テイルズオブベルセリア~True Fighter~ 作:ジャスサンド
第26話 帰郷
『クゥアアアア!』
雲一つない晴れ晴れとした青い空に鳥の嘶きが轟く。
その嘶きは鳥が出す音にしては重く、寒気のするような不気味さがあった。
事実声の主は普通の鳥ではない。
小さな山よりも大きな体長と赤緑の体色を持つその生き物はまさしく怪鳥とでも呼べる程に、自然界に現存するどの鳥類よりも異様な形容をしていた。
「くっ…くぁっ…」
高速で空を飛び行く怪鳥-バードンの足爪にある男が捕らわれていた。
体全体を襲う風圧と左腕ごと胴体を掴む巨腕の圧力に苦しめられ、逃げようにも脱け出せずにいた。
そんな男の様子などには一瞥もせずバードンは自らの意志の赴くままに、空を滑空する。
「いつまでも、図に…乗るな!」
男は唯一束縛を逃れていた右腕に握っていた太刀をバードンの皮膚に突き刺す。
ズブリと音を立てて、紫色の血が溢れだした。
『クゥアアアア!!』
捕らえていた獲物に手痛い反撃を食らったバードンは男を手放し、彼の体は重力に従って真下の砂浜へ落下する。
「うぐっ!ああッ!」
かなりの高度から、しかもまともな受け身を取れずに落ちたはずだが男は絶命するようなことはなく、汗だくで荒い息遣いながらも海に降り立つバードンを凝視した。
『クゥアアアア!』
身体を傷つけられていきり立つバードンの首筋から苦しそうに胸の辺りを抑える男に火炎が発射される。
男は咄嗟に飛び退き、男のいた場所から砂塵と爆炎が噴水のように沸き上がる。
連続して迫り来る炎をかわしていくが、直に砂の上に膝を付いてしまう。
「ぐぁ…がはっ!」
全身を激痛が駆け回る。
身を焦がすような熱が体の内側から生じている。
「くそったれが…体が、まるで動かん…!やはり、毒の類いか」
男が太刀で斬り込んだ時バードンは巨体からは想像もできない軽々とした身のこなしで回避し、嘴を身体に突き刺そうとしてきた。
空中で身体を捻ってどうにか掠り傷で済んだが、それから身体に異変が起きた。
たちまち体の自由が効かなくなっていき、動きが鈍くなったところを脚で掴まれ、バードンはそのまま空へと飛んだ。
『クゥアアアアアア!』
標的が一歩も動けないのを確認したバードンは歓喜の雄叫びを上げて、再び嘴を開く。
明るい光が口内を満たしていくのを男は砂浜に這いつくばって見上げる。
しかし
「ああああああああ!!」
体内に循環する毒に抗って男は立ち上がる。
バードンの火炎はすぐそこまで接近していたが、太刀に赤黒い力を注ぎ、男は砂を蹴ってそれに自ら向かうように跳ぶ。
「おおおお!!」
太刀の軌跡は火炎を二つに分け、バードンの首筋で赤い光が瞬く。
男が着地すると、バードンは呼吸を始めとするあらゆる動きを停止させ、首が体から溢れる。
-バシャャア!
まず首が、数秒後に胴体が水面に落ち男の背中を盛大に立ち上った水しぶきが濡らす。
振り返った男が輪っかの付いた道具を翳すと、バードンの亡骸は紫の障気となって輪っかの中に吸い込まれていく。
男の顔を正面から赤い光が照らし、輪っかの中にはバードンの絵柄が刻まれた赤色のカードが生成された。
それを手に取った男は道具と一緒に懐にしまいこむ。
だがしかし
「ぐっ!?がああ!!ああ!ぐぅぅ、ああああ!!」
バードンが消えても毒は体に残っており、男は波打ち際に沈む。
時間が経つごとに効力を増す性質があるのか、全身を襲う熱と痛みはさっきまでの比ではない。
まともな言葉も出せず、波と砂の上でもがき苦しむしかできない。
(こんなものに俺は……終わってたまるか…!俺は生きる、生きてやる。こんなところで死んでたまるものか…!)
生きようとあがく意志が込み上げるが、それに反して意識は段々薄暗い闇の深淵へと沈んでいく。
体にかかる波の冷たさも、砂の柔らかさも、何もかも感じられなくなっていく。
命の灯火が消えかかっているのだ。
-丈夫ですか?しっかり-て
(女の…声)
ふと突然声が聞こえてきた。
声の主が近付いてくるが、視界がぼやけているせいで相手の顔は見えない。既に視覚が機能していないまでに毒
が回っているというのに、不思議と声は毒以上によく彼の体に届く。
その声は懐かしく、彼の心に安らぎをもたらしてくれる。
-一体誰なのだろう
そんなことを考える余裕もなく男の精神は深い眠りについた。
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船旅真っ最中なベルベットらはイズルトへ到着するまでの時間、バンエルティア号の甲板上で過ごしていた。
「懐賊病にかかってた海賊の人達もうすっかり元気になったみたいだね」
「元から元気の固まりみたいな連中だからな、この船の奴らは皆。それに唯一の特効薬だけあってサレトーマは一度飲めば効き目は抜群だ。その分味も強烈だが」
「みたいだね。ベンウィックも言ってたよ。かなり癖のある味だって。ガイアは飲んだことある?」
「…一度だけな。あの味はできれば二度と味わいたくない」
船尾でライフィセットとガイアがそんな話をしていると、向かいで聞いていたベルベットが口を挟んでくる。
「ライフィセット、エレノアはどうしてる?」
「エレノアも薬を飲んだからもう海賊病にかかる心配はないって」
「そうじゃなくて、そっちもだけどちゃんと今まで通りでいるかってこと」
「エレノアのこと心配なんだね」
「そんなんじゃない」
間を置かず素早くそう返したベルベット。
ベルベットの言葉にエレノアに対する気遣いの心があるのを、ライフィセットもガイアも見抜いていた。
そしてそれは彼女も例外ではなかった。
「坊、覚えておけ。年頃の乙女は自分の気持ちを素直に出せぬものなのじゃ」
「ベルベットは年頃の乙女ってこと?」
「マギルゥ、ライフィセットに妙なこと吹き込まないで」
「ふひひ、坊のことには素直じゃの~」
「ベルベットってライフィセットのことになると感じ変わるよな。雰囲気が柔らかくなるっていうか接しやすくなるっていうか、見てて安心する」
「何それ、変なこと言わないでくれる」
マギルゥに続いてガイアにまで言われてベルベットはそっぽを向く。
照れ隠しにも見えるその仕草にマギルゥもガイアもライフィセットも、一段高いところで聞いていたアイゼンまでもが、それぞれ異なる意味合いながらも頬を笑みで緩ませた。
そんな彼らを一段上のデッキから見ていたエレノアは服の内側から取り出した金色の懐中時計に視線を落として思考に集中する。
(世に平和と秩序をもたらすために聖寮はある。聖寮やメルキオル様の行動もアルトリウス様の深い考えに従ってのこと…けれど、この不安や違和感は)
エレノアの心には聖寮の行いに不信感が芽生えていた。
ワァーグ樹林でクワブトを始末せず結界に閉じ込めていたこと、ロウライネの塔でメルキオルが使役聖隷をワイバーンに変えたこと、そのメルキオルが逃げた先にいたグランが異形となっていたこと
ベルベット達と行動を共にする中で見てきたそれら一つ一つが、聖寮の理想に殉ずる行為なのか疑問があった。
『下がりなさい、お前が知る必要はない』
以前御座でローグレスの離宮にいた巨鳥の業魔について訊ねようとした時、アルトリウスに言われた言葉が蘇る。
あの時教えてくれなかったことを残念だとは思ったが、アルトリウスへの忠誠や信頼は揺らぐことはなかった。
けれど今はどうだろう。
アルトリウスや聖寮を完全に信頼できなくなっている自分がいて、そんな自分に戸惑う自分もいる。
(私はどうすれば…)
「どうかしたのか?」
「きゃ!」
悩んでいるところにいきなり声をかけられてエレノアは悲鳴近い驚きの声をあげた。
声をかけたロクロウはまさかそんな反応をされるとは思わず、やや困惑した様子で後ろ髪を掻く。
「おいおい、そんなに怖がるなよ。いきなり声をかけたのは悪かったが」
「こ、怖がってなどいません!私に何か用ですか」
否定するエレノアだが内心完璧に否定できない部分はあった。
現にそれを証明する材料として彼女の顔は曇りがある。
「お前、業魔が怖いのか…?」
そんなエレノアの様子を見てロクロウはそう言った。
「無理もないか。あんなことがあったばかりだ」
「違います!…業魔が憎い」
心中を言い当てられてエレノアは一旦は否定したが、やがて過去をロクロウに語った。
「…十年前業魔の群れに襲われて私の村は全滅しました」
「お前の家族も?」
「はい、たった一人の家族だった母がその混乱の中で…残されたのは母がくれたこの手鏡だけです。こんな思いをするのは私だけでいい。だから私は業魔を討つ対魔士になった」
「なるほどな…」
-そりゃ確かに業魔を憎むには充分すぎる理由だな
業魔への彼女の態度に納得したロクロウは両腕を胸の前で絡ませる。
「もうよろしいでしょうか」
「ああ…いやまだもう一つだけ聞きたいことがある」
「何でしょうか」
「全滅って言ってたがお前の幼なじみは一緒じゃなかったのか?小さい頃からずっと一緒だったんだろ?」
「彼と出会ったのはそれより後です…母を失い一人になった私は母の友人だった彼のお母さんに引き取られて、彼の家族に面倒を見てもらったんです」
「そうか」
「錨の準備をしろ!もうじきイズルトだ!!」
ちょうどその時ベンウィックの号令が船上に響き渡る。
ロクロウが進路上に目を凝らすと、一つの大きな大陸とその近くに浮かぶ小さな島々が見えた。
「やっと着いたわね。イズルトに」
ベルベットがバンエルティア号から陸地に降りたって一言目がそれだった。
思わぬ不幸が起こり途中レニードに寄港したものの、無事船旅を終えて一行は当初の予定通りイズルトに到着する。
「ここにグリモワールがいるのよね。どんな人物なの?」
「端的に表すのであれば…」
早速本題に入ろうとベルベットはマギルゥにグリモワールの特徴を聞き出す。
それに対してマギルゥは
「ふぅ、はぁ…あっそ、こんな感じじゃ」
「全然わからん」
やけに落ち着きを祓った声色を出す。
おそらくグリモワールの真似をして声も本人に寄せたのだろうが、残念なことに誰一人としてピンときた様子はないようでそんな皆にマギルゥは呆れて両手を上げる。
「やれやれ、想像力の乏しいお主らに合わせて言うとグリモ姐さんは『アンニュイな有閑マダムの黄昏』…的な雰囲気を纏った大人なオンナじゃ」
「ベルベットやエレノアとは違う感じの女の人ってこと…かな?」
「要は大人の女を探せってことか」
ライフィセットとロクロウはそう解釈して言うが、あまりに曖昧すぎてグリモワールの情報は無いに等しい。
これで本当に見つかるだろうかと一抹の不安を抱えながらもベルベットは街の中へと歩を進め、ライフィセット達も続こうとする。
とそこでベルベットは港から一歩も動こうとしないガイアに気付く。
「ぼさっとしてると置いてくわよ」
「ぁ…ああ、今いく」
生返事に近い調子で言葉を投げ返したガイアはやや早歩きで彼らに追い付くと、正面を向いたまま目線を周囲にばらまかせた。
(まさかこんな形で帰ってくることになるなんてな。二度と帰って来ないだろうと思ってたのに)
イズルトの街の中心部へと足を踏み入れたベルベット達は辺りに目を凝らして、マギルゥの言う『大人のオンナ』に近い女性を探す。
「大人な女ってどういう人を探せばいいのかな?」
「大人の女って言ったら、そうだなぁ…オレもよくわからんが大人の女ってことは経験が豊富ってことだろうからつまり賢そうな雰囲気の奴を探せばいいんじゃないか?」
「賢そうな人…アイゼンみたいな感じの人かな?」
「あー大体そんな感じじゃないか?」
「いやいやよいか坊よ、アイゼンのあれは賢そうとは言わん。無駄に知識だけあってガラが悪いだけじゃ、賢いというのは儂のように知性が内面に納まりきらず見た目に出ておる者のことをいうのじゃよ」
「適当なことを抜かしてると海に叩き落とすぞ」
「これだから冗談の通じぬ男はつまらんのう。ちょっとしたユーモアな可愛らしいジョークではないか、見逃してお く れ♪」
ゴキゴキと派手な音を拳で鳴らすアイゼンにマギルゥはどこ吹く風とさらりと軽く流す。
そんなやり取りを耳に入れるライフィセットは自分の右後ろを歩いて、首を左右に動かして辺りを見るガイアに意識を向ける。
「ガイア、何か見つかった?」
質問を投げかけてみたが返事はおろか反応がまるでなく、ライフィセットは今一度、改めて彼の名前を呼んでみる。
「ガイア?聞こえてる?」
「…いや今のところそれらしいのは見当たらないな」
今度は答えてくれたがそれでもやはり変な違和感がある。
妙に思いながらライフィセットはちらりと逆の方角を見る。
こちらにはエレノアがいるのだが、彼女も周りに目を配っているもののどことなく落ち着かない雰囲気が漂っている。
(やっぱりガイアもエレノアもここに来てからなんだか様子が変だ。どうしたんだろう…この場所に何かあるのかな)
片方は反応が鈍くなり、片方は落ち着かない素振りをしている。
イズルトというこの場所がガイアとエレノアにとって何かしらの意味を持っているというのは明白だった。
その意味をライフィセットが考えていると、先頭のベルベットがいきなり家の影に潜むように移動した。
「ベルベット?」
「声を出さないで。あいつらがいる…」
ベルベットと同じように家の影に身を隠したライフィセット。
彼の後ろにエレノアもいて、残りも別の家の方に回っていたのを確かめた二人はベルベットの視線の先を追い、そこにいた人物の名を口にする。
「テレサ様…」
「テレサだけじゃありません。オスカーまで…何故二人がここに?」
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「引き続きは全て済ませておきました。着任と同時にあなたの指揮で皆が動けるように」
「助かります。でも姉上の手際と比べられて僕の至らなさが皆に知られてしまいそうだ」
「心配しなくても大丈夫、あなたには特別な力と素質がある。パラミデスへの派遣もアルトリウス様の期待があればこそです。臆せずあなたの力を信じていつも通りのあなたでいればいいのです」
「はい。しっかり努めさせて頂きます」
テレサとオスカー、二人の一等対魔士は倒すべき敵がすぐ近くで様子を伺っているのに気付かず、話し込んでいた。
「でも驚きました。アルトリウス様の命令とはいえまさかあなたがこの地域の警護に着くことになるなんて…奇妙な巡り合わせね」
「僕も命を賜った時は驚きましたよ。どういう偶然なのかと…これはしっかりしないと彼に笑われてしまいそうだ」
「仲が良かったですものね。あなた達は」
「姉上は彼にあまり良い印象を持ってなかったような気がしますが」
「そうね…あまり好きではなかったかしら。いえ好きというよりかは苦手と言った方が正しいですね」
頤に指を当てて言ったテレサの言葉にオスカーはクスリと口元を緩ませる。
「確かに彼は姉上の苦手なタイプでしたね。覚えていますか?彼が僕達と見回りをすることになった時目を離した隙にいつの間にか出店で焼き鳥を買って食べていたのを」
「ああ…ありましたね。本当に参りましたよ。何を食べてるのかと問い詰めたら平然と私達にも勧めてきて…あの時始めてあれに付き合わされるエレノアの気持ちがわかったと同時に素直に尊敬しました…よくあれにずっと付き合えるのかと」
「良くも悪くも自由奔放というか、真面目な時とそうでない時の差が激しかったというか、今思えばとにかく自分の心にいつも正直でしたね彼は」
思い出話に華を咲かせる二人。
二人とも呆れた言葉が飛び出しているにしては楽しげにしていたが、直後テレサの顔は険しくなる。
「誤解しないでくださいね。苦手ではありましたけど嫌いという程ではなかったですよ。彼が亡くなったと聞いた時には衝撃を受けましたし」
「わかってますよ姉上。だからこそ僕はこの地域の平穏を責任を持って守らなければならない。彼の犠牲を無駄にしないためにも。そして必ずエレノアも聖寮に連れ戻します」
「まだ信じてるのですか?彼女を。彼女は-」
「エレノアが聖寮に反しているのは知っています。ですが彼女が裏切りを働くとは思えません。けどそれには訳があるはずです。でなければ彼女が業魔の軍門に下るなどありえない…」
毅然としたオスカーの瞳をしかと見たテレサは安堵の笑みを溢す。
「その様子なら安心ですね。もう時間です。 いかないと…」
「道中気をつけて」
別れを告げるとテレサは身を翻して歩き出すが、まもなくしてピタリと足が止まる。
「そうそう、ハリアの業魔には気をつけてください。思いのほか手強く手負いの者も出ています」
「心得ました」
「それから生水は飲まないように」
「はい」
「それから-」
「姉上」
数歩進む度に歩みを止めるテレサ。
これにはオスカーも思わず苦笑いになってしまう。
自らを気遣ってくれて嬉しいとは思えるのだが、あんまり度がすぎるのも考えものだ。
部下にでも目撃されたら正直気恥ずかしさが生まれないとは言えない。
テレサもわかっているのか自分自身に向けて溜め息をはく。
「いけませんね。これじゃあ…わかってはいるのですが」
テレサは今一度オスカーの顔をじっと見つめて、名残惜しそうにしながらも今度こそ彼の元を離れていった。
そしてオスカーもまたテレサの後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、彼女とは逆の方へと姿を消す。
二人がいなくなったのを見計らってベルベット達は物陰から体を出す。
「まさかあいつらがここに来てるとはな。参ったな…これではおおっぴらに探しにくくなった」
「思いっきし面が割れてしまっておるからのう。どこかのオソローしい業魔による救世主様襲撃に付き合わされてしまったせいで…しかしなんと言うか奇遇じゃのー儂らと同じタイミングであやつらがここにおるとは」
「…あたし達を追ってきたのか?」
聖主の御座でも一戦を交えた二人が先回りするようにここにいる。
偶然にしてはできすぎている気がする。
-情報が漏れている
そう考えた時ベルベットはエレノアに懐疑の目を向けた。
「私を疑っているのはわかりますが証拠はあるのですか?」
「あんたがやってないって証拠もないわ。あんたは聖寮の理と繋がってる」
「儂らには仲間としての繋がりはないがの~」
痛いところを突かれたエレノアは反論できず、悔しさから唇を噛み締めぐっと拳を握る。
「エレノアは告げ口なんてしてないよ」
そこに擁護に入ったのはライフィセット。
エレノアを器としている彼は無実だと主張するが、それにマギルゥは嫌らしい質問で食ってかかる。
「どうかのー?お風呂に入る時も監視しとるのか?」
「え!?お風呂の時は…僕、外にいるからわからない…けど」
「その間に聖寮とコソコソ話をするくらいはできるというわけじゃろ」
「う…それは」
「その辺にしておけ。追及なら後でもできる。それよりも他にすべきことがあるだろ。あの二人をやり過ごしつつグリモワールを探すか、今何よりも優先すべきはまずそれだ」
ガイアの言葉通りだとベルベットは思案に耽る。
「ここの人間に聞いてみるにしても顔を覚えられたら後々面倒になりそうね」
「天下の対魔士様の前ではしもじもの人間はしょーじきに喋ってしまうやもしれんからの。迂闊に聞き込みはできぬじゃろうな」
「かと言ってただ闇雲に探したところで見つかるものでもないだろうしな。何より相手は物と違って動く、とてもじゃないがオレ達の力だけで探すのは骨が折れるぞ」
-一体どうしたものか
「私に任せてもらえませんか」
そう悩んでいるとエレノアが声を上げた。
「グリモワールのいそうな場所に心当たりがあるのか?」
「グリモワールがどこにいるのか心当たりはありません。ですがここの人に話を聞くことは可能です。聖寮に私達のことを聞かれても黙ってくれそうな人を知っています」
「そのような人物がいるのなら何ゆえもっと早くに言わなかった?エレノアや」
「私達は、今の私は聖寮に追われる身です。私が訪ねることでその人に迷惑をかけたくなかったんです。それにそもそもあなたが私の言うことを信じてくれるとも思ってなかったので」
「ふむ、確かにそれはそうじゃのう。なにせ信じて損をするのであれば端から疑ってかかってみろというのが儂の信条じゃからな」
エレノアの案にベルベットは両腕を組んでじっと考え込み、しばらくしてから導き出した答えを告げた。
「もし対魔士のいるところに誘導しようなんて考えてるなら…わかってるわよね?」
「あなた達を罠にかけるような真似はしません。言ったはずです私は誓約をかけていると」
「いいわ。あんたに乗ってあげる。妙なことを考えてたらただじゃ済まないわよ」
「…承知しました」
エレノアの先導で一行が赴いたのは中心街から少し高く離れた位置にある一軒家。
外観の作りはここに来るまでに見てきた家とほとんど変わらない。
「ここが?」
ベルベットが疑問の眼差しを向ける中でエレノアは一瞬逡巡するように手前で佇んでいたが、意を決して扉を軽く二回叩く。
「はいはい~!」
そうすると家の中から活気に溢れた声が聞こえてきた。
続いてドタドタと慌ただしい足音も聞こえて、扉が開けられた。
「どちら様?…エレノア」
「お、お久しぶりです…」
「お帰り、元気にしてたかい?」
「エレノアその人は?」
「私を育ててくれたお母さんです」
ライフィセットはエレノアに家の中から出てきた女性の素性を問うと、そう答えが返ってきた。
「そっちの人達は友達 ?」
「は、はい。一応」
「そうかい。かなり個性的な人が揃ってるわね」
エレノアの母らしき女性は左端のベルベットからライフィセットを経て、右端のガイアまで眺めて感想をはっきり言う。
優しそうな人だなぁとライフィセットが思っていると、突然彼の意思に反してお腹がすっとんきょうな音を上げた。
「あっ…」
「また派手に鳴らしたなライフィセット」
「いつもお腹空いてるみたいな言い方やめてよ」
「お腹空いてるのかい?立ち話もなんだし家に上がんなさいな。腕によりをかけて振る舞わせてもらうよ」
その申し出にライフィセットと彼をからかっていたロクロウは気を良くした。
「いいの?」
「それはありがたい。オレもちょうど何か口にしたかったところだ」
「儂も腹ペコで背中と腹が密着するかと思っておったところじゃ、感謝するぞ」
お言葉に甘えて家の中へお邪魔しようとするロクロウとマギルゥ。
アイゼンもベルベットもそれに何の文句もなく続き、静観していたガイアも最後に中へ入った。
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「ちょっと前まで子どもだと思ってたあの子がもうすっかり逞しくなって…いつかはそんな時が来るとは思っていたけど複雑なものね…」
血の繋がりがなくとも自分を実の姉と慕ってくれる弟の成長が嬉しくないはずがない。
けれども嬉しさの中に不安もあった。
いつしかオスカーに自分は必要とされなくなっていくのではという不安が。
素直に喜べない自分にやや苛立ちめいたものを感じていると、港へと向かう道すがら正面から来た男とすれ違う。
男が真横を通りすぎて数秒後、テレサは足を止め背後を振り返る。
(今の男…以前にもどこかで…)
蒼海色の髪も黒衣も、大人びた端正な横顔も、男の外見のどれ一つとしてテレサの知る男性に思い当たる人物は浮かばない。
(顔に見覚えはない。けどどうして?何故かどこかで会った気がしてならない…一体どこで??)
振り返った時にはもう男の背中は人混みに紛れて発見できなかった。
結局答えを確かめられず、テレサは釈然しない思いを胸に抱きながらもこの地でやり残した業務をこなすため再び歩き出した。