スティングレー家・娘の部屋
少女は幾分も感情を乗せない無感動な瞳で、およそ2年間過ごした自室を見渡した。最低限の物だけが置いてある質素な部屋だ。
今日彼女はここを離れる。
彼女が今から向かおうとしているのは、全寮制の特殊な学校だ。暫くは帰ってこない。休暇があるらしいが、家から呼ばれない限り戻って来るつもりはない。
少女は何も感じない。ここが自分の場所ではないと分かっていたからだ。
彼女の居場所は失われたままで、そこを取り戻すには世界をひっくり返さなければならないことも、十分過ぎるほどに分かっていた。
「別にいいけど」
何も感じないかのように、乾いた声は呟いた。そして何の未練もなく背を向ける。
その口元には笑みを浮かべていた。それがどういう種類の微笑みなのか少女にも分からなかった。新しい生活に期待しているのか、全てを諦めているのか、自身を馬鹿にしているのか。
しかし彼女にとってはそれすらもどうでもいいことだった。
何もない。
少女は何も持っていない。
レイディアント家・薔薇園
昔から何でも手に入れてきた少年は、自分の力で手に入れてきた物など何一つないことを自覚していた。
生きていく上で必要なことは当たり前だが、友人でさえも与えられたものだった。
それでも友人は友人で、大切なものだが、納得はできなかった。
誰が悪いとか、何が悪いとか、そんなことではない。
しかし違和感は消えないまま心の片隅にのこっている。
だからこそ、少年は新しい環境に期待していた。もしかしたら何かが変わるかもしれない。
誰かから与えられた人生だったが、これからは自分で選べるのではないか。
少年は静かに目を閉じた。
遠くで誰かが少年の名を読んでいる。時間だ。
踵を帰した少年は笑っていた。
未来に希望を持つ者の微笑みだった。
孤児院・門の外
少年は幸せそうに笑っていた。
不幸なことなど何もない、この世界は満ち足りているのだと、そう感じさせる笑みだった。
実際に、彼は本当にそう思っていた。この世界は恐ろしいほどに美しい。その一方で世界はおかしいほどに醜いことも知っていた。
だから少年は世界が好きだ。美しいだけでは死にたくなる。醜いだけなら壊したくなる。
柔らかな微笑みを浮かべていた少年は、ふと、顔から全ての感情を消し去った。
空を見上げて、飛んでいく鳥を見つめる。
後ろから付き添いの女性が近付いて来る気配がした。
今日、彼はここを暫し離れる。
世界は好きだが、この孤児院は死にたくなるほど大嫌いだ。
それでも、死ななくてよかった。だからこそ、ここを離れられる。
少年は笑った。
心底嬉しそうに、楽しそうに。