世の中に たえて光のなかりせば 藤の心はのどけからまし   作:ひょっとこ斎

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第3手 小学6年生 その1

 あっという間に時間は過ぎて、小学6年生になった。碁の勉強してたら、時間が経つの早いね。前に比べても、大分強くなったと思う。

 和谷くんが院生になる時に森下先生から私もどうかと聞かれたんだけど、ヒカルが碁を始めるまでは、時間が拘束されやすい院生にはなれない。和谷くんは去年、プロ試験も受けたみたいだけど、結果は振るわなかったそうだ。中1になる今年も受けるらしい。結構上達してるけど、まだ私より弱いし、しばらくは受からなそうかな?

 

 

 そんなことより、ヒカルだ。細かい日にちまで覚えてないけど、冬、12月だったと思う。今はまだ、相変わらず碁なんて一切意識になく、元気に外を走り回っている。この体力オバケめ。

 そして、夏に和谷くんが試験を落ちて、森下先生に院生にならないまでもプロ試験だけでも受けてみたらどうかと言われて断っているうちに、12月に入った。

 

 

 ーーそして、運命の日がやってきた。

 

 朝、ヒカルの家に遊びに行くと、ちょうどヒカルが家を出ようとしていた。

 

「おっ、あかり。せっかくだしお前も来てくれよ」

「ん? ヒカル、どこか行くの?」

「じいちゃん家」

「何しに行くの?」

「じいちゃん家の蔵にさ、何か売れそうなもんないかなって」

 

 来た。これだ。

 

「ほら、行くぞ!」

「ヒカル、待ってよー」

 

相変わらず体力バカだ。走らなくてもいいのに。追いかけながら、ついにヒカルが碁を始めるんだって思うと、やっぱりワクワクしてきた。私も前世からずっと碁をやってるんだもん。ヒカルと一緒に打てたら、嬉しい。

 

「じいちゃん、蔵の鍵貸してよ」

「朝っぱらからなんじゃ。おう、あかりちゃん、おはようさん」

「おはようございます」

「蔵の中、いるもんねえよな? なんか貰っていい?」

「あん? そりゃまあ、ものによってはやらんでもないが……」

「よし、決まり!」

 

 強引だなぁ。鍵を借りたヒカルについて、蔵に入る。入口の電気を点けても、まだ薄暗い。二階に上がって窓を開ける。ちょっとはマシかな。

 ヒカルは一階では良いものが見つからなかったようで、二階に上がってきた。

 パッとしないなぁ、とか言いながら、箱の中、棚の中を漁っている。

 

「お!? これなんかイイんじゃないか?」

 

 引っ張り出してきたのは、碁盤。

 見るだけで分かる。相当良い碁盤だ。

 

「あ、碁盤? 質も良さそう。いいの? そんなの持っていっちゃって」

「いいんだって。さっき許可取ったし」

「何でもいいとは言ってないと思うよ」

「そう? それにしても、全然落ちねえぞ、この汚れ」

 

 目を向けても、ちっとも汚れていない、綺麗な碁盤だ。そう言っても、血のアトみたいに汚れているってヒカルは言う。

 ……なるほど。

 

 

 しばらく見ていると、へ? って間抜けな声を出したかと思うと、誰かいるって言い出した。蔵の中でそんな話、普通に怖いよ。

 

「ちょっとヒカル、大丈夫? ここにはヒカルと私しかいないよ」

「……出っ!……」

 

 何かを見たような素振りで、バタンと倒れた。ヒカルに見えて、私には見えない。この差が、私とヒカルの、才能の差なんだろうか。

 

「おじーちゃん、ヒカルが倒れたー!」

 

 それはそうと、倒れたヒカルの対処をしないと。

 

 

 翌日も、ヒカルは急に叫ぶ、何かをぶつぶつ呟くなどの、奇行が目立った。

 さて。私もそろそろ準備していかないとね。

 

 

「白川先生、近いうちに男の子が習いに来ると思うんですけど、私のお友達なんです。それで、ちょっと事情があって、私が碁を本気でやってるって内緒にしてるの。すぐに伝えるつもりだけど、私から言いたいの。だから私がヒカルに付いてきた時、知らないふりをしてもらっていいですか?」

「ヒカル君って言う子が来るかもしれないんだね。うん、他ならぬあかりちゃんのお願いだからね。分かった、知らないふりをするよ」

 

 よし、後は教室に通っている人たちだけど、そっちはいいかな。

 

 

 週末、ヒカルの家に行くと、ヒカルは囲碁教室に行っちゃってた。相変わらず、行動が早い。

 急いで囲碁教室に行くと、走り去る阿古田さんとすれ違った。懐かしいと思う暇もない。カツラがズレてて泣いてたけど、まさか……。

 

「いいかい、進藤くん、来週ちゃんと阿古田さんに謝るんだよ」

「はい。俺もちょっとやりすぎたかなと……」

 

 やっぱりかー! ヒカル、いつも何かやらかすよね。

 周りの人はクスクス笑いながらもフォローしてるし、まあ、今回はいっか。

 出てきたヒカルを捕まえる。

 

「ヒカル」

「わっ、ビックリした! なんだあかり、こんなところでどうしたんだよ?」

「おばさんから聞いたよ。碁をやるんだって? 私、ちょっと打てるんだけど、相手しようか?」

「え、お前打てるの? んー、でもなぁ。お前と打ってもしょうがないし」

 

 ヒカルが言うと同時に、私が反応するより早く横から怒鳴られたような格好になる。幽霊さんが、代わりに叱ってくれたみたい。

 

「んー、まあ、じゃあ。ちょっと打ってみるか」

「ホントに!? ヒカル、ありがとう」

 

 やった、幽霊さんの実力がちょっと分かるかも。塔矢くんに勝つんだから弱いわけはないんだけど、気になってたのよね。

 

 

 私の家にあるプラスチック碁盤を持って、ヒカルの家に向かう。

 どうしようかな。手番とかどうしようかな。

 

「えっと、互先でいいかな? それともヒカル、置き石いる?」

「置き石? ハンデなんかいらねえよ!」

 

 じゃあ、って私がにぎると、ヒカルが不思議そうな顔になる。

 

「どっちが先手か決めるために、いくつか石をにぎるの。もう片方が、1個か2個の石を置いて、偶数か奇数か選ぶの。当たったら、当てた方が先手で黒。外したら、にぎった方が先手で、外した方が白石になるの」

「へえ」

 

 にぎると、ヒカルが二つ石を置く。

 えっと、2の4の6の……8個。偶数だから、ヒカルが先番だ。

 

「コミは5目半ね」

「コミ?」

「うん。先に打つから、黒の方が有利でしょ? だから白石を持った方に5目半つけるの」

「へー! って……。まあいいや、それでやろうぜ」

 

 じゃあ、石をいったん戻して、と。

 

「お願いします」

「え? あ、お、お願いします」

 

 ピシッと姿勢を正して挨拶すると、ヒカルは戸惑ったように挨拶を返してくる。こういうところ、素直で可愛い。

 少し待って、ヒカルが一手目を星の横、私から見て左下の小目に置く。指でつまんで、コトリと。そうそう、最初は置き方そうだよね〜。

 さて。どうしようかな。やっぱり本気でかかるべきだろう。

 

 

 そして対局は進んだのはいいんだけどね。

 

「どうしよ、もう勝ち目はないけど、最後まで打ってもいい?」

「え? ……うん、いいよ」

 

 どう見ても指導碁だー。幽霊の人、半端じゃない。これ下手したら、森下先生より強いんじゃないかな。塔矢くんが追いかけるわけだ。でも、どうにも定石は古い。

 昔になかった手でかく乱できないかなって思ったけど、そんな差じゃなかった。

 

「んと、私の3目半の負けね。ヒカル、凄いじゃない」

「え? そう? でも、小学生相手に僅差か〜」

 

 おいこら小学生。ヒカルってば迂闊よね。前世っていうかなんていうか、前の時にどうして大人が気付かなかったのか不思議だわ。さすがに幽霊なんて、突拍子もないからかな。私も自分が逆行なんて非常識を経験してなきゃ、思いつかないだろう。

 そして幽霊の人、プロになってからのヒカルの行動を色々と考えると、途中で消えたんじゃないかなって思う。

 プロになってすぐの、対局ボイコット。あの時のことを、ヒカルは後々のインタビューで「俺が碁をやってもしょうがないって思ってた。もっと強いやつができなくなって、俺がやるのは間違ってるって思ってたんです」って。インタビュアーは、塔矢名人のことだと思われる、って補足してたけど、あれはきっと、幽霊さんのことだ。

 まあ、それはともかく。

 

「終わった後、どこが悪かったかとかの検討もするんだけど、今日は遅いし、無くてもいいかな?」

「わ、ホントだ。もうすぐ晩ご飯じゃん」

「じゃあ、私は帰るね〜。この碁盤どうする? 置いていこうか?」

「いや、いいよ。持って帰って」

 

 言った直後、ヒカルはワァッと耳を押さえる。欲しいってごねたんだろうなぁ。なんだろう、幽霊さん凄く分かりやすいぞ。

 

「うん、分かった。じゃあヒカル、また明日ね。今日はありがと」

「おう、こっちこそありがとな」

 

 さて。帰ってから、今日の棋譜を書いておこうっと。ところで、幽霊さんは男? 女?


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