世の中に たえて光のなかりせば 藤の心はのどけからまし 作:ひょっとこ斎
週明けの火曜、森下先生の研究会に顔を出す。若獅子戦で塔矢くんに負けたから、きっと森下先生に怒られるし、少し怖い。
研究に使っている部屋へ行くと、森下先生や白川先生たちがひとつの碁盤を囲んで検討している。
「こんにちは、お疲れ様です」
「ああ、藤崎さん。こんにちは」
挨拶をした私とヒカルを、白川先生が笑顔で迎え入れてくれる。柔らかい微笑みに、ほっと安心する。と、そこに森下先生から声が飛んできた。
「藤崎、塔矢のせがれに負けたんだって?」
「う。……はい」
森下先生の口がへの字になっている。
「簡単じゃねぇが、負け続けじゃあ良くねぇわな」
「はい」
塔矢くんには負けたけど、森下先生は冷静に見える。ホッとする反面、勝てると思われてなかったのなら、それは悔しい。
いつか雪辱を、とは思うけど、塔矢くんってほとんど全部の棋戦で勝ち進んでいるから当たる機会が少ない。ヒカルのように大手合いで対戦する機会があればいいんだけど、今年は当たらない。来年はどうなるかな。
森下先生は、順調に勝てば塔矢くんと当たる冴木さんに目を向ける。
「冴木、お前は再来週、当たるんだろう?」
「その前に1戦ありますよ。それに勝てば塔矢戦です」
苦笑する冴木さんに、森下先生は勝てよと発破をかける。
「和谷と進藤は、まずは3回戦に勝てるようにな」
誰と対戦するかと聞かれて、和谷くんが答える。
「俺が小宮さん、進藤が奈瀬です」
「まあ、俺の弟子が3人も勝ち進んでいるのは悪かないな。でも、塔矢に連覇なんぞさせるんじゃねえぞ」
若獅子戦の話題は終わって、検討に入る。過去の棋戦で打たれた手の良し悪しについて、意見を出し合う。
実戦で打たれた手よりも優れた手を探して検討するのは楽しい。それに、結果として失着だったとして、なぜその手を打ったのかを考えるのも、凄く勉強になる。実際に、ヒカルの家で佐為も含めて3人で検討していると、失着だとされている手でも、その後の打ち方によっては蘇る手もあった。私やヒカルも、打ち手の意図は分かっても、蘇るところまではなかなか思いつかない。佐為との差は、読みという一点においても、まだまだ大きい。
プロになっても、というより、プロになったからこそ、日々の勉強が凄く大事だね。
若獅子戦までの間に私もヒカルも大手合いの対局が入ったけど、問題なく勝利した。明日美さん含めて、大手合いは今まで3人とも負けなし。みんな凄く調子が良い。
「ヒカル、今日は頑張ってね」
「おう。任せとけ!」
ふふ、頼もしい。明日美さんには悪いけど、今日はヒカルの応援。
会場に入り、既に来ていた明日美さんとも挨拶をする。
しばらく話していたけど、対局の時間が近づいたので、少し離れる。対局が始まる前に、天野さんから声がかかった。
「藤崎さん、おはよう」
「おはようございます、天野さん」
いつものようにメモを手に持って、4組の対局を眺める。
「藤崎さん、今回はクジ運が悪かったね」
「あはは、負けちゃいましたけど、塔矢くんと当たれたのは良かったです」
「そうかい。ところで藤崎さんは、今日はどうなると思う?」
順当に行けば、塔矢くんは間違いないと思う。残りは、確定というほど力の差があるわけじゃない。ヒカルには勝ってほしいし、勝つと信じているけど、明日美さんだってただ黙ってやられるわけもないし。
「知り合い同士で当たっているところもあるので、予想しにくいですね。塔矢くんと冴木さんには勝ってほしいですけど、相手の方をあまり知らないので」
そっちも、なんとも言えない。
「ひとつは院生が上に上がるの確定だよね。しかも準決勝で当たる相手は、去年まで院生だった進藤くんか奈瀬さん。もしかしたら院生初の決勝進出があるかもしれないね」
「……そうですね」
ヒカルが負けるとは思いたくないけど、確かにその可能性もある。ヒカルがいるブロックは残っているのが全員研究会メンバーなので、みんな頑張っているのを知っているだけに、素直にヒカルを応援しにくくて複雑だね。
天野さんと話しているうちに対局が始まる。まずはヒカルと明日美さんの対局を見に行く。
先手の明日美さんが右辺とその両隅に地を作り、後手のヒカルが、大きく中央に地を作る。もちろん明日美さんは割って入り、序盤から大きく動いていく。
まだまだ布石の段階でどこも薄いのに、一気に形勢が決まりそうな打ち合いが展開される。他のところも見に行こうと思っていたけど、これは目が離せない。
「うわ、凄いね」
「そうですね。こういう碁、ちょっと怖くて打ちたくないです」
一手のミスが致命傷になりそうな綱渡りの碁。かと思えば、隅の方ではアタリにも手を抜いて、他の場所を攻めたりもしている。
ヒカルもだけど、明日美さんが普段と全然違う碁を仕掛けている。きっと、塔矢くんの影響かな。火がついたような攻め方だ。
でも、それだけで勝てるほど、今のヒカルは甘くないよ。
「……ありません」
「ありがとうございました」
結局、明日美さんの攻め手が緩手になったところをヒカルが攻め返して、ヒカルの中押し勝ち。
でも、普段の研究会ではないくらいにヒカルを追い詰めていたと思う。
「もう、悔しい! 読み負けた!」
「かなり焦ったぜ。塔矢ほどじゃねえけど、ぐいぐい来るもんな」
「もっと押し込みたかったけど、上手く打たれちゃったね。左上隅のところ、ちょっと打ちすぎたかな?」
「あ、そうだな。そこで小さく生きても、代わりに中央の石が薄くなったら大損だからな」
勝負が付いて、検討を始めたので席を外す。
和谷くんと小宮さんは、和谷くんが優勢。まだヨセが残っているけど、ミスがなければ和谷くんの勝ちかな?
塔矢くんは……と目を向けると、ちょうど中押し勝ちで対局が終わっていた。
冴木さんも、盤面は終盤に入っている。かなり細かい。
整地した結果、冴木さんが1目半の勝ち。かなりきわどかったけど、勝てて良かった。
「冴木さん、やったじゃん!」
「和谷も勝ったのか?」
「うん、なんとか勝利」
和谷くんが嬉しそうに冴木さんと話し出す。
冴木さんがヒカルにも目を向けて、ヒカルが笑顔でぐっと拳を握る。それで勝ったと伝わったようで、嬉しそうに笑いながら、私に目を向けた。
「藤崎が塔矢に勝ってたら、森下門下の4人でベスト4だったかもな」
「簡単に勝てる相手じゃないですよ」
「次は、その相手なんだよなぁ」
冴木さんは大きくため息を吐く。そこに、塔矢くんが寄ってきた。
「僕がなにか?」
「いや。俺にとっては次が山場だな、と」
冴木さんの言葉に、困ったような顔を浮かべる塔矢くん。
「どうでしょうね。逆のブロックで勝ったのは……和谷さんと進藤か」
ヒカルが勝ったのを喜ぶべきか、明日美さんが負けたのを悲しむべきか。というのを考えたのかどうか分からないけど、塔矢くんは至って平常通りに見える。さすがというか、こういう時に精神的な揺らぎをまったく表に出さない。普段の研究会では、特にヒカルと言い合う時に感情を出すことも多いんだけどね。
お昼を挟んで、ヒカルが和谷くんと、塔矢くんが冴木さんと対局。
ヒカルの方を見ようとすると、周りの人が一番前を譲ってくれた。ありがたいけど、いいのかな。
「まあ、藤崎の頭越しで見えるし。しっかり見たいだろ?」
近くにいた小宮さんから暗に小さいって言われた。いいけどね、確かに周りに比べると小さいし。それでも、フクくんよりは背は高いよ。
それはそうと、ヒカルの対局が始まる。しっかりと見ないと。
「お願いします」
2人のかけ声が揃い、ヒカルが黒石で打ち始める。
序盤、布石でヒカルが思ったよりも地が少なくなってしまったせいで、和谷くんが有利に進めていく。そのまま進めば良くない流れだけど、よく見ていると、和谷くんの地が広がっているせいで、いくつか薄いところが散見される。
和谷くんも気付いたようで、厚く打とうとしたところを、ヒカルが荒らして一気に形勢が逆転した。
「あー、結構上手く打てたんだけどな」
「もうちょっと取り返すのが遅れたら、もしかしたら間に合わなかったかもな」
「ちぇ。……負けました。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
研究会では塔矢くんが一歩抜きん出ていて、冴木さんとヒカル、私がそれを追いかけていて、少し後ろに明日美さんや越智くん、和谷くんがいる感じだったけれど。
実戦で得るものは大きいんだね。今日の明日美さんも和谷くんも、これまでにないほど上手く打っていた。しかもまぐれなんかじゃなく、打ち方を変えたり、布石で上手く打ったりと、実力を発揮するかたちで強さを見せた。
「あ、そうだ。冴木さんは?」
ヒカルと和谷くんの碁に集中していたせいで、塔矢くんと冴木さんの方は見ていなかった。
目を向けると、明日美さんが真剣な顔で見学している。かなりの人だかりだったので少し離れたところから様子を見る。盤面が見えないから、どちらが勝っているかも分からない。2人とも真剣な顔で打っているので、一方的な試合ってことはなさそう。
しばらく待っていると、終局したようで、冴木さんの悔しそうな声が聞こえてきた。
「ああ、ちょっと足りないな」
「盤面で2目、コミを入れて7目半の差ですね」
後手の塔矢くんが冴木さんの攻めをさばいて、勝利をおさめた。
明日美さんが、安心したように小さく笑う。
「冴木くん、塔矢くん相手によく頑張ったね」
少し離れた場所で、天野さんがカメラマンと話をしている。何枚か撮りながら、去年よりも接戦だったと話題になる。去年は決勝戦で戦ったし、塔矢くんが桁違いなだけで、冴木さんも若手の中で強い人だって認識されているはず。
「これで、決勝は塔矢くんと進藤くんか。桑原先生や緒方さんが注目してるって聞いた時には、どういうことかと思ったけど、進藤くんも頑張ってるよね」
ふふ。ヒカルの実力が認められるのは嬉しい。ただ、注目されてモテすぎると困るから、ほどほどでいいかな。
運営スタッフが再来週の決勝戦について説明したり、負けた人にも賞金が出るから確認を取ったりしている。
終わるまで待って、みんなに挨拶をして解散した。
帰る途中の電車で揺られながら、それなりに空いた車内をヒカルと並んで座る。
「ヒカル、次はついに塔矢くんとだね」
「ああ。普段から打ってるけど、やっぱり大会は違うからな」
「そうだね、頑張ってね」
私の応援に、少し考える素振りを見せる。どうしたんだろう。
「お前の方が、先に女流の予選あったよな?」
「え、うん」
「俺のことばっかりじゃなくて、それも頑張れよ」
ヒカルの言葉に、大きく頷く。
ヒカルが気にしてくれた。別に普段から雑に扱われてるわけじゃないけど、優しい言葉をかけてくれるのは、全然違う。
「もちろん! ちゃんと勝って、ヒカルの弾みになるよ!」
ヒカルもその日は大手合いがあるから、一緒に行ける。
当然だけど、初めての相手なので気合いを入れていかないと。
そして女流棋聖戦の一次予選、初戦の日がやってきた。
起きて、身支度をして朝食を摂る。いつものようにヒカルの家へと行き、ベルを鳴らすと、いつものようにおばさんが出てきた。
「あかりちゃん、おはよう。ヒカルもすぐ来るから」
「おはようございます」
「今日は大事な試合なんでしょ?」
「うん。いつもの大手合いと違って、勝ち進めば強い人とやれる大会形式なの」
日数はかかるし間に別の対局もあるけど、例えば高校野球のようなものと思えば分かりやすいと思う。
小さい頃からずっと碁を打っていた私の家族と違い、ヒカルがプロになったとはいえ、急に囲碁業界の仕組みを説明されても分かりにくいと思う。おばさんに分かりやすいよう少し話しているうちに、ヒカルが出てきた。
「おはよ。何の話をしてんの?」
「大会の話。ヒカル、若獅子戦の決勝戦って言ってなかったの?」
「あー、言ってなかったかも」
もう、ほんとにいい加減なんだから。
今はあまり時間がないから、今日帰ってきてから説明するとおばさんに約束して、棋院へ向かう。
「いいよ、いちいち言わなくて」
「そんなわけにも行かないよ。賞金も出るし、おばさんの立場で考えると、何してるのか分からないって不安だよ」
はいはい、とヒカルは面倒そうにしている。対局前だし、言い過ぎてもしょうがない。
そんな話をしているうちに棋院に到着する。
「あかりちゃん、おはよ」
「明日美さん。おはよう」
明日美さんは、ヒカルと同じく大手合いの日。
「明日美さんは来週だっけ?」
「うん、勝てたらいいんだけど」
「明日美さんならきっと大丈夫だよ」
相手次第だけど、私たちなら予選は抜けられると思いたい。うぬぼれでも何でもなく、それだけの勉強をしてきている。というより、私たちほど恵まれた環境の人はいないはず。
「当たり順次第だけど、本戦トーナメントの決勝でやりたいね!」
「あかりちゃん、気が早い。まずは目の前の1勝」
「うん。それは分かってる」
分かっているけど、ヒカルや塔矢くんに追いつくには女流で立ち止まっている暇はない。
気合いを入れて対局室へと向かう。
部屋に入って時間がくるまで待つ。しばらく待つうちに、対戦相手の春木さんが現れた。
「藤崎さん? はじめまして」
「はじめまして、よろしくお願いします」
春木さんに頭を下げて挨拶すると、そのまま少し話を続けてきた。
「楽しみにしてたの。プロ試験全勝で、新初段戦でも勝っていたし。しかも緒方十段と同じ、塔矢門下でしょ?」
「あ、私の師匠は森下先生なんです。塔矢先生の研究会には通わせてもらってますが」
「そうなの。先月、ゴールデンウィークのイベントで緒方十段と打たせてもらったんだけど、凄く勉強になったわ」
ゴールデンウィークのイベント……。あの時は、ヒカルの行ったイベントに緒方先生もいらっしゃったはず。ということは、ヒカルと同じイベントだったんだ。いいなぁ、羨ましい。
「そうですね。緒方先生、打ち筋が鋭くて緩手の指摘が厳しいですけど、それが勉強になりますね」
「……ええ。打ったのは早碁だったし、公開イベントだったから、そこまで厳しくなかったけど」
「そうですか」
何故か春木さんが不機嫌になったので、話を切り上げる。
……何故かというか、緩めて打たれていたと思って不機嫌になったのかもしれない。どうしよう、フォローした方がいいかな。
「あの」
「そろそろ時間ね」
話そうとしたら、会話を止められた。実際に時間は迫っていて、すぐに開始の音が鳴る。ニギった結果、私が黒石で対局が始まった。
序盤は、私が右上から右下と右側に広げていこうとすると、春木さんは右下隅を目がけて、すぐに仕掛けてきた。
先ほどの会話が原因か分からないけれど、攻撃的な碁だね。荒れた碁になりそう。
こういう時、きっちり守っていると無理な手が出る人と、守ったのを見て落ち着いて地を広げる人がいるけど、後者だと守りに入ると負けかねない。
もし対面しているのが塔矢くんで、こういう攻めをしてきた時は、守ろうとすると余計な手を使わされて、萎縮している間にやられてしまう。
守る手も展開する手もあるけど、相手が強い場合を想定して、あえてこちらからも攻め込む手を打つ。
細かく検討すると最善の手ではないかもしれないけれど、今後の盤面には重要な手になっていくはず。
「へえ」
攻め返したせいか、春木さんが面白そうに笑う。
おそらく、春木さんは攻め碁が得意なんだろう。でも、それに固執してしまうと打ち回しが固定されていくし、いざ劣勢に立った時、我慢して守るべき時に守れない。
塔矢先生は当然、緒方さんや塔矢くんも、攻めるべき時と守るべき時の読みというか嗅覚は凄く鋭い。芦原さんも、長く一緒にやっているからか、自由な棋風の中でも我慢する時は我慢している。……はず。
「……ありません」
春木さんは、攻め方にしても塔矢くんやヒカルより甘いところが多く、勝負としては完全にこちらのペースだった。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました。大したものね」
「いえ、そんな」
悔しそうにしながらも、対局前に苛立っていたのは打ち筋には影響していなかったし、勉強の仕方次第で強くなる気がする。
私の口から偉そうにどうこう言えないけどね。
周りを見ると、ヒカルはまだ対局中で、明日美さんは終わったようだったので声をかける。
「どうだった?」
「勝ったよ! あかりちゃんは?」
「同じく。ちょっとヒカルを見てくるね」
「じゃあ、私も行くわ」
お互いの勝ちを称えて、ヒカルの対局を見にいく。ほとんど勝負はついていて、後は相手の投了待ちという段階まで来ている。
「負けました」
さほど時間をおかずに相手が投了して、ヒカルの勝ちが確定する。
「お疲れ様。みんな勝ったね!」
「そうだね。よし、今日はあかりちゃんの女流戦初勝利を記念して、お姉さんが奢ってあげよう」
「いいの? ありがとう!」
わーい。食べていけるほどじゃないにしろ対局料が入ってくるので、私も明日美さんも、ヒカルだって中高生にしてはお金に余裕がある方だと思う。
でも、今のところさほど使い道もないし、私とヒカルはお母さんに管理してもらっている。
少なくとも、中学を卒業して一人暮らしをするまでは、これでいいよね。
近くのハンバーガーショップに入って雑談していると、塔矢くんが現れた。
「塔矢!?」
「何だ、その驚きようは」
「急に現れるから」
「進藤たちが今日対局なのは分かっていたから。多分ここにいるって」
明日美さんから聞いていたんだね。それで奢るって話になったのか。
4人で話していると、ヒカルが思い出したように話を振る。
「そういや、そろそろ本因坊戦の予選が始まるだろ。お前、勝ってたっけ?」
「僕は進藤が一次予選に挑んでいる頃は、最終予選あたりだと思う」
つまり勝ってるってことだね。塔矢くんも、ヒカルを相手にした時だけ、優しさが欠落するよね。見ていて面白いけど。
明日美さんも似たようなことを思っていたのか、私と顔を見合わせて笑う。
「塔矢くんが負けてるの、名人戦だけだよね」
「うん。たまたま倉田さんが残っていて、当たって負けちゃったんだ」
「倉田さんか。あの人って強いの?」
またヒカルは……。弱いわけないよ。
「当たり前だろう。今、ほとんどの棋戦でリーグ入りしているし、挑戦者にもなっている。父さんが退いた今、タイトルホルダーになってもおかしくない実力を持っているだろう」
「へー。あの顔でねぇ」
「ヒカル。顔は関係ないし、失礼だよ」
「まあまあ。進藤らしいね」
明日美さんは楽しそうだけど、いざ倉田さんを前にしても、同じようなことを言って怒らせそうで怖い。
「早く高段者とやりてぇな」
ヒカルはつまらなそうにしているけど、そんな簡単な話じゃないよ。
「高段者とやりたいのは私も一緒だけど、今のうちに勉強して実力をつけておかないと。今のまま高段者と打っても、良いようにやられるだけだよ」
ヒカルは実力があっても、どうにも覚悟が足りない気がする。まあ、さっき話に上がった倉田さんも気楽に打ってそうだし、悲壮感を漂わせてもしょうがないんだけどね。
「でも、最近は森下先生とも良い勝負できるようになってきたぜ」
「……研究会で打つのと公式戦で打つのは、全然違うよ」
私が思ったことを、塔矢くんが代弁してくれた。
「それはそうだろうけど」
「まあ、口で言っても意味はないからね。若獅子戦の決勝、楽しみにしてるよ」
「俺だって。毎度お前に負けっぱなしってわけには行かねえからな!」
白熱しちゃってまあ。こういうところは、男の子だね。
塔矢くんが高段者と同様の気迫でヒカルと対局するのか、打ち慣れているだけにヒカルもいつも通り打てるのか分からないけど、ヒカルのためにも、良い碁になったらいいな。