劣等生と優等生の弟   作:餅煮込み

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1.どうしてこうなった

 自分は恵まれている。何かある毎に少年は己の境遇を振り返り、満足気にそう判断していた。

 有名な魔法師の家系の次男として生まれ、次期当主に、と一目置かれる姉程ではないが一族の中でも優秀と称される魔法の才能。魔法の関わらない学校生活においても文武両道を貫く兄には劣るも、それに追随する能力。

 一番でなくとも、家族に失望されない程度の結果を残すだけで満足していた。

 ゴタゴタとしているお家事情を除けば、志しの低い少年の短い人生において、大部分は満足に値するものだったのだ。

 だが、

 

「ぐっ、がぁ……っづぁ……!」

 

 力の入らない肢体。

 動こうともがく度に跳ねる赤い水滴。

 なんで、と少年は思う。どうして、と少年は憤る。

 腹から血が溢れ落ちる感覚は、その分だけ命がなくなっていくようにも思えた。

 地に伏した状態で辺りを見渡す。最初に自分と同じように倒れている姉の姿が見つかった。

 

「ねえ……さ、ん……!」

 

 ろくに動かない身体に鞭打って、少しでも、と手を伸ばす。

 反応は薄いがまだ息はある。しかし、今の自分では助けることが出来ない。少年は己の死期を悟り、ここにはいない誰かに全てを託し目を閉じて──

 

「深雪っ!」

 

 なにかと頼りになる兄の声が聞こえたことで安堵の笑みを浮かべたまま意識を手放した。

 

 

 

 この日、沖縄防衛戦と呼ばれる争いの中で一人の少年が死に、一人の少年が生まれた。

 己を磨くことに必要性を感じなかった少年は跡形もなく消え去り、何を守るにも絶対的な力が必要なのだと気付いた少年が新たに生まれた。

 このことがきっかけで、少年を取り巻く環境にどのような変化が訪れるのかは、少年の傷をなかったことにした兄をもってしても予測は出来ていなかったのだろう──。

 

 

  ◇

 

「納得出来ません!」

 

 国立魔法科大学付属第一高校。その敷地内、入学式の日の朝に響き渡った司波深雪の声に、司波達也は内心苦笑いを浮かべた。

 自分とは似ても似つかない、街を歩けばナンパされるどころか逆に遠慮して声をかけられない程の美貌を持つ妹。本人からすると本気で抗議しているつもりなのだろうが、達也は微笑まし気にそれを眺めていた。

 

「そうです兄上!」

 

 深雪に同調するように上がった声に、達也の顔は引きつった。

 自分とは似ても似つかない、同世代では背の高い達也でも見上げなければならない丈を持ち、街を歩けば人混みがあったとしてもモーゼの如く誰もが道を譲らざるをえない威圧感を放つ筋肉。もとい弟。

 

「淡輝、顔が近いぞ」

「これは失礼。しかし、重ねて言いますが納得出来ません兄上! 入試の成績がトップだった兄上がなぜ補欠なのですか!?」

 

 何故入試の結果を知っている、という疑問の前に毎度のことながらどうして弟はこんな風になってしまったのだろうかと達也は頭を悩ませる。

 司波淡輝。深雪の双子の弟として産まれ、二卵性双生児にもかかわらず深雪に似た、男児にしては線の細く可愛らしい顔つきをしていたはずだ。その淡輝が目の前の、まるで世紀末覇者のような姿になるとは誰が想像出来るのだろう。

 

「どうしてこうなった」

「兄上、どうしましたか?」

「いや、なんでもない……いいかい、二人とも。ここではペーパーテストの成績よりも実技の成績が優先されるんだ。俺程度の実力で、我ながらよく合格したものだよ」

「そんな覇気の無いことでどうしますか! 勉学も体術も、お兄様に敵うものなどいないというのに!」

(いや、淡輝には肉弾戦で勝てる気がしないんだが……)

 

 達也は知っている、その拳は魔法を使わずとも岩をも砕くと。

 

「兄上っ! 姉上の言う通りです! それに兄上本来の力をもってすれば──」

「淡輝!」

 

 ビクリ、と淡輝の肩が跳ねた。勢いに任せて言葉を連ねていた深雪も今は達也の怒声に身を竦ませている。

 

「それは、言っても仕方のないことなんだ」

 

 そもそも万全に準備をしたとしてもお前の筋肉に傷をつけることが出来るか怪しいんだが、そんな言葉を飲み込んだのは兄としてのプライド故だろう。

 

「ぐっ、兄上の心情を察せずに勝手な物言いを……! 兄上、数々の無礼お許しくださいっ……!」

「淡輝、あなただけに非があるわけではないわ。お兄様、申し訳ありません……」

「ああ、気にしてはいないさ。だから二人とも頭を上げてくれ。特に淡輝、土下座だけはやめてくれ……いや腹切りもやらなくていい」

 

 人はまだ疎らだが、入学式の準備に訪れた人たちの好奇の視線が達也たちに突き刺さる。見た目立派な淡輝に頭を下げさせている達也が何者だという視線が大半だが。

 

「兄上が良いと言っても何か罰を与えられないと気が済みません! 兄上、何か罰をっ、罰を下さりませんかっ!? 」

「じゃあ時間のある時に筋トレでもするんだ。これでいいか?」

 

 淡輝が毎日トレーニングを欠かさずにやっているのを達也は知っていた。だからそれの内容を少し増やすことを罰とし、お互いの落とし所としたのだが。

 

「御意にっ!」

 

 なんかこの場でスクワット始めやがった。

 ふんふんふんふんっ、というリズミカルな吐息と共に淡輝の身体が上下に動作する。踵も地面についており、実に理想的なスクワット。それに人間の限界を超えてるだろと叫びたくなるほどのスピードに目を見張る。

 

「ま、まて淡輝。なにも今ここで──」

「お兄様! 深雪も罰を受けますっ!」

「深雪っ!?」

「姉上! 姉上はこの後の式で新入生総代の役を受けている身。式前に筋トレはお身体に響きます。なので私が姉上の分も引き受けましょう。──二倍だァっ!」

 

 もともと速かったスピードが更に上がるのか!?

 達也は目を見開いて驚きを露わにした。身体能力では自分が何年かけても辿り着けない領域に達している弟でも、二倍のスピードでスクワットはさすがに出来ないだろうと思っていたからだ。

 まさか小さい子がよく言う早すぎて止まっているように見えるが実際に見ることが出来るのか。

 

「兄上」

「勝手な判断お許しください」

「兄上が望むのなら三倍でも四倍でもやりましょう」

「どうか姉上には万全を期して式に臨んでいただきたいのです」

「ん……?」

 

 淡輝の様子に、達也は違和感を抱いた。まず、スクワットのスピード。二倍と言っていた割には変化がない。そして声だ。耳がおかしくなっていないのなら、今正面でスクワットをしている淡輝の他に、後ろからも淡輝の声が聞こえたような気がした。

 まさか、と思いつつ後ろを見る。

 

「ふんふんふんふんふんふんふんふんっ! 兄上、どうなさいました?」

 

 なんか筋肉が二人に増えていた。

 

(分身、だと……!?)

 

 まさか幻覚か、と考えるがそれを否定する。 精霊の眼(エレメンタル・サイト)を通して得た情報が、両方とも本体と告げていたからだ。

 

(まさか魔法──いや、ありえない。精神干渉の類ではなく、質量をもった実体……人一人分のエイドスを投影──いや、これも違うな)

 

 ああ、なるほど。

 

(──筋肉か)

 

 もはや考えることを諦めた達也。淡輝の周りで己の理解を超える事象が起きたのならば、それ即ち筋肉である。ここ最近達也が学んだ真理であった。

 咳払いを一つ。こんな時は放って置いて話を進めるに限る。

 

「お前たちの気持ちは嬉しいよ。代わりに怒ってくれているから、俺はいつも救われている」

「ふんふんふんっ」

「嘘です」

「ふんふんふんっ」

「嘘じゃないさ」

「ふんふんふんっ」

「嘘です。お兄様はいつも私のことを叱ってばかり」

「ふんふんふんっ」

「嘘じゃないって。深雪、お前が俺のことを思って──」

「ふんふんふんふんふーんっ!」

「淡輝、ひとまず落ち着こうか。ふんふんが両耳から聞こえると流石に集中できない」

「これは失礼」

 

 二人の筋肉ダルマの姿がぶれ、やがて一人の筋肉ダルマへと収束して行く。

 咳払いを更に二つ。もはや仕切り直しもクソもない気もするが、まあ良いだろう。

 

「お前が俺のことを思ってくれているように、俺もお前のことを思っているんだよ」

「そんな……お兄様、想って(・・・ )いるだなんて……」

「兄上! 私も兄上のことをいつも想っております!」

 

 深雪との間に齟齬を感じ、淡輝の言葉に嬉しくもやはり数年前までの風貌で言って欲しかったと切に思う達也。

 齟齬の正体を突き止める気力が既になかった達也は、話を進めることにした。

 

「もし深雪が答辞を辞退したとしても、俺が選ばれることは絶対にない。俺の見立てでは淡輝になるだろうが、淡輝が辞退しても俺ではない。本当は分かっているんだろう? 深雪、お前は賢い娘なんだから」

 

 それは……、と短く漏らす深雪。それは肯定を意味していた。

 

「それならお前の晴れ舞台を見せておくれよ。俺にとっては自慢の妹、淡輝にとっては自慢の姉なんだから」

「その通り。さすがです、兄上!」

 

 なにがさすがなのかよく分からなかったが、深雪の表情を見るに腹は決まったようだ。

 

「わかり、ました……それでは行ってまいります。見ていて下さいね、お兄様、淡輝」

「ああ、本番を楽しみにしているよ。行っておいで」

「姉上の雄姿、この瞼に焼き付けます」

 

 リハーサル会場へと赴く深雪の姿を見送って一息つく。これで目下の問題は過ぎ去った。

 あとは入学式本番を迎えるだけで、開始まで時間を適当に潰せば良い。一人ならばどうしようかと途方に暮れるところだが、幸いにも達也には弟が一緒にいる。

 

「入学式までどうしようか、あ──」

「では兄上、先ほどの罰の続きを行なって参ります! まずは加重魔法を併用してのランニング、行って参ります!」

 

 わき、の二文字すら許さない速度で行ってしまった淡輝。そんなデカすぎる背中に呆然と立ち尽くしてしまう達也。人がまばらな学校内、ついつい漏らしてしまった。

 

「どうしてこうなった」

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