1話:無駄な努力
「最近、弁慶が一切俺に会ってくれない。
話しかけても凄いそっけないんだけど」
「そりゃ拙いな。このだらけ部がオジサンと直江の野郎二人だけになっちゃうじゃん。
そんなむさ苦しい部なんて嫌だよ。速攻俺は顧問やめちゃうぜ」
ざけんな。
こっちだって御免被る。
何が悲しくてヒゲ先生と二人きりでだらけなければならんのだ。
というか今回の話題の焦点はそこではない。
「ヒゲ先生、最近の弁慶ってS組でどんな感じ?」
以前までは日常生活ではしょっちゅう一緒にいた。
流石に俺と二人きりで外泊なんて滅多にできないけれど、ともかくよく一緒にいたのだ。
学内ならば休み時間になる度に廊下で落ち合うし、
昼休みや放課後はここでだらけつつイチャイチャしている。
だが、最近妙なのだ。
というよりも義経離れをしてからというもの弁慶の行動パターンが読みにくくなった。
「弁慶の様子ね。そんな一人の生徒の様子なんてイチイチ確認なんてしてないって。
ただまぁ今なんとなく覚えている限りでは、お前と合わなくなってから少し元気が無い気もするね。
あぁやだやだ。オジサン使ってお前ノロケるつもり?」
適当なことを言っているように聞こえるが、このヒゲ先生って中々の仕事ぶりだったりする。
恐らく自分の担当するS組生徒の事だってある程度は把握しているだろう。
その上で普段とそんなに変わらないと言っているに違いない。
「そっすか。あ、これ今の情報量です」
「あん? 何よこれ」
俺は鞄にいれておいた封筒を渡した。
それを受け取ったヒゲ先生は胡散臭そうに封筒を触る。
「最近できたビアガーデンのタダ券二枚ですよ。
前に小島先生が行きたいって言ってたんで、これで誘ってみたら?」
「オジサンね、お前に借り作るの最近怖くなってきたのよね。
お前のその異常な気の効き方が正直怖いよ」
「そう言いながらも受け取るんですね」
見れば何の迷いもなく懐に封筒をおさめていた。
微妙に顔は引きつっているけれど、お誘いのチャンスを逃したくはないのだろう。
問題はこのチケットを持って、どんな誘い方をするのかだろうけど
まぁそこまでは面倒見れない。
俺が教えた取ってつけたような誘い文句などどうせすぐにボロがでる。
俺が渡せるのはバトンであって、ゴールまで走るのはあくまでもヒゲ先生ということだ。
「お前さ、弁慶と付き合い始めてから何か凄い余裕ある人間になったよな。
俺はもう肌質もアソコの硬さも衰えまくりで余裕ないってのに・・・・・・」
知らんがな。
「それで、俺に何をさせたいわけ。
面倒くさいけど、話はきいておいてやるよ」
目を手で抑えるいつものポーズ。
この人本当に面倒くさそうにしているな。
まさにだらけ部顧問に相応しすぎる逸材だ。
つまりダメ人間。
「別に今ヒゲ先生の力が必要な事はないですよ。
それはマジで親切心からのチケットだから、貸し借り抜きで使いなよ」
「マジかよ。お前良いやつだね・・・・・・
何か彼女持ちの同情臭いけど、ありがたく頂戴しとくぜ」
卑屈すぎるだろう。
ともあれ、どうせ誘っても今回も失敗に終わる匂いがバリバリしている。
その事は敢えて言わずに炊きつけるだけにしておこう。
「そんじゃまあオジサンの少しばかりの恩返しだ。
弁慶について軽く調べておいてやろうかね」
「そういうのは小島先生へのお誘いが成功してからの方がいいんじゃ」
「うっせーよ。お前どうせ今回も失敗するんだろうなーって思ってんだろ。
もう何度目だよこの前置き、いい加減お前が俺を見る目で何考えてるか分かるようになってきたよ」
そう言いながらヒゲ先生は俺持参のちくわを一本食べ、そのまま部室の出口に歩く。
「んじゃまあ小島先生誘ってくるわ。その後弁慶のこともついでに調べておいてやるよ」
「いや、正直小島先生のお誘い駄目だったら無理してチケットの借り返そうとしなくていいから」
互いに微妙な顔をして手を振る。
俺は実の所今回も無理だろうと思っている。
だがヒゲ先生は半々な感じだろう。
なにげにあの人はしつこいというかポジティブな所もある。
じゃなければあそこまで脈がないのに誘い続ける事などできないだろうし。
「弁慶が何か困ってるのなら手を貸してやってよ。
逆に些細な理由だったら俺に教えなくてもいいからさ」
「あいよ。しっかしアレだな、お前って彼氏ってより弁慶の保護者みたいだよな。
俺よりしっかり保護者してんじゃないの」
「あながち間違ってもない」
ヒゲ先生は俺の言葉を聞き、少し笑ったあとそのまま靴を履いて部室を後にした。
それを見送ってから俺は携帯を開く。
うん。やはり弁慶からのメールはない。
もう放課後だ、普段だったらメールするまでもなくここで落ち合いイチャイチャしてる時間だ。
何かあったのならば手を貸してやりたい。
だが、もし困っていて尚且つ俺の手助けは欲しくないような展開だったら。
うん。
少し傷つくが、仕方ない。
その時はその時だ。
俺は弁慶が今日も来ないであろうこのだらけ部で一人勉強することにした。
こういう時に誰も来ない一人でいられる場所はありがたい。
・・・・・・だが、その日は勉強が一向に捗らなかった。
「なぁ姉御、今日も兄貴に会わないのかよ。もう何日目だコレ」
「会わないよ。っていうか大和の名前を出すな、余計に禁断症状出るだろうが」
「俺が何も言わなくても震え、目がうつろ、謎の発汗と禁断症状出てんじゃねーか。
傍から見ててマジで危ない人になってんぞ姉御」
どうにもままならなかった。
何というか、私はここ一週間前から大和離れをしている。
無論別に大和の事が嫌いになったわけでもなければ別れたい訳でもない。
むしろこの会わない時間の分だけ愛は深まっている気がする。
ただ、やはり依存は良くない。
その事を義経の件で理解した。
互いに支え合うのならまだしも、まるで薬物中毒かのようにベットリと依存など危険である。
「うぅ~・・・・・・川神水を飲んでも飲んでも酔えない」
「おいおい、川神水もそこまでにしとけって。
もう顔真っ赤になってるしよ、後で帰った時にどやされんぞ」
「うっさい! お前は私の保護者か! それとも大和か!」
「す、凄まれたって全然怖くねぇぞ!
へ、へへ。酔っ払いにビビるほど俺はヘタれてねぇ!」
そうは言いながらも明らかに体が震えている。
どう見ても私に怯えているが。
ともかく今は与一を構ってやれるほど精神に余裕がない。
飲んでも飲んでも全く酔えない。
「うあぁぁ~。もう限界だ! 大和に会いたい!
頭なでてもらいたい!」
以前、大和と旅館に止まった際にもこの症状はあった。
あの時は義経依存症だったが、今回は大和依存症だった。
「別に会えばいいじゃねぇか。何で今更そんなめんどくせぇ治療してんだよ。
義経の奴も姉御の陰気くせェ空気に当てられて何かしおれてるし」
こいつはこいつで大和と最近やたらと仲がいい。
二人きりの時に大和が何やらこいつと波長を合わせた話し方をしているらしいからか。
ともかく私のしゃて・・・・・・弟分と仲がいいことは結構だ。
「だってさ、大和が大人になったらそんなずっと一緒にいられないじゃないか。
知ってるか与一、大和のお父さんとか世界回ってるんだぞ」
大和が同じような仕事に就くかは知らないけれど、多分大和も一つの場所に腰を降ろす仕事はしない気がする。
となると出張しまくりの旦那、そして疲れて帰って来た大和を癒す妻の自分。
想像すればそれは悪くない将来像ではあるが、前提が成り立たない。
何せ疲れた大和を癒すもなにも、自分が大和が出張している間に精神崩壊しかねない。
だから早い段階から直そうとはしているのだが。
「う、吐きそう」
「オイコラ! 何で俺の襟を掴む!
そこは便所行くかビニール袋掴む所だろ、おい馬鹿やめろ!」
川神水でごまかそうにもどうやら無理だった。
はてさて、これは想像以上に厄介な病気を認識してしまった。
「うぉえぇぇぇぇぇぇ」
「どわぁぁぁ!? 汚ねぇァ!」
「う~。イライラする」
「べ、弁慶。余り無理はしないで欲しい、義経は心配だ」
「無理してない・・・・・・とは言えないよね、こんなザマじゃ」
与一を吐瀉物塗れにしてから数日。
あの件は実際どうでもいいけれど、
私の体調は本格的にヤバイ。
夢を見ても起きていても視界に時々大和の幻覚が見える。
もう川神水すら喉を通らない。
無論食欲もない。
九鬼の人間には事情を説明したら理解はしてくれたが、無理はするなと釘を刺された。
多分これ以上悪化するようなら強制的に何かしら対策を取られるだろう。
「ほら、弁慶の好きなお店のちくわだ。
兄様にこれを売っているところを聞いて買ってきたんだぞ」
「主ぃ~・・・・・・嬉しいよ」
大和以外に自分を慰めれる人がいるのだとすれば、それは義経しかいない。
持たされた弁当すら開けず、昼休みに一人で突っ伏している私を見かねたのだろうが、
何にせよ義経の心遣いだけで少しネガティブさがマシになった。
皿に輪切りにされているちくわを爪楊枝で刺し、口に運ぶ。
「・・・・・・余り美味しくなさそうだな」
「おかしいな、こんな味だったっけ」
口に運んだ感想。全然美味しく感じない。
ありえないだろう、このちくわって私の人生で食べたちくわランキングで五本の指に入るレベルだぞ。
それが一口食べたらもう食べたくないレベルになっている。
とうとう味覚までいかれたか私。
「か、川神水もあるぞ!
ほら、弁慶。いつもみたいに飲んでくれ」
そう言いながらお酌してくる義経。
義経から私に川神水を飲ませようとしてくるあたり、第三者からみた私の状態は相当らしい。
「おいおい、弁慶の奴ちゃんと寝てんのか。目に隈できてるぞ」
「おやおや。眠れていないようですね、明らかに寝不足の肌質になっています」
外野の井上と葵が私を観察している。
その言葉が義経にも聞こえたらしい、泣きそうな顔で私を元気にしようとする。
主にここまで心配をかけさせては弁慶の名が廃る。
仕方ない、余り乗り気ではないが川神水を飲もう。
酌を受け取り、口に運ぶ。
やはり美味しくない。
しかも空きっ腹に響く。
いきなり吐きそうになってきた。
「お、美味しかったよ義経」
「そうか! それじゃあもう一杯どうだ!」
「・・・・・・あぁ。いただこうか」
主の面子のためだ。
仕方ない。
「はいはいストップ。義経、ちょっと隣失礼するよ」
不意に、私の背後から声が聞こえた。
「あ、兄様」
来客は大和だった。
呆然とその顔を見る。
何だか、久々に見た大和の顔色は余り良くないようだ。
妙に疲れているというか、やつれている。
大和は私の顔色を見て僅かに顔を暗くしたあと、私の隣にある空席に腰を置いた。
なんの用事か、そんな事は聞かなくてもわかる。
「ここずっとメールしても変身なし、電話は一切とってくれない。
どういうつもりかは何となくわかるけど、極端すぎるだろ」
どうやら私が何故一切大和と関わりを持たなくなったのか。
大和本人は知っているようだった。
それはありがたい。
「誰かに私をどうにかしろって言われたのか?」
「ん? あぁ。それはだな――――」
「俺が呼んだ」
与一だった。
いつの間に現れたのか。
いや、元々いたのか。
それすらわからない程自分の頭ははっきりしていない。
「余計なことを」
「よく言うぜ。お前そのままじゃ衰弱死しかねない状態だろうが」
「お前? 与一、今私をお前呼ばわりしたのかい?」
いつも通りにプレッシャーをかけてみる。
だが、悲しいことに与一は一切ビビらなかった。
「なんだその目。姉御、まさかそれで凄んでいるつもりかよ」
「想像以上に弱ってたみたいだな。俺を呼んでくれてありがとな、与一」
「へっ、俺は闇に染まったとはいえ闇にも闇の矜持ってのがある。
義経の光の元にいる姉御がそのザマじゃ俺としても歯ごたえがない。
それに感謝なんていらねぇと言う所だが、兄貴に言われると悪い気はしないがな」
相変わらずな与一に微妙そうな顔をする大和。
そんな反応にわずかだが笑いがこみ上げた。
「おお、早速弁慶が笑ったぞ。
流石兄様だ、義経じゃできなかった事も簡単に成し遂げるのだな!」
義経が嬉しそうにはしゃぐ。
言われてみればここ数日笑った記憶がない。
作り笑い、愛想笑いくらいはしていた気がするがそれはカウントに含まれていないか。
「義経、俺達は行くぞ。
後は光と闇を併せ持つ兄貴の聖戦だ。混沌を身に宿せていない俺達がいた所で邪魔でしかねぇ」
「よ、与一。何を言っているのか全然わからないぞ・・・・・・」
グイグイと与一は義経を教室外へと引きずっていった。
腐っても弟分、気がきくじゃないか。
改めて私と大和は二人きりになった。
周りには聞き耳を立てているクラスメートがいるが、正直どうでもいい。
聞きたいのなら勝手に聞けばいいさ。
「弁慶、酷い顔だな」
「あはは、少し病んだくらいが色気も際立つんだよ」
軽口を叩く。
「そんな事を言えるのならまだ余裕はありそうだけど、その滅茶苦茶な俺離れもここまでだ」
大和は真っ直ぐこちらを見て言った。
だが、こちらとしてはそうはいかない。
「何で私が大和離れしようとしてるのか知ってたりする?」
「知らないけど想像つく」
想像つく、ね。便利な言葉だ。
相手の思考をまるっきし分かっていなくてもこの言葉を吐けば何かしらの反応を探れる。
駆け引きにおける常套文句である。
ただ、今回大和は実際にしっているだろう。
「俺と結婚するのに俺離れしてどうするんだよ。
そういうのを無駄な努力って言うし、弁慶の一番嫌いな言葉だと思ってたんだけど」
そうでもない。
努力した末、結果敗北や徒労に終わったとしても、
その努力で何かしら得るものはあったはず。
アスリートになるために努力したが、プロになれなかった。
だけどその人にはアスリート程ではないにしろ、それに準ずる肉体スペックは手に入っているはず。
それと同じく、私の今回の努力も無駄ではない筈。
「ふふ。私と結婚してくれるんだ」
「当たり前だ。もうどんな結婚式にしようか考えてるぞ。
そうだ、和式が良い? 洋式がいい?」
「うーん、洋式がいいかな。トイレの話だよね?」
「・・・・・・マイホーム建てるときに気をつけておくよ」
ちょっと今のは大和に意地悪だったか。
「冗談だよ。そうだね、武蔵坊弁慶としては和式がしっくりくるけど、
私個人としてはウェディングドレスも捨てがたいな」
「そうか。つまりどっちでもいいと」
「そうじゃない。和式洋式大和の好きな方の結婚式の衣装を私に着させて欲しいって事だよ。
ほら、初夜の時の事もあるだろう?」
その言葉に互いに顔を赤くする。
正直言ってるこっちも少し恥ずかしい。
周りで聞いている奴らも顔は見れなくとも耳が赤い奴が大量にいるのがわかる。
少し空気読めなさすぎたか。
「・・・・・・まぁそういう教室で話しづらい話題はここまでにしておいて。
どうだ弁慶。俺離れはできそう?」
「私の顔見たらわかると思うけどな」
最近はどいつもこいつも私の顔を見るなり目をそらす。
それだけヤバイ顔しているのだろう。
「ったく、折角の美人が台無しだ。
ほら、お酌するよ」
「え、あ」
大和がさっき義経がしたように盃に川神水をなみなみと注ぐ。
どうやら空の盃を置いていたから勘違いしたらしい。
今日はとてもじゃないが飲めそうにないのだけれど。
「ん? 飲まないのか?」
私が川神水をまともに飲めなくなっているなど思いもしないのだろう。
そりゃそうだ。あれだけ毎日飲んでた私が今では一切飲めないなどと思えるはずもない。
「いや。飲ませていただくよ」
一杯飲んで、私の顔色を見れば察しのいい大和ならそれでわかるだろう。
私は盃を手に取り、川神水を飲む。
・・・・・・おや?
「あれ。美味しい」
「何を今更言ってるんだ」
おかしいな。
マジで冗談抜きに美味しい。
「お、ちくわもあるじゃないか。
ほら、あーん」
同じく義経がもってきていたちくわを大和が差し出してくる。
私は自身に食欲が無いことを考えたが、口にはせず大人しく食べてみる。
「やっぱり美味しい」
「だからお前は一体何を言っているんだ」
やっぱり美味しかった。
どういう事なのか。
少し考えるもすぐに答えは見つかった。
大和と久々に顔を合わせたからだろう。
我ながら現金すぎると思うが、それが明確な答えだ。
この答えに涙が出そうになる。
「うぅ。情けなさすぎる・・・・・・」
結局大和離れはできなかったし、顔を合わせたら即座に体調不良が完治。
完全に中毒状態だ。
この二週間の努力の空回りさと、これからの不安に泣きたくなってくる。
「私、ずっと大和離れできそうにないな。
多分私と結婚したら大和の足を引っ張るかもね・・・・・・」
情けない。
そういうネガティブな感情が篭った声質で泣き言を言う。
けれど言われた大和はというと。
「何で俺離れする必要があるんだ?」
私の意図に気づいていない様子だった。
やはり最初に行った、知らないけど察しがつくというのはブラフだったのか。
「だってさ、大和って仕事始めたら出張ばかりになりそうじゃないか。
そうなった事を仮定して、今のうちに一人で待つことに慣れていようと思って」
「それが理由か」
合点がいったらしく、頷く。
ただ、理解したとたん大和がアホの子を見る目でこちらをみた。
こう、クリスを見ている時の目によく似ている。
「俺、弁慶を残してどこかに行かないぞ」
「それって、大和がずっと一つの場所に居続けるって事?」
「いや、そもそもの仮定が違う。
俺がどこかに出張する事になるのだったら弁慶、お前も一緒に来てもらう」
絶句する。
それは何というか。
男らしい発言だけれど。
「身勝手かもしれないが、俺は弁慶が必要だ。
それこそ死ぬまで横にいてほしい。しかも俺は弁慶離れなんて最初からする気もない。
面倒くさいし、やったところで出来るとも思えない」
周りを見れば、皆絶句した顔で大和を見ている。
そりゃそうだ。
何せ、私の気持ちをお構いなしに一生私を自分の隣に居させる発言なのだから。
「これは一例だけどな。
俺の母さんは日本に残る事を決めた俺よりも日本を見捨てて外国に住む事に決めた父親を選んだ。
そしてそのまま母さんは海外で親父の傍でずっと幸せそうにしている」
返答に困る。
夫婦仲が良好なのは素晴らしい事だ。
ただ、それを言えば残された大和に皮肉に聞こえないだろうか。
「ああ、母さんは俺のことも愛してくれてるから気まずそうにしなくていいよ。
ただ大切な息子より親父の方がもっと大切だっただけ。
結局俺の事を大事に思っている事にはかわりないんだから」
「そっか。じゃあ家族仲は円満なんだね」
「まぁ、そうだね。恥ずかしいけど自慢の両親だよ」
胸を張って言い切る大和。
「それでだ、弁慶。
弁慶には俺の母さんみたくずっと俺の隣にいて欲しい」
以前聞いた記憶はある。
確か大和のお母さんは頭脳派の夫の護衛をしていると。
実際前にその腕前は見たが、中々に強かった。
あれならば世界中を股にかける旦那さんを守る事もできるだろう。
「それじゃあ義経の傍にいられなくなるじゃないか」
「そうなるね。勿論強制はしない。
ただ、俺の考えを今聞いて欲しかったんだ」
恐らく大和なら父親と同じく日本だけでなく世界を回るだろう。
そういう将来像が見えている。
つまり、大和についていけば私は間違いなく義経の隣にいられる時間がほとんど無くなる。
それは武蔵坊弁慶としてどうなのか。
自分の存在意義を反故しているようで。
なのに答えはもう決まっているのがおかしくて。
「大和はさ、私が隣にいなかった二週間どうだった?」
「死にそうな程ネガティブだった。
見ろよこの隈。お前の事が気になってまともに寝れやしない」
よく見たら大和は大和で凄いやつれていた。
隈はできているし、活力もいつもより薄い。
はっきり言って私と大差ないコンディションに見える。
そっかだったら仕方ない。
「そんなんじゃ私がいないと仕事に差し支え出まくりじゃないか」
「でもそれで良い。俺は弁慶がいないと駄目な人間だからな」
胸を張って言い切る大和。
自分はその依存性を直そうと頑張った。
だが全く改善できなかった。
対して大和は最初から直す気がなく、更にむしろ開き直っている。
「それだけ俺が本気で弁慶の事が好きって事だ。
だったら依存症を治す必要なんて無いと思っている」
そうだった。
ようやく気づいた。
大和と義経には大きな違いがあった。
「全く、私が傍にいないと駄目なら仕方ないね。
どこでも一緒にいてあげるよ」
義経は私がいなくても大丈夫なのだ。
あの子はちゃんと独立できている。
どこでだって一人で生きていく強さがある。
しかし大和は私がいなければ駄目なのだ。
勿論私と付き合う前ならば義経同様一人で生きていく事も容易だったろう。
だが今は完全に私に依存してしまっている。
それは私も同じことで。
私ももう大和が隣にいないと壊れてしまうことがこの二週間で身にしみた。
もう二度と大和離れをしようとも思わない。
「ずっと、死ぬまで隣にいてあげるよ」
大和はその返答を聞いて満面の笑みを浮かべた。
それだけ私の答えが嬉しかったのだろう。
成程成程、そんなに私が好きなのか。
「でもさ、私は大和のお母さんと違ってだらけまくるよ。
そこは譲らないからね」
「それでいいさ。だって俺もだらけるの大好きだし、弁慶がだらけなくなったら俺もだらけにくくなってしまうじゃないか」
とことん私たちは相性がいいらしい。
何気ない会話。大切な会話。
大切な場面でのふざけた会話。
どんな話をしても楽しい。
「うぅ。ここ数日ずっと寝不足だったから頭がフラフラする」
「俺も何か頭痛がするくらい眠い」
時計を見ればあと十分で昼休みが終わる。
仮眠をとる時間すらない。
こんな様ではまともに授業すら受ける気すらしない。
「じゃあだらけ部行こうか」
「マジで? 授業でなくて大丈夫なの?」
「ダイジョブダイジョブ。だって次の授業の先生は名誉あるだらけ部顧問ですし」
あの先生ならば怒ったりしないだろう。
むしろ私や大和の体調を鑑みれば保健室で仮眠をとらせて然るべきだ。
「いや俺の所は梅先生の授業なんですが・・・・・・」
「ダメだ。大和は私とだらける必要がある。
これは義務だ」
乗り気ではない大和の腕を掴み、引っ張る。
こっちは腕を腕を痛くしないように全く力を入れていない。
けれどあっさり大和がついてくる。
余り乗り気じゃない事を言いながらも一切抵抗なく立ち上がり、引かれるがままだ。
「マルギッテ、会話聞こえてたよね。そういうわけで私達は次の授業出ないので先生によろしく」
皆と同様に黙っていたマルギッテに声をかける。
「そうですか。私個人が貴女の授業不参加の意思にどうこう口出しをする理由はありません。
好きにしなさい。一応授業不参加の旨だけ伝えておきましょう」
マルギッテはあっさりと了承してくれた。
旅館での一件から私達はある程度仲良くなった。
そのせいか今回のように互いに軽い頼みごとをする事もある。
「ああ、それと私個人から忠告です」
足を止めてマルギッテの方をみる。
「・・・・・・仲睦まじいのは結構ですが、聞いているこっちが恥ずかしいと知りなさい。
次からは場所、TPOを弁える事です」
「そりゃ失礼しました」
顔を真っ赤にしているマルギッテ。
どうも彼女は初心だった。
私と大和の間にある空気が恥ずかしいのだろう。
「それじゃ行こうか大和。
今日は一緒に寝るから膝枕じゃなくて腕枕希望」
「はいはい。
甘えん坊弁慶なんだから」
「甘えるさ。でも私が甘えるのは大和にだけだよ、知ってた?」
腕を引くのではなく、絡めた。
大和も一切抵抗しない。
私の隣に並んで一緒に部室に歩く。
その道中、校内で腕を組んで歩く男女が目立つのだろう。
奇異の目で見られる。
だが私も大和も別段動じなかった。
そのまま特に障害もなく部室にたどり着く。
その扉のノブを手に取り回す。
「ありがとな。俺の我侭に付き合ってくれて」
大和がぼそりと呟いたのが聞こえた。
何だ。
あれだけ男らしくキッパリと将来像を人前で語ったのに、私に罪悪感があったらしい。
何だかんだで大和も人並みのメンタルなのだ。
「ああ。大和の我侭になら一生付き合うさ。
だから私の我侭にも一生付き合って貰うよ?」
「あぁ。勿論だ」
差し当たって、予定通りに腕枕をしてもらおう。
大和の腕が痺れるだろうが、許さない。
多分将来の幸せな私達も同じようなことをしているのだろう。
それはつまり今も幸せということで。
「大和、腕枕だけじゃなくて頭撫でるのもセットでよろしく」
「了解。もう抱き枕にして撫で回してやる」
本当に私達は相性がいい。
あとがきです。
ここまで読んで頂き誠にありがとうございます。
次回は覇王、清楚の話を書かせていただきたいと思います。
それでは。