剣と魔術とライフルと   作:あききし

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第十三話

第十三話: 計画の始動、予期せぬ遭遇

 

 

 

ダイアナ夫人から派遣された教官が退けられて数日後、ルーカスはランディの工房に再び足を運んだ。侯爵家からの干渉が一時的に収まったことで、ようやく彼は自身の計画に集中できる時間を手に入れたのだ。工房の扉を開けると、油と金属、そして微かな魔力の匂いがルーカスを出迎えた。その奥で、ランディが古い魔導炉の調整に没頭しているのが見える。

 

「やあ、ランディ、それにクライス。邪魔をして悪いな?(What's up, you simpletons?)

 

ルーカスの声に、ランディは驚いたように顔を上げた。その顔は、煤と油で薄汚れながらも、どこか期待に満ちた輝きを宿していた。彼の隣では、息子であるクライスが、父親の作業を興味深げに見つめている。クライスは、ルーカスが同い年とは思えないほど深い知識を持つことに、以前から強い好奇心を抱いていた。

 

「ルーカス様!いえ、これはどうも!とんでもない、お待ちしておりました!この間おっしゃっていた『魔力流体の最適化』の件、ぜひ詳しくお聞かせ願えますでしょうか!あれからずっと、あの理論について考えていたのですが、どうにも、私の頭では理解が追いつかなくて……!」

 

ランディは、もはや貴族の子息に対する形式的な態度をかなぐり捨て、一人の技術者として前のめりに尋ねた。その目は、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように爛々と輝いている。彼の全身からは、純粋な探求心と、技術への情熱が溢れ出していた。ルーカスは、その純粋さが、時に彼を愚かに見せ、同時に非常に扱いやすくしていることを理解していた。

 

「父さん、ルーカス様はすごいんだぞ!この間だって、僕がどうやっても組めなかった魔導具の部品を、一瞬で組み上げたんだ!」

 

クライスもまた、父親の熱気に引きずられるように、ルーカスを尊敬の眼差しで見上げていた。彼にとって、ルーカスは自分よりも歳下の友人でありながら、まるで遥か未来から来た魔法使いかのように、不可解で魅力的な存在だった。純粋で無垢な子供の好奇心ほど、利用しやすいものはない。

 

良いだろう(OK、OK)、だが、ただ聞くだけではつまらないだろう?実際に手を動かしてみないか?」

 

ルーカスは悪戯っぽく笑いかけると、工房の作業台に広げられた設計図を指さした。彼の頭の中では、すでに次なる段階への具体的な青写真が描かれていた。

 

この世界の未発達な技術レベルでは、まず基礎的な工業力を確立する必要がある。そのためには、Alphaの知識を基盤とした新たな生産技術の導入が不可欠だ。そしてその第一歩として、魔獣の「危険度を下げた個体の人工培養・量産」の基礎研究を、ランディと共に推し進める計画だった。これは、後に自身の兵器生産に必要な素材の安定供給と、魔獣管理の効率化を目指す、ルーカスの壮大な計画の第一歩となる。

 

・・・・・

・・・

 

 

その夜、ルーカスはAlphaとの対話に入った。

 

「ランディとの共同研究は、本日より本格的に始まる。まずは効率的な培養炉の設計図を確立し、初期の試作段階に入らせる。Take the plunge(ようやく前進だ)

 

『認識しています。貴方の知識と魔力制御技術、そして彼の魔道具技術の融合により、目標達成までの期間は大幅に短縮されると予測されます』

 

Alphaの冷静な分析に、ルーカスは頷いた。実に頼もしい自動計算機(calculator)だ。人間よりも遥かに正確で、文句も言わない。

 

Deal!(よし!)! 並行して、最初期の技術基盤作りだ。そして、小ロットの武器製造だな。まずは歩兵用の携行火器、神様のくれたライフルや超頼れるハンドガン、簡易なクソ爆弾といったところから試作していく。重要なのは、俺の知識をただ再現するだけでなく、この世界の魔術と融合させ、魔術ベースに知識を落とし込む試行錯誤が必要になる。Time to give these primitives some real firepower(原始人共に本当の火力って物を教えてやろう)

 

ルーカスの声には、迷いがなかった。彼の頭の中では、すでに次々と具体的な計画が組み立てられていた。この世界の未発達な技術レベルでは、まず基礎的な工業力を確立する必要がある。

 

「開発した技術は徐々にオートメーション化していく。例えば、魔術的な刻印を自動で施せる印刷機のようなものや、部品を効率的に量産する簡易な機械設計を進めてくれ。最初は手作業が多くなるだろうが、少しずつ効率を高めていく。何時までも、ゴミみてぇなレベルには、合わせてはいられないからな」

 

『了解。しかし、必要な素材の確保と、既存の工房設備の改修、そして何よりも、この計画を推進するための潤沢な資金が必要となります。現在のクリスティアナ夫人の私財は、安定した供給源とはなり得ません』

 

ルーカスは腕を組み、Alphaの言葉に思考を巡らせた。確かに、母の私財はいつまでも頼れるものではない。それに、この計画を動かすための初期投資は想像以上に大きい。正規の商流に乗せるには時間がかかり、3歳の自分が表立って動くこともできない。資金……どうしたものか。

悩み続けるも、答えは出ずに夜は過ぎていった。

 

 

・・・・・

・・・

 

 

数週間が過ぎ、ランディの工房では、ルーカスの指示のもと、新しい魔道具や日用品の試作が静かに進められていた。その間、ルーカスはギルバード、ミリアム、シェーラとの訓練も欠かさなかった。

 

特にミリアムは、ルーカスへの接し方が完全に変わっていた。彼女はもはや彼を「子供」として扱うことはせず、一人の主として、あるいはそれ以上の存在として、その言葉に耳を傾けていた。ある日、訓練の休憩中、ミリアムは意を決したようにルーカスに尋ねた。

 

「ルーカス様……その、工房で開発されているものについて、お聞かせ願ってもよろしいでしょうか? 私には……ただの魔道具には見えません」

 

ミリアムの鋭い問いに、ルーカスは悪戯っぽい笑みを浮かべた。しかし、その瞳には信頼の色が宿っていた。

 

「ミリアムは、勘がいいな。俺が作っているのは、この世の『常識』を打ち破るものだ。そして、それは母さん達を護るための、最強の『盾』になる。お前たちには、いずれ全てを話す時が来るだろう。その時まで、俺の『盾』となる覚悟はあるか?」

 

ルーカスの言葉に、ミリアムは迷わず膝をついた。

 

「この命に代えても、ルーカス様の『盾』となります。それが、私の騎士としての誓いです」

 

ギルバードもまた、その隣で深く頭を垂れた。彼らの忠誠心は、もはや単なる契約や義務ではなく、ルーカスの「力」と「信念」に対する絶対的な信頼へと変化していた。シェーラは、その様子を静かに見守りながら、ルーカスの成長と、彼が周りの人間を巻き込んでいく力に、深い感嘆を覚えていた。彼はまさに、人を『調教』することに長けている、と。

 

 

・・・・・

・・・

 

 

そんなある日の午後、ルーカスがシェーラと連れだって領地内の森を散策していると、遠くから何やら争う声が聞こえてきた。嫌な予感がして声のする方へ向かうと、そこには見慣れない男たちが、一匹のビーストの子供を捕らえようとしている現場だった。

 

「おとなしくしろ、獣のガキ!高く売れるんだからな!」

 

男たちは汚い言葉を浴びせながら、もがくビーストの子供を縄で縛ろうとしていた。ビーストは、彼らの種族にとって神聖な存在であり、狩りの対象とはなっても、捕獲され売買されることは掟で禁じられていた。ルーカスは、その光景に眉をひそめた。

 

『未確認の違法行為を確認。この世界の法規において、ビーストの捕獲・売買は重大な罪に問われる可能性があります』

 

Alphaの報告が脳裏に響く。しかし、ルーカスの怒りは、法規的な問題よりも、彼の合理的な思考に根ざしていた。この世界の生態系を乱す行為であり、何より彼の領地でこのような「無駄な」争いが起きることを許容できなかった。そして、何よりも、目の前の子供が無抵抗に虐げられている光景が、彼の逆鱗に触れたのだ。彼は、役立たずのゴロツキが、自身の『領地』で、不必要な混乱を生み出していることを容赦できなかった。

 

「シェーラ、あれは一体、何の真似だ?」

 

ルーカスの声は、普段の子供らしいトーンから一変し、まるで氷のように冷たかった。彼の瞳は、獲物を狙う猛禽類のように鋭く、男たちに向けられていた。シェーラはルーカスの纏う空気に、内心で身を震わせながらも、冷静に答えた。

 

「あれは、密猟者……いえ、人攫いです。ビーストの子供は、稀に高値で売買されることがあると聞きます。彼らは、この街のゴロツキのようですね……いつもは森の奥まで来ることはないのですが」

 

シェーラの言葉に、ルーカスの冷徹な笑みが深まった。ゴロツキ。まさに、今直面している問題「資金調達と初期の足場固め」にうってつけの、使い捨ての駒だ。

 

「……そうか。ならば、その取引を中止させてやるとするか」

 

ルーカスは静かに言い放つと、一歩前に踏み出した。彼の表情には、先日の教官を追い払った時と同じ、「本性」が浮かび上がっていた。シェーラは、ルーカスが次に何をするのか、固唾を呑んで見守っていた。彼の小さな手には、すでに漆黒の魔力が凝縮され始めていた。

 

ルーカスの逆鱗に触れるものだった。

 

Knock it off(いい加減にしろ)

 

ルーカスの声は、どこまでも冷たく、森の静寂に響いた。それは、3歳の子供が出すにはあまりにも不自然な、深く、そして有無を言わせぬ響きを持っていた。ゴロツキの男たちは、ビーストの子供を捕まえるのに夢中だったが、その声にハッと顔を上げた。そこに立っていたのは、見慣れない貴族の子供と、その隣に控える侍女だ。

 

「なんだ、坊主。ガキは引っ込んでろ。ここはあんたらの来る場所じゃねぇんだよ!」

 

リーダー格らしき、顔に傷のある男が忌々しそうに吠えた。仲間たちも下卑た笑みを浮かべ、縄を片手ににじり寄ってくる。彼らにとって、ルーカスはただの邪魔な子供に過ぎなかった。だが、その瞬間、ルーカスの瞳が、見る者を射抜くような鋭い光を放った。

 

「貴様らが、この領地で何をしているか、理解しているのか? それとも、その首の上にあるのは無意味な置物か?」

 

ルーカスの声に宿る、凍えるような威圧感。それはまるで、獲物を見定める捕食者のそれだった。男たちは、その場に立ちすくむ。彼らが感じたのは、ただの子供から発せられる魔力とは異質な、内臓を直接掴まれるような、得体の知れない恐怖だった。

 

「な……なんだ、このガキ……!」

顔の傷の男が呻いた。彼らは、本能的に『危険』を察知していた。しかし、目の前の子供が何をしようとしているのか、彼らの矮小な思考では理解が及ばなかった。

 

「無能な者には、存在価値がない。You got that?(分かったか?)

 

ルーカスはゆっくりと、片手をゴロツキたちに向けた。その掌には、先ほどよりも濃厚な漆黒の魔力が渦巻いている。それは、この世界の常識では考えられないほど圧縮され、純粋な殺意を孕んでいた。男たちは、全身の毛が逆立つような感覚に襲われ、咄嗟に後ずさった。

 

「…だが貴様らのような、無駄な存在にも、一つだけ利用価値がある。この街の『裏』を、俺の掌で管理する。そして、俺の計画の『手足』となる事だ」

 

ルーカスは冷酷に言い放った。その言葉は、彼らにとっての『地獄』か、あるいは『地獄からの解放』か。男たちは、恐怖に顔を歪ませながらも、彼の言葉の意味を必死で理解しようとしていた。ルーカスは彼らの反応を観察しながら、心の内で小さく舌打ちをした。

 

(全く、低レベルな連中だ。犬を躾ける方がよほど骨が折れるな。とはいえ、この程度のだからこそ、『躾』も容易いだろう)

 

彼は、彼らの上に立つ者として、具体的な手順を頭の中で組み立て始めていた。

 

「答えは、イエス、かノーか。選ぶがいい、But、Just say yes.(選べるのはイエスのみだ)

 

彼の笑みが増し、その声が、森に冷たく響き渡った。

ゴロツキの男たちは、互いの顔を見合わせた。リーダー格の男は、恐怖に震える手を必死で抑えつけながら、ルーカスの凍てつくような瞳から目を逸らせずにいた。本能が、この子供に逆らうことが死を意味すると告げていた。

 

「わ、わかりました……! イエスだ! イエスでございます、坊主様!」

 

血走った目で、男は叫んだ。他のゴロツキたちも、それに続くように声を上げた。「イエス!」「何でもします!」彼らは、生き延びるために、目の前の異様な子供に屈服する道を選んだ。ルーカスは、彼らの醜いまでの保身の姿に満足げな笑みを浮かべた。予想通り、利用価値のある駒だ。

 

「Good.ならば、貴様らには、この世界の『真っ当な社会』の厳しさを教えてやる。まずは、その汚れた手で、金の稼ぎ方を学べ。ただし、俺の許可なく死ぬことは許さん」

 

ルーカスはそう言うと、ビーストの子供を捕縛していた縄を、魔力線(マナ・スレッド)で瞬時に切断した。驚いたビーストの子供は、一瞬怯えたようにルーカスを見つめた後、一目散に森の奥へと駆け去っていった。その様子を、シェーラは複雑な表情で見守っていた。ルーカス様の優しさ……ではない。彼は、あくまでも『無駄』を嫌い、『秩序』を重んじる。このゴロツキたちの行為が、その秩序を乱すからこそ、制圧したのだ。

 

「シェーラ」

ルーカスの声に、シェーラはハッと我に返った。

 

「はい、ルーカス様」

 

「この者たちを、屋敷の物置小屋にでも連れて行き、鎖でもつけといてくれ。…Nope、そいつらの知能なら縄で十分か。後は、衣食住を用意し、逃げ出さないよう、ギルバードとミリアムに、交代で番をさせるように伝えてくれ。間違っても逃げ出さないようにな。」

(This is just their boot camp.)(ブートキャンプは始まったばかりだからな)

ルーカスは内心でそうほくそ笑んだ。

 

「かしこまりました」

 

シェーラは一礼すると、まだ震えているゴロツキたちに淡々と指示を出し始めた。彼らは、まさか貴族の子息の屋敷に連れて行かれるとは思ってもみなかっただろう。だが、抵抗する気力は彼らには残っていなかった。

 

 

 

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