魔法少女として生きることにも慣れてきたな。
そんなことを思いつつ人通りの多い交差点の上空を飛びながら、あたしは休暇としての自由時間を満喫していた。
なぜそんな人目につく場所で飛行能力を使えているのか、今にも地獄送りにされてしまうのではないか。と、そんな心配はご無用である。あたし、死神JKデイズちゃんは新たな能力を手に入れたのだ。
そう、あれはここに来る前のこと。あの時もあたしは休暇中だった。しかし、満喫していたとは言えない。なにせあたしは装備のせいで歩いているだけで不審者、常に人の目を避けなければならない身だったから。指名手配犯になったつもりで慎重に生きていこうとは思ったけれども、ずっとそんな状態で生活していて精神的に落ち着けるわけがない。
田舎に行けば話は別なのかもしれないが、それまでにあたしが訪れた地域では、人がいない場所なんてほぼ存在しなかった。そのへんにある何年前から建っているのかわからない廃屋とか、そういうところに潜まなければならないのかと思ったくらいだ。
さすがにそれはちょっと、ということでまず思いついたのが屋上だった。どの建物の屋上も、お昼休みの時間にならない限りはめったに人が上がって来ない。もし来てしまっても、一人や二人なら鎌でなんとかできる。そんな隠れ家的キーワード「屋上」だけれど、そこにも重大な欠点が一つあった。
大体どの建物の屋上も、飛行能力でたどり着こうとすると誰かに見られてしまうことだ。そういうわけであたしは堂々と正面から建物に侵入し、屋上へ向かう道中あたしを見た人を片っ端から鎌の餌食にしていくしかなかった。ダンボールを被ったスパイでもあるまいし、ほんとなんの潜入ミッションだよって話だ。
そうしてやっとの思いをしてたどり着く屋上も、当然ながら屋根も壁もないので環境としては劣悪だった。今の時期は暑くて仕方がないし、あと半年ほどすればその真逆になるだろう。
魔法少女はどうやら汗もかかないようで、またそれが原因となり熱中症などで倒れるっこともないようだったので、それだけが唯一の救いだったけれど。いや、そんなことを身をもって実証しなければなかった時点で、救われているとはとてもじゃないが言えた状況ではないか。
そしてついに、あたしにも嫌気が差した。
あたしの初陣、橋本紀之のゲームや妹に関わるデザイアを倒した時を含めカウントして、三人目のデザイアを倒した時のことだ。
「ねえ神様、相談なんだけどさ」
「はいはい」
どこかの会社の屋上で、できるだけ日陰になっている場所を探して膝を三角にして座り込む。見ているだけで暑そうな黒ローブを着たピンク髪ショートの女が、大鎌を背負いつつスマホを耳に当てているなんてそんな光景、誰か一般人が目にすれば我が目を疑うだろう。。
「休養期間はそっちに行かせてくれない?」
「は? こっちって、初めに君と会った真っ暗いところのことか?」
「そうそう。あそこ涼しくて居心地よかったしさー」
それに神様以外誰もあたしの存在を認識できない場所なんだから、せっかくの休養期間を満喫するにはうってつけの場所だと思うんだ。
「ダメだよ。そんな毎度毎度、君を移動させるのも面倒だし」
「でも暑くて死にそうなんだけど。この格好で目立つなとか無理だし」
「魔法少女は暑さ程度じゃ死なない。それに、君がその装備を望んだんだろう」
そりゃそうだけど。でもデザイアと戦うための武器を考えろと言ったくせに、戦わない時の私生活にまで責任を持てとはちょっとひどいんじゃないの?
「そうだけどさー。でも神様お願いだよ、あたしもうやっていける気がしない。お金手に入らないから何も買えないし、お風呂はこの前ついに鎌使って人様の家にお邪魔して入らせてもらっちゃったくらいなんだよ?」
あたしが「お風呂借りますねー」と言って当然のように自宅に侵入してきても違和感がないように、鎌でそのあたりの思考を断ち切ってしまった。完全に悪行である。
「あー、まあそれは知ってるけど。でもそれで上手くいってればいいじゃない? 食べ物と違って風呂は減る物でも……いや厳密には減るけど、それくらいで困る物でもないし」
「知ってるって、まさか神様のスーパーパワーで覗きとかしてませんよね?」
一瞬の間をおいて、あっはっはーと豪快な笑い声が聞こえてきた。わざとらしい物だった。
「当り前じゃないか。そんなことしたら神様捕まっちゃうよ」
本当だろうか。まあ、見られていたとして、あたしがそれを実感することはないから別にいいんだけどさ。……逆に言えば、もし覗かれていることを実感させられた時が来れば、あたしは神殺しの異名を背負うことになる。
「とにかくですよ。あたしはもっと安心して休養を取りたいんです。お願いしますよ」
「……うーん。じゃあ、わかったよ。君の望みをそのままは叶えられないけど、一つ折衷案を出そう。こっちへ呼び寄せるけどいいね?」
「はいもちろんです! 神様大好き!」
んふっ、と気持ち悪い声が聞こえたあとに通話が切れた。あの神様意外とチョロいのでは。
突然足元に穴が開き、あたしは座ったままの姿勢で落っこちる。普通なら屋上に穴が開いて落ちれば下の階に降って現れるはずだけれど、当然そんなことにはならない。これは神様の作ったワープゲートなのだ。
ふわっと体が浮く感覚がしたかと思うと、あたしは例の真っ暗闇空間に立っていた。目の前には結局仙人のような見た目のままの神様がいる。
「時間がないので手短に言う」
なんとなく表情から、今は本当に時間がないらしいことが察せられた。それでもあたしの電話に出てくれたというならさすがにちょっとは感謝しなければ。
「君のその黒いローブに能力を付与してあげよう」
「自分だけのプライベート空間を生み出せる能力ですか!?」
「それは無理だ。一人の魔法少女に収まる能力の度合いというのはある程度決まっていて、君くらい強力な武器を持っている魔法少女にそんな強力な能力は与えられない」
ちょっとがっかりだけど、そりゃあそうか。持てる能力に上限がないなら、あらゆる願いを念じるだけで叶える能力を持つ魔法少女を量産すればいいだけだもんね。
「じゃあどんな能力を?」
「透明化だ。君がそのローブを着ている間に限り任意で、自分の腕が届く範囲にあるものを人に認識できないようにする。匂いや音も消すから、透明化と言うのも便宜上の呼び名に過ぎないんだけど」
「すごい能力じゃないですか!」
それさえあれば屋上に上り放題、それどころかクーラーの聞いた場所に入りたい放題だ。脱いでしまうと効果が消えるということでお風呂には相変わらず苦労するけれど、汗の一滴もかかない体を与えられているだけマシだと、あたしの方も少しは妥協していくべきか。
「ただ一つ弱点がある。人に認識されなくなる能力は、人に触れられなくなる能力じゃあない。偶然でもなんでも、とにかく人に触れてしまえばこの能力は強制解除、五分の間再びの発動ができなくなる」
「なるほど……」
よく漫画なんかでひょんなことから一時的に透明人間と化してしまったキャラクターが透明であるがゆえに事件に巻き込まれて、自分がそこに存在することを悟られないように必死に人を避ける展開なんかがあるけれど、あたしはまさにそれをやるわけだ。
それだけで人目を気にせず暮らしていけるというなら安いものだ。すばらしい、あたしの人生は今この瞬間から薔薇色になったぞー!
「はい、もう能力付与したから、がんばってね。それじゃあ神様は忙しいのでまた今度」
「あ、ありがとう神様! この恩は、いっ」
一生忘れないよ、と言う前にあたしは気づくと元居た屋上に戻されていた。ちょっと舞い上がってしまって「一生」とか言いかけてしまったので聞かないでいてくれてよかったかもしれない。冷静になって考えれば、なんかあの神様に安易にそういうこと言うと調子乗らせちゃいそうだから。
ともかく、ローブに与えられた能力の発動を試みてみる。あたしの体よ、あと服とか鎌とかその他諸々よ、認識されぬようになれ!
「お、おお!」
体が全体的に半透明になった。他人には完全な透明に見えているのだろうから、これはあたし自身への「現在能力が発動しています」というサインとしての物なのだろう。なんて親切なんだ素晴らしい。
神様の話だと姿だけでなく音も認識されないようにしてくれるらしいので、まずは試しに飛行能力を使い屋上から降りてみる。そして街行く人たちの頭上一メートルほどの高度に停滞。少なくともここまでで姿が見えていないことは確認できたので、万が一の心配もない。
「あー!!!!!!」
ありったけの大声を上げてみる。が、誰もがあたしを無視した。つまり成功だ、誰もあたしを認識していない!
「やったー! 自由の身だー!」
あたしは喜びのあまりその場をくるくると飛び回った。泳ぎ回った、と言った方が動き的にも気分的にもより正確かもしれない。
まぁそんなわけであたしは、今もこうして人のごった返す交差点の上空で、のんきにぷかぷか浮いていられるわけである。今日は曇り空なので日差しもなく飛行日和なり。
で、神様から新たな能力を与えられたあたしは、そのままの快進撃でデザイアを撃破、今の場所に飛ばされてきたわけである。飛ばされ方は前よりマシになったとはいえまだまだ荒く、もしかするとあたしが魔法少女ではなく普通の人間だったら、今頃どこかしら内臓をやられて病院送りになっていたかもと思わざるを得ない。
現在、休暇二日目。あたしは前回のデザイア、つまり四人目のデザイアのことを思い出す。初戦を見てもわかる通り、三人目までの全てのデザイアも曲者揃いでなかなか強敵だった。けれども四人目はその中でもずば抜けていたというか、魔法少女狩りの異名くらいもらっていても良さそうなくらい凶悪なヤツだった。
今思い出しても寒気がする。そのデザイアは「触手に犯される女の子が見たい」という欲望から生まれた、ある種の醜さを極めた最低の化け物だった。ついでに欲望の主自体もそこらへんにいそうな普通のおっさんで、総じてあたしの魔法少女生活至上、最低最悪の敵だった。
おっさんもさすがに自分の娘でもおかしくな女子相手に、正直に欲望の情報を明かすことはしなかった。そして特に屈折した信念を持っているわけでもなかったデザイアは、鎌で一撃入れるだけであっさりと消滅させられた。……させられたのだけれども、文字で表せば簡単そうに見えるが、その「一撃入れるだけ」を「あっさり」と言えるのは、客観的な視点で見たときだけだ。
無数の触手を背中から生やした、謎の汁が滴る人型、それもおっさん型の化け物。それがものすごい速度でこちらに迫ってくる恐怖を知っている人が、いったいこの世にどれだけいるというのだろうか。あたしはある意味での地獄を見たと思う。
しつこく追い掛け回してくる触手のおっさんから逃げ回ること数分、ようやく覚悟を決めたあたしはそいつを迎え撃ち、すれ違いざまの一太刀で決着をつけた。ゴキブリを叩き潰す覚悟を決める時と似ていたと思う。
いや、今思い出してもあのデザイアはひどかった。男性の醜さの権化たる存在だったと思う。あれを見たあとでは、同年代以下の男子がおっぱいおっぱい言っていてもかわいらしく見えてしまいそうだ。あたしの価値観を歪めるのはやめてほしい。
「次のデザイアはもっと優しい、というか見た目に生理的嫌悪感がないヤツが相手になりますように……」
切実な願いを天に捧げる。けれどこれは気持ちの問題として捧げた祈りであり、神をこの目で見たあたしは本気でそんなことを祈ったりしない。本気で願っても神様たちだって「そんなこと言われてもどうしようもない」と言うだろう。
さて、ところで今日は何をして過ごそうか。このままずっと浮かんでいても暇だし、認識されないのをいいことに映画館にでも忍び込んでみようか? いや、それも悪行だから可能な限り控えるべきだとは思うけど。
でも今のあたしとしては、映画よりもポップコーンが食べたいなぁ。お腹が減らない体を持っているとはいえ、何かおいしい物を食べたいという欲が消えてなくなるわけではないのだ。むしろ空腹を満たすという役割がなくなって、あたしにとっての食事はより趣味の意味が大きくなった。
行き倒れなんです、って言ったらまた誰かご馳走してくれないかなー。でもあの時はだいぶ危ない橋を渡ったしなぁ。人気のない場所なら鎌を使うこともできるけど、それ万引きと大差ないしやっぱりダメだよなー……。うーむ、どうしよう。
「ねぇ、あなたもしかして魔法少女? そうでしょ?」
「え? あぁ、うん、そうだよ」
今日何をして過ごすかについて脳みそをフル回転させていると、いつの間にか隣でゴスロリファッションの女の子が浮かんでいた。浮かんでいるということは、なんだ彼女も魔法少女か。
「って、えぇ……!?」
二度見する。う、浮いてる。すごい派手な服装で小柄な女の子が浮いている。マジか。
ということは彼女は魔女であるわけだけど、それにしたってなぜ能力で姿を隠しているはずのあたしに気づいたのだろう。気づけるような能力を彼女が持っているのか、それともこの透明化自体が一般人から隠れるために欲した物だったから、魔法少女に対してはまったく効果のない物になっているのだろうか。
「やっぱりそうなんだ! あたしも魔法少女なんだ、よろしくね」
にこっと可愛らしい笑顔をあたしに向けてくれる。おそらくあたしより若く、顔立ちに幼さが残るくらいのその少女は、まぁそれはそれはかわいかった。愛でたくなるかわいさだ、同性を敵に回さないタイプのやつだ。
「あ、う、うん。よろしく」
「どうしたの? なんか顔色悪いよ」
「あー、いや、急に同業者が現れたからびっくりしちゃって」
魔法少女があたし一人でないことくらいわかっていたし、おそらく途方もない数の魔法少女が全国にいるのだろうなとも思っていた。でもまさか、こんなにあっさり会うことになるとも思っていなかった。
なんで同じ場所に魔法少女が二人いるんだろう。まさか一人では倒せない強大なデザイアが出現する予兆でも出たというのか。
「同業者……?」
「同じ魔法少女ってこと」
「あぁ、なるほどね! あなた他の人に会うの初めてなんだ?」
素直にうなずく。口ぶりから察するに、彼女は今までに何度かほかの魔法少女と会ったことがあるらしい。もしかしてキャリアが長くなれば、自然とそういう機会も増えるのだろうか。
そう、でも、キャリアか。そういえばあたしは魔法少女が老化するのかを知らないけれど、他の数多ある非現実味あふれる特徴から察しておそらく、魔法少女は永遠に老化しないと予想することはできる。
あたしよりも幼い彼女が、あたしよりも長く生きている可能性だって十分あるとあたしは思う。そしてそう考えると、なんだか急に先輩が現れたようで緊張してきた。神様の前ではそんなこと全然なかったのに。
……しかし、あたしが魔法少女になった経緯を考えると、彼女の見た目年齢はやはり重要になってくる気がする。だって、もし全ての魔法少女があたしと同じ経緯をたどっているなら、彼女はあたしよりさらに若いのに……。
「そう、じゃあ初めて会う魔法少女がナインでよかったね」
「ナイン?」
「名前だよ。わたしは魔女ナインエイト、魔女の中の魔女なの!」
魔法少女も一応略せば魔女になる。けど魔女というと大きな帽子を愛用してほうきに乗り怪しいスープを作る、そんなおばあちゃんの姿が真っ先に思い浮かぶ。女子高生のあたしより、彼女はさらに魔法少女という呼び方の方が似合いそうだけれど。
「魔女の中の魔女かぁ、強いの?」
「さいきょー」
「そっかー、すごいね」
あぁ、なんかかわいい。ゴスロリという尖ったマイナーなファッションも魔法少女としての立派な特徴として成り立っているし、なんだかこの子は完成度が高い。お人形さんみたいだ。こんな感情を抱いたのは初めてであたし自身驚いているが、なんだか抱きしめたくなる。
「ねぇナインちゃん」
「あっ!」
突然ナインが大声を上げる。街中の交差点の上で、女子が二人浮かんでお喋りしている特殊な情景も、神様がくれた能力のおかげで下々の一般人には認識されない。
……ん? いや、あれ?
「あれ、ナインちゃんそういえばここまでどうやって」
「今さぁ、ナインのこと「ちゃん」付けて呼んだでしょ!」
「え、あぁ、うん」
「ナインのこと子どもだと思ってるでしょ、なめてるでしょ!」
なんとなく、むかし動物園で見た威嚇する動物たちを思い出す。ナインちゃんはたぶん怒っているんだろうけど、申し訳ないがあたしには小型犬の威嚇くらいにしか見えない。
「いや、なめてはないけど」
「何歳なの?」
「え?」
「ナインは十四歳だけどそっちは!?」
十四歳ってことは中学生か! あたしから見て四つも下だ。
「十八だけど」
「ふん、じゃあ四捨五入したら差はゼロじゃん」
すごい理屈だ。
「えーと、気に障る呼び方しちゃったなら謝るよ。なんて呼んだらいい?」
「ナイン様」
「え……?」
「ナインは魔女の中の魔女だよ。ちゃんと「様」って付けて」
……これは、癖の強い子に巡り合ったかもしれない。中学生に対して様を付けて呼ぶことを強要される日が来るなんて、ほんの数秒前までまったく予想していなかった。
それに十四歳の中学生とはいえ、その年齢はそれなりに大人だ。完全に大人ではないけれど、完全な子どもでもない。彼女の容姿はもっと幼く見えるけれど、そんなことよりその歳でその態度を取れるのはよくよく考えれば中々のものだ。
「わかった? ナイン様って呼ぶんだよ?」
「……まぁ、呼べって言うなら別にそれでもいいけどさ。あの、でも一応言わせてもらうと、あたし結構先輩よ?」
「あー! また、またナインのことを年下ってだけで! 謝ってよ、謝れ!」
頭が痛くなってきた。問題児を抱えた小学校のクラス担任がいかにつらいかを知った気がする。あぁいや、彼女は中学生なのだったか。
「ごめんって」
「ちゃんと「ごめんなさい」って言ってよ!」
「……はぁ」
これ以上面倒なことになりそうなら鎌を使ってしまおう、魔法少女には効果がないという制約も無いわけだし。と、さりげなく背負った鎌に手を伸ばす。あたしには問題児と上手く付き合っていく義務もはない。
「謝れって言うなら謝るよ。様を付けて呼んでほしいならそうするよ。でも、そこまでだよ。それ以上は何もしない。あたしはあなたの下僕じゃあないんだから」
鎌に手をかけようものなら一瞬でこちらの行動を制してくる女性も世の中にはいるけれど、このナインとやらはかなり無防備な方だった。あたしから危害を加えられるなんて夢にも思っていないであろう無防備さ、無邪気さがある。あたしがその気になれば容易いだろう。
「え、なに言ってるの? そりゃ下僕じゃないでしょ。え? どういうこと?」
「いや、だからね。呼び方が気に入らないって言うならそっちに合わせるけど、あなたの言うことなんでも聞くわけじゃないからねって言ってるの」
「うん。……それ、当たり前じゃない? ナインは別になんでも言うこと聞いてほしいわけじゃないんだけど」
あれ、急に流れが変わってきたぞ。
「あれ、そうなの?」
「そりゃそうじゃん。ナインはナイン、他人は他人だし。誰かが誰かの言いなりになるなんておかしいよ」
「あ、そう……?」
鎌から手を離す。もしかしてだけどこの子、本当に呼び方にだけこだわっていて、その他の部分ではそこそこ常識人なのか……?
「じゃあ、えっと、さっきはごめんなさい。ナイン様と呼ばせてもらうけど、それでいいですか……?」
「うん!」
ナイン様は満足げに笑顔を見せた。まぁ、それで満足してくれるならこっちとしても特に文句はないけどさ。変な子だなぁ。
「で、ナイン様。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ナインも聞きたいことがあるんだけど」
「緊急だからこっちから言っていい?」
不機嫌をそのまま顔に出しつつも、しぶしぶ頷いてくれる。
「さっきから当然のように人目につく場所で飛んで喋ってしてるけど、自分の姿を隠す魔法とか使えるの?」
本人いわく魔女の中の魔女であり最強らしいので、あたしのローブと同じような能力を持っていても特に不思議はないけれど、いかんせんあたしの目から見て透明になっているとかそういう特徴が一切見当たらないので、見ていてどうしても不安になってしまう。
きっと自信満々に能力の説明をしてくれるんだろう、と思っていた。しかし彼女の顔からは見る見るうちに血の気が引いていき青くなる。
「ど、どうしよう……」
「な、なにが。どうした」
「ナインそんな魔法使えない。散歩してたら魔女っぽい人見つけて、それで……」
気分が高揚して、思わず思考停止して話しかけに来てしまったわけですか、もしかして。姿も隠さず、声も消さず、そのままで。
「どうしよう……どうしよう……!?」
ナイン様、いやナインちゃんは今にも泣きだしそうだった。地獄に連れていかれるかもしれないと思えば泣きたくなるのもわかる。
でも大丈夫だ、だって一般人の方々が宙に浮かぶ少女の姿に気づいていればすでに今頃大騒ぎになっているはずなのだから。つまりナイン様は、誰かに気づかれるより前に「あたしの手が届く範囲」というローブの能力適用領域に入っていたわけだ。
あたしに一言声をかけた時には、彼女の姿もその声も、おそらくは能力の持ち主であるあたし以外の何者には認識されていない。偶然ではあるがセーフである。
「あ、大丈夫だいじょーぶ。あたしの手の届く範囲にいる人はあたし以外の人から見えなくなるし声とかも聞こえなくなるから、たぶんナイン様のことは誰にもバレてないよ」
藁にも縋るというか、蜘蛛の糸にもしがみつかんとする顔で半べそになっていた彼女が涙声で、
「ほ、本当……?」
と聞いてくる。しおらしくなるとそれはそれでかわいい。
「ほんとほんと。そうじゃなかったら、あたしも始めからこんなところ飛んでらんないし」
「あ、そっか。そうだよね! よかった助かったー!」
精神的に一度地獄の門の前まで赴いていたナイン様が現世に帰ってきた。元気なのは元気なのでかわいい。要するに頭おかしいっぽいところを見せなければこの子はかわいいのだ。
「でも次からは気を付けるんだよ。今回はただのラッキーだからね」
「うん、ありがとう! 命の恩人だ!」
感情が高まりに高まった結果なのか、感謝の気持ちを伝える最大限の手段だったのか、とにかく彼女はあたしに抱き着いてきた。もう、かわいいやつめ。
……あ、違う。やばい。
「バカ!」
「えっ」
「あたしの能力は他人に触れたら強制解除なんだよ!」
「え、そんな……むぐぅ!?」
片手でナイン様を抱きかかえ、もう一方の手で彼女の口をふさぐ。今大声を出されれば地上の人たちが全員上を見上げ、あたしたちという超常の存在がバレてしまう。それで世間を騒がせてしまえばこの場の魔法少女は二人そろって地獄行きだ、冗談じゃない。
正直驚いた拍子にあたしも大声を上げてしまったけれど、とにかくこれ以上ここにはいられない。しかし姿も見えているのだから横に飛べば高確率で誰かに見られる。なのであたしは上へ、ひたすら上へと飛ぶしかなかった。地上から見上げても「人が飛んでいる」と認識できないほど遠く離れた上空まで上ってしまえば、とりあえずのところはセーフのはず。
「苦しいかもしれないけどちょっと我慢して」
神様の力によって次の地点へ強制的に飛ばされる時のような、体への負荷を無視した全速力で上を目指す。気持ちとしては大気圏を超えるくらいに、とにかく猛スピードで上へ飛ぶ。
必死になって上昇すると、気づいた時には雲がすぐ届きそうな距離にあった。そうだ、雲の中へ入ってしまえば一先ず安心だ。
ナイン様の口から手を離してあげるとさすがに苦しかったのか、彼女はまず真っ先に息継ぎをした。
「ぷはっ……! ひゅー……ひゅー……」
「ごめん、……じゃなかった、ごめんなさい。苦しかった……?」
聞くまでもないだろうと我ながらに思うけど、聞かないわけにもいかない。
たぶんものすごい勢いで悪態を吐かれるだろう、と思っていた。が、予想に反してナイン様は必至の形相でぶんぶんと首を横に振る。
「ご、ごめんなさい。ナインのせいで、ごめんなさい……」
あたしはそんなに怖い顔をしていただろうか。まぁ、必死ではあったけど。
「いや、怒ってないよ。たぶん大丈夫だったと思うし」
「で、でも……」
ナイン様があたしにしがみついて離れようとしない。それどころか「こいつから手を離せばナインは死んでしまう」と言わんばかりの渾身の力でしがみついている。もしかして、と一つ心当たりが。
「あの、もしかしてナイン様高いところって苦手?」
「に、苦手じゃない! いつでも空飛べる魔女が高いところ苦手なわけないじゃん!」
「いやでもほら、普段ならこんな高いところまで来ないし。もしかして極端に高いところ苦手だったりするのかなーって」
あたしたち魔法少女は手荒な強制飛行による運搬への耐性としてなのか、こんな空高くにまで高速かつ生身で上って来ても息が苦しくなったり体に異常を感じたりすることはない。身体的には耐性がバッチリあるのだけれども、精神的な方は個人差があるというならそれはそれで納得できる。あたしは最近高いところにも慣れてきたけど。
「……ちょっと」
「うん?」
「ほんとは、ちょっとこわい……」
かわいい。
「ごめんねー。でもあと五分しないとあたしの能力復活しないから、もうちょっとだけ我慢してくれる……?」
「と、当然! ナインはちょっとの恐怖に負けたりしないし!」
と言いつつしがみつく強さがさらに増した気がする。
我慢してねと言わずに、彼女の限定的な高所恐怖症をあたしの鎌で断ち切ってしまえば全部丸く収まるのかもしれない。でもなんだかそれはもったいない気がした。苦手なことも個性の一つだとあたしは思う。
高いところを怖がる心も、触手のおっさんを気持ち悪いと思う心もあたしたちにはきっと必要な物なんだ。そうでないとあたしたちは戦闘マシーンになってしまう。
ところで五分後に発見したことだけれど、ローブの能力は誰かとすでに接触している状態で発動すると、発動後その人と触れ合っても強制解除が起こらないことが判明した。憶えていて損はなさそうな隠し要素だった。
あたしの手の届く距離に入っていることを常に維持して、なおかつあたしに指一本触れるな。そういうシビアすぎる指令をナイン様に出さなければいけないのかと思ったけれど、便利な隠し要素のおかげでその必要はなくなった。
能力が再発動してようやく落ち着けたあたしたち二人は元居た高度の上空へ戻ってきて、まだ途中だったお喋りを再開する。
それと戻ってきた時のことだけれど、ナイン様は言葉の表現上の意味ではなく、文字通り物理的に胸をなでおろしていた。かわいい。
「帰ってこれた……」
「いや、ナイン様だって飛行能力あるんだから、まず落下することはないでしょ」
「そういう問題じゃないの!」
やっぱり、ちょっとの恐怖になんて負けない我慢できるもん、と言っていたのは見栄だったんだなぁとしみじみ思う。悪いことをしてしまったかな。
「で、何かあたしに聞きたいことがあるって言ってなかったっけ?」
「あ、そうだった。まだ名前聞いてないなって思って」
「あぁそうか。あたしの名前はデイズだよ」
「デイズちゃんかぁ」
そっちは「ちゃん」付けで呼ぶんかーい、と軽く裏拳でツッコミを入れたくなる。あの定番のなんでやねんってやつ、やってみたい。
「そう、デイズちゃんですよ、ナイン様」
「なに、呼び方が不満?」
「いや別に」
呼び捨てでもなんでも気にはしませんけどね、それ自体は。ただツッコミどころがあるのに、さっきみたいなヒステリー起こされても困るからと黙っていなきゃいけないのはちょっとモヤモヤするだけ。
「ところでナイン様はなんでここに?」
「なんでって言われても、デザイアを成敗しに来たんだよ。みんなそうでしょ」
成敗て。ゴスロリと似合わない言葉選びだなぁ。
「もしかしてこの辺りに別々のデザイアが二人出るのかな。あたし今日で休暇二日目だから明後日には仕事なんだけど、ナイン様は?」
「ナインは今日ここに来たばかりだよ」
「じゃあやっぱり別々の目標か」
二人がかりじゃないと倒せない強大なデザイアに挑まされるのかと思ったけど、ただの偶然で出会っただけだったようで安心した。そうだ、考えてみれば人との出会いまで神様に決められてたまるものか。
それに、考えてみればあたしが今までにすれ違ってきた通りすがりの女子中学生や女子高生が、魔法少女ではないと言い切ることなんてできないのだ。
あたしが新たな能力を授かってまで一般人から姿を隠さなければならないのは妙な格好をしているからであって、ナイン様なら休日昼間に街を歩いていれば多少目立ちつつも一般人として溶け込めるだろう。お互い気づいていないだけで、魔法少女は案外いつでも近くにいるのかもしれない。
そうするとあたしは魔法少女の中でもダントツで目立っている人ということになってしまうけど、それで今日みたいに出会いが増えるならそれも悪いことではなさそうだ。
「ところでさーねぇねぇ、デイズちゃんが背負ってるその大きな鎌は武器なの?」
「そうだよ」
「どんな能力なの……!?」
ナイン様の瞳がキラキラ輝いている。中に星でも浮かんでいるんじゃないかというくらい、キラッキラしてる。そんなに同業者の武器に興味があるのだろうか。
「これはね、物以外を断ち切る鎌だよ。人の思考とか、目に見えない概念そのものとか、なんでも」
実質的にはほぼ物も切れる鎌なのだけれど、あたしだってこれを完全に使いこなせているかはわからないし、ざっくりと理解してもらえればいい。
と、思ってわかりやすく説明したつもりだったんだけど。
「んー……? よくわかんない」
「じゃあ、なんでも切れる鎌だと思ってもらえれば」
「すごいね!」
「うん、まぁね」
途中式の意味をまったく理解していないけれど、とりあえず答えが求められたのを見て「すごい!」と興奮している数学苦手な子みたいだ。
「ナインの武器はねー重力を操る魔法が使えるんだよ」
今度は玩具を自慢する子どものように見える。
「へぇー」
「ほら、これ」
パァッと彼女の手元が光ったかと思うと、どこからか小さな杖が現れた。
なるほど武器は直接持ち歩かずに、必要な時だけ出現させるような物をオーダーすることも出来たのか、と今になって思う。
けど別に自分の鎌に不満があるわけじゃあない。これは常に背負っていることで、あたしという人間のキャラクター性をより濃くする、必要な物なのだ。
「この杖を持って念じれば、重くするのも軽くするのも思いのまま。無重力空間も作れるよ」
「へぇー、すごいね」
「黒い時は重く、白い時は軽くできるの」
そう言って彼女が杖を振ると、杖の色が白黒白黒と次々交互に変わっていく。
ところでそんなおしゃれ機能があることは結構なのだけれど、杖が小さく形も明らかに歩行を支えるための物ではないし、何より装飾が派手なせいで良く言えば魔法少女のアイテム感、悪く言えばオモチャ感がすごい。本当に玩具を自慢する子どもを見ている気分になる。
「……あっ、もしかしてナインエイトって名前は重力加速度か」
「おー! デイズちゃんお目が高い!」
お目が高いってなんだ、名前に鑑定とかあるのか。
「そう、ナインの名前は重力加速度の9.8から来てるんだよ。おしゃれでしょ」
「え、あー、うん。おしゃれだね」
「ね!」
あたしはおしゃれ業界の最先端を行くトップ精鋭からは程遠いポジションにいる女子高生だけど、でもその名前がおしゃれかどうかには異議を唱えたく思う。もちろん円滑なコミュニケーションのために我慢するけど。
「さて、それではここでデイズちゃんに問題です。ナインの武器はなんて名前でしょう?」
「名前?」
武器に名前なんて付けるのか。自分自身にも新たな名前を付け、その上所持する武器にも名前を付けるとは忙しい。
自分を呼んでもらう時に「人間」とか「女」とか「魔法少女」では不便だから名前をもらったけれど、この鎌を呼ぶのには「あたしの鎌」で特に問題がない。だからだろう、武器に名前を付けるという発想そのものが斬新に思えたのは。
「ヒントはナインエイトと同じで、重力に関係するものです」
「重力ねぇ……」
グラヴィティなんとか、なんとかグラヴィティ、シンプルに考えればそのどちらか。横文字は使わずに来るスタイルか、それともまだ重力加速度ネタを使いまわしているのだろうか、と他にもいろいろ考えられるけど。
まぁ、わからなかったところで何も困らないのだから、そんなに真剣に考えることもない。
「わかんないや。正解は?」
「正解は、まず黒色をしている時がフォール・グラヴィティ」
「なるほど」
横文字系だった、こういう物のネーミングとしては正統派だと思う。「落ちる」の意味のフォールと「重力」の意味のグラヴィティで、彼女の能力が狙った範囲や箇所にだけ重力を増し物を重くする物だとすれば割と普通の名前だ。
「そして白い方が」
「ちょっと待って考えさせて。それって黒い方とノリは同じ?」
「同じだよ」
横文字系で正統派、特にひねったり凝ったりはしない。重力を強める能力に落とすという意味の言葉が付いていたということは、弱める方の能力にはその逆の意味の言葉が付いているはず。
なんだろう、持ち上げるとか? だとすればアップ……じゃなくてリフト・グラヴィティか? いやそれだと直感的に伝わらない。じゃあ、重力を消す意味で……あれ、消すって意味の英語ってなんだろう。デリート? デリート・グラヴィティ? あ、割とありそう。
「デリート・グラヴィティ……?」
「ぶっぶー!」
ここぞとばかりのテンションと勢いで不正解を告げられてちょっと本気で悔しい。
「正解は?」
「ゼロ・グラヴィティ」
「パクりじゃん!」
それもモロぱくりだ、ひねる気が一切ない。これはひどい。
……ん? そう言われてみればそういえば、フォール・グラヴィティの方にも何か似たような名前の物がすでに世の中に出ていたような……。フォールグラヴィティ、グラヴィティフォール……うっ、なんか頭が痛くなってきた。
「パクりじゃなくてパロディだよ」
「いや紛れもないパクりだよ」
パロディと言い張るならもっとひねっておくれ。ポプテピピックでも読むかい?
「パクりじゃないけど、まぁそれはいいや。そんなことよりデイズちゃんの武器の名前も教えてよー」
「えー?」
ないです、とは言いづらい。またナイン様の目が輝いているからだ。小さな子どもの期待を裏切るなんて、そんな残酷なことあたしにはできない……! いや彼女せいぜい四つ下だから小さな子どもでもないんだけど。
「そうだなぁ、先に教えてもらっちゃったし、こっちも教えるのが礼儀ってものかなぁ」
「そうそう、そうだよ。だから教えて」
「うーんそうだねぇ」
適当に話を引き延ばしつつ、長期連載の漫画や長期放送のアニメのように展開を引き延ばしつつ、あたしは必死に即興で武器の名前を考える。
鎌は英語でサイズ、あたしの名前の元ネタになっている死神をモチーフにしたガンダムの名前がデスサイズヘルなのも、鎌を主な武器としているからだろう。それならせっかく格好良くて語呂がいいので、その名前を元にして考えよう。
まず名付け親である橋本青年からその名前を出された時の印象通り、それぞれの単語を三つに分けてみる。デス、サイズ、ヘル。死を意味するデスは不吉だし、死神JKデイズちゃんを名乗ることになったのも、死神という物騒な名前をJKで緩和しようとしたからだ。よってこのデスも緩和を図る。
デスの逆をなんと言うのかわからないけれど、丁度良いことにデスはデイズと頭文字が同じだ。ここはそのままあたしの名前であるデイズを使ってしまおう。そして次のサイズは鎌の意味なので特に変更する必要なし。問題は最後のヘル、地獄だ。
魔法少女として地獄というワードは不吉すぎる。なのでこれも緩和したいが、あたしにだって地獄であるデスの反対はわかるぞ。天国のヘヴンだ。
デイズ・サイズ・ヘヴン。あ、なんか結構語呂がいい感じになった! メイド・イン・ヘヴンみたいになってる! よしこれでいこう!
「ねぇーもったいぶらずに教えてよー」
「よし、わかった。一度しか言わないからよく聞きなさいよ?」
今まで力の抜けた様子で宙に浮かんでいたナイン様だったが、一度しか言わないという言葉に反応して起用に空中で正座のポーズになる。
あたしはできるだけ仰々しく、今考えました感を出さない用最新の注意を払ってその名前を口に出す。
「デイズ・サイズ・ヘヴン」
「…………」
沈黙が訪れた。ダメか、ダメだったのか。あたしの即興センスではダメだったのか。よく考えれば持ち物に自分の名前入ってるとかやばいもんね、ハサミとかにお名前シール貼ってる子どもと一緒だもんね。
と思った矢先、あたしに覆いかぶさりそうな勢いで彼女は飛び上がった。
「かっこいい!!」
「そう……?」
「すっごいかっこいい!!」
よし、セーフ! 心の中でガッツポーズをする。やったよ橋本青年、君のおかげであたしはまた一つ難を乗り越えられた。ありがとう橋本紀之、ありがとうガンダムデスサイズヘル。
「まぁ気に入ってもらえたならよかった。……で、ナイン様と仲良くなれたのは光栄だけど、お互いこれからどうする?」
このまま日が暮れるまでお喋りしているわけにもいかないだろう。というか、日が暮れた時ナイン様はどうするつもりなのだろう。重力を操る能力では、あたしと違って誰かの家に泊めてもらうことも出来ないんじゃないか。
「どうするって? ナインは普通にお散歩してるけど」
「夜寝る場所はある?」
「え、デイズちゃん寝るの?」
「まぁ、寝るけど」
あたしたち魔法少女は普通とは体の仕組みが違うらしく、汗をかかない上にそれが原因で発生する問題が何も起こらないように、睡眠時間だって本当は一秒も必要なくて、眠っても眠らなくてもコンディションは変わらない。
けどあたしは毎日寝るようにしている。場所というか泊めてもらう家はその時々変わるけど、鎌を悪用してでも睡眠だけは取るべきだとあたしは思っている。
初めのうちはそんなこと考えもしていなかったのだけれど、でもたぶん、二十四時間もある一日は、ずっと起きているには長すぎる。暇になるというのもそうだけど、それ以上にあたしは物を食べないことよりよほど、眠らないことの方が人間から遠ざかる気がするのだ。
それが悪いことなのかはわからないけれど、とにかくあたしは信条として毎日少しでいいから眠ることを心掛けている。人間の欲望と向き合う仕事なのだから、あたし自身が限りなく人間に近づいていて損はないはずだ。
「変わってるね。寝なくてもいいなら、ナインは寝ないよ」
「そう。でも、夜になったら困るのは同じでしょ。変な人にからまれたらどうするの? 子どもが夜中に出歩いてるって通報されたら?」
前者の状況だと能力を使って切り抜けることは正体を明かすことになってしまうので、あたしのような記憶まで干渉できる能力である場合を除き能力は使えない。そして後者のように通報されてしまえば、いずれ魔法少女である者は「存在しないはずの者」であることがバレてしまう。
少女と言うくらいだから、魔法少女にはせいぜい未成年の女性しかいないはずだ。あたしたちが自分の武器、能力を選ぶのに考えるべきことは、いかにデザイアを倒すべきかだけでは足りない気がする。
「大丈夫だよ、ナインには重力の壁があるから」
「重力の壁?」
「ナインのまわりにバリアみたいなのを張るの。そのバリアに触ったものは何でも落ちちゃうから、解除しないと誰もナインには触れられないんだよ」
「じゃあ通報されちゃう可能性は?」
「……人のいない場所に行く!」
大丈夫だろうか、この子。あたしはそのくらいの意識でも、万一通報されそうになれば鎌を使って切り抜けるけど、彼女にはそういったリカバリーの手段がない。一度のミスで即ゲームオーバーになるのに、あたしと同じ立ち回りをしていて大丈夫なのだろうか。
「それで本当に大丈夫? というか今までもそうしてたの? 魔法少女初めてどれくらいたった?」
「あー、もう! 一つずつ!!」
ナイン様は質問攻めにうんざりしているようだった。またあたしの質問を、すべて取るに足らない愚問だと捉えているようでもあった。
「ナインは今までもこれからもずーっと一緒だよ。人がいない場所なんていくらでもあるんだから。例えばナインは海の中も歩けるんだからね」
「そんなことどうやって」
「ナインを中心に重力を出すの。水がナインから離れていくように」
そんなこともできるのか。というか、それってもはや重力なのか? 重くする軽くする浮かせる以外に、上下左右の概念から変えられるなら、それは便利そうで結構なことだけれど。
あたしとしては一瞬、それでも海の中なんて湿気てるし寝られたものじゃないと思ってしまったが、そうだ彼女は寝ないのだった。
「それに空を飛ぶことと違って、重力で攻撃しても普通の人は「あ、こいつ変な能力使う! 人間じゃない!」って思わないし。何が何だかわからないよーってなるでしょ」
「あー、まぁ一理ある」
「だからナインの魔法はそんなに隠さなくても大丈夫なの」
「でも、それで夜中はずっと逃げ回るの? 隠れたり、能力使って逃げたりして。それって疲れない?」
「ぜーんぜん!」
そうか、そういうものか。その気になれば不眠不休で動けるあたしたちのことだから、そういう生活をしてもたぶん肉体に影響はないんだ。精神の方に影響があるかどうかは、たぶん人それぞれだけど。あたしは常に逃げ隠れて生活するなんて考えただけでゾッとする。
「あ、でもね、神様が言ってた。何度も警察に見られると、服とか顔とかの特徴で憶えられちゃったりするから、そうなるとほぼゲームオーバーだと思えって。だからそういうのは一応気を付けてるよ」
ゴスロリの幼い少女が夜中に出歩いています、なんて通報が連続で入ればそりゃあ注目されるだろう。それも魔法少女は全国を飛び回るのだから、全国区でそんな通報が頻発すればもはやもはや新たな都市伝説の誕生だ。
ぜひ彼女には用心して生きてほしい。もしくは、あたしのように神様へお願いしてもう少し生活の難易度を下げる能力を授けてもらうべきだ。桁外れに便利な鎌を持つあたしに透明化をおまけしてくれたのだ、重力の能力にも何かおまけがもらえるはず。
「あ、それとねそれとね。ナインには実は、隠されし能力があるんだ」
「え、なにそれ」
すでに別の能力を持っていたのか。それとも、子どもが自慢げに話す時特有のハッタリみたいなものか。
「ひみつ。隠されし能力だもん、隠さないと」
「あぁ、そう。それもそうだね」
それならそれでも別にいい。あたしが知って何になるわけでもないし。
「デイズちゃんってさ、スマホ持ってる?」
おもむろにどこかからスマホを取り出して彼女が言う。
「持ってるよ」
「連絡先交換しない? せっかく会えたんだしさー。今回だけじゃなくても、また次に会えた時とか、もしかすると協力とかできるかもよー」
「あー、それはいいね」
そんな機会が来るかはわからないけど、選択肢は多い方がいい。それに、お互い記憶から消えてしまう心配のない友達というのは貴重かもしれない。
お互いの電話番号とlineを交換しておく。その際、魔法少女共通の笑い話になるだろうと電話帳に神様しかいないことを伝えたら、すごいバカにした風に笑われた。
えー、デイズちゃん友達いないのー、って。そういえばナイン様はあたし以外の魔法少女にも会ったことあるみたいだし、その時もこうやって連絡先交換しているんだろうなぁ、と笑われて初めて気づいた。急に自分が惨めになった。ちくしょう、友達百人……は無理だから十人くらい作ってやる。
「よし、登録完了。もしお互いが近くにいる時に困ったことがあれば、ナインのこといつでも呼んでくれていいからね」
「ありがとう。あたしのことも呼んでくれていいよ」
「ふふん、ナイン様は人に頼らなくても天才だから大丈夫です!」
そうかい。でもそういう時は適当に「わかったーありがとー」と言っておくものだぞ。コミュニケーションの才能は微妙なようだな。
と思ったけど、でもそんな細かいところよりも、四つ上の先輩に物怖じせず話しかけるどころか延々とその態度を貫き切る姿勢は、知識だけ豊富な自称話し上手さんよりよほどコミュニケーション能力としては強いかもしれない。なんというか、我を通す力が高そうだ。
「じゃあナインはそろそろお散歩に戻るね。またねー!」
当たり前のようにあたしから離れ地上へ戻ろうとするナイン様。なんとなくそんなことになる気がしていたので、すかさず腕を掴む。
「ちょっと、あたしから離れたら透明化解除されること忘れたの?」
「あっ!」
完全に素で忘れていた反応だった。透明化発動中はあたしの体が全体的に透けているというのに、ずっとこの距離でお喋りしていてよく忘れられるな。やっぱりこの子心配だ。
「ほら、手つないで。ゆっくり降りるよ」
「はーい」
呼び方の問題で子ども扱いされるのを嫌っていた気がするけど、手をつなぐことに抵抗はないらしかった。よくわからない子だ。それかもしかして、手をつなごうと言われることが子ども扱いされていることに素で気付いていなかったり?
ともかく無事地上まで降りて、今度こそあたしはナイン様と別れる。ばいばーいと元気に手を振るゴスロリ少女は、後ろ歩きしていたせいで道行くお兄さんにぶつかって舌打ちされていた。
ごめんなさいっ、と必死に謝る表情はすでに涙目で、本当にメンタルが強いのか弱いのかよくわからない子だと思わせられる。それはともかくとりあえず彼女は、未だ透明になっているあたしに手を振っても不審者にしかならないということに、次に会う時までには気付くべきだろう。
さて、思わぬ友が現れて良い暇つぶしにもなったし、休みも今日を除けば残り一日だ。日も傾いてきたところで、そろそろターゲットの下見にでも行ってみようかな。休日の最終日から動いて想定外の事態に慌てるような、夏休みの宿題を貯める子どものような状況にはなりたくないもんね。