剣と魔術とライフルと   作:あききし

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第六十七話

 

第六十七話 偽装の夜

 

 

 

ルーカスとヴァイスは、互いにフードと簡素な衣装で顔を隠し、王都の裏路地を歩いていた。ルーカスは、魔導灯が放つ人工的な光や、活気あふれる喧騒を、まるで遠い故郷を訪れたかのように、どこか楽しんでいるようだった。彼の足取りは軽く、顔には退屈そうな表情は微塵もなく、むしろ冒険を前にした少年のように輝いていた。

 

「侯爵様、ここが一番賑わってる酒場ですよ。昼間は商売の話で持ちきりですが、夜になれば色恋沙汰や他家のゴシップ、裏取引の噂が飛び交います。耳を澄ませば、面白い情報が転がってますから」

 

ヴァイスが陽気にそう言って、雑多な酒場を指差す。ルーカスは、その酒場の入り口に漂う人々の感情が渦巻く魔力の淀みを観察した。しかし、今日ばかりはそれを「非効率」とは捉えなかった。むしろ、人間らしい感情の揺らぎを、どこか楽しんでいるようだった。

 

「いいだろう。今日は『ルーク』と呼べ。お前は『ヴェクター』だ。この街じゃ、肩書きは邪魔だからな」

 

ルーカスがそう言って、口元を緩める。ヴァイスはニヤリと笑い、「承知いたしました、ルークさん」と軽口を叩いた。

酒場の扉を開けると、蒸し暑い空気と、男たちの下世話な笑い声、酒の匂いが流れ出した。二人はカウンターの隅に陣取った。彼らの簡素な服装は、この酒場では全く浮かなかった。

 

「おっちゃん、一番美味い酒をくれ。それと、景気のいい話はないか?」

 

ヴァイスが陽気にマスターに話しかけた。マスターは、グラスを拭きながら、気だるげに答える。

 

「景気かい? 相変わらずだよ。だが、ここ数ヶ月は少しはマシになったかな。トレンス侯爵様の領地から運ばれてくる物資が増えて、飯が食えるようになったって話はよく聞くね。それに、侯爵様が作ったって『統一規格の工具』は、職人連中には大評判だ。おかげで仕事がはかどって、儲かるようになったって奴もいる」

 

隣に座っていた男が、ヴァイスの言葉に相槌を打つ。

 

「ああ、トレンス侯爵様は本当にすごいお方だ。俺なんか、侯爵領で新しく作られたってエールを飲んでるよ。味が安定してるし、安いからな。おかげでこの店も賑わってる」

 

「でもよ、隣国のレガリアとの関係がまたキナ臭くなってきたって噂だぜ。戦争にでもなったら、せっかくの景気も水の泡だ。まったく、上の人間は何を考えてるんだか…」

 

別の男が不満げに呟く。ルーカスは、彼らの言葉に静かに耳を傾けていた。彼の改革が、遠く離れた王都の庶民の生活にまで影響を与えていることを知り、満足げに微笑む。しかし、隣国との緊張が高まっているという情報も、彼の注意を引いた。

 

「Hmm、なるほどな」

 

ルーカスは、男たちの会話に相槌を打つように呟いた。ヴァイスは、ルーカスの表情から、彼がこの時間を楽しんでいることを察し、さらに隣の男たちに話しかけた。

 

「トレンス侯爵様が開発したという、その『統一規格の工具』ってのは、どんなもんなんだい?」

 

「おお、あんたら知らねぇのか? これだよ、これ」

 

男はそう言って、腰に差していた工具をルーカスたちに見せた。それは、柄の部分にトレンス侯爵家の紋章が刻まれた、無骨なハンマーだった。

 

「こいつは頑丈で、精度が高い。以前は、職人ごとに道具の規格が違って、仕事がやりにくかったんだが、侯爵様のおかげで、そういう不便がなくなった。おかげで、仕事の効率が上がってな。侯爵様は天才だよ、まったく」

 

男は、自慢げにハンマーを叩いて見せた。ルーカスは、そのハンマーをじっと見つめる。彼は、この世界ではまだ珍しい、統一規格の工具を開発した。その工具が、遠く離れた王都の職人の手に渡り、彼らの生活を豊かにしていることを知り、ルーカスの心は満たされていく。

 

「それにしても、トレンス侯爵様は、王都に来てからもずっと侯爵領のことを考えておられるって話だ。なんでも、領地の物流を改革して、王都に安く物資を運んでこようとしているとか」

 

「へっ、侯爵家の輸送だぁ? 今じゃ、トレンス領の裏路地の連中が、王都の貴族と繋がって妨害しているって話だぜ? 特に、あの『黒狼』のバルドと『蛇』のザラザが、商工会と手を組んで、輸送を締め付けてるらしい」

 

「まったくだ。その一方で、トレンス製の安物製品が市場に溢れかえって、うちの親父の店はもうダメだ。表向きは輸送が止まってるって話だが、実際はバルドやザラザの連中が裏から流して、ごっそり富を築いているって噂だぜ! 名代のルーカス様も必死だろうが、裏社会の闇にまでは手が回らねぇってことか。王都にも影響が出始めてるんだとよ。これで学園への入学も危うくなるんじゃねぇか?」

 

「いや、侯爵様も馬鹿じゃないだろうが、何か策を練っているんだろう。なんだかんだ言って、名代になってから、もう六年も経つ。あの坊主、見た目は子供だが、中身はまるで怪物だ。油断できねぇよ」

 

そんな噂話が飛び交う中、ルーカスはフードを深く被り、ヴァイスと共にその酒場の片隅で静かに耳を傾けていた。彼は、既に自分の管理下にある組織が、「敵の協力者」として噂されているのを聞きながら、冷たい笑みを浮かべた。

 

(しょうもない連中だったが、どうして中々やるものだな。元々持っていたネットワークと、地べたを這いずり回る『勘』は、訓練と秩序を与えれば、どうやら有益なAsset(資産)に化けるらしい。有益な駒が増えるのは結構な事だ。奴らの『感謝』を無駄にはしない。Let's toss 'em a candy bar.(キャンディ・バーでも投げてやろう).A good dog deserves its treat, after all.(何せ、良い犬はご褒美をもらうものだからな))

 

彼は、ヴァイスにちらりと視線を送る。ヴァイスは、ルーカスの意図を察し、小さく頷いた。

 

「まあ、上の人間のことは、俺たちには分からねぇよ。それより、話を聞かせてもらった礼だ。あんたらも一杯どうだ? 俺が奢ってやるよ!」

 

ヴァイスがそう言って、カウンターに金貨を弾くと、男たちの歓声があがり、酒場の雰囲気は、さらに賑やかになった。ルーカスは、そんなヴァイスを微笑ましげに見守りながら、グラスを一息に傾けた。

 

「おい、ヴェクター。お前が昼間から入り浸っていたのは、この手の場所か?」

 

ルーカスが皮肉めいた口調でヴァイスに問いかける。ヴァイスは、苦笑しながら答える。

 

「まさか。俺はあくまで仕事ですよ。貴方のご命令で、王都の情報収集をしていたんですから。それにしても、ルークさんは本当にこんな場所が珍しそうですね。まるで遠足気分じゃないですか」

 

その時、隣にいた男が、ルーカスたちに満面の笑みで声をかけた。

 

「おう、兄ちゃんたち! 威勢がいいな! もういっぱいやるか? 今度は俺が奢ってやるぜ!」

 

男の言葉に、ヴァイスはにこやかに答えた。

 

「悪いね、次の予定があるんだ。気持ちだけ貰うよ」

ヴァイスはそう言って、ルーカスの方を振り向いた。

 

「そろそろ出ますか、ルークさん?」

ルーカスは、グラスに残った酒を一口で飲み干すと、満足げに立ち上がった。

 

「そうだな。この街には、まだ見ぬ面白い場所が山ほどある。もう少し、この夜を楽しんでいくとしよう」

 

ルーカスが示したのは、歓楽街の奥にある、廃れた路地裏だった。そこは、この国では禁止されている賭博場が密かに営まれている場所だ。ヴァイスは、ルーカスの意図を察し、にやりと笑った。

 

「おや、ルークさん。まさか賭け事にご興味がおありで?」

 

「Heh、くだらねえ遊びだが、悪くない。王都の貴族共も、表でやるポーカーも、裏でやるルーレットも、結局は同じだ。たまには、俺もこいつらの手札を覗かせてもらうとしよう。ゲームのルールを教えてやるのも、支配者の役目だからな」

 

ルーカスはそう言い放ったが、その表情には、どこか懐かしさが浮かんでいるように見えた。彼は前世、仲間とつるみ、喧嘩や賭け事に明け暮れていた時期があった。その時の記憶が、蘇っているのかもしれない。

 

「ルークさん、ご存知でしょうが、ここは王都の表の法が届かない場所ですよ。それでも?」

 

ヴァイスは、かつてルーカスが路地裏のゴロツキを無力化し、その後に「秩序」を与えた一件を思い出した。この主は、常に法の光が届かない場所で、常識を遥かに超えた行動を起こす。それでも、彼の行動には常に、何かを「再構築」しようとする目的と、底知れない魅力があった。

そんなヴァイスの問いかけに、ルーカスはフッと口元を緩めた。

 

「ルールを破る? 勘違いするな、ヴェクター。俺は王国の『法』を破る趣味はない。『慣習』や『しきたり』は別だがな。それに、この程度で重罪になるなら、王都の衛兵はもっと忙しいはずだ」

 

 

ルーカスとヴァイスは、薄暗い路地裏を抜けて、賭博場の入り口にたどり着いた。重い扉を開けると、そこには熱気と、男たちの下品な笑い声が充満していた。薄暗い明かりの下、男たちがカードやサイコロに一喜一憂している。

 

Alright, fellas. Daddy's home.(よし、お前ら。パパのお帰りだぜ)メインディッシュの為に、腹を開けておいてくれたら良いんだがな」

 

ルーカスはそう言い放ち、口の端を吊り上げた。彼の瞳には、遊び心と、この街の闇に対する好奇心が宿っていた。

二人は奥のテーブルに近づいた。そこでは、粗末な木製のテーブルを囲んで数人の男たちがポーカーに興じていた。ルーカスは、そのテーブルに置かれたカードを見て、小さく笑みをこぼした。

 

「Hey、そのカードはどこのだ?」

ルーカスが問いかけると、男の一人がいぶかしげに答える。

 

「あぁ? あんた、このトランプを知らねえのか? 最近トヴェルト商会が売り出した統一規格のやつだ。軽くて丈夫で、イカサマしにくいってんで、裏社会じゃ大人気さ」

 

ルーカスは、自分が侯爵領で開発・製造させたトランプが、こんな場所で使われていることを知り、静かな皮肉を覚えた。効率化のために生み出された統一規格の恩恵が、王国の最も非効率で混沌とした場所で、真っ先に「イカサマの道具」として重宝されている。彼はそのカードを一瞥すると、すぐに男たちを観察し始めた。男たちは、粗野な言葉を交わしながらゲームを続けていたが、そのシャッフルの仕方はルーカスから見ればお粗末なものだった。

 

「おいおい、シャッフルがなってねえな。これじゃ、イカサマし放題だろ。それともそんなチンケな小遣い稼ぎでもしてるのか?」

 

ルーカスがそう言うと、ヴァイスがすかさず口を挟む。

 

「おっと、ルークさん。いきなり煽っちゃダメでしょうが。まあ、俺も同感ですけどね。その手つきじゃ、俺でも簡単に勝てちまう」

 

ヴァイスの言葉に、男たちは怪訝な顔でルーカスたちを見た。

 

「なんだ、テメェら? 口を出すなら、参加しな」

 

「そうだな。参加させてもらうぜ」

 

ルーカスは、ヴァイスと顔を見合わせると、テーブルの空いた椅子に腰かけた。そして、男たちの手からカードを奪い取るようにして手に取ると、流れるような手つきでシャッフルを始めた。その手つきは、彼が単なる貴族の子息ではないことを物語っていた。

 

「どうだ?目ん玉かっぽじて、良く見ておきな。シャッフルてなぁ、こうやるんだぜ」

 

ルーカスは、男たちにそう言い放つと、カードを一枚一枚配り始めた。彼の配り方は正確で、無駄がなかった。男たちは、ルーカスの手つきに目を丸くし、次第にその雰囲気に呑まれていった。

 

「おい、テメェ、何者だ? 貴族のお坊ちゃまが遊びに来るような場所じゃねえぞ」

 

一人の男が、警戒したようにルーカスに問いかける。ルーカスは、その言葉にフッと笑みを漏らす。

 

「Hmph、俺がお上品な坊ちゃんに見えんのか?俺はただの旅の者さ。ちょっと道に迷ってな。お前たちと、このトランプで遊んでみたくなっただけだ。それとも、なんだ?臆病風に吹かれてんのか?大したチキンだな!」

 

ルーカスはそう言って男たちに、挑発を重ねていく。

 

「抜かせ、坊主!泣きを見たって、ママは助けてくれねぇぞ!」

 

That's more like it!(その調子だ!もっと遊ぼうぜ!)

 

彼らはそう言って、汚い言葉を交えながらゲームを続けた。ルーカスの言葉遣いは、この場の雰囲気に溶け込んでおり、貴族らしさは微塵も感じられなかった。

 

(懐かしいな、この空気。あの頃の俺は、仲間たちと毎晩ポーカーやセブンカードで遊んだものだ…)

 

ルーカスは、前世の戦場で、仲間と束の間の安らぎを分かち合った記憶を思い浮かべた。彼らに囲まれて馬鹿騒ぎをしていた、あの頃の楽しかった記憶を。しかし、その記憶は、テロとの戦争で仲間たちが次々と倒れていった痛ましい光景と重なり、一瞬だけ、彼の表情に深い感傷が滲んだ。だが、彼はすぐにその感情を奥に押し込め、目の前のゲームを再開した。感傷は、任務の邪魔になる。彼は挑発的な笑みを浮かべながら続けた。

 

「おい、次はお前の番だ。ビビッてんじゃねえぞ?さぁ、コールかレイズか選んでみろ。チップを忘れんじゃねぇぞ?イカれた度胸もな!」

 

ルーカスは、相手の男をからかうようにそう言った。男は、ルーカスの言葉に挑発され、感情的なプレイに走る。ルーカスは、そんな男の心理を見透かすかのように、冷静にゲームを進めていった。

 

「ルークさん、相変わらず手厳しいですね。俺はあっちで、ルーレットでも見てきますか」

 

ヴァイスはそう言って、別のテーブルに向かった。彼の口元には、満足げな笑みが浮かんでいた。

 

(侯爵様も、たまにはああいう顔を見せるんだな。あんな風に生き生きとしているところを見るのは、初めてだ。俺も、もう少しこの遊びに付き合ってやるか)

 

ヴァイスは、ルーレットのテーブルに座ると、周りの男たちに軽口を叩き始めた。彼の陽気な性格は、すぐに周りの人々の心を掴んだ。

 

「あんた、本当にただの旅人か? 手つきがプロ顔負けだぜ」

 

別の男が、ルーカスに尋ねる。ルーカスは、その言葉に肩をすくめる。

 

「まあな。昔は、もっと色々やってたからな。それにしても、お前らのプレイは見てて飽きねえな。その震える手、汗ばんだツラ。感情が丸見えで、最高だぜ」

 

ルーカスは、男たちと会話を交わしながら、嬉々としてゲームを続けていく。彼のプレイは、単なる運任せではなく、相手の心理を読み解き、論理的に勝利を掴むものだった。男たちは、ルーカスの強さに圧倒されながらも、彼のプレイに魅了されていった。

 

「くそっ…! もう何も残ってねえ…!」

そして、一人の男が、ポーカーで金を失い、頭を抱えていた。男がテーブルに突っ伏すと、ルーカスは静かに口を開いた。

 

「本当に、何も残ってねえのか?」

ルーカスの言葉に、男はハッと顔を上げた。

 

「…いや、俺にはこれがある。これをチップにして、もう一度だけ勝負させてくれ!」

 

男が差し出したのは、古びたギターだった。弦は錆びつき、木は傷だらけだったが、その形は、ルーカスが侯爵領で開発・量産させた、この世界ではまだ珍しい楽器だった。

 

「これは…」

 

ルーカスは、そのギターをじっと見つめた。それは、彼が8年ほど前に製造し、ごく一部の愛好家にしか広まっていない、彼自身の故郷を想起させるアコースティックギターだった。そのギターは、彼の領地で作られたものだった。男の必死な瞳、そしてギターに込められた想いが、ルーカスに遠い過去の記憶を鮮明に蘇らせた。

 

「…いいだろう。それが最後の勝負だ」

 

ルーカスはそう言うと、男の前に座り、慣れた手つきでカードを配り、ポーカーを始めた。ルーカスの洗練されたプレイスタイルに、男は圧倒され、あっけなく勝負はついた。

 

「…あんた、強いな。俺の負けだ」

 

男はそう言って、力なく肩を落とした。ルーカスは、手に入れたギターを抱え、男に金貨を一枚手渡した。

 

「おい、こんな大金は受け取れねえぜ」

「いいから持って行きな。それと、二度とここには来るんじゃねえ。お前の持つギターは、こんな場所に置くべきものじゃねえ」

 

ルーカスの言葉に、男は目を見開いた。彼の瞳には、感謝と、そして何よりも驚きが浮かんでいた。

男はルーカスから受け取った金貨を握りしめ、呆然と立ち尽くしていた。彼の脳裏には、ルーカスの『二度とここに来るな』という言葉が響いていた。それは、単なる脅しではなく、まるで『生き方を変えろ』と諭されたかのようだった。男は、賭博にのめり込んでいた自分の人生が、いかに虚しいものだったかを悟った。ルーカスという存在は、彼の人生に、ほんのわずかだが確かな光を差し込んだのだった。

男は、ルーカスの言葉を胸に刻むように、何度も頭を下げてその場を去っていった。

 

 

 

ルーカスは、手に入れたギターを抱え、ヴァイスと共に賭博場を後にした。彼の瞳には、感傷的な光が宿っていた。

そして、二人が再び歩き出した時、どこからか、聞いたことのない、しかし不思議と心惹かれる詩の朗読と、笛の音が聞こえてきた。

 

音に引き寄せられるように、二人は古びた倉庫の裏手へと足を踏み入れた。そこは、貧しい芸術家たちが、自らの創作活動に没頭するために集まる場所だった。蝋燭の明かりが揺れる中、数人の男たちが、壁に掛けられた古びた布に絵を描き、あるいは感情を込めて詩を朗読し、それに合わせて別の男が笛を吹いていた。

 

 

その光景を見たヴァイスは、目を輝かせた。

 

「ルークさん、これは! まさに俺たちのための場所じゃないですか!」

 

ヴァイスはそう言うと、地面に転がっていた長さの違う棒きれと、空き缶や木箱、鍋等を拾い集め、即席のドラムセットを作り上げた。そして、ルーカスの方を振り向く。

 

「ルークさん、せっかくだからやりませんか? 俺はドラム、ルークさんはギター。へへっ、領地での送別会ではやったらしいじゃないですか!」

 

ヴァイスは、ルーカスの過去を知らないはずなのに、まるでその時の仲間のように気安く接した。ルーカスは、その言葉に、一瞬呆れたような表情を見せたが、すぐに口元が緩んだ。

 

「…お前も相変わらず、無茶なことばかり考えるな」

ルーカスはそう言いながらも、手に入れたギターを抱え、ヴァイスの作ったドラムセットの前に立った。

 

「…OK。ただし、俺のテンポについてこられなくても、文句は言うんじゃねえぞ」

 

「へっ、舐めないでくださいよ。俺は部隊一のリズム感を持つ男ですよ!」

 

ヴァイスはそう言って笑い、棒きれを手に、力強くドラムを叩き始めた。

 

最初に響いたのは、ヴァイスが叩く、木箱と空き缶が織りなす、拙いが力強いリズムだった。それは、不安定な人生を生きる人々の鼓動そのもののようだった。その音に合わせて、ルーカスはギターを抱え、錆びついた弦を指で優しく弾いた。

 

ポロン…

 

古びた楽器から紡ぎ出された音は、しかし驚くほど澄んでいて、場の空気を一変させた。ルーカスは、まるでギターと対話するように、一音一音を丁寧に奏でていく。それは、激しいロックンロールでも、陽気なカントリーでもなかった。しっとりとした、穏やかなバラードだった。

メロディは、どこか懐かしさを感じさせながらも、決して過去を嘆くものではなかった。むしろ、明日への希望を語りかけているようだった。それは、かつて彼自身が、荒んだ日々の中で求めていた『救い』の音だった。ルーカスのギターは、彼の孤独とルーカスは、今この場で、言葉ではなく、音で人々の心に触れている。それは、報告書や合理的な戦略では決して成し遂げ得ない、感情的な『再構築』だった

 

(...どんなに辛くても、地獄の底で孤独に苛まれても、顔を上げ、太陽のように立ち上がれ...)

 

彼の胸中で、遠い故郷で誰かが口ずさんでいた希望のフレーズが、錆びた弦の振動と共に蘇る。それは、彼自身が、あの戦争の痛ましい光景から立ち直るために、何度も胸に刻んだ誓いの言葉だった。

 

彼は歌わなかった。だが、そのロックバンド時代に培った魂の全てを音色に乗せ、人々に贈った。

 

「なんだ、この音は…」

「見たこともない楽器だ…だが、なんて心に響くんだ」

 

周りの貧しい芸術家たちは、ルーカスたちの演奏に耳を傾け、静まり返っていた。彼らは皆、自らの手で生み出した音に、ルーカスの紡ぎ出すメロディが重なり、一つの音楽として成り立っていることに感嘆していた。

 

ヴァイスは、ルーカスの弾くメロディに合わせて、ドラムのリズムを刻んでいく。彼のドラムは、もはやただの棒きれと木箱ではなかった。ルーカスのギターが奏でる優しさに寄り添い、時には力強く、時には繊細に、曲全体を支えていた。

 

「すごい…まるで、この世界にない音楽だ」

「ああ、まるで光が差してきたみたいだ…」

 

彼らの演奏は、この街の闇に、一筋の光を灯したかのようだった。ルーカスは、ギターを弾きながら、目を閉じ、遠い故郷の空を思い浮かべていた。彼の心には、公務から解放された安堵と、この音楽が誰かの心を救ってくれるかもしれないという、ささやかな希望が満ちていた。

 

そして、曲が終わり、最後の音が夜の闇に溶けていくと、周りからは惜しみない拍手が沸き起こった。その拍手は、ルーカスとヴァイスの心に、温かい光を灯した。

 

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