第四十三話 未来への選択、募る苦悩
第四十三話 新大陸の発見と未来への選択
ルーカスは、執務室の壁一面に広げられた地図を前に、眉間に皺を寄せていた。未来を見据えた彼の思考は、既にこの世界の軍事技術をはるかに凌駕する領域に達している。パーティでのあの第二王子レオナルドの鼻につく態度と、それを許容する王都の貴族たちへの不快感はあったが、トレンス領の閲兵式が成功し、彼の改革が全てが順調に進んでいるという高揚感が、彼の心を僅かに浮き立たせていた。
「我々には空母が必要だな! 海軍のお嬢様方に嫉妬されるだろうが知ったことじゃない。あいつらの帆船がどれだけ威風堂々としていようと、この空と海の覇権は、最早速度と火力にかかっている」
彼の視線は広大な海域へと移る。強大な海上戦力なしに、将来的な領土拡大や遠征は不可能だ。彼は仮想の海図に、大型の「航空母艦」の構想を書き加えていく。
「それに揚陸艦もだ。我々海兵隊の悲願が叶うぞ。陸軍の連中が『泥臭い』と笑うかもしれないが、いざとなれば真っ先に敵地に乗り込むのは、いつだって我々だろう? Semper Fiだ。陸軍の連中が泥水に浸かってる間に、我々は既にビーチを確保しているってわけだ」
まるで前世の記憶をなぞるように、彼は迅速な部隊展開を可能にする揚陸艦の概念も付け加える。
「空中騎兵隊と装甲強化服を組み合わせれば、それこそ虎に翼だ。歩兵の時代は終わりを告げる。重装歩兵の騎士様方が、自分たちの鎧が時代遅れのガラクタだと知ったら、どんな顔をするか、今から楽しみで仕方がない。きっと
彼は楽しげに、この世界の常識を破壊するような兵器の組み合わせを語る。その思考は、次に空を制する「空中騎兵隊」――ヘリコプターの概念を魔力と融合させた新型機動部隊と、兵士の身体能力を飛躍的に高める装甲強化服を着用した「機械化歩兵」へと広がっていく。
「陸軍の連中は、いつものように古い地図と錆びた剣で戦場をさまよっていればいい。我々は空から、文字通り彼らの頭上を飛び越えて、敵の懐に飛び込む。これが現代戦の定義だ」
その時だった。耳元で、普段は無機質なAlphaの声が、微かな、しかし明らかな緊急性を帯びて響いた。
『緊急連絡。未確認領域より、高密度魔力反応を伴う異常構造体群を複数検知。識別コード:X-001。至急、確認を推奨する。これは通常の「
ルーカスはペンを止め、その青い瞳を、壁の地図から自室の端末へと向けた。彼の思考は瞬時に切り替わり、脳裏には未知なる脅威の可能性が広がっていた。彼の口元には、かつて戦場で幾度となく危機を乗り越えてきた者だけが浮かべる、不敵な笑みが浮かんでいた。
「ほう、面白い。退屈しているところに、ちょうどいいおもちゃが来たようだな。Alpha、詳細を」
『緊急連絡。優先度:最高。ルーカス、即座に研究所へ向かえ』
脳内に直接響く、普段は無機質なAlphaの声が、データ上の最高緊急度を反映した、耳慣れない高い周波数でルーカスの脳内に直接響き渡り、ルーカスの全身に電気のような走馬灯を駆け巡らせた。これほどまでの「最高優先度」の連絡は、Alphaが彼の幼少期からサポートを開始して以来、一度たりともなかった。
「……何事だ、Alpha?」
ルーカスの声は、すでに硬質に響いていた。思考が加速し、全身に張り詰めたような緊張が走る。
『詳細は研究所にて提示する。繰り返す。即座に研究所へ』
Alphaはそれだけを告げ、連絡を絶った。ルーカスは眉をひそめ、広げた地図を一瞥すると、席を蹴るように立ち上がった。
「シェーラ!、ギルバード! ミリアム!」
彼の呼び声に、護衛と侍女が即座に執務室に現れる。
「全員、人払いをして、決して誰も近づけるな。何があってもだ」
ルーカスは言いながら、足早に執務室を出ていく。シェーラたちは、彼の尋常ならざる気配に、ただ無言で頭を下げ、指示に従った。
・・・・・
・・・
研究所へと続く地下通路を、ルーカスは駆け抜けた。足音が響くたび、心臓の鼓動が耳元で大きく鳴り響く。一体何が起きたというのだ。彼の頭脳が予測可能な最悪の事態を次々と弾き出すが、Alphaの「最高優先度」という言葉が、それら全てを凌駕するような予感を抱かせた。
研究所の奥、機密性の高い実験室の扉が、ルーカスの接近を感知して音もなく開く。そこには、すでにランディとクライスが、顔を青ざめさせて大型のディスプレイを見つめていた。
ルーカスは無言で二人の間に割って入る。ディスプレイには、高高度偵察機から送られてきた鮮明な映像が映し出されていた。
新たな世界の現実に触れる。彼は端末の音声出力ボタンを押すと、無機質な合成音声が、室内に響いた。
『緊急観測宙域にて、未知の大陸を発見しました。暫定的に仮称AF大陸とします。既存の大陸とは異なる地塊に存在します』
Alphaの報告が淡々と続く。ディスプレイに映し出されたのは、鬱蒼とした森と広大な平原、そしていくつもの河川が流れる、豊かな大陸の姿だった。しかし、その映像はすぐに一変する。
『AF大陸において、複数の外部勢力による大規模な活動を確認しました。武力衝突、資源採掘、建造物群などから、植民地支配、あるいはそれに類する状況下にあると推測します』
次の瞬間、ルーカスの視界に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。
巨大な露天掘りの採掘場。そこでは、多数の人間が組織的に働かされている様子が確認できる。背後には、見慣れない紋章を掲げた旗がはためいている。さらに、映像は上空から、広範囲にわたる森林の破壊、そして捕虜のような人々が移動させられている光景を捉えていた。
「…っ!」
ルーカスの口から、短く息を飲む音が漏れた。彼の瞳が大きく見開かれる。
そして、映像はさらに切り替わる。
巨大な人型兵器が、都市らしき構造物を踏みしだきながら移動する姿。それは、太い筒状の構造物を持ち、時折、閃光と煙を伴う動作を見せている。爆発のような現象も確認できる。
『映像解析の結果、大型の人型兵器を確認しました。筒状の構造物から、何らかの投射兵器を使用している可能性が高いです。規模から見て、全高30フィート級と推測されます。装甲の有無、材質、動力源などは不明です』
画面の隅には、その人型兵器の粗いシルエットが映し出されている。詳細な構造は、遠距離からの映像では判別できない。
さらに、映像は続く。
異様な形状をした獣たちが、兵士のような集団と共に移動している。それらは、既存の魔獣とは明らかに異なる外見を持ち、一部は金属のような光沢を帯びた部位を持つ。
『改造されたと思われる生物兵器を確認しました。既存の魔獣との関連性は不明です。一部に装甲のような外殻を持つ個体も存在します』
鈍く光る翼を持つ物体が、空を高速で移動する様子が捉えられている。それは、彼の知る飛行船よりも小型で、より機動性が高いように見える。
『航空戦力の存在を確認しました。詳細な機種、武装などは不明です。偵察、あるいは限定的な攻撃能力を持つ可能性があります』
ルーカスの顔から、一瞬にして血の気が引いた。握りしめた拳が、小刻みに震えている。その瞳には、すでに驚愕を超え、深い焦燥と、全身を貫くような緊張、そして煮え滾るような怒りが複雑に絡み合っていた。
「……っ、馬鹿な……!」
ルーカスの声は、震えていた。これまでの彼の人生で、ここまで取り乱したことは数えるほどしかない。
「おいおい、冗談はよせよ、Alpha。まさか、お前がこんな手の込んだ悪趣味なドッキリを仕掛けてきたってのか? なぜだ、Alpha! なぜ、こんな規模の活動が、これまで俺たちの観測範囲になかった! そして、あの兵器らしきものは……! 人型兵器に、改造生物兵器に、航空戦力まで……! まさか、こんなものが、この世界のどこかに、存在するだと!?」
彼はディスプレイに食い入るように見つめながら、吐き捨てるように叫んだ。彼の脳裏には、前世で目にした第二次世界大戦の映像がフラッシュバックしていた。シルエットだけの人型兵器の動きから、彼は戦車の、そして航空機の可能性を想起していた。
『現在の情報では、AF大陸に到達可能な既知の手段は存在しませんでした。これは情報収集システムの限界に起因します。観測された文明の技術レベルは、現時点では断定不能。映像から判断する限り、本格的な近代兵器体系を確立しているかは不明です。貴方の危惧は、現段階の情報のみでは過剰に評価されている可能性が高いと推測します』
Alphaは、ルーカスの感情的な問いかけにも一切動じることなく、淡々と事実と、現時点での推測に基づく評価を述べた。その冷静すぎる声は、まるで彼の危機感を馬鹿にしているかのようだった。
「……っ、過剰だと!? 貴様には分からないのか!? あの人型兵器の動き、改造された生物の異様さ、そして空を飛ぶあの機影……! 俺には分かる! あれは、血と硝煙に濡れた、俺の故郷で見た、破滅的な戦争の始まりの兆候だ! その兆候を前にして、まだ『過剰評価』だと抜かすか!? 詳細な情報は分からずとも、あの映像から、奴らが、この大陸を、いずれあの忌まわしい大戦の炎に包む可能性があることは、十分に推測できる! 俺の、前世で経験したあの地獄が、再び繰り返されるかもしれないのだぞ!」
ルーカスの声は怒りに震え、興奮で荒くなっていた。彼はディスプレイを指差し、身を乗り出す。そして、次の瞬間、彼の口からこの世界の者には理解不能な、異質な音の羅列が堰を切ったように飛び出した。
「This is bullshit, Alpha! Are you blind?! This is the beginning! The beginning of the end I saw! Do you understand?!」
ルーカスの瞳は、まるで世界の果てを見ているかのようだった。その言葉の意味は、ランディとクライスにも部分的に理解できた。「
『映像情報のみでは、断定的な評価は不可能です。しかし、貴方の懸念は理解しました。不確定要素の増大を考慮に入れ、今後の戦略を再検討する必要があるでしょう』
Alphaはあくまで事務的だった。だが、ルーカスは、その言葉の端々に、自身の危機感が無視できないレベルであると認識され始めた、という微かな感触を得ていた。
(クソッたれ……! まさか、こんなにも早く、未知の脅威が潜んでいたとは……! この国の連中は、まだ事の重大さに気づいていない。伝統だの、格式だの、貴族の権力争いなんて茶番劇を演じている間に、奴らは、破滅への道を歩んでいるかもしれないってのに……! そしてAlphaときたら、あの事務的な口調で『過剰評価』だと? ふざけるな……!)
ルーカスの心臓は、警鐘のように激しく鳴り響いていた。彼の焦燥感は、もはや抑えようがなかった。詳細な情報がないからこそ、彼は最悪の事態を想定し、あらゆる可能性に備えなければならないと感じていた。そして、この日から、彼の思考はさらに警戒を強め、より一層、手段を選ばない方向へと傾倒していくことになる。
「ランディ、クライス。この映像と報告は、俺と、そして貴様たちだけが知る最高機密だ。現状では、詳細が不明な以上、不用意な混乱を避けるためにも、絶対に、誰にも漏らすな。ただし、今後の研究開発の方向性を検討する上で、この情報を最優先事項として念頭に置け。特に、あの人型兵器、改造生物兵器、そして航空戦力に共通する、あらゆる種類の装甲、そして空からの脅威に対抗できる技術の開発を最速で急ぐように」
ルーカスの声は、先ほどまでの激情を潜め、冷静さを取り戻していたが、その瞳の奥には、かつてないほどの警戒と決意が宿っていた。二人はルーカスの言葉の重みに圧倒され、ただ無言で深く頭を垂れるしかなかった。