「香山 命さん、ようこそ死後の世界へ。あなたはつい先ほど、不幸にも亡くなりました。短い人生でしたが、あなたの生は終わってしまったのです」
目が覚めるとどこまでも真っ白な空間で目の前にいる女性にそんなことを告げられた。
……死んだという自覚は自分にもある。むしろ”あれ”から生き残ることができると思う人はいないのではないだろうか。
あれ。要約するとただのリンチなのだが、自分の何かが気に入らなかったらしい王国の騎士団長や団員が寄ってたかって自分に刃を向けてきたのだ。
ある者は十万の光の槍を一斉に射出し、ある者はどこかから百の妖怪を召喚し、ある者はこの世のものとは思えない大きさの砲台を設計図に書き上げ、一瞬のうちにそれを具現化させたり。
もちろん自分もただでは死なないように自分が受けたダメージをその場所にいた団員に移したりを繰り返して生き延びていたが、最後の一人になった団長に無数の槍で突き殺された。
こういったように死んだというには意識が残っているし、何かしらの方法で蘇生されたのであれば自分の身体に空いた無数の風穴を一切の痛みも無く塞げるものだろうか。というか自分は間違いなくひき肉になっていたはずなのだが。
「……死後の世界は初めて来るな」
「何回も来られるとこっちとしても困るんだけど……まぁいいわ、そんなはずないって発狂されるよりは楽だし」
確かに本物の死後の世界は初めてだ。どこぞのコレットの新参異能力者の実験台として本の中の世界に送り込まれたことは何度かあるが。ちなみに本の中に送り込まれたときはその本の主人公と同じことを知ればいいだけなので脱出は簡単だった。
死後の世界の物語で印象に残っているのは『蜘蛛の糸』だったのだが、まぁ、その辺はどうでもいい。
そんなことを考えていると女性はこほんと咳を一つこぼし、自己紹介を始めた。
「私の名はアクア。日本において、若くして亡くなった人間を導く女神よ」
女神。不思議とそんな言葉を聞いても戸惑うことはなかった。目の前にいる女性が人間離れした美貌であるということは一目で分かっているが、それを差し引いても一般人が聞けば片腹痛いと一蹴される発言のはずだが……。
そこまで考えて一つの結論に至った。
つい先ほどまで百鬼の大群を指揮する者や図面に書いたものを何でも具現化させることができるを者や十万の光の槍を唐突に出現させる者、その他もろもろと戦っていたのだから、今更女神などと聞いても「あ、そうですか」の一言で納得できてしまう。
もしこの女神が自分たちでは到底及ばないような特殊な能力を使えるのであれば話は別だが、正直そこまでの技量はないだろう。せいぜい地殻変動か巨大津波を引き起こす程度だと思われる。もし本当にその程度ならば日本の腕利きの異能持ちなら普通に突破か相殺ができる。もちろん自分でもできる。
「さて、あなたには二つの選択肢があります。ひとつは何もかもさっぱりと忘れて転生するか、もしくは天国に行くかの二択ね。でもね、天国は何にもないから一日中日向ぼっこをしているか、誰かと話しているようなお爺ちゃんみたいな生活になっちゃうのよ。私的にはあんまりおすすめできないかも」
…それでは実質一択なのでは?
「でもね、ここでちょっとストップ、ここで三つ目の選択肢をあなたにあげるわ!!」
「三つ目?」
「ええ、あなた、ゲームは好き?」
「ゲーム?」
「そう!あなた、RPGのゲームによくあるファンタジーな異世界に行ってみないかしら!」
異世界・ゲーム・ファンタジー。
そういった世界には何度か行ったことがある。あの時も実験台としてだったか。その場にいる人物のすべてに異能が一時的に備わり、その物語を自分の思い通りに展開が進むという大して面白くも無い能力干渉だったはずだ。どうせなら術者のみがその異能を持ってるというだけであれば面白いのだろうが。どんな理不尽も叩き潰せばいいので全く問題がない。それに今のままの異能でもその場にいる人物の思考が追い付かないほどの速度で気絶させれば何の問題もなかった。
身振り手振りを加えたなかなか迫力のある女神の寸劇の内容を簡潔にまとめると、異世界では魔王と呼ばれる生物とその生物が統率する魔王軍の侵攻によって死者が増加、その際に酷い目にあった人間がその世界に再び転生することを忌避し、結果人間の数が減少していっている。そこで、記憶を引き継いで魔王を倒し、平穏を手に入れろとのこと。しかしこのままだと弱くて死んでしまうから何か強い武器か能力を一つ渡すから頑張って戦えとのことらしい。こちらとしても面白そうなのでそちらを選ぶことにした。
しかし自分はもう既に能力を持っているのだが、とは言えなかった。どうせ自分の能力を使ったところで今回のように死ぬのが目に見えている。
その与えられる特典、道具や能力が書かれたカタログを見ながら考える。
魔剣や妖刀、強力な魔法が使えるようになるといった類の特典が目立つがこういったものには極力頼らないに限るな。昔強力な剣を出現させる能力を手に入れた若者が大変な目にあったのを思い出したのでここは無難に身体能力の底上げを選択しておこう。なによりこのあたりのものとはいかなくても多少なりとも自分で作製できる。
「あら、チートの武器とかにしなくてもいいの?」
「強力な武器を持ったところで技量が追い付かなければ意味がないだろう」
いままで戦闘のサポート役として参加していたので思う存分前線に出て暴れたいという願望は大いにあるが、どうせ魔王軍とやらを打ち負かすのであればむしろ暴れたほうがいいだろう。
「あなたがそれでいいならいいけどね。…でもこのままだと面白くないわね…。この特典に少しおまけを付けてあげるわ!」
ほいっと何事か掛け声を上げた女神だが、切実にやめてほしい。こういう時は何かしらの面倒な出来事が起きるのだから。
「それじゃ、いよいよ異世界に送り込むわよー。そこの魔法陣の上に立っておいてね」
何か事故があっても困るので言われた通りに魔法陣の上に立っておく。
しばらく待つと唐突に浮遊感に襲われた。
「さぁ、勇者よ!願わくば、数多の勇者候補の冒険者達の中から、あなたが魔王を打ち倒すことを願っています!旅立ちなさい!」
威厳たっぷりに転移を開始する女神を見てふと思う。
――これをここに来た人全員に言っているのであればこの女神は悪女と言っても過言ではないのでは?
そんな思考を最後に自分の意識は途切れた。