高垣楓「私の一週間」
月曜日
昼下がりのまだ陽射しの強い時間帯。その強い陽射しを反射するかのような美白の肌を持つ高垣楓は名の売られたアイドルだというのに伊達メガネ程度の変装しかせずに街を散歩していた。
自身のプロデューサーに何度も何度も注意されてはいるが、堂々としている方がバレないと思っている上に、この時期に変装なんて暑くて嫌だと思っている彼女は聞く耳を持っていない。
それでも高価ではあるが効き目は自分が証明して抜群の日焼け止めクリームをキチンと塗っているあたり、アイドルとしての意識が無いわけではない事が伺える。
「あら?あれは……」
しばらく歩いていると、前方からお揃いの小さい角が生えたような帽子を被り眼鏡をかけた身長差のある、それぞれピンク色の髪と金髪の少女がこちらの方へ歩いて来るのが分かった。
もう少し近付いた時、あちらも気が付いたようで小さい方の金髪の少女が手を振りながら小走りで近づいて来た。
「楓さーん!こんにちはっ!」
「はい、こんにちは。
元気が良いわね、莉嘉ちゃん」
「こーら莉嘉、あんまり大きい声出さないの!
ゴメンね楓さん、騒がしくって」
2人は事務所の後輩だった。
先に話しかけて来た方が妹の城ヶ崎莉嘉、続けて来て莉嘉に注意をして謝罪の言葉を言ったのが姉の城ヶ崎美嘉である。
世間ではカリスマギャル姉妹と呼ばれているだけあり、帽子に眼鏡で変装はしているが、夏物の服を完全に着こなし、アクセサリーも多数身につけてはいるが決してジャラジャラと無駄に身につけているのではなく、適度な物が選ばれていた。
「良いのよ、美嘉ちゃん。こんにちは。
二人とも今日は学校はお休みなの?」
「楓さん、アタシ達もう夏休みだよー!
今日はお姉ちゃんと一緒にショッピングしてたの!」
「アタシも莉嘉もちょうどオフだったからねー。
莉嘉がどうしても着いて来て欲しいって言うからさ」
そう言って美嘉は帽子の上から莉嘉の頭をクシャクシャと撫でる。撫でられた莉嘉はやめてと口では言うものの満更でも無く顔が綻んでいた。
「そう言えば楓さんは今日はどうしたの?」
「私も今日はオフなの、それで暇だったからちょっとお散歩にね。
それにしても今日は暑いわね……そうだ、2人とも時間があるならお茶でも一緒にどうかしら?」
「あっ!ちょうどアタシ達も休みたいなーなんて話してたんだー。行こ行こ☆」
「ちょっと莉嘉っ!良いんですか楓さん。せっかくのオフなのに?」
はしゃぐ莉嘉を美嘉は制するが、楓は先ほどからここまでの2人のやりとりを見てとても微笑ましく思い、口元が自然と緩んでいた。
「もちろんよ、1人でお散歩してると話し相手が欲しくなるの。もし2人の時間を邪魔するようなら断ってもいいのよ?」
「お姉ちゃん、せっかくだから一緒に行こうよ!お姉ちゃんさっきもう疲れたー暑いのやだーって言ってたじゃん!」
「それ言ったのアンタでしょっ!
あー……じゃあ楓さんご一緒させてもらおうかな★」
「それじゃあ行きましょう!ほら、急いで急いで!」
楓は2人の前に躍り出て、振り返り向かい合った。
「お散歩はテンポ良く行きましょう!」
「おー!」
「あ……あはは……★」
月曜日
お散歩はテンポ良く。
火曜日
トレーナーが一つ手を叩くとレッスンルームに音が響き渡り、その場で踊っていた人が全てピタリと動きを止める。
「よーし、それじゃあ休憩しよう!
水分をしっかり取っておけよ。休憩後はもう一度最初から通しで最初からだ!」
その一言で室内にいたアイドル達は大多数が崩れるようにその場にへたり込んだ。
高垣楓は数少ないへたり込みはしなかったうちの1人である。それでもレッスンはとても大変なもので息は大きく乱れ、両手を伸ばして膝で支えてなんとか中腰で立っている状態である。
「はぁ……光ちゃん……はぁ……大丈夫……飲み物、取って来てあげようか?」
何度もこの鬼と言えるレッスンを受けた楓はすぐに息を整え、今回のライブで連携の多く言わば相棒とも呼べる、床に伏した南条光を心配する。
「う……あ……かえ……さん……お……願……い……」
息絶え絶えになりながらも親指を立てて握った拳を翳す光にそっと微笑むと、自分と彼女の壁際に置いてあるタオルとペットボトルを持ってくると蓋を外して彼女の物を手渡した。
光はそれを受け取ると少しずつ中身を口の中へと流し込んだ。
「……ぷはっ……ありがとう……楓さん……生き……返ったよ……!」
「ふふっ、どういたしまして。今はゆっくりと休みましょう」
十分しかない小休止、少しでも体を休めようと提案すると光も顔を縦に振って了承する。
気が付けば、光はまだ息を荒らしているが楓はこのレッスンにもすっかり慣れてしまったのか呼吸の荒れは無くなっていた。
「……楓さんは凄いな、アタシよりも長い時間踊って歌わなきゃいけないのにアタシよりもずっと元気だ」
休憩時間も半分が終わったところで光はため息混じりに呟いた。
「私がもう大丈夫なのはレッスンへの慣れもあるけど、大人だから当然体力は光ちゃんよりもある。
実はこう見えてもヘトヘトなの、そんなレッスンにピッタりと着いてこれる光ちゃんの方がとても凄い」
楓は白く長い美しい指で光の頬をそっとなぞり、そのまま頭を撫でる。
昨日、美嘉が莉嘉の頭を撫でていたのを見て誰かにやって見たいと思いいざやってみると光の頭の撫で易さにしばらくの間手が離れなかった。
「ううっ……ありがとう楓さん!アタシ元気が出てきた!
楓さんの元気をもらったおかげでこの後のレッスンも頑張れる!ヒーローはどんな辛い事があっても下を向かないで前に進むものだからな!」
光は声をあげて立ち上がると楓に向かい合って明るい、太陽のような笑顔を向けた。
楓自身、彼女を励ましたつもりはあまり無かったが、頭を撫でられた事で光はそう思い、心が満たされたのだ。
「良かった……そうだ、光ちゃん。レッスン終わったら近くの温泉に行きましょう」
「温泉?良いけどどうして?」
光はキョトンとした顔でその場に座り直して楓に訪ねる。
「ヒーローが疲労してたらライブでカッコいい姿を披露できないでしょ?」
「おおっ!分かった!絶対行こう!」
火曜日
ヒーローが疲労したらカッコいい姿を披露できない。
水曜日
「何があっても……たとえ世界がこの島一つになったとしても、私は貴方を好きでいます」
人の居ない朝焼けで真っ赤に染まる海を背景に、楓は静かに、だが力強く言う。
強く決意を固めたその表情は神秘的な空間のせいも相まり、その姿はまるで海から現れた女神のようだった。
誰も言葉を発する事は無く、只々波の音だけが辺りに響き渡る。
「……はいOK!!良いよ楓ちゃん!最高の絵が撮れたよ!
よし、それじゃあ次のシーン行くぞ!」
穏やかな波の静寂を破ったのは監督の一言だった。
ありがとうございます。と一言言うと、楓は大き伸びて力が入り強張っていた身体を解した。
ドラマの主演に選ばれたのは嬉しい事だが、こう早起きをして慣れない表情を維持しなければいけないのは疲れる。台詞を覚える事は苦では無いのが幸だが、もっと自分の素が出せるドラマは無いのかと贅沢な悩みを考える。
「楓さん、お疲れ様にゃ。
はー……スっごくカッコ良かったにゃ!」
背後から声をかけられて振り返ると、お茶の入った紙コップを手にした前川みくが立っていた。
今回は自分の演じる役の妹役という事で共演している。今着ているのはドラマの衣装の高校の夏服でとても似合っている。
「ありがとうみくちゃん……んー……?」
お茶を受け取るが、何か違和感を感じる。服装はドラマの衣装だが彼女はまだ女子校生のため別に普段の物とは違う程度でメイクも薄めの物である。
「なっ……なに、ジロジロと見て?」
「あっ!猫のお耳が無いんだ」
違和感の正体は彼女のトレードマークでもある猫耳が無かった事だった。
それを指摘されて小馬鹿にされたと思ったのか、みくは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
「むっ……この後の撮影ではつかえるから良いのっ!」
今回のドラマで彼女は猫が大好きなロックバンドのボーカルの役で、演奏中は必ず猫耳を着けるという彼女とは大きくはかけ離れていない配役だった。
「ごめんごめん、バカにしたつもりで言ったんじゃないのよ、妹ちゃん」
そう言って楓はみくの頭をポンポンと叩いた。
すると頬の膨らみは取れたものの、みくの表情はどこか浮かないものだった。
「……ホントはねこの役断ろうかって思ってたんだ。
ドラマ出演って猫キャラアイドルのする事じゃないって思ったし、みくにはドラマって合ってないんじゃないかなって思って……でも、Pチャンが取ってきてくれた仕事だし、役も猫キャラは猫キャラだったからし李衣菜チャンも背中押してくれたから」
「……みくちゃん、私は今回みくちゃんと一緒にお仕事出来て良かったと思ってる。
それに、今回の役なんてみくちゃんピッタリじゃない、羨ましい。
正直私もこの張り詰めた役は自分には合ってないって思ってるの。
それでも、今回のお仕事頑張れば今まで応援してきてくれたファンも喜んでくれるし、私の他にも事務所のみんなにお仕事回してもらえるって思ったらこう元気が出てくるから頑張れる」
楓は最後、なんて、と付け加えるとみくの頭から手を離して、もらったお茶に口をつけた。
「楓さん……うん、ありがとう。よーし、みくも撮影頑張るにゃ!」
少しでも悩みを祓う足しになればと思って言ったが、効果は充分あっただろう。それでも彼女は元々強い、時間が経てば悩みなど無くなっていただろう。
「みくちゃん頑張ってね!
終わったらご飯、一発ホッケーもらってホッケ食べましょう」
気合いを入れていたみくはガクりとつまずき楓と向き合う。
「みくは魚が嫌いにゃっ!」
水曜日
一発ホッケーもらってホッケ食べる。
木曜日
午後からインタビューの仕事が長引いて終わりが夕方過ぎになってしまった。電話で報告は明日で構わないと言われたが、明日は地元へ帰郷するためわざわざ事務所へと足を運んだ。
担当Pへ報告を終えると少し休み、誰かと話せれば良いかと談話室の方へと足を運んだ。
「あっ、楓おねーさん!こんばんわでごぜーます!」
「あら楓さん、こんばんわ」
「楓お姉ちゃんこんばんわー!」
ドアを開くと浴衣を着た市原仁奈、櫻井桃華、龍崎薫の三人が椅子に座って談笑していた。浴衣に合うようにそれぞれ仁奈と桃華は髪の毛を纏め上げ、薫は髪飾りを付けている。
「あらこんばんわ、みんな素敵な格好でどうしたの?」
「近くで盆踊りのお祭りがあるんでみんなで行くでごぜーます!」
「後は梨沙さんと晴さんだけなんですが、なんでも電車が少し遅れているそうでして」
「それと今みりあちゃんがきゅーとーしつでお茶淹れてくれてるんだ」
「まあ、そうなの。早く来ると良いわね。
じゃあ私はみりあちゃんの手伝いに行ってくるわ。せっかくのおめかしが汚れたら大変だものね」
そう言って楓は足早に隣の給湯室へと向かう。
扉を開けると浴衣の袖に苦戦しながらも急須に茶葉を入れている赤木みりあがそこにいて、自分が入ってきた事に気が付いたようだ。
「あっ楓さん、こんばんわ。
えーっとここ使うならちょっと待っててね、すぐにお茶淹れちゃうから」
「ああ、みりあちゃん。そのままにして、私がお茶淹れるから。せっかくの浴衣が汚れちゃうわ」
そう言うと楓はみりあから急須を受け取ってお湯を入れ、自分の分の湯呑みを出して中へと注ぐ。
「ありがとう楓さん、いつもお母さんのお手伝いしてるから大丈夫かなって思ったんだけど袖がちょっと」
「良いのよ浴衣って動きにくいでしょ。せっかく綺麗に着付けたんだから色んな人によって見せて上げなきゃ」
「えへへ、楓さん。私の浴衣似合ってる?」
そう言ってみりあはその場でくるりと回って浴衣姿をお披露目する。楓は優しくそっと微笑み答えを返す。
「とっても似合っているわ。みりあちゃんも、仁奈ちゃんも、桃華ちゃんも、薫ちゃんもみんな可愛いわ」
楓は彼女達と同じ頃をふと思い出した。母に着付けてもらって友人とお祭りに行き売店の物をつまんで遊んで全てがキラキラと輝いていた事が懐かしかった。
「楓さん?」
「あら、ごめんねみりあちゃんが可愛いから見惚れちゃったわ」
全ての湯呑みにお茶を注ぎ終えるとみりあは深々と頭を下げる。
「楓さんホントにありがとう!後は私が持ってくー!」
「ううん、溢すといけないから私が持ってくわよ。じゃあ扉を開けてもらおうかしら。
それと、盆踊りに行く前にお盆とって貰える、ほらそこの、盆おとり?」
「うん!いいよー!」
木曜日
盆踊り行く前に盆おとり?
金曜日
「ふう、なんとか間に合いそうね」
昨日、あの後彼女達と別れてから昔を懐かしんで同僚のアイドルと飲みに行ってしまい、家に帰ったのは朝だった。
今日は地元で同窓会があるというのに不覚である。さすがの楓も深く反省しようと思ったが新幹線の中でビールを飲んですっかり失態は忘れてしまった。
「会うのも久しぶりね……もう何年ぶりくらいかしら」
同窓会と言っても、一次会から参加をする訳ではない。スマホが普及して高画質な写真を撮られてSNSへ写真の投稿されるのが容易な時代。
まかり間違って男性の同級生と2人で写った写真を撮られてしまったら、そんなつもりは無くとも見る人は何を思うかわからない。アイドルとして致命傷を負う事は大いにあるのだ。
そしてプロデューサーから出された条件は決して人が多い一次会へは顔を出さない、会うのは多くても5人で信頼の出来る人と個室の飲み屋、その5人にも決して写真を取らせない事、朝帰りはせずに終わったら実家へ必ず帰ること。
「みんな会えないのは少し残念だけど……仕方ないよね」
この条件を出した時納得はしたが、プロデューサーに悪戯心でもっと信じてくれてもいいじゃないかと聞いたら。
アルコールの入っていない時の貴方の事は信じているがその友人は見た事もないから悪いが信じる事はできない。それと限度を越えて飲み続けた後の貴方も同じように信用できない。
そう事務仕事を片手間に答えられた事を思い出した。
「なんて……失礼しちゃうわね」
そんな事を駅前で考えていたら、高校を卒業して以来会っていなかった友人達がやって来た。不躾な条件を出しておきながらそれでも集まってくれた5人。思わず顔を綻ばせて再会を喜んだ。
集まってくれた内の1人の実家が居酒屋をやっていて、そこの個室を一室貸してもらい会場とした。
「みんな集まってくれてありがとう、乾杯の音頭を取らせてもらう高垣楓です。
長い挨拶は得意ではないのでさっそくみなさん飲み物を手に取ってください。せっかくなので私はこの味わいん深いんワインを頂きたいと思います。
それでは、乾杯!」
楓の挨拶の言葉に変わってないなと、みんなが安堵して乾杯が終わり、昔話に花を咲かせはじめる。
やがて高校時代の思い出を語り終えた後、それぞれの近況を話しはじめる。
楓も自分の事を話しはじめるが、自分の事だけで他のアイドル事は語らない。もっとも気心知れた友人達はその辺の分別を付けていて興味はあるのだろうが聞いてこない。その事に楓は感嘆し、心に安らぎを得た。
安らぎを肴に飲み進めていると幼い頃からの友人が、職場の男性に恋をしていてデートに誘いたいのだがなかなか行動に移せない事が語られる。
長い付き合いの楓はとても気を使えて器量も良い子だどは思っているが、同時に小心者で非常に繊細な心を持っている事も知っている。
ふと視線を落とすと手をつけていない自分の苦手なお通しが目に入った。
「はい、私からの景気付けよ。お通し食べてもっとおして行きましょう!
……貴方が魅力的な人だって私は知ってる、きっと大丈夫よ。これを食べてもまだ進めなかったら、また来て何回でも背中を押してあげるからね」
相手は程よく酔っている事もあってか、目に涙を浮かべてお礼を述べた。
他の友人は良いこと言った、でも嫌いな物押し付けるのは良くない!と言った三者三様の感想が飛び出した。
25歳、高垣楓の同窓会はまだまだ続く。次々と出てくる思い出話と近況の報告を肴に。
金曜日
味わいん深いんワイン。
お通し食べてもっとおして行こう。
土曜日
「ただいまー……」
蚊の鳴くような声で自宅の扉を開けてリビングへ入ると両手に持っていた紙袋を重量に任せて床へと落とすと自分も吸い込まれるようにソファへとダイブする。
数日前に南条光に疲労は残してはいけないって言葉が今の自分に返って来た。連日の飲み会と和歌山への往復は思った以上に疲れが溜まってしまったようでうまく体に力が入らない。
「んー……お土産割れ物なかったよね……お母さんが持たせてくれた物……冷蔵庫入れなきゃ……あと着替えなきゃ皺に……」
微睡んだ意識を揺りかごに揺られるような感覚に任せて手放そうとした時、カバンの中のスマホが鳴る。ダルそうに、アイドルがしてはいけないであろう表情をして手に取るとプロデューサーからのメッセージが届いていた。
お休みのところ申し訳ありません。もうこちらに戻って来ている頃だと思いますが、これが明日以降の予定です。それから寝るときは済ませることを済ませてから眠ってください。
そう書かれた画面を下へスクロールすると、今後の予定が書かれた画像が添付されていたが、明日の予定は朝10時からという事を確認してスマホを閉じた。
「注意されちゃったから……やりますか……」
ダラダラと服を着替えるとハンガーにかけて、紙袋から母が持たせてくれた料理を冷蔵庫へと押し込む。スマホのアラームもセットしたのでやる事は全てやったため寝てしまおうと思ったが、ふと台所へと赴いて寝酒を飲む事にした。
昨日の飲み会は非常に楽しく心が潤い気力が大きく回復したのだが、結婚した友人が2人いてその話が今も胸中に強く残っている。
1人は子供がいて、もう一人は新婚らしい。その上すごい不満を抱えていたのか、愚痴が止まない時間があったほどだ。それでも家族の事を語る彼女達の表情はどこかキラキラしていて美しかった。
はぐらかしはしたものの両親にも良い人が居ないか聞かれた事も相まってずっと考えてしまっている。
楓は首を横に振ってコップに注いだ日本酒を一気に飲み干すとベッドに入った。
「結婚か……結構ん考える暇がない……ふふっ、ダメだ」
土曜日
結婚を結構ん考える。
日曜日
「トゥラトゥラトゥラトゥーラーラー♪」
上機嫌で箸をそれぞれの片手に持った高垣楓はそれでコップのフチ叩いて演奏する。その両サイドには仰向けになり服の裾が捲れて腹を少し出して眠っている佐藤心、机に突っ伏してなにかブツブツと言い続けている三船美優がいた。
個室の居酒屋でなかったらパパラッチの良い餌であろう地獄絵図である。もっとも三人共一見するとアイドルとは思えない醜態である。
「それで……なんでこんな事になってるの?」
呆れ半分、怒り半分で仕事が押して遅れてやって来た川島瑞樹は酔ってはいるものの唯一話が通じそうな片桐早苗へと問う。
「あはは、楓ちゃん一昨日の帰郷でなんかあったっぽいのよ。それでハイペースで飲んでたら2人が巻き込まれちゃって……」
「フンフンフフーン♪」
そう言って早苗は手に持ったジョッキを傾けて中身を口の中へと流し込んだ。それを見た楓はさらに上機嫌になって箸で叩く範囲をコップから皿まで広げた。
「あー、見たんなら止めなさいよ!それとその行動で全く反省してないって事はわかるわ!
あとうるさいから演奏するのやめなさい!」
額に手を当ててこの惨状から来る頭痛を鎮める。
こんな事なら明日朝早くから仕事だからと欠席した安部菜々を見習うのだったとため息をつく。
「もう……今日はお開きにしましょう。私は楓ちゃん連れて帰るから2人をお願いね。
楓ちゃん帰るわよ!」
「えー!かわしまさんも一緒に飲みましょうよー!」
「ダメ!あんたが1番悪酔いしてるんだからもう帰るわよ!」
瑞樹が無理やり抱え上げると楓も渋々ながらそれに従い動き始める。
「あはは……ごめんね瑞樹ちゃん!今度埋め合わせするからー!
さて、こっちはどうしようかな……とりあえず飲んでから考えよ」
部屋を出る2人を見送って早苗は部屋のインターホンを押して店員を呼んだ。
「もう……ホントツイてないわね……タクシーが一切捕まらないなんて……楓ちゃんの家がすぐなのが救いね」
店を出てしばらく歩くと、夏の暑さと密着しているせいでじっとりと汗が服へと滲み出てくる。
この暑さと酔った楓の鬱陶しさを胸にしていた瑞樹だが、ふと疑問に思う。最近はドラマの撮影があるからと遅くまで飲む事はあってもここまで悪酔いをする事は無かった。そして少しだけ人生経験の長い瑞樹はなんとなく一昨日何があったのかを察した。
「みずきさん……ごめんなさい……」
歩いて汗をかいたせいか少しだけ頭が回るようになった楓が絞り出すように言った。瑞樹は何も言わずにハンカチを取り出して楓の汗を拭う。
「地元の友達が……結婚したんです……私……結婚したいわけじゃないけど……彼女達がなんか……キラキラして見えて……頭から離れないんです……」
「それで、羨ましいとか思ったわけ?」
「わからない、結婚が羨ましいのか……あのキラキラしたのが羨ましいのか」
楓の言葉に瑞樹は足を止める。
「ふぅっ、あのねそれは結婚を羨ましがってるのよ。
周りは結婚していってるのに自分はアイドルやってて良いのかってね」
そして体を支える事に必死で顔を合わせなかったが、ここで初めて瑞樹は楓の顔をしっかり見据える。
「良いに決まってるじゃない!
私たちだってキラキラの種類が違うだけで貴方だって素敵な輝きを放ってるんだから!
結婚が全てじゃないでしょ?それともアイドルやってきて後悔してるの?」
「後悔は……してない。毎日大変だけど楽しい……ごめん、すこし寂しくなってたのかも」
「はぁ、好きなだけ寂しさ出しなさい。私だって同じ事何回も思ったからわかるわ。
でもこのままは疲れるから歩くわよ」
そう言って瑞樹は歩くのを再開する。ほんのすこし前までくっついていた温もりが嫌に感じていたが今はそうでもなくなった。
「みずきさん……ありがとうございます……また明日から、前に向かって走りますから、地元へ大手を振ってかえでる高垣楓になりますから」
「……キレが全くない。イマイチよ」
日曜日
大手を振ってかえでる高垣楓。