剣と魔術とライフルと   作:あききし

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第十五話

 

第十五話:公爵夫人の憂慮、そして見えざる手

 

 

トレンス侯爵家、第一夫人ダイアナ・ド・オールストン・ラ・トレンスは、紅茶を優雅に傾けながら、近頃の領内の報告書に目を通していた。当主キースが多忙を極める中、彼女は実質的に侯爵家の内政を取り仕切っている。書類に並んだ数字は、彼女の顔にわずかな満足の色を浮かばせた。魔道具工房の売上は堅調に伸び、新たな税収源として侯爵家財政に貢献している。そして、何よりも目を引くのは、領都の治安の劇的な改善だった。

 

「ひったくりが前月の五割減、小競り合いは皆無。不審者の報告も著しく減少……」

 

ダイアナは細い指で報告書をなぞった。表向きは喜ばしいことだが、彼女の眉間には微かな皺が刻まれていた。あまりに急激な変化だ。これまでの街の裏社会は、無秩序ながらも特定のならず者集団が牛耳っていた。彼らが完全に消え去ったわけではないのに、まるで一晩で全てが洗い流されたかのように、街の空気が変わった。それは、既存の警備体制の強化や、見回り騎士の増員といった、表立った対策だけでは説明がつかない異常な改善だった。

 

「一体、誰が、どのような手を打ったというの?」

 

彼女は自室で静かに思考を巡らせる。報告に上がっているのは、街の裏路地の末端を荒らしていたごく少数のゴロツキが姿を消したという程度だ。それだけで、これほどの変化が訪れるはずがない。そこには、見えざる手が働いているとしか思えなかった。そして、その手が誰のものか、ダイアナには薄々感づいている相手がいた。

 

クリスティアナ。あの病弱で愚鈍な女。そしてその息子、ルーカス。

ダイアナはカップをソーサーに戻し、冷ややかな視線を窓の外に向けた。クリスティアナは王家傍系、エルトリア公爵家出身という肩書きを持つ。さらに、彼女の白い髪と赤い瞳は、王家傍系に時折現れる「精霊の祝福、或いは「呪い」と囁かれる血筋の証。古くからの言い伝えで語り継がれるその特異な容貌は、彼女が単なる公爵令嬢ではないことを意味していた。病弱なため、侯爵家では形ばかりの存在ではあったが、その血筋は王家との強い繋がりを意味し、言い伝えの持つ不気味な響きも相まって、ダイアナにとっては常に目障りな存在だった。彼女は、クリスティアナとその息子の影響力を排除することに余念がなかった。

 

ルーカスはたった3歳の子供だ。病弱な母親にべったりで、屋敷の奥でひっそりと暮らしているはずだった。だが、彼の周りでは、ここ最近、あまりにも多くの「偶然」が起きている。

 

まず、クリスティアナ夫人への嫌がらせがぴたりと止んだこと。ダイアナ自身が仕向けた手の者たちが、まるで示し合わせたかのように、次々と「失敗」し、あるいは「姿を消し」、最終的には夫人を貶める動きそのものが機能しなくなった。報告によれば、夫人の侍女であるシェーラと護衛騎士のギルバードやミリアム達が異常なほど警戒を強めている、とのことだったが、それだけでは納得できなかった。

 

そして、工房のランディだ。あの変人めが、これまでは無価値な魔道具ばかり作っていたにもかかわらず、急に「天才」と持てはやされるようになった。彼の作る魔道具の効率は飛躍的に向上し、飛ぶように売れている。彼自身は、その成功を「ルーカス様からのご助言のおかげです」と、無邪気に話しているという。

 

「ご助言、ね……」

ダイアナは小さく鼻で笑った。たった3歳の子供が、魔導工学の最先端を助言できるはずがない。彼の背後には、何かがある。そして、その「何か」が、今、領都の裏社会にまで手を伸ばしているのだとしたら……。

 

 

 

・・・・・

・・・

 

 

 

領都の裏路地、薄汚れた一角で、侯爵家の紋章が入った荷車が数人の男たちによって引かれていた。その中に、かつてこの界隈でゴロツキとして生きていたダリルの姿もあった。ルーカス様の工房で働き始めてから、彼らの生活は一変した。毎日、埃まみれになりながらも、定められた量の荷物を運び、わずかながらも安定した賃金を得ている。

 

「なぁ、ダリル。本当にこの道でよかったのかよ?」

隣を歩くかつての仲間の言葉に、ダリルは苦笑いを浮かべた。

 

「ああ、もうあの頃には戻りたくねぇよ。毎日、明日食うものにも困るような生活はご免だ」

 

その時、彼らの行く手を数人の屈強な男たちが塞いだ。その顔には、見覚えがあった。かつてダリルたちが仕えていた、アギトの配下たちだ。

 

「よう、ダリル。こんなところで会うとはな。親分に何の挨拶もなしに消えやがって、いい度胸じゃねぇか」

男たちのリーダー格が、ニヤニヤとしながら近づいてきた。

 

「旦那たちには、もう話は通してあるはずだ。俺たちは足を洗ったんだ」

 

ダリルは平静を装おうとしたが、体の震えを抑えきれない。

 

「足を洗う?この街で、一度でも俺たちの縄張りで稼いだ奴は、永遠に俺たちのモンだ。それに、お前ら、ずいぶんといいツラしてるじゃねぇか。少しばかり、上の者に献上してもらおうか」

男たちは下卑た笑みを浮かべ、有無を言わせずダリルたちを取り囲み、荷車から無理やり荷物を奪い始めた。ダリルたちが抵抗しようとするも、多勢に無勢。あっという間に組み伏せられ、金品を強奪されてしまった。

 

抵抗したダリルの顔には、男たちの拳が叩き込まれた。力の差は歴然としていた。

金品を奪い終えると、男たちは満足げに去っていった。ボロボロになりながらも、ダリルたちは一目散に工房へと逃げ帰った。

 

 

ダリルは、奪われた荷物と痛む顔を押さえながら、荒い息を吐き、遠ざかっていく男たちの背中を睨みつけた。だが、追いかける力も、取り返す手段も、今の彼らにはなかった。

 

「くそっ……!俺たちは、もうあんな真似はしないって決めたのに……!」

 

隣でうずくまる仲間の一人が、悔しさに震える声で呟いた。ダリルもまた、壁に拳を叩きつけたい衝動に駆られていた。裏社会から足を洗ったと信じていたのに、結局はまた、暴力と理不尽に屈するしかなかった。この数ヶ月で得た、ささやかな希望と自信が、砂のように指の隙間からこぼれ落ちていく感覚だった。

 

「……ルーカス様には、申し訳ねぇ」

ダリルは絞り出すように言った。自分たちは、結局、何の役にも立たず、むしろ厄介事を持ち込んでしまった。その無力感が、何よりも彼らを苛んだ。

 

 

・・・・・・

・・・

 

 

工房の一室で、俺はダリルたちの報告を聞いていた。ギルバードとミリアムが険しい表情で事の顛末を説明する中、俺は冷静な様子で頷いた。

 

「hmm。やはり、下水に群がるネズミどもは、甘い匂いには鼻が効くらしいな。期待を裏切らない、実に凡庸な反応だ。全く、お前らみたいな手合いは、予測可能すぎてつまらねぇんだよ」

俺は小さく呟いた。

 

「ルーカス様、しかし、ダリルたちがこんな目に……!」

ギルバードが悔しそうに声を上げた。

どうやらいつの間にか、仲間意識が芽生えたらしい。

 

「ああ、分かっているさ。奴らには、俺からの『とびきり上等なプレゼント』を、わざわざ手渡しで届けてもらったからな。感謝してもしきれないだろうよ」

 

俺は不敵に笑った。実は、ダリルたちが運んでいた荷物の一つに、俺がわざと分かりやすいように仕込んだものがあった。外からは分からぬよう、しかし確実にアギトの手に渡るよう、巧みに隠していたのだ。

 

「お前たちもご苦労だった。しかし、随分と気合の入った顔つきになったじゃないか。まさかそこまで必死に俺の言いつけを守ろうとするなんてな。ようやく赤子くらいにはなったようだな。まあ、赤子でもないよりはマシだ。この裏社会の泥だらけの道で、ようやくハイハイを覚えたってところか」

 

俺はダリルたちの顔を一人ひとり見回した。彼らの顔には、殴られた跡と、深い屈辱が刻まれている。だが、その瞳の奥には、どこか希望のような光も宿り始めていた。

 

「だがな、お前たち。俺はただお前らを雇って、その辺のチンピラの小遣い稼ぎをさせるつもりはねぇ。俺の描く未来には、もっとでかい仕事が待っている。お前らは、その未来を掴むための最初の『配達人』だ。今回の『仕事』で、身をもって理解しただろうが、俺の命令は、どんな場所でも、どんな状況でも、確実に遂行されなきゃならねぇ。時には、その身の危険を冒してでもな。それができる奴だけが、俺の隣に立つ資格がある」

 

俺は、掌で弄んでいた試作型ハンドガンを軽く宙に放り、受け止めた。

 

「お前らが、この街の『目と耳、そして手足』となる日も近いかもな。その時、この領都が、いや、この世界がどう変わるか。せいぜい楽しみにしていろ。そして、この件で身につけた『教訓』を忘れるな。お前らは、ただの運び屋じゃない。価値ある『情報』と『品』を、正確に『届ける』ための、重要な『インフラ』になり得る存在なんだからな」

 

ルーカスの言葉に、ダリルは息を呑んだ。殴られた痛みが、遠く霞むほど衝撃的な言葉だった。「最初の配達人」。「インフラ」。これまでの自分たちを「ゴミ」と呼んだ男が、今は「未来を掴むための重要な存在」だと言った。その言葉は、彼の荒廃した心に、凍てつく冬の土を突き破って芽吹く新芽のように、わずかな、しかし確かな希望の光を灯した。

 

「……インフラ……」

ダリルは小さく呟いた。その意味を完全に理解できたわけではない。だが、ルーカスが自分たちに、単なるゴロツキの仕事以上の、何か壮大な計画の一端を担わせようとしていることは、肌で感じ取れた。それは、恐怖を凌駕するほどの、未知の興奮だった。

 

彼らはこれまで、ただその日暮らしの稼ぎのためだけに生きてきた。裏社会の理不尽に翻弄され、明日の命すら保証されない日々。だが、この幼い『キャプテン』の下ならば、自分たちは、もっと大きな「意味」を持つことができるかもしれない。アギトたちに屈辱を与えられ、自分たちの無力さを痛感したばかりだが、ルーカスの言葉は、その傷を癒すどころか、「もっと強くなれ」「もっと賢くなれ」と、彼らを奮い立たせるようだった。

ダリルは、自分の体に刻まれた傷跡に、もはや痛みを覚えていなかった。それは、ルーカスの言う通り、新しい未来への「勲章」なのだ。そして、この屈辱を味わった経験こそが、この先、彼らがルーカスの「インフラ」として成長していくための、確かな一歩となることを、この時のダリルはまだ知る由もなかった。

 

 

 

・・・・・

・・・

 

 

 

ダリル達から、奪った荷物を確認していたアギト達。

 

「兄貴、ダリルの連中の荷物ですが、ガラクタみたいに見えるんですが、こりゃ何かのお宝ですかい……?」

奪った荷物を確認していた、部下が困惑の表情で差し出して来たのは、見た目だけ整えたような、素人目にも不出来と分かる、調度品であった。

 

「……クソッ、なんだこのゴミは。あいつらこんな物で稼いでんのか…?もっと良く探してみろ!一つくらいまともなもんがあるだろう!」

アギトはそう、言いながら自身も荷物の一つを漁り始めた。

 

「何だ、こりゃあ?」

アギトは荷物の中から、一枚の羊皮紙が厳重に封をされた包みを見つけた。封蝋には侯爵家の印がご丁寧に押されていた。それを不審に思いながらも封を開けると、中にはたった一枚の紙片が入っていた。

 

『やぁ、おバカな便所虫さんたち。僕の可愛いお兄さんたちに、とっておきのプレゼントを届けさせたよ。気に入ってくれたかな?君たちの、その間抜けな顔が、僕の今日のご褒美さ。さあ、せいぜい震えて、おしっこ漏らしながら、その汚い毎日を過ごしておくれ!それと君らが今頃漁っているだろう、ガラクタはわざわざ君たちの為にティータイムの片手間に作ったんだ!とってもお似合いだと思うよ。是非とも楽しんでくれたまえ。

 

――お利口な坊やより』

 

アギトの顔が、みるみるうちに怒りで紅潮していく。

 

「……お利口な坊やだと?片手間に作った…?わざわざこの為だけに作っただと!?この俺を愚弄する気か!?」

 

紙片には、丁寧な文字で、しかし傲慢な口調で、アギトとその配下を徹底的に見下す文言が書かれていた。だが、その内容以上にアギトを激怒させたのは、送り主の欄に書かれた「お利口な坊や」という署名だった。アギトは、その紙片を握りしめ、顔を真っ赤にして怒りに震えた。

 

「くそっ、どこのどいつだ!俺をここまで侮辱しやがって!見つけ出して、八つ裂きにしてやる!!」

アギトは血走った目で叫んだ。

 

 

 

・・・・・

・・・

 

 

 

数日後、侯爵領の下町にある倉庫

ダリル達の元へと、一通の招待状が届けられた。雑で殴り書きのような汚い字で、差出人はアギト。

 

『おい、ゴミ虫。テメェのプレゼントは確かに受け取ったぜ。気に入らねぇ。

もしテメェに、この俺の怒りを受け止める度胸があるんなら、明日、正午にこの牙の根城に来やがれ。

二度と這い上がれねぇ地獄を見せてやる。この俺が、貴様を切り刻んで、道端の肥やしにしてやるぜ。

――牙のアギトより』

 

ミミズののたくった文字で書かれた、その招待状を受け取った俺は、一瞥し、フッと失笑した。

「ギルバード、ミリアム。明日の正午、アギトとかいう奴は俺の為に歓迎パーティを開いてくれるらしい。まさか、あんな脳みそが筋肉でできたチンピラが、律儀に『お招き』の招待状を寄越すとはな。礼儀を教える日が来るとは思わなかったが、案外、躾のしがいがあるのかもしれない」

 

俺は不敵に笑い、今日出来たばかりの試作品を、手の中で弄んだ。

 

 

・・・・・

・・・

 

 

翌日の正午、俺はギルバードとミリアムを伴い、堂々とアギトの根城へと乗り込んだ。そこは、湿った土と汗、そして微かな血の匂いが混じり合う、薄暗い地下闘技場だった。天井からは錆びた鎖がぶら下がり、壁には無数の傷跡が刻まれている。周囲には、屈強な男たちが百人近く、獲物を囲む狼のように腕組みをして立っていた。

集まったのはアギトだけでなく、他の組織の人間も集まっていた。侯爵家の末っ子はまだ幼く、権力もない上、ダイアナの情報操作により、疎まれており、本気で侯爵家の騎士団が来るという、脅威度は低いと見積もられていた。彼らはルーカスを利用して、自身の利益にしようと画策していた。

 

彼らの顔には、獲物を見下すような下卑た笑みと、わずかな警戒の色が浮かんでいる。中央には、まるで肥え太った豚のようなアギトが、血走った目で俺を睨みつけて待ち構えていた。その手には、鈍く光る鉄の棒が握られている。

 

「よう、ゴミ虫坊主!よくもノコノコと来やがったな!その度胸だけは褒めてやるぜ」

アギトは下品な笑みを浮かべた。

 

俺は冷たい眼差しでアギトを見据えた。

「おいおい、脳みそが筋肉でできた連中には、難しい話だったか?俺はな、無意味な殺生は好まねぇ、ごく一般的な良識人さ。だが、俺の『所有物』に手を出す奴と、俺の領地で好き放題fuckする——特に、お前らみたいな下品な野良犬ども——は、心の底から気に食わねぇ。ああ、すまん。本能だけで生きてる連中には、言葉の意味が理解できないんだったな。俺もたまに、お前らみたいな原始人相手だと、つい言葉を選び損ねる」

 

アギトは、ルーカスの幼い顔から放たれる冷たい視線と、耳慣れない数々の侮辱の言葉に、一瞬言葉を失った。周囲の男たちも、ざわめきながら互いに顔を見合わせる。

 

「てめぇ、このガキが……!何を言いやがる!」

アギトの隣に立つ、顔に大きな傷跡のある男が、一歩前に出て怒鳴った。その手には、錆びたナイフが握られている。

 

「ほう、躾のなってない野良犬が、吠え始めたか。

That's the way!(いいぞッ、もっと来いよ!)、もっと吠えてみろ。その程度の芸しかできないなら、せいぜい今のうちに楽しませてくれ!bow-wow, woof,ってな!」

 

ルーカスは、子供らしい無邪気な笑顔を浮かべながら、挑発するように首を傾げた。その笑顔の裏に潜む冷酷さに、男は一瞬たじろぐ。

 

「てめぇ、ふざけやがって!親分を侮辱するとは、ただじゃおかねぇぞ!」

 

別の男が、棍棒を構えてルーカスに詰め寄ろうとする。アギトは、その様子を満足げに見つめていた。

 

「やっちまえ!その生意気な口を縫い付けてやれ!」

 

アギトの号令と共に、数人の男たちが一斉にルーカスに襲い掛かろうと、その距離を詰めてきた。彼らの顔には、獲物を捕らえる獣のような獰猛な笑みが浮かんでいる。

その瞬間、俺は懐に手を入れ、昨日出来たばかりの試作型ハンドガンを取り出した。男たちの動きが、一瞬止まる。彼らは、俺の掌に収まる小さな鉄の塊が何であるか、理解できていないようだったが、貴族の魔道具の一種であると思い、警戒していた。

 

「俺は無駄な殺生を好まないと言ったはずだ。だが、お前らのそのairhead(空っぽの頭)では、言葉の意味を理解できないらしいな」

 

俺は躊躇なく銃口を向け、引き金を引いた。

いつものように。しかし、いつより小さな掌が、鉄の重みで埋まる幸福感。

狙いを定め、引き金を絞る。指先に伝わる抵抗、弾ける衝撃。

脈拍は正常。未熟な肉体が、慣れ親しんだ反動に歓喜していく。

 

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

乾いた銃声が、地下闘技場の薄暗い空間に、まるで雷鳴のように響き渡った。数人の男たちが、まるで糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏し、呻き声を上げる。

僅かに感じる痺れ。匂いこそ違うが、その歓声のような甲高い音が。その瞬間、世界が鮮明に色づいた。

貴族としての安寧な日々、その奥底で俺を苛んでいた退屈さがクリアになっていく。

 

 

「さて、おバカな野良犬ども。言葉が通じないなら、『実演』で教育してやるしかないだろう?」

 

 

鼓膜を震わす爆音こそが、俺の魂にとっての極上の子守唄だ。

倒れ伏す男たちを見つめる俺の唇は、無意識に吊り上がっていた。

恐怖? 不安? まさか。あるのは全能感にみちた饒舌さだ。

 

 

彼らが倒れた場所からは、鮮やかな赤い血が、瞬く間に地面に滲み広がっていく。アギトとその手下たちは、その信じられない光景に、まるで時間が止まったかのように動きを止めた。たった三歳の子供が持つ、掌に収まる小さな鉄の塊が、自分たちの屈強な仲間を、いとも簡単に、そして確実に傷つけたのだ。彼らの顔には、恐怖と混乱、そして理解不能な絶望の色が浮かんでいた。

 

「この鉄の塊が何なのか、お前らみたいな『地面を這いずる虫ケラ』には理解不能だろうな。だが、お前らのその、神様が酔っ払って描いたような汚ねぇ顔を吹き飛ばすくらいは、俺にも造作もないことだ。もっとも、わざわざ弾丸を使うまでもなく、お前らの『輝かしい悪事』は、もうご丁寧にファイルにまとめられているがな」

 

俺は冷笑を浮かべ、懐から数枚の羊皮紙を取り出し、アギトの足元に投げつけた。

 

「貴様は、数年前、賭博場の縄張りを奪う際、不正な帳簿操作と、弱者を食い物にした裏取引を行ったな。貴様が隠匿している地下貯蔵庫の場所と、そこに保管されている不正な利益の証拠も、全て把握している。まるで子供の落書きのように、全て詳細に記録されている。そして、こちらは、貴様が他の組の縄張りを武力で奪ってきた証拠、脅迫や暴行の被害者たちの『悲鳴』が詰まった証言だ。これらが流出したら大変だなぁ?真偽に関わらず、その情報が『公』になれば、お前らの人生は——いや、その惨めな『生き様』は——見事に詰むだろうな。その後、他の連中にその醜い面を、どう『リフォーム』されるか、今から楽しみで仕方ねぇよ」

 

アギトの顔から、みるみるうちに下卑た笑みが消え失せた。最初は理解が追いつかないといった表情で、まるで頭にハエが止まったかのように眉をひそめていたが、羊皮紙に書かれた内容を読み進めるにつれて、その顔は青ざめ、やがて怒りで真っ赤に染まっていった。周囲の男たちも、ざわめき始め、互いに顔を見合わせている。

 

 

止まらない。俺の口からは、溢れるように情報の弾丸が飛び出していく。

相手が絶望し、硬直するまで、情報を叩きつけずにはいられない。

一欠片の「未知」も、一滴の「混沌」も、この空間に残してはならない。俺の目の前で秩序を乱すって事はそういう事だろ?

 

 

「さらに、そこの、『黒狼』のリーダー、バルド。貴様が密かに王都の貴族と繋がっており、侯爵家の情報を漏洩していたことも知っている。その証拠も、既に手元にある。いやはや、ずいぶん昔からスパイ活動にご熱心だったようで、ご苦労なことだ」

アギトの隣にいた「黒狼」のリーダー、バルドは、ルーカスが「王都の貴族と繋がっている」と口にした瞬間、冷や汗が背筋を伝った。その繋がりは、彼が最も秘匿していた、組織の根幹に関わる秘密だったはずだ。それが、たった三歳の子供によって、白日の下に晒されている。

 

「ば、馬鹿な……どうして貴様がそれを……」

 

バルドは信じられないといった顔でルーカスを見つめた。その目は、恐怖と、そして理解不能な事態への混乱に揺れていた。彼のプライドは、まるで脆いガラス細工のように、音を立てて砕け散っていくのを感じた。

 

 

俺の冷笑が、男たちの恐怖をさらに煽っていく。

 

「闇市を仕切る『蛇』のヌシ、ザラザ。貴様が、我が領の貴重な資源を国外に密輸しているルートと、その共犯者たちの名簿もだ。その手際なら、まともな商売をすればもっと儲かっただろうに、残念でならないな」

 

「蛇」のヌシ、ザラザは、その場に響くルーカスの声を聞きながら、全身の毛が逆立つような悪寒を感じていた。俺が密かに国外に密輸しているルートと、その共犯者たちの名簿――それは、彼自身の手で厳重に保管され、決して他言してこなかった情報だ。

 

「こ、このガキは……まさか、悪魔か……?」

 

ザラザの唇から、震える声が漏れた。単なる情報収集ではありえない。まるで、自分の記憶を覗き見られているかのような、恐ろしい感覚だった。彼の目の前の子供は、もはや人間ではない。裏社会の常識も、この世界の法則すらも、ねじ曲げてしまうような異形の存在だと、彼は本能的に悟った。

 

 

次々と、ルーカスは彼らの裏帳簿、不正な取引の証拠、隠蔽された犯罪を、まるで見てきたかのように暴露していく。その情報は、あまりにも正確で、彼ら自身ですら忘れていたような細部にまで及んでいた。男たちの顔は、恐怖と絶望に染まっていく。彼らが長年かけて築き上げてきた「秘密」は、この子供の目には、まるで存在しないかのように丸裸にされていた。

 

これは、Alphaの提供する高度な情報分析能力と、ルーカス自身の精密な魔力感知能力、そして非凡な洞察力が合わさって成せる技だった。彼らの生体情報から微細な心理変化を読み取り、過去の魔力痕跡から行動を推測し、そして事前にギルバードやミリアム、あるいはダリルを通じて得た断片的な情報を繋ぎ合わせることで、ルーカスは彼らの秘密を完全に把握していたのだ。

 

 

 

ギルバードは、ルーカスが躊躇なく引き金を引いた瞬間、息を呑んだ。あの幼い手が、何の躊躇もなく、人に向けてその『魔導具』を使うとは……。衝撃だったが、同時に、彼の胸には奇妙な熱が湧き上がっていた。

 

「ミリアム、手早く終わらせるぞ。キャプテンは、どうやらおしゃべりには飽きたらしい」

 

ギルバードは顔に似合わない獰猛な笑みを浮かべた。彼にとって、ルーカスが単なる『子供』ではないことは、とっくの昔に理解していた。だが、今日、彼は改めて知らしめられたのだ。この幼い主は、必要とあらば、どんな手段も講じる『現実主義者』であり、『支配者』なのだと。彼の指揮の下ならば、この腐敗した世界も、本当に変わるかもしれない。その確信が、ギルバードの忠誠心をさらに強固なものにした。

 

ミリアムは、冷静さを保ちながらも、内心では激しい動揺を覚えていた。ルーカス様の放った銃弾は、正確に男たちの足を狙い、命を奪うことよりも無力化することを優先している。その冷徹なまでの合理性。そして、彼が放つ言葉の一つ一つに込められた、常人には理解しえない深遠な知性。

 

「……ルーカス様は、やはり私たちとは違う存在なのですね」

彼女は小さく呟いた。彼の言葉は常に人を突き刺すが、同時に、物事の本質を的確に捉えている。クリスティアナ様を守り、この侯爵家を、いや、この領地を真に変革できるのは、この幼い『キャプテン』しかいない。ミリアムの瞳には、揺るぎない決意の光が宿っていた。

 

その場にいた全員が息を呑む中、ギルバードとミリアムが数人の男たちを拘束した。彼らは、俺に逆らおうとした、あるいは特に悪質な行いをしていた者たちだった。

 

「こいつらを、例の場所へ連れて行け」

俺の静かな一言が、アギトをはじめとする残りの者たちの背筋を凍らせさせた。

ブートキャンプ――その言葉は、裏社会にじわじわと広がり始めていた「行方不明になった者たちが送られる、恐ろしい場所」

 

という、曖昧な噂でしかなかった。だが、今、目の前で、実際にその場所へ連れて行かれる者たちがいるのだ。

 

拘束された男たちは、恐怖で大きく見開かれた目で助けを求めていたが、誰も彼らに手を差し伸べなかった。ブートキャンプへ送られた者は、二度と元の人間として戻ってこない。彼らは、まるで意志を失った人形のように、ただ黙々と命令に従うようになる、というのだ。

 

「ま、待ってくれ!ルーカス様!何なりと仰せのままに……!」

 

アギトは、完全に戦意を喪失していた。その隣にいる、他の組織の者たちも、俺の圧倒的な力、そして何よりも、彼らの秘密を全て握っているという事実に、抵抗する気力は残っていなかった。

 

「いいか、よく聞け。お前らみたいな『腐りきったゴミ』を叩き直すには、ブートキャンプが一番手っ取り早いセラピーなんだよ。俺の寛容さも、残念ながら無限じゃねぇからな。せいぜい、そこで『人間』というものを学び直すんだな」

 

俺の冷徹な眼差しは、誰一人として例外を許さない。

 

 

・・・・・

・・・

 

 

 

数日後、ブートキャンプから「矯正」されて戻ってきた者たちの変わり果てた姿は、裏社会のトップたちの心を完全にへし折った。彼らはもはや、俺に逆らう気力すら失っていた。彼らは、俺がもたらす恐怖が、単なる脅しではなく、現実であることを痛感したのだ。

 

 

こうして、俺は領都の裏社会を完全に支配下に置いた。俺は彼らの縄張りを再編し、無益な争いを禁じ、新たな「仕事」を与えた。工房からの製品運搬、街の警備の裏側、情報収集、そして、侯爵家では手が回らないような細やかな住民の困り事の解決……。

最初は、ただ恐怖に怯え、命令に従うだけのトップたちだった。しかし、時間が経つにつれて、彼らの表情に変化が現れ始めた。

 

「……以前より、ずっと安定した稼ぎがあるな」

 

「無駄な争いがなくなったおかげで、部下の犠牲も減った。これほど効率的なことはない」

 

「それに、ルーカス様から回される情報のおかげで、縄張りの危険も事前に察知できるようになった」

 

彼らの間で、そんな言葉が囁かれるようになった。俺がもたらしたのは、単なる恐怖だけではなかった。それは、裏社会に今まで存在しなかった「秩序」と、それによってもたらされる「利益」だった。彼らは、俺に逆らえば待っている地獄を理解していたが、同時に、俺に従うことで得られる「安定」と「繁栄」もまた、理解し始めていた。

 

彼らは、もはやかつての自由を望まない。俺という絶対的な支配者の庇護の下で、彼らは裏社会の新たな歯車として、効率的に機能し始めていた。

 

 

 

彼らは、この幼い支配者を「キャプテン」と呼ぶようになった。それは、恐れと畏敬、そしてわずかながらも「この新しい秩序ならば、自分たちの未来もある」という、奇妙なまでの心服の念が込められた呼び名だった。俺は、領都の裏社会をその見えざる手中に完全に収め、彼らは俺の描く新たな絵図の中で、静かに、そして確実に機能し始めたのだった。

 

 

 

 

 

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