テイルズオブベルセリア~True Fighter~ 作:ジャスサンド
「ごちそうさん!」
パン!とロクロウが両手の平を打ち合わせた音が景気よく食卓に鳴る。
海の幸をたんまりと使った海鮮丼、貝を出汁にしたスープ。
エレノアの母親シャノンお手製の品々にロクロウは舌鼓を打つ。
「いやー旨かった。こんな手の込んだ料理食べたのは久々だ」
「そう?お口に合うか不安だったけど気に入ってくれたようでみたいでよかったわ。お父さんにも聞かせてあげたいわ」
「ああ、魚も新鮮だし最高だった。な、ライフィセット」
「食べたことのない料理だったけどすごく美味しかった」
「ふふ、ありがとう。あら?あなた口の周りにご飯粒付いてるわよ」
「え!?どこ?」
シャノンの指摘にライフィセットは大慌てで服の袖を使って口元を拭ってみる。
確かに袖口に米粒が付着していた。
「あ…」
恥ずかしさから頬を赤らめるライフィセット。
その愛くるしさにシャノンは笑みを作る、
「よっぽど食べるのに夢中だったみたいだな」
「坊の気持ちもわからんではないぞ。まさしく頬の肉が床に溢れ落ちるかのような美味じゃったからの…しかし本当に勿体ないの~この味お主らにも堪能して欲しかったのじゃが」
ロクロウに賛同する声を横から入れたマギルゥは嫌みったらしい眼差しを真向かいのある二人に突き刺す。
ベルベットとガイアだ。
「悪いけど今あんまりお腹空いてないの」
「…俺も今そういう気分になれなくてな」
「わざわざ儂らのために作ってくれたというのに好意を無下にするとは無礼千万じゃぞ…全く恥ずかしい、儂の顔に泥を塗りおってからに」
「その言葉そっくりそのままあんたに返すわ」
「同感だな」
「ぬぁにを~!なんと不敬な。師匠に対する敬意を素直に示せんとは実に情けない…」
「ふふ、賑やかで面白い人達ね」
お前が自分達に言う資格はないと、暗に突きつけられマギルゥはぐむむ、と怨恨の念を募らせる。
その光景にシャノンは笑みを崩すことなく、眺めていた。
「エレノアのお母さんスゴいね。マギルゥに全然驚いてない」
「昔からあんな感じですよ。お母さんは」
ライフィセットにそう答えるエレノアだがその胸中は穏やかではなかった。
(言わなきゃ…全部隠さずに。どんなに怨まれても、どんなに蔑まれても私がグランを殺めたことを)
何を言われても全て受け入れよう。
エレノアは決意を固めた。
「お母さん…私、お母さんに言わなきゃいけないことがあるの」
「どうしたの?そんな改まって」
「私、私は-」
「グリモワールという名に覚えはないか?ここにいると聞いて来たんだが」
エレノアが告げようとした言葉はガイアによって途中で防がれた。
「グリモワール…人の名前よね?私は聞いたことないわ」
「そうか…」
「ごめんなさいね。力になれなくて」
「いや、大丈夫だ」
「で、エレノアは?」
「え?」
「さっき何か言おうとしてたでしょ?」
「ぁ…いえ…何でもない」
気を削がれてしまったエレノア。
シャノンはそう?と返すと、ベルベットに訊ねる。
「あなた達はこれからどうするつもり?もし宿を取ってないならよかったら今夜家に泊まっていかない?」
「いやそこまで世話になるわけには 」
「よいではないか。受けとれるものは好意でも敵意でももらっておいた方が得じゃぞ 」
「休める時に休んでおくのも大事だしな。それにエレノアはせっかくの里帰りだ。一晩くらい家族とゆっくりできる時間があったっていいだろ」
申し出を拒むガイアに反して、マギルゥとロクロウは好意的な意見を述べる。
楽観的とも取れる二人の発言を見かねたベルベットもガイアに加勢しようとするが…
「今のエレノアには休息が必要だ。器であるエレノアに何かあればライフィセットにも影響がでるぞ」
アイゼンに耳元でそう止められる。
訝しげな目を向けたベルベットだがすぐにその言葉を聞き入れ、すんなり引き下がることにした。
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「一人でどこに行くつもり?」
しばらくして単独で外へ出たガイアはベルベットに呼び止められた。
隣にはライフィセットもいる。
「ちょっと散歩がてらグリモワールに関する情報を得られないかと思ってな。ここの住人のあの人が知らないのならおそらくグリモワールはイズルトの人間ではないだろうが、どこにいるのかぐらいの情報はわかるかもしれない」
「奇遇ね。あたし達も同じことを考えてたところよ」
「一緒にいかない?」
「それはいいが…」
「何か気になることでもあるの?」
言い淀むガイア。
彼はベルベットの頭から靴まで目を上下に動かして、こう呟く。
「やっぱり目立つな、その格好だと。これから歩き回るのにその格好だと目立つだろう?顔を覚えられてる一等対魔士もすぐ近くにいるんだから服変えた方がいいと思うんだが」
「変えたところで顔見られてるんだからやったって効果があるわけないでしょ?」
「だがやらないよりはマシじゃないか。悪目立ちがすぎるぞ…」
「見られたらその時はその時で対処すればいいでしょ…そもそもあんたも人のこととやかく言える身なりしてないと思うけど。怪しさで言えばあたしより遥かに上よ」
「僕は平気だけど知らない人からしたら確かにガイアの方が怪しい…かな」
そこを気にするにしては今さらすぎるだろうとベルベットの反論に返せないガイア。
「…じゃあ…このままでいっか…」
ガイアを伴って三人はイズルトの街を歩き回る。
風が運ぶ潮の匂いを心地よく感じながらライフィセットは立ち並ぶ高床式の家が気になった。
「ここって家が全部木でできた床の上にあるんだね」
「イズルトは海がすぐ近くにある街だからな。家を建てる時は必ず砂浜よりも高くするんだ」
「そっか…砂浜の上に建てちゃったら高潮とか津波とか色々大変だもんね」
「その通り。だからなるべく地上より少しでも高めに家を建てる必要があるんだ」
「じゃああそこの実は?」
「パパイヤか。匂いに難はあるが味はかなり上手いぞ。ちなみに果実の一種だ」
ライフィセットの疑問に丁寧に解説するガイア。
すっかり会話に夢中な彼らから一歩距離を置きつつ、ベルベットは注意を促す。
「話しもいいけどほどほどにしなさいよ。観光に来たんじゃないんだから」
「わかってる。ちゃんと周りに目は向けてるさ…でな、ライフィセット、さっきの話に戻るんだがここの家は高潮になると浮くようになってるんだ」
「ほんと?見てみたいなぁ。今日見れるかな」
口ではそう言うもののベルベットは安心して受けとれはしなかった。
-自分がしっかりしなければ
二人の顔色からベルベットはそう強く意識を持った。
その一方でベルベットは目に留めている物体がひどく気になっていた。
「ところでさっきからちろちろいるあれなんなの?」
「ペンギンかな?でも本で見たのとちょっと違う」
「ペンギョンだよ」
ライフィセットも首を傾げる横でああ、とガイアは納得したように唸る。
「ペンギョン?ペンギョンっていうの?あの鳥」
「サウスガンド領に生息する魚鳥類だ。人畜無害な大人しい性格でイズルトでは数年前からペンギョンの養殖をしてるんだ。ちなみにペンギョンは愛し合ったペンギョン以外とはタマゴを作らないらしい一夫一妻の生き物であることが最近生物学者の研究でわかったらしい」
「タマゴから子どもが生まれるんだね。どうやって作るんだろ?」
「…え?えっと…」
「それは、だな。その、えっと…何て言うか…」
純粋でなんとも答えづらい質問にベルベットもガイアも表情を強張らせると口もつぐんでしまう。
(なんて説明したらいいんだ…)
(そんな目されたって言えるわけないでしょ。あんたが言いなさい。散々得意げに説明してたでしょ)
(その顔、こっちに説明しろって言ってるな。無理だ。僕にだって恥じらいはある。ったく、なんでこんな時に限ってマギルゥが隣にいて欲しいと思うんだ)
言葉を交わさずして視線のみで心の内を読み合う二人。
どうライフィセットに話したものかと考えるに考えた挙げ句、ガイアの出した結論は
「あ、そうそうライフィセット、ペンギョンはな鍋に入れると美味しいんだ」
無理やりはぐらかすことだった。
-さすがにその誤魔化し方は強引すぎやしないか
ベルベットはそう思わざるを得なかったが、意外にもライフィセットの関心を向けさせられたようだ。
「食べれるの?」
「もちろん。他にもペンギョンのモモ肉とプチプチタマゴを乗せたご飯『他人丼に見せかけた親子丼』ってのがあってな」
人差し指を空に向けて説明するガイア。
その説明にライフィセットは目を輝かせていたが、ふと残念そうに呟く。
「でも食べちゃうんだ。あんなにかわいいのに…」
「しょうがないわよ。食べなきゃ人間は生きていけないんだから」
「残酷な話だけどな。まあ、人間に限った話じゃないが」
ライオンが食欲を満たすためにウサギを食らったり、カエルが羽虫を食らったり、人間が家畜を食らったり
それら全て自らの命を未来に繋ぐためには致し方ないことだ。
ライフィセットにもそれは理解できる。
理解できるがやはりかわいそうだとは思う。けれども仕方のないことなのだ。
そう納得しようとした時
「本当にそうかな?」
ふと彼らの背後から冷めた男の呟きが割って入った。
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その少し前の時刻、シャノンの家では
「ぶぇ~くしょび!!」
マギルゥが盛大なくしゃみを撒き散らしていた。
隣にいるロクロウはシャノンから差し出されたスイカをかじりながら彼女を気にかける。
「風邪でもひいたか?」
「いや体はすこぶる元気じゃからそれはなかろう…背中のむずむず具合からして恐らくどこぞの馬の骨とも知れぬ輩がいずこかの地で儂を呼んでおるのじゃろうて」
「マギルゥを呼びたがるなんてそんな物好きいるか?」
「儂を誰だと心得ておる。悪魔も恐れおののく邪神より美貌を授かった天下の美少女大魔法使いマギルゥ様にかかれば、ちょっと目の前を通りすぎただけで大抵の男はたちまち骨抜きじゃ…三日三晩満足に朝も寝れず塩水しか飲めん体にすることなぞ造作もないわ。まったく困ったものじゃ、美しすぎるというのもここまでくれば罪じゃな」
「お前…なんかかわいそうだな」
根拠のない無駄に自信に溢れた自画自賛にロクロウは直球に辛辣な言葉を浴びせた。
「ベルベットとか他の奴らはどこ行ったんだ?」
「ベルベットは坊とガイアを連れてだいぶ前に外に出て行きおったぞ」
「エレノアとアイゼンは?」
「生憎そやつらに関してはどこに行ったかさっぱりじゃ。だがまあ、子どもでもあるまいしそんなに心配することでもなかろう。ああ見えてエレノアはしっかりしておるし、アイゼンも死神の呪いを除けばまあまあマトモな方じゃからな」
それよりも、とマギルゥは手にしている三日月の形をしたスイカにむしゃりとかぶり付く。
「このスイカなる果物、シャリっとした舌触りがたまらんの~。これでうっとおしく暑苦しい日差しなんぞなければ今この瞬間こそ至福の時なんじゃが」
「そうか?むしろこの暑さあってこそ味が引き立つってもんだろ?もっともオレにはよくわからんがな」
「お主はいいの~業魔じゃから。暑いも寒いも関係なくて…」
暑さを感じない業魔の体質を大魔法使いはこの時初めて羨ましく思った。
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シャノン家の裏側から少し歩いたところにポツリと墓石が一つ立っている。その前でエレノアは沈痛な面持ちで立 ち尽くしていた。
墓石をじっと見つめていたエレノアであったが、後方から生じる砂を踏みしめる音に目をそちらへ動かす。
「アイゼン…」
「探したぞ。黙って一人で勝手に出歩くな」
「軽率な行動でしたね。すみません、迷惑をかけてしまって」
「無事なら構わん」
そう言ってアイゼンはエレノアの横に移動し同じように墓石を見つめる。
「グランのです。二年前にお父さんとお母さんと私でここに建てました…」
墓石が誰の物であるか彼女が一人でここにいる理由と悲しみに歪んだ顔を見れば聞かずともわかることであったが、律儀にもエレノアは説明してくれた。
「血の繋がったお母さんもグランも…大切な人達を業魔に奪われて、二年前私はここで誓いました。もう誰もこんな悲しい思いをさせないと、一日でも平和を望む皆が無事に笑って過ごせる世界にするためにこの身と命をアルトリウス様の理想に捧げると…それが死んでしまった二人に報いる道だと信じて…なのに私は…」
一人ぼっちだった自分に寄り添って側で励ましてくれた幼なじみはもういない。
異形に成り果ててしまっていたとしても、二年前その死を悲しんだ両親が愛した子どもをこの世界から消してしまった。
紛れもなく自分の手で、自らの意思によって
「ああする以外に他に方法はなかった。お前が覚悟を決めなければ今俺達はここにいない」
「ですが-」
「あまり自分を責めるな。器のお前がいつまでもそんな顔をしていればライフィセットが心配するぞ」
「…すみません」
ライフィセットの名前を説き伏せる材料に使ってしまったのは忍びなかったがこうするしかなかった。
無理矢理にでも自分を追い詰めることを止めさせなければエレノアは近い内に壊れてしまう。
それだけは絶対に避けなければならなかった。
ライフィセットのためにも、エレノアに生きて欲しいと望む者のためにも
「夕暮れまでまだ時間はある。少し街に出歩いてみるか」
「え?」
一拍置いてのアイゼンの言葉。
突然だったためにエレノアは目を丸くして、アイゼンの目を見た。
「何もせずただ時が過ぎるのを待っていても仕方ない。グリモワールの情報を集める本来の目的を果たすには充分な時間だ 」
「ですがさっき出歩くなとアイゼンが-」
「黙って一人で行動するなと言っただけだ。出歩くなとは言っていない。それに少しばかり出港が遅くなるとバルエルティア号に伝える必要もあるからな」
そう眉一つ動かさず淡々と語るアイゼン。
仏頂面ではあったが彼の言葉に込められた気遣いにエレノアは口元を綻ばせた。
「ではありがたくお言葉に甘えさせてもらいますね」
「常に警戒はしておけ。どこで対魔士が目を光らせているかわからん」
こうしてベルベット達より少し遅れて二人も街に出ることとなった。
まずバルエルティア号に向かうことにした。
武器屋や道具屋など様々な店が集中する商店区域にきたエレノアは右へ左へと目を泳がせる。
「この辺りも変わってない…」
懐かしさに感銘を受けるエレノア。
そのまましばし歩いていると、ある人間から声をかけられた。
「あれ?もしかしてエレノアじゃない?」
「あなたは…」
振り返ったエレノアは相手の顔をまじまじと見た。
後ろで束ねられた桃色の髪、南方の住人特有の薄手の服を着たエレノアと同じくらいの年頃の女。
「やっぱり!エレノアでしょ!」
「セーニャ?久しぶり!」
セーニャという少女とエレノアは再会の喜びからお互いの手を握り、笑い合う。
「知り合いか?」
「私の子どもの時からの友達のセーニャです。セーニャ、こちらはアイゼン」
「よろしくアイゼン…さん付けた方がいいよね?見るからに年上っぽいし」
「何でもいい。好きに呼んでくれて構わん」
「そう?じゃあ改めてよろしくアイゼン」
セーニャと手を握り合ったままエレノアは簡潔な紹介をする。
「まさか地元とはいえこんなところで会うなんてね。前に帰って来た時は対魔士の仕事が忙しいからなかなか会えそうにないって言ってたから驚いたわよ。今日は対魔士の仕事休みなの?」
「ま、まぁそんなところ。それよりセーニャの方はどう?」
「どうってこの通りピンピンしてるよ。お店もまあまあ調子いいし」
「お店?」
「あぁ、エレノアにはまだ言ってなかったっけね。そ、最近開いたんだ。よかったらちょっと見てみる?時間あるよね?」
「お前の好きにしろ」
「うん、大丈夫」
アイゼンからの許可が降り、エレノアはありがたく申し出を受けることにした。
「りょーかい。案内するからついて来て」
そうして彼らはセーニャを先頭に歩き出す。
道すがら昔話が弾んで思い出に浸っていると海辺近くに建つ店の前に着く。
店の横には海を一望できるテラスのようなスペースがあり、机や椅子が多く設置されている。
「ここがセーニャのお店?喫茶店みたいだけど」
「ええそう、その通り喫茶店。たっだいまー!」
「遅いぞ、いつまで休んでるんだよ。こっちはまだ昼飯も食べてないんだぞ」
勢い良く扉を開けるセーニャに男が不満を垂らす。
こちらもエレノアと同じ年頃の少年でメガネをかけた知的で大人しそうな雰囲気を醸し出していた。
「ごめんごめん。そんなことより見てほら!」
「そんなことって、エレノア?エレノアか?」
「久しぶりハール」
メガネの少年ハールは目を丸くしカウンターを飛び出してエレノアに歩み寄る。
「うわぁ、ほんとに久しぶりだな。いつこっちに帰って来てたんだ?」
「今日来たばかりみたいよ。私もさっきたまたま会ってびっくりしたんだから」
「そうなのか。で、そっちの人は?この辺りじゃ見たことない顔だけど」
「この人はアイゼン。エレノアの知り合いなんだって」
「知り合いねぇ…」
チラリとアイゼンと目が合ったハールは「ちょっと来い」とエレノアとセーニャを手招きして、壁の隅に集める。
どうしたのかと、顔を合わせながら二人はハールの指示通りに動く。
「どうかした?ハール」
「あの人どういう知り合いだ?」
「どういうって?」
「見るからに明らかにお前がつるむタイプの見てくれじゃないだろあの人。…雰囲気もヤバそうだし、着てる服もかなり物騒だし…」
「確かにアイゼンは海賊だけど悪い人じゃないわよ」
「海賊…!?海賊ってあの海賊?一番関わっちゃいけない世界の人じゃないか…なんでそんなのと対魔士が一緒にいるんだよ」
本格的にハールの理解が追い付かなくなる。
略奪、殺戮、暴虐、世界の秩序を乱すことしかしないはずの海賊と対魔士のエレノアがどうやったら繋がるのか疑問点が多すぎる。
「そんなに気になるなら直接聞けばいいじゃん。こそこそ話してるよりさ」
「直接言えないからこうして声を潜めてるんだろ。こんなの話してるなんて知られたらどんな目に合うか…」
ひそひそ話すハールはそこで恐る恐る振り返ってアイゼンの顔を伺う。
「俺の顔に何かついてるか?」
「い、いえ…何でもないです」
腕を組んで睨みを利かせるアイゼンにハールの彼に対する恐怖心はますます増大してしまう。
「今の見ただろ…絶対ヤバいってあの人」
「そんなことないと思うけどなー。変に警戒しすぎだよ。話してみればわかるって…ねーアイゼン、これから外の席で一緒にお茶しない?」
「ちょ!おい!」
恐れ知らずとも馴れ馴れしいともとれるセーニャにハールは面食らい、またそれにアイゼンが気を損ねないか酷く不安だった。
「ダメ?この前仕入れたいい紅茶があるんだけど」
「ほう、そいつは楽しみだ。ありがたく頂こう」
「じゃあ準備するから外の席で座って待っててそんなに時間はかからないから」
しかしそんなハールの不安とは裏腹にアイゼンに苛立ちのような感情は見受けられず、むしろ好意的なようで外の席へ歩いていく。
予想を大きく裏切る展開にハールは空いた口が塞がらず唖然とする。
「なんで海賊相手にあんな思い切った行動が取れるんだ…」
「私達も行きましょう。 大丈夫、話してみればわかりますよ。アイゼンはハールが思ってる程野蛮な人じゃありません」
「そ、そうか…?だといいんだけど」
エレノアにそう言われたがハールの中の不安はまだ拭えてはいなかった。
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(こいついつの間に…こんなに近くまで来られてるのに気配をまるで感じなかった)
「本当にそれが正しいのか?」
ベルベットが男に警戒を向ける中で男はまるで意に介さない様子だ。
「間違ったことを言ったつもりはないけど?食べなきゃ生きていけないのは人間だろうと動物だろうと同じでしょ」
「食物連鎖を否定する気はない。命を犠牲にせず生きている命などありはしない。全ての生物は全て生きるために他の命を喰らう、それは自然の摂理だ。命を持つ限りそれに抗える生物などいない」
「だったら何が不満な訳?」
ベルベットは更に警戒に目を細めながら訊ねる。
この男は普通とは何かが違う。直感がそうはっきりと告げていた。
「今の人類に他の生物を犠牲にしてでも生きるべき価値があるかな?」
「価値?」
聞き返すベルベット。
その言葉の意味するところを図りかねるライフィセットも疑問の目で男を見上げる。
「…あんた何者?」
「邪魔をしたな」
ベルベットが問うが男はもう話す気はないとばかりに歩き出す。
ベルベットとガイアの間を通り抜けた男はそれっきり彼らに目を合わせることはなく、どこかへと去っていく。
「なんだったのかしらあいつ」
「わからないけど…なんだかベルベットに似てる感じがした」
「似てる?あたしに?」
「うん…上手く言えないけど冷たい感じの人だったけどあの人を見てた時温かさを感じたんだ。ベルベットを見てるだった」
ライフィセットの発言にベルベットは怪訝そうに眉を上げ、もう己の視界には映らない男の顔を思い浮かべていた。
思わぬ出来事があったものの、その後グリモワール探しを再会する三人。
対魔士を警戒しながらあちこち周ったり、時に道行く人に聞いてみたりもしたがグリモワールの名前すら出てこなかった。
「やっぱりマギルゥの言うことをアテにしたのが間違いだったのかしら」
「いくらマギルゥでもデタラメを言っていい時とそうでない時の区別は付くと思う…と言いたいところだがここまでやって何の成果もないとなると怪しくなってきたな」
なかなか努力が実らない現状にベルベットとガイアはこの場に魔女へ不満を吐露する。
もはやこれまで、そう思われたがライフィセットがある物を発見した。
「ねぇあれ、あれビエンフーに似てる」
「あれ?」
ライフィセットの見る先には店の棚に並ぶ人形。
その中のいくつかがビエンフーに似た青い人形があった。
「似てるけどあれがなんだって言うの?」
「あ…もしかして、そういうことか?ぁあ、そう考えたら確かに見つかりにくいのにも納得いく」
「どういうこと?」
「グリモワールってビエンフーと同じ聖隷なんじゃないか?」
「まさかそんな…いやあり得るわね」
一旦は否定しかけたベルベットだがすぐに自分の出した言葉を否定する。
「あのマギルゥのことよ。正直に包み隠さず全部教えるはずがない」
「だな。まあ可能性がゼロでないのなら何にせよ確かめる価値はある」
人形を扱ってるみやげ屋の店主に話を聞いてみるとこの人形は水の聖主アメノチ様をモデルとしたらしい。
みやげ屋はマクリル浜でアメノチ様に会ったのだが話しかけても「はぁ…ふぅ…あそっ」とまるで素っ気ない態度で相手にされなかったという。
「どうやらそのアメノチ様がグリモワールで間違いないな。マクリル浜ならすぐそこだし行ってみるか?夕方までまだかなり時間もあるし、それとも一度戻って他の皆と合流するか?」
「とりあえずマギルゥに確認させるためにも戻った方がよさそうね」
「よしじゃあ早速-ッ!」
「何か来る!」
帰路に着こうとしたまさにその時、ガイアとライフィセットは何かを察知し、素早く海辺の方を振り向く。
二人してどうしたのかとベルベットが尋ねようとするより前にその現象は起きた。
晴れ渡る青空の下、静かに波打つ海の上に突然黒い瘴気のようなものが現れたかと思えばそれはたちまちの内にひとまとまりになると、異形を成して海に立つ。
『ギュルワアアア!』
水牛か山羊のような角、長い尾、白銀と黒の体表をした怪獣パズズが誕生の咆哮をあげる。
「な、何なんだあれは!?」
「か、怪獣だ!とうとうこの街にも怪獣が!」
「に、逃げろぉ!!」
平穏だった時間を壊すように突然現れ陸に進行を始める化物。
その化物は角から稲妻を放ち、民家から火の手が上がる。
逃げ惑う人々、避難誘導する対魔士に聖隷術で迎撃する使役聖隷。
穏やかだった南方の楽園が怪獣の雷により破壊されていく。
「最悪…なんだってこんな時に」
まるで自分達の邪魔をするようなタイミングで出現したパズズをベルベットは忌々しげに睨み付ける。
しかしそうしたところで相手が怖じ気づいて動きを止めて大人しくなるはずもない。
火炎や水弾などの聖隷術、矢をその身に打たれるパズズ。
ダメージはあるようだが陸への進行をやめることはない。
「早く倒さないとイズルトの人達が危ない!」
「攻撃したらダメよ。今戦ったら対魔士達に気付かれる」
「でも…」
術の詠唱を始めようとして咎められたライフィセットが悔しさに顔を歪める。
(どこか隠れられる場所は…!)
「落ち着いて!女子供を優先して避難させるんだ!」
(この声、もしかして!)
一方人目を隠せる場所を探していたガイアは混乱状態の街景色のある一点に、目を見張った。
漁に使う舟の近くで対魔士と協力して女子供を避難させている漁師の男達。その中の一人、屈強な体格と日に焼けた肌の男にガイアは目は引き付けられた。
「父さん…」
そう呟いたガイアは脇目も振らず一目散に走り出す。
「え?…ガイア!」
ライフィセットの声も耳に入っていないようで、浜辺の方へと駆けて行った。
「ベルベット、ガイアが!」
「あいつのことは後回しでいいわ。あたし達はアイゼン達と合流するわよ」
「う、うん!」
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(あのままじゃ陸に上がるのも時間の問題だ。すぐに倒さないと父さん達もここも危ない!)
被害を食い止めるため変身に必要な身を隠す場所を探すガイア。
砂浜で右へ左へと首を動かし、ちょうどいい岩見つけたガイアはその陰に隠れエスプレンダーで変身を試みる…が、
「あれは…」
視線の先に人が立っていた。先ほどベルベットと問答をした男だ。
暴れまわるパズズを見上げていた男はガイアに気づき、パズズから視線を切って向ける。そして不敵に笑う。
男の反応に虚を突かれて目を丸くしたガイアだが、彼の右腕に付けられたモノを見て更に驚愕する。
金色に縁取られた青い三角形の結晶体。腕輪のように身につけているそれはエスプレンダーと酷似した雰囲気を発していた。
「あれは、まさか…」
掠れたような低い声で呟くガイアの前で結晶体は明滅と回転を始め、その両側から鳥の翼を模した金色の突起が出てくる。
右腕を胸に掲げた直後腕輪は目を覆わんばかりの青い輝きを解き放ち、ガイアはたちまち視界を腕で庇って目を瞑った。
光が止んでガイアが改めて正面に注目すると、男の姿はなく代わりに神秘的な雰囲気を纏った巨人がいた。
青と黒の巨大な体、尖った頭部、白く横長い結晶質の瞳。
それを一度だけガイアは見たことがあった。
ミズノエノリュウの見せた大地の記憶でその姿は脳裏にしっかりと刻み込まれていた。
「青い巨人…彼が」
光り輝く太陽を背に両の腕と膝を折り曲げて佇む青の巨人はガイアを背に構えを取り、パズズに相対した。