世の中に たえて光のなかりせば 藤の心はのどけからまし   作:ひょっとこ斎

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第31手 プロ試験 その7

 週末の土日にあった第24戦、第25戦は上位陣に動きがなく、私も連勝できた。

 そして25戦が終わった段階で、プロ試験合格が確定した。

 

「おめでとう、藤崎さん」

「ありがとうございます」

 

 篠田先生にお祝いの言葉をいただき、素直に頭を下げる。篠田先生は、ため息まじりにつぶやく。

 

「全勝自体が滅多にないけど、全勝でここまで合格が決まらないのは初めてだよ。残り2戦だけど、どの子がプロになってもおかしくない実力を持っているよ」

「そうですね、皆強かったです」

 

 全勝の私が言うのもおかしいかもしれないけど、本当に強い人が多い。ヒカルは当然、明日美さん、越智くん、和谷くんに伊角さん。さらに門脇さん。今は私の方が強いけど、プロになった後、追い抜かれる可能性が十分にある。私だってプロになるんだし、簡単に追い抜かれるつもりはないけど。

 

「今日勝てば合格だったけど、緊張はしなかった?」

「はい。今日より、先週の火曜の方が緊張しました」

「ああ、進藤くんとは仲が良いみたいだね。でも彼もここまで3敗、頑張ってるね」

 

 うん、ヒカルは頑張ってるし、一緒に合格したい。残り2戦、和谷くんや越智くんには悪いけど、ヒカルに勝ってほしい。

 篠田先生とはそれくらいのやりとりで切り上げて、ヒカルと合流して帰り支度を済ませた。

 

「ヒカル、あとは和谷くんと越智くんだね」

「おう。えーっと、和谷って合格の可能性はあるのか?」

「うん。私が全勝して、ヒカルが和谷くんに負けて、明日美さんが26戦が足立さん、最終戦で私に負けたら、合格が私と3敗の越智くん、最後の枠を4敗の人で争うことになるね」

「そっか。今の奈瀬が足立さんに負けるとは思わないけど、可能性があるなら、和谷も必死だな」

「そうだね。ついでに言うと、26戦でヒカルが勝って、最終戦でもヒカルが勝ったら、明日美さんの結果次第で越智くんとプレーオフが待ってるからね。越智くんも最終戦、必死で向かってくると思う」

 

 私とヒカルの対局で驚いていたけど、それで萎縮するようなぬるい碁は打たないと思う。最後の2戦、ヒカルにとって、正念場だよね。

 

「私は合格したし、あと数日、ヒカルと佐為を中心に打つ?」

「んー……。いや、普段通りにしようぜ。下手に変えて感覚が狂うより、いつもと同じように打つ方がよさそう。お前と打つのも勉強になるしな」

「そ、そう? なら普段通り打とう。私もその方が嬉しい」

 

 私と打つと勉強になるって。ふふふ。嬉しい。ここが自室のベッドの上なら、転がり回りたいくらい。残念ながら電車の中だから、そんなことできないけど。

 

「あかりも佐為と一緒だなぁ」

「え、何が?」

「今は打たなくていいって言いながら、打てるとなったら喜ぶし」

「あー、うん。でも佐為とは少し違うと思うけどね」

 

 佐為に比べると、動機が不純でごめんね。

 

 

 そして迎えた第26戦。私は門脇さんと対局。ヒカルや明日美さんが合格するためにも、今日は負けられない。

 ヒカルと一緒に棋院センターまで行くと、入り口に明日美さんの姿が見えた。

 

「明日美さん!」

「あかりちゃん、おはよ」

「おはよう」

 

 中に入らず、どうしたんだろう。

 聞いていいか考えていると、明日美さんが笑顔を見せた。

 

「ちょっと緊張しちゃって。中にいると息が詰まるから、外で時間を潰そうかなーって」

「そっか。私も一緒にいてもいい?」

「うん、もちろん。でもいいの?」

 

 ちらりとヒカルを見て、明日美さんが首をかしげる。

 ヒカルは先入ってるぞ、と言葉を残して中に入っていった。

 

「いいみたい」

 

 わざわざヒカルにいいかどうか聞くことじゃないし、そもそもヒカルにしても、ずっと私が一緒だとうざったく思うかもしれないし。

 ……そういえば佐為はずっと一緒だけど、よくヒカルは平気だよね。幽霊だし気にしてないのかもしれないけど。

 

 

 明日美さんの話に乗って雑談しているうちに、時間が近づいたので中に入る。和谷くんが伊角さんと話していたので近づく。

 

「俺たちだって可能性は低いけど、0じゃねーんだ。最後まで諦めずやってやるさ」

「うん。頑張れ」

 

 伊角さんも和谷くんも、自力では無理な状況だけど、だからと言って手を抜くわけがない。

 対局室に入り、席に着く。ヒカルより先に和谷くんが座っていたけど、和谷くんの真剣な顔を見て一瞬躊躇したヒカルに、当の和谷くんが笑みを浮かべる。

 

「よぉ、進藤。早くやろうぜ」

「おう!」

 

 本当に和谷くんは器が大きい。メンタル面では、伊角さんや越智くんよりしっかりしてるかもしれない。

 その結果が、序盤に4敗しながら、途中で取りこぼしをひとつも出さなかった部分だろう。安定度が凄い。

 

「さて、よろしく。藤崎さんは合格が決まったんだろ? 羨ましい限りだよ」

「合格は決まりましたけど、1局が大事なのは他の誰とも変わりませんよ」

 

 手は抜かないという宣言。そんなことするまでもなく、門脇さんも分かっているだろう。

 

「そりゃまあな。大事な彼氏が合格するかどうかの瀬戸際だ。藤崎さんは俺に勝たなきゃいけないし、そもそも彼氏が負けたら終わりだけどな」

「……彼氏じゃないです」

「え、そうなんだ? 俺はてっきり……」

 

 私も、ヒカルと付き合ってます! って言いたい。でも世の中、そんなに簡単じゃないし、特に今はそれどころじゃない。

 言い返しても良かったけど、舌戦をやったというより、世間話に近い。 むしろ話題に出した門脇さんの方が気まずそう。

 

「よろしくお願いします」

 

 時間になり、私の黒石で始まった。

 お互いに序盤からしっかり時間をかけて、慎重に打つ。

 初めて打つ相手だけど、確かに強い。でも、不思議とあまり負ける気がしない。先週打った時のヒカルの方が強かったと思う。

 お昼の時点で、かなり有利な状況。もちろん油断はできないけど、ミスさえしなければ勝てそう。

 お昼をヒカルと一緒に食べた後、ヒカルがちょっと外で身体を動かすと言って外に出る。私はゆっくりしたいから部屋に残ると、外でお昼を済ませた明日美さんが近くに来た。

 

「明日美さん、どんな感じ?」

「今のところ悪くないよ。それより、進藤がかなり互角な感じね」

「うん。さっき盤面見たけど、和谷くんが凄く上手く打ってるよね」

「今日の結果次第で、和谷も合格する目があるし、そりゃ必死になるよね」

 

 ヒカルは、上辺をほとんど全て和谷くんに押さえられていて、放っておくと地が足りない。割って入るしかないけど、かなり厳しそうに見えた。

 私と門脇さんの対局も、ちょうど和谷くんに似た感じになっている。左辺を中心に、私が地を広げていて、このままだと門脇さんの地が足りないから、どこか攻めてくるだろう。攻めてきた時に、しっかりと潰せたら私の勝ち。

 

「さて、そろそろね。今日しっかり勝って、万全の態勢で最終戦に臨みたいわ」

 

 うーん、と伸びをする明日美さん。そうだね、私も頑張ろう。

 そして午後から、門脇さんが深くまで打ち込んできたけど、先まで読めば潰れる手が多かった。実際に2度ほど潰したところで、門脇さんが投了してきた。

 

「いや、まいった。まさかこんなに強い子がいるとはね」

「同年代で、もっと強い子もいますけどね」

「……噂の塔矢アキラ? プロになって、まだ負け無しだろ?」

「はい。練習だとともかく、公式戦で勝てる気がしないです」

 

 今はまだ大きな差がある、と思う。先週、ヒカルと打ってから、かなり自信がついたというか、盤面がよく見えるけど、多分塔矢くんには敵わない。

 話していると、少し離れたところで打っていた明日美さんが立ち上がり、ハンコを押しに向かうのが見えた。門脇さんも目に入ったようで、ふうっとため息を吐いて自嘲気味の笑みを浮かべる。

 

「準備をあまりせずにプロ試験に挑むのは早かったな。1年しっかり打って出直してくるさ。プロになった時、リベンジさせてもらうよ」

「その時はよろしくお願いします」

 

 門脇さんなら、近々プロになるだろう。その時には、負けないように頑張らないと。

 私も立ち上がり、ハンコを押す。明日美さんもすぐに気がついて、ちょいちょいとヒカルを指さした。

 

「まだやってるね」

「うん。ちょっと見てみようか」

 

 明日美さんに促されて、ヒカルと和谷くんの対局を見に行く。盤面を見ると、ヒカルの攻めた手が和谷くんの白石を分断していて、盤面が形勢逆転している。

 

「負けました」

 

 和谷くんは手がないかと悩んでいたけど、しばらく経って負けを宣言した。

 これで、ヒカルが合格するかどうか、明日に繋がった。逆に明日美さんは、合格が確定しなかったことになる。

 

「……sai」

 

 ぼそり、と和谷くんがつぶやく。ヒカルがビクッと反応する。ついでに、私も。

 

「前にお前の碁がsaiに似てるって言ってただろ? 今日の一局は、sai並みだったぜ」

「……うん、ありがと」

 

 お礼も変な気がしたけど、saiが強いのくらい分かってるし、それほどおかしくないのかな?

 ヒカルがハンコを押しに行って、和谷くんが顔を上げる。

 

「ああ、藤崎と奈瀬か。そういや、お前らはどうだったんだ?」

「勝ったよ」

 

 明日美さんが答えて、そっかとつぶやく。

 

「奈瀬も何年も院生やってて1番調子良いだろ? さっさと受かっちゃえよ」

「あはは。うん、受かりたいけどね。最終戦がちょっと」

「簡単に全勝させるなよ」

 

 簡単じゃないもん。結果として今の時点で全勝だけど、途中で取りこぼしていたら、順位も大きく変わっていたと思う。

 これで、明日美さんと越智くんが2敗で、ヒカルが3敗。合格圏内はこの3人。

 越智くんが勝ったら私と明日美さんの結果にかかわらず、合格者が決まる。越智くんが負けたら、私と明日美さんの結果次第で、2人でプレーオフか3人でプレーオフになる。

 

「明日美さん、金曜の研究会どうしよう? 私、行かない方がいいかな?」

「え、どうして? あかりちゃんが遠慮する理由なんてないよ。私の方が誘ってもらって行くようになったんだから、遠慮するとしたら私だよ」

 

 うーん。私だけ行って明日美さんが行かなかったら、塔矢くんががっかりしないかな。

 明日美さんが気にしないようなら、普段通りで大丈夫かな?

 

「前日だし、明日美さんが特訓とかするかなーって思ったの」

「特訓ねぇ……」

 

 ふむ、と顎に手を当てて悩む素振り。

 

「あかりちゃん、研究会で特訓相手になってよ」

「もう。真面目に話してるのに」

「あはは、ごめん。大事な一局だけど、結果だけじゃないから。金曜の研究会は研究会、土曜のプロ試験はプロ試験よ」

 

 ふん、と気合いを入れている。そっか、そうだね。

 

「ありがと。じゃあ今日は帰るね!」

「うん。また金曜に」

 

 ヒカルが待っていてくれたので、明日美さんに手を振ってヒカルと合流する。外に出て、歩き始めてからヒカルが笑い出した。

 

「和谷がさ、saiって言っただろ? あれ、本当に佐為に話しかけているのかと思って焦ったぜ」

「うん、横で聞いていて、私もビックリしたよ」

 

 和谷くん、本当にネットのsaiが好きだもんね。棋譜を集めて研究もしてるみたいだし。

 いつか、佐為といっぱい打たせてあげたいけど、なかなか難しいよね。

 

「和谷も強かったけど、勝てて良かったぜ」

「うん。あとは越智くんとの対局で、勝てばプレーオフだね」

 

 越智くんも、年下とは思えないくらい強い。ヒカルも強くなっているけど、勝てるかどうか、やってみないと分からない。

 

「ヒカル、分かってると思うけど、越智くんは、負ける時って地を意識しすぎる時が多いの。そういう碁が悪いわけじゃないけど、越智くんの場合は、守る時に厚みを持たせて、攻めるのに向かない形になっちゃうんだよね」

「ああ、そういう傾向があるよな。じゃあ、布石で大きく構えて、待ち構える方がいいのかな」

「うーん。露骨にしたら、越智くんなら気付いて上手く打ってきそうだから、難しいところだね」

 

 2人で越智くんへの対策を話していたけど、ヒカルの家に着いたら、後は普段通り、佐為も一緒に打ち合う。

 外では佐為に話しかけられないけど、ヒカルの部屋だと気兼ねなく話せる。越智くんの印象を佐為にも聞いて、どうするかを話し合った。

 でも、結局のところ。

 

「自分の力をきちんと出せたら、きっと勝てるよ」

「そんな簡単じゃねえと思うけど、色々と考えすぎても逆効果だからな。自分の碁を打てるように頑張るさ」

 

 うん。色々と話したけど、それが1番良い。確実に勝てる対局なんてないし、ヒカルならきっと勝てる。

 翌日からは越智くんの対策とか考えずに、楽しく対局を重ねて過ごした。

 

 

 そして、やってきた土曜日。ついに最終戦。

 

「ヒカル、落ち着いてね」

「ああ。多分お前より落ち着いてるよ」

 

 私、そんなに落ち着きないかな?

 

「落ち着いてって、それ朝から3度目だぜ。佐為も笑ってるぞ」

 

 こら、電車で周りに人がいないとはいえ、そんな気軽に佐為の名前出しちゃ駄目でしょ。

 

「大丈夫だって。あかりは気にしすぎだよ」

「そんなことないよ。ヒカルが大雑把すぎるの」

 

 確かにちょっと浮ついていたかもしれない。ヒカルに言われて、いつもの調子が出てきた。

 碁とは関係ない雑談をしながら、棋院センターに到着した。

 休憩室に明日美さんが来ていたので、挨拶に向かう。

 

「明日美さん、おはよう」

「あかりちゃん。おはよ。今日はよろしくね」

「こちらこそ」

 

 明日美さんと言い合っていると、越智くんもやってくる。ヒカルと何やら言い合っているけど、越智くんって意外と盤外戦も躊躇しないよね。そういうところ、真似する気はないけど、凄いと思う。

 

「そろそろ時間ね。行こっか」

 

 明日美さんの言葉に時計を見る。もう間もなく、という時間になっていたので、連れだって対局室へと向かう。

 向かい合って座って、篠田先生の合図を待つ。

 ヒカルと明日美さん。私にとって、2人は特別だと思う。和谷くんとも付き合いは長いし仲がいいけど、特別かっていうと、そうでもない。

 ヒカルが私にとっての特別なのは当然、明日美さんも、女性でプロを目指しているというところが同じで、私よりも純粋に碁を打っている。

 女だからと馬鹿にされたら怒るし、碁打ちとしてやっていく覚悟もある。一緒にプロになれたら、きっと凄く楽しいと思う。

 

「よろしくお願いします」

 

 時間がきて、お互いに挨拶をして碁笥を持つ。にぎった結果、私が黒石。

 明日美さんが、ヒカルの対策として塔矢くんに教わっていたとしたら、私の碁も同じように対策しているかもしれない。

 でも、ヒカルが越智くんの対策を考えていた時に言っていた通り、下手に小細工するより、自分の碁を打つのが1番勝ちが近づくはず。

 少しだけ悩んで、結局は1番打ちやすい、右上スミ小目に一手目を置く。明日美さんは四の16、星。明日美さんは、塔矢くんに影響されたのか、最近はよく攻める碁を打っている。

 調子に乗らせると危ないので、今日は私からカカっていって、明日美さんが守りに入るように打ち回す。

 中盤に入る頃には、私が明日美さんの地を荒らす展開となっていた。そこまで深く踏み込むつもりはなかったのに、明日美さんの守りが堅く、あの手この手で攻めている。

 どうするか考えていると、お昼の時間になった。

 

「お昼だね」

「うん」

 

 お互いに、碁の内容には触れない。終わった後の感想戦ならともかく、お昼に途中の段階で話すことなんて、何もない。

 ヒカルの様子を見ると、今のところはヒカルの方が良さそう。一見して意味がない絡め手も、中央の上辺寄りに打たれている。越智くんはちょっと警戒したように打っているけど、意図には気付いてないと思う。

 

「ヒカル、お昼食べよ」

「おう」

 

 休憩室で、持ってきたお弁当を広げる。

 食べながら今日の調子を聞く。

 

「んー。悪くないよ。まだどう転ぶかわかんねえし、まだまだここからだけどな。あかりは?」

「それが、今のところ明日美さんに上手く打たれてる。何か踏み込む手を考えなきゃいけないから、凄く楽しいよ」

 

 これまで明日美さんと打ってきた中でも、特に上手く打たれている。でも、まだ試したい手はあるし、勝負はここからね。

 

「ここまで来たら、あかりに全勝してもらいてえけどな」

「えっ? そうなの?」

 

 これまで、そんなこと一度も言ってなかったよね。

 

「負けたのは悔しいけど、塔矢と一緒で、いつか勝ちてえし。他の奴にあっさり負けるよりは、勝ち続けてる方が燃えるじゃん」

 

 なるほど。そういうことなら、なんとしても勝ちたい。とはいえ下手に勝ちを狙いすぎて気負ってもしょうがない。

 勝ちを狙うのはさっきまでと一緒だし、よりいっそう気合いを入れて臨む、それだけのつもりで。

 時間がきたので、対局室へ戻る。そして対局が再開して、打ち始めた。

 盤面をしっかり見て、明日美さんの薄いところを探す。これだけ広く打っているんだから、どこかほころびが生じているはず。

 ヒカルはよく佐為ならどうするか考えるし、私も時々やるけど、知っている人でこういう時の攻め碁が1番得意なのは、間違いなく塔矢くん。

 でも、塔矢くんならどうするかと考えられるほど、塔矢くんの碁を知っているわけじゃない。他人頼りにせず、自分で攻め碁を打たなきゃいけないよね。

 長考を経て、右辺の詰まっているところに手を加える。無理なようにも見えるけど、明日美さんがミスをしなくても、細い勝ち筋があるはず。

 打ち進めるうちに明日美さんが気付いたのか、手が止まって長考に入る。最初に気付いていれば潰せたかもしれないけど、今となっては、もう遅い。

 凄く打ち辛い碁になったけど、なんとか勝てそう。

 

「……負けました」

「ありがとうございました」

「あー、悔しい。途中まで良い碁だったのに。最後の打ち筋、全然見えてなかった」

「最後まで良い碁だったよ。凄く強かった。それに、楽しかった」

「うん、楽しかった。あーあ、合格できるかどうかは、プレーオフ次第ね」

 

 ハンコを押して、ヒカルの様子を見に行く。

 激しい打ち合いをしたようで、かなり盤面は荒れている。終盤のヨセに入っていて、どちらが勝っているか目算すると、ヒカルが4目半ほど勝っている。

 まだ終わってないけど、このままだと勝てる。

 息を詰めて勝負の行方を見守る。

 

「4目半……」

 

 目算通り、ヒカルが4目半差で勝利を掴んだ。

 良かった、これでプレーオフに繋がった。あ、でも明日美さんの合格が決まらなかったし、がっかりしているかな。

 

「やっぱり進藤が勝ったね」

 

 明日美さんは、ヒカルや越智くんには聞こえないくらいの声で、つぶやいた。

 隣にいたから聞こえちゃったけど、多分無意識に出た言葉だと思う。深く聞くのは、全て終わってからにしよう。

 

「あかり、勝ったぜ」

「お疲れ様。私も勝ったよ」

 

 周りもザワザワとしている。2枠を争って、3人でのプレーオフ。

 全部の対局が終わってから、篠田先生が3人を呼んで説明をしている。漏れ聞こえる言葉から、明日からの3日間で終わらせるらしい。

 クジを作って、これから引くのだとか。

 

 

 しばらく待っていると、3人が出てきた。

 

「どんな順番?」

「最初に俺と越智、次に俺と奈瀬。最後に越智と奈瀬だな」

 

 ヒカルと明日美さんが、2日続けての対局なんだね。越智くんは1日空いちゃうと打ちにくいかもしれない。

 

「ところで、全員が1勝になったら、どうするんだろ?」

「ああ、篠田先生に聞いたら、最終月の院生順位が上の人間が勝ちだってよ」

 

 院生順位は、越智くんが2位で明日美さんが4位、ヒカルが5位。

 ヒカルが1番不利かぁ……。

 

「まあ、あかりに負けた時に言った通り、全部勝てば関係ないからな」

 

 ふふ、そうだったね。強がりかと思ったけど、今のヒカルなら、勝ってくれると信じてる。

 

「うん。2人に勝ってプロ試験合格を決めちゃおう」

 

 ヒカルが合格した上で、最終戦で明日美さんが勝てばいいけど、ヒカルが簡単に勝てるとは思わない。

 特に最近、明日美さんの棋力がどんどん上がっている。ヒカルも上がっているし、プロ試験の本戦中に打った時とは違うけど、どうなるか予断を許さない。

 ヒカル、あと2戦、頑張って。


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