世の中に たえて光のなかりせば 藤の心はのどけからまし 作:ひょっとこ斎
週末の土日にあった第24戦、第25戦は上位陣に動きがなく、私も連勝できた。
そして25戦が終わった段階で、プロ試験合格が確定した。
「おめでとう、藤崎さん」
「ありがとうございます」
篠田先生にお祝いの言葉をいただき、素直に頭を下げる。篠田先生は、ため息まじりにつぶやく。
「全勝自体が滅多にないけど、全勝でここまで合格が決まらないのは初めてだよ。残り2戦だけど、どの子がプロになってもおかしくない実力を持っているよ」
「そうですね、皆強かったです」
全勝の私が言うのもおかしいかもしれないけど、本当に強い人が多い。ヒカルは当然、明日美さん、越智くん、和谷くんに伊角さん。さらに門脇さん。今は私の方が強いけど、プロになった後、追い抜かれる可能性が十分にある。私だってプロになるんだし、簡単に追い抜かれるつもりはないけど。
「今日勝てば合格だったけど、緊張はしなかった?」
「はい。今日より、先週の火曜の方が緊張しました」
「ああ、進藤くんとは仲が良いみたいだね。でも彼もここまで3敗、頑張ってるね」
うん、ヒカルは頑張ってるし、一緒に合格したい。残り2戦、和谷くんや越智くんには悪いけど、ヒカルに勝ってほしい。
篠田先生とはそれくらいのやりとりで切り上げて、ヒカルと合流して帰り支度を済ませた。
「ヒカル、あとは和谷くんと越智くんだね」
「おう。えーっと、和谷って合格の可能性はあるのか?」
「うん。私が全勝して、ヒカルが和谷くんに負けて、明日美さんが26戦が足立さん、最終戦で私に負けたら、合格が私と3敗の越智くん、最後の枠を4敗の人で争うことになるね」
「そっか。今の奈瀬が足立さんに負けるとは思わないけど、可能性があるなら、和谷も必死だな」
「そうだね。ついでに言うと、26戦でヒカルが勝って、最終戦でもヒカルが勝ったら、明日美さんの結果次第で越智くんとプレーオフが待ってるからね。越智くんも最終戦、必死で向かってくると思う」
私とヒカルの対局で驚いていたけど、それで萎縮するようなぬるい碁は打たないと思う。最後の2戦、ヒカルにとって、正念場だよね。
「私は合格したし、あと数日、ヒカルと佐為を中心に打つ?」
「んー……。いや、普段通りにしようぜ。下手に変えて感覚が狂うより、いつもと同じように打つ方がよさそう。お前と打つのも勉強になるしな」
「そ、そう? なら普段通り打とう。私もその方が嬉しい」
私と打つと勉強になるって。ふふふ。嬉しい。ここが自室のベッドの上なら、転がり回りたいくらい。残念ながら電車の中だから、そんなことできないけど。
「あかりも佐為と一緒だなぁ」
「え、何が?」
「今は打たなくていいって言いながら、打てるとなったら喜ぶし」
「あー、うん。でも佐為とは少し違うと思うけどね」
佐為に比べると、動機が不純でごめんね。
そして迎えた第26戦。私は門脇さんと対局。ヒカルや明日美さんが合格するためにも、今日は負けられない。
ヒカルと一緒に棋院センターまで行くと、入り口に明日美さんの姿が見えた。
「明日美さん!」
「あかりちゃん、おはよ」
「おはよう」
中に入らず、どうしたんだろう。
聞いていいか考えていると、明日美さんが笑顔を見せた。
「ちょっと緊張しちゃって。中にいると息が詰まるから、外で時間を潰そうかなーって」
「そっか。私も一緒にいてもいい?」
「うん、もちろん。でもいいの?」
ちらりとヒカルを見て、明日美さんが首をかしげる。
ヒカルは先入ってるぞ、と言葉を残して中に入っていった。
「いいみたい」
わざわざヒカルにいいかどうか聞くことじゃないし、そもそもヒカルにしても、ずっと私が一緒だとうざったく思うかもしれないし。
……そういえば佐為はずっと一緒だけど、よくヒカルは平気だよね。幽霊だし気にしてないのかもしれないけど。
明日美さんの話に乗って雑談しているうちに、時間が近づいたので中に入る。和谷くんが伊角さんと話していたので近づく。
「俺たちだって可能性は低いけど、0じゃねーんだ。最後まで諦めずやってやるさ」
「うん。頑張れ」
伊角さんも和谷くんも、自力では無理な状況だけど、だからと言って手を抜くわけがない。
対局室に入り、席に着く。ヒカルより先に和谷くんが座っていたけど、和谷くんの真剣な顔を見て一瞬躊躇したヒカルに、当の和谷くんが笑みを浮かべる。
「よぉ、進藤。早くやろうぜ」
「おう!」
本当に和谷くんは器が大きい。メンタル面では、伊角さんや越智くんよりしっかりしてるかもしれない。
その結果が、序盤に4敗しながら、途中で取りこぼしをひとつも出さなかった部分だろう。安定度が凄い。
「さて、よろしく。藤崎さんは合格が決まったんだろ? 羨ましい限りだよ」
「合格は決まりましたけど、1局が大事なのは他の誰とも変わりませんよ」
手は抜かないという宣言。そんなことするまでもなく、門脇さんも分かっているだろう。
「そりゃまあな。大事な彼氏が合格するかどうかの瀬戸際だ。藤崎さんは俺に勝たなきゃいけないし、そもそも彼氏が負けたら終わりだけどな」
「……彼氏じゃないです」
「え、そうなんだ? 俺はてっきり……」
私も、ヒカルと付き合ってます! って言いたい。でも世の中、そんなに簡単じゃないし、特に今はそれどころじゃない。
言い返しても良かったけど、舌戦をやったというより、世間話に近い。 むしろ話題に出した門脇さんの方が気まずそう。
「よろしくお願いします」
時間になり、私の黒石で始まった。
お互いに序盤からしっかり時間をかけて、慎重に打つ。
初めて打つ相手だけど、確かに強い。でも、不思議とあまり負ける気がしない。先週打った時のヒカルの方が強かったと思う。
お昼の時点で、かなり有利な状況。もちろん油断はできないけど、ミスさえしなければ勝てそう。
お昼をヒカルと一緒に食べた後、ヒカルがちょっと外で身体を動かすと言って外に出る。私はゆっくりしたいから部屋に残ると、外でお昼を済ませた明日美さんが近くに来た。
「明日美さん、どんな感じ?」
「今のところ悪くないよ。それより、進藤がかなり互角な感じね」
「うん。さっき盤面見たけど、和谷くんが凄く上手く打ってるよね」
「今日の結果次第で、和谷も合格する目があるし、そりゃ必死になるよね」
ヒカルは、上辺をほとんど全て和谷くんに押さえられていて、放っておくと地が足りない。割って入るしかないけど、かなり厳しそうに見えた。
私と門脇さんの対局も、ちょうど和谷くんに似た感じになっている。左辺を中心に、私が地を広げていて、このままだと門脇さんの地が足りないから、どこか攻めてくるだろう。攻めてきた時に、しっかりと潰せたら私の勝ち。
「さて、そろそろね。今日しっかり勝って、万全の態勢で最終戦に臨みたいわ」
うーん、と伸びをする明日美さん。そうだね、私も頑張ろう。
そして午後から、門脇さんが深くまで打ち込んできたけど、先まで読めば潰れる手が多かった。実際に2度ほど潰したところで、門脇さんが投了してきた。
「いや、まいった。まさかこんなに強い子がいるとはね」
「同年代で、もっと強い子もいますけどね」
「……噂の塔矢アキラ? プロになって、まだ負け無しだろ?」
「はい。練習だとともかく、公式戦で勝てる気がしないです」
今はまだ大きな差がある、と思う。先週、ヒカルと打ってから、かなり自信がついたというか、盤面がよく見えるけど、多分塔矢くんには敵わない。
話していると、少し離れたところで打っていた明日美さんが立ち上がり、ハンコを押しに向かうのが見えた。門脇さんも目に入ったようで、ふうっとため息を吐いて自嘲気味の笑みを浮かべる。
「準備をあまりせずにプロ試験に挑むのは早かったな。1年しっかり打って出直してくるさ。プロになった時、リベンジさせてもらうよ」
「その時はよろしくお願いします」
門脇さんなら、近々プロになるだろう。その時には、負けないように頑張らないと。
私も立ち上がり、ハンコを押す。明日美さんもすぐに気がついて、ちょいちょいとヒカルを指さした。
「まだやってるね」
「うん。ちょっと見てみようか」
明日美さんに促されて、ヒカルと和谷くんの対局を見に行く。盤面を見ると、ヒカルの攻めた手が和谷くんの白石を分断していて、盤面が形勢逆転している。
「負けました」
和谷くんは手がないかと悩んでいたけど、しばらく経って負けを宣言した。
これで、ヒカルが合格するかどうか、明日に繋がった。逆に明日美さんは、合格が確定しなかったことになる。
「……sai」
ぼそり、と和谷くんがつぶやく。ヒカルがビクッと反応する。ついでに、私も。
「前にお前の碁がsaiに似てるって言ってただろ? 今日の一局は、sai並みだったぜ」
「……うん、ありがと」
お礼も変な気がしたけど、saiが強いのくらい分かってるし、それほどおかしくないのかな?
ヒカルがハンコを押しに行って、和谷くんが顔を上げる。
「ああ、藤崎と奈瀬か。そういや、お前らはどうだったんだ?」
「勝ったよ」
明日美さんが答えて、そっかとつぶやく。
「奈瀬も何年も院生やってて1番調子良いだろ? さっさと受かっちゃえよ」
「あはは。うん、受かりたいけどね。最終戦がちょっと」
「簡単に全勝させるなよ」
簡単じゃないもん。結果として今の時点で全勝だけど、途中で取りこぼしていたら、順位も大きく変わっていたと思う。
これで、明日美さんと越智くんが2敗で、ヒカルが3敗。合格圏内はこの3人。
越智くんが勝ったら私と明日美さんの結果にかかわらず、合格者が決まる。越智くんが負けたら、私と明日美さんの結果次第で、2人でプレーオフか3人でプレーオフになる。
「明日美さん、金曜の研究会どうしよう? 私、行かない方がいいかな?」
「え、どうして? あかりちゃんが遠慮する理由なんてないよ。私の方が誘ってもらって行くようになったんだから、遠慮するとしたら私だよ」
うーん。私だけ行って明日美さんが行かなかったら、塔矢くんががっかりしないかな。
明日美さんが気にしないようなら、普段通りで大丈夫かな?
「前日だし、明日美さんが特訓とかするかなーって思ったの」
「特訓ねぇ……」
ふむ、と顎に手を当てて悩む素振り。
「あかりちゃん、研究会で特訓相手になってよ」
「もう。真面目に話してるのに」
「あはは、ごめん。大事な一局だけど、結果だけじゃないから。金曜の研究会は研究会、土曜のプロ試験はプロ試験よ」
ふん、と気合いを入れている。そっか、そうだね。
「ありがと。じゃあ今日は帰るね!」
「うん。また金曜に」
ヒカルが待っていてくれたので、明日美さんに手を振ってヒカルと合流する。外に出て、歩き始めてからヒカルが笑い出した。
「和谷がさ、saiって言っただろ? あれ、本当に佐為に話しかけているのかと思って焦ったぜ」
「うん、横で聞いていて、私もビックリしたよ」
和谷くん、本当にネットのsaiが好きだもんね。棋譜を集めて研究もしてるみたいだし。
いつか、佐為といっぱい打たせてあげたいけど、なかなか難しいよね。
「和谷も強かったけど、勝てて良かったぜ」
「うん。あとは越智くんとの対局で、勝てばプレーオフだね」
越智くんも、年下とは思えないくらい強い。ヒカルも強くなっているけど、勝てるかどうか、やってみないと分からない。
「ヒカル、分かってると思うけど、越智くんは、負ける時って地を意識しすぎる時が多いの。そういう碁が悪いわけじゃないけど、越智くんの場合は、守る時に厚みを持たせて、攻めるのに向かない形になっちゃうんだよね」
「ああ、そういう傾向があるよな。じゃあ、布石で大きく構えて、待ち構える方がいいのかな」
「うーん。露骨にしたら、越智くんなら気付いて上手く打ってきそうだから、難しいところだね」
2人で越智くんへの対策を話していたけど、ヒカルの家に着いたら、後は普段通り、佐為も一緒に打ち合う。
外では佐為に話しかけられないけど、ヒカルの部屋だと気兼ねなく話せる。越智くんの印象を佐為にも聞いて、どうするかを話し合った。
でも、結局のところ。
「自分の力をきちんと出せたら、きっと勝てるよ」
「そんな簡単じゃねえと思うけど、色々と考えすぎても逆効果だからな。自分の碁を打てるように頑張るさ」
うん。色々と話したけど、それが1番良い。確実に勝てる対局なんてないし、ヒカルならきっと勝てる。
翌日からは越智くんの対策とか考えずに、楽しく対局を重ねて過ごした。
そして、やってきた土曜日。ついに最終戦。
「ヒカル、落ち着いてね」
「ああ。多分お前より落ち着いてるよ」
私、そんなに落ち着きないかな?
「落ち着いてって、それ朝から3度目だぜ。佐為も笑ってるぞ」
こら、電車で周りに人がいないとはいえ、そんな気軽に佐為の名前出しちゃ駄目でしょ。
「大丈夫だって。あかりは気にしすぎだよ」
「そんなことないよ。ヒカルが大雑把すぎるの」
確かにちょっと浮ついていたかもしれない。ヒカルに言われて、いつもの調子が出てきた。
碁とは関係ない雑談をしながら、棋院センターに到着した。
休憩室に明日美さんが来ていたので、挨拶に向かう。
「明日美さん、おはよう」
「あかりちゃん。おはよ。今日はよろしくね」
「こちらこそ」
明日美さんと言い合っていると、越智くんもやってくる。ヒカルと何やら言い合っているけど、越智くんって意外と盤外戦も躊躇しないよね。そういうところ、真似する気はないけど、凄いと思う。
「そろそろ時間ね。行こっか」
明日美さんの言葉に時計を見る。もう間もなく、という時間になっていたので、連れだって対局室へと向かう。
向かい合って座って、篠田先生の合図を待つ。
ヒカルと明日美さん。私にとって、2人は特別だと思う。和谷くんとも付き合いは長いし仲がいいけど、特別かっていうと、そうでもない。
ヒカルが私にとっての特別なのは当然、明日美さんも、女性でプロを目指しているというところが同じで、私よりも純粋に碁を打っている。
女だからと馬鹿にされたら怒るし、碁打ちとしてやっていく覚悟もある。一緒にプロになれたら、きっと凄く楽しいと思う。
「よろしくお願いします」
時間がきて、お互いに挨拶をして碁笥を持つ。にぎった結果、私が黒石。
明日美さんが、ヒカルの対策として塔矢くんに教わっていたとしたら、私の碁も同じように対策しているかもしれない。
でも、ヒカルが越智くんの対策を考えていた時に言っていた通り、下手に小細工するより、自分の碁を打つのが1番勝ちが近づくはず。
少しだけ悩んで、結局は1番打ちやすい、右上スミ小目に一手目を置く。明日美さんは四の16、星。明日美さんは、塔矢くんに影響されたのか、最近はよく攻める碁を打っている。
調子に乗らせると危ないので、今日は私からカカっていって、明日美さんが守りに入るように打ち回す。
中盤に入る頃には、私が明日美さんの地を荒らす展開となっていた。そこまで深く踏み込むつもりはなかったのに、明日美さんの守りが堅く、あの手この手で攻めている。
どうするか考えていると、お昼の時間になった。
「お昼だね」
「うん」
お互いに、碁の内容には触れない。終わった後の感想戦ならともかく、お昼に途中の段階で話すことなんて、何もない。
ヒカルの様子を見ると、今のところはヒカルの方が良さそう。一見して意味がない絡め手も、中央の上辺寄りに打たれている。越智くんはちょっと警戒したように打っているけど、意図には気付いてないと思う。
「ヒカル、お昼食べよ」
「おう」
休憩室で、持ってきたお弁当を広げる。
食べながら今日の調子を聞く。
「んー。悪くないよ。まだどう転ぶかわかんねえし、まだまだここからだけどな。あかりは?」
「それが、今のところ明日美さんに上手く打たれてる。何か踏み込む手を考えなきゃいけないから、凄く楽しいよ」
これまで明日美さんと打ってきた中でも、特に上手く打たれている。でも、まだ試したい手はあるし、勝負はここからね。
「ここまで来たら、あかりに全勝してもらいてえけどな」
「えっ? そうなの?」
これまで、そんなこと一度も言ってなかったよね。
「負けたのは悔しいけど、塔矢と一緒で、いつか勝ちてえし。他の奴にあっさり負けるよりは、勝ち続けてる方が燃えるじゃん」
なるほど。そういうことなら、なんとしても勝ちたい。とはいえ下手に勝ちを狙いすぎて気負ってもしょうがない。
勝ちを狙うのはさっきまでと一緒だし、よりいっそう気合いを入れて臨む、それだけのつもりで。
時間がきたので、対局室へ戻る。そして対局が再開して、打ち始めた。
盤面をしっかり見て、明日美さんの薄いところを探す。これだけ広く打っているんだから、どこかほころびが生じているはず。
ヒカルはよく佐為ならどうするか考えるし、私も時々やるけど、知っている人でこういう時の攻め碁が1番得意なのは、間違いなく塔矢くん。
でも、塔矢くんならどうするかと考えられるほど、塔矢くんの碁を知っているわけじゃない。他人頼りにせず、自分で攻め碁を打たなきゃいけないよね。
長考を経て、右辺の詰まっているところに手を加える。無理なようにも見えるけど、明日美さんがミスをしなくても、細い勝ち筋があるはず。
打ち進めるうちに明日美さんが気付いたのか、手が止まって長考に入る。最初に気付いていれば潰せたかもしれないけど、今となっては、もう遅い。
凄く打ち辛い碁になったけど、なんとか勝てそう。
「……負けました」
「ありがとうございました」
「あー、悔しい。途中まで良い碁だったのに。最後の打ち筋、全然見えてなかった」
「最後まで良い碁だったよ。凄く強かった。それに、楽しかった」
「うん、楽しかった。あーあ、合格できるかどうかは、プレーオフ次第ね」
ハンコを押して、ヒカルの様子を見に行く。
激しい打ち合いをしたようで、かなり盤面は荒れている。終盤のヨセに入っていて、どちらが勝っているか目算すると、ヒカルが4目半ほど勝っている。
まだ終わってないけど、このままだと勝てる。
息を詰めて勝負の行方を見守る。
「4目半……」
目算通り、ヒカルが4目半差で勝利を掴んだ。
良かった、これでプレーオフに繋がった。あ、でも明日美さんの合格が決まらなかったし、がっかりしているかな。
「やっぱり進藤が勝ったね」
明日美さんは、ヒカルや越智くんには聞こえないくらいの声で、つぶやいた。
隣にいたから聞こえちゃったけど、多分無意識に出た言葉だと思う。深く聞くのは、全て終わってからにしよう。
「あかり、勝ったぜ」
「お疲れ様。私も勝ったよ」
周りもザワザワとしている。2枠を争って、3人でのプレーオフ。
全部の対局が終わってから、篠田先生が3人を呼んで説明をしている。漏れ聞こえる言葉から、明日からの3日間で終わらせるらしい。
クジを作って、これから引くのだとか。
しばらく待っていると、3人が出てきた。
「どんな順番?」
「最初に俺と越智、次に俺と奈瀬。最後に越智と奈瀬だな」
ヒカルと明日美さんが、2日続けての対局なんだね。越智くんは1日空いちゃうと打ちにくいかもしれない。
「ところで、全員が1勝になったら、どうするんだろ?」
「ああ、篠田先生に聞いたら、最終月の院生順位が上の人間が勝ちだってよ」
院生順位は、越智くんが2位で明日美さんが4位、ヒカルが5位。
ヒカルが1番不利かぁ……。
「まあ、あかりに負けた時に言った通り、全部勝てば関係ないからな」
ふふ、そうだったね。強がりかと思ったけど、今のヒカルなら、勝ってくれると信じてる。
「うん。2人に勝ってプロ試験合格を決めちゃおう」
ヒカルが合格した上で、最終戦で明日美さんが勝てばいいけど、ヒカルが簡単に勝てるとは思わない。
特に最近、明日美さんの棋力がどんどん上がっている。ヒカルも上がっているし、プロ試験の本戦中に打った時とは違うけど、どうなるか予断を許さない。
ヒカル、あと2戦、頑張って。