剣と魔術とライフルと   作:あききし

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第十二話 加速する計画

 

第十二話 変化する関係性、合理的判断

 

 

 

ギルバード・ミレス・オールストンは、自身の主となる三歳の幼子に対し、言いようのない「不気味さ」を覚えていた。

 

深く沈んだ土の色の髪。研ぎ澄まされた鋼の色を混ぜたような碧眼。その視線を受けた瞬間、ギルバードの喉が勝手に鳴った。

 

それは、剣を振るうルーカスの背中に、時折、自分よりも遥かに多くの死を積み上げてきた「何か」が重なって見えるからだ。

 

「……ルーカス様、その振りは少々大雑把に過ぎますな。もっと手首を柔らかく……」

 

ギルバードは、努めて穏やかに、指導騎士としての言葉をかけた。

しかし、返ってきた答えは、彼がこれまで見てきたどの騎士、どの貴族からも聞いたことのない、極限まで削ぎ落とされた「暴力の本質」だった。

 

「そんな繊細な動き、戦場でいつ使う? 命のやり取りに優雅さなど不要だ。……もっと単純に、急所を潰せ」

 

ルーカスの視線がギルバードの喉元を射抜いた。

その瞬間、ギルバードの背筋を冷たいものが走り抜ける。それは三歳の子供が向ける「生意気」な視線ではない。死線を潜り抜けた獣だけが放つ、血と鉄の匂い。

何よりギルバードを驚愕させたのは、ルーカスの身体状態だった。

激しい打ち込みを続けているにもかかわらず、彼の息は驚くほど静かで、一定の旋律を保っている。額にわずかに滲んだ汗すら、体内の熱を効率的に排出し、戦闘継続能力を維持するための調整に過ぎないように見えた。

 

(……この御方は、呼吸の一つ、汗の一滴に至るまで、自身の体を『効率』という名の支配下に置いておられるのか?)

 

それは、鍛錬によって積み上げられた美徳とは対極にある、ただ結果のみを追い求める『残酷な最適解』だった。

呼吸は静謐な風の如く、汗の一滴は計算された重みの如く、戦術的優位を保つためにのみ、自身の肉体を道具として扱い、支配している――。情念の介在を許さぬ、『磨き抜かれた墓石』のような完成度に、ギルバードは抗いがたい畏怖を覚えた。

 

「ルーカス様、……基本とは、無駄を削ぎ落とし、最短で目的を果たすための土台。ルーカス様が目指される『単純さ』は、この基本の先にこそあります」

 

ギルバードは自らに言い聞かせるように、真摯に説いた。

ルーカスはわずかに片眉を上げ、ふっと鼻で笑った。その皮肉めいた笑みは、まるで「何も分かっていないな」と年長者を憐れんでいるかのようだった。

 

「なるほど。つまり、有象無象の連中が、無駄に長い手順を踏んでしか『単純』に辿り着けない、と? ご苦労なこった。だが、その手間を省くのが『先駆者』の役目だろう? ギルバード」

 

立て板に水のような流暢な言葉。

 

ルーカスが言葉を重ねるたび、ギルバードの中で「正しいはずの手順」が音を立てて崩れていった。

それは、自らの優位性を誇示するための「知の鎧」であると同時に、何か得体の知れない焦燥感を塗り潰そうとしているようにも聞こえた。

ルーカスは流れるように言葉を紡ぎ、自らの論理で世界を構築し直していく。そうすることで、この平和な訓練場という「異常に静かな空間」を、自分に馴染みのある「戦場」へと書き換えているかのようだった。

 

「細かすぎる。もっとシンプルに、最短で相手を制圧すれば良い。『優雅』さはその後に付いてくる。amirite(だろ?)

 

そう言って悪戯っぽく笑うルーカスの瞳の奥には、やはり、鏡のように冷たい光が宿っていた。

ギルバードは、剣を構え直しながら、密かに自身の震える拳を握り込んだ。

 

(この御方は、ただの天才ではない。……まるで、一度地獄を歩き尽くし、そこから這い上がってきたような……)

 

目の前の小さな主が見据えているのは、目の前の仮想敵ではない。

自分たちには見えない、常にそこにある「死」という名の影と、彼は戦い続けているのではないか。

 

 

・・・・・

・・・

 

 

ミリアム・ミレス・ニコルソンは、訓練の度に自身の背筋が凍りつくのを感じていた。

目の前の幼い主が行っているのは、もはや「手習い」などではない。それは、名工が鍛え上げた剣の重みと反りを確かめ、戦場で使い物になるかどうかを冷徹に選別する「値踏み」そのものだった。

特に体術訓練におけるルーカスの動きは、慈悲のかけらもなかった。

 

その柔らかな栗毛に、冬の湖のごとき冷ややかな蒼い瞳。どこをどう切り取っても、血筋の良い、少し大人びただけの少年にしか見えない。……だが、その瞳に射すくめられた瞬間、私は自分が、不純物を許さぬ鋼の規律に囚われた錯覚に陥るのだ。

 

無駄な虚飾を削ぎ落とし、最短の軌道で眼球や喉笛といった急所を突く。その「殺しの理」の体得の早さは、数多の戦場を潜り抜けた老練な傭兵ですら凌駕しているのではないか。

 

ある日の訓練中、その「冷酷な検品」がミリアムを襲った。

ルーカスの指先から放たれた魔力弾が、制御の狂いを装いながら、ミリアムの耳朶をかすめて背後の防壁を貫いたのだ。

 

(……今、この御方は私の「命の限界」を測ったのか?)

 

耳元に残る熱量と、空気を引き裂く衝撃。

ミリアムは思わず息を呑み、動揺を隠せないままルーカスを問い詰めた。

 

「……ルーカス様、今のは、わざとですわね?」

 

問いかけに対し、ルーカスはふっと口角を上げ、無邪気な、だが氷のように冷たい微笑みを浮かべた。

 

Just kidding.(なんてねっ) ミリアムは避けるの、上手だね!」

 

その軽やかな声とは裏腹に、彼の瞳は笑っていなかった。

ミリアムは直感する。今の魔力弾は、単なる警告ではない。彼女の反応の速さ、身のこなしの癖、そして土壇場での「魔法への耐性」を正確に見極めるための、冷血な試射だったのだ。

ルーカスが言葉を重ねるほどに、訓練場の空気は彼の支配下に置かれていく。

彼は自身の力を誇示しているのではない。護衛という名の「盾」がどれほどの衝撃に耐え、どの角度までなら自分を守り切れるのか――その「道具としての有用性」を、脳内の盤面で確定させているのだ。

 

(この御方は、私たちに守られることなど最初から求めていない……)

 

ミリアムは、自分が「師」ではなく、主の生存を担保するための「一振りの剣」として査定されていることを悟った。

ルーカスが求めるのは、主の成長を喜ぶ騎士ではない。彼の描く過酷な戦略において、一分の狂いもなく機能する「磨き上げられた鉄石」だ。

ミリアムは、ルーカスを子供として扱う慢心を完全に捨て去った。

彼女が抱いた戦慄は、もはや恐怖ではなく、自身を完璧に使いこなそうとする「絶対的な主」への、狂おしいほどの忠誠心へと変質し始めていた

 

 

・・・・・

・・・

 

 

シェーラは、ルーカスの傍らに控える度、その幼い背中に宿る「深淵」に戦慄を覚えていた。

エルトリア家、そして王家傍系に連なる血筋。そこに稀に現れるという、白銀の髪と血のごとき紅い瞳――通称、「精霊の祝福あるいは呪い」。

古き伝承によれば、その(しるし)を持つ者は、現世ならざる「精霊の座」より知識を汲み上げ、常人には不可知の理を語るという。

だが、ルーカスにはそれがない。

秋の枯れ葉を溶かしたような焦茶しかし、その一点の曇りもない群青の瞳が(くう)を見つめる時、私はそこに、神秘を排した残酷なまでの『理』を見てしまう。

 

にもかかわらず、彼が口にする魔法理論は、この世界の既存の神秘を根底から否定し、「物理的な現象」として再構築していく。

 

(……ルーカス様が今、触れておられるのは、まさにその領域なのですか?)

 

ルーカスが問いかける魔法理論は、もはや既存の体系を逸脱していた。

魔力の根源的な「振動」や「構成密度」への問い。それは、魔法を技術としてではなく、この世界の物理的真理として解体しようとする、神を恐れぬ者の思考だった。

 

「ルーカス様、その問いは、現時点では解明されていない魔力の根源に関わるものです……」

 

シェーラが苦渋の決断で沈黙を返すと、ルーカスは不満げに小さな唇を尖らせた。

その直後だ。ルーカスの視線が、ふっとこの世界のどこでもない「虚空」へと向けられる。

 

(まただ……。あの方は今、「向こう側」の声を聞いておられる)

 

ルーカスの瞳が、一瞬だけ無機質な輝きを帯びる。

それは、精霊と対話しているというよりも、より巨大で冷徹な「世界の記録」に直接触れているかのような、人ならざる者の所作だった。

 

(ふぅん。じゃあ、Alphaに聞くか)

 

特異な外見という「言い訳」を持たないその聡明さは、シェーラにとって、奇跡よりも恐ろしい「剥き出しの真理」に見えた。彼が 自身の、普通の少年の皮を被った「世界の観測者」が、そこに立っているように感じられてならなかった。

 

その表情と仕草に、シェーラの心臓は恐怖と敬虔な想いで小さく跳ねる。小さく跳ねた。彼は時々未知の知識に触れている。ルーカスの持つ規格外の知識の源が、彼の内側にあることを彼女は自身の感覚で感じ取っていた。

 

あの方は、私が教える必要などないのだ。あの方の中に眠る「何か」が、この世界の常識を根底から覆すための知識を、絶え間なく囁き続けている。

 

「……ルーカス様。私は、貴方様が辿り着こうとしている高みの、せめて足場にさえなれればそれで十分でございます」

 

シェーラは膝をつき、祈るように誓った。

彼女は確信していた。この幼き主は、王家の呪いを受け入れ、その力で世界の理を書き換える「再誕の王」となるだろう、と。

そして、その隣に立つ自分の役割を再認識していた。

 

 

 

・・・・・

・・・

 

数日間の訓練と、護衛たちとの間に新たな信頼関係が芽生え始めた頃、ダイアナ夫人による「介入」が始まった。ルーカスに派遣されたのは、いかにも冴えない、肥満気味の中年教官だった。彼は、貴族の子息にありがちな「形ばかりの教育」を実践してきた人物で、教科書通りの知識を棒読みし、質問には紋切り型の回答しかしない。その目的は、ルーカスの知的好奇心を萎えさせ、学びに意欲を失わせることだった。

最初のうちは、ルーカスは「利口な坊ちゃま」を演じ、真面目に話を聞いているふりをした。教官の退屈な講義にも、時折相槌を打ち、子供らしい笑顔を見せた。だが、その退屈さは、ルーカスの内に秘められたフラストレーションを徐々に蓄積させていった。彼は、無意味な時間を費やすことに何よりも嫌悪感を抱いていた。

 

 

そして、その日の午後。教官が退屈な歴史の年号を繰り返し唱える中、ルーカスの忍耐は限界に達した。

 

ルーカスは、無能や非効率を何よりも嫌悪していた。普段は子供のふりをしていても、精神的な余裕がなくなった時や、明確な目的を果たすためには、容赦なく前世の「本性」を剥き出しにする。相手を徹底的に威圧し、自身の思い通りに動かすための、彼なりの「合理的判断」だった。

 

 

 

「……西暦1123年、アーカス王が……」

 

教官の耳障りな声が響く中、ルーカスは「お行儀よく」机の上に両脚を乗せ組んだ。不快げに細められた、彼の瞳が教官を睨め付ける。

 

It's fucking boring(クッソくだらねぇ)

 

低い、子供らしからぬ声に、教官はギョッとして顔を上げた。ルーカスは机を蹴り飛ばし、一切の演技を排した、純粋な苛立ちと効率を求める視線を向けた。その場にいたシェーラ、ミリアム、ギルバードは、ルーカスの纏う空気が一変したことに気づき、無言で警戒態勢に入った。彼らは、ルーカスがもう「子供の演技」をしていないことを肌で感じ取っていた。

 

Waste of time.(時間の無駄だ)俺の貴重な時間を、こんな下らない棒読みで潰すな。お前のような役立たずの存在は、時間と空間の無駄遣い。侯爵家(ウチ)の財産を食い潰す寄生虫みたいなもんだ」

 

ルーカスの声には、氷のような冷たさが含まれていた。教官は恐怖に震え、一歩後ずさった。

 

「な、何を申されるか、坊ちゃま!私は、坊っちゃまのために……」

 

教官が言い訳をしようとした瞬間、ルーカスは右手をわずかに翳した。手のひらに漆黒の魔力が凝縮され、パチンと弾ける音と共に、教官の顔のすぐ横を、直径数センチの魔力弾が音速で通過した。

 

「ヒッ……!」

魔力弾は壁に深々とめり込み、小さな穴を開けた。教官は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。ルーカスは、倒れ込んだ教官を見下ろしながら、冷酷な笑みを浮かべた。彼の脅しは、感情的なものではなく、自身の時間を効率的に使うための合理的な判断だった。

 

「Are you OK?その肥溜めみてぇなツラを二度と見せるな。帰って、あのアバズレにこう伝えろ。『ルーカス様は、勉学に励みすぎて体調を崩されたので、しばらく休養が必要です』とな。いいか?正確に、確実に速やかに、だ。 Get the hell out!(とっとと失せろ!)

 

氷のような沈黙が部屋を支配した。腰を抜かした教官の荒い呼吸だけが響く中、ルーカスはふぅ、と小さく息を吐く。

その瞬間だった。

彼はくるりと軽やかに踵を返すと、そこには先ほどまでの「死神」の面影など微塵もない、愛らしく、どこか眠たげな「三歳の少年」の笑顔があった。

 

「あ、そうだ。ギルバード、ミリアム。このおじさん、足が震えて動けないみたいだから、お外まで運んであげて? シェーラ、僕はちょっとお勉強で疲れちゃった。お部屋で休んでもいいかな?」

 

その声は鈴を転がすように清らかで、甘えるような響きすら含んでいる。

あまりに鮮やかすぎる「日常」への帰還。

ギルバードたちは、凍りついたように動けなかった。

怒りや苛立ちを「鎮めた」のではない。彼は、目的を達成した瞬間に、不要になった「威圧」という武装を即座にパージ(解除)したのだ。 まるで、使い終わった剣をホルスターに収めるように。

 

「……ハッ! 畏まりました、ルーカス様」

 

ギルバードが、戦慄を隠しきれない声で応じる。

ミリアムは無言で教官の襟首を掴み、ゴミを片付けるような手際で引きずり出していく。その際、彼女は気づいてしまった。

 

(この御方は、演技をしているのではない……。状況に応じて、自身を『最適化』しておられるだけなのだ)

 

その合理性が、何よりも恐ろしかった。

部屋を出ていくルーカスの足取りは軽やかだが、その背中には、誰にも踏み込ませない孤独な戦場が広がっているように見えた。

 

翌日、ダイアナ夫人には「ルーカス様は真面目に勉学に励まれましたが、その熱心さゆえに心労が重なり、しばらく静養が必要とのことです」という、教官からの虚偽の報告が届いた。報告書には、教官の震える手で書かれたと思われる文字の歪みが、わずかに見て取れた。ダイアナ夫人は、不満顔でその報告を受け入れたが、まさか自分の差し向けた教官が、ルーカスの「本性」を目の当たりにし、恐怖によって操られているとは、夢にも思わなかった。

 

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