剣と魔術とライフルと   作:あききし

84 / 163
第六十二話

 

第六十二話:偽装された糸

 

 

早朝、日の出前の薄明りの中、野営地の仮設尋問テントでは、ベリルが捕らえられた傭兵の尋問にあたっていた。テント内は簡素な作りで、中央に据えられた粗末なテーブルを挟んで、ベリルと、目を覆われた一人の傭兵が向かい合っている。ベリルの隣には記録係の兵士が控えていた。

 

「名前は?」

 

ベリルは感情を全く感じさせない声で尋ねる。彼の背後で、揺らめくランプの光が、装甲強化服の漆黒の表面に不気味な影を落としていた。

 

「……ガンツだ。それがどうした」

 

目を覆われている傭兵のガンツは、屈辱に顔を歪ませながらも、かろうじて抵抗の意思を示した。だが、彼の体は既にルーカス隊の一方的な制圧で完全に疲弊し、抵抗する気力は失せていた。

 

「依頼主は誰だ?」

ベリルは質問を繰り返す。

 

「依頼主だと?そんな大層なもんじゃねえ。ただの商会の野郎どもだ。街道封鎖の仕事を持ちかけてきただけだ」

 

「その商会の名前は?」

 

「知らねぇ!何度言やあ分かる!俺たちはただの使い走りだ!いつもの仲介役が話を持ってきたんだ。旧い商会の連中が、最近の侯爵様の改革で締め付けが厳しくて、商売がやりにくいから、邪魔をしてやれってな。魔道具を渡されて、言われた通り街道で魔獣を暴走させりゃあいいってだけだったんだ!」

 

ガンツは唾を飛ばしながら捲し立てた。彼の証言は、他の傭兵たちのそれと寸分違わず、まるで用意されたセリフのように一貫していた。彼らは、自らが「王都の商会」と結びついていることすら知らず、ただ「旧い商会」の依頼を受けた、という認識しかない。

 

ベリルは一瞬沈黙し、記録係の兵士に目配せする。兵士は無言で頷き、筆を走らせた。

 

「では、その魔道具について詳しく話せ。どこで受け取った?他にどのような指示があった?」

 

尋問は続く。傭兵たちは、ただ与えられた魔道具を使い、指示された地点で魔獣を狂暴化させるだけの、末端の実行犯に過ぎないことが明らかになっていく。彼らに今回の計画の全貌を知る術はなく、フェンリルが出現したことすら、自分たちには全く理解できないイレギュラーだったと口を揃えた。

 

 

 

同じ頃、本部テントでは、ルーカスが複数の報告を受け、思案に耽っていた。ホログラムモニターには、ベリルからの尋問報告と、クライスによる魔道具の解析結果が表示されている。

 

「……なるほどな。傭兵たちは、自分たちが『旧い商会』に雇われたと認識している、と」

 

ルーカスは尋問記録に目を通しながら呟く。彼の脳裏には、侯爵領内の商工会が輸送を妨害しようとした過去の出来事がよみがえる。だが、今回の事件の規模と計画の巧妙さ、そしてフェンリルを巻き込むイレギュラー性から考えて、既存の商工会が単独でこれほど周到な計画を立てるとは考えにくかった。

 

「クライス、魔道具の解析はどうだ?」

ルーカスは、隣で端末を操作するクライスに問いかけた。

 

「うん、解析は終わったよ、ルーカス。この魔道具は、構成自体は非常に古式で、今の魔術師が使うような洗練されたものではない。だけど、精神干渉に特化していて、特定の波長の魔力を継続的に放つことで、魔獣の理性を麻痺させ、狂暴化させる効果を持っている。それに、この魔道具に残る微弱な魔力痕跡……これは、複数の異なる魔力特性が層になっているんだ。まるで、いくつもの手を経てきたかのようにね」

 

クライスは眉間に皺を寄せながら説明する。

「いくつもの手、か……」

 

ルーカスの表情が、一層深く険しくなった。傭兵たちが「知らねぇ」としか答えなかった依頼主、魔道具に残る複数の魔力痕跡。それらが示すのは、今回の事件が単純な街道封鎖目的ではない、より複雑な陰謀であるという可能性だ。

 

「この『旧い商会』という言葉が厄介だな。おそらく傭兵たちは、真の依頼主から情報を隠蔽するために、複数の仲介を挟まれて動かされている。その一つが、王都の商会か……。侯爵領の改革は、王都の古い商会にも少なからず影響を与えている。特に、新たな流通経路や輸送手段の確立は、彼らにとって大きな脅威だろう」

 

ルーカスは、ホログラムモニターに映る王都の勢力図と、侯爵領内の経済ネットワークのデータを重ね合わせる。改革によって利益を失う者、既得権益を脅かされる者。それらの不満が結集し、ルーカスの勢力拡大を妨害しようとする動きは、当然起こりうることだった。しかし、フェンリルのような高位魔獣を巻き込むほどの計画は、単なる経済的な妨害の域を超えている。

 

(誰が、そこまでして俺を止めようとしている?そして、なぜフェンリルが……。傭兵たちも操られ、商会もまた、さらに上の誰かの駒にすぎない。これは、俺の行動パターンや技術をある程度把握した上で、試すような真似をしているのか?)

 

ルーカスは顎に手を当て、深く考え込む。今回の件は、侯爵領内の一過性の問題ではなく、より広範な勢力が絡む、偽装された糸によって操られている可能性が極めて高かった。

 

「エレノア。今回の事件の関連性を探る。魔力探知ドローンのログの解析は引き続き頼む。特に、王都から侯爵領への、不審な魔道具や特定の物資の流れがないか、その流通経路を徹底的に洗え」

 

「かしこまりました。直ちに調査を開始します」

 

エレノアは無駄のない動きでノート端末を操作し始める。ルーカスの目は、ホログラムモニターの勢力図に釘付けになっていた。この事件の裏に隠された真の意図、そして糸を引く者を突き止めるために、彼の思考は既に次の段階へと移行していた。

 

 

 

・・・・・

・・・

 

 

 

尋問と状況整理を終えたルーカスたちは、捕らえた傭兵たちを輸送ヘリに乗せ、トレンス領の拘置施設へと送り出した。ルーカス自身は、技術の偽装と、目立たない形での移動のため、隊列を組んだ馬車で王都へ向かうことにした。

だが、先の魔獣襲撃は、彼らの移動手段にも影響を与えていた。

 

「閣下、馬車の準備が整いました。ですが……」

 

護衛部隊を率いるアレックスが、申し訳なさそうに報告に現れた。その顔には、困惑と疲労の色が浮かんでいた。

 

「どうした、何か問題でもあったか?」

 

ルーカスは眉をひそめて尋ねた。彼の視線は既に、遥か彼方に霞む王都の方向を捉えていた。彼は、一刻も早く、この件の黒幕を突き止める必要がある。

 

「はい。先の襲撃で、数頭が逃走、あるいは負傷しており、残った馬たちも……その、クインの存在に怯えてしまい、まともに動こうとしません。特にルーカス様の馬車を引くには……」

 

アレックスの言葉に、ルーカスは盛大に舌打ちをした。

 

「tsk……やはりか。これだから馬車は嫌なんだ」

 

苛立たしげに悪態をつく。これまでの数日間、出発してからというもの、馬車の遅さ、揺れの不快さ、そして効率の悪さに辟易し、エレノア相手に「この世から馬車をお役御免にしてやる」とまで豪語して苦笑させていたのだ。最新鋭の高機動車や装甲車に慣れきった身には、この古めかしい交通手段はまさに苦痛でしかなかった。まさか、こんな形でその不満が現実になるとは。

 

「このままでは、王都への到着が大幅に遅れる……」

 

ルーカスは苛立ちを抑えながら、ふと視線を足元にやった。そこには、巨体を丸めたクインが、彼に構ってほしそうに、大きな頭部をルーカスの膝にぐいぐいと擦り寄せていた。その白銀の毛並み、そして賢そうな瞳。馬が使えない。だが、目の前には、馬を遥かに凌駕する力を持つ、手懐けた高位魔獣がいる。

 

ルーカスは、じっとクインを見つめた。クインはルーカスの視線を受け、理解できないながらも期待に満ちた目で彼を見上げていた。

 

「クイン」

ルーカスは試しに、馬車を指差した。

 

「……これ、引けるか?」

 

クインはきょとんとした顔で首を傾げた。ルーカスはため息をつく。言葉はまだ難しい。彼は立ち上がり、馬車へと歩み寄った。クインは好奇心旺盛にルーカスの後を追う。

 

ルーカスは馬車と、そこに備え付けられているハーネスを見せた。次に、クインの肩を叩き、馬車へと繋ぐようなジェスチャーをする。クインはルーカスの意図を測りかねているようだったが、ルーカスがハーネスを手にすると、その大きな鼻先でルーカスの手をつつくように触れた。

 

「これを……お前に付けて、これで馬車を引くんだ」

ルーカスはハーネスをクインの首に当て、引く動作を繰り返した。クインはルーカスの動きをじっと観察し、周囲の兵士たちの戸惑いの視線も、かすかに感じ取っているようだった。彼女の瞳には、周囲の状況を読み取ろうとするかのような、深い洞察の色が浮かんでいた。何度か繰り返すうちに、クインの目がわずかに理解の色を帯びた。彼女は一度、ルーカスの手からハーネスを取り上げると、器用にそれを自分の首に当ててみせた。そして、ルーカスを見上げる。

 

「Yep、それだ」

 

ルーカスは頷いた。クインはゆっくりと立ち上がり、体長15フィートの躯体を馬車の前に据えた。周囲の兵士たちが息を呑む中、ルーカスはクインの首筋に即席で改良した専用のハーネスを装着し、馬車と繋ぐ。最新鋭の武装を施した兵士たちを乗せた馬車を、白銀の毛並みを持つ巨大なフェンリルが引くという、異様な光景が完成した。

 

 

「…これは、また…目立たぬように偽装したはずが、本末転倒ですな……」

 

アレックスはその光景を見て苦笑いをこぼすように言った。彼の隣にいたエレノアも、口元に手を当てて小さく苦笑している。

 

「…Sigh.仕方があるまい。背に腹はかえられんさ」

 

ルーカスは同様に諦めと馬車の不甲斐なさに嘆息を零していた。

 

 

 

 

日が暮れ、野営地では焚き火の明かりが揺れる中、兵士たちが思い思いに休息を取っていた。しかし、ルーカスのテントだけは、遅くまで明かりが灯っていた。彼は簡易的な机にホログラム端末を広げ、休む間もなく今回の事件に関する報告書を精査し、今後の対応策を練っていた。

 

「……ちいさくなれば、もっと楽に移動できるんだがな……」

ルーカスはチラリと隣を一瞥し独りごちた。馬車を引くクインの力は圧倒的だったが、この巨体を隠し続けるのは骨が折れる。いずれ王都に着けば、その異様な姿はさらに問題となるだろう。

 

テントの入り口近く、ルーカスがクインのために用意した、毛皮の敷物の上に、その巨躯を丸めて寝ていた。だが、ルーカスの独り言が聞こえたのか、彼女の大きな瞳がゆっくりと開き、その白銀の毛並みに囲まれた顔が、ルーカスの方に向けられた。

クインは、ルーカスが口にする言葉の一つ一つに、まるでその意味を探るかのように耳をそばだてているようだった。彼は無意識に、クインが周囲の音や人間の会話に、以前よりもずっと注意深く耳を傾けていることに気づいていた。彼女はただ見つめているだけでなく、ルーカスの表情、手つき、そして発する音の全てから、何かを理解しようと努めているように見えた。その真剣な眼差しは、単なる獣の好奇心を超えた、深い知性のようなものを感じさせた。夜は静かに更けていった。

 

 

 

・・・・・

・・・

 

 

 

その夜、エレノアは自身のテントで報告書の確認を終え、一度外に出て夜空を見上げていた。冷たい夜風が火照った頬を撫でる。遠く離れたルーカスのテントから、まだ明かりが漏れているのが見えた。彼の隣には、白銀の巨大なフェンリル、クインが丸まって休んでいるのが、かすかに視認できる。

 

(ルーカス様は、あの魔獣さえも手懐けてしまう……)

 

エレノアは、その光景を複雑な思いで見つめていた。彼の異端な発想、常軌を逸した行動力、そして未来を見据える先見性には、常に驚きと尊敬の念を抱いている。だが、同時に、彼の若さで背負うあまりにも巨大な責務に、エレノアは時折、深い危惧を覚えていた。彼は、まるで一国の命運を背負わされた幼い王子のように、一人で全てを抱え込もうとしているように見える。エリス隊長が、感情的に彼にぶつかる姿を思い出す。あの女のやり方は、私の流儀とは真逆だ。しかし、ルーカス様が、あの荒々しい言葉の中に隠されたエリス隊長の真情を理解し、僅かながらも安堵していることを見抜いていた。彼にとって、エリス隊長は、張り詰めた糸を僅かに緩めるための、必要不可欠な存在なのだろう。私には、あのような感情のぶつけ方はできない。私の役目は、彼を完全に支え、彼の背負う重荷を「軽くする」ことにある。

 

そして、その視線の先には、狼型の魔獣がいた。エレノアの心には、ルーカスへの揺るぎない忠誠と尊敬が燃え盛る一方で、その白銀の毛並みを持つ獣を見るたびに、深い過去の傷が疼いた。

かつて、自分は侯爵領の魔法師団の副団長という立場にありながら、婚約者を狼型の魔獣に奪われた過去に囚われ、精神の均衡を失っていた。その憎悪と喪失感は、特定の魔獣を見るたびに彼女の心を蝕み、魔法師として前線に立つことすら難しくさせていた。後方の事務方に追いやられ、自らの無力さに苛まれる日々。あの時の自分は、まるで死んだも同然だった。中途半端な知識と、感情に流された判断が、どれほどの悲劇を生むか。私は、身をもって知っている。

 

だが、ルーカス様は違った。彼が侯爵領の実権を握り、改革の嵐を巻き起こす中で、同期だったミリアムの推薦という形で私を拾い上げてくたさった。男爵位という身分まで与え、後方事務職にいた自分に首席補佐官という重責を任せた。それは、エレノアにとって、再び生きる意味を与えられた瞬間だった。

 

(ルーカス様は、私を、この埃まみれの知識と分析能力を、必要としてくださった……)

 

彼の進める改革が、かつての彼女のように、古いしがらみに囚われた者たちを救い、新しい秩序をもたらす光だと信じていた。彼の描く未来図は、常に論理的で、そして恐ろしいほどに正確だ。彼が示す道筋こそが、唯一にして最善の選択であると、私は確信している。だからこそ、彼女はルーカスの期待に応えるため、自身の全てを捧げる覚悟だった。

 

しかし、今回の事件で「フェンリル」という名の魔獣、それも狼型の魔獣が関与していたという報告は、エレノアの心の奥底に封じ込めていた古傷を、微かに疼かせた。そして今、ルーカス様の傍らにいるクインという個体もまた、彼女の複雑な感情を刺激している。彼の傍らに、そのような存在が、当然のように鎮座している。その光景は、彼女の凍てついた心を、かき乱すには十分だった。

 

(狼型の魔獣……あの、忌まわしき姿……)

 

脳裏に、婚約者の断末魔、そして血に塗れた獣の牙が、一瞬よぎる。だが、彼女はすぐに思考を振り払った。今の自分は、感情に流される無力な魔法師ではない。ルーカス様の首席補佐官として、冷静に、的確に、情報を分析しなければならない。彼が背負う重荷は、彼女が背負った過去の傷よりも、はるかに大きく、そして重い。彼の孤独な戦いを、彼女が共に歩むのだ。

 

(いいえ。私はもう、あの頃の私ではない。ルーカス様の為に、この力を使う。たとえ、どれほど忌まわしい存在が相手であろうと、彼が望むならば、私自身が徹底的に『最適化』してみせる。彼の隣に立つ者として、クインの持つ潜在能力を最大限に引き出し、侯爵領の確固たる力に変える。それが、私の役目だ)

 

エレノアは再び自身のテントに戻り、ノート端末を手に取った。王都から侯爵領への不審な物流、魔道具の流通経路。その膨大なデータの海の中に、きっと隠されているであろう「偽装された糸」の端を掴むために、エレノアは己の全てを集中させた。同時に、彼女の心の中では、ルーカスの期待に応え、過去のトラウマを乗り越えるため、そして目の前の異質な魔獣を「管理」し「有用な存在」へと変えるための、静かで冷徹な決意が芽生え始めていた。その背後には、ルーカスの期待と、自らの再生への強い意志が、静かに燃え盛っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。