剣と魔術とライフルと   作:あききし

52 / 163
第三十六話 王都の視線、渦巻く思惑

 

 

第三十六話 揺れる王位、募る懸念

 

 

トレンス侯爵領の異様なまでの発展と、その後に伝わってきた「閲兵式」の噂は、王都の貴族社会にこれまで以上の激震をもたらした。特に、領都ヴェリタスの変貌と、旧商会やドヴェルクといった伝統的な勢力がルーカスによって次々と「最適化」され、その支配下に組み込まれていく様子は、王室や他領の貴族たちにとって、理解不能な脅威と映り始めていた。彼らの間では、トレンス侯爵領への懸念、羨望、そして介入を目論む様々な思惑が渦巻いていた。

 

ルーカスが築き上げた無人生産施設や無人農業ビルは、領都ヴェリタスの郊外に点在していたが、それらは常に特殊な結界で発生させた濃密な霧に覆われ、上空からの偵察はおろか、近づくことすら困難だった。王都の各勢力は、これらの施設を「単なる大規模な工場」としか認識しておらず、その自動化された生産の核や技術の真価については全く知らない。情報伝達に馬や徒歩を用いる。早馬で3日、通常1週間を要するこの世界では、第一報が王都に届き、対策が練られる間にトレンス領内で次の革新が起こるため、王都に届く情報は常に断片的で混乱を極めていた。

そして、先の閲兵式の情報は、さらにその混乱に拍車をかけた。

 

「聞いたか、あのトレンス侯爵領の噂を! なんでも、恐ろしい鉄の馬車が地を這い、兵士どもは鉄の鎧をまとっていたとか!」

「いやいや、それだけではない! 天を突くような音を鳴らし、一糸乱れぬ動きで地を揺るがす軍楽隊がいたと! まるで、悪魔にでも憑かれたかのような光景だったと、商人が震え上がっていたぞ!」

 

王都の酒場や貴族のサロンでは、トレンス侯爵領の「異常な」閲兵式の噂が、尾ひれをつけて飛び交っていた。実際に見た者はおらず、全ては領民の口伝てによるものだ。その情報の曖昧さこそが、かえって人々の想像力を掻き立て、恐怖を増幅させていた。

 

ルーカスが私兵として育成する「海兵隊」という名称はまだ世間には知られておらず、彼らは単にトレンス侯爵家が新設した精強な騎士団と認識されていた。彼らの主要な訓練は、VR技術による仮想現実世界での実戦さながらのシミュレーション訓練が主体であり、外部から観察できるのは、通常の体力トレーニングや集団行進といった一般的な光景のみだった。

 

 

 

 

王都の王宮では、国王主催の定例会議が、かつてないほど重苦しい空気の中で行われていた。議題は、もっぱらトレンス侯爵領の異常な繁栄と、そして新たに飛び込んできた「閲兵式」の恐るべき噂についてだ。第二王子レオナルドも、この会議に陪席していた。第一王子エドワードは、連日の酒宴と女遊びで体調を崩し、この重要な会議には顔を出していなかった。

 

「…やれやれ。エドワード王子にも困った物だな…」

 

財務大臣の一人が、わざとらしく嘆息した。その言葉は、レオナルド派の貴族たちから、即座に大きな笑いとなって返ってくる。

 

「仕方があるまいよ。かの王子ではレオナルド王子には追いつけまい。全く王国の未来は安泰だな!」

 

「これ、そのようなふしだらな発言は慎みなされ」

 

公にたしなめる声が上がったが、その口元は緩みっぱなしだった。大きく笑う一同の視線がレオナルドに集まる。彼は口元に薄く笑みを浮かべ、軽く会釈で応じた。彼等は第二王子派閥として、この場の主導権を握っていることを露骨に示していた。

 

国王は玉座で、苦々しい面持ちでその光景を眺めていた。長年の宿痾(しゅくあ)のように王家を蝕む派閥争い。第一王子エドワードの堕落は目に余るものがあったが、だからといって、この露骨な派閥の力を見せつけられるのは、国王としての権威を貶められるようで苦痛だった。ましてや、今日の議題は王国全体の命運を左右しかねない、トレンス侯爵領の件なのだ。

 

「ゴホン!」

 

そのような空気を振り払うように、一人が咳払いをして、会議を続けた。それは、第一王子派閥に属する、数少ない良識派の貴族だった。彼らの派閥は、今や風前の灯火。発言力も弱まっていた。

 

「トレンス侯爵領の報告は、最早、にわかには信じがたいものでございますな。税収は驚くべき伸びを示し、領民は飢えを知らず、経済は潤っていると。まるで魔法か、あるいは禁忌の術でも用いているかのようです。そして、新たに伝わる『閲兵式』の報。鉄の馬車、鉄の兵士、一糸乱れぬ軍楽隊…まさに悪夢としか言いようがありません!」

 

老練な財務大臣が、顔を青ざめさせて報告書を読み上げた。彼の声には、恐怖と困惑が混じっていた。トレンス領からの税収は驚くほどに増加しているが、その背景にある「理解不能な技術」が、彼の長年の常識を揺るがしていた。王室が認識している個人識別端末も、便利な決済手段や身分証明の道具としてしか捉えられておらず、その裏に潜む情報収集や監視の機能は全く見抜けていなかった。

 

「まさか、トレンス侯爵家が、王室に無断で何らかの古代技術を掘り起こしたのではありますまいな? 元々、トレンス領は辺境の地。魔獣の頻出する危険な地域ゆえに、長年、減税や補助金でその維持を支えてきたはず。それが、にわかにこのような繁栄を見せるとは…」

 

保守派の重鎮である法務大臣が、疑念に満ちた目で国王を伺った。彼の発言には、トレンス領の成果を「危険な異端」として貶めたい意図が透けて見えた。彼らは、トレンス侯爵領の「効率」が、いずれ自分たちの既得権益にも向けられることを本能的に恐れていた。

 

「左様! しかも、トレンス侯爵家にクリスティアナ殿下が降嫁されてからというもの、あの領地は妙な噂に満ちております。まるで、殿下の降嫁が、何か不吉な変化をもたらしたかのようではないか!」

 

第一王子派閥の一人が、ここぞとばかりに口を挟んだ。クリスティアナの降嫁は、表向きは王室との関係強化のためだったが、実際には病弱で貴族らしからぬお転婆ぶり、そして王家傍系に時折現れる「精霊の祝福、あるいは呪い」と囁かれる白い髪と赤い瞳ゆえに、厄介払いも兼ねていた。それを「不吉」と結びつける発言に、国王は眉をひそめた。

 

国王は、眉間に深い皺を刻んでいた。彼もまた、トレンス侯爵領の急激な変化に強い不安を抱いている。しかし、一方で、増え続ける税収と、領民からのトレンス侯爵家への絶大な支持を無視することもできなかった。

 

「しかし、トレンス侯爵からの報告では、あくまで領民の生活向上のため、新たな技術を導入したとある。先の魔獣侵攻により、様々な物が破棄された為に、領民が知恵と力を振り絞って出来たものだと。王室との繋がりを深めるべく、かのクリスティアナ殿下が降嫁されたのも、そうした困難な時期であったと記憶しておる。その成果により、領民は飢えを知らず、経済は潤っている。これ自体は、王国にとって喜ばしいことではないのか?その全てを王位へと繋げようとしているとでも言うのか?彼等の努力を踏み躙るべきなのか?」

 

国王は、穏健派の意見に耳を傾けようとしたが、周囲の空気はそれを許さない。第一王子派閥は、トレンス領を敵視することで、自らの存在意義を示そうとしているかのようだった。

 

「陛下! 侯爵の言葉を鵜呑みにするのは危険です! 侯爵家内で『若き実力者』が実権を握っていると噂されるトレンス侯爵領のやり口は、あまりにも強引で、まるで暴君の如し。あの領地では、旧来の商会が次々と潰され、ドヴェルクの工房も侯爵家の支配下に置かれたと聞きます。いつか王室の権威すらも脅かす存在となりましょう!」

 

好戦的な軍務大臣が、トレンス侯爵領を危険視するよう国王を煽り立てた。彼の目は、その「生産技術」を奪い、自らの軍事力強化に利用したいという野心を隠しきっていなかった。

 

「トレンス侯爵領が持つという生産技術と、あの常軌を逸した軍事力…あれを手に入れれば、我が王国の軍事力は飛躍的に向上するはず。まずは、その技術の『開示』を求め、軍事力を『王室の管理下』に置くべきです。応じぬならば、強硬手段も辞さない構えで…」

 

軍務大臣の言葉に、他の大臣たちも色めき立った。彼らは、トレンス侯爵領の技術を「王国の財産」と位置づけ、それを王室が管理下に置くべきだと主張した。

 

この時、第二王子レオナルドが口を開いた。彼の声は冷静だが、その目には思慮深い光が宿っている。

 

「お待ちください、軍務大臣。トレンス侯爵領の繁栄と軍事力の増強は、確かに驚くべきものです。しかし、我々が認識しているのは、トレンス侯爵家が『大規模な工場』を建設し、生産効率を高め、そして強力な軍を編成したという事実のみ。その詳細な技術や、侯爵家が真に何を企んでいるのかは、まだ不明瞭です。拙速な強硬策は、かえって領民の反発を招き、王国の安定を損なう恐れがあります」

 

レオナルドは、あくまで「慎重論」を装って発言した。彼の言葉は、国王の慎重派としての立場を補強し、強硬派の動きを牽制する効果があった。

 

「流石はレオナルド王子!」

 

彼を賛同する声が、次々と沸き起こる。

「ごもっともです、殿下! まずは状況を見極めるべきかと!」

 

「王国の未来を思えばこそ、軽挙妄動は慎むべきでございます!」

 

第二王子派閥の貴族たちが、ここぞとばかりにレオナルドを称賛し、その発言力を誇示する。国王は、自らの意思とは裏腹に、会議が特定の派閥の力比べの場と化していくことに、苦々しい思いを抱いていた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・

 

 

 

国王主催の会議が終わり、王宮の一室で、レオナルドは側近たちと秘密裏に会合を持っていた。彼の傍らには、古くから王家と血縁を重ねてきたアークランド公爵家出身のアイリス・ド・アークランド公爵令嬢が控えている。赤髪の長い髪を持つ彼女は、レオナルドが最も信頼を置く側近の一人であり、ギフト《千里眼》を持つ人物であった。

 

「アイリス、トレンス侯爵領の状況は?」

 

レオナルドが、焦れたように問いかけた。彼の顔には、兄であるエドワードの不出来に対する苛立ちと、トレンス侯爵領の力を利用したいという野心が浮かんでいた。

 

「はっ、殿下。私が以前訪れた領都ヴェリタス上空を俯瞰する限り、著しい発展を遂げています。主要道路は見た事が無いほどに大きく、王城にも匹敵するような、商店が建っております。しかし、あの領地の核心を見ることは困難を極めます。濃密な魔力結界が、私の千里眼による観測を著しく阻害しています。特に、無人生産施設や、今回の閲兵式が行われた練兵場上空は、まるで厚い霧の壁に遮られているかのようです」

 

アイリスは、美しい顔に苦渋の表情を浮かべた。彼女の能力は、かつて訪れたことのある場所を、鳥瞰するように俯瞰できるというものだ。しかし、ルーカスの結界は、彼女の類稀なる能力すらも完全に阻害していた。

 

「しかし、何だ?何か見えたのか?」

レオナルドが前のめりになった。

 

「断片的にですが…領都の郊外に、これまでにない巨大な建造物が複数存在します。内部構造ははっきりしませんが、膨大な魔力が澱のように凝縮されているのが感じられます。そして、巷では、トレンス侯爵家を継ぐ若き実力者が、その裏で全てを動かしていると噂されていますが、私の目からは、その『若き実力者』…ルーカス子息の姿は、王都に届く情報からは全く確認できません。まるで、意図的に隠されているかのようです」

 

アイリスの言葉に、室内の者たちは息を呑んだ。

 

「なるほど…やはり、あのキース侯爵は、息子を表に出さぬよう、巧妙な情報操作をしているのか。そして、あの若僧は、王国の常識を覆す何かを掴んでいる…しかも、それを徹底的に隠蔽している」

 

レオナルドは、冷たい笑みを浮かべた。

 

「あのトレンス侯爵領が持つその『技術』と『力』。これを王室に、特に我々の派閥に取り込むことができれば…王位は揺るぎないものとなるだろう。王位に興味がないとしても、あるいは我々を試しているにしても、 キース侯爵の息子が王室に敵意を抱かぬよう、クリスティアナ夫人を介して懐柔し、まずは彼の信頼を得る。そして…その秘密を暴くのだ」

 

レオナルドの目に、底知れぬ野心が宿る。彼らは、トレンス侯爵領の力を利用し、王権を掌握しようと目論んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で、トレンス領の急速な変化によって、窮地に陥った者たちもいた。ルーカスの改革によって既得権益を失った周辺の小さな貴族や、王都で古くから商売を営んできた旧来の商会の者たちが、王室に庇護を求めて駆け込んでいた。トレンス領内の旧商会は、既に全てルーカスの傘下に収められていたが、その影響は王都の商会にも及び始めていたのだ。

 

「陛下! どうか、我々をお救いください! トレンス侯爵家の若き子息が、あまりにも乱暴なやり方で、我々の商売を奪い去ろうとしております!」

 

王都の古参商会の代表が、涙ながらに国王に訴えかけた。彼らは、トレンス領の「大規模な工場」からの波が、いずれ王都にまで波及し、自分たちの商売を壊滅させることを恐れていた。

 

「あのような異端の技術は、王国の秩序を乱すものでございます! どうか、王室の権威をもって、トレンス侯爵家を牽制していただきたく存じます!」

 

トレンス領に隣接するロザリア辺境伯家の当主が、切羽詰まった表情で懇願した。彼の領地は、トレンス領と古くからの通商関係にあり、特に農作物の供給を主要な収入源としていたが、トレンス領の「大規模な工場」から流れ出す安価で大量な生産物が市場を席巻し、彼らの経済は壊滅寸前だった。彼らは、ルーカスの「合理的な成果」が、自分たちの無能さを浮き彫りにすることを恐れ、王室の介入によってそれを止めようとしていた。

 

これらの声は、王室内部のトレンス領への懸念をさらに煽る結果となった。国王は、トレンス領への介入を巡って、強硬派と慎重派の間で揺れ動くこととなる。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。