剣と魔術とライフルと   作:あききし

68 / 163
第四十九話

 

 

第四十九話:王都への布石

 

 

ホーネリア王国の王室会議場は、重苦しい空気に包まれていた。議題は、連日続くレガリア王国との国境における摩擦の激化、そして、それに伴うトレンス侯爵ルーカス・フォン・トレンスの経済活動への対応だった。王都の貴族たちは、不穏な空気に苛立ちと不安を募らせていた。

 

 

議場の喧騒を、冷めた視線で眺めている者がいた。ホーネリア王国第一王子、エドワード・ブラン・ホーネリアである。彼は父王の傍らに控え、その端正な顔には何の感情も浮かんでいない。貴族たちの激論も、この国の未来を巡る真剣な議論も、彼にとっては退屈な劇に過ぎないかのようだった。

 

「まだ終わらないのか。こんなくだらない話に付き合わされるのも、もううんざりだ」

 

エドワードは、まるで独り言のように小さく呟いた。その声には、明らかに不満と倦怠が滲んでいる。彼はちらりと会議の時計に目をやり、早くも退屈そうなあくびを噛み殺した。

 

「おい、レオナルド。いつになったら終わるんだ?今日こそは、新しい酒場に顔を出そうと思ってたんだがな。それとも、あの娘に新しい踊りを教えてもらう約束があったか?」

 

彼は隣に立つ第二王子、レオナルド・ブラン・ホーネリアに声を潜めて話しかけた。エドワードの目には、レオナルドがなぜこんな退屈な場所にいるのか、理解できないとでも言いたげな色が宿っていた。レオナルドは、そのずば抜けた知性と、形式にとらわれない振る舞いで、いつの間にか王室の会議でも意見を求められる立ち位置を確立していた。

 

レオナルドは、エドワードの軽薄な言葉を冷ややかな視線で一蹴した。その表情には、苛立ちと、兄に対する諦めが混じっていた。レオナルドは、エドワードのそのような無気力な態度が、この国の現状をさらに悪化させている一因であると確信している。だが、それは彼の計画の一部でもある。

 

 

議場では、貴族たちの焦燥と、トレンス侯爵ルーカスへの不快感と懸念が渦巻いていた。

 

「国王陛下!レガリアとの摩擦は、もはや看過できません!国境の領地では小競り合いが頻発し、領民の不安は限界に達しております!加えて、あのトレンス侯爵の奇妙な商法が、我が国の経済を混乱させている!」

 

一人の貴族が、憤怒の表情で声を上げた。

「そうです!安価なトレンス製物資の流入は、我が領の伝統的な産業を破壊しつつあります。農民たちは職を失い、工房は閉鎖の危機に瀕している!これはもはや、経済的な侵略に等しい!」

 

別の貴族がそれに続き、ルーカスへの怒りを露わにする。彼らは、レガリアとの関係悪化に加え、国内の経済基盤がトレンス領によって揺るがされている現状に、強い危機感を抱いていた。

 

「それに、あのトレンス侯爵の正体が分からぬ。まるで異界の者だ。彼の技術は確かに驚異的だが、あまりにも規格外だ!何処から来たかも分からぬあの技術が、この国の基盤を根底から覆すのではないかと、夜も眠れぬ思いでございます!」

 

王都の貴族たちは、ルーカスの得体の知れない力と、その出自の曖昧さに、漠然とした恐怖と嫌悪感を抱いていた。彼らは、彼の存在が既存の秩序を乱す異物であると認識し始めていたのだ。

 

議場の混乱が最高潮に達した時、レオナルドは静かに立ち上がった。彼の優雅な動き一つ一つに、計算し尽くされた知性と、王族としての揺るぎない威厳が感じられた。

 

「皆様、静粛に願います」

 

彼の声は、決して大きくはなかったが、議場に響き渡ると、それまでの騒がしさが嘘のように鎮まった。貴族たちの視線が、一斉に彼に集まる。エドワードは、レオナルドが前に出ることに、わずかな驚きと、どこか期待にも似た感情を抱いた。彼は、レオナルドならば、この退屈な会議を早く終わらせてくれるだろうと内心で願っていた。

 

「私もまた、現状を深く憂慮しております。レガリアとの国境における緊張、そしてトレンス侯爵ルーカス・フォン・トレンスの経済活動が、確かに我が国の経済に深刻な影響を与えている。それは否定できぬ事実です。そして、この状況を打開しようとする強硬派の皆様の熱意も理解できます」

 

レオナルドは、強硬派の感情に寄り添うように語り始めた。その言葉に、強硬派の貴族たちは安堵の表情を浮かべる。しかし、彼の真の狙いはその後にあった。

 

「しかし、同時に認識せねばならないのは、トレンス領が示す『新しい可能性』です。彼らが持つ技術力、生産力は、旧態依然とした我が国の産業構造を根本から変えうる力を持っている。この力と無益に対立し、消耗するのは愚策に他なりません」

 

レオナルドの言葉に、ざわめきが起こる。彼は一歩踏み込み、議論の核心を突いた。

 

「この混乱の根源は、トレンス侯爵の『無秩序な市場介入』にあると見なせましょう。ならば、解決策は明確です。彼を王室の管理下に置き、その力を制御すること」

 

貴族たちの間に緊張が走る。レオナルドはゆっくりと、しかし明確に、自身の提案を口にした。

 

「故に、私は提言する。トレンス侯爵ルーカス・フォン・トレンスを、王都にある王立総合学園に入学させるべきであると」

議場は、一瞬の沈黙の後、再び騒然となった。

 

「な、何を馬鹿なことを!」

ハートフィリア公爵が色をなして反論した。

「学園に?あの危険な男を王都の中心に呼び込むというのか!正気の沙汰ではない!」

 

「同感です!学園には、将来を担う貴族の子弟たちが集まっている。あのような異端者が彼らに悪影響を及ぼせば……!」

 

別の貴族が声を上げる。彼らはルーカスが学園に来ることで、自らの子弟が彼の異端な思想に染まることを恐れた。

 

レオナルドは、これ見よがしに反発する貴族たちを一瞥すると、冷ややかな笑みを浮かべた。彼の視線が、兄であるエドワードへと向けられる。エドワードは、レオナルドの提案と、それに続く貴族たちの反応を、どこか他人事のように眺めていた。彼にとって、ルーカスが学園に来るかどうかも、この退屈な会議と同じくらいどうでもいいことだった。

 

レオナルドは、兄のそのような態度を内心で嘲笑しつつ、この状況を最大限に利用する。

 

「兄上のお気持ちはよく分かります。しかし、だからこそです。危険な存在であるならば、なおのこと監視下に置くべきではないでしょうか」

 

レオナルドは議場を見回し、声のトーンを一つ落とした。

 

「学園という場所は、貴族の子弟が集う閉鎖的な空間であると同時に、王室の目が届きやすい場所でもあります。そこにルーカス・フォン・トレンスを置くことで、彼の行動を詳細に把握し、その技術を間近で研究し、そして必要とあらば、その芽を摘むことも容易となる」

 

この言葉に、貴族たちは息を呑んだ。レオナルドは、ルーカスを王都に呼び寄せる真の目的を、貴族たちが最も納得する形で提示したのだ。それは、彼を「利用」し、場合によっては「排除」するための機会であると。レオナルドの顔には、微かに勝利を確信した笑みが浮かんでいた。彼がイザークを通じてルーカスに流させた「レオナルドがルーカスの力を欲している」という情報は、まさにこの会議での彼自身の提案と合致するように見えた。貴族たちは、レオナルドがルーカスの力を利用し、最終的には排除すると信じ込んだ。

 

「それに、トレンス侯爵は、その若さにも関わらず、魔獣災害を乗り越え、領地を復興させた実績を持つ。彼の知識と経験は、学園の生徒たちにとっても、刺激となるでしょう。そして、彼を王室の監視下に置くことは、対外的にも『王国はトレンス侯爵を危険視せず、その才能を評価している』というメッセージとなり、無益な衝突を避ける効果も期待できます」

 

レオナルドは、さらに畳み掛ける。彼の言葉は、冷静で論理的であり、貴族たちが納得せざるを得ない説得力を持っていた。ルーカスが学園に入学すれば、王都の貴族たちの視線は彼に集中するだろう。その裏で、レガリアは内乱の淵へと突き進む。全ては、ルーカスの掌の上だった。レオナルドは、ルーカスとの密約に基づき、自身の「最適化」が順調に進んでいると確信していた。彼はまだ、自身がルーカスという異才の盤上で踊らされていることに、微塵も気づいていなかった。

 

 

激しい議論の末、レオナルドの提案は可決された。国王もまた、悩みながらもレオナルドの「合理的な」提案に頷いたのだ。こうして、ルーカス・フォン・トレンスの王都入りと、王立総合学園への入学が決定した。ホーネリアの貴族たちは、その決定に安堵と不安が入り混じった複雑な表情を浮かべた。

 

「あの男が……この王都に、学園に……」

 

エドワード王子は、唇を噛みしめた。彼の心には、理屈では説明できない、胸騒ぎにも似た嫌悪感が渦巻いていた。あの異質な存在が、自分の領域に踏み込んでくる。それは、エドワードにとって、耐えがたい屈辱であり、同時に抗いがたい運命の始まりを告げるものだった。

 

 

 

・・・・・

・・・

 

 

 

その夜、レオナルド殿下の邸宅に集まった派閥の貴族たちが発する熱気は、アイリス・ド・アークランド公爵令嬢にとっては、いつもと変わらぬ生ぬるいものだった。彼らの顔に浮かぶのは、今日の王室会議での勝利と、ルーカス・フォン・トレンスという「異物」を王都の学園という名の檻に閉じ込めたという、傲慢なまでの安堵と確信。

 

「諸君。今日の会議は、私の《最適化》の計算通りに進んだ。これで、ルーカス・フォン・トレンスは、王都の学園という檻の中に収まる。彼の持つ莫大な富と、あの未知の技術力は、いずれ王室の、いや、我々のものとなるだろう」

 

レオナルド殿下の声は、陶酔にも似た響きを帯びていた。琥珀色の瞳は、勝利の光に輝いている。彼にとって、ルーカスは手中に収めるべき価値ある道具に過ぎない。その言葉は、アイリスの耳には、どこか幼い響きを伴って聞こえた。

 

「イザークからの報告も順調だ。レガリア国内の不満は着実に高まっている。ルーカスを王都に引き寄せることで、ホーネリア国内の関心は彼に集中する。その隙に、レガリアの内乱は加速するだろう。全てが、私の計画通りに進んでいる」

 

貴族たちは口々に賛同の声を上げ、レオナルド殿下の策略が見事に成功したのだと信じて疑わない。だが、アイリスはグラスの縁を指でなぞりながら、彼らとは全く異なる感情の波の中にいた。

 

(殿下は、ルーカス・フォン・トレンスを掌で転がせる駒と見ているようね。けれど……)

 

彼女の《千里眼》は、これまで世界のあらゆる物事を見通し、その全てを秩序立て、美しく、そして最適に整えることに喜びを感じてきた。しかし、トレンス領を覆う強固な結界だけは、その視界を完璧に遮り続けている。そして、その結界の奥から垣間見える、既存の常識を逸脱した現象。それは、単なる「発展」ではなく、既に「完成された芸術品」のようにも見えた。

 

(殿下の最適化は、まだ萌芽に過ぎない。けれど、あの子が示すは、既に完成の域にある「究極の秩序」……)

 

アイリスの思考は、レオナルドの言葉の裏側、ルーカスの真の姿へと深く潜り込んでいく。自身の《千里眼》が唯一看破できない存在。それは、彼女にとって初めて出会う「壁」であり、その壁の向こうに、彼女自身の理想とする「完璧な世界」の片鱗が見えるような気がした。

 

(私自身の知性を超える存在。予測不能でありながら、その行動は常に合理的で、結果として完璧な秩序をもたらしている。単なる興味では済まされない。解き明かしたい、けれど壊したくない……)

 

 

胸に宿る感情は、知的好奇心だけでは説明がつかない。彼女自身の完璧主義を凌駕する「何か」を、ルーカスは持っている。それは、彼女の理性を揺さぶり、乗り越えるべき「挑戦」として彼女を惹きつけていた。あるいは、自身の孤独感を埋めるような、唯一無二の「知的な相手」として、彼の全てを「理解」し、そして「手に入れたい」という強い衝動が芽生えていた。

この微かな違和感と、ルーカスへの個人的な、そして歪んだ関心は、彼女の内に秘められたままで、レオナルドに告げられることはなかった。彼は、自身の「最適化」の完成に酔いしれ、アイリスが見つめる深淵には、微塵も気づいていなかった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。