FGOの世界にTS転生   作:イザベラ

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3話 黒騎士

 華奢に見える体躯で戦旗を振り回し、女性は次々と飛竜を倒していく。

 

 小型とはいえ竜種。それを物ともせずに屠り続ける彼女の実力は凄まじい。半数以上の竜がすでに倒され塵と化している。しかもただ竜を倒しているのではなかった。彼女の視線は私を捕らえ続け、襲い来る竜の波が弱まった瞬間を逃さずに私へと攻撃を仕掛けてくる。

 

「そこですっ!」

 

 ぐるりと回転を加え、はためく戦旗を巻き取るように突きをしてくる。回転力を加えられた突きは貫通力が増し速度も上がる。

 

 だが馬上の有利のおかげで、下からの刺突を聖槍に生える棘で絡めとり弾けた。力任せに弾け飛ばして間を作る狙いがあったが、彼女は私が槍を動かす方向に自分で飛んで、態勢を一切崩さずに思いのほか近くへと着地した。

 

「なるほど」

 

 一言呟き、再三の突撃を仕掛けてくる。襲い来る竜を踏み台にして、放射線を描きゆるりと上から戦旗を振り下ろしてきた。何故か巻き取った旗を大きく広げて。

 

 奇妙な感じは受けたが、振り下ろしの攻撃は予想以上にのろのろとしたもので余裕をもって槍で受けた。それが失策だとも知らずに。

 

 受けた私の槍を支点に、旗の影から彼女が躍り出てくる。

 

「はぁっ!」

「なっ!? がっ……」

 

 首を狩るように蹴られ馬上から落とされた。華奢な見た目にそぐわぬ重く鋭い蹴りを受けて、ゴロゴロと地面を転がる。私が蹴り落とされたのを察知したラムレイが、着地して私を見下ろすように立っていた彼女へと襲い掛かろうとした。

 

「ラムレイ!」

 

 咄嗟に声をかけて制止させる。ラムレイ単騎では彼女に勝てるとは思えなかったし、何より彼女は戦うべき相手ではないはずだ。

 

 ラムレイは私の声に反応して止まったが、代わりにわずかに残った竜達が一斉に襲い掛かった。が、それも彼女の前では無意味だった。彼女は一匹一匹確実に仕留め、全ての竜を駆逐しきった。

 

 立ち上がった私と隣のラムレイ、戦旗を構えた彼女。二人と一匹となった戦場で互いを見合う。

 

 すぐにでも攻撃されるかと緊張していたのだが、何やら彼女の様子が先程までと違った。私を見て戸惑っているようだ。どうするべきか悩んでいるようにも見える。

 

 そこに上空から複数の矢が降り注ぐ。

 

 不意打ちに近かった矢の雨を、彼女は後ろに大きく飛んで避けた。さらに二回三回と後ろに飛び警戒の色を露にした。迷いは消え表情は厳しく、油断なく前方を見ている。

 

 彼女が下がったと同時くらいに、干将・莫耶の夫婦剣を持ったアーチャーが私の前に現れた。アーチャーは彼女の姿を確認すると私の方へ振り返りもせずに、そのまま腕を交差させて駆けだした。

 

「ま、待ってください! アーチャー! 彼女は敵ではありません!」

 

 彼女からの重圧がアーチャーに移ったのと、アーチャーが来てくれた安心感で緊張が弱まり、なんとかすぐに声をかけられた。それでも二人の間合いは詰まっており武器がぶつかる寸前だったが、私の声に反応したアーチャーが戻ってきてくれて事なきを得た。

 

 警戒心が残る場に奇妙な沈黙が下りる。アーチャーと彼女、双方にどういうことだと視線で訴えられている。喋る余裕もないほどの彼女からの圧力はほぼ完全に消えた。

 

 実物を見るのは初めてだが合っているだろうか。少しだけ不安を感じながら、訝し気な彼女へと声をかけた。

 

「聖女ジャンヌ・ダルク。あなたがこの地を救わんとしているのでしたら、私達の話を聞いてくれませんか?」

 

 

 

 

 

「すいませんでした!」

 

 立香くんとマシュちゃんが合流した後に、ジャンヌに人理焼却とカルデアの事情を説明して無事に誤解が解けた。のはいいのだが、苛烈ともいえる戦いを見せた彼女が、今度は私に頭を下げ続けてしまい困ってしまう。

 

「誤解が解けたのですし、もう謝らずとも」

「いえ、同じように人々を助けようとしていた方に武器を向けるとは。この程度では私の気が済みません」

「凄い頑固な人だね」

 

 私とジャンヌを見て立香くんが感想を述べる。私も同意見だが、それよりも助けてほしい。アーチャーは傍観を決め込んでいるし、マシュちゃんはなんでかしきりに感心している。助けてくれそうなのは立香くんだけだったのだが望みは薄そうだ。

 

 困り果てていると意外なところから助けが届く。

 

『無事誤解が解けて何よりだけど、どうして君はランサーを敵と思ったのかな?』

 

 通信を通してDr.ロマンが質問を投げかけた。彼の質問にジャンヌがハッとする。カルデアの事情は説明されたが、自分の事情を言ってないのに気づいたようだ。

 

「実は――――」

 

 彼女の説明は私の記憶と大幅な違いはなかった。竜の魔女と呼ばれる存在が、フランスを滅ぼさんと竜を使役して暴れまわっている。自分はその竜の魔女を倒そうと各地を放浪していた。そんなところだった。

 

 大体の己の状況を説明したジャンヌは、やや躊躇してDr.ロマンの質問の答えを話した。

 

「聞き及んだ竜の魔女と言われる人物の特徴が、その……。灰のようにくすんだ金髪に黄金の瞳。まるで血の通っていない白い肌。悪魔のような黒い鎧を身に着けた女性だったので……」

 

 ジャンヌが言うと全員が私を見た。ホログラム上のDr.ロマンも。その後に見た全員が口をそろえて。

 

「「「「なるほど」」」」

 

 と宣った。私自身も言われた特徴になるほどと思ったので怒れもしない。おそらく竜の魔女はジャンヌ・オルタであろうが、言われた特徴は共通していると納得してしまった。でも傍観していたアーチャーまで言うなんて、とつい思ってしまう。

 

「竜の魔女か確認せずに襲い掛かってしまったのは、本当に申し訳ありません。竜の魔女をジャンヌ・ダルクだと言う方がいて、実際に私を見て竜の魔女と言う方もいたので」

「名を騙られた恨みもあって、つい力が入った?」

「はい。私情に駆られた部分が多少あったのは否めません」

 

 立香くんの騙られたという言葉にズキリと胸が痛む。もしセイバーがカルデアに召喚されたら、ジャンヌのように私に剣を突き付けるのだろうか。

 

 暗い想像に囚われていた私に、ジャンヌが顔を向けて尋ねてきた。

 

「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「なんですか? 聖女ジャンヌ・ダルク」

「今の私はルーラークラスのただのサーヴァントです。呼び方はジャンヌで構いません」

 

 逸れた話を戻す為か、ジャンヌは居住まいを正して私を見た。彼女の曇りない瞳で見つめられると、こちらも相応の態度をしなくてはならない気にさせられる。

 

「私が駆けつけた時、竜達はあなたを襲っていなかった。むしろ守っているように見えました。あれはいったい何だったのですか?」

 

 また私へと視線が集まる。ジャンヌの言ったことは私も気にはなっていた。明らかに竜達は私の指示に従い、あまつさえ襲ってきたジャンヌから私を守っていた。竜が私に従う理由。ジャンヌと同じく疑問はあったが、残念ながら私は答えを持ち合わせていなかった。

 

「それについては、何故だったのか私にもわかりません」

 

 答えるとジャンヌは「ふむ」と考え込む。真剣な表情で数秒悩んだと思ったら、何かを思いついたのか神妙な顔で口を開いた。

 

「もしや、見た目が竜の魔女に似ていたので竜達が間違えた、とか?」

 

 うん、なんだろう。実直で真面目で正義の人だと思っていたが、ジャンヌ・ダルクって実は……。私は思うだけで言わなかったが、我らがマスターは容赦がなかった。

 

「ジャンヌって天然?」

「せ、先輩」

「私のように見た目の特徴で間違えた。わけはないですよね」

 

 立香くんに天然と言われ、ジャンヌは少々恥ずかしそうに自分の意見を訂正した。竜種の中でも低級に属する小型のワイバーンとはいえ、まさか見た目で主を間違えるなどとは思えない。立香くんに天然と言われても仕方あるまい。

 

『さて、話の区切りもついたところで状況の確認をしよう』

 

 緩んだ空気を引き締めるようにDr.ロマンが声を上げた。

 

『マドモワゼル・ジャンヌの情報から、この時代の人理を乱しているのは竜の魔女と呼ばれる存在だと思われる。その時代に居るはずのない竜種を数多く従えていることから、聖杯を持っているのも確かだろう』

 

 全員が黙って聞き、続きを促す。

 

『だから立香くん達は竜の魔女を倒し、魔女が持っている聖杯を回収する』

 

 明確な目標を得て、立香くんとマシュちゃんの表情が険しくなる。決意や覚悟、その他諸々の感情が心の中で湧いたのだろう。誰かを倒すと意識して、私の中にも言葉にするには複雑すぎる感情が湧いていた。

 

 カルデアの最高責任者として立派に話していたDr.ロマンだが、急にふにゃっと表情が崩れわざとらしく頭をかいた。

 

『え~と、それで、だ。マドモワゼル・ジャンヌ、君は協力してくれる。でいいのかな?』

「はい。もちろんです。それとジャンヌで構いませんよ」

 

 ジャンヌに笑いかけられてDr.ロマンは見事に照れた。正統派美人に弱いのだろうか。さっきまであった威厳っぽい何かは欠片もなくなっていた。

 

 照れているDr.ロマンの代わりにジャンヌが話し始めた。

 

「今の私は、ルーラーとしての力がほとんどありません。聖杯を巡る闘争ではあっても、聖杯戦争ではない影響なのでしょう。それに生前の自分が亡くなってすぐの時代だからか、サーヴァントとしても未熟で……。あえて言うなら、新人のような気分と言うのでしょうか」

 

 自らを未熟と言った彼女の言葉に、こっそりため息を吐く。力押しを捌く技量。瞬時に判断して策を練り実行する行動力。不意打ちさえも回避する感知能力。

 

 意図せず竜の群れを従えて彼女と戦ったが、結果で言えば私の負けに違いない。サーヴァントの新人らしい彼女にあっさり馬上から蹴り落とされた事実は、思いのほか私を凹ませた。

 

「飛竜に乗り移動しているらしい竜の魔女を探すのにも、一人では限界を感じていました。ですので協力については私からお願いしたいくらいです」

『そうなんだ。それはよかった』

「探すのに限界を感じていたというが、竜の魔女の移動先に予測が立てられなかったということかね?」

「あ、はい、そうです」

 

 へらへらしていたDr.ロマンに代わり、アーチャーがジャンヌと会話を始める。アーチャーが割り込むように話し始めたからか、Dr.ロマンは笑顔のまま固まった。立香くんとマシュちゃんに私は、Dr.ロマンから目を移し二人の会話へと耳を傾ける。

 

「一定の方向に侵攻している訳でもなく、かといって要所を狙って襲うという訳でもないようなのです。偶発的と言うのか、目についた人が集まっている場所を襲っているような印象を受けます」

「効率的に人々を襲っている訳ではない、と?」

「はい。なので次に襲う場所の予想ができずにいました」

「だとすると――――」

 

 アーチャーとジャンヌは真剣に意見を交換し合っていた。私達は二人の邪魔をしないように口を挟まずに見守る。立香くんと私は軍事的な戦略には疎いからで、マシュちゃんはアーチャーを信頼してかな。だが約一名、口を出さなくていいのか疑問な人がいた。

 

 何か考えがあるのかと思い知りたくなり、その人物に声をかけてみた。

 

「Dr.ロマニ。カルデアの最高責任者であるあなたは、次の行動指針となりそうな二人の会話に参加しなくていいのですか?」

『うん? いいんじゃないかな。アーチャーくん、そういうの得意そうだし』

「確かにアーチャーは得意でしょうけど……」

 

 キャスターに投降した振りをして打倒し、最終的に遠坂凛を勝者にしたのだから、彼の戦略眼は相当なものだと思う。固有結界や料理に目が行きがちだが、彼の能力の本質はそれらを生かす戦略眼にこそあるのではなかろうか。

 

『それにさ、僕の本来の役割は医療担当で、最高責任者っていう肩書は僕より上の役職の人がいないからなだけなんだよね』

「つまり?」

『僕が下手に何か考えるより、誰かに任せたほうがいいことはいっぱいってこと』

「はぁ、そうですか」

 

 一理あるというか、割と事実なんだろう。けどそれでいいのか、カルデア最高責任者ロマニ・アーキマン。私とDr.ロマンが頓珍漢な会話を繰り広げてる間も、アーチャーとジャンヌの会話は進んでいて。

 

「では君がまだ行っていない、近場で人が集まりそうな町、ないし拠点へ向かってみるのが現状では有効か」

「ええ、私もあなたの考えに同意します」

「そういうことで構わないかな? ドクター」

 

 方針が決まったようでアーチャーが最後にDr.ロマンに確認を取った。人理継続保障機関カルデアの行動指針として決めてよいか、マスターの立香くんではなく責任者に聞いたのだろう。問われた当の責任者はと言えば。

 

『うん、わかった。それでいこう』

 

 とても軽い返事をしていた。ある意味、部下の提案に快く同意する理想の上司……なのだろうか?

 

 

 

 

 

 昼過ぎ、私達はラ・シャリテという町に向かう事となった。

 

 本来ならもっとすぐに向かえたのだが、竜達が人々を襲っていた現場の犠牲者達を弔うのに時間がかかった。逃げた人達は戻る気配がなく、晒される屍を見てジャンヌが頼んできたのだ。

 

 生まれて初めて見る戦地での死。私が知っている日本での葬式とは違う死の形。穴を掘り壊れた馬車の木材で十字を作るだけの簡易なお墓。

 

 人理修復はサーヴァント同士の戦い。そう思い意識していなかった一般人の死。ゲームでは詳細に描かれなかった現実を目の当たりにして、荒涼とした気持ちが胸を支配した。けれど自分で思ったほどのショックは受けなかった。あぁまたこの光景か。そう思う自分がどこかに居た。

 

 それと襲撃された場所はカルデアとの通信を強化する、基点ポイントとしても有用な場所だったらしい。黙祷をしてからレイポイントに通信基点を作成した。これでカルデアからの十分な魔力供給、及び補給物資の転送が可能になった。喜ばしいことなのだが、Dr.ロマンを含め誰も喜びはしなかった。

 

 ラ・シャリテを目指す道すがら立香くんを見る。

 

 私のような疑似的なサーヴァントですらない、正真正銘の一般人。平和な日本から強引ともいえるスカウトでカルデアに招かれたマスター候補生だった彼。芯が強い彼は平静に見えたが、何も感じていないはずがない。

 

 隣に並ぶマシュちゃんも心配だ。彼女らしくない重い雰囲気を引きずったままだ。誰もに何時か訪れる死の影。だが彼女にとっては何時か来る現実ではなく、決められた期日。受けた衝撃は私の想像以上なのかもしれない。

 

 年下の二人を何とかしてあげたかったが、私自身も平静ではなかった。予感とでもいうのか。いや、必ずあるだろう事柄は予感ではなく確信と言うべきか。

 

 それを裏付けるようにDr.ロマンから通信が入る。

 

『前方、かなりの距離だが魔力反応がある。それも複数。これは……』

 

 Dr.ロマンの言葉を受けてアーチャーとジャンヌと私が走り出す。少し進み開けた場所まで行くと、前に見える街並みから煙が上がっていた。

 

「家屋が炎上している。襲撃が終わってすぐか、或いは襲撃中ということか」

 

 アーチャーが歯噛みして教えてくれた。遅れてきた立香くんとマシュちゃんも丁度聞こえたのか、二人が感情のままにすぐに向かおうとしたが、ジャンヌの警告で一旦止まった。

 

「複数のサーヴァントの気配がします。状況は不明ですが、最大限の警戒をするべきかと」

 

 ジャンヌの警告を受けて、立香くんを後方に全員で移動する。前衛は自然と私とマシュちゃんとなった。意外にも最も突撃していきそうなジャンヌが最後方だ。

 

 町に近づくにつれて肌がチリチリとする。緊張とも違うそれは、私には何なのかはわからなかった。それでも半ば無意識に確信していた。あそこが戦いの場であるのだと。

 

 町の入り口までもう少しという所で白い極光が天を突いた。同時にDr.ロマンが大声で叫ぶ。

 

『あぁぁやっぱりだ。複数のサーヴァントが居て争っている。何騎か反応が消えた。残るは4騎。内一つは反応が希薄だ。詳しい状況はわからないから、くれぐれも油断しないでくれ』

 

 彼らしくない焦って余裕がない声音。それだけ危険だという事なのだろう。町の入り口に到達する頃には私にもサーヴァントの気配が感じられた。隠す気もない禍々しい魔力の脈動。そこに急いで向かう。

 

 何個かの角を曲がり町の中央付近へと辿り着けば、今まさに決着がついた場面だった。銀の鎧を着た長身の騎士が、白髪の男性に槍で貫かれていた。

 

「さすが、と言うべきか。ここまで苦戦させられるとは。不死身の英雄、最も素晴らしい勇者だけはあった」

 

 言葉と共に槍を引き抜かれると、鎧の騎士――――ジークフリートは数歩後ろに下がり、手に持っていた剣を支えにこちらを見た。

 

 最早助からぬ傷を受けた彼だが、眼差しは強くじっと私達を見ていた。けどそれも僅かな時間で、竜殺しの英雄は光の残滓を残しこの世界から消えていった。

 

「新たな客か。どうするのかな? 竜の魔女よ」

 

 ジークフリートに止めを刺したであろう白髪の槍のサーヴァント、ヴラド三世が背後に居る存在に問う。そこには女性のサーヴァントが二名いた。一人は赤い派手な外套を纏い錫杖を持った女性。そしてもう一人は。

 

「あなたは、あなたは一体誰なのですか!」

 

 ジャンヌがもう一人の女性へ向かって叫んだ。対して女性はジャンヌを無視するかのように独白する。

 

「あぁ、神よ。これがあなたの導きなのでしょうか。今まさに、この瞬間に彼女を遣わされるとは」

 

 ジャンヌと同じ声、同じ見た目で、手を重ね祈る姿は彼女そのものだった。まるで彼女がもう一人いる。そう思えたのはそこまでだった。組んだ手を離すと女性の態度は豹変した。

 

「今更、ふふ、今更現れても手遅れだというのに」

「何を、言っているのですか」

「あぁわからない? そうでしょうね。見るべきものを見ず、ただ信じていただけのあなたにはわからないでしょうね」

 

 ジャンヌと同じだった表情は歪み、下から見上げるように私達を睨みつけてきた。彼女の瞳には憎悪、嫉妬、嫌悪、殺意。悪意を乗せた眼差しに見られ、ぞくりと恐怖を感じる。

 

「わかりやすく演技までしてあげたのに、いえ、わかってても見えないのかしら。気に入らない。本当に気に入らない。あなたと同一の存在だというのが嫌になる」

 

 彼女は心からの憎悪と嫌悪を言葉に乗せる。さすがに彼女が何者であるかは全員が察したはずだ。白と黒の違いはあれど、彼女の姿は瓜二つなのだから。

 

「私はジャンヌ・ダルク。竜の魔女を名乗り、この国を亡ぼす者」

 

 それでも名乗ったのはジャンヌに自分を認めさせる為だろうか。裏切られても決して国を、人を恨まなかった本物の聖女ジャンヌ・ダルクに。

 

「あなたが、私……?」

「ええ、そう。国を救い、国に裏切られた愚かな女。愚か過ぎて、全てを燃やし尽くさないといられない憎悪を抱えたジャンヌ。それが私」

 

 ジャンヌ・オルタの事を私は悪だと思っていなかった。彼女の憎悪はジル・ド・レェに植え付けられたと言ってもいいもので、彼女自身は仲間を思いやる気持ちもある女性だと知っていたからだ。

 

 だが目の前の復讐心を隠さずに世界への悪意を吐く彼女は、私が考えていたような存在ではなかった。狂気に囚われて、復讐を成す為だけの悪意の塊。

 

 自らを愚かと称して狂気の表情で笑う彼女に恐怖を感じた。私だけではないのか、立香くんは後ろに数歩下がっていた。

 

『彼女から聖杯らしき反応がある。彼女が竜の魔女で間違いない。彼女を倒せば、この特異点の問題は解決するはずだ』

 

 ジャンヌとオルタの会話を邪魔するようにDr.ロマンが教えてくれた。だがそれはオルタには不快以外の何物でもなかったようだ。

 

「誰だか知らないけれど、軽薄な声でふざけたことを言うわね。そんなこと、できる訳がないでしょう? ただ信じるだけの者が、私の憎悪を消せるはずがない」

 

 彼女は不快感を隠さずに魔力を滾らせる。立ち昇る黒い渦は彼女自身が抱える呪いのようだ。アレを相手にしてはただでは済まない。そう感じさせるだけの威圧を放っていたし、オルタを見て自分の中にアレと同じモノを感じ危険だと確信できた。

 

 加えて相手側にはもう二人サーヴァントがいる。人数ではこちらが上だが……。

 

「まぁいいわ。えぇ、あなたが現れたからには完膚なきまでに叩き潰すだけだけど、今は気分がいい。とても、とても気分がいいの。目障りだった竜殺しの英雄二人を仕留めたんですもの」

 

 臨戦態勢に入っていた私達を無視して、突如魔力の猛りを鎮めたオルタはジャンヌのような表情になった。それから自分の側に居る二人のサーヴァントに、どうでもいいことのように命令を下す。

 

「あなた達は逃げ去った王妃達を探して殺しなさい。それとついでに、あそこの聖女様の取り巻きもね。聖女本人は嬲ってもいいけど殺してはダメよ。最後に私が、直接殺すのだから」

 

 ジャンヌを殺すと愉しそうに、本当に愉しそうに笑って言った。別側面という認識であったとしても、自分を自分で殺すことを楽しみにできる彼女は間違いなく狂っている。

 

 聖杯を持つ絶対者としての威圧を感じさせる彼女だったが、隣に居た女性は平然と返答をした。それも否という返答を。

 

「先程までの戦闘で私達も手傷を負っています。これでは王妃を追うのはおろか、そこの小娘達すら手に余る。それでもやれと?」

 

 マスターであろうオルタに当たり前に否を言う彼女――――カーミラも目に狂気を宿していた。己がマスターであろうと、味方であろうと気に食わなければ容赦しないと言外に感じさせる。

 

 実際にカーミラの言う通り、彼女もヴラド三世も酷い傷を負っていた。私達が来る前に、ここであった戦いが激しかったであろうことを察するに余りある傷。カーミラは全身に細かい傷跡。ヴラド三世に至っては左肩を深く切られ、死に体といってもよいほどだ。

 

 もはや戦力にならないのではと思える傷を負っている二人だったが、ジャンヌ・オルタは言われて今気づいたような反応をした。

 

「あぁ忘れていたわ。これでいいでしょう?」

 

 オルタが二人に向かって手を伸ばすと、見る見るうちに衣服も含めて傷が治っていった。傷どころか汚れ一つないのではと思えるほど劇的に二人の姿は変わった。

 

 それを見たアーチャーがぼそりと呟く。

 

「聖杯の力か」

 

 膨大な魔力供給による回復。聖杯の使い方としては単純だが、それだけに効果は絶大だ。オルタが後方から聖杯の力を使い回復をするだけで、一撃で霊核を砕かない限りヴラド三世とカーミラを倒す方法が思いつかない。

 

 聖杯を前に絶望的な状況だったが、オルタは何を思ったのか目の前に小さな竜を生み出すとその背に乗った。そのまま私達に目もくれずに上空へと飛び立つ。

 

「お待ちなさい! どこへ行く気ですか!」

 

 空に上がったオルタにジャンヌが叫ぶ。するとオルタは飛び去って行く最中、背後を振り向き嘲笑と共に言葉を残していった。

 

「私に殺されたければオルレアンに来なさい。邪竜ファブニールを呼び出し待っててあげるわ。うふふ、あははははは」

 

 飛び去るオルタをアーチャーなら射抜けたかもしれない。だがそれはできなかった。左腕の調子を確かめ終わり、槍を構えたルーマニアの英雄がこちらを見ていたから。

 

「感情の赴くまま動くというのも悪くはない。だが本来の自分を見て我慢しきれないというのは、いささか子供じみているな」

「浮かれているんでしょう。竜の魔女と呼ばれ竜を使役する彼女にとって、竜殺しは天敵。その打倒が叶ってしまったのですもの」

「こちらも我らを残し相打ちの形になったのだが。彼の邪竜を呼び出せば、それも些事ということか」

 

 ヴラド三世と横に並んだカーミラが雑談を行う。隙がありそうな雑多な会話だが、彼らの目は私達から外れることはなく動くに動けなかった。

 

 いつ戦いが始まるかわからぬ空気。生死の境が迫っている状況にせめて情報くらいはと、私は自分の知識を吐き出した。

 

「槍を構えている男性がワラキア公ヴラド三世。錫杖を持つ女性が血の伯爵夫人、エリザベート・バートリーです」

「あら、真名を見抜かれるなんて。思ったよりも厄介な相手なのかしら」

 

 反応したのは味方ではなく敵側のカーミラだった。最初から油断なんてあったとは思えないが、警戒する気配が強まった。知識から真名を言うメリットと警戒されたデメリット。どちらが上だったろうか。

 

 知っていることが必ずしも良いとは限らない典型か。後で立香くん達から真名を知っていた理由を聞かれる覚悟も含んでの発言だったのに。メリット薄で半ば後悔していたが、警戒するカーミラと違いヴラド三世は楽し気な雰囲気になった。

 

「ついでに言うなら我ら共に成り果てた存在と化し、その上に狂化の呪いを施されている。話している今も貴公らを串刺しにし血を啜りたいと思う程度には狂っている」

「王様、いったい何を?」

「何、竜の魔女も我らを既に用無しの猟犬くらいにしか思っていまい。先の戦いで狂乱の宴も堪能した。夫人、君はどうかな?」

「残念ですが王様、あなたと違って私はまだまだ足りませんわ。だってあの王妃を見てしまったのですから。無垢な彼女の血を手にするまで、満足なんてできませんわ」

「ふっ、いくら血を啜ったところで我らに満足などあるとは思えないがな」

 

 よくわからない会話を始める二人。聞きようによってはヴラド三世は、私達に負けるつもりのようにも聞こえる。だけど根拠がない話だと切って捨てようと思ったが、私と違う考えの人物がいた。

 

 ジャンヌが少し前に出てヴラド三世に話しかけた。

 

「ワラキア公、同じ神を信ずる信奉者として、協力する道もあるのではありませんか?」

「ほう、君からそのような言葉を頂くとは光栄だ。しかしすまんな。彼女の呪縛は容易い物ではない。戦いは必定。そして手加減は無用」

「そう、ですか」

 

 悔しそうなジャンヌの声。生前に奇跡の勝利を成した聖女として戦で名を馳せた彼女だが、戦うことは本意ではないか。

 

 敵ではあるがジャンヌの提案に一定の理解を示したヴラド三世。その彼の態度にカーミラの方が我慢できなかったようだ。

 

「さぁさ、無駄なお話はやめて次に進みましょう。メインの前の前菜にわずらっている暇はありませんわ」

「随分と強気だな。そちらは二人。対してこちらは四人ものサーヴァントがいるというのに」

 

 やる気満々のカーミラから、立香くんやマシュちゃんを守るようにアーチャーが前に出る。手には夫婦剣を持って臨戦態勢だ。前に出る時にちらりと私を見たが、どういう意味だったのだろう?

 

 アーチャーとカーミラの睨み合いに触発され、ジャンヌとヴラド三世も武器を互いに向けて構えた。マシュちゃんは立香くんにもしもがあってはまずいと、盾を構え万全の態勢でマスター警護に回っている。

 

 私も遅れてロンゴミニアドを実体化させ手にした。本格的なサーヴァント同士の戦闘を前に、緊張と恐怖で頭の中は明らかに冷静ではなかった。この町に入ってからずっとなので今更ではあるが。

 

 恐怖と緊張でドクントクンと鳴る鼓動を治まれ治まれと念じながら、アーチャーの横に並ぼうと前に一歩進んだ。その時にカーミラが言葉に愉悦を含んで言った。

 

「誰が何時、こちらは二人しかいないと言いました? 逃げた王妃達を追っていた、私達の中でもとびきりに狂ったのが戻ってきましたわよ」

 

 いきなりドンッと背後で音がした。急ぎ振り返って見ると、そこには凹んだ地面と黒い蒸気を纏う甲冑の騎士が居た。彼を見てマシュちゃんが素早く警告を発する。

 

「先輩、皆さん、背後に明らかに敵対姿勢を取ったサーヴァントが現れました!」

 

 カーミラ以上の殺意と狂気を発する黒騎士を見てぞくりと寒気がした。何故彼がここに居る。第一特異点で居た記憶がない。覚えていない。居るとしたら円卓の集まる先の話だと決めつけていた。

 

「Ar……thur……」

 

 黒騎士サー・ランスロットから低く静かな唸り声が聞こえた。だらりと力を抜いたような楽な姿勢でいるが、兜に浮かぶ赤い光は爛々と輝き私だけを見ていた。視線に強い感情を乗せ私だけを。

 

 焦りを感じて立香くん達から距離を取り、大声で叫んだ。

 

「あの黒騎士は私が――――」

「Arrrrrthurrrrrr!!!」

 

 叫びと同時にランスロットが突撃してきた。一瞬だけ立香くん達の方を向いていた隙を突かれ対応できず、凄まじい速度の掌底をくらい吹き飛ばされた。

 

「ルーラーに此度は託すことができる、か。それも我らを倒せればの話だが」

 

 吹き飛ばされる寸前に、ヴラド三世の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 地面と平行に吹き飛ばされ、家屋の壁を壊し貫き屋内を転げ回る。

 

 偶然左腕で防げたのでたいしたダメージは受けていないが、気持ちの面での衝撃は大きい。サー・ランスロット。妖精に育てられた湖の騎士。人柄は高潔で騎士としての技能は卓越した人物。

 

 立香くん達を傷つけまいと咄嗟に離れたが、彼を相手にするつもりがあったかは自分自身でも疑問だ。何せ体が震えている。これが武者震いであるならありがたいけど、そうじゃないのはわかりきっている。

 

 震える体に無理やり活を入れ立ち上がる。

 

 のんびり寝ていても待っていてくれるはずがない。バーサーカーのランスロットは、アーサー王を前にすれば感情を抑えることができないだろうから。

 

 立ち上がり槍を構えると、壊れた壁からランスロットが姿を見せた。また吹き飛ばされては堪らないと一時も目を離さずに居たが、彼はこちらを見つつもゆっくりとした足取りで室内に入り止まった。

 

 予想しなかった行動に何を? と注視すると、彼はおもむろに壊れた壁の小さな破片を手に持った。ランスロットが何をするつもりなのか悟る前に、私は全身に寒気を感じ直感のままに横に飛んだ。

 

 飛んですぐ、耳元にヒュンヒュンヒュンと風切り音が聞こえる。

 

 音だけで何をしてきたのか理解して、さらに横に飛び続けた。私の移動に合わせ風切り音が追いかけてくる。そのまま横に避け続け、窓に飛び込み家の外へと躍り出る。ランスロットが家からすぐに出てこないのを確認してから、はぁと深く深呼吸をした。

 

 まさかただの礫を宝具にして投げてくるとは。『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』。手にした武器を己の宝具とする能力。知ってはいたが厄介極まりない能力だ。

 

 手に持つ聖槍を強く握る。ロンゴミニアドは宝具の中でも特別な武器ではあるが、果たして彼の力を弾けるだろうか。

 

 ドガンと破壊音が響く。先ほどの家の壁を壊しランスロットが出てきた。槍を構える私を見て、だらりと両腕を垂らし前傾姿勢になった。と思ったらドンと空気震わせ突撃してきた。

 

 考えるのではなく反射で右手を前に出して槍突きを行った。速度もタイミングも悪くない一撃。真っ直ぐ向かってくるランスロットには躱せない。そう思ったが。

 

「!? ごふっ、がっ」

 

 私の突きを読んでいたかのように地面すれすれを走り、聖槍の棘が鎧に擦れるだけで済まされた。そして下から腹部に思い切り拳を入れられ、流れるように顔も殴られた。

 

 腹部と左頬に激痛を感じながらゴロゴロと地面を転がっていたが、追撃をされないように我慢して素早く起き上がった。

 

 だが起き上がって見れば追撃どころか、ランスロットは私を殴り飛ばした場所に立ったままだった。口の中が切れて血の味が溢れる最中、ランスロットをよく見ると――――嗤っていた。

 

 何を嗤っているのかすぐにわかった。無手の自分に対して逃げる私をだ。無様に二度も吹き飛ばされた私を、だ。生前の彼なら、たとえ敵であろうと必死に戦う者を侮蔑などしなかった。私がよく知る彼なら決してしなかった行為。

 

「サー・ランスロット! それほど、それほど私が憎いのですか!」

 

 私のものではない感情が爆発して叫んだ。

 

 思いを乗せるように脚力全開で突っ込む。以前の模擬戦でやったランスでの最も威力がある攻撃方法。並みの英霊では回避するのもやっとであろう速度のはずが、ランスロットは体を回転させ易々と回避した。おまけに回避間際に私の背に蹴りまでくれて。

 

 蹴りのダメージを行き場のない感情で押し流して、すぐさま踵を返す。今度は槍を両手に持って剣のように振るう。

 

「はぁぁ!!!」

 

 力任せにならぬように速度重視の斬撃。聖槍の棘の範囲も計算して躱せぬように振るった攻撃だったが、これもまた見事に届かなかった。完全に当たるだろうと思った攻撃は、手甲で弾き軌道をずらされ無効にされてしまう。

 

 諦めず攻撃し続けていると、見切られたのかとうとう槍を掴まれた。即座に槍を通してゾクリとした気持ち悪い感覚が伝わる。『騎士は徒手にて死せず』の浸食に違いないと思い、全力でランスロットを蹴り飛ばした。

 

 さすがに『騎士は徒手にて死せず』発動中で、槍を掴んだまま動かなかったので蹴りは当たったが、何事もなかったように立ち上がった様子からしてダメージはなさそうだ。

 

 距離を置いて睨み合う。

 

 嗤うランスロット見て発生した、胸にあるわだかまりは消えていない。彼を認めているからこそ許せない想い。今の彼には絶対に負けられない。強くそう思っている。

 

 再び私から攻撃を仕掛ける。日頃の私からは考えられない無我とでもいうのだろうか。恐怖や混乱はどこかに行って自然に体が動いた。

 

 ランスロットの前まで移動して姿勢低く留まる。そのまま彼が右腕を振るってくるのを見て、全身から魔力放出を行った。

 

 攻撃態勢だったランスロットは魔力の衝撃波で姿勢を崩した。その隙を逃さずに槍を突き刺す。体をひねり直撃こそ躱されたが、聖槍の棘は胴部分の鎧を削り取り、中の肉体に確実なダメージを与えた。

 

 ダメージを負ったランスロットは距離を取って離れていく。50メートルほど離れると、彼は黒い霧の魔力を蒸気のように吹き荒らし、全身を振るわせて雄叫びを上げた。

 

「Gaaaaaaaaaaa!!!」

 

 依然として闘志を衰えさせていない。むしろ傷を負った後の方が殺気が増した。

 

 引けば負けると本能的に感じていた私は、体を前に傾け槍を構えた。ランスロットの圧力は凄まじいが、それにも負けない感情が胸の内に渦巻いている。

 

 ランスロットと私、共に合わせたように同時に足を踏み出す。

 

 空気を震わす速度で槍突きと手刀の突きが交差した。聖槍はランスロットの右脇を掠め、手刀は私の右頬を裂いた。

 

 互いを背後に捕らえ次の動作へと素早く移る。攻撃範囲を優先し聖槍を横薙ぎにしつつ振り返る。その攻撃は上体を逸らしたランスロットに回避されたが本命は次だ。

 

「ハァァアア!」

 

 左足を地面に叩きつけ前方に向けて魔力放出を行った。面制圧の効果がある魔力の波は、ランスロットといえ回避できるものではなく、また態勢を崩すと思ったのだが……。

 

「Aaaaaaaa!!!」

「何っ!?」

 

 ランスロットは魔力放出の衝撃を、背中から生える黒いベルトのような物を地面に突き刺し受け流していた。さらに何本か私の手足にまで巻き付かれていたので、逆に私が態勢を崩さないように耐えなくてはならなくなった。

 

 たった一度見ただけで、魔力放出を利用した崩しに対応された。サー・ランスロットは無窮の武練を持つ円卓最強の騎士。そう知ってはいたがこれほどとは。

 

「がふっ」

 

 魔力を放った直後、予期せぬ対応を迫られた私の隙を彼が見逃すはずもなく、腹部に膝蹴りを叩き込まれた。鎧が欠けるほどの膝蹴りで呼吸ができない。苦悶していると顔面を鷲掴みにされ、地面に後頭部から叩きつけられた。

 

「Arrrrrthurrrrrrr!!!」

 

 ランスロットは地に沈む私をひたすらに殴ってくる。叩きつけられてすぐに両手で防いでいたが、構わず何度も何度も殴りつけてくる。ただの拳の攻撃ではあったが、全力の殴打は恐ろしかった。

 

 殴られる私の鎧、兜も胴部分もヒビが入りボロボロになっていく。自分自身を顧みない憎悪を乗せた攻撃は、ランスロットの手甲部分も衝撃で壊していった。

 

 地面に押し込まれ逃げる事も叶わず殴られ続け、いつしか両手で防ぐ気力すら奪われた。抵抗できずに殴られるままになっていたら、気づけば拳の雨はやんでいた。

 

 終わったの? と思ったがそうではなかった。首に手を掛けられ持ち上げられた。片手で高く持ち上げられ吊るされたが、首を絞めるように握られていなかったので息苦しくはなかった。痛みで麻痺して息苦しさを感じていなかっただけかもしれないが。

 

 ピクリとも動けない体と無気力な意識でサー・ランスロットを見た。

 

 騎士王や英雄王とも互角以上に戦える武人。Zeroではマスターの問題で魔力不足が故に長期の戦いができず、切り札の『無毀なる湖光(アロンダイト)』さえも満足に使えなかった。結果としてセイバーに敗れ去った彼だが……。

 

 マスターが違い魔力供給が十二分な状態で、全力を振るう彼は圧倒的に感じる。なし崩し的に始まった戦いだったが、そも偽者の私が敵う道理はなかったか。

 

 涙を流し、腫れた顔で鼻や口から血を垂れ流す私を見て、きっと彼は嗤うのだろう。それがどうにも悲しかった。負けたことよりも彼に侮蔑されるのが辛かった。そんなことを『私が思うのはおかしい』と感じながらも思わずにはいられなかった。

 

 持ち上げた私をしばらく見上げていた彼が、空いた片手で手刀を作り、いよいよ止めをを刺そうとしてきた。

 

 抵抗する力がない私は受け入れる他なかった。彼が私を赦さぬならば仕方ない。私を持ち上げてから嗤う素振りすら見せなかったのが救いかと目を瞑った。

 

 けれど止めはいつまでも来ず、急に手を離され私は地面に降ろされた。

 

 地面に横になったままなんとかランスロットを見れば、私ではない別の方向を向いていた。その先には干将・莫耶を持ったアーチャーが立っていた。

 

 一言も発さずに睨み合う両者。一触即発の状態で空気が張り詰めていく。動かない二人の代わりに、どこかの瓦礫がカラカラと音を立てた。

 

 それが合図になり、アーチャーが一気に距離を詰めた。

 

 双剣を華麗に操り連撃を繰り返す。無手では防ぐのが無理だったのか、全ては回避できずにランスロットは何度かアーチャーの斬撃を受ける。だがそれでも彼はやはり彼だった。

 

 ランスロットはアーチャーの斬撃を喰らってもただでは終わらず、なんとそれぞれの手で双剣を掴んだ。膂力ではバーサーカークラスのランスロットに分があるらしく、双剣を掴まれたアーチャーは振りほどけずにいた。

 

 その状況を見てまずいと思った。体と心に鞭打ち、なんとか気力を振り絞り声を出す。

 

「アー……チャー……。すぐに……投影の解除……を」

 

 口内が切れて上手く喋れなかったが、アーチャーには通じたらしく夫婦剣は魔力の粒子となって消えた。双剣を掴み止めるなどという、ランスロットの妙技を見て簡単な相手ではないと悟ったのか、アーチャーは私を抱えて距離を取った。

 

 このままではアーチャーまでやられてしまうと思い、抱えられながらランスロットについて説明した。

 

「彼は……手にした物を自分の宝具に……してしまいます。恐らく……あなたの投影した……武器も。英雄王の射出した武器を……手に取り……その後の迎撃に使うという……離れ業ができるくらいの……技量もあります」

 

 途切れ途切れに声を出し彼の事を伝えた。サー・ランスロットは英雄王ですら一筋縄ではいかなかった相手。知らずに戦えばアーチャーでも危ういと思い、必死に伝えた。

 

 それが功を奏したのか、アーチャーは私を抱えたまま不敵に笑みを浮かべた。

 

「ほう、あのギルガメッシュの武器を奪い取ったという訳か」

 

 笑っている場合ではないと心配してしまう。あなたは強敵と戦えて喜ぶタイプじゃないでしょうと、戦いの場に合っているのかいないのか、よくわからない気持ちでアーチャーを見てしまった。

 

 心配顔で見ている私に気づいたのか、私を見てアーチャーが尚更笑みを深くした。私が万全の体調だったら思わず怒ったかもしれない。アーチャーを見て、それほど心配していた。

 

「――――投影(トレース)開始(オン)

 

 私の心配をよそに、アーチャーは空中に剣を二本投影させた。あろうことか英雄王の『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』のようにである。私の忠告完全無視の暴挙に痛みも忘れ声を上げかけた。が、正しくいらぬ心配だった。

 

 少し射出タイミングをずらして投擲された二本の剣。狙い違わずランスロットへと突き進んだ。先に届く剣をランスロットは掴もうとする。英雄王の時と同じく、私が教えた通りの最悪の展開になるかと思われたが。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 アーチャーが力ある言葉を唱えた瞬間、ランスロットが掴もうとしていた剣が爆発する。そればかりか遅れてきた二本目も爆発し、二重の破壊音が轟いた。

 

 爆発による粉塵が晴れると、ランスロットの姿はなかった。

 

「対応がわかっていれば対策はできる。二度は通じないだろうがね」

 

 飛来する武器を掴む技量と相手の武器を奪う能力があったからこその結果。初見殺し。アーチャーの言う通り二度は通じないだろう。

 

 アーチャーの投影の能力を知っていれば。或いはクラスがバーサーカーではなくセイバーであれば、理性から不審に思い初見でも回避したかもしれない。

 

 消え去ったランスロットが居た場所を、血に塗れた視界で見続けた。

 

 アーチャーの機転があってこその勝利だろう。だけどそれだけではない気がした。彼から、ランスロット卿からは私に向けられていた殺意や敵意が途中から感じられなかった。

 

 もしかしたら彼は私を殺したくなくて、アーチャーの攻撃を受け入れたのかもしれない。血を垂らしアーチャーに抱きかかえられたまま、ランスロット卿が存在した跡地を見続け、そんな風に思った。




また長くなり過ぎた。
次話こそ5000文字くらいにしたい。

水着イベントお疲れ様でした!
単発数回では新鯖こなかったです(ノД`)・゜・。
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