FGOの世界にTS転生 作:イザベラ
プシュと景気のいい音を立て開いた缶チューハイを、口に当て一気に傾ける。
「ごくごくごくっ、ぷはぁ~、くぅ~、あ~」
仕事が終わり、色々なものから解放された私は思わずチューハイを一気飲みしてしまう。夕飯のお供の飲み物が尽きたので、さっそく次の一本を開けた。プシュっと気持ちよい音が再び聞こえる。
今度は一気に飲まずに、コンビニで買ってきたサラダチキンとチンした冷凍から揚げをつまみに、ちびちびと飲み始めた。どっちも鳥だが好きなので気にしない。
適当につけてあるTVを見ながら、夕飯というには遅すぎる食事中についつい愚痴が出てくる。
「生きるために働くのはいいのだが、最近働くために生きている気がするなぁ」
遊びに出かける暇などはなく、朝起きて出勤して仕事を終えたら自宅に寝に帰ってるだけな状態だ。しかもそれが特別自分だけというわけじゃなく、職場のリーダーや主任なんかはさらに働いているので文句も言えない。
「っと、もうこんな時間か」
ツマミを食べ終わり、3本目をぐびぐびしていたら時刻はAM1時50分。そろそろ丁度いい時間だ。
「今日こそ、今日こそ我がもとへ来てほしいです」
置いてあったスマホを手に持ち、慣れた操作でFGOを起動させる。APが余っているので周回をしたいところだが、それをやっていたら睡眠時間がやばいのでぐっとこらえて召喚画面へと移行した。
「安月給で贅沢はできないのに、なぜ人は課金してしまうのだろうか」
オカルト伝説的な2時教なるものにあやかろうと2時になるのを待つ間、スマホゲーにおける無課金勢が疑問に思う最大の質問を口に出した。それに対し私の答えは。
「社畜として心をすり減らし働く、自分の心の平静を保つためなのさ」
なんてそれっぽい回答をして時間をつぶす。待ち時間が暇なのと、課金する言い訳に適当な問答を言ってみたが、どうしてかちょっと悲しい気分になった。
萎えた気持ちを盛り上げるため、今日こそはという意気込みでピックアップガチャ画面を凝視する。画面に映るのは私命名『円卓ピックアップガチャ、オジマンとニトちゃんもいるよ』だ。
我がカルデアにはランサーが少ないので是非とも乳上、もといランサーのアルトリアさんに来ていただきたい。なんて実用面で言い訳しているが、たんにアルトリアさんが好きで実用性を理由に課金してつぎ込むだけですが。
ピックアップされた元祖セイバーさんを逃し、オルタも逃し、水着様も当然逃した。ということで今回は絶対逃さずに来ていただこうと石の在庫をたっぷり用意した。
「っていうかさ。これだけ課金すれば★5のサーヴァント居ていいはずなのにさ。未だに★5鯖が0ってどうなの?」
確率の計算上、無償分を除いても4,5体出ていいはずなのに、うちのカルデアには0体である。礼装はあるのだがサーヴァントは★5なし。あまりに悔しくて福袋の前にピックアップで出すぞ~と決意するくらいである。
「まぁ出なかったら即福袋引きますけれど」
でも必ず出る福袋じゃなくて、できればピックアップで★5は欲しい。その方がより縁があると思って大切に育てていけると思うから。そして初めての★5は好きなサーヴァントであってほしい。
課金する言い訳と無駄なこだわりを口にして、時間になったので指をスマホに向かわせた。と、そこで気づく。なんとよく見れば狙っていたピックアップガチャではなく、別のピックアップガチャでありました。
どうやら曜日を間違えていたらしい。決定ボタンを押す前に気づくとは、さすが私である。曜日を間違えている時点でさすがではないのだが、さすがである。酔ってるな私。
「ふふふ、でもまぁ、オルタランサーがでるし、これもやるべきですね」
酔って楽しくなっていた私は、躊躇なく決定ボタンを押し――――
「は?」
――――スマホから溢れ出る青白い光に飲み込まれた。
目を開けないほどの眩い光が薄まってきたので、明るさが減少したのを確認するようにゆっくりと瞼を開けた。
あまりの光量だったからか無意識に立ち上がってしまったらしい。予想外の事態だったので急いで立ったまま安全を確認しようとした。スマホが壊れていないか、火とかでていないかを確認するだけのつもりだったのだが。
「先輩、下がってください」
目の前には見慣れぬ少女と少年が居て、周囲は青く光る文様が浮いた壁に囲まれた場所だった。周囲の状況はさっぱり把握できないが、それよりも目の前の桃色髪をした少女が問題だ。
凄く警戒されている。それはもう、後ろの少年を片手で庇い、鋭い目つきで私を見ている。彼女の警戒する態度に私は動けずにいた。
そんな緊張する空気の中に、スピーカー音で軽いノリの声が響く。
『やった! この魔力反応は大英雄クラスだ! 立香くん、よくやった!』
残念な気配漂う空気を読まない男の声で、ちょっとだけ少女の視線が緩んだ。きっと彼女は何言ってんだこいつ、とかスピーカーの声の主を思っているに違いない。なんとなくそんな確信がある。
緩んだとはいえ少女の視線は私を見たままだ。下手に動けば何かされそうで動くに動けない。訳が分からないまま、どうしようかと悩んでいると、後ろに立っていた少年が動いた。
心配そうな少女を手で制し横を通り抜け、私の前までやってきた。白い学制服っぽい服を着た少年は敵意の欠片もない笑顔で右手を前に出してくる。
「えっと、貴女を召喚した藤丸立香と言います。一応、マスターです」
彼が何を言っているかわからなかったが、差し出された手の意味はわかった。目を開いたら自宅から見知らぬ場所に居て混乱の極致にあった私は、何も考えずに握手を求めたであろうその手に同じように右手を重ねた。
「う、ぐぅ」
彼と握手をした瞬間、酷い頭痛に襲われた。そして同時に無理やり頭の中に知識が放り込まれてくる。
今居るのはカルデアと呼ばれる場所。目の前の少年が自分と魔力回線の繋がったマスターであること。そして自分がランサーのサーヴァントであること。その他にも様々な情報が脳に叩きつけられ、混乱と痛みでふらりと体をふらつかせてしまう。
「大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ、大丈夫……」
頭痛以上に現状を理解したせいで倒れそうになった私を、少年が支えてくれた。
「ありがとう」
お礼を言うと、マスターである藤丸立香少年が頬を赤くして恥ずかしそうにした。その反応を見ただけで良識ある善人だとわかる。召喚したサーヴァントであるからといって、初対面の相手に『普通』の態度が取れるとは。
さすが主人公と感心していると、桃色髪の少女、マシュ・キリエライトが近づいてきて頭を下げた。
「すいません。前に敵として戦った相手とよく似ていたので、つい警戒してしまいました。謝ります」
彼女の言葉にとても納得した。今の私の姿を見れば敵と思うのも無理はない。私という異物が入っているとはいえ似すぎているだろうから。彼女が忘れることができないであろう相手に。
姿勢正しい謝罪を受けて、ほっと息を吐く。彼だけでなく、彼女も善人だとわかっただけで気が抜けた。彼と彼女が善人だなんてことはよく知ってはいるのだが、ちゃんと態度に出されると安心する。
「マシュ」
「あ、はい、先輩」
立香くんから離れ二人を見ていたら、短いやり取りで何やら意思疎通をしていた。すでにアイコンタクトで命令を受けとれるらしいマシュが私の正面に立った。
「先輩のサーヴァントのマシュ・キリエライトと言います。デミ・サーヴァントで正規の英霊の方々と比べたら未熟ですが、全力を尽くして頑張ります。これからよろしくお願いします」
満面の笑顔で挨拶をしてくれるのは嬉しいが、さて、どうしたものか。
流れに乗ってランサーのサーヴァントです、よろしく。と言ってもいいのだろうが、私には今の状況を受け入れる覚悟も理由も余裕もなかった。
先ほど立香くんと握手をしたときに、カルデアにランサークラスに該当する英霊の皮を被って召喚されたのは理解した。けれど理解したからと言って、はいそうですかと状況を受け入れるかは別問題だ。
これが若かりし中学生のころの私ならば違っただろう。ゲームの世界に転生、ひゃっほーいと考えなしに喜んだかもしれない。
だが今の私は一般的な社会人だ。身の程を知っている。『自分が英雄にはなれない』とよく知っている。そんな大人の常識から、とりあえずまずはサーヴァントの役目を断ろうと思ったのだけれど……。
シュと機械的な音がして入り口らしきドアが開くと、室内に別の人物たちが入ってきた。一人は白衣を着た軽薄そうな男性。そしてもう一人は片腕に機械っぽい籠手を着けた非常に美しい女性。
「……レオナルド・ダ・ヴィンチ」
「おや、一目で私の真名を看破するとは。ロマニが喜ぶだけはあるようだね」
「そりゃそうさ。測定した彼女の霊基はすさまじかったからね。冬木に居たアーサー王にも匹敵するかってくらいさ。ただの英霊じゃない」
「それは本当ですか? Dr.ロマン」
「あぁ本当だよ」
ふと漏れた私の言葉を皮切りに三人が盛り上がっていた。すぐに技術的な話も加わったために立香くんは会話に入っていなかったが、それでも明るい笑顔だった。まるで大仰な祝いごとのような雰囲気だ。
私はそんな彼等、というよりもダ・ヴィンチちゃんを見て思うことがあった。彼の万能の天才ならば私の状況を何とかできるのではないか? ということだ。
ただのパンピーな私が、サーヴァントとしてグランドオーダーを戦うのは難しい。この体ならある程度は戦えるだろうが、所詮私は武道も嗜んでいない一般人だ。中身の自分のことを話し、ダ・ヴィンチちゃんに助けを乞おう。
そう考えて話しかけようとしたのだが、そこで聞き流せない話が耳に入る。
「最初に召喚できた彼も協力的だし、やっと希望が見えてきた。今のカルデアの状態で無理をするのはどうかと思ったけど、無理をしてよかった。これでマシュを含め次の特異点には三人のサーヴァントで挑める」
にこやかな笑顔のDr.ロマンの言葉に驚愕した。現在カルデアには、たった三人しかサーヴァントが居ない? 続くダ・ヴィンチちゃんの言葉は、止めとばかりに辛辣だった。
「とはいえ、だ。戦力増強のために無理をしたつけは安くない。レフ・ライノールの残した爪痕はしっかり残っている。犠牲者の生命維持はもちろんのこと、人理修復を行うためのリソースに余剰はない。それどころか生きている人間の生命を維持するための工夫を新たに練らなくちゃいけない」
助けを乞おうとしていた万能の天才から、弱音のような言葉を聞いて私の口は完全に閉じてしまった。私が考えていた時の状況とは、ゲームのときのカルデアとは比べ物にならないほどの苦境に立っているとわかってしまった。
多数の英霊がいる中で、私一人ギブアップしても問題はないはずだ。フレンドガチャで来てくれる☆1~3の英霊ですら、ストーリーをクリアできるのだから。その前提で考えていた。
「さて、我々の現状は理解できたかな? そんな訳で君のような強そうな英霊は大いに歓迎したいのさ」
私が聞き耳を立てていたのが当然のように、ダ・ヴィンチちゃんがこちらを向いて話しかけてきた。なるほど、途中からカルデアの現状を私に聞かせていたのか。
おかげさまでカルデアの窮地はわかったが、自分というサーヴァントにかけられる期待もわかってしまった。たった三人のサーヴァント。人理修復を成す前線戦力の三分の一。
立香くんにマシュはもちろん、Dr.ロマンやダ・ヴィンチちゃんからまで期待の目で見られている。
未来に希望を見ている彼等と違い私はと言えば、そんな期待を裏切り戦いたくないですと告げ……られず、別の言葉を吐き出した。
「歓迎ありがとうございます。ところで、私用の個室等はあるのでしょうか?」
日本人の特技かもしれないなぁなぁな結論の先延ばし。部屋に籠って作戦会議である。
個室御所望の希望を、カルデアの皆様はスムーズに叶えてくれた。それはもうVIP扱いかと思うくらい丁寧に案内されて。
あえて空気を読まずに個室に引きこもる作戦を実行したわけだが……。部屋に案内してくれた名も知らぬ職員の態度に余計に重圧を感じてしまった。
お気楽能天気優男のロマニ・アーキマンよりはましだったが、喜びと期待に溢れていたからね。案内担当してくれた職員さんは常識人なのか、Dr.ロマンやダ・ヴィンチちゃんのように口には出さなかった。が、抑えていてもきらきらした目、力強い笑顔、ビシっとした礼、そういった中に嫌でも感じた。
部屋の中のベッドにそっと腰を下ろす。
考えることは山積みだ。希望通り部屋に一人なので早速考えようとして――――考える気力が起きず、パタッと背中から倒れ横になった、が。
「ぐっ、痛ひ……。鎧が堅い……」
黒く刺々しい鎧は寝転がるには向いていなかった。兜には角のような物がついていて、寝転がったときにストッパーとなり首をグキっと痛くしてくれた。
守るはずの物でダメージを受けて凹んでしまう。涙が出そうになるが我慢して体を起こし、原因たる鎧を霊体化させ消し去った。……消し去れた。サーヴァントなのだから、自分の所有物を霊体化させることができるのは当然なのだが。
「あぁできちゃった。できてしまいました。あははぁ……」
自分が『サーヴァント』であると証拠を突き付けられたようで、さらに凹んで項垂れた。そうしたら視線の先に見えたのは大きな二つのたわわ。
「大きいなぁ……」
肌にぴったりくっついた、黒い水着のような衣服に納まらないほどの巨乳。それを見て今度こそ体をコテンと横に倒した。
女性を好きか嫌いかと言われれば、それはもちろん大好きです。しかしです。それは自分がそうなりたいという意味ではないのです。
自分が成っている英霊に対しても、もちろん大好きではあります。でもその好きは恋人になれたらとか、いやそれは身の程知らず過ぎたか。あ~、敬愛をもってお仕えしたい。とかそう言った憧れなのだ。
その本人になれて嬉しいとかは…………ちょっとだけ嬉しいと思ってしまう。己が偽物であることの背徳感、罪悪感、混乱。女性として行動しなくてはいけない不安感。そういったものが心のほとんどを占めているが、ほんのちょびっと嬉しいという気持ちもある。
でも仕方ない。私は凡人なのだ。罪悪感と一緒に幸福を感じたりしてしまうのだ。衛宮士郎のようにひたすら正義に突き進んだり、遠坂凛のように常に気高く誇り高くいられない。
その時気分で飲みたいお酒の種類は変わるし、好きなアニメや漫画だって時間が経てば変わっていく。流行に流されたり、自分に自信があるようでなかったりするのだ。どちらかというとワカメなのだ。
最重要なことを差し置いて、グダグダと解決しないことを考えてしまう。自覚ある現実逃避。それすらも嫌になってきたので、もう寝ちゃおうかなぁと全身をベッドの上にあげてぐでぇ~と大の字になる。
「すいません。マシュ・キリエライトです。入ってもよろしいでしょうか?」
部屋の外から聞こえた声に、反射的に起き上がり背筋を伸ばした。声音から察するにマシュのようだ。声の主もそう名乗ったし。なぜ来たのか思い当たらないが、とりあえず。
「どうぞ」
わざわざドアまで行って迎え入れる元気は出なかったので、少し大きな声で入室の許可を出した。部屋のロックとかしてないし、というか方法を知らないし、許可を出せば勝手に入ってくるだろう。
「失礼します」
思った通り自分でドアを開けてマシュが入ってきた。そして彼女は私の前まで来るとまっすぐ立ち、いきなり頭を思いきり下げてきた。腰から直角に曲がっているほどの深く綺麗な礼だ。
「え? な、何?」
仕事でのクレーム処理の時並みの礼をされて思わず動揺してしまう。どうしてよいかわからずにあたふたしていたら、マシュが頭を下げた理由を語ってくれた。
「召喚したときに失礼な態度をとったのを、謝りに来ました」
「あ、でもそれはもう謝ってもらったよ?」
「そうなのですが……。私の態度のせいで気分を害しているのではないかと思って……」
少し口ごもる彼女の物言いに、なんとなく察した。私ってば真名どころかクラス名すら言わず、ろくに挨拶せずに部屋はないかと聞いて引きこもった。
私の個人的事情で引きこもったが、客観的に見れば召喚先が気に入らず、とっとと一人になれる場所に行ったように思えなくもない。悩んでいた私の顔も不機嫌に見えたことだろう。
人の好いマシュは私の態度が気になったんだね。自分のことだけじゃなくて、マスターである先輩との関係まで悪くしたらまずい。とかも考えていそうだ。
余裕がなかったからといって、年下の女の子に頭を下げさせた状態はよろしくない。大人として実に恥ずかしいともいえる。なので。
「マシュ……ちゃん、君のせいで気分を害してたりはしてないよ。ごめんね。気をつかわせてしまった」
なんて呼ぼうか迷ったが、年下の女の子だからちゃんにした。呼び捨てにできないあたり、私ってば小心者だと思うが仕方ない。だって小心者の小市民ですもの。ほぼ初対面の女の子を呼び捨てとか難易度高いんです。
私の言葉を聞いて顔を上げたマシュちゃんは「本当ですか?」と言いたそうな表情だ。納得してくれないようだったので言葉を重ねますか。
そのためにまずは自分の横をポンポンと叩き、座ってほしいとアピールした。年下の子を立たせたまま色々言っては、教師と学生みたいな感じでお説教っぽくなってしまいそうだからね。
意図を察してくれたマシュちゃんは、キョトンとした後に隣に腰かけてくれた。
さて、どうしたものか。気を悪くしてない証明には理由が必要だ。そして理由というのが大問題だ。素直に話せば、たぶん無理やり盛り上がってそうなカルデアの希望を挫くのは想像に難くない。それ以上に話した後、私がどう扱われるかが不安すぎる。
役立たずと座に返されるかもしれない。その場合、私は元の自分に戻れるのだろうか? それならば望むところだが、もしかしたらと考えてしまう。ならば適当な嘘を言って誤魔化すべきだろうか。そうするのはとても楽ではあるが。
隣に座るマシュちゃんを見れば、真剣な表情で私の言葉を待っていた。彼女からすれば私は未知のサーヴァント。聞きたいことなんていっぱいあるだろう。なのに問いかけず、急かさず、真っ直ぐな瞳で待ってくれている。
「ふぅ」
深呼吸して気持ちを決めた。
「私は、正式な英霊じゃないんだ。あぁ勘違いしないでほしい。『この体』は間違いなく英霊に違いない。けれど中身の私という人格は英霊じゃない。だから戦うのが怖い。皆の期待が重い」
ちゃんと話を聞こうとしている子供を前に私は白旗を上げる。マシュちゃんは私の内心の吐露を黙って聞いていた。ただ静かに黙って私を見つめたまま。
「戦うことはね、できると思う。この身は間違いなく最強の一角である英霊だ。それでも自信がない。私が今持っている力は、自分で鍛えたものでも望んだものでもない。ただただ突然得ただけの力だ。そんな他人の力を振りかざすのも怖いんだ」
良くも悪くも社会に出て大人になってしまった私は、大きな力に酔うことなんてできない。力には責任が伴うことを知っている。自力で得た物ではないモノに頼れば、破綻すると知っている。人はそんなに器用にできていない。少なくとも私は。
呼ばれたサーヴァント、英霊にあるまじき告白をした私。それに対し隣に座るマシュちゃんは儚げな笑顔で応えた。
「私と同じなんですね」
彼女の言葉に驚き凝視してしまった。まさか自分と同じだなどと言われるとは思いもしなかったから。
「私はデミ・サーヴァント。先輩の、マスターのサーヴァントですが、サーヴァントとしての力は私の体に宿った英霊の物です」
それは知っている。円卓の騎士である英雄ギャラハッドが、マシュちゃんと立香くんの在り方を認め、彼女に自分の力を譲渡したんだったっけ。
「先日、初めて特異点でサーヴァントとして戦いました。覚悟をしていたつもりだったのですが、戦うのが怖いということを知りました。現地に居たキャスターさんのおかげで何とか勝てましたが、私は足手まといで……」
彼女の怖いは私とは違う。誰かを、何かを守ることができない怖さだろう。
今が特異点F冬木が終わったばかりだとわかり、Dr.ロマンやダ・ヴィンチちゃんの態度も納得できた。レフ教授が裏切り、所長が亡くなり、マスター候補生たちは瀕死、職員も亡くなったか怪我を負った人が多数、施設も爆破の影響で酷い惨状。カルデアが最も辛い時期かもしれない。
「貴女の気持ちが全てわかるとは言いません。ですが少しはわかると思います」
言われてみれば、私とマシュちゃんの現状は似ていた。他人の力を得て、勝手に役割を決めつけられる。自分で選択すらできなかった理不尽な状況。『だから一緒に頑張りましょう』そう言われると思った。
けれど彼女そんなことを言わず、
「貴女の前に召喚したアーチャーさんが協力的だったり、貴女の魔力量が破格だったりして、勝手に期待を押し付けてしまいました。ごめんなさい」
すくっとベッドから立ち上がった彼女は、私ににっこり微笑み優しい声音でゆっくり喋った。
「現最高責任者のDr.ロマンには、貴女の希望を叶えるように、戦わなくて済むように頼んできます」
あぁ眩しい。目の前の少女が凄く眩しかった。
彼女はとても優秀だからカルデアの現状を理解しているはずだ。なのに私を気遣ってくれる。私が戦わない分、自分が必死に戦うのを当然のように受け入れた。
部屋から去ろうとした彼女の背に、急いで声をかけた。
「待って!」
戦ってほしいと言われなかったことで、私の心にある感情が沸き起こる。年下の少女がこれほど真摯に私に、世界に向き合って頑張っているのに、大人である私は何をしている? 戦うの怖い、サーヴァントなんか嫌だ。そればかりだった自分が情けない。
私は立ち上がり、振り向いたマシュちゃんの前まで歩を進めた。
「頼みがある」
ちょっと見た目相応にかっこよく演技をする。なぜに演技をするかと言えば、やっぱり恐怖とかが完全に消えることはなく、今から言うのも大人として、男としての見栄が大きいからだ。演技で気持ちを盛り上げ恐怖を誤魔化すのだ。
「私が戦えるか、君に試してほしい」
子供が頑張ってるんだから、辛くても大人は見栄を張らなきゃね。
年下の子供の女の子が頑張ってるんだから私も頑張るぞ~と思っても、まずは自分が戦えるかを知らねばならぬ。映画とかの主人公なら即実戦とかなのだろうが、私は模擬戦から始めるのだ。見栄はってこの体たらく。うぐぐ。
突然戦えるか試してほしいといった私に、マシュちゃんは疑問一つ挟まずに修練場に連れてきてくれた。ここは疑似的なレイシフトを行い、様々な環境下を体験できる特別な場所らしい。一種の固有結界なんだろう。ゲームだと種火マラソンしてたのがここなのかなぁと思うと感慨深い。
再現してもらっている場所は冬木の大聖杯があった洞窟。ここがふさわしいと思いお願いした。マシュちゃんは礼装に身を包み、宝具である盾を持って私の前に立っている。で、私のほうは黒い鎧を身に纏い素手で相対していた。
彼女をあまり待たせては悪いので、見栄を張りつつ情けなさを享受するという器用なことをしつつ、右手を前に出して強く念じる。我が宝具よ、実体化しこの手に納まれと。
すると赤と黒で彩られたランス型の槍が出現した。
「それが、貴女の宝具なのですね」
円錐状の黒い芯から、ところどころ赤い棘が生えている禍々しい槍。私の武器を見て、緊張感を増したマシュちゃんが盾をしっかりと構えなおした。
そんな彼女と反対に私はほっと一安心。実は槍でないんじゃないかなって思ってました。この槍、宝具の中でもかなり特別な位置づけだから、私の呼びかけには応えないのではと思ってたのだ。かっこつけて武器が出ないとか、最高にカッコワルイ目に遭わずに済んでよかった。
手に持つ槍を軽く振り回し感触を確かめる。上下左右に振ったり、両手を使いくるくる回したりしてみた。手に馴染むほどではないが、違和感は感じない。
学生時代触ったバトンのように一通り振り回し満足したので、右手に槍を持ち軽く足を曲げ構えた。
「いきます」
マシュちゃんに宣言してから、右手を前に突き出し飛ぶように前方に向かって駆けた。自分の予想以上の速さで突っ込んでビビッたが、マシュちゃんはしっかり槍を盾で受け止め耐えきった。
突撃をいなされ勢い余った私はズザザザと地面に音を立て通り過ぎたが、脚で踏ん張り再度突撃を行った。今度も盾で防がれたが、加減して飛んだのでマシュちゃんのそばで踏みとどまる。そのまま槍を振り下ろし、横なぎにし、何度も何度も盾にぶつけた。
大きな槍を思うとおりに、人には出せぬ速度で振り回し扱えている。自分の速さにも意識がついてこれる。さすがサーヴァントの体。振れば振るうだけ槍が手に馴染み扱いが上手くなっていく。……ような気がする。
自分がサーヴァントとしてそれなりに動けてよかった。それはよかった。それはそれとして。
「マシュ・キリエライト、貴女は盾で防ぐだけですか?」
ちょっと偉そうに挑発してみた。
そうすると槍が当たる瞬間に盾を前に出してきた。カウンター気味な衝撃を受けて私の右腕が大きく跳ねる。その隙を逃さず、マシュちゃんが盾を横ふりしてぶん殴ってきた。
「やぁっ!」
気合の入った攻撃を反射で避ける。
私に気を使って防いでただけなんだろうけど、一方的に叩いてて罪悪感いっぱいだったので挑発しましたが……。攻撃してきていいですよ、くらいじゃ心優しいマシュちゃんは遠慮するだろうと思って偉そうに言いましたが……。
今の本気で盾を振ったよね?
マジでビビった私は後ろにジャンプして距離を取る。だがギランとした目のマシュちゃんは容赦がなく、私に少し遅れて駆けてきて盾を振りかぶった。
「はっ! ふっ! やぁっ!」
三連撃を避けて避けて槍で防いだ。けれどすぐにまた攻撃態勢に入った彼女を見て焦り、止めようと槍を突き出すと盾を地面にズンと置いて防がれた。しっかり防がれたのを見てから、今度こそ距離を取って一息つく。
「さすがです」
盾から顔を出したマシュちゃんが嬉しそうに言ってくれた。なんで嬉しそうなんだと考えて、私が及第点だったからと思い至る。他人のために笑える彼女は本当に素晴らしい。私もつられ喜びかけたのだが。
「ですが……宝具は使えますか?」
言われてドキリとした。宝具を武器として使えるか。当然そういう意味ではない。
サーヴァントが何故脅威なのか。それは英霊だから神秘の格が高く、凄まじい身体能力をしているからではない。それはそれで脅威なんだけど、その程度なら魔術師にだって何とかなる程度の存在だろう。たぶん。
本当に厄介なのは各サーヴァントが持つ宝具。その真の力だ。
つまりマシュちゃんは私に真名解放はできるのか? と問うているのだ。それこそが真に英霊であること、サーヴァントであることの条件だと。
「でも……」
「大丈夫です。どんな攻撃でも防いで見せます」
真名解放を自分に試しても、ちゃんと防いで無事でいます。彼女はそう言ってくれた。私がマシュちゃんを気遣って試せないだろうと考えての発言だ。それを言える彼女の心の強さに敬服する。
しかし躊躇ったのは彼女を気遣ったのもあるが、何よりも自信がないからだ。宝具はただの道具だとは私は思っていない。明確じゃないにしろ意思があると思っている。
だからもし真名解放できなかったら、サーヴァントとして戦う資格がないと宝具に言われた気になるだろう。それは私の心を折るには十分なのだ。
そんな情けない私を、マシュちゃんは信じてますといった目で見つめていた。
そっと目を瞑り心の中で語り掛ける。私はどうしようもなく偽物だけど、正しい者のために応えてほしい。他人のために泣いて笑えて、明日を生きようとする少年少女のために。
私の呼びかけに応えてくれたのか槍に赤い線が走り、黒と赤の魔力の渦がぐるぐると回り始めた。ありがとう、とお礼を言い、マシュちゃんに向かい槍をかまえた。
「マシュ、行きますよ」
「はいっ!」
私の呼びかけに彼女も応える。
私は槍をしっかり握りなおし心の波を抑え、ただ一言その名を叫んだ。
「
「さすが、アーサー王の聖剣すら防いだだけはありますね」
槍の力により大聖杯があった山状の土は砕け散っていた。その威力を見事に盾で防ぎきったマシュちゃんに惜しみない賞賛を送る。
「いえ、私なんてまだまだです。加減されたとわかりますから」
謙遜しているが、防ぎきってくれたことに心の底から賞賛を送りたい。もちろん手加減したつもりだが、それでも恐ろしいほどの威力だった。当たり前だが宝具って味方に使うものじゃないね。撃ってる途中から心配でお腹痛かったからね。
嬉しそうに笑ってくれているマシュちゃんに胃痛を癒される。本当にいい子です。この子のおかげで真名解放までできてしまったので、いよいよ覚悟を決めなくては。
「マシュ・キリエライト。私のために宝具を受ける無茶をしていただき感謝しています。そして申し訳ありませんが、もう一つお願いがあります。私が本来の英霊ではないことは内緒にしてほしい」
これをしないとサーヴァントをやっていく自信がない。もしDr.ロマンやダ・ヴィンチちゃんが私の真実を知ったらどうするだろうか? お人よしの彼らのことだ。一般人の君は戦わなくていい。そう言ってくれる気がする。
そして目上である魔術王と天才からそう言われてしまったら、私はそれを受け入れてしまう。自分より優秀な人が言うのだから、を理由に戦わない。そうなる自信がある。
ここに至ってまで、ダメな方にしか自信がない自分が恐ろしい。英雄と自分はこんなに遠い存在だったかと自嘲してしまう。あっはっは……。
そういう風に自虐していた私に、やっぱりマシュちゃんは笑顔で返事をしてくれた。人差し指を唇に当て楽しそうに。
「はい、わかりました。つまり二人だけの秘密ですね」
いたずらっぽく言った彼女がとても可愛い。すごく可愛い。とっても可愛い。あまりにも可愛いマシュちゃんにしばし見惚れていたら、周囲の景色がぶれて近代的な部屋へと移り変わった。
そしてすぐに立香くんとDr.ロマンにダ・ヴィンチちゃんが部屋に入ってきた。
「マシュ、これは一体?」
修練場にいる私とマシュちゃんを交互に見て、立香くんが不思議そうに尋ねてきた。彼のその様子にマシュちゃんが「秘密です」と言ってから、私達はクスリと笑う。
楽しそうなマシュちゃんとちょっと困ってる立香くん。幸せそうな光景だ。見栄を張ったからには最後まで貫こう。それこそ男の意地ってやつだ。今の私は女性の身だけど。
けじめとばかりに、この身にふさわしい演技を始めよう。今から私は偽物ではあるが、英霊たるサーヴァントなのだから。
立香くんの前に歩いていき、彼に向って名乗りを上げる。
「サーヴァント・ランサー。召喚に応じ参上した」
雰囲気を察した立香くんはマシュちゃんじゃなく私を見た。それが少し嬉しくて、自然と笑いかけながら彼に言った。
「問おう。あなたが私のマスターか」
よろしくお願いします。
このお話は300連以上(そこから数えるのをやめた)しても★5サーヴァントがでないマスターの提供でお送りしております。
リハビリかねてのんびり更新したいと思います( ˘ω˘ )