君の名は。〜bound for happiness(改)〜   作:かいちゃんvb

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第6章 愛しき夏の出来事たち
第34話 それぞれの夏


浩平の予言というより忠告が的外れになることは極めて稀である。最年少の四葉でさえ旅から帰還した翌日にもまだ筋肉痛が残っていた。長らくスポーツから遠ざかっていた三葉の筋肉痛がしぶとく残るのは自明の理とも言えよう。

 

「どうや、宮水。まだまだ辛そうやなあ。」

 

7月19日火曜日、始業時間の20分前に出社した三葉を浩平のからかい混じりの声が出迎える。

 

「ま、まあね。ミキちゃんは?」

 

「おはよ〜。」

 

三葉の真後ろからミキが出社してきた。

 

「やっぱりまだ残ってる?」

 

「うん。四葉ですら痛いわ〜って言ってたしね。ミキちゃんは随分平気そうに見えるけど?」

 

「顔に出さないのが得意なだけよ。まだ脹脛もパンパンだし。浩平君は?」

 

「きっついわ〜。百合子もなかなかやったけどな。おちょくったろうと思っても自分もおんなじ状態やから下手に何も言われへん。」

 

「からかうのは前提なのね。さすが関西人。」

 

「いや〜、あれは堀川君と百合子ちゃんが格別なだけやと思うんだけどな〜。」

 

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一方の瀧も筋肉痛という名の悲鳴をあげる両足をフル稼働して、何とか始業時間ギリギリに会社に到着した。全力疾走のせいで肩で息をしながら自分のデスクに鞄を置く瀧の耳に百合子の舌打ちが聞こえてきた。

 

「ちっ!間に合ったんかー。」

 

「先輩、どうしてそんなに残念そうなんですか?」

 

「そんなの決まってるじゃん?弄りがいのある後輩が筋肉痛と課長の説教のダブルパンチでフルボッコにされてる姿が見たかったからに決まってるじゃないの。」

 

「そういう先輩こそ、まだ息整えきれてませんよね。」

 

「そりゃなあ。私もここに着いたのあんたが来る2分前だったからね。」

 

百合子が旅行の時とは打って変わっていつものように標準語(と本人は固く信じてやまない、関西弁がかなり混じっている標準語っぽい言葉遣い)で瀧を揶揄いにかかる。そして始業時間となり、2人は顔を見合わせてニヤッと笑い、業務を開始した。

 

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自宅というものは受験勉強にとって大敵であることが多い。誘惑が多く、誰も自分を見ていないという安心感が怠けへと一直線に誘う。例え漫画やゲーム類を封印して、スマートフォンのゲームアプリを全部消しても、今度はベッドという誘惑に襲われるのだ。扇風機を強で回してゴロンと寝転がって考え事をしたり、何も考えずにボーッとするだけで優に2時間は潰れてしまう。

 

7月22日金曜日、四葉の通う高校では1学期終業式が行われた。校長の長く退屈な話を右から左へと聞き流し、1学期の成績表を受け取る。高校三年生にもなると、長期休業中の宿題はほとんど課されない。本格的に自分の志望校に向けての勉強がスタートする。

とかくだらけがちなこの夏休み、四葉は学校の開いている日は学校の自習室に籠ることにした。予備校には行っていない。どうしても費用の面で三葉に迷惑をかけてしまう。四葉が通う高校の場合、自習室が19時まで開いている。せっかく開いているのならせいぜい有効活用してやろうという考えだ。そして16時現在、四葉はその自習室で勉強をしていた。四葉がこの日学校に残っているのには理由がある。

 

三者面談。

 

仕事を少し早めに抜けてくる三葉に合わせて17時にセッティングされている。志望校を帝都大学東京にすることはすでに決めている。だから話すことはほとんどないのだが、一応全員やることになっているので仕方がない。そして今、四葉は数学の問題が解けずに悶々としていた。

 

「分からないの?」

 

四葉の後ろから無声音が聞こえてきた。振り返ると、そこには四葉のクラスメイトが立っていた。

 

「えーっと、三枝くんだっけ?」

 

「そだよー、三枝智樹だよ〜。」

 

三枝智樹は少し変わった人物だ。170センチを少し超える身長と少し短めの髪を持つ非常に柔和な人物で、彼を嫌う人物は1人もいない。

オタクの集団とも、地味な女子とも、がっつり体育会系の男子とも、ギャルともフランクに話すことができる稀有なコミュニケーション能力を持つ人物である。勉強は良くできる。運動神経も中の上程はある。彼を密かに恋い慕う女子は多いようだが、なにぶん苦学生で放課後はバイトのためにすぐに居なくなってしまうことが多く、休み時間も渡り鳥のように動き回って話すので、誰か特定の人物と長い時間いることがないことも相まって、その心を射止めた者はまだいない。

四葉も幾度かは言葉を交わしたことがあるが、あくまでも数あるクラスメイトの1人、という感覚だった。

 

「今日はバイトじゃないんだね。」

 

「まあね。多分宮水さんと理由は一緒だと思うよ。」

 

「面談?」

 

「そそ。俺は5時半から。宮水さんの志望校は?」

 

「帝都大学東京の人文社会。三枝くんは?」

 

「お、奇遇だね〜。俺はその大学の経済経営だよ〜。」

 

「ふ〜ん。」

 

「俺ってこう見えて数学は得意なんだ。英語は苦手だけど。」

 

「じゃあ、せっかくだし教えてもらおっかな。」

 

「ん〜、どれどれ〜?あーこれねー、そのやり方だとドツボにはまるよ。あ、もうハマってるね。でもね〜、ここの何気ない一文が凄いヒントなんだよね。"このような値を全て求めよ"でしょ。この文章見たらね、答えは1つか2つ3つくらいしか出ないよ。特にこういう整数問題なんかはね。…………」

 

三枝の教え方は上手かった。四葉が後で先生に聞きに行こうと思っていた問題も全部理解することができた。

 

「ふ〜、ありがとう。おかげで助かっちゃった。」

 

「いえいえ、どうってことないよ。」

 

「これだけできたらもっと上の大学も目指せるんじゃないの?」

 

「いや、英語がね………。」

 

「この前の模試何点だったの?」

 

「104点…………。」

 

「お、おう………。」

 

帝都大学東京に行くには150点は欲しいところだ。

 

「そのかわり数学と国語は160点超えたけど。」

 

そこで、四葉は名案を思いついた。

 

「そうだ。私英語は苦手じゃないから教えてあげる。その代わりに数学教えてくれない?」

 

「差し支えなければ日本史も教えてくれないかな?模試54点だったんだ。」

 

「うん。いいよ。文系科目なら任せて!」

 

「ちなみにこの前の模試の数学は何点だったの?」

 

「う………IAⅡB2つ合わせて84点。」

 

「お、おう…………。」

 

「…………。」

 

「わかった。その提案に乗るよ。LIME教えて。」

 

2人はライムの連絡先を交換した。

 

「ところで、もうすぐ5時だよ。」

 

「おっと、ありがとう。じゃあ、また連絡するね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

四葉が教室に向かっていると、ちょうど三葉が廊下を歩いていた。

 

「姉ちゃ〜ん!」

 

「四葉!ちょうど良かった。5分くらい前に着いたんやけど、ちょっと迷ってたんよ。」

 

そして、三者面談が始まった。四葉のクラスの担任は教師歴30年のベテランの男性教師だ。

 

「宮水は帝都大学東京を志望してましたね。お姉さんは模試の結果はご覧になりましたか?」

 

「はい。」

 

「まあ英国社の文系科目については全く問題はありません。」

 

「数学ですよね。」

 

「その通りです。もうこの夏休みは数学がメインになるでしょうが、何か対策とかは考えてるんですか?」

 

「あ、一応三枝くんと一緒に勉強しようと思ってるんですが。」

 

「そうか、あいつは数学が得意だったな。代わりに英語を教えてくれとせがまれたんだね。」

 

「そういう感じです。」

 

「なら心配ないでしょう。充実した夏休みを過ごしてください。」

 

面談は30分の予定だったが、志望校が既に決まっており、そこへ向けての学習計画も立っているということで話すことが特に無くなってしまい、10分少々で終了した。

 

「三枝くんって?」

 

「クラスメイト。」

 

「ふ〜〜〜ん。」

 

「何よ、その意味ありげな返事は。」

 

「べっつに〜〜。四葉は歳上がタイプやと思ったったんやけどな〜。」

 

「べっ!別にそんな仲と違うから!」

 

「大丈夫やよ!お姉ちゃん応援してるから!何なら部屋ずっと空けとこうか?」

 

「そんなん言って、お兄ちゃんとイチャイチャするだけやん。」

 

「悪い?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「へ〜、四葉に彼氏か〜。歳上がタイプだと思ってたんだけどなあ。」

 

7月24日日曜日、瀧と三葉が喫茶店でデートをしている時である。

 

「そうなんよ〜。まだ性急やとは思うんやけどね。」

 

「でも、気がありそうだったんだろ?」

 

「まあね。まだまだこれからって感じやった。」

 

「まあ、とりあえずは四葉の恋路が上手くいくことを願って乾杯でもしようよ。」

 

2人はお互いのアイスコーヒーのグラスをぶつけ合った。

夏は、まだまだ続く。


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