幕間:水面下の暗躍と新たな力の予見
侯爵家の広大な邸宅の一室、豪華な調度品に囲まれながらも、ダイアナ夫人の顔には苛立ちと憎悪が張り付いていた。ルーカスが工房から帰邸したという報告を受け、彼女は侍女頭を呼びつけた。
「あの小僧めが、街の工房などへ出向いたと?……まったく、何を企んでいるのか。しかし、これ以上、クリスティアナの傍若無人な子共に好き勝手させるわけにはいかない」
ダイアナの冷たい視線が、目の前の侍女頭に向けられた。
「ルーカスの教育係について、早急に手配しなさい。特に、魔法の素養については、専門家を派遣する必要があるわ。ただし、彼の才能を伸ばすような者は決して選ばぬように。……そうね、礼節と基礎を重んじる、厳格な教育係をね。実技は控えめに、座学中心で。過度な刺激は幼少の心身に毒ですから」
彼女の命令には、露骨な悪意が滲んでいた。さらに、クリスティアナの社交界での孤立化を深めるための根回しも怠らない。夫人が主催するティーパーティーや夜会からはラ・トレンス──クリスティアナ・アルベルト・エレナ・ド・エルトリア・ラ・トレンス──への招待状はことごとく除外され、社交界での噂話には、クリスティアナの病弱さや、ルーカスの奇行を貶めるような内容が巧妙に混ぜ込まれた。彼女は、目に見えない形で徐々に、ルーカスの、そしてクリスティアナの力を削ぎ落とそうとしていた。
キース侯爵は、妻のこうした動きを知りながらも、やはり静観を貫いた。彼にとって、家門の内紛はあくまで表沙汰にしてはならないものであり、妻が事を荒立てない限りは、介入する理由はないと考えていた。ルーカスの非凡さに期待する部分もありながら、その奔放さが家門に波乱を招く可能性も危惧していたのだ。彼の沈黙は、ダイアナの策謀を間接的に容認する形となり、侯爵家内の不穏な空気は静かに淀んでいった。
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・・・
その夜、ルーカスは自室に戻ると、静かに瞑想に入った。彼の意識は、精神世界に存在するAlphaのコアへと接続された。
「今日のデータ収集は、期待以上だったな、Alpha」
ルーカスの言葉に、Alphaの静謐な声が響く。
『分析完了。ランディ・シュガートの研究は、この世界の魔力技術において極めて高い潜在能力を秘めています。特に、彼が理論の入り口に立っていた「魔力流体の最適化」。貴方の介入により、その進展は飛躍的に加速されるでしょう』
ルーカスは、Alphaが分析したデータを確認した。ランディの技術と自身の前世の知識、そしてAlphaの量子物理学の融合により、想像以上の成果が見込まれることに、彼の中にわずかな興奮がよぎる。
「
興奮と失笑を混ぜた表情で笑った。
「それで?魔力変換効率ってのが、飛躍的に向上すれば、魔力炉の小型化、そして出力の増大が現実的になるって訳だ。おまけに、素材の自己修復特性か……応用次第では、既存の兵器の耐久性を劇的に高める可能性を秘めているな。エンジンをレブリミットまで、ぶん回し続けても問題ないのか?」
『その通りです。彼の持つ技術は、既存の魔獣素材の不安定な利用に代わる、効率的かつ安全な魔獣素材の人工培養技術への、足掛かりとなるでしょう。そしてより堅牢な兵器構造の実現に不可欠な要素となります。貴方の目指す「圧倒的な力」の構築において、ランディ・シュガートは極めて重要なピースです。』
Alphaの言葉に、ルーカスの瞳に冷徹な光が宿った。
「奴は、自身の研究を完成させるための『光』を俺に見ている。俺は、その『光』を、俺の求める『力』に変えるだけだ」
『加えてシェーラの言及した「王家傍系の血筋」に関する伝説も、興味深いデータです。貴方が過去に閲覧した一部の文献や、エルトリア公爵家を訪れた際に感知した微弱な魔力の痕跡から、類似の事例が既にデータ化されていました。クリスティアナ・ド・エルトリアの白い髪と赤い瞳。それらの既存データとシェーラの情報とを照合した結果、そのような特徴を持つ個体は、通常の魔力許容量をはるかに超えるケースが散見されます。生物学的には説明のつかない、魔力場との特殊な共鳴、あるいは干渉が示唆されます』
Alphaの報告に、ルーカスは眉をひそめた。
「母さんの血筋が、俺の計画にどう影響するんだ?まさか、今さら『精霊の祝福』とやらが、俺の邪魔をするというのか?それとも、もう一つ『便利な才能』でも隠し持っていると?」
『現時点では不明瞭です。しかし、貴方が目指す魔力と技術の融合、そして新たな生命体の創造において、その特殊な血筋が、予期せぬ促進因子、あるいは阻害因子となり得る可能性は否定できません。引き続き、監視と分析を推奨します。』
ルーカスの脳裏に、優しく微笑むクリスティアナの顔が浮かんだ。彼女を守るためならば、どんな手段も厭わない。たとえそれが、この世界の常識を破壊し、既存の秩序を書き換えることになろうとも。
「……分かった。引き続き注視しておく。まだ俺は貰った物を何も返せていないからな…」
そう呟き、ルーカスは意識をAlphaのコアから引き離した。現実の部屋に戻ると、窓の外は先ほどと変わらず闇に包まれていた。だが、体感的には数十分は対談していたはずなのに、時計の針はほんの数分しか進んでいない。
「……チート能力の弊害か? それとも、俺の脳が情報を圧縮しているのか……Alpha、この時間差は何だ?」
ルーカスの問いかけに対し、Alphaは答えなかった。沈黙だけが部屋に満ちる。Alphaが意図的に情報を隠しているのか、あるいはルーカスの意識が現実の時間軸と乖離しているのか。いずれにしても、それは彼が知るべき、もう一つの「未知」の領域を示唆していた。
彼は静かに目を閉じ、次なる一手へと意識を集中させた。侯爵家からの嫌がらせ、魔獣の脅威、そして自身の持つ知識とこの世界の技術の融合。全てが、彼が築き上げる新たな秩序のための礎となるだろう。