。

 

 

「違うの?」

 

「違う違~う!こやつは家来ではなく弟子、魔女は家来をぼろ布の如く骨の随までこき使った挙げ句捨てるが飼い犬のように愛しい弟子はとーてもだーいじにする。そういう生き物なんじゃて」

 

 

-俺は犬と一緒かい

身勝手にして理不尽な理屈にガイアは口を閉ざしたまま文句を呟く。

不満ありげな彼から刺のある眼差しを受けても、マギルゥはどこ吹く風と言いたげな笑顔でクッキーへ手を運ぶ。

 

 

「ところでいつまでそこにおるのじゃ?さっさと出てこんと全部儂が平らげてしまうぞー」

 

 

食べながら喋るマギルゥにガイアもライフィセットも首を傾げたくなる気持ちが生まれ、部屋の中で唯一死角となる出入口へ視線を移す。

マギルゥが入ってきたきり開きっぱなしになっていた扉の陰から現れたのは、エレノアだった。

 

 

「エレノア…」

 

「立ち聞きをしてしまい申し訳ありません…この船を散策したらこちらから声がしたのでつい」

 

「いつからいたの」

 

 

謝罪の言葉には興味はないのかベルベットはエレノアに訊ねる。

聖寮には裏切り者と見なされたがやはり対魔士なだけあってベルベットは警戒心を緩めない。

 

 

「私が扉の前に来た時見たのはマギルゥとガイアが口論をしていたところです」

 

「声が聞こえたのは?」

 

「最初に聞こえてきたのはマギルゥの声でした。他には何も」

 

(だとするとマギルゥが入ってきた少し後からエレノアはここの前にいたのか)

 

 

雰囲気に出さずガイアは安堵した。

もしエレノアがもっと早くに立ち聞きをしていたら危うくフードの奥に隠れた顔がバレる可能性が濃厚だった。

 

 

「エレノアも一緒に食べない?ベルベットのクッキーすっごく美味しいよ」

 

「え…よろしいのですか?」

 

 

ライフィセットの誘いにエレノアは戸惑いを口にする。

 

 

「いいよね?ベルベット」

 

「食べたいって言ったのはあんたよ。あんたがいいならあたしは言うことはない」

 

「ありがと」

 

「…ではお言葉に甘えて」

 

 

エレノアも席に着きクッキーを頂く。

 

 

「これあなたが作ったのですか?」

 

「そうよ。何か文句ある」

 

「いえ、そういうわけでは…その、美味しいです」

 

 

業魔の手で作られたとは思えぬ一品だ。

甘くて、優しくて、温かみがある。

真心が込めらているのだとエレノアはこのクッキーから感じた。

 

 

(これが業魔の作った料理…人間が作ったものと変わらない)

 

 

エレノアは改めてクッキーを食べ、それからベルベットを見て思った。

 

 

「おっと、もうこれだけか」

 

 

ベルベット以外の全員が一度はクッキーを食べたため、残る数は僅かになっていた。

 

 

「七つか…ちょうどここにいる全員に一つずつ行き渡るな」

 

「あたしの分も食べていいわよ。今はお腹空いてないし」

 

「では儂が頂くとしよう。もう一人の弟子の後始末を片付けるのも上に立つ者の義務じゃからな」

 

ベルベットの分はマギルゥがもらうということで話がまとまり、皆一斉にクッキーを手に取る。

 

 

「ではでは皆の衆、最後の一つ心して食そうではないか~」

 

何故かマギルゥが合図を出したものの、皆同時にクッキーを口に入れる。

が、ここである一人に異変が起きた。

 

 

「待って欲しいでフ~!!」

 

「ぶっ!?」

 

その者はクッキーに食い付く前に後頭部に衝撃を受け、行動が一時停止する。

生まれた数秒の隙にその者にぶつかった物体は、握られていたクッキーを一口で飲み込むと満たされたような顔をした。

 

 

「ふ~ギリギリだったフね~」

 

 

それはビエンフーだった。

彼は不満に頬を膨らませながらもクッキーを飲み込む。

 

 

「こんな美味しいクッキーがあるのにどうしてボクにも声をかけてくれなかったんでフか。ボクだって皆と一緒に美味しいお菓子食べたかったでフよ」

 

「悪い。完全にお前のこと忘れてた」

 

「僕も…ごめんね、ビエンフー」

 

「な、なんでフと~!?もしかして皆ボクのこと忘れてたんでフか!?悲しいでフよ~…」

 

 

オブラートに包まずに真実を述べるロクロウと悪びれるライフィセットを前にビエンフーは涙する。

誰もがビエンフーに目を向ける中、一人だけ異なる視線を送る者がいた。

 

 

「なんで他人(ひと)のを取った…ビエンフー」

 

 

抑揚のない声で呟くガイア。

ビエンフーの激突を頭にもらったのは彼だった。

 

 

「だってもうボクの分がなかったじゃないでフか」

 

「だからってなんで俺のにした」

 

「それはガイアが一番取り安そうな場所だったからでフよ。黙って取ったのは申し訳ないでフけど悪く思わないで欲しいでフ。食事も立派な戦いの一つ、非情の戦いは非情を持って制す…アルトリウス様の戦訓でフよ」

 

 

-それがわからないんじゃガイアもまだまだでフね!

ビエンフーは言うだけ言って部屋を去っていく。

 

 

「ベルベット、エレノア…確か戦訓の一つに『勝利を確信しても油断するな』ってあったよな」

 

 

無音となった室内で立ち上がったガイアをベルベットは黙りこんだまま見つめる。

エレノアもこの後ガイアがとるであろう行動が予測できていたのか、何も言わずにいた。

 

 

「ごちそうさま。美味しかったよ」

 

 

ベルベットへ賛辞の言葉を差し出すとガイアは部屋を出る。

その姿が暗がりに消えてどたばたと足音が鳴り、それからすぐ叫びが部屋に届いた。

 

 

「ごめんなさいでフ!悪かったでフ、ボクが悪かったでフから追いかけてくるをやめて欲しいでフー!ビエエェェ~ン!!」

 

 

足音が遠退いていくのに悲鳴だけは変わらずはっきりと聞こえる。

誰もがビエンフーに哀れみを抱き、ロクロウに至っては「南無」と両手を合わせていた。

 

 

「止めに行かなくていいわけ?」

 

「知らん知らん、弟子と家来の揉め事なんぞいちいち止めておったら体がいくつあってももたぬ。ただでさえ儂の体は花の茎のように折れやすく、繊細なんじゃから」

 

 

マギルゥの戯れ言はともかく、ベルベットは師匠(マギルゥ)に見捨てられた家来(ビエンフー)に微かな同情を感じた。

 

 

 

 

 




その後の結末をスキットにしてみました

スキット「身をもって伝えてくれた教訓」

ビエンフー「まだ頭が痛いでフ…」
ライフィセット「何をやったのガイア?」
ガイア「何って頭の両側をこうぐりぐりと」
ライフィセット「それは…痛いね」

エレノア「お菓子を取られたぐらいでそれは大人げないと思いますけどね」
ビエンフー「でフよね?エレノア様に悲しみをわかってもらえてボクは嬉しいでフよ~」
ガイア「お菓子を取られたぐらいじゃ俺だってそこまではしない。一言も言わずに勝手に取ったのが問題であって」

エレノア「確かにそれは最もですが」
ビエンフー「だからってあんなにすることないじゃないでフか~!」
ガイア「食べ物の恨みは深いってことだ。これに懲りたら次からはちゃんと一声言ってからにしろ。ちゃんと欲しいって言ったらあげるから」
ビエンフー「本当でフか?ありがとうでフ!」

(立ち去るガイア)

ライフィセット「よかったねビエンフー。次からはちゃんと言うんだよ」
エレノア「でもどうしてガイアにしたんですか?二つ持ってたマギルゥから貰えば済む話じゃないですか」

ビエンフー「マギルゥ姐さんから取るなんてそんな末恐ろしいことできるわけないでフ。やった瞬間にボクにとってのこの世の終わりが始まるでフよ…それに比べて謝れば許してくれそうな感じガイアの方が安心できるでフ…顔はよくわからないけどガイアはチョロそうでフしね。いやーボクの見立ては正しかったみたいでフね」
ライフィセット・エレノア「あ…… 」

ガイア「ほ~チョロそう…その発言について詳しく聞かせてもらえないかな?ビ エ ン フー」
ビエンフー「あわわわ…もう勘弁して欲しいでフ~!」

(逃げるビエンフーと追いかけるガイア)

エレノア「ライフィセット…見ましたね」
ライフィセット「うん。『食べ物の恨みは深い』ってことと『口は災いの元』…ビエンフーが身をもって伝えてくれた教訓を無駄にしないよ」

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