第六十一話:夜明けのヴァルキリー
夜明け前の静寂の中、アレックスは本部テントで、ホログラムモニターを凝視していた。フェンリルとの戦闘は、彼にとって苦い教訓となった。ライフル弾は効果が薄く、ロケット弾の攻撃さえも再生能力で無力化された。最終的に勝利できたのは、ルーカスという異質な存在の、常識を覆す戦術と、個人としての圧倒的な戦闘能力に依存した結果だ。現場指揮官として、この状況は喜べるものではなかった。
「何とかなりましたが、今回は危険でしたな」
アレックスの隣で副官のウォーレンが言った。彼の顔には疲労の色が色濃く浮かんでいる。
「ああ……ルーカス様の力に頼りすぎている」
アレックスが呟くと、ウォーレンは深く頷いた。
「弾薬の消費が尋常じゃありませんでした。特に、今回の魔獣の群れとの戦闘で、重機関銃の弾倉を全て使い切ったのは痛恨です。あのような硬い皮膚を持つ魔獣には、汎用機関銃では通用しません。あれは、弾薬の無駄撃ちです。もっと効率的な対処法を考えるべきだった」
ウォーレンは悔しそうに拳を握りしめた。彼の経験からすれば、火力が通じない相手に無駄に弾をばら撒くことは、最悪の選択だ。弾薬は兵士の命に直結する資源であり、昨夜の判断ミスは、結果的に今日の危険を招いた。
「そして…これは私の反省だ」
アレックスはモニターに表示された魔獣のデータを見つめながら、今後の課題を口にする。
「我々はこれまで、ルーカス様が提供されたVR訓練システムの優秀さに慢心し、対人戦闘や非対称戦にばかり力を入れてきた。侯爵領の治安維持にはそれが最善だと信じて疑わなかったが、今回の件で、その訓練の偏りが露呈した。この世界には、我々の常識が通じない脅威、想像を絶する怪物や未知の魔術が存在することを、改めて思い知らされた。これは、私の指揮官としての視野の狭さだ」
拳を握りしめ、確かな戦意を滾らせ続けた。
「であれば、我々も従来の戦術から脱却し、より多角的なアプローチを確立しなければならない。特に、火力だけでは対処できない相手への対応策を」
そう呟いた時、通信機からかすかなノイズが聞こえ、アレックスは顔を上げた。
《こちら、ヴェリタスHQ。サラマンダー・ツー・アクチュアル、Radio check!Over》
キャンプ・ヴェリタスの通信兵の声だった。
「こちら、サラマンダー・ツー・アクチュアル。loud and clear! 状況はどうか?オーバー」
「コールサイン『ヴァイパー』、まもなく到着する。指定座標に向けて飛行中。着陸まで凡そ30分。オーバー」
「了解。LZをIRストロボでマークする。アウト」
通信を終えたアレックスは、深く息を吐き、ルーカスのいるテントへと向かった。
テントの中では、ルーカスがクライスと向き合い、何事かを議論している。アレックスは一歩踏み込み、敬礼した。
「ルーカス様。先ほどの戦闘の件ですが、ご報告がございます」
ルーカスが顔を上げ、アレックスに視線を向ける。
「なんだ、アレックス。何か問題でもあったか?」
「いえ、問題ではありません。反省点でございます。私の指揮は、ルーカス様の想定外の行動に頼りすぎました。今回の件で、魔力に特化した高位魔獣に対し、我々の火力では圧倒的に不足していることが露呈しました。これは、私の指揮官としての最大の過ちです」
アレックスは、自らの非を認めるように淡々と語る。その言葉に、ルーカスはわずかに目を細めた。
「Hmm...。それは違法な魔道具による、イレギュラーだ。通常の魔獣ではない」
「それも事実です。しかし、今後もこのような、常識が通じない相手と対峙する可能性は否定できません。我々の装備と戦術を見直す必要があります。そして何より…」
アレックスは、ここで言葉を区切り、ルーカスの目を真っ直ぐに見つめた。
「……ルーカス様の行動は、あまりに危険すぎます。あなたは我々の護衛対象であり、侯爵領の未来を担う方です。あなたが自ら前線に出て、銃を構える必要はございません。そのような危険な行為は、我々現場の指揮官と兵士に任せていただきたい」
アレックスの言葉は、ただの報告ではなく、ルーカスを心配するが故の、やんわりとした諫言だった。ルーカスは一瞬、眉をひそめたが、すぐに口元に不敵な笑みを浮かべた。
「Hmph...。Alright、アレックス。それなら、俺の出番が無いくらい、迅速に、確実に対応しておけ。お前たちの能力を見せてもらおう」
ルーカスの言葉に、アレックスは安堵したような表情を浮かべ、深く頭を下げた。
「了解!間もなく、ヴァイパー隊が到着します。今度こそ、我々で完遂してみせます」
アレックスがテントを後にすると、ルーカスはクライスに視線を戻した。
「さて、アレックスも乗り気になったことだし、俺たちもやることがある。クライス、偵察ドローンのデータは? 敵の居場所と、使われた魔道具の痕跡を洗い出せ」
「うん。アレックス大隊長が飛ばした偵察ドローンが、周囲一帯をスキャンしたんだ。その結果、複数の魔力反応の残滓が検出されている。これは通常の魔獣が発するものではなく、人為的に作られたものに間違いない。非常に古風な、それでいて不気味な構成だ」
クライスは、ノート端末のホログラムモニターを指差しながら説明する。
「だろうな。フェンリルを狂わせたものと同じだろう」
「うん。この魔力反応の波形から、精神に干渉するタイプの魔術だと判明した。恐らく、周囲の魔獣を狂暴化させ、特定の場所へ誘導する効果を持っている。レッドロック・グリズリーは、この魔道具の影響をまともに受けていたようだ」
「やはり、俺の勘は正しかったな。連中の目的は、街道を封鎖し、俺たちを足止めすることだ。だが、フェンリルは例外だった。その高位の魔力故に、直接的な狂化は効かなかった。代わりに、精神に強い苦痛を与えられ、それを振り払おうと暴走していたのだろう」
ルーカスがそう結論づけると、クライスは深く頷いた。
「この魔道具を回収しに来るはずだ。この先に、敵の拠点が必ずある」
ルーカスは、不敵な笑みを浮かべ、夜明け前の空を見上げていた。やがて、遠くから聞こえてくるローター音が、次第に大きくなっていく。AH-4ヴァルキリーが、侯爵領の改革の旗の下、初めてその雄姿を現そうとしていた。
遠くから聞こえてくるローター音が、次第に大きくなっていく。夜明けの空を切り裂いて現れたのは、双発の魔導機関を備え、5枚のローター・ブレードが特徴的な、黒く巨大な機体だった。流線型の機体に施された低視認性の塗装が、夜の闇に溶け込んでいる。それは、Alphaが設計し、試験運用を終えた攻撃ヘリコプター、AH-4ヴァルキリーだった。その機体には、19連装の70mmロケットランチャーと、4連装の127mmロケットランチャーが2基ずつ、そして機首には25mmの3砲身ガトリング砲が固定武装として装備されていた。
そして彼らにエスコートされる形で4機のUH-4が着いてきた。
《こちら、ヴァイパー1。サラマンダー・ツー・アクチュアル、間もなく降下する! 》
《こちら、サラマンダー・ツー・アクチュアル。了解、指定座標に降下せよ》
ヴァルキリーとポーターは、野営地の近くに設定された着陸地点に、静かに舞い降りる。ローターが回転を止め、タラップが下りると、武装したパイロットたちが機体から降りてきた。機体から降りてきたヴァイパー隊のパイロットは、全身を覆うフライトスーツ越しでも分かるほどの堂々とした体躯だった。その顔には、最新鋭機を完璧に操る者にのみ許される、揺るぎない自信と、VR訓練で叩き込まれた『若き侯爵の技術は裏切らない』という確信が浮かんでいた。彼らにとって、実戦は、訓練で何百回と繰り返した演習の一つに過ぎない。
その一人がアレックスに敬礼する。
「お待たせしました。任務ブリーフィングに入りますか?」
「いや、構わん。既に敵の潜伏地点は掴んでいる。夜明けまで時間が無い。簡潔に伝えろ」
アレックスは、自らのタブレット端末をパイロットに見せながら指示を出す。
「ヴァイパーは、狩猟小屋の東側、太陽を背にした高高度から突入し、敵の退路を断て。ただし、殺傷は避けて、威嚇と無力化に徹しろ」
「了解。ただし、敵の抵抗が激しい場合は、我々の判断で対応します」
「好きにしろ。ただし、民間人がいた場合、彼らへの被害は絶対に許されない。わかっているな?」
アレックスの言葉に、パイロットは力強く頷いた。ヴァルキリーのローターが再び回転を始め、黒い影は夜明けの空へと再び舞い上がっていく。
輸送ヘリには、ウォーレン率いる歩兵部隊が乗り込んでいる。
《ホエール1より、サラマンダー隊!お呼びですか、お客様?このホエール、依頼とあらば、地の果て、いや、空の果てまででも、喜んでお連れしますぜ!ただし、帰り道はご自分で、って言わないだけマシですがね、へへっ!》
ホエール1のパイロットは無線越しにおどけた様に笑う。その声には、これまでの経験と、ある種の諦めにも似た余裕が滲んでいた。
「ああ、頼むぜ?お前らの送迎は、いつだって地獄の入り口行きだがな。だが、今日は『挨拶』が必要なもんでな。きっちり連れてってくれよ、空のタクシー野郎ども!」
ウォーレンもニヤリと笑いながら返す。彼らの間には、幾度となく死線を共に潜り抜けてきた者たちにしか通じない、独特の信頼と皮肉が入り混じっていた。
ホエール隊のパイロットは、使い込まれた操縦桿を握り続けた太い指先で敬礼した。その顔には、幾多の危険な空路をVRで経験し、そして実際にこの目で見てきた『侯爵の改革』に寄せる静かな信頼と、どこか掴みどころのない飄々とした笑みが浮かんでいる。
ウォーレンは、答礼しヘリの貨物室に乗り込みながら、搭乗している兵士たちに声をかけた。
「野郎ども、着陸したらすぐに展開するぞ。敵は狩猟小屋の中に、外にもいる。装備は古式。正面から突入する。チャーリー、アルファ。お前たちが先行しろ。絶対に民間人に被害を出すな。ルーカス様からの厳命だ」
ウォーレンの言葉に、兵士たちは力強く頷く。ポーターのローター音が唸りを上げていく。
《へへ、今日の客人はずいぶん気前が良い》
彼らはそう言って、機体は夜明けの空へと舞い上がった。
・・・・・
・・・
夜明け前の森は、ひやりとした空気に満ちていた。古びた狩猟小屋の入り口で、ガンツは焚き火の番をしながら、相棒のゴルドンと他愛もない話をしている。昨夜、親方から言い渡された任務は、街道の封鎖。依頼主から提供された魔道具を使い、魔獣を暴走させて隊商を足止めするだけの簡単な仕事のはずだった。こんな森の奥で一夜を明かす羽目になるとは、つくづく運がない。
「おい、ガンツ。そろそろ交代の時間じゃねえのか?背中が冷えるぜ」
ゴルドンが身を震わせながら言った。ガンツは一つ大きく伸びをして、空を見上げる。まだ星が瞬いているが、東の空の端が、微かに白み始めていた。
「もうすぐ夜明けか。どうせすぐ終わる仕事だ、もう少しの辛抱だぜ」
その時だった。
ゴオオオオオオオオオオオオオオォォォン……
遠くから、低く、しかし尋常ではない音が響いてきた。それは、これまでに聞いたことのない、おぞましい唸り声のようだった。森の木々が、微かにざわめく。
「なんだ、今の音は?」
ゴルドンが顔色を変えて立ち上がった。ガンツも慌てて周囲を見渡すが、暗闇と木々に阻まれて何も見えない。音は次第に大きくなり、それは複数の、巨大な虫が飛んでいるような、不快な羽ばたきにも似ていた。
ヒューン、と空気を切り裂く高音が接近したかと思えば、直後――
パァン!!と耳元で何かが弾けるような鋭い音が響き渡り、同時に、空全体が一瞬、真昼の太陽が直視できないほどに白く、そして青白い輝きを放った。 周囲の森の木々や地面の小石一つ一つが、影まで鮮明に浮かび上がる。夜目が利くはずのガンツの視界が、一瞬で真っ白に焼かれた。網膜に焼き付いた残像が、目の奥でチカチカと点滅し、耳の奥ではキーンという甲高い耳鳴りが鳴り響いた。
「ぐっ……ま、眩しい!目、目が焼ける!」
目を庇いながら叫んだその時、背後の森から、奇妙な音が聞こえてきた。それは、獣が駆け抜けるような音とは違う、不自然なほど静かで、それでいて確実に近づいてくる、機械のような微かな駆動音だった。
「な、なんだ!?何か来るぞ!」
ゴルドンの悲鳴にも似た声。その直後、小屋の周囲を、白い煙が瞬く間に覆い尽くした。それは、ただの煙ではない。魔力を練り上げた護符から放たれる魔法の光が、煙の中でぼんやりと霞んでしまう。
「くそっ、煙幕か!しかも、これは魔力も阻害するのか!?」
ガンツは咄嗟に剣を構え、煙の向こうに目を凝らす。だが、何も見えない。嗅覚も、この白い煙に麻痺させられているかのようだ。身体に練り込んだ魔力を解放しようとするが、上手く魔力がまとまらない。
ドオオオオオオォォォン!!
頭上からの轟音が、再び耳を劈いた。今度は、小屋の屋根に、何かが叩きつけられるような、けたたましい破壊音が響く。木片が降り注ぎ、小屋の中にいた仲間たちの悲鳴が上がるのが聞こえた。
「うわあああぁっ!」
「何が、何が起きてるんだ!?」
混乱の中で、仲間の一人が魔道具を起動しようと必死になる。それは親方から渡された、街道を行く隊商の獣を狂わせるための魔道具だ。だが、その男の腕が、閃光と共に吹き飛ぶのが見えた。同時に、小屋の入り口と窓が、次々と破られ、黒い影が飛び込んでくる。
ダダダダ!!
耳慣れない破滅的な破裂音が小屋の中に響き渡った。それは、弓や剣、魔法とは全く異なる、恐ろしく、そして速すぎる攻撃だった。何が起こっているのか理解する間もなく、仲間たちが次々と倒れていく。痛みも感じない。ただ、全身が痺れて、地面に倒れ伏した。
ガンツの視界は、白い煙と黒い影、そして理解不能な機械の音に包まれていた。彼は、最後に、自分を拘束する黒い影が、まるで石のように硬い、しかし信じられないほど滑らかな装甲に覆われているのを見た。それは、人間ではなかった。いや、人間ではありえない。
(俺たちは……一体、何と戦っていたんだ……?)
意識が途切れる寸前、ガンツは、自分が全く異なる次元の力に、一方的に蹂躙されたことを理解した。そして、その得体のしれない「暴力」は、彼の知る世界の全てを、根本から覆すものだと直感した。
・・・・・
・・・
本部テントの中では、ルーカスがホログラムモニターを凝視していた。そこには、ベリル率いる武装偵察隊《シャドウ・ランス》の視界と、ヴァルキリーとポーターの飛行経路がリアルタイムで表示されている。
「…Hmm.」
ルーカスが唸っていると、テントの隙間から、白い鼻先がツンと突き出された。新しく「クイン」と名付けられたフェンリルだ。彼女は、ルーカスの横顔をじっと見つめている。
「HOUSE!」
ルーカスが低く、しかし有無を言わせぬ声で命じると、クインは素直に鼻先を引っ込め、テントの外に座り込んだ。しかし、その耳は、テントの中の音に集中しているようだった。
その頃、アレックスの指示を受けたベリルは、数名の兵士を率いて、森の奥深くへと進んでいた。彼らは、ルーカスが開発した静音性の高い魔力駆動の偵察バイクに乗っていた。エンジン音をほとんど立てないため、敵に気づかれることなく、素早く移動することができる。
ベリルは、先導する兵士に手で合図を送り、高台の岩陰に身を隠すよう指示した。彼らの眼下には、古びた狩猟小屋が見える。クライスの分析では、ここから魔力反応が継続的に発せられていた。
「この先だ……。匂いがする。人の匂いと、腐った魔力の匂いだ」
ベリルは、獣人としての鋭い嗅覚で、敵の存在を確信していた。彼は、背中に担いでいたMR-4A2を構える。それは、歩兵部隊の自動小銃とは一線を画す、特殊なライフルだった。マナ・パックから供給される魔力を込めることで、弾丸に特殊効果を付与できる、シャドウ・ランス専用のハイエンドモデルだ。
ベリルが身につけている装甲強化服は、ギルバードの『ゴーレム』とは異なる、高機動・隠密特化型。光学迷彩や音響迷彩、そして匂いと体温を低減する特殊な処理が施されている。
「ライフル班、準備完了。目標、狩猟小屋。俺の合図があるまで、絶対に撃つな」
ベリルは、静かに指示を出すと、スコープを覗き込み、狩猟小屋の内部を探る。スコープの魔力探知モードでは、小屋の中に複数の魔力反応が点滅しているのが見えた。
「複数の人間…そして、古びた魔道具が一つ。しかし、魔力反応の規模から見て、この小屋に潜む敵は、約二十名に上る。数は多いが、装備は古式。これで街道を封鎖しようとは……」
ベリルは、冷静に周囲を観察しながら、ルーカスに通信を送る。
《こちらカトラス。潜伏地点を発見。現在、敵の識別を開始する。オーバー》
アレックスは、本部テントのホログラムモニターに映る、ベリルの視界を共有しながら、冷静に指示を出す。
《こちらサラマンダー・アクチュアル。理解。引き続き、敵の装備と魔道具の有無、人数を正確に把握しろ。こちらから部隊を投入する。オーバー》
「了解!アウト」
ベリルは、通信を終えると、スコープのモードを調整し再び覗き込む。彼の視界には、狩猟小屋の内部が詳細に映し出されていた。
「敵は外に数名、内部にも複数いるな。全員、簡素な革の鎧を着用。武器は古式の剣と、弓。民間人は……居ないな。そして、中央に置かれた魔道具…これだ」
ベリルは、スコープを魔道具に焦点を合わせる。クライスの分析通り、それは精神に干渉するタイプの魔術が組み込まれた、不気味な造りの物だった。
「…敵の逃走経路は、背後の森に続く小道。そこを塞ぐには…」
ベリルは、思考を巡らせる。その時、アレックスからの新たな通信が入った。
《カトラス、聞こえるか? 増援を送る。サラマンダー隊をホエール隊で投入する。着陸地点の確保と、スモークでの視界妨害を要請する》
ベリルは、ハッとした表情で、再びスコープを覗き込む。彼らの背後から、4機のUH-4ポーターが、静かに高度を下げてくるのが見えた。兵員輸送に特化したUH-4は、アレックス率いる歩兵部隊を、敵の背後に展開させるための重要な戦力だ。
《了解! 煙幕を張る。ホエールに、LZを伝える》
ベリルは、部下に指示を出し、ライフルの下にマウントされたグレネードランチャーから特殊なスモーク弾を発射する。それは、着弾と同時に白い煙幕を発生させ魔力の流れを阻害する、煙幕弾だった。白い煙が、狩猟小屋の周囲を覆い、敵の視界を奪っていく。
それと同時に、IRマーカーを逃走経路を塞ぐ位置に投げつける。
「敵が動いたぞ。 総員、射撃準備」
ベリルの声が、静かな森に響き渡る。彼の背後で、数名の兵士がMR-4A2を構え、狩猟小屋へと銃口を向ける。夜明けの光が、彼らの顔を照らし始めていた。
その頃、太陽の光が昇る東の空から、2機のAH-4ヴァルキリーが、低空で突撃を開始していた。パイロットは、朝日を背にすることで、敵からの発見を遅らせる戦術を選んだ。ヴァルキリーのローター音が、敵の耳に届く頃には、既に彼らの頭上を制空しているだろう。
静寂に包まれた夜明けの森に、白い煙幕が立ち込める。その煙幕の中、ウォーレンが率いるアルファ分隊とチャーリー分隊は、獲物を狙う獣のように狩猟小屋を包囲していた。彼らの耳には、はるか上空から響く、ローターの唸り音が届いている。
《カトラス、こちらサラマンダー隊。包囲完了。敵の動向は?》
ウォーレンの問いかけに、ベリルの声が静かに響く。
《こちらカトラス。敵は煙幕に混乱している。逃走経路の小道に一人向かったが、すぐ引き返してきた。ヴァルキリーのローター音に、まだ慣れていないようだ。武器を構えているが、位置は特定できていない》
「よし。ヴァイパーに威嚇射撃を要請する。アルファ、チャーリー、いつでも突入可能だ」
ウォーレンが指示を出すと、上空のヴァルキリーが狩猟小屋の屋根に照準を合わせる。そして、轟音と共に25mmガトリング砲が火を噴いた。大口径の機関砲弾が屋根を粉砕し、木片と土煙が舞い上がる。瓦礫が降り注ぐ中、傭兵たちの悲鳴が木霊した。
「今だ!突入!」
ウォーレンの号令と共に、兵士たちが一斉に小屋へと突入する。自動小銃RS-4E2から放たれる銃弾が、小屋の中の闇を切り裂いた。敵の傭兵たちは、突然の攻撃にパニック状態に陥り、剣や魔道具を構えるが、彼らが放つ魔法は、煙幕の魔力阻害効果に阻まれ、発揮できない。
小屋の中では、傭兵の一人が必死に魔道具を操作しようとしていた。だが、その腕はベリルが放った銃弾によって瞬時に阻まれ、魔道具は床に叩きつけられる。ベリルは、高機動型の装甲強化服のパワーアシストで、傭兵の拘束を維持しながら、無線で連絡を入れた。
《カトラスよりウォーレン中隊長! 魔道具を確保、敵は全員無力化。捕縛完了!》
《よし、全員捕縛しろ。殺傷は避ける。ルーカス様からの厳命だ》
戦闘は、わずか数分で終わった。敵の戦力は、ルーカスが提供した最新鋭の装備と戦術の前には、まるで赤子同然だった。ウォーレンは、手際よく捕縛された傭兵たちをヘリへと運び込むよう指示を出す。
本部テントでは、ホログラムモニターに映る鮮明な映像を見ていたルーカスが、わずかに眉をひそめた。
「...Hmph...」
彼は不敵な笑みを浮かべたまま、しかしどこか腑に落ちない様子で、モニターに映る捕虜たちを見つめていた。その横顔を、テントの隙間から覗くクインが、じっと見つめている。
「またか…!」
ルーカスが手でのその鼻先を押し退け、外に置いやる、クインは素直に鼻先を引っ込め、テントの外に座り込んだ。しかし、その耳は、テントの中の音に集中しているようだった。
「ルーカス様。作戦は成功です。敵は全員捕獲しました」
アレックスが、テントへと戻り報告する。
「ああ、分かっている」
「ご指示通り、魔道具も確保しました。尋問を開始しますか?」
「あぁ、任せる」
ルーカスはそう言って、椅子から立ち上がった。その表情は、いつもの冷徹なものに戻っていたが、彼の心の中には、漠然とした違和感が残っていた。
「...違和感だ。この程度の戦力と稚拙な作戦。まるで、俺たちがこの道を通過することを前提に、わざと仕掛けられたような...」
ルーカスはそう呟くと、エレノアに視線を向けた。
「エレノア、魔力探知ドローンのログを全て洗え。特に、外部からの干渉がないか、隅々まで調べるんだ」
「かしこまりました」
エレノアは、ルーカスの言葉に静かに頷き、ノート端末を操作し始める。
・・・・・
・・・
静かに燃える暖炉の炎が、豪華な私室を照らしている。王都に建つ公爵邸の一室で、アイリス・ド・アークランド公爵令嬢は、漆黒のベルベットのローブを纏い、僅かに眉をひそめていた。彼女の持つギフト『千里眼』は、かつて訪れた場所の状況を俯瞰的に、あるいは特定の人物の周辺を鮮明に映し出す能力を持つ。今、彼女の瞳には、トレンス侯爵ルーカスが率いる部隊と、魔獣の戦闘の終結が、リアルタイムで映し出されていた。
「……やはり、この程度では足止めにもならないわね」
アイリスは、己の額を淑女らしく指先で軽く押さえた。突如として夜空が白く輝き、アイリスの視界は一瞬で焼かれた。網膜に焼き付いた残像が消えた後も、地表は白い煙幕に覆われ、彼女の千里眼は何も捉えることができなかった。フェンリルも青白くぼんやりとしか映らず、ルーカスたちの具体的な動きや、彼らがどんな「兵器」を使ったのかまでは完璧には捉えきれない。彼女が知る兵器とは、剣や弓、魔法によるものばかりであり、ルーカスの使う常識外れの装備については、知識の範疇を超えていた。
(街道の封鎖、魔獣の誘導……全ては私が敷いた盤面のはずだった…。あの男の実際の行動方針、部隊の対応力、そしてあの未知の技術や兵器の真の性能。それらを知るには、実戦に勝るものはないと判断し、レオナルド殿下には内密に、私が仕掛けたもの。私がいくつもの仲介を加えて貸し与えた傭兵たちも、情報収集のための駒にすぎない。彼らがどれだけあの男を足止めできるか、あるいは追い詰められるか……その全てをこの目で確かめたかったのだけれど)
彼女は、トレンス領を覆う強固な結界に、自身の《千里眼》が完璧に遮られた時のことを思い出す。その「見えない」という事実は、常に全てを見通してきた彼女にとって、初めて出会う「壁」であり、その探求心を強く刺激した。
(ただ、フェンリルが出現したのは完全に予想外ね。私の手引きで動いた商工会の者たちでは、これほどの高位魔獣を操る術はない。彼らもまた、何者かに利用されたか、あるいは、何らかの偶発的な要因が重なったのか……。いずれにせよ、あの高位の魔獣を、あのような形で服従させるとは。ふふ、あの男はやはり、ただ者ではないようね。私の好奇心を、これほどまでに掻き立てる存在は初めてだわ)
アイリスはグラスに注がれた葡萄酒を一口含むと、その冷徹な瞳の奥に、微かな興奮の色を宿した。ルーカスの予測不能な行動と、その強大な「未知」の力は、彼女の理性を揺さぶり、無意識のうちに心の奥底に封じ込めていた衝動を呼び覚まし始めていた。全てを支配し、掌で転がすことに比類なき歓びを感じていた彼女の内面に、自身の知性、否、存在そのものを超える力によって「屈服させられる」ことへの、まだ未自覚の渇望が、妖しく芽吹きつつあった。
「ルーカス・トレンス……どうか、最後までわたくしを裏切ってくださらないで?」
彼女の口元に浮かんだ微笑みは、勝利を確信する女王のそれでありながら、同時に、自らがより強大な存在の手に落ちることを密かに望むかのような、禁断の輝きを宿していた。その目は、王都の闇に潜む、さらなる深い策謀を既に終え、その成果を待つかのように、冷徹な光を放っていた。