ロクでなし魔術講師と白き大罪の魔術師   作:またたび猫

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作品投稿が遅くなってしまい本当にすみません‼︎
ロクでなし魔術講師と禁忌の教典12巻発売記念して
投稿させていただきました‼︎ 作品を頑張って投稿
ができるのも皆さんの応援のお陰です‼︎



お気に入り『70人』としおり『18人』
ありがとうございます!


更に『評価』、『お気に入り』、
『しおり』、『感想』などありましたら
是非、よろしくお願いします。




評価が伸びてほしいよ‼︎ってか、
とにかく沢山‼︎沢山‼︎ほしいでござる‼︎


矛盾だらけの世界

グレンの学院内における評判を地におとしめた

決闘騒動から三日が経った。グレンの授業に対する

やる気のなさは相変わらずで、学院内の生徒達の

評判はすこぶる悪い。だが、当のグレンは

なんの負い目もないようだ。

のんべんだらりと日々をこなしていた。

 

 

やがて生徒達はグレンの授業中に、自由に自習を

するようになる。元々学習意欲の高い者達ばかり

なので、グレンの怠惰な授業で時間を無駄に

したくないのだ。生徒達は皆、思い思いに魔術の

教科書を広げ、思い思いに必死になって勉強に

励んでいる。そんな生徒達の様子を見て、グレン

も何一つ小言や文句は言わない。いつの間にか

それがグレンと生徒達との間での暗黙の了解に

なっていた。

 

 

 

「はーい、授業始めまーす」

 

 

その日もグレンはいつものように大幅に授業に

遅刻してやって来た。そして、死んだ魚のような

目で、やる気のない授業を始める。生徒達はため息

をついて、教科書を開き、自習の準備に入る。

実にいつもの光景だが、 こんなやる気のない授業

から、まだ何かを学ぼうとする健気で真面目な生徒

がいたらしい。

 

 

「あ、あの……先生。

今の説明に対して質問があるんですけど……」

 

 

授業開始から三十分ほど経過した頃、おずおずと

手を上げる小柄な女学生がいた。初日の授業で

グレンに質問し、あっさりあしらわれてしまった

少女――リンだ。

 

 

「あー、なんだ? 言ってみ?」

 

 

 

「え、えっと……その……今、先生が触れた

呪文の訳がよくわからなくて……」

 

 

するとグレンは、面倒臭そうにため息をついて、

教卓の上に置いてあった本を一冊拾い上げた。

 

 

「これ、ルーン語辞書な」

 

 

「……え?」

 

 

「三級までのルーン語が音階順に並んでるぞ。

ちなみに音階順ってのは……」

 

 

グレンがルーン語辞書の引き方を

解説し始めた時、グレンに関しては

もう無関心を決め込むつもりだった

システィーナも流石に黙っていられなくなり、

立ち上がる。

 

 

「無駄よ、リン。

その男に何を聞いたって無駄だわ」

 

 

 

「あ、システィ」

 

 

質問をしたリンは、グレンとシスティーナに

挟まれて所在なさげにおろおろする。

 

 

 

「その男は魔術の崇高さを何一つ

理解していないわ。むしろ馬鹿にしてる。

そんな男に教えてもらえることなんてない」

 

 

「で、でも……」

 

 

「大丈夫よ、私が教えてあげるから。

一緒に頑張りましょう?

あんな男は放っておいていつか一緒に

偉大なる魔術の深奥に至りましょう?」

 

 

 

 

システィーナがうろたえるリンを

安心させるように、笑いかけたその時だ。

 

 

 

 

「…うっ!」

 

 

 

ウィルは一番後ろの席で頭を押さえて

痛みに抗っているとまるでテレビの砂嵐のように

嫌なノイズが響いて頭痛がウィルを襲う。

 

 

 

(こ、これは……)

 

 

頭の痛みに苦しんでいるとウィルは

頭の中でノイズの砂嵐の中微かながら

途切れ途切れの映像のように浮かんでくる。

 

 

「こ■の■の■■は■■が■こ■し■のか?」

 

 

 

「■■っ■、■■■君‼︎」

 

 

ウィルの記憶の中では男性の遠慮無しの質問に

女性は慌てながら止めようとしていた。

 

 

 

「【■■】……■が■■■……」

 

 

 

 

 

(な、なんだ…これは…)

 

 

 

 

ウィルは疼く頭の痛みを押さえていると

グレンと言うその男の心の琴線に触れたのか。

 

 

 

「魔術って……そんなに偉大で崇高なもんかね?」

 

 

ぼそりと、グレンが誰へともなくこぼしていた。

それを聞き流せるシスティーナではない。

 

 

 

「ふん。何を言うかと思えば。

偉大で崇高なものに決まっているでしょう? 

もっとも、貴方のような人には

理解できないでしょうけど」

 

 

 

鼻で笑い、刺々しい物言いでばっさりと

システィーナは切り捨てた。

 

 

 

普段の怠惰で無気力なグレンならば、

「ふーん、そんなものかね?」などと

ぼやいてこの話は終ったはずだ。 だが――

 

 

「何が偉大でどこが崇高なんだ?」

 

 

その日はなぜか食い下がった。

 

 

「……え?」

 

 

想定外の反応にシスティーナも戸惑う。

 

 

「魔術ってのは何が偉大でどこが崇高なんだ? 

それを聞いている」

 

 

 

「そ、それは……」

 

 

 

即答できない自分にシスティーナは苛立った。

確かに魔術は偉大だ崇高だとは周りを取り巻く

人間がそう連呼するから、そういうものだと

認識していた節もある。

 

 

「ほら。知ってるなら教えてくれ」

 

 

だが、決してそれだけでもない。

呼吸を置いて言葉をまとめ、

自信をもって返答する。

 

 

 

「魔術はこの世界の真理を追究する学問よ」

 

 

 

「……ほう?」

 

 

「この世界の起源、この世界の構造、

この世界を支配する法則。魔術はそれらを

解き明かし、自分と世界がなんのために

存在するのかという永遠の疑問に答えを

導き出し、そして、人がより高次元の

存在へと到る道を探す手段なの。

それは、言わば神に近づく行為。

だからこそ、魔術は偉大で崇高な物なのよ」

 

 

自分では改心の返答だと

システィーナは思っていた。

だから、返ってきたグレンの言葉は

不意討ちだった。

 

 

 

「……なんの役に立つんだ? それ」

 

 

「え?」

 

 

「いや、だから。

世界の秘密を解き明かした所でそれが

一体なんの役に立つんだ?」

 

 

 

 

「だ、だから言っているでしょう!? 

より高次元の人間に近づくために……」

 

 

 

「より高次元の人間ってなんなんだよ?

『神様か?』」

 

 

 

「……それは」

 

 

 

即答できない悔しさにシスティーナは

打ち震えていた。そんなシスティーナに、

グレンはつまらなさそうに追い討ちをかける。

 

 

 

 

「そもそも、

魔術って人にどんな恩恵をもたらすんだ? 

例えば医術は怪我や病から人を救うよな? 

冶金技術は人に鉄をもたらした。

農耕技術がなけりゃ人は空腹に耐え切れずに

ただ飢えて死んでいただろうし、建築術のおかげで

人は快適に暮らせる。この世界で術と名付けられた

物は大体人の糧になって役に立つが、魔術だけは

この世界で全くもってなんの役にも立ってないのは

俺の気のせいか?」

 

 

 

グレンの言うことはある意味真実だ。

魔術を使うことができ、魔術の恩恵を

受けられるのは魔術師だけだ。

魔術師でない者は魔術を使えないし、

魔術の恩恵は受けられない。

まるで当たり前のことだが、

魔術が人の役に立てない最大の理由だ。

魔術は冶金技術や農耕技術のように、

その行使が直接的に広く人の益となる性質の

技術ではないのである。そもそも、魔術は

秘匿されるべきものだという思想が、

大多数の魔術師達の共通認識であり、

魔術の研究成果が一般人に還元されることを

頑として妨げている。ゆえに今でも魔術は多くの

人々にとっては不気味で恐ろしい悪魔の力であり、

普通に生きていく分には見ることも触れることも

ない代物だ。そう、事実として魔術は人々に

直接役に立っているとは言えない。魔術を一般人の

俗物極まりない視点で切り捨てた意見ではあるが、

それは厳然たる事実だった。

 

 

 

「魔術は……人の役に立つとか、

立たないとかそんな次元の低い話じゃないわ。

人と世界の本当の意味を探し求める……」

 

 

 

「でも、なんの役にも立たないなら実際、

ただの趣味だろ。苦にならない徒労、

他者に還元できない自己満足。魔術ってのは

要するに単なる娯楽の一種ってわけだ。 違うか?」

 

 

 

システィーナは歯噛みするしかなかった。

どうしてこの程度の俗物的な意見すら

切り返せないのか。あっさりと圧倒的に

言い負かされてしまっているのか。

 

 

誇り高きフィーベル家の次期当主として、

魔術に全てを捧げてきたこれまでの人生を

真っ向から論破されて否定されているというのに、

何をどうやってもこのグレンという男の言を

崩せそうにない。一応、この男は一つの堅い事実の

上に論陣を張っているからだ。あまりもの悔しさに

システィーナが唇を震わせていると……

 

 

 

「悪かった、嘘だよ。

魔術は立派に人の役に立っているさ」

 

 

「……え?」

 

 

グレンの突然のわざとらしい意趣返しに

システィーナはもちろん、 固唾を呑んで

二人の様子を見守っていたクラスの生徒一同も

目を丸くする。

 

 

 

だが、一人を除いては……

 

 

 

 

「あぁ、魔術は凄ぇ役に立つさ……

「『人殺しに特化した殺人の道具だから…』」」

 

 

「……は?」

 

 

 

酷薄に細められたその暗い瞳、

薄ら寒く歪められた口から紡ごうとした

グレンは自分以外の声が聞こえて情け無い声を

あげて聞こえる方に視線を向けると虚で光が無い

冷たい瞳で後ろの席から立っていたウィルは

コツコツとゆっくりと足音を立ててシスティと

グレンがいる教壇の近くまで来ていた。

 

 

「て、テメェは…確か…」

 

 

ウィルのその言葉は、クラス中の生徒達や先程

ヘラヘラしてたグレンを心胆から凍てつかせた。

その姿は……ルミア達みんながが知っている

普段のウィルとはまるで別人のようだった。

 

 

 

「な、何を言ってるの…ウィル……?」

 

 

システィも今の状態を理解出来ずに

恐る恐ると質問する。

 

 

「別に…驚く事じゃないよ、システィ…僕はただ、

ありのままの『事実』を口にして言っただけだよ…

それに『あの人』が言っていたように現実を見ずに

崇高だの、孤高などと絵空事ばかりの都合のいい

甘ちょろい夢ばかりで他の魔術師達が言う様な事を

この学院の先生やシスティやクラスのみんなが

口を揃えて何度も何度も言ってるから少し呆れて

みんな幼稚だなぁってただ思っただけだけど…?

 

 

 

 

「んだと‼︎」

 

 

 

「私達が幼稚だって言いたいんですの‼︎」

 

 

 

 

ウィルがシスティやクラスのみんなにそう言うと

ウィルのその言葉が気に入らなかったのか最初に

声をあげたのはカッシュとウェンディだった。

しかし、ウィルはそんな二人の声を気にせずに

更に話しを続ける。

 

 

 

 

 

 

 

「みんなも少しぐらい頭を捻って考えてみなよ?

実際、魔術ほど人殺しに優れた術は他にないよ?

剣術が人を一人殺している間に魔術は何十人も

簡単にあっさりと魔術を詠唱するだけで殺せる。

戦術で統率された一個師団を魔導士の一個小隊は

戦術など、まるごと一瞬にして焼き尽くす。

ほら、立派に役に立つし分かりやすいでしょ?」

 

 

「ふざけないでッ!」

 

 

 

流石に看過できなかった。

魔術を無価値と断じられるならまだしも、

外道におとしめられるのは我慢ならない。

 

 

 

「魔術はそんなんじゃない! 魔術は――」

 

 

 

「システィ、この国の現状を冷静に見なよ。

この国は魔導大国なんて呼ばれているけど、

他国から見てそれはどういう意味だと思う?

帝国宮廷魔導士団なんていう物騒な連中に

毎年、莫大な国家予算が突っ込まれているのは

どうしてだと思う?」

 

 

 

「そ、それは――」

 

 

「システィ達の大好きな古くから伝わる伝統の

決闘にルールができたのはなんのためだと思う? 

僕達が手習う汎用の初等魔術の多くがなぜか

攻性系の魔術だった意味は何の為だと思う?」

 

 

 

「――それは」

 

 

「システィ達の大好きな魔術が、二百年前の

『魔導大戦』、四十年前の『奉神戦争』で一体、

何をやらかしたと思う? 近年、この帝国で

外道魔術師達が魔術を使って起こす凶悪犯罪の

年間件数と、そのおぞましい内容を知ってるの?」

 

 

「――っ!」

 

 

 

「ほら、やっぱりね。いくら変わっても今も昔も

魔術と人殺しは切っても切れない腐れ縁だよ。

どうしてかって?他でもない魔術が人を殺すことで

進化・発展してきたロクでもない技術だからだよ…

それに、過去の歴史が物語っている…そんな事は

システィも本当は分かっているでしょ?」

 

 

 

流石にここまで来るとウィルの言は極論だった。

確かに魔術には人を傷つける一面が数多く

存在するが、決してそれだけではないのだ。

 

 

 

だが、普段無表情の顔のウィルがこの時だけは

何かを憎むような形相で瞳の奥には光は全く

映っておらず闇が何重にも渦巻いている様に

見えてその勢いに圧倒された生徒達は

何一つ反論できなかった。

 

 

「まったくはシスティ達の気が知れないよ。

こんな人殺し以外、なんの役にも立たん術を

せこせこ勉強するなんて。こんな下らんことに

人生費やすなら他にもっとマシな――」

 

 

ぱぁん、と乾いた音が響いた。

歩み寄ったシスティが、ウィルの頬を

掌で強く叩いた音だ。

 

 

 

「痛い……!?」

 

 

 

ウィルはシスティを見ると淀んだ目でボロボロと

泣いているシスティを見て一瞬、言葉を失った。

 

 

 

「違う……もの……魔術は……

そんなんじゃ……ない……もの……」

 

 

 

気付けば、システィーナはいつの間にか

目元に涙を浮かべ、泣いていた。

 

 

 

「なんで……そんなに……

ひどいことばっかり言うの……? 

信じてたのに…大嫌い、貴方達なんか」

 

 

 

 

そう言い捨てて、システィーナは袖で

涙を拭いながら荒々しく教室を出て行く。

後に残されたのは圧倒的な気まずさと沈黙だった。

 

 

 

「ーーち」

 

 

 

グレンはガリガリと頭をかきながら舌打ちする。

 

 

「あー、なんかやる気出でねーから、

本日の授業は自習にするわ」

 

 

 

ため息をついてグレンは教室を後にした。

 

 

 

「じゃあ…僕も失礼するね…」

 

 

 

ウィルがそう言うとグレンと同様にニ組の

教室から平然とした表情で出て行った。

 

 

 

(システィ……ウィル君……)

 

 

ルミアは幼馴染のシスティとウィルを心配そうに

見てそう呟くがその日。グレンとウィルは

それ以降の授業に顔を出すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。黄昏の色が目に優しい。

その日の授業を全てボイコットしたグレンは

システィーナとの一件以来、ずっと学院東館の

屋上バルコニーにいた。何をするわけでもない。

ただ、ぼんやりと無作為に、その日一日を

つぶした。

 

 

 

「……向いてないのかね、やっぱ」

 

 

屋上を囲う鉄柵に脱力した身体を

だらしなく寄りかからせ、遠くをぼうっと

眺めながらグレンはそんなことをつぶやいた。

この五階建ての豪華な校舎の屋上から見渡せる

学院敷地内の光景は、昔とほとんど変わってない。

複雑に絡み合う敷石の歩道、空中庭園、

古城のような別校舎、薬草農園、迷いの森、

古代遺跡、そして転送塔――人工物と自然が

入り乱れる不思議な光景。そして、

空にはお決まりの、幻影の城。

 

 

「ま、向いているわけねーわな。

魔術が大嫌いなくせに魔術講師とか

どんなギャグだ」

 

 

 

グレンはふと、着任以来やたら自分に

絡んできたあの銀髪の少女を思い出す。

そう言えばまだ、その少女の名前すら

知らないことに今さら、気づいた。

 

 

 

「ったく、あの白髪女め……ったく、

ホント初日から生意気な奴だったな……」

 

 

 

思えば十字路で衝突しかかったのが

出会いだったか。

 

 

 

「……なにが魔術は偉大だ、だよ。アホか」

 

 

たった十日間ほど見ていただけだが、

あの銀髪の少女が本当に魔術に真剣で、

魔術を極めるために日々、なんの迷いもなく

切磋琢磨していることだけはわかった。

魔術の暗黒面や危険性には見て見ぬ振りをし、

魔術の華々しい側面だけに憧れ、世界真理など

と言う耳に心地良いことだけを追い求める……

子供だ。だが、あの少女が子供だと言うなら、

その子供に大人気なく噛みつこうとした自分は

なんなのか。

 

 

 

「……ガキか、俺も」

 

 

 

ひょっとしたら、自分はあの銀髪の少女が

羨ましかったのかもしれない。

魔術が素晴らしいものだとなんの疑いもなく信じ、

それを極めることに全ての情熱を捧げることが

できるあの少女が羨ましかった――

自分は何に対してもさっぱり情熱を

持てないがゆえに。

 

 

 

「しかし…あいつはいったい……」

 

 

そして今、一番気になるのはあの『ウィル』と

言う白髪の少年だった。あの口振りからして

『自分が見てきた暗くて冷たい魔術の闇の部分』

をまるで見た事あるような口振りであった。

更にウィルという少年は話の途中から『あの人』

と言っていた。グレンはもしかしてと

自分自身過去に思い当たる『可能性』や『人物』

などを脳内で想像するとその瞬間、背筋が

ぞくりと寒気がして額から少し冷や汗が

出た気がした。

 

 

 

 

更には、もしかしたら彼は外道魔術師達の仲間かも

しれないと言う『不安感』と『疑念感』が少しずつ

募って『焦燥感』や『焦り』がグレン心をじわりと

蝕んでいく。そしてもしくは『自分の命』を狙って

入ったかもとあり得ないと分かっている筈なのに

一つ抱いた疑問は徐々に増えて膨らんでいって

『不安や疑問』などで疑心暗鬼になってしまい

考えてしまう。

 

 

 

 

「やっぱ、俺、ここにいるべきじゃねーな……」

 

 

正直、あの少女を前にして今後もあの白髪の少年、

ウィルのようなひどいことを言わない自信が

自分自身にはなかった。グレンの魔術嫌いは

根が深く徹底的だからだ。別に自分がどうなろうと

構わないが、目標を持って頑張る者を邪魔するのは

良くないことだ。それだけはわかる。

 

 

 

「セリカにゃ悪いが……」

 

 

 

 

グレンは懐に忍ばせておいた封書を取り出す。

その中身は辞表だ。恐らく魔術講師なんて

自分は一ヶ月ももたないだろうと思い、

密かにしたためておいたのだ。

 

 

今、ここにグレンはなんとしてもセリカのスネを

かじって生きていく決意をしたのだ。

 

 

「よし、帰ったら土下座の練習だ。

一生懸命謝ればきっとセリカも許してくれるさ……

俺が無職の引きこもりに戻ることをな!」

 

 

 

最低最悪な前向きさを胸に抱き、

屋上を後にしようと鉄柵から離れたその時だ。

 

 

「ん?」

 

 

 

この魔術学院校舎は本館の東西に東館と西館が

翼を広げるように、屈折して隣接する構造を

取っている。

 

 

 

 

今、東館の屋上にいるグレンは、西館が正面に

見下ろせる。西館のとある窓のそばで影が

動いたような気がした。

 

 

 

「……なんだ?」

 

 

 

確かあの部屋は魔術実験室だ。流石に

こんな時間まで生徒が残っているはずはない。

 

 

「《彼方は此方へ・

怜悧なる我が眼は・万里を見晴るかす》」

 

 

 

グレンは右目を閉じて三節のルーンで

遠見の魔術―黒魔【アキュレイト・スコープ】の

呪文を唱えた。その瞬間、まるで窓のすぐそばから

実験室の中をのぞき見ているような光景が、

右目のまぶたの裏に広がる。実験室の中には一人の

少女と少年の姿があった。

 

 

 

「あの金髪娘と白髪少年は……」

 

 

思い出した。件の銀髪少女にいつも子犬のように

ついて回るあの少女と先程、銀髪少女を論破した

白髪少年だ。確か、銀髪の少女にはルミアと

ウィルと呼ばれていたか。

 

 

「何やってんだ? こんな時間に」

 

 

ルミアは教科書を開き、それを見ながら

水銀で床に円を描き、五芒星を描いた。

さらにルーン文字を五芒星の内外に書き連ね、

霊点に魔晶石などの触媒を配置していく。

 

 

 

どうやらルミアとウィルは二人で

法陣の構築を実践しているらしかった。

 

 

「ほう? 流転の五芒……

あれは……懐かしいな。魔力円環陣か」

 

 

この法陣は特に何か起こるものではない。

法陣上を流れる魔力の流れを視覚的に

理解するための、言わば学習用の魔術だ。

これを何も見ずに構築できるようになれば、

まずは法陣構築術の基礎を抑えたことになる。

 

 

「しっかし、下手くそだな……

ほら、第七霊点が綻んでるぞ?

あーあ、水銀が流れちまってる……

って、おい、触媒の配置場所はそこじゃねー

……お、流石に気づいたか」

 

 

 

まるで昔、どこかで見たような失敗だ。

 

 

「そういやガキの頃、よくセリカや

セラとノアと一緒に遊びでやったっけな、あれ」

 

 

思えばあれが、グレンが初めて実践して

ノアと一緒にやった一番魔術らしい魔術だったか。

特に何が起こるわけでもないチンケな魔術に、

あの頃はなぜか胸が躍ったのを覚えている。

 

 

 

グレンがのぞき見ているとは露知らず、

ルミアは試行錯誤の末、なんとか法陣を完成させ、

呪文を唱えた。だが、法陣は起動せず、

ルミアは不思議そうに首をかしげるばかりだ。

 

 

「ばーか。そんなんで上手くいくかよ」

 

 

 

ルミアは何度も教科書と床の法陣を

見比べて確認し、ちょこっと法陣の端を

手直ししては呪文を唱える。

やっぱり上手くいかない。

困ったように肩を落とす。

 

 

「……アホくさ」

 

 

見てられなかった。

グレンは遠見の魔術を解除して、

ため息をつき、屋上を後にする。

 

 

「ま、頑張りな、若人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛っ……」

 

 

ウィルはシスティに叩かれた真っ赤な右の頬を

手で押さえながら廊下を歩いていると突然、

魔術実験室の内側から声が聞こえてきた。

 

 

 

(…なんだろう?)

 

 

 

ウィルは魔術実験室をそっと覗いてみると

 

 

 

「どうして上手くいかないんだろう…」

 

 

 

ルミアが流転の五芒の魔力円環陣を見て

頭を抱えて考え込んでいた。

 

 

 

すると

 

 

 

 

「銀水が足りないからだと思うよ?」

 

 

 

ルミアが振り返って魔術実験室の入り口を

見ると入り口にはウィルが立っていた。

 

 

 

 

「‼︎ ウィル君⁉︎ どうしてここに‼︎」

 

 

ルミアが慌てているとウィルは

 

 

 

「とりあえず落ち着いてルミア…

僕といるのは嫌かも知れないけど…

まずは銀水の足りないところを足して

試しにやってみたら?」

 

 

 

 

「う、うん‼︎ 分かった‼︎ ありがとう‼︎

やってみる‼︎ それに私、ウィル君のことは

嫌いじゃないよ‼︎」

 

 

 

ルミアはウィルに花が咲いた様な笑顔を

向けて笑っていた。

 

 

 

だか、

 

 

 

(彼女はどうして…笑っているのだろう…?)

 

 

 

ウィルは何故、ルミアが笑っているのか

分からないで考え込んでいると

 

 

 

 

 

ばんっ!

 

 

 

 

突然、魔術実験室の扉が外から乱暴に

開けられ、ルミアは思わず飛び上がった。

 

 

 

「ぐ、ぐ、グレン先生!?」

 

 

 

開かれた扉の向こうには、

グレンが仏頂面で突っ立っている。

 

 

 

「相変わらずボロいんだな、ここ」

 

 

グレンは室内を見渡しながらぼやく。

比較的広い間取りの部屋だ。

壁の棚には髑髏やらトカゲの瓶詰めやら

結晶やら、妖しげな魔術素材達が並んでいる。

並ぶ机の上には羊皮紙に描かれた魔法陣や

フラスコ、拗くれたサイフォンのような

ガラス器具達。奥には大きな魔力火炉や

錬金釜までもがある。この部屋の胡散臭さが

昔とちっとも変わっていないことを、

グレンは懐かしく思った。

 

 

「グレン先生…少し服が汚いですし、

匂いますよ…?」

 

 

 

 

ウィルは溜息をついて無表情でグレンに

そう言うと

 

 

 

「べ、別にく、臭くないし‼︎

……臭くなんてないからな‼︎」

 

 

 

グレンは同じ事をウィルに二回言うとウィルは

意味が分からんと言った表情をしてルミアは

苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

「ど、どうしてここに……?」

 

 

 

「そりゃこっちの台詞だ。生徒による魔術実験室

の個人使用は 原則禁止のはずだろ?」

 

 

 

言って自分でも白々しいとグレンは思った。

辞表を提出するために学院長室まで行こうと

すれば、必ずこの魔術実験室の前を通ること

になる。なんとなく気になって実験室の扉の

隙間から中を見れば、やっぱり実験が上手く

行かず四苦八苦しているルミアと手伝っている

ウィルの姿があった。気づけばグレンは扉を

開いていた。

 

 

「ごっ、ごめんなさい!実は私、法陣が苦手で

最近授業についていけなくて……でも、今日は

いつも教えてくれるシスティがいないし……

どうしてもこの法陣を復習しておきたくて……

その……」

 

 

 

 

「まぁ、その原因を作ったのは間違いなく

僕のせいですけどね……」

 

 

 

「ご、ごめん‼︎ そんなつもりで言ったわけじゃ…」

 

 

 

(何だ…こいつら…?)

 

 

 

 

グレンは無表情で言うウィルと自分の言葉で

慌てて謝るルミアのやり取りを見てまるで

子供同士の様なやり取りの雰囲気を感じた。

だが、グレンはそんな事、自分には関係ないと

いった無関係の表情しながら話を続ける。

 

 

 

「忍び込んだわけか。てか、魔法錠が

かかっていたはずだろ。一体、どうやって」

 

 

 

「え、えへへ……

ちょっと事務室に忍び込んで……」

 

 

 

ぺろっと小さく舌を出して、

ルミアは手に持った鍵をかざして見せた。

 

 

 

「……見かけによらず意外と

やんちゃなんだな、お前達」

 

 

 

グレンが呆れたように肩をすくめる。

 

 

 

「なんで、僕も入っているんですか…?」

 

 

 

 

「いや、だって…なんかお前さぁ、

そういう事をしそうなイメージだったから?」

 

 

 

 

「それ、偏見ですからね……」

 

 

 

「っ⁉︎」

 

 

 

ウィルはグレンにそう言いながら無表情に近いが

少しだけ頬を膨らませてグレンを睨んでいる様な

気がした。すると、グレンは少し驚いた表情を

してウィルの顔を見ていた。

 

 

 

「グレン先生…?」

 

 

 

ルミアもグレンの驚く表情見たからか、

ルミアも心配そうな表情を浮かべていた。

 

 

 

(何を驚いているんだ…俺は……大体、

こいつがノアのはずがないだろう‼︎

だって、ノアは……………)

 

 

 

グレンは自分に言い聞かせる様に頭に浮かんだ

幻影を振り払っていると

 

 

 

 

「グレン先生…大丈夫ですか……?」

 

 

 

 

ウィルはグレンの肩をポンポンと叩いて

質問をする。するとグレンは

 

 

 

 

「大丈夫だ…気にすんな……」

 

 

 

 

溜息ついてウィルにそう言うといつも通り何事も

なかった様にグレンの表情は平然と戻っていた。

そんな中、ルミアは先程のグレンの話や表情を

見て驚いて戸惑っていたが二人の話しが終わると

はっ‼︎ した表情をして思い出したのか

 

 

 

「ごめんなさい、すぐに片付けます! 

後でどんなお叱りでもお受けしますから!」

 

 

 

慌てて後片付けをしようとするルミアの腕を、

グレンがつかむ。

 

 

 

「先生?」

 

 

 

「いーよ。最後までやっちまいな。

もうほとんど完成してんじゃねーか。

崩すのはもったいねーだろ」

 

 

 

「で、でも……」

 

 

 

少し言いにくそうな表情をしていると

 

 

 

 

「馬鹿。それは「水銀なら言いましたよ…?」」

 

 

 

「え?」

 

 

グレンは間抜けな顔と声を

無意識のうちに出していた。

 

 

 

「だから、言いましたよ?」

 

 

 

ウィルがそう言うとグレンは溜息をつきながら

 

 

 

 

「そうかい…じゃあ、邪魔したな…」

 

 

 

グレンは魔術実験室の扉に手を掛けようと

していた。

 

 

すると、

 

 

「あ! 待ってくださいグレン先生…

お願いします…流転の五芒の 魔力円環陣を

やってくれませんか?」

 

 

 

ウィルはもじもじしとながらグレンにそう言うが

グレンは

 

 

 

「流転の五芒の 魔力円環陣くらいの簡単な

魔術は誰でも出来るし、お前も知ってるだろう?

だったら、お前が教えてやれば良いじゃん?」

 

 

 

 

グレンは溜息をつきながら

怠そうにウィルにそう言うと

 

 

 

 

「本でしか見た事ないので実際に見た事は

ないですし、何故か分かりませんが……

どうしても…グレン先生にしてほしいんです‼︎」

 

 

 

 

ウィルがそう言うとグレンは驚いた表情を

しながら観念した表情をしながら

 

 

 

 

「はぁー、分かったよ…やれば良いんだろ?

やれば……変わってるな……お前…」

 

 

 

 

 

グレンはウィルにそう呟きながら

面倒そうに床の法陣のかたわらに歩み寄り、

水銀の入っている壷をつかみ上げ、酌を

するかのように片手で眼前に構える。

目を細めて法陣を凝視し、じわりと手に

持った壷を傾ける。その手には震え一つなく、

やがて壷の口から水銀が糸のように法陣へと

零れ落ちる。不意にグレンが壷を持つ腕を

素早く動かした。機械のような正確さで、

水銀の糸が法陣を構築する各ラインを

なぞっていく。そこになんの迷いも淀みもない。

 

 

 

「……凄い」

 

 

 

「流石…ただの怠惰でヘタレでなんちゃっての

先生ってわけじゃじゃないですね?」

 

 

 

「おい…誰がヘタレでなんちゃってなのか

今、ここで、はっきりと、分かりやすいように

詳しく聞かせてもらおうか…?」

 

 

 

 

グレンのこめかみの辺りには青い筋が見えて

鋭い眼差しでウィルを睨んでいるが

 

 

 

 

「えっ? 勿論、グレン先生の事ですけど…?」

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと、ウィル‼︎ それは‼︎」

 

 

 

「えっ…? 僕、何か悪い事、言った?」

 

 

 

「あはは……」

 

 

当の本人のウィルは何の悪気が無い表情で

苦笑いを浮かべるルミアに聞いていると

 

 

「良し‼︎ 表に出ろ‼︎

お前を完膚無きまでに泣かしてやる‼︎」

 

 

 

「せ、先生‼︎ 落ち着いてください‼︎

ウィル君も早くグレン先生に謝って‼︎」

 

 

 

「ほぇ…? 何が?」

 

 

グレンは怒りながら指の骨ををポキポキと

ウィルに向けて鳴らすとルミアが必死になって

グレンを宥めてウィルは意味がわからんとした

表情で頭を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その手際にルミアは 目を丸くして息を呑んで

ウィルは無表情で眺めながらグレンに

そう言っていた。

 

 

「ちょっと慣れた奴はよく素材ケチって

魔力路を断線させちまうんだよ」

 

 

 

グレンは壷を置くと、

床に落ちていた手袋を左手に嵌めた。

床の水銀法陣に指をつけ、卓越した手さばきで

水銀を動かし、要所の綻びを修繕していく。

 

 

「お前達は目に見えない物に対しては異様に

神経質になるくせに、目に見える物に対しては

なぜか疎かになる。魔術を必要以上に

神聖視している証拠だ……よし」

 

 

 

グレンは立ち上がり、

左手に嵌めていた手袋を投げ捨てた。

 

 

「もう一回、起動してみな。

教科書の通り五節だ。横着して省略すんなよ?」

 

 

「は、はい」

 

 

ルミアは再び法陣の前に立つ。深呼吸をして、

詠うように涼やかな声で呪文を唱えた。

 

 

 

「《廻れ・廻れ・原初の命よ・

理の円環にて・路を為せ》」

 

 

 

その瞬間、法陣が白熱し、

視界を白一色に染め上げた。

 

 

「――っ!」

 

 

やがて光が収まれば、鈴鳴りのような

高音を立てて駆動する法陣が視界に現れる。

魔力が通っているのだろう。法陣のラインを

七色の光が縦横無尽に走っていた。

七つの光と輝く銀が織り成す幻想光景。

 

 

 

その姿は神秘的で――

そして何よりも単純に美しかった。

 

 

 

「うわぁ……綺麗……」

 

 

 

「これは……」

 

 

ルミアはその光景を感極まったように

じっと見つめているとウィルはその七つの光を

見た瞬間、頭の中がまた、ノイズが走り

途切れ途切れの顔がぼやけた映像が流れてくる。

 

 

 

 

「■■■君…これ凄く■■だね‼︎」

 

 

 

 

「■■…お■、■袈■■■だろ?

■■…お前からも■って■れよ…」

 

 

 

頭の中でその記憶の映像が流れていると

 

 

 

 

「やーれやれ……

そんなに感激するようなもんかね? コレ」

 

 

ウィル達が見てる中、

グレンは冷めた目で法陣を一瞥する。

 

 

 

「だって……今まで見た誰の法陣よりも

魔力の光が鮮やかで…それに繊細で力強い…

先生って凄い……って、ウィル君…?」

 

 

 

「おいおい……」

 

 

 

 

二人が戸惑うのも無理もなかった。

 

 

何故なら、

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうして…泣いてるの…?』

 

 

 

ルミアがウィルに聞くと

 

 

 

「えっ? …… 分からない……どうして……」

 

 

ウィルがそう呟いて涙を拭うがいくら拭っても

目の涙は一向に止まらないでいるとグレンは

それを見ていてかなり気まずくなったのか

 

 

「と、とにかく‼︎ この程度、誰だってできる。

そもそもこれを組んだのは、ほとんどお前だ。

お前が精製した素材や触媒の質が

よかったんだろ、きっと」

 

 

「……先生?」

 

 

ルミアはウィルと話してる中、

実験室をそそくさと出て行こうとする

グレンの背中に気づいた。

 

 

「帰る」

 

 

「あっ……ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

 

 

ルミアは慌ててグレンの

後ろ袖をつかんで引き止める。

 

 

「……なんだよ?」

 

 

「え? あ、……その……」

 

 

引き止めてからどうしたものかと

考えているようだ。ルミアは目を白黒させていた。

 

 

 

「ええと……そうだ、先生、

今からもう帰るんですよね?」

 

 

 

「ん? ……まあな」

 

 

 

本当はこれから学院長室に辞表を提出しに行く

はずだったが、今となってはなぜかそんな

気分じゃない。別に明日でもいいだろう。

 

 

 

「じゃあ、途中まで一緒に帰りませんか?」

 

 

「……はぁ?」

 

 

 

意外過ぎるルミアの申し出に、

グレンは眉をひそめる。

 

 

「その……私、一度、

先生とゆっくりお話したかったんです」

 

 

「やだ」

 

 

にべもなくグレンは切り捨てる。

 

 

「そう……ですか」

 

 

残念そうに、哀しそうにルミアは肩を落として

目を伏せた。その姿からは、なんとなく

飼い主に置いていかれた子犬の姿が被る。

 

 

 

「一緒に帰るのはごめんだが……」

 

 

 

どうにも調子狂うなと思いながら、

グレンはボソリとつぶやいた。

感覚としては可哀想な捨て犬を見て、

後ろ髪を引かれるような気分である。

 

 

 

「勝手について来る分には好きにしろよ」

 

 

 

「あ、……ありがとうございます、先生!

じゃあ、ちょっともったいないけど、

急いで片付けますから待ってて下さいね!」

 

 

 

ルミアは嬉しそうにふわりと笑って、

急いで法陣の後片付けを始めた。

グレンはそんなルミアの無邪気な様子を見て

やれやれと肩をすくめた。

 

 

 

 

「んで、さっきから俺を見てるけど

俺に何か用があんのか?」

 

 

「実は…先生に質問があって…」

 

 

「なんだ…」

 

 

ウィルそう言いながらずっと

気になっていた事を質問していた

 

 

「どうして…ルミアが魔術実験室でこっそりと

流転の五芒の魔力円環陣をやっている事を

グレン先生は知っていたんですか?」

 

 

 

「そ、それはだな……」(こいつ…余計な事を…)

 

 

 

 

ウィルはグレンに聞くとグレンは

ドキッとした表情をして冷や汗を流しながら

目を逸らしていた。

 

 

 

「先生終わりました。……先生?

どうしたんですか?」

 

 

 

ルミアの頭の上に(?)が浮かんで

訳もわからずにグレンにそう聞くと

 

 

 

「先生…もしかして…前から…

「よ、良し‼︎ルミアも来たし帰るぞ‼︎」」

 

 

「逃げた……」

 

 

グレンはルミアが来たと同時にその場を

すぐ逃げるかのように去っていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ、先生、ウィル君あれ見て下さい!」

 

 

学院を出て、フェジテの表通りに

さしかかった三人の視界に

飛び込んで来たのは、空に浮かぶ幻の城だ。

延々と緩やかな下り坂の先へと続く大通りは

空に視界が開けており、彼方に浮かぶ天空の城の

全容を仰望できる。夕暮れ時、緋色に美しく

染まる天蓋が、その荘厳なる城を黄金色に

燃え上がらせ、その偉容をより一層

映えさせているようだった。

 

 

 

「私の友人にあの城が大好きな子がいて、

私はその子みたいに城の謎解きには

興味ないんですが……あんなに綺麗で

雄大な姿を見てしまうと……そうですね、

私も一度はあの城に行ってみたいって

思ってしまいます」

 

 

 

「……そうか?」

 

 

 

「………」

 

 

やや頬を上気させて空を仰ぐルミアとは

裏腹に、グレンの反応は冷め切って

ウィルはそんな二人を眺めていた。

 

 

 

「あんな城があるから魔術に勘違いする

バカが出てくるんだ。まったく、

鬱陶しいったらありゃしない」

 

 

 

「先生?」

 

 

 

「……それは」

 

 

 

その言い草は誰かを非難していると言うより

むしろ、どこか自嘲のような響きがあった。

 

 

 

「ほら、よそ見してないで行くぞ」

 

 

「あ、はい……」

 

 

 

「了解、分かった……」

 

 

グレンが歩き出す。

ルミアが慌ててそれについて行って

ウィルはグレンの背中を眺めながらついていく。

フェジテの町の表通りを、グレンとルミアの

三人が一緒に歩いていく。

 

 

 

一緒に、とは言っても、グレンが大股で

無遠慮にずかずか歩くのに対し、

ルミアが早足で必死についていき、

ウィルはグレンの後ろをゆっくりとした

歩幅でついてくという構図だったが。

今は夕方なので、昼間ほどではないが、

表通りにはそれなりに人が行き交いしている。

ルミアがついて来ていることなどすっかり忘れ、

グレンが人を避けることに専念していると。

 

 

 

「先生って……

本当は魔術がお好きなんですよね?」

 

 

 

(ルミア…?)

 

 

 

隣に並んだルミアが不意に、そんなことを言った。

 

 

「どうしてそう思う?」

 

 

 

「いえ、その……

先生が私の法陣を手直ししてくれていた時……

先生、凄く楽しそうだったから」

 

 

 

 

グレンは思わず口元を押さえて

言葉に詰まった。楽しそう? 

自分は楽しそうな顔をしていたのか? 

魔術を実践して?

 

 

「ははっ……ねーよ」

 

 

グレンは笑い飛ばした。

 

 

「もうわかっちゃいるとは思うが

俺は魔術が大嫌いなんだ。

楽しいだなんて、ありえん」

 

 

 

「ふふ、そうですか」

 

 

だが、ルミアは訳知り顔で微笑むだけだ。

まるで自分の内を見透かされているようで、

なんとなくグレンは面白くない。

 

 

 

「でも……もし、

先生が本当に魔術をお嫌いだったとしても、

今日の言い方はちょっとひどいですよ? 

それにウィル君も今日のは少し言い過ぎって

思うかな…システィ……システィーナ、

泣いてたから……」

 

 

 

「う、うん…」

 

 

 

あの銀髪の少女の名前は

システィーナだったらしい。

更にウィルはルミアの話しを聞いて

一言言った後、ただ俯いたままだった。

 

 

 

「明日、謝ってあげて下さいね? 

システィにとって魔術は、

今は亡きお爺様との絆を

感じていられる大切なものなんです。

偉大な魔術師だったお爺様をシスティは

大好きで、ずっと尊敬していて……

いつかお爺様に負けない立派な魔術師になる…

それが亡くなったお爺様との約束なんです」

 

 

 

「……そうか。

そりゃ流石に悪いことをしたな」

 

 

 

(分からない…僕は、僕は…

一体、どうすれば良いの…?)

 

 

ウィルが考える中、グレンは思った。

自分の尊敬している人を間接的にとは言え、

無価値で下らない物におとしめられたら、

誰だって怒るだろう。

 

 

 

「それは置いといて、なんだ?

お前は俺に説教するために誘ったのか?」

 

 

「あ、いえ……それもありますけど、

そうじゃなくて……」

 

 

言葉をまとめるように

ルミアはしばらく沈黙する。

 

 

「あの……聞いてもいいですか?」

 

 

「内容による」

 

 

 

「ええと……この学院の講師になる前は……

グレン先生って何をされてたんですか?」

 

 

 

言葉に詰まったように、

グレンは一呼吸置いてから

堂々と胸を張って言った。

 

 

 

「引きこもりの穀潰しをやってました」

 

 

 

「え? 引きこもり? 穀潰し?」

 

 

 

「引きこもり……? 穀潰し……?」

 

 

 

「学院にセリカって言う偉そうな女が

幅をきかせてるだろ? 俺がガキの頃、

そいつにはお袋代わりに世話になってたんだけど、

そのよしみで今までずっとそいつに

養ってもらってたんだ。ふっ、凄いだろ?」

 

 

 

「あ、あはは……

なんでそんなに得意げなんだろう……?」

 

 

 

「ルミア……多分……

ただの自意識過剰なだけだと思う…」

 

 

ルミアは苦笑いをして隣にいるウィルは

遠い目をしながら視線をグレンにするしかない。

 

 

 

「でも、それ嘘ですよね?」

 

 

 

どうしてそんなに自信を持って断言するのか、

グレンは戸惑いを隠せない。

 

 

「嘘じゃねーよ。この俺がマトモに働くような

殊勝な人間に見えるか?この一年はセリカの

スネを齧りまくりだったんだぞ?」

 

 

「一年……それよりも前は?」

 

 

「……あー、悪ぃ、カッコつけ過ぎた。

あの学院を卒業して以来ずっと、だ。

どうも働くってのが性に合わなくてなー、

本当の自分探しをしてたっつーか……」

 

 

 

「自分探し……?」

 

 

 

どうにも納得いかなそうに

ルミアはグレンを見つめてウィルは

言葉の意味を理解出来ていなかった。

 

 

「あー、俺の黒歴史を掘り返すのは

終わりだ、終わり! 今度は俺が聞くぞ!」

 

 

この話は蒸し返されたくないので、

グレンは強引に話題を変えた。

別にこのルミアとか言う小娘になど

興味の欠片もないが、背に腹は変えられない。

 

 

 

「お前らってさ。

なんでそんなに魔術に必死なの?

システィーナって奴と言い、お前達と言い、

魔術ごときにマジになり過ぎだろ?」

 

 

 

「それは……」

 

 

「今日、話したがな。

魔術って本当にロクでもない術なんだぞ? 

別になくても困らないし、あればあったで

ロクなことにならん。そこの白髪…お前、確か……

ウィル、だっけか…?こいつも言っていただろう?

なのに何を好き好んでこんなもんやってんだ?」

 

 

話題を変えるために

何気なく問いかけたことだが、

ルミアという少女は思いの他、

グレンの問いを真摯に受け止めたらしい。

しばしの時を、考え込むようにうつむいた。

 

 

 

「他の人達が何を思って魔術の勉強に

励んでいるかはわかりませんけど……

私は魔術を勉強する理由があります」

 

 

「ふうん、アレか? 

世界の真理探究とか、人間の進化とやらか?」

 

 

「あはは、違いますよ。そんな高尚なこと、

私にはとても無理ですから」

 

 

 

「違うの……?」

 

 

 

「うん、それは違うかな…」

 

 

 

「……ほう?」

 

 

ウィルが質問した後、

グレンは初めて、ほんの少しだけ、

このルミアという少女に興味が沸いた。

 

 

 

「じゃあ、なぜ、魔術を志す?」

 

 

「そうですね……私は魔術を真の意味で

人の力にしたいと考えています。

そのために今は魔術を深く知りたい」

 

 

 

グレンはその言葉を自分の魔術否定に

対する遠回しな批判と受け止めた。

 

 

 

「やれやれ、

力は 使う人次第ってありきたりな理屈か?

剣が人を殺すんじゃない、

人が人を殺すんだってか?」

 

 

 

「はい。でも……

私はもう少し違うことも考えています」

 

 

「?」

 

 

 

(どう言う事…? 僕には分からない……)

 

 

ルミアはグレンと話す中、

ウィルは困惑しているとルミアは

更に話しを続ける

 

 

 

「今日、先生が仰ったとおり、

人を傷つける可能性を大いに秘めた

魔術なんて、きっとない方がいいんです。

なければ少なくとも魔術で傷つけられる人は

いなくなるから。でも、現実として

魔術はすでに在るんです」

 

 

「……まぁな」

 

 

(そうだよ…そもそも、

人を傷つける可能性を大いに秘めた魔術なんて、

きっとない方がいいんだよ。なければ少しでも

魔術で傷つけられる人はいなくなるから…。

でも、現実として魔術はすでに在るんだ…

だから……)

 

 

 

ウィルがそう考えていると

ルミアは更に話しを続ける

 

 

 

「それがすでに在る以上、それが無いことを

願うのは現実的ではありません。

なら、私達は考えないといけないんです。

どうしたら魔術が人に害を与えないようにするか」

 

 

 

(ルミアの言いたい事は…

分からなくもないけど…けどさぁ…)

 

 

 

「でも、魔術のことをよく知らなければ、

それを考えることなんて到底できません。

知らなければ魔術はどこまでもただの得体の

知れない悪魔の妖術で、人殺しの道具で、

法も道もない外法なんです」

 

 

「要するに……

盲目のままに魔術を忌避するより、

知性をもって正しく魔術を制する、と? 

全ての魔術師がそうなるように

働きかける、と?」

 

 

 

「はい。私みたいな凡才に

それができるかどうかわかりませんが……」

 

 

 

「お前、魔導省の官僚……

魔導保安官にでもなる気か?」

 

 

 

「ふふ、そうですね。

それが私の目指す道に通じるなら……

それが今の私の目標です」

 

 

 

グレンは能天気な少女に

深くため息をつきながら諭す。

 

 

 

「言っておくが徒労に終るぞ? いや、

努力すりゃ官僚くらいにはなれるかもしれん。

だが、お前の目指している物は

あまりにも高過ぎる。お前一人が

どうこうできるほど、魔術の闇は浅くない」

 

 

「わかってます。それでも……です」

 

 

 

「なんでだよ?

なんでそんな報われない道をあえて行くんだ?」

 

 

 

(どうして…どうして…理解出来ない…)

 

 

 

 

すると、ルミアはなぜかグレンに

優しく微笑みかけ、それから何かを

懐かしむように遠くを見た。

 

 

ウィルが理解出来ないのは無理もない何故なら

この魔術世界では官僚になったからって

何とかなるほどこの魔術世界の闇の根は

そんなに浅くないからだ。

 

 

「私……恩返ししたい人達がいるんです」

 

 

 

「恩返し? なんなんだそりゃ?」

 

 

「あれは今から三年くらい前の話です。

私が家の都合で追放されて、

システィの家に居候し始めた頃。

私、悪い魔術師達に捕まって殺されそうに

なってしまったことがあって……」

 

 

「見かけによらず、

なかなかハードな人生送ってんだな。

てか、家の都合で追放って……

お前って、ひょっとして、どっかの

有力貴族かなんかの生まれ?」

 

 

「あ、いえいえ! 

そんな大層な家じゃないです!

ホント! 貧乏でした! 貧乏!」

 

 

ルミアが慌てたように手を振って否定する。

だが、貧乏人が生活に困って子供を

捨てるのは普通、『追放』とは言わないだろう。

 

 

「待てよ……ていうか、お前……」

 

 

ふと、何を思ったのか。

グレンが不意にルミアの顔をのぞき込んだ。

目を細め、遠くを透かし見るかのような表情だ。

 

 

「……先生? どうかしましたか?」

 

 

するとルミアは、何かに期待するような表情で、

グレンを見つめ返す。

 

 

だが。

 

 

 

「うんにゃ、なんでもない。

……で? 話の続きは?」

 

 

 

ありえん、とでも言いたげにグレンが頭を振って、

ルミアに話の続きを促す。

 

 

 

ほんの少し残念そうにルミアは

息をつくと、話の続きを始めた。

 

 

「あの時の私、

前の家を追放されたこともあって不安定で……

どうして私ばっかりこんな目にって、

怯えて震えて泣いて、もうだめだと諦めて……

でも、そんな時、どこからともなく

現れた別の魔術師達があわやと言うところで

私を助けてくれたんです」

 

 

「なんだそりゃ。

そいつ絶対、タイミング狙ってんだろ。

ったく格好つけやがって」

 

 

「その時の私は、私を守るために

悪い魔術師達をためらいなく殺害していく

その人達がとても恐ろしかった。

あの人達も悪い魔術師を殺すことが

自分の仕事だって言ってました。

でも、あの人達は人達を殺めるたびに

凄く辛そうな顔をしていて……

それでも私を守るために最後まで

戦ってくれて。なのに、あの時の私は

怖くてその人達にお礼すら言えなくて……」

 

 

 

「………」

 

 

 

「ふーん」

 

 

 

 

「あの人達と過ごした時間は

ほんのわずかでしたけど……

あの人は本当に 優しい人達だったんだと思います。

だから自分の心を痛めながら、

自分以外の誰かを守るために戦っていた。

あんな風に道を外してしまった

悪い魔術師達さえいなければ……

あの人達は、私のためにあんなに悲しい顔を

しないで済んだはずなのに……」

 

 

 

「ふーん」

 

 

「私はあの人達に命を救われました。

あの事件の後、今度は私があの人達を

助ける番だと思いました。

人が魔術で道を踏み外したりしないように

導いて行ける立場になろうって。

そのために魔術のことをよく知ろうって。

そんな道を歩んでいけば……

いつかあの人達に、あの時のお礼が言える日が

来るんじゃないかって。暗闇の中、

ただ一人きりで泣いていた幼い頃の

私に光をくれた……あの人達に」

 

 

 

そこまで聞いて、ウィルは黙っている中

グレンは肩を震わせて含み笑いを始めた。

 

 

 

「くっくっく……ご都合展開過ぎだ、それ。

そんな三文大衆小説もびっくりな超展開、

ベタ過ぎて売れないぞ、きっと」

 

 

 

「ふふ、そうかも。でも、

事実は小説よりも奇なりって言いますし」

 

 

真摯な想いを無神経に

笑い飛ばされたと言うのに、

ルミアは穏やかに笑うだけだ。

 

 

「ははっ、ねーよ」

 

 

 

それきり、特に会話はなかった。

相も変わらず自分のペースでずかずかと歩く

グレンに、なぜか機嫌の良いルミアが

ちょこちょこと子犬のようについていく。

そんな構図を保ちながら、二人は二人が

初めて顔を合わせた例の十字路まで辿り着いた。

 

 

 

「あ、先生。私、こっちです。

システィのお屋敷に下宿しているので」

 

 

 

「…僕もこっちなんで失礼します……」

 

 

 

「そうかい。じゃあな、気をつけて帰りな」

 

 

 

「大丈夫ですよ? もう近いですから」

 

 

 

「そうですよ…それにまだ明るいですから?」

 

 

 

「そうか。だが、

万が一ってこともある。一応、気をつけな」

 

 

 

「ふふ、先生って意外と心配性なんですね?」

 

 

 

「先生は意外と優しいですね?」

 

 

 

「馬鹿。

それだけお前が危なっかしいっつーコトだ」

 

 

 

「あはは、気をつけます。

それじゃ先生、また、明日!」

 

 

 

「先生じゃあ、また明日会いましょう」

 

 

 

 

「……ん」

 

 

 

グレンは次第に小さくなっていく

ルミアとウィルの背中を、なんとなく眺めていた。

ルミアは途中何度も振り返って、グレンの姿を

見つけては嬉しそうに手を振っていた。

 

 

「……犬か、あいつは」

 

 

何気なくこぼれた言葉だが、

それはなんとなく的を射ている気がした。

ルミアが犬なら、システィーナとかいう

少女は猫かね、あぁ、なるほど、

つんとお高くすましている様などぴったりだ……

などと益体もないことをつい考えてしまう。

 

 

 

「しかしまぁ……ぼ~っとしているようで

色々考えてるんだな、あいつ……」

 

 

 

グレンは先ほど、ルミアが言っていたことを

胸中で反芻した。

 

 

 

「……『考えないといけない』……か……」

 

 

 

 そして、グレンは懐から辞表を取り出し、

それを空に掲げ、中身を透かすように眺めた。

 

 

「さぁて……どうしたものかね?」

 

 

 

グレンはそう言いながら辞表を握りしめて

夕陽に染まって空中に浮かぶ天空の城を

眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グレンと別れた後、ルミアとウィルは

夕陽に染まる通学路を一緒に歩いていた。

 

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

二人は無言で更に歩き続ける。

 

 

 

すると

 

 

 

「…………ねぇ、ウィル君…」

 

 

 

無言の空間の中、

最初に言葉を発したのはルミアだった。

 

 

 

「……なに、ルミア?」

 

 

そんなルミアの声に反応して

ウィル振り返ってルミアを見た。

 

 

 

「実は…聞きたい事があるの…」

 

 

ルミアはそう言うと少し深呼吸をして

真っ直ぐウィルを見て更に言葉を紡いでいく。

 

 

 

「ウィル君…あの時、

どうしてあんな事を言ったの?」

 

 

「………」

 

 

ルミアの言う『あの時』、『あんな事』とは

恐らくシスティと魔術について問答した時の

話しだろうとウィルはルミアを見て分かったが、

ウィルが理解出来たのはそれだけで

それ以外は全く理解出来なかった。

 

 

「……どうして聞くの? それに

僕はルミアの友達だったシスティに

魔術の事を酷い事を言ったんだよ…

そんな僕の事を嫌な奴と思ってるでしょ?」

 

 

ウィルはルミアにそう言うと

 

 

 

「そんな事ないよ‼︎ ウィル君は大事な友達だよ‼︎

そりゃあウィル君がシスティに言った事は

良くないと思うけど…でも‼︎魔術実験室で

流転の五芒の 魔力円環陣の光を見た時に

見せた『あの涙』を見て意味もなく

あんな事言うとはとても思えないんだよ‼︎」

 

 

「‼︎ そ、それは……」

 

 

ウィルはルミアの真剣な言葉で表情を見て

額に脂汗を流しながら慌てた表情を浮かべていた。

ルミアの今の言葉にウィルは答えを持っておらず

ただ言葉が詰まって言葉に出来なかった。

 

 

「だから私にも教えてほしい‼︎

ウィル君はどうしてそう思ったのか、

魔術を否定するのか、私はそれを知りたいの‼︎ 」

 

 

ルミアがそう言うとウィルはルミアを見て

 

 

 

「……分かった…ルミアだけには話すよ…」

 

 

 

ウィルはルミアにそう言うと

ウィルは過去を話し始めた。

 

 

 

「実は、僕には記憶が全く無いんだ…

そして僕が目が覚めた時には戦いの後で

大量の人の死体や焼き焦げた匂いなどが

大量に溢れている中で目覚めたんだ…

だから僕は分かんないんだ…

何故、あの時、涙など流したのか…

分からない…分からないんだ……」

 

 

「そうか…ごめんね…

私が余計な事を言わなければ…」

 

 

ルミアがそう言ってウィルを見て

今にも泣きそうで申し訳なさそうな表情で言うと

 

 

 

「どうしてルミアが謝るの……?」

 

 

 

 

ウィルは頭を傾げて無表情でルミアに聞くと

 

 

 

「だって…記憶が無いのは…辛いでしょ…?」

 

 

 

ルミアはウィルにすまなそうな表情をしながら

ウィルに聞くが

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

「ウィル君……?」

 

 

 

ルミアが声を掛けるがウィルはルミアの顔を

見たままで何の返事がなかったからだ。

 

 

 

 

「‼︎ …ごめん…さっきのルミアの言葉に

少しびっくりして動揺しちゃてた…後、

さっきの事についてだったら別に気にしてないし

ルミアが気にしなくて良いよ?」

 

 

 

 

「で、でも……」

 

 

 

 

 

ウィルはルミアにそう言うが当の本人の

ルミアが納得をしておらず、先程の太陽のような

明るい表情から暗い表情変わっていて更には

今にも泣きそうな表情浮かべていると

 

 

 

「う〜〜ん…そうだ…

じゃあ、ルミアが教えてよ?」

 

 

 

「えっ…?」

 

 

 

「僕という存在は何もかもが欠落してるんだ…

だから、ルミアに教えてほしいんだ…

なにが正しくてなにが間違いだったのか

僕に教えてほしい…僕には分からないから…」

 

 

ルミアはウィルの言葉を聞いた瞬間、

ウィルと言う小さき少年はどれだけ魔術の残酷な

深き闇の存在に触れてその小さい体でいろんな事を

沢山、背負いこんでいるんだと思うととても

悲しい過ぎる人生だとルミアは思ってしまう。

 

 

彼がもし、そのまま『幸せ』、『自由』や

『世界』や『感情』と言う『言葉の意味』を

何も知らないままだったらそれは彼には

あまりにも残酷過ぎて悲し過ぎる…

 

 

だったら…

 

 

 

「分かった…じゃあ、改めて友達として

よろしくね‼︎ウィル君‼︎」

 

 

「うん…よろしくね、ルミア…」

 

 

 

「後、明日はちゃんとシスティに謝ってね?」

 

 

 

「分かった……」

 

 

夕陽に染まる中、ルミアは笑顔でウィルの手を

取って夕陽に吸い込まれる様に通学路を

歩いて行った。その時のルミアの表情はまるで

子供のようなとても明るい笑顔で笑っていた。




読んでいただきありがとうございます‼︎
ロクでなし魔術講師と死神魔術師は近いうちに
投稿する予定です。


白き大罪の魔術師などの作品も読んで高評価や
しおりなどをよろしくお願いします‼︎

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