沢田綱吉に妹がいる話   作:中島何某

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千代姫のみTSで椛子が男性ver。
一応出来たのは此方の方が先。
内容は数行違うだけでお風呂イベントが別イベントに代わっています。そこでちりばめた伏線を微妙に回収しています



別ver

 

 

 

 その子は僕たちに出来ないことはなんだって出来た。

 とってもキレイに笑う子で、誰にでも優しかった。

 勉強ができて、運動ができて、人付き合いが上手で、いっとう素敵な子。

 でも、きっとあの子はね。かわいそうな子なんだろう。

 

 

 

 

 

 

沢田綱吉12歳・春

 

 

「おおい、朝だよネボスケ」

 

「……んあ?」

 

 目の前に、人影。掛けられた声と急に差し込んだ陽の光になんとか覚醒すると、人影は人のベッドに片膝をかけ、愉快そうに微笑んでいた。

 

「ご飯冷めるよ。早く降りてきたら、お兄ちゃん」

 

 並盛小の制服を身にまとい、寝癖でいつもより更に髪の毛を爆発させている自分とは対照的に身嗜みを整えた少女は俺の頬をきゅう、と摘んだ。

 

「いたっ、痛いな千代!」

 

「はいはい、ごめんね」

 

 ぴょん、と膝を掛けていたベッドから離れた彼女は「早くね」と柔らかな声で念押しして俺の部屋から出て行った。はあ、と溜息をついて頭をぼりぼり掻く。目覚まし時計を見ると誰かさん――そう、誰かさんね――が勝手に止めていて、遅刻は逃れてもやり忘れた宿題は出来なさそうな時間だった。

 

 今部屋に入ってきたのは俺、沢田綱吉の年子の妹で、小学六年生、沢田千代姫――兄妹揃ってあんまりに仰々しいのでツナだのチヨだの呼ばれている――という。なにをやらせても一番で、その上威張らない、大人っぽい女の子。ダメダメなスクールライフを送る俺とは血が繋がっていなかったら縁もゆかりもなさそうな出来た人間だ。

 周りはそう言うし、俺もそう思うけれど、母さんも千代もそんなことはないと笑い飛ばしてしまう。

 父さんはこの前まで居た気がしたが、いつだったか出奔して今は母さんと俺たち兄妹で暮らしている。先々月入学した中学では小学校が同じ奴しか千代のことを知らないが、来年になったらきっとダメな兄貴と出来る妹として比べられるのだろう。

 ま、俺が出来ないのと千代が出来るのは別のことだし、どっちも事実だからあんまり気にしないけど。

 

「つっくーん、遅刻するわよー」

 

 階段の下で母さんが読んでいる。はーい、とまず聞こえるように怒鳴りたてて、漸く着慣れてきた並盛中の制服に袖を通した。

 

 

 

 

 

沢田綱吉13歳・冬

 

 

「なに? 門外顧問に面影がある、ランドセルを背負った女の子が家の前を素通りした? 待てそりゃ家人だ、お迎えしろ」

 

 リボーンの弟子、俺の兄弟子を名乗る人物が部屋に現れ、それから一段落ついた頃。ディーノさんは部下の人から携帯を受け取り、そう通話した。

 

「えっ、千代!?」

 

「嗚呼、妹が居るんだよな。そっちまで顔を把握してなくて、悪ぃな」

 

「あ、いえ、その」

 

「これもリボーンが教えてくんねえから……」

 

「だって九代目とチェデフとボス候補のツナ以外の写真は流出しないって約束したんだもん」

 

「またお前は可愛くないぶりっ子を……流出!? いま流出って言ったかリボーン!」

 

 聞き捨てならない言葉に声を荒げればリボーンはディーノさんの座る椅子の腕掛けに腰を降ろしたままニヒルな笑いだけを返した。

 

「ボス、お連れしやした!」

 

「おお! ……ってなんかぐったりしてないか?」

 

 扉が急にバン、と開き、ランドセルをディーノさんの部下の人に持たれ、背をもう一人の部下の人にそっと押されて千代は俺の部屋に入ってきた。

 

「まさか突然金髪碧眼の黒服に連れ去られた先が我が家の兄の部屋とは思いもよらず」

 

「わりぃわりぃ。部下が失礼したな。俺はディーノ、ツナの兄弟子だ」

 

 椅子から立ち上がり、膝を折って千代の背に目線を合わせ、頬と頬を合わせてキスの音を立てた。近くない!? イタリア人ってこうやって挨拶するのが常識なの!?

 自分の妹と格好いいディーノさんの至近距離に顔が真っ赤になった自覚はある。ただリボーン、隣でへっと笑って青くせえって俺を嘲笑うのはヤメロ。

 

「シニョリーナ、お名前は?」

 

「沢田千代姫です、シニョーレ」

 

 にこやかな挨拶に少し脱力する。リボーンが来て波乱万丈の毎日なはずなのに、千代の図太い神経にはこの半年呆れさえ覚える。音は拾っているはずなのに聞いているのか聞いていないのか分からないところがしたたかというかずっこいというか。

 

「初めて見たが別嬪さんだな。将来はきっと町一番の美人になるぜ」

 

「色男にそう言って頂けるなんて光栄です」

 

 ぶはっ、とディーノさんの背後で仁王立ちしていたロマーリオさんが噴き出した。それをじと目で睨みつけ、「お前なあ、女の子の前で決まんねえじゃねえか」と言った。

 

「いやいや、ボスは既に劣勢でしたぜ。もう町一番の美女だね」

 

「今日はなんだか沢山褒められて落ち着きませんね」

 

 ふふふ、と笑う姿にこの妹否定しねえ……と俺まで半目になってしまった。ディーノさんは歯を見せて笑った。

 

「いやもう、オーラもある、面構えもいい、覇気もある、期待感もいっぱいの幸福の女神だね」

 

「オマケに足も小さくて美人の条件も揃ってる」

 

「ングッ」

 

 ツッコミする間も無く鳩尾にリボーンの小さな肘が物凄い速さで入って変な息が出た。ていうかさっき俺を否定した要素だよねソレ!?

 

シンデレラ(足のサイズで幸せになった女の子)なんて嫌だよ」

 

「負けん気の強さもいい女の条件だぜ」

 

 リボーンがそう言えば、千代ははいはいとおざなりに返事をして部下の人からランドセルを返してもらっていた。

 

「今日ビアンキちゃん夕ご飯いらないって行きがけに言われたのまだお母さんに言ってないから、伝えに行ってくるね」

 

「え、あ、うん」

 

 ランドセルを抱えながら言う彼女に頷けば、うん、と小さく首肯される。

 

「あ、お母さん多分外に居る皆さんにもお茶用意しようって言いだすと思うんですけど、黒服の皆さんってどのくらい居ます?」

 

「えっ」

 

 確かに母さんなら言いかねない、ていうかウチにそんなに湯呑ないだろ! と一人で突っ込んでしまう俺の横で、ディーノさんも驚いたように息を詰めた。そうなんだよ、ウチの女系って大らかっていうかどっかずれてるんだよ……。

 

「ああ、いや、外に居る奴らの分はいい。もうすぐ駅前のホテルに撤退するから、いいんだ」

 

「そうですか? ああ、そう言えばこの前越乃雪――落雁を貰ったって言っていたので、お部屋に居る皆さんには、内緒でお持ちしますね」

 

 いたずらっ子のように笑って俺の部屋を出て行った千代は、パタンと扉を閉めた。

 

「……冗談のつもりだったんだが、いや、本当にオーラがあるな」

 

「そうだな。ディーノ、少なくともお前よりあるぞ」

 

「アレに比べられちゃあなあ……。勝負できるのはボンゴレ九代目くらいじゃないか?」

 

「ふん」

 

「いや、ツナ、ボスになるならねえは置いておいて、あれは見習った方がいいぞ。本当に幸福の女神だありゃ」

 

「ダメツナが言って出来りゃ苦労しねーぞ。加えてお前もな」

 

「……精進します」

 

 そう言って頭を下げたのはどっちの弟子だったか。

 

 

 

 

 

沢田綱吉13歳・春

 

 

「この一年色んなことがあったねえ。謎の家庭教師が来て、お兄ちゃんは交友関係も広がって、家族も増えて」

 

「う、」

 

「生傷も増えたけどね」

 

「……うん」

 

 よっ、と挨拶して並盛中の新一年生が声を掛けてきた。それは妹の千代で、彼女はノリのきいた少し袖の長い制服に身を包んでにこやかに言った。ここ数日新入生は在校生とまったく学校での行動パターンが違ったから、学校で会うのは初めてだ。

 謎の家庭教師ことリボーンの災害をのらりくらりと躱すこの妹もそろそろ年貢の納め時か、と一般人であろうと近くに居たら周囲を巻き込みまくるはた迷惑な野郎を思い出して遠い目をする。そんな俺の思考に気付くはずもなく、彼女は不思議そうに首を傾げた。

 

「十代目、こちらに――ハッ、御令妹と一緒に」

 

「おっ、ツナの妹も居るのなー」

 

 昼休み、廊下でたむろしている俺たちに、二人の声が掛かる。今年も同じクラスになった山本と獄寺君で、二人は手を振って近付いてきた。

 

「お久しぶりです、山本さん。獄寺さん」

 

「つってもツナの家にはちょくちょく遊びに行ってるから、そんなに久しぶりって感じもしねーな」

 

「ふふ、そうですね」

 

 笑う山本に千代も笑う。なんだこの、高コミュ同士の会話みたいなの。凄い自分がここに居ちゃいけない気がする。

 或いはそう、後ろめたく感じるのは自分に自信がないからなのかもしれない。

 

「妹様はどうしてここに? 一年生の教室がある階は此方ではありませんが」

 

 獄寺君の畏まった態度に苦笑しながら、千代はその態度を今まで通り訂正することも認めることもせず答えた。

 

「職員室に用事があって、その帰りなんです」

 

「おっ、ツナもプリント出しに行ったところだし、奇遇なのな。これから俺ら飯食うけど一緒に来るか?」

 

 山本がそう誘うので、俺はあっという顔をしてしまった。彼女はあまり、誰かと共に行動しない。それが嫌なのか、知らぬ内かは聞いたことはないけれど。俺の表情に彼らは不思議そうな顔をして、千代はこの空気に気付いている筈なのに何事も無かった・見なかったような、自然体で笑った。

 

「お誘いありがとうございます。でも、入学したばかりだから、新しい友達もつくりたくて」

 

「当たり前だろ、野球馬鹿! 妹様は可憐な女性なんだぞ! 寒い屋上でお前と飯が食えるか!」

 

「ハハ。ま、そりゃそうか。入ったばっかだし友達は大事なのな」

 

「お気持ち、とても嬉しかったです。今度また、誘ってください」

 

 頭を下げて、俺に手を振って千代はその場を後にした。なんだか少し、俺たちの間に理由のない気まずい雰囲気が流れた。ぎくしゃくと、俺がへらり、と笑う。次の瞬間背後から突然声を掛けられた。

 

「なに、アンタら沢田妹狙い?」

 

「はっ? って、黒川」

 

 どうやら声の正体は黒川で、先ほどの一部始終を見ていたらしい。少し呆れたような顔と態度、その様子に山本が快活に笑い飛ばす。

 

「まさか、違うって。別に初めて会ったワケじゃねえし、いつもツナと飯食ってるから折角ならって誘っただけだぜ」

 

「ふうん、あっそ。ま、なんでもいいけど、あの子――」

 

 ちら、と俺の方を黒川が見てきたので、不思議と首を傾げる。すると深いため息を返されてしまった。隣で獄寺君が眉根を顰めるものだから背筋が冷たくなる。校内で爆発騒ぎはまずいって!

 

「黒川はチヨと友達なのか?」

 

「別に。でも同じ小学校だし、あの子、集会なんかでよく賞を貰ってたからそれなりに有名なのよ」

 

「え、小学校同じだっけ!?」

 

 山本の言葉に黒川が返し、その返答に一寸驚く。黒川はぴく、と頬骨を痙攣させた。ひ、ひええ、女の子を怒らせてしまった……!

 

「ダメツナ、アンタってほんっと人に興味ないわね」

 

「いやあ、あはは……」

 

「十代目は考えるに値することしか考えねえ思慮深いお方なんだよ!」

 

「い、いや、獄寺君それは違うから!」

 

 俺たちのいつもの漫才に黒川はやれやれと首を振って肩を竦めた。

 

「あの子はね、大人なの」

 

「確かに大人っぽいのなー」

 

 能天気な笑い声、それが少しだけ作り物のように聞こえた。彼なりの気遣いか、処世術か。無意識か、ワザとか。それに確信を持つ術を俺はまだ知らなかった。もしかして千代なら知っているのかもしれない。

 

「あのねえ。だったらあの子に一度でも突っかかってみなさい。きっと肩落として帰ってくるわよ。大人に子供が突っかかった時の、何を言ってものらくらと、それでも筋の通って見える言葉が返ってくるやるせなさ、知ってる?」

 

「えっと、」

 

「あの子は何でも見てきて、知ってて、子供みたいに具体的な事象を挙げ連ねるだけじゃなくて、抽象化して、物事を概念化出来て――ああ、もう! ともかくあの子は大人なの! 大人は見守りこそすれ子供と一緒のとこには居ないのよ! 一人ぼっちなんじゃなくて好きで一緒に居ないの!」

 

 そのまま黒川は、俺たちが返事をする前にぷんぷんと怒って歩いていってしまった。多分黒川は俺の妹のことをそれなりに見て、それなりに気を遣って、彼女なりの最善で接してくれていたのだと、今初めて知った。

 

「黒川、千代のこと、分かろうとしてくれてありがとう!」

 

 その背に声を投げかけると、振り向いた先の熾烈に燃える対のオニキスが、翻る緑髪が、怒りに満ちてカッと震えた。

 

「バカツナ! アンタこそなんも考えてないのに分かった気でいるんじゃないわよ!」

 

 まるで激昂した猫のように黒川は叫んで行ってしまった。ぽかん、と間抜けに口を開け、確かに先ほど自分が『分かろうとしてくれて』などと口走ったことに気付いた。

 

「ツナ、だいじょぶ?」

 

「十代目、十代目は確かに妹さんのことをよく分かっておいでですよ!」

 

 二人が話しかけてくる言葉も耳をすりぬけ、うーん、と顔を手で覆う。

 

「俺って結構シスコンだったのかなあ……」

 

 へら、と隣で山本が笑った気配がした。おそらく、作り物めいていない笑みで。

 

 

 

 

 

沢田綱吉13歳・秋

 

 

「千代を……俺の妹をどこにやった」

 

 既に一度している問いだった。額にも甲にも純度の高い炎が帯びている。対峙する六道骸はひび割れ、血の涙を流す相貌でにやにや笑った。

 

「さあ。攫うよう命令したのは僕ですけど。ええ、ええ。彼女、キミより実はお強いようですよ。ランキングによると」

 

「そんなはずは――」

 

 眉間に皺を寄せて骸を見据える。クハッと短い独特の笑い声が返ってきた。

 

「いえいえ、別室に居りますよ。どうも愚弟がキミの妹さんのことを気に入ったようで」

 

「……お前の弟?」

 

「ええ。顔もよく似ていますから、弟で間違いないでしょう。カバネ、と言います。以後お見知りおきを」

 

 にんまり、と骸が笑いを湛えた。自分が俺の体を操るというのだから、お見知りおきをというのは皮肉なのだろう。傍観を決め込むリボーンはしかし、ほお、と声をこぼした。

 

「お前らと行動を共にするもう一人の男、双子じゃなかったのか。ソイツだけ犯罪記録は上がってねーみてーだが」

 

「ええ、彼は他者とのドッキング――つまり僕と同じ能力を得る実験に付き合わされていましたから、キミたちから見れば本当によく似ているでしょうね。しかし、まあ、」

 

 くふふ、と男は笑う。愉快そうに? いや、その目はとても、冷めている。

 

「カバネは、そうですね。ええ、ええ、そうですとも。彼は確かにアナタ方が気に留めるような犯罪は何ひとつ犯していないでしょう」

 

「……協力者じゃねーってワケでもなさそうだ。ここまで何年も一緒に居る」

 

「そうですね。彼は我々を非難することも、阻止することもしない。しかし明確に計画に口を出したり、窮地を救ったりもしない」

 

 骸は弟の話になると急に饒舌になった。先ほども確かによく喋ってはいた。しかしそれは種類の異なる饒舌さに見受けられた。今までは処世術じみた、はぐらかすような態度であったのに対し、今は泉から水がこんこんと湧き上がるように留められない、といった様子だ。或いは。世界に対する苛立ちが、個人に対する苛立ちに変容したようにも見えた。

 リボーンは問う。

 

「なら何故連れ立ってる?」

 

「彼は確かに僕たちに何もしないが、何も出来ないワケじゃない。知性がある、スキルがある、判断力がある、素質がある。……僕たちは彼から生きる術を学んだと言って相違ないでしょう。いえ、盗み得た、と言った方が適切でしょうか。今なお搾取の途中でして」

 

「ハ、ママから離れがてぇってか」

 

「おや、愉快なことを。彼はその手で何ひとつ与えない。だから僕たちは盗みを覚えたし、殺しに手を染めた。薬も、情報も弄ぶ。アルコバレーノ、キミも言ったでしょう。彼は犯罪を犯していないと」

 

「さあな。お前とそっくりだから、カバネとやらがやった犯罪もこっちでテメエの分でカウントしちまったのかもしれねえ」

 

「クハッ! いいえ、御心配なく。天下のボンゴレの情報は正確で、彼はそんなことはしていません」

 

 声だけは愉快そうに聞こえるその言葉。しかし異なる双眸には幾らかの憎しみが載っている。

 

「――何故、生きる術を得た人間のように生きない。罪を犯さない道があることを知りながら」

 

 骸を見据えて、眉を顰めて掌を握りしめて聞く。次の瞬間、爆発でも起こしたかのように男は腹を抱えて笑った。

 

「ハハハ、クハハハハ! 申し訳ありません、ボンゴレ。僕も完璧超人ではなくてですね。ふふ、すみません。あのね、ボンゴレ。彼はね」

 

 まるで母親が子供に教えてやるように甘やかに、懇切丁寧に言ってやる。そういうふうだ。

 

「彼はね、犯罪なんかに手を 出さなくても(、、、、、、)どうとでもなるんですよ。僕らが目的のためではなく、生きるために罪を犯す間、あの男はそんな 手間(、、)踏まずに結果を得られる。小憎たらしいでしょう?」

 

「……知能まで乗っ取れない弊害だな」

 

「くはッ、御辛辣。いいんです、アレは傍観者ですから。構いやしませんよ、あんなものは世界に影響を及ぼしません」

 

 ここまで聞いてきたこと、今のフレーズ。ふと、自分の妹に、千代に似ていると思った。出来のいい弟妹、という点よりかは、ただそこに在るだけで人に物を教えるのに、決して世界に影響を与えない姿形。無機物じみた、その性質。

 

「ですが今までアレが興味を持ったものなど見たこともありません。今やどうなっていることでしょうね」

 

「――まず、お前を倒さなきゃいけない。そうだな?」

 

「ふふ、面白いことを言う。ならば見せて貰いましょうか!」

 

 地を蹴る音、炎が燃える音の幻聴、槍が空を切る音。なんだかすべてがとても、静かだった。

 

 

 

 

椛子(もみじこ)ちゃん」

 

椛子(かばね)です、沢田なんとか」

 

「千代姫」

 

「また随分と仰々しい」

 

「お前に言われたかないよ」

 

「そうは言っても。骸は常用漢字ですし」

 

「えっ(アレ)名前で使えんの?」

 

「使えますよ。屍、尸なんかは使えませんけど」

 

「ふうん」

 

 膝を突き合わせるように、ボロボロの廃墟で椅子もなく段差に少年と少女が腰かけていた。長年の付き合いのように程々近く、お互いにぞんざいな態度である。

 

「ランキングフゥ太、順位に数値の差がついていなくて良かったですね」

 

「保身で言えばね」

 

「おや、何がご不満で? 折角キミは戦わず、キミの兄と僕の兄、『沢田綱吉』と『六道骸』が戦っているのに」

 

「変わりない過去に不満はないよ。ただ、仲間が傷付くのが忍びないと思うのの何が悪い」

 

「過去の?」

 

 過去の――仲間に掛けたその言葉に少女は冷たい顔をする。激情はどこか遠い、ぼんやりとした顔つきにも見える。しかしその瞳の奥には慧眼がきらめいて、琥珀の瞳が優しく世界を見下す。鋭利な鈍器、そういう風体だ。しかし、向かいの少年も似たような節がある。理知的なのに不鮮明だ。博物館の黴れた骨董品のような雰囲気がする。

 彼らは困ったようにそこに在った。

 

「困ってしまったね」

 

「困ってしまいますね」

 

「ああ、まさか。ほんとうに」

 

「ええ、とんでもない」

 

 カバネ、と名乗った少年は六道骸によく似ていた。双眸の異なる赤と青、呪われたように美しい。千代姫、と言った少女は沢田綱吉に面影がある。まろみを帯びた慈愛に線の通った信念。

 ぶわり、と少女の額から 黒い(、、)炎が巻き上がる。――夜の炎だった。橙の大空の炎にまじり、大きくなり、小さくなり、やがて消える。それを見てカバネは迷惑そうに右目を眇めた。

 

「溢れ出て抑えきれないのは勘弁してほしいですよねえ」

 

「まあ、そうだね。初めて見た時は、まさか随分と思ったが」

 

「ええ、業腹。よもやと言ったところで。因縁深い」

 

「お前、死に絶望したか?」

 

「いいえ」

 

「死に後悔したか?」

 

「いいえ」

 

「ああ、俺も。満足したさ。満足したら、求めるものはない」

 

「ならばここは地獄と」

 

 うっそり、とカバネは笑った。陰鬱な笑みは陶器のように美しい少年にはあまり似合わず、千代は噴き出してしまった。

 

「六道を知り尽くしたんじゃなかったの」

 

「勿論端から端まで歩き回り、咀嚼し、飲み干しましたとも。しかしここは、もっとおぞましい。驚きました」

 

「なんせ正真正銘の死体が生きているのだからね」

 

「ええ、僕たち二人だけ。そう言ったでしょう? まさしくキミが」

 

「血の妄信は結構危ういんだけどなあ。満足して幸せに辿り着いたと思ったら、死の先が地獄とはいやはや」

 

「已むかたない。キミは清く正しく、僕は自らに偽りなく、それでも人を殺し過ぎた」

 

「死ぬ気とは迷わないこと、悔いないこと、自分を信じることで、それが俺の専売特許だったんだけど」

 

「くどいですよ。幾ら文句を言ったところ、キミは 生前(、、)の意思とは縁遠い肉体を得た」

 

「一点の曇りもなく、純粋な死ぬ気が全身を支配した――人はもしかして、死した瞬間に到達点に至っているのかもしれないね」

 

「ソレを通過した魂が手違いで肉体に積み込まれ、僕らは死体として動き回ってしまった――と? 寝言は寝て言ってください」

 

「……ムクロ」

 

「カバネ、と呼べ。このすっとこどっこいめ」

 

 はあい、と気の抜けた返事をした綱吉……千代はぐったりと自身の膝に頭を乗せた。この世でぽっきり二人だけ、 役を決められたもの(夜の炎を帯びた死体)に詰め込まれてしまっては、他者から見てどうであれ己の誇りを通して死んだ人間としては拷問に近い。

 魂に生者と偽れば精神が擦り切れ、信念を殺せば肉の脳はいかれ、 生きているか死んでいるかも分からない物(夜の炎を帯びた死体)を無理に殺せば如何なるかも分からない。これ以上の生き恥を晒すにはさすがに年齢を重ねすぎた。

 どっ、と二人から溜息が漏れる。

 

「ていうかなんで俺だけ性別違うワケ」

 

「二分の一なんですから仕方がないじゃないですか。遺伝子の配列を呪いなさい」

 

「うえーん」

 

 死体がひとつ、廃墟で泣き真似。もうひとつが慰めるふりをした。

 

 

 

 

「六道骸の弟がウチで居候ゥ!?」

 

「ああ、コイツは共犯でこそあれ殆ど何もしてないからな。アイツらが交渉に応じた末に得られた結果の一つだ。まあウチに居候する案に乗ったのはコイツだけだが」

 

「初めまして、椛子、カバネ……ううん。六道椛子です。ボンゴレ十代目」

 

「いや俺はマフィアになんかならなくて! ……って、なんかまごついてたけど、骸の弟じゃないの?」

 

「いえ、恐らく年子辺りの兄弟かとは思いますが、六道は骸のなので、どう処理しようかと思いまして。しかし苗字がなければ困ることもあるかと思いまして」

 

「は、はあ?」

 

「まあ、僕への緊張も解けたようですし。これからよろしくお願いします」

 

「へ、緊張? あっ、いやお前! 千代を攫ったって……!」

 

「歯、抜けてなかったでしょう? 危害は加えてませんよ」

 

「あっ! ……いや。……うん、取り敢えず、その」

 

「はい」

 

「沢田綱吉です」

 

「僕のコレは癖ですが、恐らく同い年ですから。敬語は要りませんよ」

 

「は、はあ」

 

「お兄ちゃん、カバネさん。ジャン=ポール・エヴァンのチョコレートを貰ったので一緒に食べませんか?」

 

「すぐ行きます!」

 

「……へ、変なヤツゥ」

 

「言っておくが攫った相手に心を砕いてるお前の妹も変なヤツだぞ」

 

「……知ってる」

 

 

 

 

沢田綱吉14歳・秋

 

 

 風の気持ちいい夜だった。向き合う気性は薄弱と傲慢。仲介は正体不明、仲裁は既知の仲。

 果たし状は突きつけ終わった頃だろうか。

 些かの嫌悪を飲み込んでとびっきりの笑顔を作る。

 

「こんばんは、皆さんお揃いで?」

 

 沢田綱吉とその取り巻き、XANXUSとその取り巻き、門外顧問と部下、謎の少女二人。笑顔で割り込めば驚愕と怪訝な目を一斉に向けられ、クスクスと笑って見せた。

 

「ボンゴレリング争奪戦、折角なので私たちも混ぜて貰おうかと思って」

 

 微笑むのは少女の顔でも、態度は高潔に高慢に。己を天井と認め、他者を頭一つ下げて躊躇なく見下す姿こそドン・ボンゴレだけに認められた姿勢。世界の天秤の守護者こそ己だけに縛られてみせる。己のルールがボンゴレのルールに成り得る傲慢さに笑ってみせろジャリ共。それで大事な人たちの命を守ってきたこちとら、年季が違うんだよ。

 

「誰だテメエ…!」

 

「お待ちください、正当な権利がなければ参加は認められません」

 

「千代……!? お前、何故」

 

 口々に話しだし、あまりに愉快で呵々大笑に震えて近くの肩に寄りかかる。肩の主人――六道椛子は彫像のようにちっとも表情を変えない。

 

「わたくし、沢田家光の娘で名を沢田千代姫と申します。今回の九代目の勅命、XANXUSこそが相応しいと超直感が告げたのであれば、争奪戦は彼が受けて立てば何の問題もないではありませんか」

 

「まっ、待ってよ千代! お前何言ってるか自分で……!」

 

 沢田綱吉が叫ぶ。十代半ばもいかない少年とはこうも幼いものだっただろうか。嗚呼、煩い、とばかりに片手で沢田綱吉側の声を制する。

 

「一対一の闘いとなりますが、守護者は七人お集まりですか?」

 

「そこの機械が守護者にカウントされるようなら、幾らでも集まりますよ」

 

 少女の、脳を自負する機関の質問にカバネがそう笑う。一部は六道骸と同じ能力を持つ彼の言う意味が分かったのか眉を顰めた。不機嫌になるのはヴァリアーだ。月夜に照らされた銀髪がてらてらと眩い。逆に憤怒の男の顔は焼け跡で浅黒くよく見えない。

 

「そんなに殺されたいか、ドカスが」

 

「うぉおおおい、ガキがわらわら集まってお遊戯会でも始めるつもりかあ!?」

 

 確かに今のお前と俺では傲慢さではいい勝負だろう。なら、俺にしか出来ないことを平然としてのけるまでだ。笑う。なにかすれば殺すよ、と。威嚇でもなく、牽制でもなく、己の采配で線を引き、ここを越えれば間違いなく殺すぞ、と提示する。笑顔のみで。薄ら笑いでもない、優し気にでもない。ドン・ボンゴレのみが許された常識で。笑う。

 額に炎が揺らして。混じり気のない橙のソレを、笑いながら当然のように。

 

「それでは、沢田千代姫様の参加を認めます。三竦みの闘いは公平性を期すため――」

 

 

 

 

「少し、甘やかしすぎたな」

 

 帰り道は特に決めていなかった。カバネと隣に並んで、家とは反対の黒曜側にだの歩きながらぽつぽつと話した。

 

「結局、今回の参戦は ご自分の(、、、、)為ですか?」

 

「ううん、まあ、そうかなあ。お前は骸に同族嫌悪を向けられているみたいだけど、俺は親近感を持たれているようだし」

 

「でも己の裏切りは怖くないと?」

 

「そんなものが恐ろしい時期は疾うに――おや、」

 

 黒衣の赤ん坊、異様な風体の彼が、真面目そうに――内心訳知り顔で――ふと前に飛び降りてきた。

 

「一人? リボーン」

 

「その薄らさみい笑顔をやめろ」

 

「どうして? この笑顔は効果的だ。口を利かずとも意図が伝わることほど都合のいいこともない。それで誰かさんが竦むのなら尚結構」

 

「……死ぬ気の炎を扱えたのはいつからだ? いや。ツナに、見切りをつけたのか?」

 

 キョトン、として隣のカバネと顔を見合わせる。(こいつも素知らぬ顔して訳知り顔だ。やれやれ)

 

「死体は裏切らない」

 

「なんだって?」

 

「Corpse non tradisce.」

 

 言語が舌によく馴染む。死体は裏切らないし、死体は意味を為さない。動き回る死体に意味を見出してはいけない。お前たちに分からなくても沢田綱吉は分かっているよ。そのための脈々たる血だ。沢田綱吉は己が裏切られたでも、嫌われたでもないことを心の奥底でよく分かっている。

 けれど、どうして突き放されたかを知らない。知らないのに納得してしまっている。

 

「私の参戦は、私の責任です」

 

「つまりテメエは、」

 

「そう。激情より先に道理を弁えると、成長より先に老いてしまう。――導きすぎたんだ」

 

 このまんま行くとどっかで死ぬぞ、沢田綱吉。言っておくが絶対だ。血の妄信はだから嫌なんだ。『絶対だ』って思ったら止まらない。

 

「過保護ですねえ。それならいっそ、一度殺してしまえばいいじゃありませんか」

 

生きてる間( 、、、、)はね、殺した時に生き返らないと困るんだよ。どんな形で在ろうと、ドン・ボンゴレはね。このままだと殺したら生き返らないって話」

 

「さすが、死んだ人間は言うことが違う」

 

「うるさいな。満足した人間は穏やかな余生でいいじゃないか」

 

 夜風に炎が揺れる。黒い炎が。ちろちろと体中を覆う密度の高いエネルギー。うっそりと、まるで悪役のように炎が揺れる。

 

「ええ本当、余生は穏やかがいいですよねえ」

 

 間延びした死体の皮肉を言う声がなんとも気持ちのいい夜だった。

 

「どうせだったら全員の横っ面ぶん殴っておきたいな」

 

「やめておきなさい。どれをとっても未来の幹部なのですから万年蜂に刺されたような顔じゃ困りますよ」

 

「どれをとっても未来の幹部……お前、端から勝つ気ねえな?」

 

「一番強いけどねー」

 

「クッハ! その傲慢、久しぶりに殺したくなってきましたよ」

 

「バカ言うなよ、死体が死ねるか」

 

「ええまったく。残念ながらその通り」

 

 


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