その日、ディアーチェは無限書庫でユーノにユーリのことで相談をしていた。
「最近、ユーリがあの二股男のところにばかりいっておってな、なにか間違いが起きなければいいのだが」
「うーん、トーマくんが手を出すことはないと思うけど。彼はそういうのはきっちりしてそうだし」
ディアーチェがユーノに相談を持ちかけるのは、はやてに相談しても四角関係を彼女が面白がっているため役にたたないからだった。
他のマテリアルもレヴィはお子様で、シュテルは本人の自由だと傍観。フローリアン姉妹は姉は応援、妹ははやてと同類。
結果、白羽の矢が立ったのはそれなりに親しく、ちゃんと話を聞いてくれるユーノであった。
「まあ、ディアーチェが心配するのもわかるけど、ユーリもいろんなことを経験するべきだと思うなあ」
「そうか、まあ、そうだな」
ユーノの無難な結論にディアーチェもとりあえず納得する。
と、そこで時計を見る。そろそろユーノの昼休みが終わるころだった。
「む、すまんな。話し込んでしまった」
「いいよ、気にしないで」
ユーノは笑いながら懐からカロリーメイトを取り出して食べ始める。
それにディアーチェは少し顔を顰める。自分が話し込んだせいでその程度しか食べる時間しか残っていない。
「我のせいで昼食を食べ損ねたか。すまないな」
「へっ? 今、食べてるじゃない」
ユーノの返答にディアーチェは固まる。
「それが貴様の昼食なのか?」
「うん、いろんな味があって飽きないよ。恭也さんはフルーツ味が好きだっていってたっけ」
あははと笑うユーノに対しディアーチェは眉をひくひく痙攣させる。
「つかぬことを聞くが、家でもそれなのか?」
「家ではカップ麺がメインかな。あとはコンビニの弁当とか」
独身生活の長いユーノはあまり自炊というものをしてこなかった。せいぜい野外キャンプで採ってきた野鳥等を調理するくらいしかしたことがない。
その答えにディアーチェは眉間を抑える。
「貴様なあ……」
それを食事と言うのは、オリジナルのはやてと同じように食事に対してこだわりを持つディアーチェには受け入れがたかった。
そして、友人であるユーノの食生活が非常に心配になってきた。だから、
「鼬男よ、都合のいい日はあるか?」
「うーん、明後日なら休みだけど」
それによしとディアーチェは頷く。もはや彼女は決心していた。少しでも目の前の男の食生活を自分が正してやろうと。
「よし、ならばその日、我が貴様に馳走してやろう」
「え?」
いきなりのディアーチェの提案にユーノは戸惑う。
「楽しみにしておくがいい。この王が至高の美味を貴様の舌に叩き込んでくれよう!」
そうなんかの美食屋のように宣言してディアーチェは司書長室から出て行った。それをユーノは戸惑いながら見送る。
それから、気を取り直し仕事に戻ったが、その時にはいったいどんな店に連れて行ってくれるのかなんてユーノは少し楽しみになった。
翌日、ディアーチェは朝早くから市場に顔を出していた。
いくつもの店を回り、これだと確信できる食材を探し出す。
「店主、活きのいいものを頼む!」
翌日、ユーノは外出用の服を着て、本を読みながらディアーチェを待っていた。
そして、インターホンが鳴る。
「あ、ディアーチェかな?」
すぐにユーノはドアをあける。
「いらっしゃい、ディアー、チェ?」
そこにいたのは確かにディアーチェ、だが、ユーノが想像したような姿はしていなかった。
両手に食材がぎっしりつまってパンパンになった手提げ袋。そして、背中には使い込まれた中華鍋。
「鼬男、貴様に王の料理を堪能させてやろう」
お湯をわかしたり、トレーやカップを洗う程度にしか使われていなかったキッチンが今、フルに活用されていた。
「はっ、ほっ!」
エプロンを纏ったディアーチェが中華包丁で食材を切り裂き、鍋が炎を切り裂き、鍋の中で食材が踊る。
ふわりと芳しい香りがユーノの鼻腔を打つ。
「ディアーチェ、すごいね」
手際よく料理を作る彼女にユーノは感心する。
「ふん、このくらい当然よ」
流れる汗が蒸発しそうなほどの熱気が彼女を包んでいる。
普段は尊大ながらも面倒見がいい彼女にエプロンはなかなか似合っていた。
「さあ、できたぞ。王による料理を心して食すがよい」
ディアーチェが食卓に料理を並べる。
オムライス、ステーキ、クラゲのサラダ、スッポンのスープといったメニューだった。どれもこれも旨そうである。
「じゃあ、いただきます」
スープを掬い、一口入れて、ユーノは目を見開いた。
「おいしい」
自然とその一言を口にしていた。
スッポンのスープは上品な塩味。スッポンのエキスがよく出ていて、塩加減もちょうどいい塩梅だ。精も付きそうで、意外と重労働な無限書庫での仕事も明日からも頑張れそうな気がした。
オムライスの中身はチャーハンで、パラパラのチャーハンがとろとろの半熟卵と上にかけられたタルタル仕立てのトマトソースが混然となってユーノの口に広がっていく。
「本当に美味しいよディアーチェ」
想像以上の料理の腕にびっくりだった。もしかしたら高級店でも通用するであろう腕前であった。
「わっはっは、もっと誉めるがよい、称えるがよい!」
小振りな胸を張って嬉しそうに笑うディアーチェ。なにせエルトリアは未だに娯楽の少ない土地であり、そんな中でディアーチェは料理が楽しみであり、どんどんと腕を上げていっていた。
ステーキも、箸で切れるほど柔らかく、口の中で繊維がふわふわほどけ、肉の上に乗せられた調味料と肉汁が絡みあい、舌を喜ばせる。
サラダはこりこりとした歯触りの一口クラゲにシャキシャキの野菜が盛られ、小気味いい食感を演奏しながら、黒酢仕立てのドレッシング酸味が口の中をさっぱりさせる。
「本当においしいよ。ディアーチェの料理なら毎日食べたいね」
「そうだろう、そうだ、ろう?」
なにげなく放たれたユーノの一言にディアーチェは一瞬意味を理解できなかった。
我の料理を毎日食べたい? つまりは我と……
「な、な、な、なにを言い出すこの鼬は?!」
ユーノの爆弾発言にディアーチェの顔は火がついたかのように真っ赤になった。
彼女とて乙女なのだ。それがいきなり異性から告白のようなことを言われれば狼狽えても仕方ないだろう。
「へ? なんか変なこと言った?」
不思議そうに問い返すユーノ。本気で彼は自分が何を言ったのか理解していない様子だった。
そんなユーノを直視できないディアーチェ。
「こ、こ、この塵芥風情が一度我が手料理を振る舞ったからって調子に乗るでないわ!」
「えっと、別に調子に……うん、ごめん」
とりあえず謝った。理由はわからないが、ディアーチェが自分の発言のせいで怒ったことは理解できるから。
なにを間違えたのだろうか。アコースからはこれが女性を喜ばす褒め言葉と教わったはずなのに……
ユーノは知らない、それが褒め言葉ではなく、正確には少し古い口説き文句であることを。
「ふ、ふん、き、貴様が我が臣下となるというなら、その、料理を振る舞うのも吝かではないがな」
赤く染めた顔をディアーチェは彼に向ける。せめてもの意趣返しのつもりだ。
「あはは、じゃあ、よろしくね我が主」
とりあえず機嫌を直してくれたのであろうディアーチェにそう答えながら舌鼓を打った。
一仕事を終え、司書長室に戻ったユーノ。
今日はフルーツ味かなあなんて考えて、気づく。テーブルにフェレットマークがプリントされたナプキンに包まれたなにかがあることを。
「これって……」
しゅるっと解くと、中から出てきたのは弁当。そして、
『ちゃんとした食事をせよ。byディアーチェ』
一枚のメッセージカード。それを見てユーノは笑った。
「いただきます。ディアーチェ」
一方、ユーリはトーマたちと遊園地に来ていて、お化け屋敷に入っていたのだが……
「カッパ~」
緑色のデフォルメされた河童が飛びだした。
「きゃー、河童! 尻子玉抜かれますーー!!」
ユーリはそんな河童を恐れて悲鳴を上げながらトーマに抱きついた。
むにゅっとその胸がトーマの身体に押し付けられる。
「だ、大丈夫だよユーリ」
と、ユーリを落ち着かせようとするトーマ。
そんなトーマはだらだらと恐怖の汗を流しているが、それはお化け屋敷のせいではない。彼が恐怖を感じている原因は……ちらりと後ろを見る。
恐ろしいオーラを発しながら笑顔を浮かべるリリィがそこにいた。
いったいなんでリリィがそこまで怒っているのか、トーマはまったくわからず、怖がるユーリの肩に手を回して、さらに増した圧力にびくりと震えた。