カルデア物語   作:黒白紅藍

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純愛とはエゴなのだろう。
愛のために死ねるというのは、自分の本望なのだから。


森羅万象不変に非ず

 4・森羅万象不変にあらず

 4-0

 衛宮君がくれたお茶を貰って、一息吐いた。

「うん、ご馳走様でした。連日御馳走になって本当に申し訳なく…。」

「別にいいよ。今日は俺が呼んだんだし。」

「あ、そう。それだ。」

 衛宮君が首を傾げる。

「なにが?」

「いや、何か忘れていたと思ったんだけど、なんかさっき話すことがあるって言ってなかったっけ?」

「ああ、その事か。」

 納得というように頷いた。

 どうやら彼も忘れていたらしい。

「それについてなんだが、少し確認をしたい。」

「構わないけれど。」

「今、藤丸は何処に寝泊まりをしている?こっちに来て、まだ間もないんだろう?」

「あー……」

 少し、言葉に詰まる。

「えっと……無許可で協会に入って雨風を凌いでいます、はい。」

「教会って、あの山の方にあるやつか?」

「うん、確か冬木教会だっけ。」

「なるほどな。だからか、服が汚れているのは。」

「えっ、そんなにわかるほど?」

「いや、パッと見ではわからないけど、細かいところに泥が付いてるし。」

「良く分かるね、そんなの。」

 改めて制服の裾やらを見てみると、確かに細かい泥が付いていた。

 なんだ、この青年。オカンか。

「うん、OK。大体わかった。」

「うん?」

「いやだから、あんなボロい教会にいるんじゃあこの季節は冷えるし、何より一年前の聖杯戦争で所々壊れていてな。老朽化も進んでいるし、いつ崩れるか分かったものじゃないから、あまり入らないように連絡が町の方から来てる。」

「あ、そうだったんだ。じゃあ拠点を変えないと。」

「んー……うん。じゃあ、うちの部屋を貸そう。」

 数秒悩んだようだったが、悩んだにしてはすんなりと、前からある程度決めていたかのように、衛宮君はそう言った。

「え?いや、話が全く見えてこないんだけど…」

「だから、このまま野宿させるよりはうちの部屋でも貸した方がマシだって言ってるんだ。」

「でも……」

「うちの屋敷はそれなりに、と言うか無駄に広い。幸い部屋は何個も空いているし、居候させるのも吝かじゃな」

「それじゃダメなんだよ!」

 何とかして踏み止まろうとしたけれど、我慢できずに叫んだ。

 優しくしてもらっているけれど、こればかりはダメだと、そう感じた。

「……君は…衛宮君は僕の話を聞いていなかったの?僕は近くの人を傷つけてしまうから、だからあそこから出てきたんだ。なのにここに住み着いたら、今度は君に迷惑が掛かる。なら、そうするしかないんだよ。」

「………藤丸こそ、俺の話を聞いていなかったのか?俺は困っている人は助けたい質でさ、助けることが出来るなら何でも出来るような人間になりたいと思ってる。」

「………。」

「それに人と約束したからな。『限界だと言うならば、俺が貴方の代わりになろう。』って、そういう風に。」

 本当にそんな口調だったとは思えないけれど、彼がかなり頑固だとは分かった。

 もはや病的なほどに。

「……衛宮君、君のそれは病気みたいだ。」

「あー…それ、言われたな。知り合いの友人に。」

「それは約束した人?」

「いや、その人ではないけれど。なんて言うか……そう、俺を救ってくれた恩人だ。」

「命の恩人?」

「それだけじゃないけどな。未来を救ってくれた人だ。」

 そう語る彼の顔は、楽しかった記憶の詰まった箱を覗いて懐かしむような、そんな顔だった。

「……衛宮君はその人の事が好きなの?」

「……どうなんだろうな。唯一分かる事っていうのは、今は私用で海外に行ってるそいつに、二度と会えない訳じゃないのにすごく寂しいんだ。」

「…それはきっと恋ってことじゃないの?」

「さあ?でも、俺は寂しがり屋だから。人と離れるのが辛いんだ。」

 僕と話している間から変わらず、そう言って優しく笑った。

「……………なあ、衛宮君。僕たちは友人だろうか?」

「どういうことだ?」

「いや、ただの質問。と言うか確認だね。」

「うん。…まあ、そちらの定義にも依るだろうけれど、少なくとも俺は、これは友人と言うものではないだろうかと考えている。」

「………そっか。」

 なんだか救われた気分になった。

 同時になんだか、久しぶりに出来た友人を前にして、肩の力がスッと抜けた気がした。

「なあ、衛宮君。頼みがある。」

「おう、なんだ?」

「僕は今、家出をして、得た住処を追われている。君の家に僕を置いては貰えないだろうか。頼まれることなら何だってしよう。だからどうか、ここに置いてはくれないか。」

「ああ、構わない。幸い、部屋なら幾らでも空いている。好きなところを使うと良い。」

 斯くして、僕は衛宮君の家に居候をすることとなり、同時に新たな友人——今を生きる同年代の友人を得ることもできた。

 確認してから頼んで、そこに付け込むような形になってしまったけれど、それでも心良い了承を受けて、衛宮亭の一室、東側の角部屋を借り受ける運びとなった。

 僕はその日のうちに教会を掃除して、衛宮亭に着いたのは午後の六時だった。

 

 4-1

「それじゃあ僕、最後に使ったところの掃除をしてくるよ。直ぐにまたここに来るとは思うけれど。」

 そう言って、教会に向かったのが大体午後一時過ぎくらい。

 出て行くときに教会の瓦礫や亀裂に注意するように言われたけれど、そこまで瓦解が進んでいるという訳でもなく、それなりに綺麗な状態で修繕されていた。

 ところどころ罅の入った壁があったからそこだけ避けて、かなり綺麗に掃除することが出来た。

 そして現在、衛宮亭玄関前。時刻は午後の六時だ。

 どうも、この時期の夕方は冷えていけない。早く暖かい場所に入りたかった。

 一応、玄関前のチャイムを押して、それから横開きの扉を開ける。

「…お邪魔します。」

「お、帰ったか。早いところ居間に来いよ。もう料理ができるから。」

「うん、わかった。」

 衛宮君がひょこりと廊下から顔を出してそれだけ言うと、すぐに引っ込んでしまった。

 数日の内に何度通ったか分からないような玄関から居間への廊下を歩く。

 居間の扉を開けると、良い匂いが香ってきた。

 その匂いに次いで、視覚情報が追いついた。

 居間のテーブルに桜ちゃんとどうやら顔を伏せて授業中の学生よろしく寝ているご婦人がいることが分かった。

「あれ?桜ちゃん?」

「はい、先輩から一通りの話を聞きましたので、挨拶に伺いました。」

 眩しい笑顔でそう言った。

「これからよろしくお願いします、藤丸さん。」

「あ、いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。」

 お互いに頭を下げて簡単な挨拶を交わす。

 彼方からの挨拶を返すと、ニコニコと嬉しそうに笑った。

 うーん、美人である。

 余所余所しさは感じるけれど、それでも純な笑みであることに間違いは無いだろう、見本のような笑顔だった。

「……それで、桜ちゃん。こちらのご婦人は?」

「ああ、藤村先生です。一応、先輩の保護者ってことになるんでしょうか。」

「建前上はな。結構古い付き合いだ。」

 衛宮君が付け足す。

 いろいろと複雑らしい。

 それについては深く聞かないことにして、藤村と呼ばれた女性が起きるのを待つ。

 かれこれ五分後、衛宮君が卓上に食材の載った皿を持ってきた辺りで、むくりと顔を上げた。

「………あれ?もうご飯?」

「ええ、そうですよ。藤村先生。」

「そっかー……。」

 そう言って、机の上でゴロゴロとしている。

 猫の様だとも思ったが、そう感じるより先に、どうもそれ以上の違和感が有る事に気付く。

 誰かに似ているのだ。

 雰囲気自体もそれなりに似ているし、顔もそっくりだ。

「………あ、そっか。ジャガーマン。」

「ん?ってウワッ!もう来てたの!?」

 僕の呟きを聞いて初めて僕に気付いたらしく、予想以上に面白い悲鳴を上げて飛び上がった。

 うん、これはジャガーマンだ。とても良く似ている。よく聞けば、声色から声質まで、殆ど違いを感じなかった。まさか同一人物なんてことも無いだろうけれど、それでもこれほど似ているのは驚いた。

「初めまして、藤村さん。今日からお世話になる藤丸立香です。」

「…コホン。」

 とワザとらしい咳に続いて

「…初めまして、私は藤村大河。君の話は士郎から聞いているわ。」

 と、保護者らしい振る舞いを見せた。

 後の祭りも甚だしかったが、少なくとも悪い人には見えなかった。

「これからよろしく、藤丸君。」

「はい、よろしくお願いします。」

「うん、元気で良い。」

 そう言ってにっこりと、優しいお姉さん風な笑顔を見せた。

「結構、苗字とか似てるしね。そういう意味でもよろしくぅ!」

 意外とユーモアのある人らしかった。

「私の家族がここの隣に住んでるから、何かあったらうちに来てね。」

 とも言っていた。

 意外と頼れる。

 そうして自己紹介が終わったあたりで、衛宮君が食事を運び終えたようで、畳の上に座った。

「折角だから遠坂も紹介したかったんだけどな。生憎、今は遠出中だからなぁ。」

「遠坂?」

「先輩の御同輩で、とても仲良くされていらっしゃる方です。現在は何か、私用でイギリスの方へと出向いていらっしゃるようですが。」

 と、桜ちゃんから丁寧な注釈があった。

 桜ちゃんのやけに深く座った目が気になったけれど、突っ込んではいけない気がしたのでスルー。

 なるほど、イギリスというところから思い出した。

 衛宮君の想い人か。

「へぇ。その人にも何時か会ってみたいね。話を聞く限り面白い人ではあるみたいだし。」

「んー……うんまあ、面白いと言えば面白い、かな?」

「?やけに煮え切らないけれど。」

「いや、気にしないでくれ。それより、先に食事を食べよう。」

 そう言って、机の上に色々と食事を置いていく。

 数日前からのそれよりも、少しばかり豪華だった。

 

 4-2

 有難く御飯を受け取って、出来る限り綺麗に食べた。

 小食の僕には少し多かったけれど、それでも何とか食べ切った。

 その後に、今後ここに住むにあたって、やってほしい事や禁止事項、その他当番などを簡単に決めて、今日は解散となった。

「藤丸さん。それではお休みなさい。」

 ペコリと頭を下げて帰って行く桜ちゃんを見送って、僕は割り当てられた部屋へと戻る。

 風呂には最後に入ることになっているし、それに少し、考えたいこともあった。

 やはり無駄に長い廊下を歩いて、部屋の真ん中にある机の近くに寝転んだ。

 少し考える。

 僕はこれから何をすればいいのか。

 この屋敷に住む上でのルールについてもそうだが、それ以外。

 ここに来たもともとの目的についてだ。

「何がしたいんだろう。」

 口に出すが、届く先は無い。何もない空間に空虚に響くだけだった。

 あの時——四日前。

 あの時は、僕は何をする心算だったんだろう。

 ここに出てきても、僕の出来ることなんてあっただろうか。

 あそこを出てくることで目的は果たせるとしても、その後のことは全てマーリンに任せてしまっていた。

 それ以外にも、今思い出すと後悔が山ほどある辺り、僕はまだまだ弱い。

 自分の過去の判断を公開という形で否定するなどと、そんなことをする僕はやはり、人間にも成り切れない愚かな化け物では無いだろうか。

 と、記憶が急に蘇った。

 オルレアン。その地方の、確か森を抜けた先の町での出来事。

 村を救って、傷一つなく竜を打倒して、そして帰ってきた僕らに少年たちは言った。

『化け物だ。』

『あんなに強い竜を倒せるもんか。』

『次は僕らを襲うつもりか。』

 そんな言葉を次々に口にした。

 その後、その子供たちは親御さんに拳骨を食らっていたけれど、子供が正直なのはいつの時代も同じなのだなぁと、その時感じたものだ。

 きっと口に出さないだけで、村の大人たちも似たような印象だったに違いない。

 そうでなければ、ジャンヌも昔に魔女狩りの憂き目にあうことも無かったはずなのだ。

 そう考えると、化け物という自己評価も思いのほかしっくり来た。

 ともかく。

 もうあそこには戻らないにしても、これからの方針も決めないといけないことは確かだった。

 これからこの町で生きていくにしても、一定期間で転々とするにしても。

 一瞬、死んだ方が楽になるのではないだろうかとも思ったけれど、それでは衛宮君の迷惑になるし、それをやってしまってはこれまでの一年や、それに付き合わせたマシュの一年が無に帰してしまうので、それについては何とか避けたかった。

「どうするべきかなぁ………。」

 相変わらず、空虚に響く声だった。

 

 4-3

 いつかの記憶の夢らしい。

 普段の悪夢と違って、それが夢だという事は分かった。

 カルデア。

 数日前までは日常を過ごす場所だったその施設の食堂で、ひねくれ者の復讐者が座っていた。

「……………………。」

 一言も発さず、ピクリとも動かない彼に、僕は声を掛ける。

「なあ、アンリ。何を見てるんだ?」

「お?ああ、マスター。彼奴だよ、彼奴。」

 彼は見ている方向に指を向ける。

 その方向を見ると、マシュと何やら食事をしている、もう一人の復讐者が座っていた。

 何を話しているのだろう。

 何時になく優しい顔をした、彼の姿が映った。

「……あいつさぁ」

 と、アンリが話す。

「すっげぇ人間してんだ。」

「どういうこと?」

「マスターの相棒の嬢ちゃんとかマスター本人とか、そういう人間と喋るときにだけ、彼奴はああいう笑顔を見せる。なんともまあ、人間らしいじゃねえか。」

「そうかな。」

「そうさ。」

「そうだったのか、気付かなかったなぁ。」

「おっと。んじゃあ、今の話は忘れてくれや。彼奴だってマスターにはその事、知られたくないだろうしな。」

「ああ、うん。それは構わないけれど、アンリ。さっきのあれはどういう事だい?」

「さっきのあれ?」

「あの、『人間してる』ってあれ。」

「ああ、あの事………。いや、だってよ。マスターとか、彼奴が少なからず憎んでいない相手に対してのみ、そういう表情を見せるなんてのは、なんて言うか……人間になり切れてないみたいなイメージがするんだよ。こう『人間社会に溶け込もうとする怪物』みたいな。」

「…なるほど。」

「まあ彼奴も『この世全ての悪()』みたいなのには、言われたくなんてないだろうけど。……でも、俺みたいな不器用な奴は溶け込もうとしても溶け込めないからさ。彼奴みたいに上手くやれてる奴のことを見ると」

 僕は不穏な空気を感じて彼を見る。

「殺したくなってくるんだよな。」

 そう言って、濁った眼で、泥のようにニタリと笑った。

 

 4-4

 いつの間にか寝てしまったらしい。

 予想よりもすぐに目が覚めて、時刻は午後の九時過ぎ。

 起きた辺りで衛宮君が呼びに来たので僕は急いで風呂に入って、それも終わって現在は、先ほどの部屋に帰ってきたところだった。

「……なんだか今日は疲れたなぁ。」

 カルデアからある程度の金銭で、近くのコンビニで寝巻の類は買ってきた。

 本当に持ってきていてよかった。

 これがなければ死んでいたかもしれない。

 とか、そんなことを考えながら布団を敷いて、寝る環境はできた。

 あとは寝るだけなのだが、これがなかなか難しい。

 当たり前だ。

 先程までしっかりと、夢を見るほどぐっすりと寝ていたのである。

 たかが一時間かそこらで寝れるはずも無い。

 仕方がないと、廊下に出る。そのまま少し外に出ようかとも思ったけれど、廊下がやけに明るいのに気付く。

 どうやら月が出ているらしい。

 空を見ると、満月が空中に浮かんでいた。

「………」

 何かに似ている。

 見覚えがあるのだ。

 形が丸くて、周りの色と違い、空中に浮いていて、泣いているような光を放つ。

「あ、そっか。」

 聖杯の穴だ。

 周りと色が違うあたり、聖杯の穴の中に入って外を見ると、実はこうなっているんじゃないだろうかという想像図が空に広がっているようでもあった。

 不吉な物なのに、なんだか懐かしく思ってしまって、いよいよ嫌になりそうだった。

「………」

 今、彼女は何をしているのだろう。

 あそこから逃げることに必死で、彼女に謝罪も出来ていない今の僕にはそんなことを考える資格も無いだろうけれど、考えずにはいられない。

 笑っていてくれると、此方としても救われるし、僕がいなくなっても笑えているのだったら、迷惑を掛けることが無くなった分、こちらに出てきた意味があるのではないだろうか。

「………あそこにいて、僕に出来ることなんて無かったんだ。だからこっちに出てきて、正解だったんだ。」

「そんな訳があるか、たわけ。」

 僕は今、窓の近くに座っているから、後ろの部屋には背を向けていて、つまり僕の背後にはスペースがある。

 そして今、そのスペースから声がした。

 一年近く聞いていた、聞き覚えのある優しい声。

 思わず振り向く。

「まさか、私のマスターがこんなに愚かだとは思わなかったよ。」

「………エミヤ。」

 そこには、相棒の弓兵が立っていた。

 

 4-5

「…何でここが分かったの?」

「…マーリンから聞き出した。別に内緒にはさせていなかったようだしな。」

「……うん…まあ、うん。」

 突然訪れた彼には少し驚いたけれど、何もしないというのも失礼だと思えたので、コップを二つ拝借して、茶を汲んできた。

 それから、少し経って、驚きも冷めてきたので話すことにした。

 というか、あの魔術師。口止めしていないにしても口が軽すぎるのではないだろうか。

「それはそうだろう。何せあの花の魔術師も、お前の逃亡にはあまり感心していなかったようだしな。」

「そうだったの?」

「ああ。『マスターの頼みだったからね。渋々とは言っても、そんな顔を見せたらあの子は絶対に逃げたりしない。だから、彼のしたいようにさせたんだ。』と、そう言っていたよ。」

「……そっか、マーリンもマーリンなりに考えてはいたんだね。」

「らしいな。だが、奴は夢魔だからいけない。考えるときに自分の快楽を優先してしまうからな。」

「そりゃそうだ。」

 僕は少し笑った。

 だけど彼は笑わない。

「…マスター。君は、此方に出てきてどうするつもりだったんだ?」

「…自分でもわからない。ただ、カルデアに居たら、きっと僕のせいで迷惑を掛ける。いいや、迷惑だけじゃない。きっと傷つけ、もしかしたら殺してしまうかもしれない。」

「おかしなことを言う。英霊が死ぬわけないだろう。私たちはもう死んでいる。」

「でも、人間は死ぬだろう?」

 生身であれ、霊体であれ、この世にいるからには、きっと誰だって死ぬのだ。

「僕は死ぬのが怖いよ。当たり前だ、僕は死にたくなくて奴と戦ったんだから、ここで死にたいなんて言ったら、ここまで積み上げた全てが無駄になってしまうだろう。だから、僕は死ぬのが怖い。死にたくないよ。でも、それ以上に僕の愛した人が傷ついて、死んでいくのが怖いんだ。」

 きっとあそこに居たら、それが重なり合って、僕はきっと一人になる。

 結局は自分のため。

 そんな自分の汚さを殺してやりたいほど憎かった。

「……誰も死なないさ。君の周りにいるから死ぬなんて、運命力じゃあるまいに。それに、もし運命力だったとしても、カルデアにでは関係ないだろう。」

「関係無い訳がない!現に僕は、君の目の前でマシュを傷つけたじゃないか!僕が!この手で!彼女を殴ったんだ!」

 そんなこと、許されるはずも無かった。

「…落ち着け、マスタ-近所迷惑だろう。」

「あ……ゴメン。気を付ける。」

「まあ、無理もないがね。君は子供だ、そうなって当然だろうからな。」

 と、そう言って茶を飲んだ。

 簡単なものが紅茶のティーバッグしかなかったので、湯呑に紅茶という不思議でアンバランスな飲み物になってしまっているが、彼は意に介さずという風にごくごくと飲んでいた。

「…エミヤはここに何しに来たの?」

「ああ……。君にカルデア側から連絡事項があってね。伝言役に買って出たというところだよ。それ以外にも私用はあるがね。」

「そう。それで?」

「藤丸立香。君があと二週間経っても戻らなければ、新たに目覚めたマスター適正者である藤丸リツカが、カルデアに残った全サーヴァントとの再契約を結ぶことが決定した。」

 一瞬、言葉の意味を飲み込みかねた。

 そんなことが出来るのかという疑問と、目覚めたばかりの彼女に僕の責任を負わせてしまう可能性が出来た衝撃とが、同時に体を走る。

「………そんなことが可能なのか?」

「ああ、キャスター……失礼、メディア女史の宝具の効果で可能だ。」

「……そうか。」

「それと、此方は私用だが、マシュ嬢の容体についてだ。意識は戻ったよ。まだ顔に不格好なガーゼを張り付けてはいるが、容体はおおむね健康だそうだ。……ただ、精神があまり優れん。君が居なくなったというのを聞かされて、彼女は自分のせいだと思ったらしい。」

「…………」

「それからというもの、彼女は私の食事も食わんし、部屋に引き籠って泣いていると聞く。この間会った時には酷い隈をしていたから医務室に連れて行ったが、その後に聞いた話だと、彼女らしくも無いヒステリーを起こしたそうだ。」

「…………。」

「………これを聞いて、まだ帰る気が無いのだとしたら、私よりよっぽど君のが化け物じみている。」

「……そうだね。本当に。」

「ああ、本当に。では、私は君に伝言を伝えたぞ。」

「うん、その点については保証しよう。……エミヤは如何?」

「如何とは?」

「僕はカルデアに戻るべきかな。こんな臆病者が居ても、迷惑になるだけなんじゃないか?」

「……………ふむ。」

 彼は少し考え込む。

 数秒悩んで、すぐに顔を上げた。

「……これは私の意見じゃなく客観的な事実だ。」

「うん、構わないよ。」

「君が戻って、救われる命が少なくとも二つある、とだけ言っておこう。」

 二つ。

 僕が戻って、二つが救われる。

 それはどうなのだろう。

 僕が戻っても二つしか救えないのならば、戻るべきではないか?

 いやしかし、もっと多くの命を救えと期待されて、その程度で終わってしまったら、それこそ失望の的になるのでは——

「…では、私はこれで行くとしよう。」

「あ、ちょっと待って。」

「何かね?」

 エミヤは後ろを向いていた顔を、首ごとこちらに振り向かせる。

「僕からも二つ。まず一つは伝言だけど…」

「ああ、何かね。」

「『マシュのせいじゃないよ、僕が勝手にやったことだ。君が気負う必要はない。』」

「ああ、了解した。二つ目は?」

 そっちについてはただの質問なんだけど。

 そう言って彼を見やる。

 優しさで満ち溢れた、守護者の目を見る。

「……君、僕の事は嫌いかな?」

「………」

 僕がそう聞くと、数秒ほどポカンと腑抜けた顔をして、すぐにまた皮肉な顔に戻る。

 そのまま、

「………さてね、どうだかな。」

 なんて言って、鼻で笑われた。

「それでは、また会う日を楽しみにしているよ、マスター。」

 そう言って、窓の外、夜の闇に透けるように歩いていく。

 後には何も残らない。雪のような残滓だけが、目に焼き付いた。




いやー、snって2004年だったんですね。間違えてしまった。
立香「そんなこと言ってたら、二次創作なんて書けないでしょ。」
ごもっとも。原作好きの方には申し訳ないとは思うけれど……
アンリ「んなこと言ったら、俺なんて何回原作で弄られているか分からないぜ?柔らかく柔らかく。」
エミヤ「君は柔らかすぎだ、アヴェンジャー。」
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