リーンゴーン....
「んー...くぁ」
教会の鐘の音が一日のはじまりを告げる。ベットの周囲を覆う淡いオレンジの天蓋越しに、少女は時計の針が指し示す数字を確認した。
_____清宮もぐらの一日は早い。
「兄さまー!もぐらのストッキングを知りません?」
もぐらはドタドタと教会の階段を駆け上がり、勢いをそのままに二階の兄の部屋の扉を開けた。
もぐらは昔からよく衣類を無くす。しかもストッキングやパンツ、下着類だけ。
もっとも、元々もぐらは失せ物が多い性分なので、本人はあまり気にしていないが。
「おはようもぐら。」
部屋の先のベランダから、黒の修道服に身を包んだ青年が姿を現す。
丁寧に切り揃えられたもぐらとお揃いの色の髪を揺らし、青年はその整った顔に微笑みを浮かべた。
「部屋はちゃんとノックして開けなさい。女の子の嗜みだよ。」
青年は、右手に持っていたティーカップを置き扉の前に歩み寄ったかと思うと、もぐらの髪を梳くように撫でる。彼の紫の瞳に反射したもぐらの顔が、子犬のような笑顔を浮かべた。
この青年の名は清宮遥希。もぐらの兄である。
「それより朝のお祈りは済ませたかい?制服に着替える前に聖堂で祈りを捧げてきなさい。ストッキングは僕が探しておいてあげるから」
「ありがとうございます兄さま!今日は穴掘りにちょうどいい公園を見つけたから早めに出たいのです!よろしくなのです!」
ニコニコと手を振り彼の部屋から離れるもぐらを見送り、青年は溜息を漏らした。
...彼にとって、こうして肝を冷やすような出来事は日常茶飯事だ。それさえも、彼にとっては興奮する為の材料でしかないが。
遥希はもぐらが部屋に入って来た時、咄嗟に服の下に隠したストッキング....そう、もぐらのストッキングを出し、食い入るが如く眺めたあとキスを落とす。そして、そのままストッキングの香りを3分近く堪能した。側から見ると、その様子はとても気持ち悪い。キモい。重要なことなので二回言いました。
(これは今日着るストッキングだったか....どうりでマイエンジェルもぐらたんの残り香が薄いなあと)
遥希はもう一度ベランダに出て、大きく深呼吸した。
白く塗装されたロココ調の手すりに手を置き、真っ青な大空を仰ぐ。そして叫んだ。
「もぐらたんぺろぺろォーー^p^ 」
これが彼の日課である。
そしてこれが、人畜無害そうに見える彼の本性なのである。
********
「清宮さん」
「なにですか明久くん」
「なにですかじゃないよ!!!教室中に落とし穴作るのやめようよ!!!!」
明久は叫んだ。そう、穴の中から。
彼が穴に落ちたのは本日3回目だ。3ボッシュート目だ。
「ここの教室床が脆くて掘りやすいですよ!」
もぐらがウインクしてキラッと星を飛ばした。
その表情はどこか得意げで、丈の短いスカートは誘惑する様にひらひらと揺れている。
「掘りやすいとかの問題じゃないわよ!教室が忍者屋敷みたいになっちゃってるじゃない!」
「見え....見え....あ"あ"あ"あ"あ"」
「現にムッツリーニが利用しておるしな」
もぐらが開けた穴からスカートの中を盗撮しようと潜伏していた康太を、美波が勢いよく踏みつける。
事の惨状を観察していた秀吉が、呆れの混じった溜息をついた。
もぐらが転校して来てからの教室は、床を観察して慎重に動かなければ穴に嵌るという罠部屋と化していた。
もぐらが穴を掘ることは生理現象と同等のため彼女が過ごす教室内が穴だらけになるのは、もはや決まった運命ではあったのだが。
「そういえば、前から疑問だったんですが、ここは二階ですよね?どうやって穴を掘っているのですか?」
「確かに!不思議よね...」
しゃがんでいた瑞希が穴の中に落ちた明久を覗きつつ、唇に指先をあてがい立ち上がった。瑞希の問いかけに、彼女の隣にいた美波もコクコクと頷く。
床に穴を開けるとしても、現在地は二階なので一階の下の部屋に落ちるのが常であろう。それなのに、もぐらの作った穴には底があり、一階まで落ちるのを防いでいる。まるで空間を歪めて穴を作ったようだ。
「んー...それはですねー.......明久くん」
「え、僕?」
「黒金の腕輪使ってください!」
もぐらは美波や瑞希と同じようにしゃがみ、穴に嵌ったままの明久を覗き込んだ。二人が彼女の動きを興味深く観察する。
明久は言われるがままに黒金の腕輪を使い、召喚フィールドを展開した。
黒金の名を冠するだけあり、普通に先生が展開する召喚フィールドよりも黒を帯びた空間が、もぐら達を中心に教室の三分の一を包み込む。
_____黒金の腕輪は、もぐらの転校直後に行われた文化祭で明久が手に入れた道具だ。学力が高いと不具合を起こして壊れてしまう為、使える者は現状究極の馬鹿である彼だけなのだ。
召喚フィールドが展開したことを確認すると、もぐらは右手のスコップを前方に突き出した。
「サモン!!」
もぐらの凛とした声と共に、修道服に身を包み地球儀のような球体に乗った召喚獣が姿を表す。
「かわいいです!」
「これがお主の召喚獣か...」
「あれ?この子、腕輪してるわ!」
その姿を見た者が各々口々に感想を言い合う中、美波がもぐらの召喚獣の右手にはめられたそれに気が付いた。
美波の視線に、もぐらがふんぞり返る。
腕輪は実力者の証。どの教科にせよ、一つの教科で400点を越える点を取ることが可能な実力の持ち主にのみ与えられる、召喚獣に特殊効果が付与できる便利アイテムなのだ。
つまりこの事実は、もぐらがどれかの教科で400点以上を取る実力がある、才女であることを証明していた。
「もぐらの召喚獣、腕輪の力で空間を歪められるですよ!」
もぐらと召喚獣はシンクロした動作でぴょんぴょんと飛び跳ねて、その美しい橙髪をゆらゆらと揺らす。
もぐらの召喚獣が空間を歪めて落とし穴を掘りだしたので、明久が召喚フィールドを収束させた。
それを見計らってか、美波がガシリともぐらの手を握る。
「もぐらちゃんって頭良いのね!瑞希ちゃんと同じように振り分け試験に出られなかったの?」
「いや、試験のときにもぐらのアナホリストの血が騒いだです。だから試験会場脱走して穴掘ってたらこのクラスに決定してたです!」
「あほ」
「あうっ」
もぐらの返答に、美波がチョップをかました。
とは言っても、明久に普段向けている暴力の十分の一にも満たない、大幅に手加減したものだが。
もっと上位の、もしかしたらAクラスにさえいける可能性を、彼女は自ら投げ捨てるどころか丸めて満塁ホームランで宇宙の彼方までかっ飛ばしたのである。
美波の頭に天才と馬鹿は紙一重、ということわざが浮かんだ。
「穴の素晴らしさが理解出来ないとは難儀な...」
「あ、もう少し...」
「もしかしてパンツ見たいです?もぐらの見せてあげるですよ」
踏みつけられて顔面に靴跡がつけられても尚覗きを諦めない康太に、ついさっきまで腕を組んで溜息をついていたもぐらが、仄かに笑いかけてスカートの裾を摘む。もぐらの短いスカートは、ストッキングを支えているガーターベルトの面積を、普段より多く晒させた。
ブッシャアアア!!
その言葉と動作は、上級者すぎて妄想のみで鼻血を噴出できる康太にはあまりにも刺激的であったようだ。血の噴水が出来上がった直後、彼がいたはずの穴は血の海と化していた。
「穴の中に血溜まりと人肉...猟奇的で印象的な素敵な作品なのです!」
なにやら物騒な言葉とともにキラキラと目を輝かせているもぐらを他所に、穴から這い上がった明久は、ふと思い出したようにパッと顔を挙げた。
穴に嵌ったせいで危うく忘れるとこだった。ここに雄二がいないのは、霧島さんを誘いに行ったからだったっけ。
_____彼が思い出したのは、わざわざ美波達のところに話しかけに来た理由だった。
「そこの女子三人!」
明久がひらひらと手を振る。
もぐらと美波、それに加えワンテンポ遅れて瑞希が、明久の呼びかけに気付いて視線を移した。
「僕プール掃除のついでにプール貸切で遊べることになったんだよ!一緒に行かない?」
ペロペロォーーー^p^
次は水着回です。