私とあの子の黄昏酒場   作:実質蒸しパン

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私を酒場に連れてって

 今日もまた、変わり映えのない仕事が片付いた。

 

 午後六時。

 オフィスの壁にかけられた時計が鳴ったわけではないが、いつも定時に上がる係長が気怠そうに立ち上がったの見て就業を悟る。

 

 近頃の業務は忙しくもない。むしろ、残業するといい顔をされない風潮さえ感じる。

 私も定時上がりでいいだろう。

 

 とはいえ、帰ってから特別やりたいこともない。

 安心を得るために残業代を欲しい気分だったのだが、無いならないで仕方のないことだ。帰るしかあるまい。

 

 私は日報に数行書き加え、今日の分の簡単な事務仕事を保存し、パソコンを落とした。

 飲みかけだったインスタントコーヒーの最後の一口を飲み干して、席から立ち上がる。

 

 さて。

 軽く給湯室の食器を洗ったならば、さっさと帰ってしまおうか。

 

「あ、木野井(きのい)先輩。お帰りですか?」

「うん? まあね」

 

 私が首をコキコキ鳴らしていると、無口な米沢さんを挟んだ向こう側のデスクにいる彼女が、声をかけてきた。

 

 つい数ヶ月前に我が社に入ってきたばかりの新人OL、浅間(あさま)ちゃんである。

 

「それじゃあ、私も」

 

 彼女も私と同時に仕事を終えたのだろう。既に手荷物を抱えたまま、帰り支度を始めているようだった。

 

 浅間ちゃんは私と違って飲み込みも早く、そこそこ仕事ができるのだが、こうして定時ちょっと過ぎた時点で自信を持って帰り支度を始められるようになったのは、つい最近になってからのことである。

 図太さは成長の証だ。周りの様子を見すぎても良いことはない。

 

「そうだ、先輩。今日このあと飲みにいきませんか?」

「飲みか。ふむ……」

 

 成人なりたて、そして美人な浅間ちゃんからの“このあと飲み”発言。

 

 このオフィスには私達OLだけでなく、男性社員も多くいる。

 彼女の言葉は部屋の皆に聞こえているだろう。

 

 男であれば普通、フリーかつ綺麗な浅間ちゃんの“このあと飲み”発言に乗っかるものだ。

 実際、“あっ、じゃあ俺も行きたいなー”とでも言えば、浅間ちゃんは嫌な顔せずOKすることだろう。

 

 だが、ここの男性社員たちは何も言わない。

 ノーリアクション。無視を決め込んでいる。

 

 これは、別に浅間ちゃんがイジメられているわけではない。

 素直で可愛くて、何より若い彼女は、陰では人気者だ。

 狙っている人も多いと聞く。

 

 なのに誰一人この飲み会発言に反応しないのは何故なのか。

 

「昨日ですねぇー、ばみログですっっっごい美味しそうなローストビーフ出してるお店見つけたんですよぉ! もう画像見てもらえればわかると思うんですけど、コレと一緒ならジョッキ五つくらいいけるんじゃないかって感じでっ!」

 

 彼女は、男連中さえも圧倒するほどの酒豪なのだ。

 

 蟒蛇である。いや、妖怪というわけではない。いや、ある意味で妖怪的ではあるのだが……。

 彼女はとんでもない量の酒を浴びるように飲む、超大酒飲みなのである。

 

 定時だというのに男たちが息を潜めているは、巻き込まれたくないからだろう。

 彼らは浅間ちゃんが入社してすぐの歓迎会で愚かにも彼女を酔わせようとして、逆にトラウマができるレベルに潰された経験があるのだ。

 

 特に“俺酒強いんだぜアピール”をしていたマッチョな井上君などは、歓迎会で胃液すら出なくなったという失態を犯して以降、飲み会でやけに静かになっている。

 私としては気にしなくてもいいと思うのだが、やはりそこはそれ、傷ついた男のプライドが未だに癒えていないかもしれん。

 私は女なのでよくわからないが。

 

「あ、もしかして先輩、この後用事あったり……?」

 

 私がぼんやり考えていると、浅間ちゃんはどこか寂しそうな表情をこちらに向けていた。

 

 ……浅間ちゃんとの飲み。

 

 彼女は悪い子ではない。酒癖がものすごく悪いというわけではない。

 むしろとても盛り上がるので、一緒に飲んでいると楽しいくらいだ。

 

 けど、彼女と飲んでいるとついつい一緒にグイッといきたくなってしまうようで、終わる頃にはゲーする人が多発する。

 そんなこともあり、今や浅間ちゃんと一緒に飲みに出かける人はほとんどいなくなってしまった。

 

 まぁ、明日も仕事があるしね。

 今日は花金なんてこともないバリバリの平日なのだ。

 二日酔いのリスクを考えたら、周りもおいそれとついていきたくはないのだろう。

 皆の気持ちも分からないではない。

 

「いや、特に無いよ。一緒に行こうか」

「! やった、先輩と飲みだー」

 

 けど、私は誘われたならば、いつだって彼女に付き合っている。

 

 自慢するほどのことでもないが、私は私でとてもマイペースなのだ。

 彼女がイッキしていたとしても、私は隣でハハハとでも笑いながらこじんまりとチビチビやっていける自信がある。

 ノリが悪いとも言うのだろうが、自分の限界を弁えているとも言う。

 

「ローストビーフか。最近丼物では良く聞くよね。楽しみだ」

「ええ、とっても美味しそうなんです! ほら画像これ!」

「おおー」

 

 それに、いつも様々なお店を紹介してくれる浅間ちゃんからの飲みのお誘いは、窓際ぼっちのアラサーOLにとっては素直に嬉しい。

 こんな枯れ果てた女と一緒にデートしてくれるなら、断る理由は全く無いのだ。

 

「それじゃ、お先に失礼しまーす!」

「私も失礼します。お疲れ様です」

 

 こうして、今日も私と浅間ちゃんは街に繰り出してゆく。

 

 OL二人。

 食い気と飲み気だけの、色気の欠片もない居酒屋探訪が始まった。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

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