幕間 未来への加速と歪む時間
執務室の窓から差し込む朝日に目を覚ましたルーカスは、ゆっくりとベッドから起き上がった。五歳の誕生日を迎え、体つきは少ししっかりしたものの、見た目はまだあどけない子供のままだ。しかし、その内側で思考する意識は、現実の時間とはかけ離れた速度で駆け巡っていた。
「Alpha」
思考を巡らせながら、俺は静かに呼びかけた。
『おはようございます。ルーカス』
脳内に、変わらぬAlphaの無機質な声が響く。
「現在の状況を報告しろ。まずは初期生産システムの稼働状況と、ブートキャンプの初期戦力の進捗についてだ」
『
Alphaの報告に、ルーカスは満足げに頷いた。
「OK。ウチの可愛いの
『ブートキャンプの訓練兵は現在217名。全員が徹底的な身体能力強化と、戦術訓練、情報伝達訓練を修了しました。平均的なヒューム兵士と比較し、『戦闘能力は3倍、連携能力は5倍に向上』しています。彼らは、貴方が設計した、強化軽装武器──マナ・パック式アサルトライフル、スナイパーライフル、軽機関銃、軽量対戦車兵器──の運用訓練も完了しており、その練度は極めて高いと評価できます』
ルーカスは窓の外に目を向けた。この世界に来て五年。その間に築き上げてきたものは、この世界の常識を遥かに凌駕している。
「現在の備蓄状況を報告しろ。特に『強化軽装武器』についてだ。魔獣との遭遇戦を想定し、少し過剰気味に生産しているがな」
『各火器の備蓄状況は以下の通りです。
* マナ・パック式アサルトライフル:250丁
* マナ・パック式スナイパーライフル:50丁
* マナ・パック式軽機関銃:30丁
* マナ・パック式軽量対戦車兵器:20基
マナ・パックの備蓄は各火器に対して十分な量があります。いずれも、通常の魔獣を排除するに足る威力を有しており、現時点での『対魔獣戦への備えとしては過剰な生産量』であると判断できます。貴方の指示通り、未知の魔獣との遭遇や、予期せぬ大規模襲撃を想定した『冗長性のある備蓄』が完了しています』
Alphaの報告は、俺の懸念を払拭するのに十分だった。まだ直接的な魔獣との大規模戦闘は経験していないが、前世の知識とこの世界の魔力的な特性を考慮すれば、万全の準備が必要だ。
「hmm。これで当面の危険には対処できる。それにしても、あのクソアマ、懲りないね。そろそろお茶でも誘って、毒でも盛ってやろうか。奴の密偵の侵入は、依然として確認されているのか?」
『ダイアナ・ド・オールストン・ラ・トレンス夫人からの『ブートキャンプへの密偵派遣』は継続的に確認されています。しかし、こちらの『魔力痕跡感知能力』と『高感度センサー網』により、全ての侵入は事前に察知され、目的地の特定に至る前に排除済みです。ダイアナ夫人は未だにブートキャンプの正確な位置を把握できていません』
ルーカスは薄く笑った。情報戦の優位は、常にこちらのものだ。
「全く学習能力ってモンを落としてきたのか?まぁ、いいだろう。今のところは泳がせておく。だが、動きが活発になるようなら、いつでも叩き潰せる準備は整えておけ。せいぜい夢の中で俺の計画を練っておくがいいさ」
『了解しました』
短い沈黙の後、ルーカスはふと、自身の内側へと意識を向けた。
「Alpha。体感時間の圧縮現象について、改めて現在の詳細を説明しろ。五歳になったとはいえ、この肉体の成長速度と、俺の思考速度が釣り合っていない感覚が、より顕著になっている」
『貴方の脳神経系は、既存のヒュームのそれをはるかに凌駕するレベルで進化している証拠です。複数の要因が複合的に作用し、時間認識の相対的な変化が生じています』
「
『貴方の脳内シナプスの過剰発火により、思考速度が以前の『数倍から数十倍』に加速しています。次に、神経伝達物質の効率が劇的に向上しており、情報処理の帯域が拡張されています。さらに、貴方の肉体全体に遍在する魔力が、神経伝達を物理的・魔力的に強化し、一種の「生物的コンピューター」としての機能がより強化され始めているためです。その結果、短時間で膨大な情報を処理し、状況を分析し、最適な判断を下すことが可能となっています。これは、貴方が意図的に意識を集中させた際に顕著に現れ、戦闘時や複雑な策略を巡らせる際に極めて有利に働きます』
ルーカスは腕を組み、深く思考に沈んだ。思考が加速することで、周囲の動きが鈍く見える。執務室に舞い込む埃の動きすら、妙にゆっくりに見える。目の前の時計の秒針ですら、まるで緩慢に動いているかのようだ。この現象は、俺が意識を集中させればさせるほど顕著になる。
「つまり、俺の意識だけがこの世界の時間を引き伸ばしているってことか。まるで、世界が俺に合わせてスロー再生されているようなもんだな。まさか俺の頭の中で、いつもターミネーターみたいな処理が走ってるってわけじゃないだろうな?むしろ、時々フリーズしそうで怖いぜ」
『補足します。貴方の意識が深下した際の最大加速率は、現実時間の1秒を体感時間で約11分にまで引き延ばします。これは「1日を1.8年」として処理する計算効率に相当します。
この5年間、貴方が「安全確保」のためにこの機能を使用した累積時間は、現実時間で約2.2年。その結果、精神的な経験値として4年の加算が生じ、実年齢5歳に対し、精神年齢は9.2歳に到達しています』
Alphaの冷静な分析は、俺の問いに確かな答えを返した。思考が加速することで、周囲の動きが鈍く見える。執務室に舞い込む埃の動きすら、妙にゆっくりに見える。この現象は、俺が意識を集中させればさせるほど顕著になる。
「前にも聞いたが、この身体能力の向上は、体感時間の圧縮と関係しているのか? 例えば、思考がこれだけ加速すれば、常人には見えない動き、追えない速度、反応できない速さで動けるようになるとかよ? まあ、アメコミヒーローは言い過ぎだが、そろそろ『ちょっと頭の良いガキ』は卒業できたか?」
『
「Duh.スーパーパワーって奴にも憧れていたんだがな。まぁいい。あくまで思考速度以外は人間の範疇に収まるわけだな」
『その認識で間違いありません。この能力は、貴方の計画を大きく加速させるでしょう。ただし、精神的な疲労度も比例して増大しています。定期的な精神安定プロトコルの実施を推奨します』
Alphaの忠告に、俺は軽く首を振った。疲労など、考えるだけ無駄だ。俺には、やるべきことが山ほどある。この世界で生き残るため、そして、大切な者たちを守るために。
「さて、本題だ。昨日クライスと話した動く騎士鎧の事だ。暫定的に装甲強化服とでも言おうか。こいつの具体的な構想が見えてきた。まずは『簡易生産版』の開発を主軸とする。この世界の技術と素材で、比較的短期間で量産可能なものだ。その先の『正規版』は、より未来を見据えた、究極の兵器として開発を継続する」
『了解しました。それぞれの詳細な性能目標を再確認します』
「ああ。まず『簡易生産版』は、着用者の身体能力補助を目的とした外骨格を主軸とする。バイタルゾーンと四肢には、強化された複合装甲、まぁライフル程度の直撃に耐える防御力ってとこだな。これを施す。動力源は魔力のマナ・パックとし、数メートル級の跳躍性能も必須だ。これにより、兵士の生存性と機動性を飛躍的に向上させる。ブートキャンプの兵士全員に配備する」
『
「ああ、現段階の生産品は全てマナ・パック式だ。今後の戦力拡充を見据えて、より生産性の高い通常弾倉式を主軸とし、マナ・パック式の強化版も少数だが継続して生産する。用途に応じて使い分けるのが効率的だろう。臨機応変ってやつだ」
『了解。続いて『正規版』の目標性能です』
「『正規版』は、まさに動く要塞だ。全長は6.5フィートから7.2フィートを想定。主な目標は、極めて高い防御力と火力、そして限定的な飛翔能力だ。エネルギー変換による装甲防御は、重機関銃弾を数発受け止めるレベルを目標とする。背面からはフレキシブルアームで展開するシールドを搭載し、対戦車ミサイルの直撃に1〜2発耐える防御力を持たせる。武装は、着用者が片手で機関銃を扱えるほどのパワーアシストに加え、将来的な拡張性としてレールガン、パルスライフル、レーザーガトリングといった、俺の知る未来の兵器を統合することを視野に入れる…全く大したSF作品だぜ。クライスには悪いが、俺の妄想の方が数段上を行ってるな。俺の妄想が飯の種になったら、印税はクライスに半分やってやるか」
『
ルーカスは目を細めた。
「高高度偵察機か。悪くない。それは大陸発見の布石となるかもな。進めてもらおう。第二のコロンブスの誕生か?はっ。世界地図を塗り替えるのも、また一興だ。今度は大量虐殺も起きないだろうさ」
Alphaは即座に反応し、俺の脳内空間に、詳細な設計図のイメージを投影し始めた。強靭な装甲、滑らかな関節、そして魔力流路の複雑なパターン。それは、まさに未来の『騎士の鎧』だった。
装甲強化服と高高度偵察機の開発は、新たな時代の幕開けを告げる第一歩となる。