幕間 新たな野心、機甲部隊の将へ
あの地獄の日以来、俺はあの坊主―ルーカス―の従順な犬となった。それは、屈辱的な魔術的な契約によるものだ。守秘義務を課され、もし口を滑らせれば、即座に死に至る。 だが、それは単なる服従じゃねぇ。
ブートキャンプでの死ぬような訓練。見たこともねぇ最新兵器の化け物じみた威力。そして、海兵隊とかいう異質な組織の恐ろしいまでの規律と練度。それらを目の当たりにするたび、俺の心ん中に、絶望の淵から新たな野心がじわりと湧き上がってきたんだ。かつての盗賊の頭としての日々なんざ、クソの役にも立たねぇ。ここには、比べ物にならねぇ明確な「強さ」と「目的」があった。
ブートキャンプの訓練は、まさに生き地獄だった。肉体の限界をこれでもかと試される過酷なメニューはもちろんだが、俺がこれまで経験したことのない座学が、何より頭を痛めた。戦術理論だの、兵器の構造だの、通信技術だの、必須とかいう、訳の分からん言語だの。そして、あのガキが口癖のように言う「最適化」とかいう、わけのわからねぇ概念。だが、不思議と俺の体は、生まれ持った優れた身体能力と、騎士団で培った戦術眼のおかげで、この異質な環境でも腐ることはなかった。むしろ、水を得た魚のように、一つ一つの知識と技術が体に染み込んでいくのを感じた。
中でも、俺を最も魅了したのは、VR――仮想現実――訓練だった。最初にあの奇妙な兜を頭に被せられ、全身に特殊な装具を纏い、ケーブルだらけの寝台に寝かされた時は、胡散臭い魔術の類かと思ったもんだ。だが、一度起動すれば、そこは瞬時に戦場へと変貌する。ルーカスがどこから得たのか、この世界の常識を逸脱した戦場の再現だった。そして、そのVR空間は、ただ目で見たり耳で聞いたりするだけのものじゃねぇ。魔術的な暗示と洗脳を応用した技術のおかげで、痛み、苦しみ、衝撃、そして死の恐怖までもが、現実と寸分違わぬ精度で、俺の脳ミソに直接叩き込まれるんだ。
ある日の訓練。俺が操る90mm砲を搭載した戦車XM1は、荒廃した市街地を進んでいた。周囲には、無残に破壊された民家が立ち並び、焦げ付いた匂いが鼻腔を刺激する。これはVRが生成する嗅覚情報だったが、俺には現実と区別がつかなかった。
「バルバトス小隊長! 前方、市民の避難を確認! 衝突を避けろ!」
CPからの指示が通信機越しに響いた。だが、その声にはわずかなノイズが混じり、指示のタイミングも一瞬遅れた。今日のCPは、ルーカスが「共同訓練」と称して、別の部隊に指揮を執らせているらしく、時折、指示ミスや連携のズレが生じるのが、また腹立たしかった。
「ちっ、こんなところで民間人だと!?」
俺は舌打ちしながら、急ブレーキを踏んだ。装甲車が急停止し、車体が大きく揺れる。その瞬間、俺の脳裏に、ルーカスのあの言葉が蘇った。
――戦場では、常に『想定外』が発生する。敵はルールを守らない。民間人を盾にする、偽装する、あらゆる卑怯な手段を使ってくるだろう。そして、味方の連携も完璧ではない。その中で、貴様はどう生き残り、どう任務を完遂するか、常に考えろ――
その言葉が、今、目の前で現実となったんだ。
「くそっ、罠か!」
俺が叫んだ瞬間、民家の陰から、市民に扮したゲリラ兵が飛び出し、手にした対戦車砲を車列に向けていた。轟音と共に放たれた砲弾が、車両の側面を直撃する。
「ぐっ…!!」
VR空間の装甲は貫通しないが、脳内に直接叩き込まれる激痛と衝撃に、俺は呻いた。まるで内臓を直接掴まれたかのような苦痛が全身を駆け巡る。
「こんなこと…!こんな、地獄があるのか!?」
俺は、かつて所属した騎士団の「正々堂々」とした戦い方とはかけ離れた、泥臭く、卑劣な戦術の連続に、吐き気を催した。
「CP! 敵ゲリラの位置を特定しろ! なぜ指示が遅れる!?」
俺は怒鳴った。しかし、CPからの返答は、やはりわずかに遅れ、情報も断片的だった。
「こちらCP、敵の位置情報、更新中…連携ミス、申し訳ありません。現在、別部隊との情報共有に遅延が発生しています」
「使えねぇな!」
俺は、自らの判断で車体を後退させ、同時に90mm砲で民家を吹き飛ばした。その瞬間、脳内に響く悲鳴と、血の匂い――これもVRの再現だったが、あまりにリアルだった――に、俺の胃が締め付けられ、正々堂々なんて言葉は、瓦礫の下で一緒に潰れた。
さらに別の訓練では、俺たちが操る装甲車と同程度の火力を有する敵装甲部隊との戦闘が待っていた。
「敵戦車、正面より接近!距離500!撃て!」
俺の号令と共に、俺の部隊の戦車が一斉に砲撃を開始する。敵の砲弾が俺の車体側面に命中し、激しい衝撃が全身を襲う。脳内に叩き込まれる激痛は、まるで内臓が破裂したかのようだ。
「くそっ、装甲が薄いのか!?」
その時、俺の視界の端で、俺の操る戦車と連携する歩兵部隊が、異常なほどの速度で前線を駆け上がっていくのが見えた。奴らの身体は、まるで岩のように堅牢な、特殊な素材で構成された装甲によって覆われている。それは、ルーカスが「簡易版装甲強化服」と呼ぶ、プロトタイプ段階の装備だと聞いている。まだ兵器としての完成度は低いが、兵士個人の防御力と身体能力を飛躍的に高める代物らしい。ルーカスの説明では、これをベースに、徐々に機能を追加し、より本格的な「強化服」へとアップグレードしていく計画だとか。
「小隊長! 左翼より歩兵部隊が接近中! 航空支援を要請しますか!?」
通信機から、連携する歩兵部隊の隊員の声が響く。VR空間では、歩兵はドローン兵士として表示されるが、その動きは人間と寸分違わない。
「要請しろ!同時に、右翼の偵察部隊に敵の側面を突かせろ!俺たちは正面から押し込む!」
俺は、瞬時に状況を判断し、指示を飛ばした。俺の騎士団では、兵科間の連携なんざ、口先だけでしかなかった。だが、ここでは違う。歩兵、偵察、砲兵、航空支援、そして工兵。全ての部隊が、AIとかいう無機質な声の「最適化された指揮系統」のもと、まるで一つの巨大な生命体のように連携し、戦場を支配していくんだ。
訓練を終え、VR装置を外すと、俺の全身は汗でびっしょりだった。吐き気を催し、頭痛に苛まれる。しかし、俺の目には、疲労の色よりも、燃え盛るような野心が宿っていた。
そこにルーカスが現れ、俺を見据えながら静かに言った。
「この戦車や装甲車は、敵の防御陣地を粉砕する。だが、その運用には、より精密な連携と、地形を読み解く力が不可欠だ。バルバトス、貴様の戦術眼は評価できる。だが、この兵器の真価を引き出すには、まだ足りない」
ルーカスの言葉は常に冷徹だったが、バルバトスはそこに、自分を「高みへ導こうとしている」という確かな意図を感じ取っていた。彼は、これまで培ってきた剣術の知識を、砲撃タイミングや機動に転用し、瞬時にその才能を開花させた。
彼の指揮下に入った機甲部隊の練度は、目覚ましい向上を見せた。バルバトスは、単なる操縦者ではない。彼は、部隊全体の動きを把握し、複雑な地形を読み解き、最適な攻撃経路を瞬時に判断する、天性のリーダーだった。ルーカスは、彼にこうほのめかした。
「バルバトス。貴様には、常に最前線で敵を撃ち、他の部隊の盾となることを期待している。この海兵隊の、そしてこの領地の最も鋭い矛となり、最も堅固な盾となるのだ」
その言葉は、バルバトスの心に深く刻まれた。泥濘の底で腐りゆく未来か、それとも、この異質な、しかし圧倒的な力を持つ少年の下で、新たな高みを目指す未来か。彼の「ひと角の将」を目指す野心は、この新たな舞台で、具体的な形を帯び始めたのだ。
(この坊主の下で、俺はもっと強くなる……。この海兵隊を、俺自身の野心を実現するための足がかりにしてやる……! 騎士団の腐敗した『正義』など、もはやどうでもいい。俺は、この力で、俺自身の『結果』を掴み取る!)
バルバトスは、己の力を最大限に活かせる場所がここにあると確信した。一介の盗賊の頭ではない。この異質な軍隊の一角を担う、ひと角の将として、彼は再び高みを目指し始めたのだった。