世の中に たえて光のなかりせば 藤の心はのどけからまし   作:ひょっとこ斎

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第32手 プロ試験 その8

 プレーオフ初日は、ヒカル対越智くん。

 篠田先生に聞いたら観戦してもいいとのこと。

 

「ヒカル、見に行ってもいいよね?」

「別にいいぜ。奈瀬も来るだろうしなぁ」

 

 ヒカルと一緒に帰りながら、明日見に行ってもいいか確認する。邪魔になるようなら控えようかと思っていたけど、気にしてないみたい。

 ヒカルの家に到着して、いつものように対局する。今日はヒカルと佐為が打つ日。

 ヒカルが指し示す場所を、佐為の代わりに打っていく。徐々にヒカルが不利になっていって、勝負が付いた。

 打ちながら、私がヒカルならどうするかを考えたり、佐為の手について考えるけど、まだまだ佐為との差は大きいとしか言えない。

 

「いつか、佐為に勝ちたいな」

「うん。いつまでも指導ばかりじゃ、佐為もつまらないもんね」

 

 思っていたことをヒカルが口に出したので、ビックリした。

 しばらく待って、佐為からの返事。

 

「今も楽しいけど、俺たちが強くなるのは期待してるってよ」

「うん。ヒカル、一緒にプロになって頑張ろう」

 

 そのためにも、明日と明後日、頑張って。 

 

 

 そして、翌日。棋院センターに行くと、すでに越智くんは来ていて、への字口で椅子に座っていた。

 私たちが部屋に入ったのに反応して、越智くんがヒカルに声をかけてきた。

 

「おはよう」

「おはよ」

「今日も藤崎と一緒なんだ。気楽なものだね。昨日僕に勝ったからって、今日ももう勝った気でいるの?」

「そんなことねーよ。昨日は昨日、今日は今日だからな」

 

 うん、ヒカルは問題なさそう。慢心していないし、だからといって萎縮するでもない。自然と普段通りに打てるのが一番なんだけど、考えすぎて気負うと駄目だし、本当に難しい。

 

「フン!」

 

 越智くんが苛立たしげに立ち上がり、対局室へと向かう。越智くんの方が普段通りじゃないみたい。大丈夫かな。

 

「あかりちゃん」

「明日美さん、おはよう」

 

 越智くんと入れ違いで明日美さんが入ってきた。

 

「今日は見学なのに早いね」

「うん、しっかりと見たいから」

 

 きっと、しっかり見て、しっかり対策するんだろう。

 私も、ヒカルと明日美さん、越智くんの対局は勉強になると思うし、しっかり見ておきたい。

 時間がきて、ヒカルが対局室へと向かった。打ち始めるまで明日美さんと私は、部屋の外で待つ。

 遠目で見ていると、越智くんがニギり、そのまま越智くんの先手になった。ふふ、と明日美さんが笑ったので、小さく首をかしげた。

 

「あかりちゃん、授業参観に来ているお母さんみたいだよ」

「え、嘘。そんな顔してた?」

「うん。大丈夫かな、ちゃんとできるかなって、心配そうにしてた。もっと信頼してあげなよ。進藤、本当に強くなってるから」

 

 困ったことにね、と笑う。明日、明後日と対局を控えている明日美さんに気を遣わせちゃうとか、悪いことしちゃった。

 うん、大丈夫。ヒカルはきっと勝つ。そう信じて、あらためて目を向けると、ちょうど対局が始まった。

 

 

 越智くんが、昨日は後手に回って負けてしまったのを意識してか、序盤から積極的にしかけている。ヒカルも冷静に対処しているけど、今のところヒカルが少し悪い。

 ヒカルが少し長考した後、中央から右辺寄りの無難な場所に打ち込んだ。中央の黒を攻めるにも、右辺の黒との連絡を断つにも中途半端で、役に立たない。今のタイミングで打つ場所かな、という疑問が浮かんだけど、ヒカルが打ったんだから、何らかの意味があるだろう。意味が盤面に出るまで、意図を考えてみよう。

 手が進むにつれ、少しの差を取り戻せる場所は減っていく。でも、ヒカルは焦ることなく、越智くんの黒石を攻め立てる。

 越智くんも、今日は早めに攻めているせいで、守りがかなり薄い。ああ、さっきの一手はこの後にある攻防のためだったんだ。

 今は右上スミから上辺で打ち合っているけど、越智くんは右辺と繋げたいはず。でも、さっきの一手が邪魔していて、上手く繋げない状況。それに対して、ヒカルの白石は上辺の争いで有利なだけではなく、越智くんの右辺に割って入る時に、絶妙に効いている。

 目算で、2目半ほどヒカルが負けていたけど、今のワカレで一気にヒカルが3目半ほど上回った。まだ少し目数の増減はするだろうけど、ヒカルがポカをしなければ、このまま勝てそう!

 

 

「……負けました」

 

 凄く悔しそうに、絞り出すように負けを宣言する越智くん。もうヨセに入っていて、逆転の目がなくなると、同時に、越智くんが投了して、検討もそこそこに部屋を出て行った。

 

「あ、荷物……」

「部屋に荷物を置いたまま。あれね、前に本田さんが言っていたやつ」

「あー、トイレに籠もるっていう」

 

 多分、一人で反省会やってるんだろう。負けた時の行動をパターン化するのは避けた方がいいと思うけど、今言うのもかんに障るだろうし、そもそも私がどうこう言うことでもない。

 

「進藤、明日はよろしく。じゃあ私は先に帰るね」

 

 ヒカルが片付けるのを手伝っていると、明日美さんが立ち上がって、さっさと出て行った。

 私たちの片付けが終わる頃に越智くんが戻ってきて、挨拶だけして別れる。

 

「ヒカル、まず1勝だね」

「ああ、明日はリベンジだし、奈瀬がある程度俺やあかりの碁を研究していたとしても、簡単には負けないよ」

「うん。明日も勝って、きっちり合格を決めちゃおう」

 

 もし明日ヒカルが負けると、明後日の明日美さんと越智くんの勝負によって、ヒカルがどうなるかが決まる。人任せになるより、しっかりヒカルに勝ってもらいたい。

 今日は私がヒカルと打つ日。付け焼き刃でも、明日美さんが選びそうな強引に攻める碁を打ってみよう。

 

 

 明けて月曜、明日美さんとの対局日。

 休憩室で、普段より少し顔がこわばった明日美さんと挨拶。

 ヒカルに勝って欲しいけど、明日美さんが力を出せずに負けて、明日に響くのも困る。

 

「奈瀬も緊張するんだな」

「え? そりゃまあ」

「あかりはプロ試験中、ずっと変わらねえし。なんかコツでもあるのかと思ったけど、こいつ鈍感なだけかもな」

 

 ヒカルの言葉に、明日美さんが笑い声を上げる。笑った後に私を見て、気まずそうな顔。

 

「ごめん、進藤が変なこと言うから。鈍感っていうのに同意したわけじゃないよ」

「……何も言ってないけど」

 

 わざわざ念押ししたってことは、ちょっとは思ってる?

 でも、ヒカルの言葉で、明日美さんから堅さが取れた。

 

「合格を人任せにしたくねえからな。ちゃんとお前の碁も研究してきたし、きっちり勝って合格してやるさ」

「ふふん、私だって進藤やあかりちゃんの碁は研究してるもん」

「……塔矢にも鍛えてもらってるんだろ?」

「うん、進藤に勝てるように鍛えてもらったからね。塔矢くんに、私と進藤の結果も見せてるよ」

「塔矢に……」

「今日も私が勝って、進藤は私より下だよって伝えないとね」

「ちょっと、明日美さん!」

 

 明らかに言い過ぎ。明日美さんってば、何を考えてるの?

 でもヒカルは引き締まった顔で、大胆不敵に宣言した。

 

「じゃあ、俺が勝てば、もう塔矢はすぐそこだぞ、ってことになるな」

「勝てればね」

 

 ヒカルが気合いの入った様子で、休憩室を出て行った。

 

「ごめんね、あかりちゃん」

「私に謝ることじゃないけど……。私もごめんなさい、口を挟んじゃって」

「ううん。わざわざ煽ったからね、後で進藤にも謝るわ」

 

 謝るくらいなら、どうしてあんなことを言うんだろう。しかも結果として、ただヒカルに気合いが入っただけのようにも見える。

 

「不思議なのよね。塔矢くんが、進藤を気にする理由」

「それは……」

「ああ、あかりちゃんから聞こうとは思ってないよ。進藤か塔矢くんが話してくれるならともかく」

 

 そっか、塔矢くんは明日美さんに、昔のヒカルと打った碁の内容は教えてないんだ。必要以上にヒカルを警戒させないためかな?

 理由はどうあれ、確かに塔矢くんの行動は不可解だろう。同年代のライバルというには、現時点での塔矢くんとヒカルの実力差は大きすぎる。

 

「2日ともちゃんと勝って、きっちり塔矢くんを問い詰めないとね」

 

 今日1番の笑顔。塔矢くんの話をする時、凄く楽しそう。すっかり緊張もなくなったみたいだし、私も2人の碁を私も楽しもう。

 

 

 そうして始まった対局。

 予想通り、序盤から明日美さんが攻めてヒカルが守る展開になった。昨日と似た構図だけど、乱戦になると越智くんよりも明日美さんの方が上手い。

 読みの深さは、もしかしたら越智くんの方が上かもしれないけど、全体を見て攻める部分と控える部分のバランスが良い。だから、ヒカルが打つ妙手とでも言うのか、後から効いてくる手は上手く活きない可能性が高い。

 そう思っていると、ちょうどヒカルが、右辺の攻防をしている最中に、左下スミにそういう手を打った。大丈夫かな。

 しばらく明日美さんが長考してから打ち始めたけど、やっぱりヒカルの狙いは読まれてそう。打ち進めると、その石は何も効力がなくて、丸々損になってしまった。

 それもあってヒカルが不利な状況だけど、慌てず少しずつ明日美さんの地を減らしにかかる。ヒカルも明日美さんも自陣が薄く、ちょっとしたミスで決壊しかねない中、ギリギリの攻防が続く。

 少しずつ、ヒカルの方が押し気味になる。ヒカルが結果として打ち損じた手の分の不利を、ひっくり返した。

 明日美さんもこのままだと駄目だと思ったんだろう、ヒカルの陣地になっている右辺の中に、深く踏み込んだ手を打ち込んだ。どう見ても悪手。でも、何か意図があるかもしれない。ヒカルも長考に入る。ここまで時間は明日美さんの方が随分と少なく、ヒカルはまだ30分以上残っている。ここで残り10分くらいまで使ってもいいだろう。

 ……凄く細かいけど、もしかしたらヒカルの手によっては、右辺が丸々潰れてしまうかもしれない。横から見ている分には気付けたけど、もしヒカルが気付かなければ、ひっくり返る可能性が高くなる。

 ヒカルの残り時間が15分を切ったあたりで、ヒカルが応手を打つ。うん、心配なかったみたい。ヒカルはきちんと明日美さんの打てる手を潰して、勝ちを掴んだ。

 

「あぁ、負けちゃった」

「悪ぃな」

「でも楽しかった。今度は私が勝つからね!」

「おう、今度打つ時を楽しみにしてるよ」

 

 これでヒカルが2勝、プロ試験の合格を決めた。

 

「ヒカル、おめでとう!」

「へへ、ありがと」

 

 ヒカルが篠田先生に呼ばれて、いくつか説明を受ける。それを待つ間、明日美さんと話をする。

 

「進藤、少し前に打った時より強くなってる」

「うん。家で打つ時も、時々負けてるし」

「え、あかりちゃんが!?」

「まだ2回くらいだけどね」

 

 プロ試験が始まるまで負けなしだったのに、プロ試験中にもどんどん強くなっていった。

 そもそも碁を覚えてから2年でプロになるなんて、信じられないくらい早い。

 

「それはそうと、越智くんは来なかったね」

「うん。家で勉強してるんだろうね」

「越智も強敵だけど、勝ちたいなぁ」

「きっと勝てるよ。塔矢くんに鍛えてもらってるんだし!」

「……進藤に負けたけどね」

 

 ヒカルは、佐為に鍛えてもらってるからね。塔矢くんも凄いけど、佐為の凄さは次元が違う。

 

 

 さて。家に帰って、ヒカルと打って。明日はヒカルと私の合格祝いをしてくれるので、相談は今日のうちにしておきたい。

 お母さんに伝えた上で、お父さんが帰ってくるのを待つ。晩ご飯を食べて、ひと息ついたところで、話を切り出した。

 

「お父さん、合格祝いで欲しいのがあるんだけど」

「ん? 珍しいな、あかりがお願いとか」

「そうかな? えっとね。プロになったし、自立したいなーと思うから、中学卒業したら、一人暮らししたいの」

 

 お茶を飲んでいたお父さんが固まる。

 

「……まだ、早いんじゃないか?」

「そうかな? 高校から寮に入る子もいるし、寮がない学校だと一人暮らしする子もいるし、おかしくないと思うけど」

「高校生なら、3年経てば戻ってくる可能性があるだろう。学校に行かず一人暮らしをするのとは、意味が違う」

 

 そっか、私の感覚だと同じようなものだったけど、就職して家を出るとなれば、確かにもう戻ってこない可能性が高い。前の時も、就職して家を出たら、たまに帰る程度だったし、お姉ちゃんもそうだった。

 

「それに、プロになったら、碁の勉強もこれまで以上にやるんだろう? それに家事も加わって、やっていけるのか?」

「家事はなんとかなると思う」

 

 でも根拠と言われたら、まさか社会人の経験があるとは言えないし。

 何か妥協案を出してみて、どう思うか確認してみようかな。

 

「じゃあ、例えば試しに1ヶ月ごとに更新できるようなアパートで、3ヶ月だけ試してみるとかは駄目?」

「ん、3ヶ月か……」

 

 それくらいなら、と顔に書いている。ちょうど、夏休みの時期に戻ってくるように、家に戻ってくる。最初はそれくらいで、徐々に期間を延ばしたりできればいいな。

 そして、すぐには無理だけど、ある程度稼げるようになったら、ずっと借りておいて、研究会なんかやってみてもいいかもしれない。

 ヒカルや和谷くん、明日美さんだけじゃなく、塔矢くんも呼べたらいいな。和谷くんは嫌がるかもしれないけど、塔矢くんに教えてもらうのは、きっと院生のメンバーにとっても有益なはず。

 

「ずるずると延ばすようなことは駄目だぞ」

「うん」

 

 やった! わーい、お父さん大好き!

 まだ先の話だけど、対局料をもらったら、ちゃんと何か買ってこよう。

 

「ん。どっちにしろ中学卒業後だからな」

「うん、もちろん。お父さん、ありがとう」

 

 良かった、これで安心。

 

「認めるのは、一人暮らしだからな。ヒカル君と一緒に住むとかは駄目だからな」

「あ、うん。たまに何人かで合宿とかはすると思うけど、一緒に住むとかは考えてないよ。ヒカルと付き合ってるわけじゃないし」

 

 今はまだ告白もしていないし、ヒカルが恋愛沙汰に興味あるのかどうかも怪しい。

 できれば中学卒業までになんとかしたいけど、なかなか難しいと思う。

 碁を止めていた時期もあるし、あれがもし佐為が消えたのなら、なんとかしたい。

 姿は見えないけど、佐為はヒカルと仲良くしているし、優しいし、絶対に消えて欲しくない。

 

 

 お父さんから許可をもらった翌日、学校がある日だけど、昨日に続いて休みをもらって朝から見に行った。

 

「明日美さん、勝てるかな」

「どうだろうな。越智も強いからな」

 

 うん、私たちより年下で、あれだけの強さは本当に凄い。聞いた話だけど、お家が結構な資産家で、しょっちゅうプロを呼んで稽古をつけてもらっているらしい。

 それが強さの理由なんだろう。それでいて、地を意識しすぎるなどの悪癖が残ってしまっているのも、1人が長時間指導していない結果だろう。

 私は、小さい頃から森下先生に教えてもらって、たくさんあった欠点が、ちょっとずつ改善できた。

 少し前まで攻めるのはまだ苦手だったけど、最近はそれもかなり上手くなってきたと思う。

 

「ヒカルの対局でもそうだったけど、プレーオフは、勝ちたいという気持ちと自分の碁をどれだけ打てるかに左右されそうだね」

「ああ、そうかもな。プロ試験の本戦より、1戦の重みがあって、プレッシャー凄かったもん」

 

 そうだよね。でも、そのわりには普段通りに打てていた気がするけど。

 

「若獅子戦で塔矢と打てたのは大きいかもな。あれよりは楽に打てるからな」

 

 確かに、大きな舞台で打った経験は大きい。相手が塔矢くんなら、なおさら。

 相手が私じゃないのは残念だけど、ヒカルと塔矢くんはお互いに意識する相手だし。

 そんな話をしているうちに、棋院センターに到着した。

 すでに明日美さんが来ていて、私たちを見ると笑顔で近づいてくる。

 

「あかりちゃん、来てくれたんだ」

「もちろん!」

 

 合格するのを見に来たとか言っちゃうと、プレッシャーになりかねない。若干言葉を選びながら応援を送る。

 

「そういえば、越智はもう対局室にいるの。ピリピリした感じで、ちょっと居づらいからギリギリまでここにいようかなって思ってるんだ」

「越智も必死だろうからな」

 

 勝った方が合格、負けた方が不合格。非常に分かりやすい。

 

 

 時間が来て、明日美さんが対局室に向かう。しばらく待って、対局が始まってから部屋へと向かった。

 先番は明日美さん。布石もそこそこに、右上隅の越智くんの陣地が厚くなる前に攻め入っている。越智くんは一昨日と違って普段通りの地を生かそうとした碁。早々に潰しに行った明日美さんは正解だと思う。

 そして予想通り、早めに攻められて、越智くんの地が小さく生きるのみで、右上の広さを生かせていない。

 中盤で越智くんも左辺を攻めて盛り返そうとしたけど、変わりに上辺を削られて、痛み分けに終わる。

 

「4目半、私の勝ちね」

 

 最後まで必死に追いかけたけど、一歩及ばず、明日美さんが勝利を収めた。

 明日美さんの勉強してきた強さが全部出せたような勝ち方。

 

「明日美さん、おめでとう!」

「ありがとう! ついに勝てたよー」

 

 わぁ、明日美さんがぽろぽろと泣き始めた。ハンカチを渡そうとしたら、バッグからハンドタオルを取り出して、しっかりと自分で拭う。

 

「大丈夫?」

「あはは、うん。ごめんね、まだスタートラインに立っただけなのは分かってるけど、プロになれないんじゃないかなって思った時期もあったから……」

 

 院生の中に強いのがいっぱいいて、後からも私より強いのがいっぱいくるし。そう言って照れ笑いを浮かべる明日美さんは、びっくりするくらい可愛かった。私が天野さんなら、週刊碁の一面にするくらい。

 

「今日は、お祝いだね!」

「あ、うん。そうだね」

 

 嬉しそうだけど、一瞬だけ戸惑った様子を見て、ピンときた。お邪魔虫にならないうちに、さっさと帰ろう。

 

「私たちも、今日は家でお祝いするの。明日美さんの合格も見届けたし、そろそろ帰るね」

「あれ?」

 

 ヒカルが首をかしげるけど、今は黙って欲しいかな。肘でヒカルをつついて、笑ってごまかす。

 

「そうなの。あ、あかりちゃんと進藤も、合格おめでとう」

 

 明日美さんにお礼を返して、篠田先生が明日美さんを呼んだのをきっかけにヒカルと一緒に棋院センターを出た。駅までの道を歩きながら、ヒカルが疑問を口にする。

 

「呼べそうなら奈瀬も呼ぶって言ってなかったか?」

「んー。明日美さん、先約があるみたい」

「え、そんなの言ってなかったぞ」

「見ていたら分かるよ。多分、この後は塔矢くんと約束してるんじゃないかな」

 

 私の言葉に、ヒカルの足が止まる。

 

「奈瀬と塔矢が? それ、もしかしたら……」

「あ、鈍いヒカルでも分かった? 塔矢くんにその気があるかどうか分からないけど、明日美さんの方は間違いないよ。あれだけ格好良くて囲碁が強くて、プロ試験中にも親切に囲碁を教えてくれたら、そりゃね」

「ふーん。どうせ俺は、塔矢ほど強くねーし、格好良くもねーよ」

「嫉妬?」

「別にそんなんじゃ……」

「そのうち塔矢くんと同じかそれ以上に強くなると思うし、私にはヒカルの方が格好いいよ」

 

 私としては大いに攻めた、つもりなんだけど。

 

「うーん。そう言われてもな。まあ、いつか追いつくつもりだけどさ」

 

 後半は触れずに流されたけど、少し耳が赤くなってる気がする。しつこく絡んで避けられても困るし、今はこれで充分と思おう。

 


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