剣と魔術とライフルと   作:あききし

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幕間 もうひとつの真理

 

幕間:もう一つの真理

 

 

モールのグランドオープンに先立ち、ルーカスは少数の招待客を招いてのプレオープンを設定した。招待客とは、他でもない彼の母、クリスティアナ・アルベルト・エレナ・ド・エルトリア・ラ・トレンス一行である。

 

クリスティアナは、白い髪を揺らし、赤い瞳を輝かせながら、モールのエントランスに足を踏み入れた。その無邪気な好奇心は、まるで初めておもちゃを与えられた子供のようだった。

 

「ルーカス、まあ!なんて素敵な建物なのでしょう!ガラスがキラキラしていて、まるで宝石の宮殿みたい!」

 

彼女は両手を組み、歓声を上げた。病弱で侯爵邸に籠もりがちだった日々が嘘のように、その表情には生気が満ち溢れている。ルーカスはそんな母の様子を、どこか不器用ながらも優しい眼差しで見つめ、さりげなくエスコートした。

 

「母上、お気に召していただけたようで何よりです。このモールは、領民の生活を豊かにするための『聖域』ですから」

ルーカスは淡々と説明するが、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。

 

キース侯爵は、少し離れた場所でその様子を静かに見守っていた。かつては冷え切っていた親子の間に流れる穏やかな空気に、戸惑いつつも、安堵の表情を浮かべている。どう接していいか未だに掴みかねているが、少なくともルーカスがクリスティアナと良好な関係を築いていることに異論はなかった。

 

 

一行はまず、モールの最上階にあるカフェへと向かった。そこは、領都を一望できる最高のロケーションで、豊かな香りが漂う。

 

「わぁ、見てルーカス! 色とりどりのトッピングがたっくさんあるわ!」

 

クリスティアナは目を輝かせ、カウンターに並べられた様々なシロップやフルーツに夢中になった。彼女は普段、健康管理のため食事に制限があるため、こうした自由な選択は久しぶりだったのだろう。ルーカスは呆れたように首を振りながらも、彼女の選ぶがままに様々なトッピングを乗せたデザートを注文してやった。

 

「ふふ、ルーカスったら、甘いものに目がないわね」

 

クリスティアナがそう言って、子供のように笑う。ルーカスは「母上のせいです」と返し、二人の間に温かい空気が流れた。

 

第1夫人のダイアナは、カフェの窓際からその様子を眺めていた。彼女は最近、ルーカスから任された外部監査役の仕事に没頭していた。当初は、自身の築いたものを自身の手で崩すような仕事に反発したが、ルーカスの合理的な指示と、自身の仕事が領地の改善に直結しているという実感に、徐々にやりがいを見出していた。そして、クリスティアナへの嫌悪感が、自身の勝手な幻想であったことに気づかされた。何度かお茶会に誘おうとしたものの、なかなか言い出せずにいたが、クリスティアナの裏表のない優しさに触れ、先日ようやくわだかまりを解くことができたのだ。

 

「あら?ルーカス、あなた、母上と恋人ごっこでもなさっているのかしら?」

 

ダイアナが、ルーカスとクリスティアナのやり取りを見て、ふと口にした。

 

ルーカスは一瞬、眉をひそめ、不愉快そうな顔をする。

「ダイアナ夫人。余計な詮索はやめてください」

 

彼が苦々しくそう返すと、ダイアナは、楽しそうに笑った。

 

「まぁ、貴方も年相応の反応もするのね。いつもみたいに、もっと冷たく言い返されるかと思ったわ」

 

ダイアナは、クリスティアナがルーカスの話をするたびに、過去の鬱憤を晴らすかのように、皮肉を交ぜてルーカスに言葉を投げかけるのが常となっていた。ルーカスは努めて冷静に対処するものの、その都度、苦々しい表情で軽く皮肉や嫌味を返す程度に留めていた。

 

カフェを出た後、一行はアクセサリーショップへと立ち寄った。クリスティアナは様々な輝く装飾品に目を奪われていた。ルーカスは、彼女が特に気に入ったらしい、小ぶりな花の意匠が施された髪飾りをさりげなくプレゼントした。

 

「まあ!ルーカス、ありがとね!大切にするわ」

クリスティアナは心から嬉しそうに微笑み、すぐに髪に飾って見せた。

 

続いて、一行はモールの片隅に設置された、子供向けの小さな遊園地へと案内された。そこには、魔力で動く木馬や、空飛ぶ絨毯を模した乗り物などがあり、子供たちの歓声が響いていた。

 

「私も乗るわ、ルーカス!」

 

クリスティアナは目を輝かせ、まるで幼子のように乗り物に駆け寄った。ルーカスは、付き合いの長いシェーラや護衛の騎士たちが呆れ顔で見守る中、戸惑いながらも母と一緒に木馬に乗り込んだ。

 

「母上、もうお子様ではないのですから、はしゃぎすぎは体によくありません」

 

ルーカスは小言を言いながらも、クリスティアナの満面の笑みに、どこか満たされたような表情を浮かべていた。

その後、クリスティアナはモール内の衣料品店で、ルーカスを捕まえては次々と服を試着させた。

 

 

「あら、ルーカス!この色はあなたに似合わないわ。もっと明るい色の方が良いわね!」

 

「母上、これは鎧ではありません。普段着です。もう少し落ち着いたもので…」

 

「だめよ!もっと冒険しないと!このフリルはどう?あぁん、やっぱり可愛いわ!」

 

クリスティアナは楽しそうに、ルーカスの好みを無視しては様々な服を選び、彼に着替えさせては「似合わないわ」「やっぱりこっちの方が素敵」とはしゃぎ回る。ルーカスはため息をつきながらも、どこか諦めたように、母の無邪気な要求に応じ続けていた。

 

 

そして最後に、一行は玩具店を訪れた。クリスティアナは、子ども向けの魔導玩具のコーナーで立ち止まった。それは、複雑な歯車と魔力回路で構成された、小さな組立式の飛行船だった。

 

「あら、これは面白そうね!」

 

クリスティアナは、真剣な表情で説明書を読み始め、すぐにその玩具の組み立てに没頭した。まるで魔法の研究をしているかのように、一つ一つの部品を丁寧に組み合わせ、集中している。その真剣な眼差しは、彼女が持つ才能の片鱗を垣間見せるようだった。ルーカスもまた、そんな母の姿を、かつて自身が魔導具開発に没頭していた幼い頃の自分と重ねて見ていた。

 

 

プレオープンの一日は、クリスティアナの無邪気な笑顔と、ルーカスのどこか不器用な優しさに包まれて過ぎていった。モールは、単なる商業施設ではない、家族の温かい交流が生まれる場所としても、その「真理」の一端を示していた。

 

だが、夕暮れが近づき、モールを後にする頃には、クリスティアナの顔に疲労の色が浮かび始めていた。はしゃぎ疲れた子どものように、彼女はルーカスの腕にそっと体重を預けた。

 

「ルーカス……今日は本当に楽しかったですわ。でも……少し、疲れちゃった……」

 

その声はかすれており、赤い瞳も、先ほどの輝きを失いかけていた。シェーラが慌てて駆け寄り、クリスティアナの肩を支える。

 

「奥様、やはり無理をなさいましたか。すぐに温かいお茶をお持ちいたします」

 

ルーカスは、静かに母の顔を覗き込んだ。その表情は、いつもの冷静な彼からは想像もできないほど、微かに曇っている。はしゃぐ母の姿を見て、彼女の病が完治したかのような錯覚を覚えていたのかもしれない。だが、現実は違った。彼女の「精霊の祝福、或いは呪い」と呼ばれる血筋の病は、未だ完全に克服されたわけではないのだ。

 

「母上、申し訳ありません。私が配慮を欠きました」

 

ルーカスはそう言って、優しくクリスティアナの手を握った。その手は、冷たく細い。

彼の脳裏に、Alphaの無機質な声が響く。

 

『対象個体、クリスティアナ。生命活動維持機能に低下傾向を確認。現在の医療技術では回復限界点に到達。根本的な解決には、より高度な生体魔術工学の応用が必要と推測されます』

 

ルーカスは、母を邸へと送り届けながら、密かに決意を固めた。領地の改革、軍の再編。これらも重要だ。だが、何よりもまず、この唯一無二の存在である母を救うこと。そのためには、Alphaの知識と自身の経験、そして、この世界の魔力を融合させた、まだ見ぬより高度な治療法を、必ず見つけ出さなければならない。

彼の蒼い瞳の奥に、新たな「最適解」を求める、静かで強い光が宿った。それは、トレンス侯爵領の未来を切り拓く、新たな戦いの始まりでもあった。

 

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