智の系譜Ⅱ(殺意の微笑)   作:安岡久遠

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第二章 五山送り火

 別当光智と上杉恭子は京都に来ていた。

 恭子に思わぬ時間ができたのが発端だった。

 毎年、大学が夏休みに入ると、母の玲子が経営する学生相手の喫茶サンジェルマンは暇になるのだが、そのうえ今年は表通りに建築中の新店舗の開店準備も重なったため、玲子が開店以来初めて、お盆を挟んで一週間も店を閉めるという英断を下したのだ。

 光智はといえば、大学三回生の夏休みは、本来なら就職活動か各種の国家試験に備える重要な時期なのだが、世界一の大富豪とも目される香港の実業家周英傑(シュウ・インチエ)の後継の身分であれば、そのような世俗の喧騒から離れ、悠々自適の夏休みを謳歌することができるというわけなのである。

 というか、すでに光智自身が大学入学後からの二年数か月の短い間に、株式相場に置いて数千億円の巨利を得ており、卒業後も投資家として飯が食える力を付けていた。

 そこで二人は、八月十六日の夜、京都で行われる五山送り火を見物しに連れ立ったのだった。

 移動手段は、光智の愛車であるフェラーリ・テスタロッサにした。新幹線を始めとする鉄道移動の方が旅の情緒気分を満喫できるのだが、何せ中国最大の黒社会龍頭の首領でもある父英傑の後継者ということで何かと敵も多く、不測の事態も考慮せねばならない。

 ましてや、およそ二ヶ月前、ブック・メーカー連続殺人事件をその卓抜とした推理力で解決に導き、日本最大の広域暴力団である関西の大王組と、それに継ぐ大組織である関東の稲田連合の両者を敵に回してしまっている。いつまた横浜の夜のように襲撃を受けるとも限らないのだ。

 三ヶ月前の横浜ベイブリッジで受けた暴走族ブッラク・スネークの襲撃は、横浜華僑総会の洪会長の探索で、その背後に大王組の影が濃厚との報告を受けていた。

 当時は、光智個人に関して言えば、まだ大王組との確執はなく、恨みを買う謂れはない。大王組が何の目的で襲ってきたのか、その真意は定かではないが、その後の関係はさらに悪化していると思わなければならない。

 そこで、鉄道よりも龍頭の護衛がしやすい車での移動を選択したのだった。つまり、龍頭の護衛車が前後を挟んで走っているというわけであった。

 二人は北陸の宇奈月、片山津、山代、芦原と、北から温泉巡りをして南下し、京都には十六日の昼前に入った。

 

 昼食は、大原三千院門前の京洛茶屋で湯豆腐を食した。

 湯豆腐は寒い季節が定番だが、汗をたらたらと流しながらの湯豆腐というのもなかなかに乙なものである。悠久の三千院を目の前にすれば、汗と共に不浄な精神が搾り出されたかのように清々しい気分になる。もっとも、冷房が効いているので、言うほど汗が出るわけではない。

 光智にとって惜しむらくは、車を運転しなければならないため、冷たいビールが飲めないことだった。恭子がこれ見よがしにグラスを飲み干す度に喉が鳴り、光智は我ながら浅ましさを知った。

 午後は、まず化野念仏寺へ足を延ばし、そこから嵐山、金閣寺、銀閣寺と観て回り、夕方に宿泊先である左京区の京都オリエンタルホテルに着いた。

 フロントでチェックインを済ませ、エレベーターホールに向っていたときだった。 

 突然、恭子が思い出したように、

「あっ、そうだ。忘れてた」     

 と言って、腕時計の針を確認した。  

「智君。まだ一時間あるから、今から高明寺へ行こう」

「高明寺?」

 光智は一般的には知られていない寺院の名に疑問符を付けた。

「あまり有名じゃないけど、確か十七日までご本尊様が御開帳になっているはずだわ」

「ごかいちょうって、何?」

「ご本尊様を安置している厨子の扉が開かれて拝観できるのよ。十二年に一度の、滅多に無い機会だそうよ」

「そうなの……じゃあ、行ってみようか」

 香港育ちで、四年前に島根の名家別当家の養子となった光智には意味が理解できなかった。

 恭子によると、東山にある高明寺のご本尊は国宝にも指定されている、湛慶作の千手観音菩薩立像で、その美術的価値は三億円を下らないのだという。

 そのご本尊が、十二年ぶりに八月一日からお盆休みを挟んだ十七日までの十七日間、午前十時から午後六時まで一般参拝客にも拝観できるのだというのだ。

 宗教にはあまり関心がない光智でも、十二年に一度と吹き込まれると、この機会に観ておかなければ損をするような気になってしまうのが人の情というものである。

 ホテルから東山の高明寺へは、普段は三十分ほど掛かる距離だったが、お盆休みということもあって、比較的空いていたため、五時半前には到着することができた。

 高明寺は閉門が迫っていたこともあって参拝客はまばらだった。

 総受付で拝観料の五百円を払い、本堂へ続く長い廊下にさしかかったときだった。恭子が曰く有り気に言った。

「ねえ、智君。お金いくら持ってる?」

 目の奥が悪戯っぽく光っている。

「現金なら百万円ぐらいあるけど……」

「そうだなあ。たぶん、一人三万円で大丈夫だと思うけど、念のため五万円、二人分で十万円出してくれるかしら」

「どういうこと?」

 恭子の真意を量りかねた光智は訝しげに訊いた。

「十万円払って、特別本願人のご祈祷をお願いすると、ご本尊様が間近で拝めるの」

 二百畳敷き本堂の中は、ご本尊の前に僧侶が読経する場、つまり高座があり、一般参拝客は足を踏み入れることはできない。

 だが、一定の高額を納めて祈願を依頼すれば、特別にその高座に座って読経をしてもらえることができ、しかも祈願文の読み上げのときに、祈願者は線香を供えることができ、ご本尊に近づくことができるのというのである。

「なるほど。でも恭ちゃん、よく知っているね。恭ちゃんがお寺に興味があるなんて知らなかったなあ」

「違うわよ。真奈ちゃんに聞いたの」

「真奈ちゃんに?」

 恭子が呆れ顔になった。

「智君、同じ帝大生なのに、なんにも知らないのね。彼女は文学部で仏教美術史を専攻しているの。私たちが京都旅行に出掛けると聞いて、教えてくれたのよ」

 真奈というのは本宮真奈美のことで、ブック・メーカー事件に巻き込まれ、命を狙われていたのを光智の機転で救われていた。用心のため、光智のマンションに匿われたのを機に、今でもそのまま居続けている。

 光智のマンションはいわゆるペントハウスで、二百坪の広さがある。トイレ、シャワー付きのゲストルームが二部屋あるので、そこを上杉玲子と本宮真奈美が使用している。

 恭子は母玲子の公認もあって、二十畳もある光智の部屋で寝起きを共にしているというわけだった。

「そういうことか。それで、僕はどうしたら良いの?」

「宗務院の受付に行って、申込用紙に必要事項を記入して届け出るの。時間がないから急がなくっちゃ」

 そのときだった。

「あのう、すみません」

 恭子に急かされて、宗務院へ向おうとする二人に、後ろから中年の男性が声を掛けた。

 二人が振り向くと、

「大変厚かましいお願いなのですが、私もお仲間に加えていただけませんでしょうか」

「はあ?」

 突然の申し出に二人が戸惑っていると、

「私は山田一郎と申します。恥ずかしながら、持ち合わせがありませんので五万円は無理ですが、二万円なら何とかなります。いえ、お嬢さんの言われるとおり、一人三万円で読経してもらえると思います」

 ずいぶんと虫の良い申し出ではあったが、一見したところ調子の良い姑息な人物には見えなかった。むしろ、その形相には必死感が漂っている。

 光智は、余程信心深い人なのだろうと思った。

「良いですよ。お金も結構です」

「有難うございます。いやあ、助かりました」

 彼は安堵したように言った。

 光智は山田に分からないようにして、切のよい二十万円を布施した。光智の心遣いである。受付の若い僧侶は驚いた様子で奥に下がると、やや間があって、責任者と思われる人物が現れ、貫主が直々に出座して読経する旨を告げた。

 本山という大きな寺院ではあったが、さすがに二十万円という高額な祈願依頼は滅多にないのだろう。

 ほとんどの参拝客がご本尊の拝観を終えており、広い本堂には光智と恭子、そして山田と名乗る男性の三人の他には誰もいなかった。

 三人が本堂で待っていると、遠くで聞こえ始めた読経の声がしだいに大きく耳に届くようになり、やがて本堂奥の入り口から修行僧と思われる三名の若い僧侶を従えた、赤い僧衣を纏った貫主が姿を現した。

 貫主は高座の中央付近に備えられた曲ろくに座し、三名の僧侶はその後ろに控えた。

 広い本堂に老貫主の読経が響き渡った。しわがれ声で音量も小さいが、さすがに年季が入っている。方や、若い僧侶の高音を張り上げた声も実に初々しく、それはそれで耳に心地良い。

 読経が一区切りついて、貫主が三人の勧請文の読み上げに移ったところで、修行僧にご本尊のすぐ前まで案内され、線香焼香を促された。このとき時間が与えられ、ご本尊を間近で拝見することができるのである。

 手短に線香焼香を済ませ、さりげなく二人の様子を窺った光智は、異様な光景を目の当たりにする。恭子は、目を輝かせて興味深そうに見つめているだけだったが、山田はまるで仇敵に出会ったような鬼気迫る形相をしていたのである。

 そればかりでなかった。高座から下がる際にも、山田は訝しげにご本尊を見つめ、

「おかしい……」

 という小さな声を漏らし、首を軽く捻ったのだった。

――何がおかしいというのか?

 不審な目で光智が見つめていると、視線を感じた山田は、

「あ、なんでもないです」

 と作り笑顔を浮かべて取り繕った。

 光智は、このときの光景が気にはなったものの、旅先で出会った見ず知らずの男の言動などすぐに放念した。

 

 五山送り火は、毎年八月十六日に大文字山などで、お精霊(しょらい)さんと呼ばれる死者の霊をあの世に送り届けるために行われるかがり火のことである。京都の夏の夜空を赤々と焦がす伝統行事であり、この送り火の消滅と共に、京都の暑い夏は終わりを告げる。

 光智は、ホテルの部屋でこの幻想的な火の芸術を目の当たりにして、不思議な面持ちになっていた。十七歳まで香港で育った彼は、中国の多くの学生がそうであるように、その教育的、社会的影響の下で唯物論的考え方を獲得しているため、神仏をあまり信じていない。

 だが、目の前の送り火を観ていると、日本人の死者に対する考え方が理解できるような気がした。

 日本人の宗教観でいえば、いかに現世で悪人であっても、死して仏になれば免罪される。死者に鞭を打たない、というのが日本人の概ねの価値観だからである。

 これに対して、中国人の宗教観で言えば、罪人は死んでも罪人である。死したからといって、現世での罪が消えることはない。ゆえに、彼の国では罪人の墓を荒らす行為が当たり前のように起こる。

 例えば「呉越同舟」で有名な中国春秋時代の呉の国の第六代皇帝闔閭(こうりょ)の時代である。

 彼の配下に伍子胥(ごししょ)という有能な宰相がいた。彼は元々は楚の名家の生まれだった。ところが、仲間の策略によって父と兄を殺されるという憂き目に遭う。その後、呉の宰相となった伍子胥は楚を滅亡に追い込んだとき、闔閭に楚王の墓を暴きたいと懇願する。闔閭は立場を考えろ、と諫めるが、伍子胥は処罰を覚悟の上で楚王の墓を暴き、遺骨に鞭を打った。

 伍子胥のような地位も名誉もある人格者でさえもそうなのである。現在の中国人が恨みのある墓を荒らしてもなんら不思議ではないのだ。

 光智もどちらかといえば、死ねば免罪されるという都合の良い考え方には納得がいかない方である。だが、目の前で繰り広げられている古式豊かな情景に、まるでDNAに組み込まれているかの如く、心の底から震えるほどの感動を覚えるのはなぜなのか。

 まだ、周英傑は実父ではなく、養父である事実を知らない彼に、理解できないのは無理もないことだろう。

 光智は、無性に恭子の肌が欲しくなった。彼女も人恋しくなっていたのか、身体を摺り寄せてきた。二人は、死者への鎮魂の火が燃え盛る中で、狂おしいほどにこの世での生を確かめ合った。

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