剣と魔術とライフルと   作:あききし

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第五十五話 前編 祝宴と誓い

 

第五十五話 前編:束の間の祝宴と誓い

 

王都王都での活動まで残りわずか一週間。連日の改革案策定と軍備拡張計画の最終調整に追われ、執務室に籠もりきりだった俺の元に、エレノアが静かに進み出た。

 

「ルーカス様、ご提案がございます」

 

彼女の、感情の機微を読み取りにくい声は、いつも通りだった。だが、その顔には微かに、普段見せない種類の期待が浮かんでいるようにも見えた。

 

「……なんだ?」

 

俺は書類から視線を上げずに問う。どうせまた、山積みの案件のどれかだろうと踏んでいた。

 

「ルーカス様の王都における円滑な影響力拡大、ひいては技術情報の保護を目的として、『文化戦略』を提唱したく存じます。具体的には、貴族社会、特に流行に敏感な貴婦人方を介し、ファッション、音楽、サブカルチャーといった分野から新しい潮流を生み出し、緩やかに各派閥を掌握する基盤を築きます。そのための宣伝媒体や弱小被服店への支援も検討しております」

 

エレノアは淀みなく続けた。

 

「その第一歩として、ルーカス様の王立総合学園へのご入学と、一時的とはいえ、しばらくこのトレンス領を離れられることの、送別会を兼ねて、その『文化』の一端を披露してはいかがでしょうか」

 

俺はエレノアの言葉に、ゆっくりと書類から顔を上げた。俺が漠然と考えていた戦略を、彼女はすでに具体的な形に落とし込んでいた。流石はエレノアだ。この世界の技術水準から逸脱した俺の知識は、本来ならば警戒の対象となる。だが、それを「ファッション」や「音楽」といった表層的な文化として発信すれば、貴族たちの「珍しいもの好き」な好奇心を刺激しつつ、その深層にある技術の基盤からは目を逸らすことができる。特に、女性貴族たちが食いつけば、男性陣は流行と軽視し、俺の真意に気づきにくいだろう。

 

しかし送別会、ね。面倒くさい。儀礼的なものは極力避けたい。だが、日頃から俺の無茶な命令に付き合わされている部下たちの労をねぎらう場も必要だろう。

 

「……Hmm、あまり仰々しくはするなよ。最低限で構わない」

俺の言葉に、エレノアは小さく頷き、表情には満足げな色が浮かんでいた。

 

「かしこまりました。ではささやかながら準備させていただきます」

 

「ささやかながら」ね。エレノアの「ささやか」が、いかに大規模なものに変貌したかを俺は知ることになる。

 

 

・・・・・

・・・

 

 

そして迎えた当日。侯爵邸の裏にある訓練所の一角は、まるで巨大な祭り会場と化していた。普段は兵士たちの雄叫びと剣戟が響く土のグラウンドが、今夜ばかりは賑やかな光と音で満ちている。そこかしこに巨大な焚き火がいくつも焚かれ、煌々と炎を燃やし、夜空を赤く染めている。香ばしい肉の匂いが夜風に乗って漂い、巨大な鉄板の上では、ジューシーな肉汁を滴らせる香ばしいパティが焼かれ、特製のバンズとレタス、トマト、チーズが積まれた「ハンバーガー」が次々と作られていく。

別の場所からは、芳醇なトマトソースと、とろけるチーズの匂いを放つ「ピザ」が次々と窯から出され、食欲をそそる。移動式の調理台からは、黄金色に揚がったフライドポテトや、ソーセージが挟まれた熱々のホットドッグが提供され、兵士たちが列をなしていた。極め付けは、魔力で冷やされた樽から惜しみなく注がれる、泡立つ「コーラ」のような炭酸飲料だ。初めて口にする者たちは、その刺激的な喉越しと、シュワシュワと弾ける感覚に驚きと歓声を上げていた。別の一角には、冷気を保った魔法具が設置され、見たこともない色とりどりのアイスクリームが供されており、子供たちが目を輝かせながら群がっていた。

 

「ルーカス様、この肉は最高に美味です!これほどの美味を王都で味わえるか、少々心配でしてな!」

 

豪快に肉を頬張っていたギルバードが、その大柄な体を揺らしながら声を上げた。彼の顔は満面の笑みで、普段の真面目な護衛騎士とは別人のようだ。

 

「心配するな、ギルバード。王都には王都の、いや、この俺が最高の美食を用意してやる。ただし、給料は据え置きだかな。文句は王都の貴族共にいえ」

 

俺はいつもの皮肉を交えつつ応える。ギルバードの隣では、ミリアムが静かに、しかし嬉しそうに俺の言葉に耳を傾けていた。シェーラは母さんの傍らで、控えめながらも柔らかな笑みを浮かべ、時折俺と母さんを見比べていた。彼女は、この一瞬の温かさを深く理解しているようだった。

 

輸送部隊を率いるダリルは、元ゴロツキとは思えぬ堂々とした立ち振る舞いで、部下たちと談笑しながらも、時折俺に深く頭を下げていた。彼の傍には、かつての仲間達がおり、水上部隊を率いるエルトンはショーンと、各々麦酒を片手に賑やかな場を盛り上げている。航空部隊を率いるクーパーは、屈託のない笑顔で空を指差し、ジェフは静かに頷きながら、まるで空の情報を読み取るかのように周囲に意識を広げていた。

 

医療部隊長のエリスは、相変わらず口は悪いが、その眼差しには深い信頼が宿っている。新米衛生兵のリアムは、彼女の背に隠れるようにして、緊張した面持ちでルーカスを見つめていた。

 

工兵部隊長ガレスは、彼の部下であるノリスやベテランのボブと共に、地面に陣取って盛大に火を熾しながらぶっきらぼうに呟いた。「ルーカス様がいねぇと、ウチの連中も退屈するだろうな」と、ボブがぶっきらぼうに呟くと、ガレスが力強く頷いた。

 

 

遅れて、ドヴェルク族とホビット族の代表、そして商会の者たちも到着し、場は一層賑やかになった。特にドヴェルク族は、ルーカスが新たに提示した魔獣素材の加工技術に感謝し、彼らの誇る堅牢な酒樽を携えてきていた。ホビット族は、その手先の器用さを活かした繊細な菓子を持ち寄り、子どもたちが歓声を上げていた。

 

 

砲兵隊の集まるテーブルでリディアは、元魔法師団らしく、魔力を精密に制御し、酒を注ぐグラスの縁にわずかに魔力を通し、液面の波紋を鎮めている。

 

「ルーカス様、王都では我々の新しい『砲兵戦術』を、ぜひとも披露していただきたいものです。風を読む魔術と砲撃の組み合わせは、貴方様が教えてくださった理の極致。 どこぞの貴族どもに、この精度を見せつけてやりたい!」

 

その目は、普段の可愛らしい一面とは裏腹に、鋭い輝きを放っていた。エレノアが横で微笑みながら、リディアの言葉に頷いている。

 

ゼファーは、新型自走砲の模型を片手に、兵士たちに熱弁を振るっていた。

 

「王都の道は狭いが、俺たちの『機動砲兵』なら、どんな局面でも最速で火力を展開できる! 汎用人型ドローンとの連携も、さらに磨きをかけるぞ!」

 

ルーカスと目が合うと、彼は一際深く頭を下げた。

 

「ルーカス様の合理的な戦略が、我々の騎士道に新たな意味を与えてくれました。王都では、いかなる時もルーカス様の御身をお守りするため、我々機動砲兵は常に最速で駆けつけ、後方より支援いたします!」

 

彼の声には、騎士としての誇りと、ルーカスへの絶対的な忠誠がにじみ出ていた。

 

 

宴の片隅で、商会のお頭たちが集まっていた。彼らの顔は、以前の困窮した表情とはまるで異なり、活気に満ちている。

 

「ルーカス様のおかげで、我らの商会も息を吹き返したばかりか、新たな商路も開拓でき申した! 王都へ行かれましても、どうか我ら商会の発展を見守りくださいまし!」

 

彼らは深々と頭を下げ、各地の特産品や、ルーカスが考案した新商品の試作品などを献上していた。その中には、特に高品質な「魔獣の肉」で作られた加工品や、新たな染料で染められた鮮やかな織物などがあった。彼らの目には、ルーカスへの感謝と、未来への大きな期待が宿っていた。

 

しかし、その実、彼らは「あの男は我々を一度叩き潰したが、それ以上の利益をもたらした。まさに商機を掴む天才。彼を王都に送り込み、そのパイプを掴めば、我々の商会は大陸一となるだろう」という野心を隠し持っていた。彼らの心境は、利益への渇望が、かつての不満を上回っている、絶妙な均衡点にあった。

 

ルーカスは彼らの思惑を全て見透かしていたが、あえて何も言わなかった。彼らが自身の利益のために動くことが、結果として領地経済の活性化に繋がることを知っていたからだ。

 

「精々励むことだ。お前たちの『商魂』が、この領地を、ひいてはこの世界を動かす礎となる。だが、もし私を裏切るような真似をすれば、お前たちの商会など、瞬く間に瓦礫と化すことを忘れるなよ?」

 

ルーカスは冷たく言い放った。その言葉には、商人たちの野心に水を差すことなく、しかし、決して許さないという絶対的な支配者の意志が込められていた。商会のお頭たちは一瞬身震いしたが、すぐに深々と頭を下げ、その言葉を受け入れた。

 

 

「おい、坊主様よ!」

その声に、俺は思わず振り向いた。声を上げたのは、泥酔して顔を真っ赤にしたダリルだった。普段は「ルーカス様」と呼ぶ彼が、からかいを込めて「坊主様」と呼ぶあたり、相当酔っているらしい。だが、その瞳の奥には、変わらない信頼が見て取れる。

 

「俺と勝負だ!あの頃とは違ぇぞ!行くぜ!」

 

ダリルが雄叫びを上げて、その太い腕を俺の腕に絡ませた。酔いの回った兵士たちが、囃し立てる。腕相撲か。ダリルの腕力は、並のヒュームを凌駕している。

 

「……アームレスリングか、いいだろう。ただし、一回だけだ。まさか、隊長にもなってまだこんなチンケな遊びに興じるとはな。道中で迷子にならないよう、腕力だけでなく頭も鍛えておけよ?」

 

俺が右腕を差し出すと、ダリルはニヤリと笑って、その太い腕を俺の腕に絡ませ言った。

 

「俺が勝ったら、新型の装甲車を優先的に回して貰いますぜ?」

 

「Hah.大した自身だな?口だけにならないようにしろよ。負けたら一週間、その酒瓶は没収だ」

 

「上等だ!そぉらっ、全力でいきますぜ!」

 

ダリルが雄叫びを上げて腕に力を込める。彼の腕の筋肉がモリッと盛り上がるのが見えた。通常であれば、俺の腕はたちまち机に叩きつけられるだろう。だが、俺は冷静に、肉体の筋繊維一本一本にまで、魔力による身体強化を施す。表面上はほとんど力を入れていないように見せかけ、しかし内側では、その全てを精密に制御する。

数秒の均衡。ダリルの顔は真っ赤になり、額には汗が滲み始めた。そして、

 

ドンッ!

 

ダリルの腕が、ゆっくりと、しかし確実に、机に叩きつけられた。

 

「うおおおっ!? な、なんだ!? ズルだ! 坊主様、ズルだぜ!?」

 

ダリルが叫ぶ。会場は再び爆笑の渦に包まれた。ギルバードが「ダリルもまだまだだな!」と声を上げる。俺は無表情で腕を組み、冷ややかな視線をダリルに送った。

 

「ズルなどしていない。貴様の力が、その程度だったということだ。約束通り、お前は酒抜きだ。水でも飲んでな」

 

ダリルは頭を抱えて、呻き声を上げ他の連中と再戦を始め出した。

その時、エリスがこちらに向かってよろよろと歩いてくるのが見えた。赤髪ショートカットの彼女は、普段はガサツな口調だが、その根底にある優しさは知っている。今も、その瞳は俺への不満でギラついている。

 

「ルーカスぅ、アンタ、王都に行くんだってな……」

 

呂律が回らない声で、エリスが俺の肩に腕を回してきた。その顔が、やけに間近にある。

 

「……酒臭い。泥酔しているぞ。離れろ」

俺は一歩引いたが、エリスはしつこく絡んでくる。

 

「っつれーんだよ!アンタの無理難題、いっつも叶えてやってんだぞ!アタシは寝る間も惜しんで薬作ってんだ!もっと、褒められたっていいはずだろ!」

 

そう言って、俺の頬をプニプニと指でつつき始めた。その指の力が、意外と強い。兵士たちが爆笑する。ミリアムが眉をひそめ、シェーラが苦笑する。

 

「お前には、十分すぎるほどの報酬を与えているはずだがな。まさか、酒の肴にまで俺の労力を求めるか。贅沢な奴め」

 

俺が冷たく言い放つと、エリスはギロリと睨んできた。

 

「あんたの感謝の言葉なんざ、いつも上から目線で全然心こもってねえんだよ!馬鹿!たまにはあんたの口からも甘い言葉の一つや二つ、聞いてみたいもんだね!クソったれ!」

彼女は俺の胸をドンと叩いた。普段は俺が兵士たちに言うセリフを、そのまま返された気分だ。

 

「王都で無理しすぎて、熱でも出してぶっ倒れたらどうすんだよ。あたしがいないんだぞ。もう少し、人間らしく、誰かに頼るってことも覚えなよ、…ルーカス」

 

最後の言葉は、掠れて聞き取れないほど小さかったが、その中には確かに、俺を案じる気持ちが込められているように感じられた。俺は深くため息をつき、されるがままになってやった。

 

「ルーカスは、聞いているのかい?この騎士人形の関節の駆動部分にはだね、魔力伝導率が最適化された合金が使われており、その内部構造は……」

 

と、俺の隣に座り込んで、クライスが延々と騎士人形の構造について専門用語を交えながら語り始めた。彼はすでに酩酊しているようで、頬は赤く、瞳は焦点が合っていない。

 

「……クライス、それはまた別の機会にしてくれ。その熱意は素晴らしいが、今は酒と肉を楽しもうじゃないか」

 

俺は辟易しながら、彼の口を閉じさせようとしたが、クライスのマシンガントークは止まらない。俺は顔を引き攣らせる。

 

「ああ、そしてだね、特にこの脚部の可動域は、最新の魔術物理学の理論に基づき、従来の常識を覆すほどの……」

 

Oh my god…(まだ続くのか…)

 

俺は思わず呟いた。クライスは俺の言葉に気づかず、熱心に語り続けている。俺は諦めて、彼の話に適当に相槌を打つことにした。

 

そんな俺の様子を見て、母がほろ酔いの笑顔で近づいてきた。

「ルーカス、貴方。本当に、大きくなったわねぇ」

 

そう言って、俺の頭を赤子をあやすように優しく撫で始めた。俺は瞬時に抵抗しようとしたが、母さんの温かい手が頭を撫でる感触は、いつの間にか心地よく、そして何よりも懐かしかった。俺は、その行為を受け入れている自分に驚き、少しだけ気恥ずかしくなった。

 

その様子を、ダイアナ夫人が面白そうに見ていた。口元には隠しきれない笑みが浮かんでいる。

 

「あらあら、お可愛こと。ルーカス様も、年相応で素敵ね」

 

からかうような、しかしどこか悪戯っぽい口調で、ダイアナ夫人が微笑む。

シェーラもその隣で、くすりと笑った。

 

「ええ、ルーカス様は普段、お若いご年齢にそぐわないほどお厳しいですから。たまには、こうしたお姿も愛らしいものです」 シェーラの言葉に、ダイアナ夫人がさらに笑みを深める。

 

「……貴女も年相応に落ち着かれては?夫人。そしてシェーラ、まさかお前まで俺をからかうとはな。いつか痛い目を見せてやる」

 

俺はすかさず嫌味を返したが、ダイアナ夫人は少しも動じない。シェーラもそっと微笑むだけだった。

 

「あら、私は十分落ち着いているつもりよ? むしろ、貴方こそ。王都では、そうしたお若い可愛らしい姿を見せないように、気をつけなさいよ。それとも、わたくしがついていって、見張って差し上げましょうか? それなら、ルーカス様の周りの妙な輩を、わたくしが厳しく排除して差し上げられるわ。もちろん、可愛いルーカス様のためよ?」

 

彼女の言葉には、いまだに俺をからかう意図と、どこか本気の心配が透けて見える。

 

That's none of your business.(余計なお世話だ)貴女がついてきたところで、騒ぎが増えるだけだろう。それに、私を『可愛い』などと、軽々しく口にするのは控えていただきたい。私は貴女の息子ではあるが、同時に一侯爵家の当主名代だ。……それに、王都で貴女のような目立つ女性がうろついていれば、余計な注目を浴びてしまうだろう」

 

俺は冷たく言い放ったが、ダイアナはけらけらと笑っている。そして、それらを介さず母はさらに俺の頭を撫で続けていた。

 

「ええ、ええ、わかっているわ、ルーカス。でも、本当に可愛いんだから仕方ないわね。あぁ、最高に幸せだわ!」

 

酔いの回った彼女の言葉には、皮肉めいた響きなど微塵もなく、純粋な愛情だけが込められている。俺は、これ以上抵抗するだけ無駄だと悟り、諦めて目を閉じ呟いた。

 

「…sigh…This is my best life…(全く、最高に幸せだな…)

 

その背後では、エドモンドとアルバードが困ったような、しかしどこか納得したような表情でそのやり取りを見ていた。

 

 

父、キースは、そんな賑やかな光景を遠巻きに見ていたが、ふと俺と目が合った。彼は深く息を吐き、不器用な、しかし確かな感情を込めて言った。

 

「ルーカス……、行ってこい。お前が信じる道を、征け」

 

その言葉には、親としての不器用な激励と、当主としての重い覚悟が込められているようだった。俺は無言で頷いた。

宴もたけなわになった頃、エレノアがそっと俺に耳打ちした。

 

「ルーカス様、ご用意しております。皆様も、お喜びになられるかと」

彼女の指す場所を見て、俺は呆れながらも苦笑する。まったく、用意が良いにもほどがある。

 

「……そうか。分かった」

 

俺は立ち上がり、簡易ステージへと向かった。会場の照明が落ち、スポットライトが俺に当たった。愛用のギターを手に、ループペダルでドラムを重ねていく。そして、エリスがその傍らに立つと、俺は驚いた。

 

「おい、エリス。何をする気だ?」

 

「何って、アンタのクソみたいな演奏に、アタシが色を付けてやるんだよ! このベースでな!」

 

そう言って、彼女はどこから取り出したのか、ベースギターを抱え込んだ。その指先が、弦に触れる。

 

Oh, really? Can you do it?(へぇ?やれんのか?)

 

「舐めんじゃねえよ。アタシは元々、孤児院の世話で、音楽も嗜んでたんだ。これくらい、どうってことねえ」

 

エリスは鼻を鳴らした。普段のガサツな口調からは想像もつかない言葉だったが、その瞳には確かに、自信が宿っていた。

 

「……OK.Bring it on?(良いだろう。遅れるなよ?)

 

俺はそう返し、ステージの前に集まった兵士たちを見渡した。

 

「Hey, GUYZ! Are you ready to rock?!」

 

俺は叫んだ。兵士たちの間から、野太い歓声が上がる。

 

「いいぞ! その調子だ! お前らの熱気が足りねえと、俺の演奏もヘタっちまう! そうだな……今から王都へ行く俺に、最高の餞別をくれ! 俺が王都をひっくり返して、お前らに最高の未来を持って帰ってきてやるからな! Let’s get this party started!」

 

俺は再び叫び、演奏を始めた。

 

 

最初は力強い、行進のような旋律。それは、この侯爵領に来てから、俺が築き上げてきた全てを象徴しているかのようだった。ゴロツキだったダリルを更生させ、エリスやガレスといった、この世界の不条理に打ちひしがれていた者たちに新たな使命を与え、共に地を這い、泥水をすすり、訓練を重ねてきた日々。彼らの顔が、一人一人、脳裏に浮かぶ。エリスのベースが、俺のギターの旋律に重なり、深みと推進力を与えていく。

 

次に、少しだけ感傷的な、しかし芯のあるメロディに変わる。それは、俺を無条件に愛し、信じてくれた母への感謝だった。そして、この世界で出会った、ギルバードやミリアム、シェーラ、エレノアといった、信頼できる仲間たちへの思い。彼らがいなければ、俺はとっくに潰れていただろう。彼らの支えがあったからこそ、俺はここまで来られた。エリスのベースラインが、俺の感情に呼応するように、時に優しく、時に力強く響き渡る。

 

曲調が再び変化し、激しく、そして決然としたものになる。王都へと乗り込み、腐敗した貴族社会を掌握し、新大陸の脅威に対抗する。その先には、血と泥にまみれた戦いが待っているだろう。だが、俺は逃げない。この世界の未来のため、そして、俺を信じてくれる者たちのために、俺は戦い続ける。このギターに込めたのは、そんな俺の揺るぎない覚悟だった。エレノアもキーボードの前に座り、俺の演奏に合わせて柔らかな、しかし確かな音色を奏でていた。三人で奏でる音は、まるで一つの物語を紡ぎ出すかのように、夜空に響き渡る。

 

演奏が終わると、会場には万雷の拍手と、地鳴りのような「ルーカス様!」「侯爵様!」という野太い歓声が沸き起こった。

 

 

耳をつんざくような喝采の中、俺は静かにギターを置いた。クソッタレな現実から、しばし解放された気分だ。悪くない。この退屈な夜は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

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