剣と魔術とライフルと   作:あききし

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幕間 澱と歯車、新たな役目

 

幕間:澱と歯車、新たな役目

 

トレンス侯爵領は、その変貌を加速させていた。領都ヴェリタスに聳えるショッピングモールは、日ごとにその活気を増し、無人生産施設や無人農業ビルから供給される品々は、領民の生活を豊かにしていく。しかし、その輝かしい繁栄の裏には、冷徹な合理主義のメスによって切り捨てられ、あるいは新たな形での支配を受け入れた者たちの姿があった。

 

旧商会の残党は、かつて隆盛を誇った者たちの見る影もなかった。多くの従業員は職を失い、街には行き場を失った元商人の姿も増えていた。彼らは、ルーカスが導入したAIによる正確無比な在庫管理や自動決済システムに、自分たちの「目利き」や「口八丁」といった技術がまるで無力であることを痛感していた。

 

「まさか、あの小僧の言う数字合わせごときに、長年培った商売が負けるとは……」

 

かつての有力商会の一つを率いていた老人が、空になった帳場を前に嘆いた。彼の目の前を、ルーカスの物流部隊が整然と通り過ぎていく。荷馬車を引くのは屈強な男たちだが、その動きには一切の無駄がなく、指示は耳元の通信機からAIによってリアルタイムで送られているという。

 

「あいつらはまるで機械のようだ。人間なのに、まるで感情がない」

 

彼は、ルーカスが裏社会から引き抜いた「更生」した者たちや、海兵隊の指揮下に入った元傭兵たちが、信じられないほどの規律と効率で荷を運び、倉庫を管理する姿を見てきた。重量物の荷降ろしには、海兵隊優先で導入され始めた汎用人型ドローンが数機投入されており、人間が何時間もかかる作業をあっという間に終わらせていく。その光景は、彼らにとって自分たちの未来を暗示する、恐ろしい予兆でもあった。

 

しかし、その中には、ルーカスが新たに構築したシステムの下、従来の商売の形を捨て、末端の物流業者や小売店として再編されつつある者たちもいた。彼らの顔には、かつての傲慢さはなく、ただ日々の糧を得るための疲労と、新しい秩序への戸惑いが色濃く浮かんでいた。

 

 

 

 

その一方で、かつて領都の裏社会を牛耳っていたゴロツキの頭目たち――アギトたちダリルの元上役だった男たちは、ルーカスの「最適化」によって、全く異なる道を歩んでいた。彼らはルーカスによって送り込まれたブートキャンプで徹底的に「更生」させられ、その冷徹な合理性と圧倒的な力の前に、一度は屈服した。しかし、その先に待っていたのは、予想だにしなかった「安定」と「新たな役割」だった。

 

「……まさか、あのクソガキの言う通りになるとはな」

 

侯爵領の片隅に新築された、豪奢な邸宅の一室で、かつての頭目の一人が上質なワイングラスを傾けながら呟いた。彼の目の前には、最新式の個人識別端末が置かれ、領内のあらゆる商業活動と物流データがリアルタイムで表示されている。ルーカスから与えられる富は、以前の裏稼業とは比べ物にならないほど莫大だった。

 

「あの地獄のブートキャンプを乗り越えりゃあ、こんな世界が待ってたってわけか。最初はクソ食らえだったが、今じゃあ、あの頃の暮らしなんて、犬の餌にもならねえな」

 

別の頭目も、高価な酒を呷りながら苦笑した。その言葉には、かつての自分たちへの自嘲と、今手に入れた「現実」への達観が滲む。あの時の徹底した訓練と、ルーカスが示した未来は、彼らの価値観を根本から変え、もはや過去を振り返ることはなかった。

 

彼らは、ルーカスの新たな秩序の下で、異なる役割を担っていた。一部はダリルの指揮の下、海兵隊の物流網の末端を支える運び屋となり、旧来の裏道を熟知した彼らの知識は、新しい効率的な輸送ルートの確立に貢献していた。またある者は、個人識別端末の貸出管理や、領内に潜入する他領のスパイの行動監視、そして不審者の「あぶり出し」に利用されていた。彼らの長年の経験で培われた「勘」と、ルーカスの情報管理システムが融合することで、領内の情報統制は鉄壁のものとなっていた。

 

中には、ブートキャンプで「希望」を見出し、医療、救急、消防といった新たな公共サービスへと分かれていく者もいた。 彼らの体には、裏社会で培った度胸と、ルーカスが叩き込んだ規律が刻まれ、以前の粗暴な面影は薄れていた。彼らは、ルーカス及び海兵隊傘下の組織として、領地の安全と秩序を維持するための、新たな機能として活動し始めていた。

 

「あの若造は、俺たちに鎖をかけた。だがその鎖が、これほどの『安定』と『実り』を運んでくる。俺たちの流儀とは違うが、これもまた一つの『道』ってことか」

かつての裏社会の顔役だった老人が、深く息を吐き、窓の外の光り輝くモールを見つめた。彼の言葉には、かつての自分たちの流儀への訣別と、ルーカスがもたらした新たな繁栄への、どこか満たされたような諦念が入り混じっていた。

 

「あの『キャプテン』の描く絵図の上で、俺たちは最良の役を与えられた。これ以上の自由など、もはや望むべくもない。」

 

彼らは、かつての澱んだ自由を捨てた代償として、未曾有の富と安定を手に入れた。皮肉なことに、ルーカスの「合理性」は、彼らが長年望んでやまなかった「安定した利益」を、完璧な形で提供していたのだ。彼らは、ルーカスという巨大な機械を動かす、不可欠な「歯車」として、その運命を割り切って受け入れていた。領都の繁栄は、彼らの変質の上に築かれつつあった。

 

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