第七話 認識の相違、楽しい訓練
ミリアムが少し離れた位置に立ち、警戒を解かずにいた。
ルーカスは一人、庭の隅の木陰で、ミリアムの用意したサンドイッチを頬張りながら、先ほどの剣幕に、内心では辟易していた。だが、それ以上に理解できない疑問が頭をもたげていた。
「おい、Alpha」
ルーカスが意識に語りかけると、即座に機械的な声が返ってきた。
『何か分析すべき事象がありますか、ルーカス』
「なんでだよ、なんで俺の点の魔力が、あんなに危険視されんだ? ミリアムのやつ、顔色変えやがって。大げさすぎんだろ」
ルーカスは苛立ちを隠さずに続ける。
「石ころ投げんのと何も変わらねぇじゃねぇか。いや、弓矢だってあんだろ? あれの方がよっぽど慣れてなきゃ危ねぇだろ」
Alphaは間髪入れずに、その疑問に答え始めた。
『あなたの観測に基づいた問いは理解できます。しかし、この世界の住民の認識と、あなたの「点の魔力」が危険視される理由は、その本質的なエネルギー密度と制御の難易度にあります』
「Ah?エネルギー密度?なんのことだ?」
ルーカスは怪訝な顔をした。子供の姿ではあるが、その表情は確かに、前世のそれだった。
『あなたが比較対象とする「石ころを投げる行為」や「弓矢」は、物理的な質量と運動エネルギーに依存します。それらの飛翔体は、質量と初速によって到達距離と破壊力が規定され、そのエネルギーは発射時点でほぼ固定されます。また、それらは生物の体内から直接生成されるものではありません』
Alphaの声には感情が一切こもらず、ただ事実を淡々と述べる。
『しかし、あなたの「点の魔力」は異なります。それは、術者の生命エネルギーを直接変換・凝縮し、極小の領域に高密度で封じ込めた魔力の塊です。そのエネルギー密度は、一般的な魔力球や魔力線とは比較になりません。例えるならば、数百キログラムの石を投げるのに対し、あなたは数グラムの物質に数トン分のエネルギーを封じ込めて射出しているようなものです』
ルーカスは眉をひそめた。頭では理解できても、感覚が追いつかない。数グラムに数トン分?そんな馬鹿な。
「……そりゃ、ちょっと、ぶっ飛んだ話だな。そんなに危ねぇもんだったってのか、俺が作ったのは」
『現状、この世界の氷塊や炎といった属性魔法は、周囲の魔力や元素を利用し、広範囲の効果や属性による特殊効果を目的としています。また、歴史書に記述のあった火砲は、恐らく物理的な弾体を魔力で加速させるか、限定的な魔力変換によって発射される原始的な原理である可能性があります。これらは、魔力そのものを極限まで一点に圧縮し、純粋な運動エネルギーとして高速射出するという概念とは異なります』
Alphaはさらに分析を続ける。
『既存の魔力運用における最高密度の攻撃技術は、特定の大型魔獣のブレス攻撃や、極めて熟練した魔術師による限定的な高圧縮魔法に限られます。あなたの生み出した「点の魔力」は、その規模と制御性において、それらの既知の現象を凌駕する可能性を秘めているため、この世界の住民にとっては理解不能な脅威として認識されるのです』
ルーカスは黙って耳を傾ける。軍人としての経験が、Alphaの説明する現象の異常性を瞬時に理解させた。
なるほど、と合点がいった。自分が当たり前のように「点」として操った魔力が、この世界では未踏の領域だったのだ。だからミリアムはあんなにも焦り、恐れたのか。
『高密度の魔力を一点に収束させる技術は、極めて精密な魔力制御を要求します。わずかな意識のブレや出力の不安定化が、内部の魔力結合を崩壊させ、不可逆的な大爆発を引き起こす危険性を内包しています。この現象は、この世界の住民が「魔力暴走による呪い」や「厄災」として認識している事象の、根源的な原因となり得るものです』
「……呪い、ね」
ルーカスは皮肉げに呟いた。科学的な裏付けのない「呪い」という言葉が、彼には滑稽に響いたが、同時にそれがこの世界の住民の「知識の壁」でもあると理解した。
『あなたがその制御を比較的容易に行えるのは、前世における「精密射撃」の概念と、それを「照準とトリガー」としてイメージする特異な経験則が、現在の肉体における魔力操作と高次元で同期しているためです。これは、この世界の他のいかなる魔術師も持ち得ない、あなたの固有の才能と私との同期による解析能力の複合的な結果であり、普遍的な技術として確立されていない要因でもあります』
Alphaの言葉に、ルーカスは小さく頷いた。自分の持つ知識とAlphaの存在が、この世界でいかに特異な存在であるかを改めて実感する。
『未知の現象は、常に恐怖と警戒の対象となります。彼らが長年にわたり築き上げてきた魔法体系に存在しない、予測不能な高出力の魔力現象は、既存の概念を覆し、制御不能な災厄に繋がりかねないという本能的な危惧を抱かせるため、危険視されるのは当然の帰結です。ミリアムが示した反応は、この世界における一般的な知見に基づいた、妥当な危機管理反応と言えます』
「つまり……俺のやってることは、この世界の奴らからしたら、いきなり手からミサイルぶっ放してるようなもんか。しかも、そいつらはミサイルの存在すら知らねぇ、と」
ルーカスは、Alphaの論理的な説明を、彼なりの解釈で噛み砕いた。口元には、いつもの皮肉な笑みが浮かんでいた。ミサイル。そう、まさにそれだ。彼は自身の才能と、その応用可能性に、改めて確信を得た。
(理解されたところで、止められるもんじゃねぇ。むしろ、これで道筋が見えてきた…!)
ルーカスの青い瞳が、獲物を狙うかのような鋭い光を帯びる。ミリアムの警告は彼の行動を制限するかもしれないが、彼の思考と目的を阻むことはできない。彼の頭の中では、既に「点の魔力」を応用した、新たな兵器の設計図が描かれ始めていた。
・・・・・
・・・
「それではルーカス様、午後の訓練を開始します」
ミリアムの声は、昼食前と変わらず冷静だった。彼女はルーカスが空になった水筒を置いたのを確認すると、新しい訓練用の丸太を指示した。
「まずは、基本に立ち返り、魔力球の安定性をさらに高める練習です。その精度を、今度は両手でそれぞれ同時に維持してください。くれぐれも、私の指示の範囲内でお願いします」
ルーカスは内心で舌打ちをしたが、表面上は素直に頷いた。
(楽しい楽しい、基礎練の繰り返しか。heh.どこの世界でも地味な作業の繰り返しって訳だ。だが、ここで突っ走って魔力封じられても面倒だ……)
「Alpha、この退屈な作業に、何か創造的な意味を見出せるか?」
ルーカスが意識に問うと、即座にAlphaの無感情な声が返ってきた。
『ルーカスの肉体における魔力経路のさらなる最適化、及び微細な魔力制御能力の向上に寄与します。反復による筋肉の記憶と神経伝達効率の強化は、高精度な魔力操作において不可欠です』
(んな事ぁ分かってる、理屈はな。だが、もっとこう……燃えるような何かはないのか?
『「燃えるような」という表現は、現在の訓練内容とは直接的な関連性が見出せません。データ上、あなたの集中力維持には適度な刺激が有効ですが、現在の訓練目的において、刺激を付与する要素は優先されません。なお、WP──白燐弾──への言及ですが、その発火性及び広範囲への殺傷能力はデータとして認識されており、戦術的な利用価値は存在します。しかし、民間人への無差別効果、環境への残留性、そして国際条約における規制の傾向も同時に分析データとして確認されています。これらの要因は、戦略的、倫理的観点から兵器システムへの採用には慎重な検討を要する、と評価されます』
(Tsk……分かってねぇな。もっとロックな伝え方はねぇのか)
ルーカスの青い瞳は退屈そうに揺れていたが、その奥では、いつかこの監視の目を掻い潜り、自身の兵器を完成させるための、静かな闘志が燃え上がっていた。午後の訓練は、ミリアムの厳しい監視のもと、安全第一で、しかしルーカスにとっては退屈な反復練習として続いていくのだった。