剣と魔術とライフルと   作:あききし

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第五十四話

 

第五十四話:騎士の夢、鋼の巨人

 

 

トレンス侯爵領、キャンプ・ヴェリタス併設の研究施設。その一角にあるクライスの研究室は、まるで嵐が過ぎ去った後のようだった。机の上には魔道具の部品や設計図が山と積まれ、どこか焦げ臭い匂いが漂っている。数週間前、ルーカスから人型機動兵器の開発を命じられて以来、クライスの研究は猛烈な速度で加速していた。

 

特に、会議でルーカスが示した新大陸の脅威、30フィート級のゴーレムの映像は、クライスに計り知れない衝撃を与えた。そして、ルーカスが求めた要求仕様は、まさにクライスが幼少の頃から抱き続けてきた「大きな騎士の人形」の夢そのものだった。

 

あの会議以来、クライスは不眠不休で研究に没頭していた。彼の脳内では、ルーカスから与えられた「知識の種」と、彼自身の長年の夢が、まるで激しい化学反応を起こすかのように融合し、次々と新たな設計図が生まれていく。父ランディも、彼の情熱に巻き込まれるように、共に研究に打ち込んだ。日を追うごとに、研究室の壁には、より洗練された、人型機動兵器の設計草案が張り出されていった。

 

クライスは、自身の身長よりも大きな製図板に張り付いて、精密な魔術回路と機械構造を書き込んでいた。その顔は煤と油で汚れ、眼鏡は少しずれているが、瞳には確かな熱が宿っている。

 

「ちくしょう、この魔力供給ライン、もう少し効率よくできないか……?」

唸りながら、新たな回路パターンを試行錯誤する。

そんな時だった。

 

「おい、クライス。いるか?」

ルーカスの声に、クライスはビクリと肩を震わせ、振り返った。

 

「うわっ、ルーカス!って、ノックくらいしてくれよな、びっくりするだろ!」

 

クライスは頬を膨らませ、親友相手にだけ見せる砕けた口調で文句を言った。ルーカスはそれに構わず、クライスが描いていた設計図に目を向けた。そこには、彼の描く「強化版装甲強化服」の発展形、そしてその隣には、彼が独自の草案としてずっと温めてきた「大きな騎士人形」の構想、そのものが、稚拙ながらも力強い線で描かれていた。それは、ルーカスが数週間前に開発を命じたばかりの『人型機動兵器』の、まさしく雛形だった。

 

ルーカスの眉間に、ごくわずかな皺が寄った。まさかクライスが、自身が命じる前から、ここまで具体的なイメージを持っていたとは。しかも、その夢と、自分が求めるものが完全に一致している。ルーカスは、改めてこの少年の想像力と情熱に、静かな驚きを感じていた。

 

「なんだ、これ。お前、これほどのものを、俺が命じる前から独自に進めていたのか」

 

ルーカスの声は冷静だが、その裏には、クライスの先見の明に対する僅かな感嘆が隠されていた。

クライスは、少し照れたように頭を掻いた。

 

「あー、これか?これは僕の夢だよ。昔から考えてたんだ。いつか、僕の魔力で動く、大きな騎士の人形。今まではただの空想だったけど、ルーカスがおっかない技術をくれるようになってから、もしかしたら、本当に作れるんじゃないかって思うようになってさ」

 

クライスは瞳を輝かせ、まるで幼い子供のように熱っぽく語った。

 

「見てくれよ、ルーカス!こいつはさ、強化型の装甲強化服を着て、乗り込むんだ!高さは15フィートくらいで、重い盾を持って、デカいライフルを撃つんだ!25mmとか40mmクラスの機関砲を連射して、デカい魔獣だって蜂の巣にできる。それに、肩にはミサイルも積んでさ、100mmクラスの火砲もぶっ放せるようにしたいんだ!将来的には、もっとすごいレールガンとかパルスライフルとか、夢は広がるだろ?」

 

彼は興奮のあまり身振り手振りを交え、さらに続けた。

 

「ブースターで高度30フィートくらいは飛べるようにして、敵の攻撃を避けたり、急襲したりもできるんだぜ!さらに、もっと強力な追加ブースターをつけたら、音速に迫る速度で巡航して、戦術的に動くこともできるはずだ!これは、兵士の支援だけじゃなくて、単独で最前線を突破できる、究極の兵器になる!」

 

クライスは、自身の描く未来図に完全に没頭していた。彼の純粋な情熱は、ルーカスの心に、再び微かな心苦しさを呼び起こした。

 

(この純粋な眼差しが眩しいな……)

 

ルーカスは内心で呟いた。彼がクライスに与えているのは、Alphaの「知識の種」だ。しかし、それは同時に、彼を自身の計画の歯車として組み込み、利用していることに他ならない。この幼い少年が抱く壮大な夢は、ルーカスの描く「再構築」の巨大なパズルの一片に過ぎない。そして、そのパズルの完成のために、クライスの純粋な情熱を燃料として利用している事実が、ルーカスの中で一瞬、罪悪感の波紋を広げた。

 

だが、ルーカスの表情には、その微かな動揺は一切表れなかった。彼は感情を悟られないよう、すぐにその波紋を握りつぶし、いつもの無機質な声で応じた。

 

「……悪くない構想だ。いや、むしろ、悪くないどころか、俺が求めていたものと完全に一致している。すでにお前には命じた通りだが、その草案を基に、さらに実現可能性の試算と、具体的なロードマップを詰めてくれ」

 

ルーカスは、クライスの熱弁に、さらに具体的な案を重ねていく。

 

「武装はいいとして、防御面と運用性についても深掘りしろ。特に、その盾だ。ただ構えるだけでは芸がない、重装甲強化服と同じく、フレキシブルアームから手で持たなくても保持できるようにしろ。そうすれば、片腕で盾を保持しつつ、もう片腕で他の作業ができる。さらに、盾の裏には、予備弾倉を複数、そして小型の緊急防衛用ミサイルを4発前後、格納できるように設計しておけ。不測の事態に備える必要がある」

 

クライスは、ルーカスの言葉に、さらに目を輝かせた。彼の想像を超えた、しかし、理にかなった具体的な案の提示に、知的好奇心が刺激される。

 

「なるほど!盾を単なる防御兵器じゃなく、サブウェポンラックとしても活用するってことか!それに、フレキシブルアームでの保持……それなら、兵士の負担も減るし、もっと自由な戦術が組めるようになる!」

 

クライスの熱気が、ルーカスの内面に触れた、ほんの一瞬の隙。ルーカスは、その一瞬の沈黙と、普段よりもわずかに硬い口調に、何かを感じ取ったようだった。

クライスは、ルーカスが再び視線をディスプレイに戻そうとしたのを見て、不意に、しかし真剣な眼差しで口を開いた。

 

 

「ルーカス。……王都へ行くの、やっぱちょっと気が重いの?」

 

ルーカスは、クライスの予想外の問いかけに、ぴくりと眉を動かした。彼は何も言わず、ただクライスの顔を見つめた。

クライスは、ルーカスの沈黙を肯定と受け取ったのか、続ける。

 

「僕には、ルーカスが何を考えているのか、その全ては分かんないよ。でもさ、ルーカスが侯爵領で成し遂げてきたことは、僕の、そして父さんの、いや、領民全ての暮らしを、良くしてくれたんだ。最初は、僕もルーカスのやり方が理解できなかった。けど、今は違う。ルーカスがやろうとしていることは、きっと、この国全体を、もっと良い方向に変えるための、大切なことなんだって……そう信じてる」

 

クライスの言葉は、幼いながらも確かな信頼と、ルーカスへの強い支持が込められていた。彼の真っ直ぐな眼差しは、ルーカスが抱えていた心苦しさを、少しだけ和らげるようだった。それは、ルーカスが誰にも見せない内面を、唯一クライスだけが、彼の純粋さゆえに、見透かした瞬間だった。

ルーカスの口元に、微かな笑みが浮かんだ。それは、彼にしては珍しい、心からの感情が滲む笑みだった。

 

「……そうか。ならば、期待に応えねばならないな」

 

ルーカスは立ち上がると、窓の外、王都が広がる方角へと目を向けた。その瞳の奥には、新たな決意の光が宿っていた。

そして、ルーカスは振り返り、クライスの真っ直ぐな瞳を見つめて、ごく自然な口調で尋ねた。

 

「クライス。……お前も、行かないか?王都へ」

 

それは、ルーカスがクライスの能力と、彼への信頼を、最大限に示唆する言葉だった。侯爵領の未来を担うべき者が、その才能を王都で開花させることへの誘い。クライスの顔には、驚きと、そして希望の光が宿った。

 

だが、ルーカスが予期したような、躊躇や困惑の色は微塵もなかった。クライスの瞳は、一層輝きを増し、まるで新たな冒険を前にした子供のように、きらきらと輝いていた。

 

「え、本当に!?やった!もちろん行くに決まってるだろ、ルーカス!だって、ルーカスには僕がいないとダメでしょ!?王都なんて、おっかない連中ばっかだろうし、変な奴らに絡まれたら困るじゃん!」

 

クライスは、ルーカスが驚くほどあっけらかんとした調子で、弾むような声で応えた。彼の頭の中では、すでに王都での新たな研究と、ルーカスとの刺激的な日々が描かれているようだった。

 

「それにさ、王都のマルベリーの工房にも興味あったんだ!どんな技術があるのか、どんな魔道具作ってるのか、見てみたいってずっと思ってたんだよな!王都の方が、新しい素材とか、面白い魔導理論とか、たくさんあるだろうし!」

 

クライスの言葉は、ひたすらに純粋な探求心と、ルーカスと共にいられることへの喜びで満ちていた。ルーカスは、拍子抜けするほどあっさりとしたクライスの返答に、一瞬、呆気に取られた。自分が抱えていた罪悪感や心苦しさが、あまりにも簡単に吹き飛ばされたかのような感覚だった。

 

(こいつは……本当に、何も気にしていないのか?)

 

ルーカスは、クライスの底抜けの明るさに、拍子抜けしながらも、どこか安堵した。クライスは、ルーカスが抱える複雑な感情を、彼自身の純粋な情熱で打ち消してしまったかのようだった。ルーカスは、彼の真っ直ぐな瞳の奥に、自分を信じ、共に未来を切り開こうとする、揺るぎない覚悟を見た。

 

クライスは、ルーカスの表情に微かな動揺が残っているのを敏感に察したのか、わざとらしく腕を組んで、ニヤリと笑った。

 

「なんだよ、ルーカス。そんな顔して。まさか、僕が来ないと思ってたわけじゃないだろ?心配しないでよ!僕は、ルーカスがどこに行こうと、着いていくんだからさ。それに、あの『大きな騎士の人形』を完成させるには、ルーカスの力が必要なんだからさ!」

 

クライスは、ルーカスの肩をポンと叩いた。その言葉は、ルーカスの胸の内にあったわだかまりを、完全に払拭するかのようだった。クライスは、ルーカスの重荷を共有しようとするかのように、明るく振る舞い、彼を励ましている。

 

ルーカスの口元に、自然な笑みが浮かんだ。それは、彼にしては珍しい、心からの、偽りのない笑みだった。

 

「……そうだな。お前がいなければ、あの『騎士』は完成しないか」

 

ルーカスはそう言うと、再び窓の外へと視線を向けた。王都が、そして新大陸の脅威が、彼を待ち受けている。だが、その隣には、純粋な情熱と、揺るぎない信頼を寄せる親友がいる。

 

「OKだ。では、早速だが、王都での研究拠点について、早急に計画を立てる必要があるな。お前が最大限に能力を発揮できる環境を整える」

 

ルーカスの声には、新たな計画への確かな手応えと、そして、親友への深い信頼が込められていた。クライスの顔は、期待に満ちた笑顔で輝いていた。彼らの「大きな騎士」の夢は、今、王都へと向かう新たな一歩を踏み出すのだった。

 

 

 

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