新しい日常と心傷
1・新しい日常と心傷
のための
0・プロローグ
人類史上最後のマスター、僕こと藤丸立香には、人類魔術の礎である処の、いわゆる人理というものを救う任務が課せられている。
今では、魔神王ゲーティアだか人王ゲーティアだか似非ソロモンだかの人理焼却を阻止したことにより、一旦はお役御免、前線基地と言えるカルデアで待機することになっているため、どちらかと言えば課せられていたというのが妥当だろう。
御役御免。
そう、御役御免である。
今でこそ、亜種特異点とかいう、ソロモン七十二柱の成れの果て、魔神柱が中心となって引き起こされるゲリラみたいな戦いがあるから、しっかりと仕事が有るけれど、人理焼却阻止直後の僕の周りは、出来ることが何一つとしてなかった。
いや、やろうと思えばできたのだけれど、英霊の一人『レオナルド・ダ・ヴィンチ』、通称『ダ・ヴィンチちゃん』から、「君たちは人の身では在り得ないような大事業をやり遂げた後なのに、まだ仕事がしたいと言うのかい?いいから休みたまえ。」と、あっさり断られてしまったので、何も言わずに身を引いた。
まあ、実際、僕は事務仕事とか苦手だし、何より魔術に関して言うなら三流の素人と言える。
いくらロード・エルメロイⅡ世に教えてもらったとは言っても、元々のセンスが無さ過ぎた。
そんな奴が、魔術協会に関しての資料を纏められるわけもなく、仕事が終わって二ヶ月くらいは、用も無くカルデアに残った奇妙な精神構造を持つサーヴァント達とともに、ぶらぶらとカルデア内をうろついていた。
今思うと、その時のことを詳しく話していなかった。
僕からすればとても奇譚で、新鮮で、残酷な日常だった。
だから話そうと思う。
あの時のことを忘れないように。
懐かしむことのできるように。
あの悲しみを忘れぬように。
1-1
そんな風に話し始めて、早速話の腰を折って悪いけれど、一人の少女を紹介しておこう。
藤丸リツカ。
小柄で元気な赤毛の少女。今では『りっちゃん』『りっくん』と呼び合うくらいには仲良くなった。
偶然僕と同じ苗字で、名前も『りっか』と『リツカ』の違いだけ。
初めて会ったときは、それはもう親近感を覚えたものである。
一月の最初の日曜日辺りに会ったのだったか。
ゲーティア討伐から一週間。
「藤丸君。助けていただきありがとうございます。」
それが彼女との邂逅、その第一声。
場所はメディカルケアルーム。ダ・ヴィンチちゃんに呼び出された時の事だった。
「?どういうことかな。…えっと」
「藤丸リツカ。君と同じ、カルデアのマスター。」
マスター、という表現で良いのだろうか。
今となっては、被害者という感じがするけれど。
というか。
「あれ?でも、あの事故で、集められたマスター候補はみんな死んだんじゃなかったっけ?」
「死んでないです。全くもう失礼な。」
普通に怒っていた。
元気でピンピン動いている。
「ああ、そうだ。死んでいない。彼らが陥ったのは緊急冷凍だ。」
と、
声を掛けられた。
一瞬誰かと身構えたけれど、口調と声色で判断できた。
ダ・ヴィンチちゃんが僕の後ろに立っていた。
「彼女はその中の一人だよ。」
「ハロー、ダ・ヴィンチちゃん。」
「ハイハイ、ハロー。良い挨拶は良いものだね、本人の人の好さがにじみ出る。」
いつも通りの流れ。
「…それで、この流れから察するに、彼女は一年前の事故で意識を失ったマスターの一人、って認識で合ってる?」
「ああ、それが一番的確だろうね。」
満足そうにうなずくダ・ヴィンチちゃん。
「彼女は、君が魔人王ゲーティアを討伐した直後、意識…というか魔術回路が戻ったんだ。」
「魔術回路が戻る…?」
「ああ。戻るという表現で合っているのかはわからないけど、魔術回路に魔力が流れ込んで、微弱ながら活性化した。で、あれから一週間。彼女の目が覚めたと言う訳だ。」
なるほど…。
魔力が流れる=意識が戻ったと認識できる。
そう言う事もあるのか。
「うん、OK。事情は分かった。でも、なんで僕を呼んだの?別に彼女と仲良かったわけじゃないよ?」
「君は、さらっとそういう事を言える辺り、デカい人間だよね。…私が頼みたいことは、つまりはそう言う事なんだ。」
彼女は…というか、彼なのか彼女なのか、よくわかっていないけれど、ともかくダ・ヴィンチちゃんは、僕に向かってこう告げた。
勿論耳打ちで。
「彼女の友達になってやってくれないか?」
1-2
「彼女は目覚めたばかりで、しかも外も人理焼却後に目覚めたばかり、検査やら何やらで家に帰すのはあと三ヶ月。早くても二か月後が妥当だろう。だから、それまで彼女と話すカウンセラー的役割が君の仕事だよ。」
リツカちゃんを部屋に返した後、ダ・ヴィンチちゃんは僕にそう告げた。
つまりは、Dr.ロマンと似たような役割を任されたのだ。
やる気が出ないわけがない。
とは言っても、そのやり方や定石と言うのは全く知らないし、彼のようにうまくできるとも思えないが…
「大丈夫。アイツのように上手くやれってんじゃないんだ。彼女と触れて、ただただ普通の日常に寄り添ってあげるだけでいい。」
ダ・ヴィンチちゃん。
僕の心情をズバリ読み当ててアドバイスしてきやがった。
時には頼もしいけど、やっぱり心臓に悪い。
「…うん、いや。それは分かっているんだけどね。どうも、なんて言えばいいのか…」
「ふむ…君にしては珍しい、煮え切らないじゃないか。何か思う処でもあるのかい?」
「無いって言うのがおかしいだろ?」
「そりゃそうだ。」
「んん…まあ、何とかなるだろ。やってみるよ。」
「頼もしいな。それじゃあ頼んだよ。設備とかはある程度自由に使って構わないからね。」
「ああ、了解。」
右に曲がる廊下の向こう側にダ・ヴィンチちゃんが消えるまで見送って、僕は反対側、自分の部屋に向かって歩き出した。
まず、彼女と接するにあたって、ある程度のプランを立てなければならないだろう。
自己紹介は当然として、カルデア内の見学やサーヴァントとの交流なんか良いかもしれない。
そうなると、マシュにも会わせてあげなければいけないな。
そんなことを考えつつ、僕は廊下を歩き続ける。
そんなこんなで歩き続けて、マイルーム前。
よく見慣れた姿があった。
眼鏡を掛けたパーカー少女。
1-3
「先輩。おはようございます。」
例の眼鏡の少女——マシュ・キリエライトはそう言って、深々と頭を下げた。
「ああ、おはよう。マシュ。」
「ええ、本日もいい天気です。」
「いい天気って…ああ、そうか。」
廊下に大きく開けられた窓を見ると、雲は無く、カルデアの外の風景そのままに、青い空が広く写っていた。
少し前までは毎日のように吹雪に覆われていたのだが、最近は晴れることも多くなった。
そのおかげか、マシュも以前に増して明るくなった気がする。晴れの日様様だ。
「そうだね、いい天気だ。ところで、マシュ。こんなところで何をしていたんだい?僕に用事?」
「いえ、朝の運動がてらにフォウさんを探して居まして。」
「フォウ?」
「ええ、朝起きたらいなくなっていたのです。」
「はぁん。」
なんだか、あの対マーリン決戦兵器、前よりも自由になっている気がする。
「…前はマシュにべったりだったのになぁ。」
「そ、そんなことはありません。それに、フォウさんも生き物です。月日が経てば、変わりもします。」
「それはそうなんだろうけどねぇ…。」
変化するって言ったって、あれの正体、ヤバいらしいしなあ。
マーリンから断片的に聞いただけだけど。
「…うん、じゃあ一緒に探そう。僕も暇でね。」
「本当ですかっ!それは助かります。」
マシュはニコニコと楽しそうに笑う。
純度100パーセントの笑顔である。
うーん、かわいい。
「あ、そうだ。」
「?どうかしましたか?先輩。」
「いや、それとは関係ないんだけどさ……。」
マシュに先ほどのダ・ヴィンチちゃんとの例の件を話すと、なんとも嬉しそうに、「それはとてもおめでたいですね!」と、笑っていた。
「では、歓迎会でも開きましょうか。今もまだカルデアに残っている英霊の皆さんも集めて。」
「ああ。」
なるほど、歓迎会。
その手があったか。
「マシュ、ナイスだ。」
「はい?」
「いいアイデアをありがとう。開こうか、歓迎会。」
1-4
あの後。
マシュとカルデア中を探したが、フォウは出てこなかった。
まあ、明日になれば出てくるだろうという事になって、その日はいったん中止として別れた。
その後、やることが無かったのでエミヤに少し料理を教わって、ジャックちゃんとナーサリーに読み聞かせ、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ、略してジャンヌちゃんには数学を教えたあたりで、一日分の時間は過ぎたので、自分の部屋に帰って寝たのだった。
と言う訳で、朝。
目が覚めた。
僕の視界に、浅黒く細い体と青い髪を持つ少女が映る。
「………………おはよう、静謐ちゃん。」
「………おはようございます。」
布団一枚を挟んで、僕に圧し掛かる静謐ちゃんの姿があった。
彼女がカルデアに来てから、何日かおきに僕の目覚まし時計がわりになってしまっている。
何時からだったか。
もう、結構長い事こんな感じだから慣れてきてしまっている自分がいる。
なんだか、苦虫を百匹ほど口に押し込まれたような夢を見ていた気がする。
「…うん、覚醒した。起きるから退いてくれるかい?」
「はい。」
「今日はどんな感じかな。」
「朝六時十八分。気温は二十二度。快適だと思います。」
「……うん、ありがとう。」
体を起こすと、少し節々が固い。
久々に圧し掛かられていたからかもしれない。
「…うーん、気分が良い朝だ。」
とりあえず、声に出す。
自己暗示のようなこれは、行う事で、実際に気分が安定してくる。
かなり前からの日課だ。
「……マスター、相当魘されておりましたが、大丈夫ですか?」
「え?」
ふむ。
なら、起きたときのあの感じは気のせいと言う訳でもないらしい。
内容は覚えていないけれど。
「いや、僕は大丈夫。心配してくれてありがとうね。」
「………いえ。」
静謐ちゃんの頭を撫でると、嬉しそうに笑った。
と、ここで思い出す。
「…あ、そうだ、忘れてた。」
たしか、今日の夜に歓迎会だったか。
相変わらずの記憶力にうんざりとしてしまう。
せっかくだし、周りへの呼びかけをしてもらうのも良いかもしれない。
「よし、静謐ちゃん。頼み事だ。」
「はい、何なりと。」
彼女は頷く。
とことん素直だ。
好感が持てる
「今日の夜にある人の歓迎会を開くから、その旨をほかのサーヴァントに伝えてくれ。職員相手には僕から伝えるから、サーヴァントだけにもれなく、ね。頼めるかい?」
「分かりました。」
一通りの要件を言い終わると、彼女は部屋から飛び出していった。
目に見えなかったけれど、そうだよな。
女の子でも敏捷A+だもんな……。
「…まあいっか。とりあえず食堂だ。」
朝ごはんを早く食べないとスイッチが入らない。
二度寝は厳禁だ。
人理焼却阻止以前よりも少しだけ緩くなったカルデアの規則の中に含まれている限りのラフな衣服に着替える。
下手に制服とかよりも、こっちの方が心理的不安は少ない。と一年前のテレビ番組でやっていた気がする。
簡単なセーターとジーンズに着替えて、部屋を出る。
今日の食事当番は、確かエミヤかエレナだったはずだ。
どちらの食事もかなりおいしい部類に入ると思う。
食堂に着いたら、まずはエミヤに声を掛けるべきだろうと考えながら食堂の扉を開けると、案の定、キッチンで配膳をするエミヤの姿があった。
「おはよう、エミヤ。」
「ん?ああ、マスター。相変わらず朝に強いな。」
「ほかの皆は?」
「まだ起きてきていない。君が一番速いぞ。」
「そう。ところで、イベント系の話があるんだけど、少し良い?」
そう言うと、彼は爽やかな顔から一転、訝し気な表情になる。
「ああ、構わんが……何をするつもりだ?」
「我らが仲間の歓迎会さ。」
「仲間?まさか、また召喚を」
「違う違う。一人、まだ存命でいらっしゃる女の子が加わったんだ。」
そこから、昨日の一連の件を伝えると、『なるほど納得がいった』とでも言わんばかりの表情がエミヤに浮かぶ。
「………だから、エミヤにはその歓迎会の料理を頼みたくてね。お願いできる?」
「分かった。そういう事なら協力しよう。」
「おっ、サンキュー。話が分かるね。」
「これでもフランスから旅を続けているんだ。この程度の話も分からなくてどうする。」
「それもそうだね。」
よし、これで料理の面は何とかなった。
次に何を準備するかと考えて、何個かアイデアが浮かんだ。
ふむ……。
「ねえ、エミヤ。エミヤだったら次に何を用意する?」
「歓迎会のものか?」
「うん、そう。色々有り過ぎて分かんなくなっちゃって。」
「ふむ………なら、最初は飾りつけだろう。一番楽なものだぞ。適任が居るんだから。」
「?」
1-5
「それで、私のところに来たのかい?」
カルデア内部、北側書庫。
その書庫の八段もある本棚の上に座って、件の人物は本を読んでいた。
話をしたところ、静謐ちゃんも、さすがに上には気付かなかったらしい。話が通っていなかった。
「それは確かに、適役だね。」
「ああ、協力してくれるかな、マーリン。」
「いいとも。一応これでもサーヴァントだからね。マスターの頼みに応えようじゃないか。」
二つ返事で協力してもらえることになった。
なんだかんだと言って、カルデアのサーヴァントは優しい人が多いらしい。
「ありがとう。んじゃあ、会場は食堂にするから、そこに合う花の調達と、あとハーブを。」
「ハーブ?」
「ああ、エミヤの料理にレパートリーが広がるだろうから、それをお願い。出来る?」
「そりゃあ、出来るとも。私は花の魔術師、だからね。」
ウインクを見せるマーリン。
うん、やはり女遊びに慣れているらしい。
様になっているチャラさだ。
「マスター。今、失礼なことを考えていなかったかい?」
「いや、別に、これっぽっちも考えてないけど。」
「ふぅん……まあいいさ。」
そう言って、八段目から飛び降りる。
ストンと軽い音がして、すぐに立ち上がった。
「すぐに準備に取り掛かろう。せっかくの歓迎会だ、派手に行こうじゃないか。」
「その調子で頼むよ。僕にはできないことだから。」
「………うん、私はいいマスターを持ったものだ。」
「え、何さ突然。」
「いや、自分に出来ることと出来ないことを的確に判断することのできる人間というのは、なかなか居ないものだよ。」
「へぇ、そうなんだ。」
「ああ、類稀なる才能さ。だから、そんなマスターと契約出来たのはかなりの幸運なんだ。」
「そう言われると、なんだかこそばゆいモノがあるね。」
あまり褒められることも無かったから、こういうのは慣れない。
「まあ、それくらいのものは受け取っておくべきさ。……あ、そうだ。」
「うん?」
僕の先を歩いていたマーリンは、思い出したように振り向いた。
「次に準備するものは決まっているかい?」
「いや、決まってないけど。」
「なら、食材を集めた方がいい。足りなくなると思うからね。」
1-6
現在、カルデアに住み着いて、もとい召喚されているのは、前にあげた9人のほかに、アルトリア率いる《円卓》のサーヴァント。武蔵、小次郎などを代表とした《日本》のサーヴァント。エレナを筆頭とする《学者系》のサーヴァントなど、総勢50余名のサーヴァントがあげられる。
その人数分の食事に加え、今日は軽く見積もっても、その二倍以上の料理が用意されなければならないのも必然。
そんな助言をマーリンからもらった僕は、フランスはオルレアン。
まだ、人里離れた森の奥に邪竜の住みつく竜の国へと、足を伸ばした。
「それでは、アサシン諸君。ワイバーン狩りをお願いしたいんだ。一人五体狩れたら、ここに戻ってきてくれればいいから。」
連れてきたサーヴァントを見渡す。
と、ここで思い付いた
「いや、先に点呼の方がいいのかな?」
一応知った顔ではあるけれど、しっかりとした確認は事故の防止につながる。
と言う訳で。
「じゃあジャックちゃん。」
「はーい。」
「静謐ちゃん。」
「ここに。」
「酒呑。」
「おるよ。」
「小太郎。」
「はい。」
「ジキル。」
「いるよ。」
以上、五名。
「うん、んじゃ、出る前にもう一度点呼を取るから、よろしく。」
「ねえ、お母さん。解体して良いの?」
「良いよ。ただし、出来る限り大きくお願いできるかな。あと、そうだな………静謐ちゃんと一緒に戦ってくれると助かるかな。」
「うん、分かった!」
元気に頷いて、森の奥に走っていく。
「んじゃ、静謐ちゃんはジャックちゃんをお願い。」
「承知いたしました。」
「よし、解散。」
僕の声と同時に、それぞれが各方面に散らばっていった。
森の端の方に僕だけが残る。
暫くはぼうっとすることに決めて、近くに倒れる木の幹に座り込んだ。
「……………。」
そう言えば、ここには一番最初に来た場所だった。
空には、あの円環はもう無いけれど、最初に見た惨劇という事もあって、どうも頭から離れない。
幻視と分かってはいるが、そこにあの円環があるような気がしてならないのだ。
何度も繰り返し考え、答えが出ないことはもうわかっているけれど、それでも考え続けてしまうのが、そのあたりの事だ。
人理修復。
僕の成し得たそれは、この語の世界を揺るがす大事業とか、そんな風な過大評価を受けているけれど、正直どれほどの事なのか、よく分かっていないのが現状だ。
実感が湧かない。
そりゃあ、世界の人間が元に戻ったとか、その程度の事は聞いているけれど、そもそも僕はずっとカルデアの中に閉じこもっていた訳で、現在の街を見ても、カルデアに一年間行ってから帰ってきたくらいの実感しか湧かない。
だから、被害の方がずっと大きい。
フランスで竜に村を襲われた。
ローマで王に征服された。
大海では仲間が撃たれ、イギリスでは多くの市民が死んだ。
アメリカでは兵を貫かれ、砂漠で大量の血を見た。
挙句の果てには、八名を残して全員を殺してしまった場所すらあった。
こんなに多くの命を守れず、何が人理焼却阻止だ。
きっと後悔は一生僕について回るのだろう。
とある王にはあの夜、あのように言われたけれど、これだけはどう頑張っても拭えなかった。
夜でも、悪夢で度々起こされる。
昼でも、暇さえあればこの様だ。
流石に笑えない。
胸を張って、笑うことなどできない。
少しでも泣けたりしたら、少しは救われたのだろうけれど、もう何回も泣き過ぎて、いい加減涙も流れない。
こういう慣れは怖いものだと、以前、誰かから教えられた気がする。
誰だったか。
……………………………。
ダメだ、思い出せない。
あの時は絶対に忘れないようにと、心に刻んだはずなのに。
「……………だめだなぁ、僕は。」
本当にダメな奴だ。顔向けできない。
マシュにも、あの人にも。
「…………。」
多くを助け、少なきを殺す。
そうするしかないのは分かってる。
だけど、僕には少なきが重すぎる。
1-7
二時間ほどで戻ってきた。
僕は指示を出すだけだったし、魔力消費の少ないアサシンという事もあって、そんなに疲れていない。
案の定、ジャックちゃんが少々狩りすぎてしまっていたけれど、それなりの収穫があった。
量にして合計約三十三頭分。
上々だ。
食堂に向かうと、ロビンとビリーが居た。
「よっす、二人とも。何やってんの?」
声を掛けると、二人してこちらを向いて笑う。
「ああ、マスター。ポーカーだよ。」
「マスターもどうです?」
「後で時間があったら参加させてもらうよ。今はエミヤに用があるんだ。」
「あっそ、そりゃあ残念。んじゃ、パーティー中にでももう一度誘おうかな。」
ビリーは慣れた手つきでコインを弄る。
「うん。それじゃ、あとで。」
机の間を縫って、キッチンに向かう。
簡素なドアを開けて入ると、そこにはここに居るのが珍しい人物がいた。
「あれ、マシュ?」
「あ、先輩。お疲れ様です。」
「珍しいじゃん、こんなところに。どうかした?」
「いえ、先輩の姿が見当たらなかったものですから。」
どうしたのだろう。
普段は一々挨拶などに来ないはずだが、用事か?
「僕に用事でもあったの?」
「いえ、ですが静謐さんから例の事を聞いたもので、力になれることがあればと思いまして。」
「ああ。」
なんとも健気だ。
一年前から成長しても、そこは変わっていない。
僕とは違う。
羨ましい。
「ん?あれ?っていうか、エミヤはここに居なかった?」
「エミヤさんならマーリンさんを訪ねて、先程食堂を出て行きました。なんでも、見慣れぬハーブが置かれていたから、と。」
「……忘れてた。そう言えば伝えてなかったな。」
マーリンに頼んだ後の伝達を忘れていた。
「なら、エミヤが戻ってきたらこれを渡して、その後に手伝いが必要か聞いて。もし無かったら僕の手伝いを。」
「了解です。」
そう言って、マシュは袋を開けて、調理台の上に置く。
「うわぁ、多いですね。何の肉ですか?」
「ワイバーン。その袋はほほ肉かな?」
僕の言葉にマシュの顔が輝くように笑う。
「ワイバーン!良いですね、あのお肉は美味しかったです。」
「そうだろう?だから、今し方アサシンたちと狩ってきた。」
「そうだったのですか。なるほど、安心しました。」
「何?」
「いえ。先輩がとてもお疲れの様子だったので、少し心配していたのですけれど、気負い過ぎとかの要因でなくて安心しました。」
愕然とした。
疲れている?
あの程度の戦闘で?
先に述べたように、今日の戦闘はとても楽なものだった。
だというのに、僕は疲れていたのか?
「…………先輩?大丈夫ですか?お休みになった方がよろしいのでは……」
「いや、大丈夫!ほらこの通り元気だよ。」
腕をぐるぐると回して、何とかアピールする。
「最近、面白い本を見つけてさ。夜更かし続きだったんだけど、僕が疲れているのは、多分その関係だよ。」
「……そうですか。なら、安心しました。」
ニコリと笑う。
「ですが、もう少し休まないとだめですよ。睡眠もしっかりととらないと休養にならないと、ドクター・ロマンが言っていました。」
「あー……うん、そうだね。気を付ける。」
懐かしい名詞だ。
いや、まだ一週間くらいしか経っていないのだけれど、それでも、何年も前のようにあの光景が焼き付いている。
「………うん、ドクターの言った通りだ。少し休んでくる。エミヤに聞いて、何もやることが無かったら、リツカちゃんのところにでも挨拶に行くといい。」
「はい、分かりました。おやすみなさい、先輩。」
食堂を出る。
早く一人になりたかった。
少しあのことを考えただけで疲れるほど追い詰められているなどと、考えたくも無かった。
1-8
『ねえ、お兄ちゃん。』
なんだい?僕に何か用かな、お嬢ちゃん。
『私のお母さんとお父さんは何処に行ったの?』
安心して、きっともうすぐ帰ってくるよ。
『嘘だ。』
何を言うんだ、嘘なわけがないだろう。きっと帰ってくる。
『嘘だ。』
本当だよ、帰ってくる。向こうで疲れて休んでいるだけだ。
『それは嘘だよ。お兄さんが一番よくわかってるでしょ?』
なんで、そう言い切れるんだい?
『だって私のお母さんとお父さんは、竜に食べられちゃったんだもん。』
『ねえ、そこのお兄さん。私の恋人を知らない?』
どんな方でしたか?容姿とか、性格とか。
『格好いい男よ、あの人は。結婚の約束をして、兵になったわ。ねえ、今彼は何処に居るの?』
……もしかして、その人の名前は■■■さんですか?
『そう、彼よ!彼は今向こうで何をしているの?』
………彼は…。
『………そう、死んだの。』
………………。
『………いだ。』
え………?
『あなたのせいだ。貴方が弱いから。貴方が来たから。だから彼は死んだのよ。』
………。
『だから彼は串刺しになって、血を流して死んだのよ!!』
『なあ、カルデアのあんた、おかしいと思わねえか?』
何がですか、海賊殿。
『こんないかれた海にずっと捕われてる意味だよ。』
?海は、貴方たちの生きる意味では無いのですか?
『俺達は、自分の時間を殺して、こうして生きているんだ。確かに海は、俺達の生きる意味だし、むしろ俺たちが海と言いてぇくらいなんだが、だがちとこの海は違う。』
はぁ…。
『ここは、俺達の海じゃねぇ。なぁ、カルデア。何時んなったら解放されるんだ?』
聖杯が取れたらです。そうしたら、ここは無くなります。
『なあ、頼む。頼むから、早くここから出してくれ。』
………努力はします。
『ああ、努力してくれ。頼むよ。』
……………。
『頼むから、早く海を、俺らの海を返してくれ。』
『警察です。少しお話をお聞かせ願いたい。』
はい、構いません。何をご所望で?
『つい昨日にあった、スコットランドヤードに置いての虐殺事件について、知っていることがあれば、お聞きしたい。』
あれは………切り裂きジャックの仕業と聞いています。
『……それは、貴方が見たのですか?』
はい。すぐに逃げてしまいましたけど。
『何故逃がしたのです。』
油断です。僕たちはその時油断していた。
『スコットランドヤードもあなた達がもう少し早く訪れていれば、ああはならなかったものを。油断で済ますのですか、貴方は。』
違う!そんなつもりは
『この事件は、貴方の油断が原因だ。』
『なあ、カルデアの勇敢なる我が同志。』
何かな、我が同胞。
『同胞とは、オマエも相当慣れてきているな?』
そりゃあ、伊達に旅してないからね。それで、なに?
『此度の戦争。お前は何を見た。』
…人の生き汚さ。
『何がお前にそれを見せた。人の死か。血の雨か。』
…それは
『ああ、そうだ。それは違う。じゃあ何か。』
……
『まさか、エジソン氏のロボットでああなったわけではあるまい。ならば何か。そう』
………やめろ。
『お前の殺した人の数だろう。』
『ねえ、お兄ちゃん。』
何だい、坊や?
『お母さんが戻ってこないの。聖都に行ったまま、帰ってこないの。』
ああ、そうかい。それはね。きっと向こうで君を待っているんだよ。
『そうなの?』
ああ、そうさ。だから早く、聖都に辿り着かないといけない。
『うん、でもさ。少し変なところがあるの。』
なんだい?話してみて?
『うん。僕のお母さんね。』
うん。
『僕の前で死んじゃったんだ。』
『なあ、旅のお方。』
なんですか、お婆さん。
『この国は素晴らしいじゃろう。活気があって、若手も多い。』
ええ、ここの王は本当に素晴らしい方です。
『じゃろう。わしはこの国が大好きなんじゃ。死んでは慣れるのが惜しいくらいに。』
そうなんですか。
『ああ。ま、そのうち全員、貴様の手で死ぬのじゃがな?』
『君が殺したんだ、立香くん。』
ロマニが立っている。
白い空間にたった一人。
他には何もない。
僕の体とロマニだけがこの空間にある。
と、不意にロマニが僕の肩を掴む。
『人類悪、人類悪とシバやカルデアスは煩いけれど、僕はこう思うよ。』
……………。
『人類悪とは君だろう?人を愛し、人を救おうとする。故に、君は人を殺す。』
………やめろ。
『君は英雄を履き違えている。誰をも救おうとするそれは、英雄でなくただの愚者だ。』
やめろ。
『おまけに君は弱いから。僕が死んでまで敵を殺す必要が出てきたんだ。』
やめろ!
『ここまでに死んだ全員。全てを君が殺したんだ。』
やめろやめろやめろ!僕は間違ってない言われたことをしただけだ何も悪くない僕は人が救えればそれで良いんだ他には何も望まない友愛もいらない平和もいらない何も何もいらないマシュだけが居ればいいんだあの子は絶対に殺させない僕が守る死んでも守る絶対に絶対に絶対に絶対に殺させない死んでほしくない死んでしまったら死にたくなるそれは嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ぬのは怖いんだだから死なない死んでなるものか怖いのは嫌なんだ寂しいから嫌なんだ怖い寂しい死にたくない死にたくない死にたくない
死んでも死にたくない
「………。」
目が覚めた。
背中には冷や汗、動悸と息切れが激しい。
相当魘されていたらしい。
そして、何故だか手が痛い。
「あ、れ………。」
確か夢を見た。
これ以上無いくらいの悪夢に苦しめられたのが思い出せる。
「それで…………えっと……。」
この手の痛み。
魘されているときに何所かにぶつけたのだろうか。
いや、それはない。この部屋の壁は柔らかい素材でできている。
だから、ぶつけたとしても、ケガをすることは殆ど無い。
ならば、これは一体なんだ?
「……………まあいいや、一旦起きて、それから」
目の端に何か映る。
見慣れた色合いだ。
灰色と黒と薄紫の人型の何かが倒れている。
床に落ちているのは、形からして眼鏡だろうか。
何故だろう、息が出来ない。気持ちが悪い。喉が痛い。
体が軋む。
涙が止まらない。
怖い。
怖い。
こわイ。
「……、…………… 。 。」
何かが聞こえた。
男の声と女の声。
赤い影が走ってくる。機械の腕が人型を抱く。
マシュ・キリエライトが倒れていた。
右側の頬を赤く腫れさせて、苦しそうに呻く。
うねうねと胴をくねらせて、痛みに悶えるように唸る。
顔が此方を向いた。
嗚呼、なんて憎々しげな表情なんだ。
そんな顔で見ないでくれ。
なんで君はそうなった。
なんで君は
「とうとう私を傷つけましたね、先輩。」
何とかして、東方と一緒に連載できたらいいよね。
立香「無理じゃない?学校とかどうするのさ。」
聖杯に願って一日50時間にしてもらえればなんとか……
エミヤ「君はその程度の事で世界の理を壊す気かね。」