世の中に たえて光のなかりせば 藤の心はのどけからまし   作:ひょっとこ斎

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第2手 小学4年生まで

 小学生になると同時に、お母さんに囲碁教室に行きたいとお願いした。急にどうしたのとビックリされたけど、テレビで見て楽しそうだったと言えば、近くの区民センターでやっている囲碁教室にあっさり通わせてくれた。

 

「はじめまして。えっと、藤崎あかりちゃんだね。何才かな?」

「えっと、6才です。今日からよろしくお願いします!」

「はい。僕は白川っていうんだ。しっかりしてて偉いね。えっと、碁のテレビを見て、興味を持ったんだね。まずは、石に触ってみようか」

 

 囲碁教室で出迎えてくれたのは、白川先生。懐かしいな。私が初めて囲碁教室に通った時も白川先生だった。とても穏やかで、優しい先生。

 今も、五目並べから教えてくれている。しかも、私は3目で先生が5目。3目対5目だとどうやっても勝ち確定なんだけど、だからこそ3目なんだろうな。

 しかし手がふやふやしてて、ちゃんと挟めないや。しょうがないので、つまんで持って、コトンと置く。せっかくだし、天元に。

 白川先生は、私の石の上、つまり10の九に白石を置いた。10の十一に伸びても、止められてしまう。私は、最初の黒石の左隣、9の十に置く。

 

「はじめにあかりちゃんが黒い石を置いたでしょう。次に、僕が上に白い石を置いた。石が置かれた逆側に黒が伸びても、僕が邪魔できちゃうんだ」

「うん。だから先生が置いた斜めの場所に置けば、片方しか邪魔できないから、私の勝ち!」

 

 

 えへへーと笑うと、白川先生もにっこりと笑った。

 

「そうそう。その通り。じゃあ次は、あかりちゃんは勝ちの一手まで黒い石を二個並べて置いちゃダメってルールをつけようか」

 

 

 色々なルールでやったが、置き方を覚えるだけの、囲碁ですらない遊び。いくら白川先生がプロで私がアマとはいえ、黒をもらった上に条件まで有利で、負けるはずがない。

 すぐに白川先生がやり取りのグレードを上げてきて、碁のルールを把握済みだと理解してもらい、9路盤で打つことになった。ご本で読んだのーって子どもっぽく誤魔化したけど、大丈夫かな。ちょっとドキドキする。

 ……昔は、置いた碁石を下に動かしてヒカルに怒られたなぁ。懐かしい。

 そんなことを考えながら、9路盤で遊ぶ。

 始まってすぐに、白川先生がガタッと椅子から立ち上がって、部屋の外にいるお母さんと話し出した。

 

「お母さん、この子は私じゃなく、もっとしっかりしたプロに教わった方が良いです」

「え。でもその。どういうことですか?」

「理解力が高いというか、テレビで碁を見ただけにしては……」

 

 白川先生とお母さんが、何やら話し込んでいる。どうなるか分からないけど、初心者入門で立ち止まっている暇はないんだ。何せヒカルは、学び始めて2年もしないうちに、プロになっている。

 

 と、よそ事を考えてるうちに、話がついたようだ。お母さんが、若干困り顔で聞いてきた。気を使わせちゃってごめんね。

 

「お母さんはここで楽しくやればいいと思うんだけどね、先生が、きっと強くなれるよって言うの。あかりは、どうしたい?」

 

 強制せず、私の意志を尊重してくれるらしい。なら、答えは常にひとつ。

 

「えっとね。私、強くなりたい! プロになって、タイトル取りたい!」

 

 そう。しっかりとヒカルに見初められるためにも、タイトルを取るくらい強くなりたい。

 

「そう。なら、強い先生を紹介するよ。ちょっと顔は怖いけど、優しい人だから」

 

 

 そして私は白川先生の紹介で、森下先生という、何回かタイトルの挑戦者にもなったことがあるという九段のプロに師事することになった。

 少し年上に冴木さんという人がいて、その人も優しい。森下先生の娘さんの、しげ子ちゃんとも仲良くなった。

 しげ子ちゃんは碁が面白くないみたいで、ちょっと触って止めちゃった。小さい子に囲碁は難しすぎるよね。

 お兄さんの一雄さんも、幼い頃にやめちゃったらしい。せっかくプロの息子なのにもったいない気はするけど、合わなかったらしょうがないよね。

 でも森下先生は、塔矢くんのことを知ってるみたいで、碁をやる息子が羨ましそうだ。もちろん、だからといって一雄さんやしげ子ちゃんにきつく当たるわけでもない。時々私に、同い年なんだから塔矢アキラに負けるなってプレッシャーをかけてくるのが辛い。私が、あの塔矢くんに勝てるはずがないんだけどな。

 だって塔矢くんは、あっさりプロになる上、ヒカルと争ってタイトルも取るくらいなんだから。

 

 

 そして、森下先生に師事してから3年ほど経った小学4年生のある日、1つ年上の和谷さんが、森下先生の新弟子としてやってきた。ヒカルと仲が良い、後々プロになる人だ。確か、ヒカルと同じ年度だったと思う。

 今でも結構強いけど、私より弱い。

 

「和谷さん、これからよろしくお願いします」

「和谷でいいよ。藤崎さんのが先に弟子になってんだし」

「じゃあ和谷くんで。私は呼び捨てでいいよ」

「そう? じゃあ藤崎で。森下先生に教わって、俺は絶対プロになるんだ!」

 

 うぉーって吠えてる。あら可愛い。なんとなく微笑ましくて見ていると、しげ子ちゃんが寄ってきた。

 

「和谷くん、がんばってね!」

「おう、ありがと! えっと、しげ子ちゃんだっけ」

「うん!」

 

 おやおや? しげ子ちゃんの目が……。へえー。

 しげ子ちゃんは素直で可愛いし、和谷君にお似合いかも。まだまだ子どもだから、どうなるか分からないけどね。

 なるべくしげ子ちゃんを応援しちゃおう。ふふふ。

 

「なんか藤崎の目から不穏な空気を感じる……」

「気のせい、気のせい」


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