Record.00 Seirios――恒星消失
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REC-00
Operation: Seirios
Result: Target eliminated
Status: Crowd destabilized
Notes: Acceptable
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『熱狂の終わり、あるいは処理の開始』
彼女の目の前には、飢えと無力感に苛まれた部下たちがいる。彼らの装備は手入れされているが、その瞳には陰りがある。
街では、伝統ある鍛冶屋が廃業し、その横でトレンス製の農具が飛ぶように売れている。「良いものだ」と喜ぶ民の笑顔すら、彼女には国を腐らせる毒に見える。
彼女は決断する。このまま座して死を待つより、乾坤一擲の打撃を与え、交渉のテーブルをひっくり返すしかない、と。
出陣前の練兵場。煌びやかだが、どこか錆びついた空気が漂うレガリア王国国境の要塞。
女性騎士団長が、壇上で剣を抜き放ち、並び立つ騎士たちを見渡す。
「騎士諸君、よく集まってくれた!
顔を上げよ。我がレガリア王立騎士団の精鋭たちよ!
貴公らのその沈んだ瞳が何を見ているか、私には痛いほどわかる。
街を見れば、我が国の職人が作った誇り高き武具は埃を被り、市場にはホーネリアから流れてきた『規格品』とやらが溢れかえっている。
安く、大量に、そして無機質に作られたそれらは、毒のように我が国の経済を、民の生活を、そして我らの誇りを侵食した!
許せるか!
国力にして我らの半分にも満たぬあの小国が、剣を交えることすらせず、商人のごとき手練手管で我らを膝を屈させようとしているのだ!
奴らは言うだろう。『これは正当な交易だ』と!
だが、断じて違う! これは『侵略』だ!
我らの伝統を、職人の魂を、そして騎士としての在り方を、金と効率という卑劣な武器で踏みにじる行為にほかならない!
かつて我らは、鉄の規律と鋼の剣でこの国を護ってきた。
だが今、敵は剣を持たずに我らの喉元に刃を突きつけている。
これを見過ごして、何が王立騎士団か! 何が護国の剣か!
奴らが積み上げた小賢しい理屈も、均一化された安物の城壁も、我らが誇り高き『鉄騎』の前では紙切れ同然であることを思い知らせてやれ!
総員、抜刀!
狙うはホーネリアの前線基地。
奪われたのは富ではない、我らの『尊厳』だ!
卑しき商売人に、騎士の鉄槌を下す時が来たのだ!
レガリアの正義と栄光のために!
全軍、私に続けぇぇッ!!」
彼女がサーベルを天に突き上げ、鬨の声が上がる。
それは、誇り高い騎士たちの、悲痛な魂の叫びだった。
熱狂が、広場を支配していた。
女騎士の叫びは、飢えた狼たちの咆哮となって空気を震わせる。それは美しく、そしてあまりにも時代錯誤な、滅びゆく者たちの最後の輝きだった。
・・・・・
・・・
「全軍、私に続けぇぇッ!!」
エレナ団長の声が、曇天の空を切り裂いた。
広場を埋め尽くす数千の騎士たちが、一斉に剣を掲げ、怒号のような歓声を上げる。その熱気の中心に、彼女はいた。
白銀の甲冑に身を包み、サーベルを天に突き上げる姿は、まさに戦乙女そのものだった。
(ああ、エレナ様……)
団長の身の回りの世話を任されている従騎士見習いのミナは、演台の袖で胸の前で手を組み、その眩しい背中を見つめていた。
劣勢、貧困、敗北感。そんな重苦しい空気を、彼女はたった一言で希望に変えてしまった。
この人になら、どこまでもついていける。たとえ地獄の果てであっても、この美しく気高い背中を追いかければ、きっと──。
ミナの瞳が、涙と憧憬で潤んだ、その時だった。
刹那。
彼女の白銀の兜が、内側から爆ぜたように砕け散った。
見えない巨人の拳で殴られたかのように、白銀の鎧に包まれた体が不自然に仰け反る。
舞い散る赤。飛び散る破片。
美しい金髪が、鮮烈な紅い霧となって弾け飛ぶのが、やけにゆっくりに見えた。
──ガクリ。
制御を失った身体が、糸の切れた人形のように演台へ崩れ落ちる。
世界から音が消えたような、奇妙な静寂。
誰も、何が起きたのか理解できていない。
数秒の、永遠にも感じる静寂。
……──パァンッ!!
その光景から、一拍も二拍も遅れて、空気を引き裂くような乾いた破裂音が、ようやく鼓膜を叩いた。
「……え?」
ミナの口から、間の抜けた音が漏れる。
広場の歓声が、一瞬にして凍りつく。
誰も、何が起きたのか理解できていない。
ただ、演台の上が突然、赤く染まったことだけが現実だった。
「……う、そ……?」
ミナの足が震える。
意味がわからない。さっきまで、あんなに力強く叫んでいたのに。あんなに美しかったのに。
どうして、首から上がないの?
「いや……いやぁぁぁぁッ!!」
悲鳴が喉を引き裂いてほとばしる。
ミナは弾かれたように演台へと駆け寄った。
血の海に滑り込み、ピクリとも動かない団長の体を抱き起こす。
「団長! エレナ様! 起きて、嘘だ、こんなの嘘だ!!」
呼びかけても、返事をするための唇も、自分を見つめ返してくれる瞳も、もうどこにもない。
あるのは、無残な断面と、温かさを失っていく肉の塊だけ。
「誰か! 誰か来て! 治癒魔法を! 早く!! ああ、ああっ、血が、止まらないの、嫌だ、嫌だぁぁぁッ!!」
ミナは半狂乱になりながら、溢れ出る血を自分の手で塞ごうとする。だが、指の間から命が零れ落ちていくのを止められない。
真っ赤に染まったミナの絶叫だけが、静まり返った広場に木霊していた。
──プツッ。
デジタル処理されたノイズキャンセリングが、その悲劇をただの環境音へと変換する。
・・・・・
・・・
──―Range 2625 yards. Wind calm.
その光景は、
そこは、もはや戦場ですらない。処理対象を観測するための、静かな作業席だった。
イヤホンから流れるのは、レーザーが読み取った彼女の甲冑の微細な振動──デジタル処理され、ノイズ混じりに復元された「熱狂の演説」だ。
泣き叫ぶ少女と、頭部を失った死体。その周囲でようやくパニックを起こし始めた騎士たちの姿も、ここではただの「
荒涼とした岩場の陰。光学迷彩マントの下で、
「Impact confirmed.Good kill」
淡々とした声は、任務が正常に完了したことだけを告げていた。
異様に長い銃身。冷却用のフィンと走る微細な発光ライン。
人の手に余るそれから、静かに指を離した
「Tango down」
それは人が死んだという意味を、どこまでも乾いた符号に落とした言葉だった。
感情の欠片もない、機械的なやり取り。
彼らにとって、あの女性騎士の演説も、誇りも、残された者の悲しみも、すべては「
観測手が、
「……Castle, this is Scimitar-2」
《This is Castle. Send traffic》
無機質な声が、鼓膜に直接響く。
観測手は、眼下の地獄絵図を一瞥すらせず、決められたコードだけを口にした。
「……
たった一言。
それは「
《Solid copy. RTB immediately》
「Roger. Scimitar, out」
通信を切ると同時に、彼らは素早く機材を分解し、背嚢に収める。
"Oscar Mike".
ハンドサインだけで意思疎通を済ませると、二つの影は陽炎のように荒野へと溶けていった。
後に残されたのは、ただ理不尽な死の静寂だけだった。