第十四話 『調教』の始まり、裏と表の錬金術
ルーカスは領地内でビーストの子供を捕らえようとしていたゴロツキたちを制圧した。彼は、この街の無能な塵芥どもを、自身の計画のための「手足」として利用することを決断。彼らを屋敷の物置小屋に連行させ、その「調教」の第一歩を踏み出した。
その夜、ルーカスは捕らえたゴロツキのリーダー、顔に傷のある男とその一行を屋敷の一室に呼び出した。与えられた質素だがまともな食事を、男は怯えながらも貪るように平らげていた。飢えを満たした男の前に、3歳のルーカスが椅子に座り、冷徹な視線を向けた。
「さて、貴様らの『仕事』についてだが……。あまり期待するなよ、
ルーカスの声は、まるで獲物を品定めするかのように冷たかった。男はビクッと体を震わせた。
「は、はい……坊主様のお心のままに……」
「坊主様、か。悪くない。では、これから貴様らに課す『仕事』のプロトコルを説明してやろう。貴様らは、今日から俺の『所有物』だ。貴様らの命、財産、そして未来は、全て俺の掌の上にある。異論は認めん。反論する奴は、この世の空気を無駄に吸う、
ルーカスの言葉に、男は青ざめた顔で何度も首を縦に振る。
「第一に、貴様らは今後一切、密猟、人攫い、窃盗、賭博、その他一切の『裏』稼業を禁ずる。この領地で無駄な混乱を引き起こすことは許さん。分かったか、
男の目が見開かれた。彼にとって、それは生きる術を奪われることに等しい。
「で、ですが、坊主様!それでは、俺たちは何を食って……」
男の言葉を遮るように、ルーカスは冷たく言い放った。
「貴様らが飢え死にすることは許さん。衣食住は最低限提供する。加えて、貴様らの働きに応じて、わずかな『小遣い』もくれてやる。その代わりに、貴様らは『新しい仕事』を覚えろ。なぁに、心配するな、貴様らの知能指数でも理解できるレベルにまで噛み砕いてやる。
ルーカスは、男の顔に浮かぶ困惑と恐怖の入り混じった表情を満足げに眺めた。まるで、躾の効かない犬に、新しい芸を仕込むかのようだ。
「俺は今、俺の知識を基に、この世界の『常識』を覆す技術を開発している。その成果を、この領地、ひいてはこの大陸に普及させるつもりだ。その流通経路が必要になる。貴様らには、その『流通』の末端を担ってもらう」
男は呆然としていた。技術開発?流通?彼の理解を超える言葉ばかりだ。
「まずは、ランディの工房で製造される、高品質な日用品の運び屋から始めろ。貴様らがこれまで築き上げてきた『裏』の繋がりは、今は役に立たぬ。これからは『表』の世界で、真っ当に金を稼ぐ方法を学ぶのだ。そして、俺の指示に従い、正確に、速やかに、確実に任務を遂行しろ。失敗は許さん。もし失敗すれば、貴様らの魂は、俺の魔力の肥料となるだろうな、
ルーカスの瞳の奥には、彼らの未来を全て見通しているかのような冷徹な光が宿っていた。男は、逆らうことなど不可能だと悟り、震える声で答えた。
「は、はい……坊主様のおっしゃる通りに……」
ルーカスは満足げに頷いた。この男たちは、手足としては粗雑だが、使い捨てとしては十分だ。彼らを『真っ当な商人』に変える過程で、どれだけの『摩擦』が生じるか、少しばかりの好奇心が湧いた。
「そして……、坊主様などという間抜けな呼び方は今日で終わりだ」
ルーカスは椅子から降り、男の顔を覗き込むように見上げた。その小さな瞳は、一切の妥協を許さない絶対的な命令を宿している。
「俺を『
男はゴクリと唾を飲み込んだ。その言葉の響きが、彼の脳裏に、かつてどこかで聞いたような、しかし全く理解できない種類の威圧感を刻み込んだ。反射的に、男は震えながらも叫んだ。
「キ、キャプテン!」
ルーカスは満足げに笑みを浮かべた。よろしい。これで、奴らのブートキャンプが本格的に始まる。
・・・・・
・・・
翌日から、物置小屋に監禁されたゴロツキたちの奇妙な『更生』が始まった。彼らはギルバードとミリアムによる厳重な監視のもと、ランディの工房から運ばれてくる試作品――精巧な調理器具、手触りの良い布地、色鮮やかな染料、そして簡易なボードゲームの部品などを、ひたすら運搬し、梱包する作業を強いられた。
「damn it! 貴様ら、梱包がゴミだ!こんなもの、便所のネズミすら使わねぇぞ! その汚れた手でろくなもんも掴んでこなかったくせに、今さらまともな仕事ができると思うな!
「Harry!、Harry!、Harry!!何時までノロノロやってやがる!お嬢様方は優雅なもんだな!」
ある時ゴロツキの1人がトイレに申し出た時の事
「なに?トイレに行きたいだと?まさかまだ、幼児のように漏らすのか、Rookie?」
「イエス、サー!」
「だったらトイレまでサイレンを鳴らして走れ!貴様らの足は飾りか!GO!GO!GO!」
「い、イエス、サー!ぴ、ピーポーピーポー」
その彼は顔を赤らめながら、大声で叫びトイレに行くことになった
連日の調教で疲れ果てた時にもルーカスは容赦が無かった。
「10億年の物理学、100万年の進化、そしてご先祖さま方が頑張った結果、出てきたのは貴様のような惨めな欠陥品か。ああ、生命とは無意味なものだな、
体はヘトヘトであったが、悔しさを堪えながらも、彼らは懸命に、しかし、不器用に不慣れな作業をこなしていった。
3歳のルーカスが、彼らの目の前で、まるで熟練の教官のように厳しく指示を出す。彼の罵声は、ブートキャンプの訓練を彷彿とさせた。ゴロツキたちは、子供のくせに生意気だと内心で毒づきながらも、次第にコツを掴んで要領が良くなっていった。
もう彼の魔力と、背後に控える騎士たちの存在に怯えている暇も無い。
「ミリアム、ルーカス様の『ご趣味』は、ずいぶんと……独特だ」
ギルバードが困惑したようにミリアムに耳打ちした。物置小屋でゴロツキたちが真面目に梱包作業をする姿は、彼らの騎士としての常識を大きく揺るがしていた。
「ギルバード。恐らくルーカス様は、彼らを『利用』しているのよ。そして、彼らが何かを企むたびに、あの奇妙な響きの言葉が、さらに響くようになる。あれこそが、ルーカス様の『本性』の表れ。いずれ、彼らはあの言葉の真の意味を知ることになるはずよ」
ミリアムは厳しい表情のまま、ルーカスを見つめていた。彼の行動は、一見すると奇妙な『遊び』に見えるが、その裏には常に冷徹な合理性が存在していることを、彼女は知っていた。
数週間後、ゴロツキたちは見違えるように『商人』らしくなっていた。彼らはルーカスがAlphaに選定させた、街の既存の商人たちへの納品役を任されることになった。
Alphaは、ランディの工房と長年の取引があり、比較的信頼性が高く、かつ新しい商品やビジネスチャンスに貪欲な商人を選び出していた。ルーカスはゴロツキたちに、彼らが何を運んでいるのかを悟らせないまま、ただ『指定された場所へ、指定された商品を、指定された通りに届けろ』という単純な命令を与えた。
「これは……ランディの工房の品か? いつもより、ずいぶんと品質が良いな!」
ゴロツキたちが運び込んだ、新素材の調理器具や、従来の何倍も長持ちする布地の山を見た商人たちは、驚きと喜びの声を上げた。彼らは、ランディの工房の技術が飛躍的に向上したのだと信じて疑わない。ゴロツキたちは、慣れない敬語を使い、汗を流しながら商品を運び入れた。彼らの手は、もはや武器ではなく、商品を運ぶために使われていた。
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・・・
ルーカスは、屋敷の一室で、シェーラと共にランディの工房から送られてきた帳簿を確認していた。工房の売上は、驚くべき速度で増加し始めていた。特に、ルーカスが指示して改良させた日用品の売上が顕著だった。
「ルーカス様……工房の売り上げが、この短期間でこれほどまでに……」
シェーラは、信じられないものを見るように帳簿を見つめていた。ルーカスは満足げに頷いた。
「当然だ。ここの技術は、いまだ未熟に過ぎる。少しばかりの『知恵』と『効率』を与えてやれば、これくらいの成果は容易い、
ルーカスは、幼い顔に似合わぬ不敵な笑みを浮かべた。彼の計画は、着実に、しかし誰も気づかない水面下で、巨大な渦を巻き始めていた。ゴロツキどもは、その渦に巻き込まれた最初の一歩に過ぎない。この小さな一歩が、やがてこの世界の常識を根底から揺るがす、巨大な波となることを、彼は確信していた。