デジモンストーリー オールドフレンド   作:Tomato.nit

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ギルモン編のクライマックスです。



第十一話 深紅の魔竜

「じゃあクルモン。作戦通りにお願いね」

「わかったクル。クルモン頑張るクル!!」

 フォレストネストの入り口で最後の確認を行うシスタモンとクルモン。

 

 アルケ二モンを倒すための作戦。

 

 その第一段階はシスタモンの妹シスタモンブランの救出だ。

 シスタモンノワールにとって、ブランはただの妹という以上の意味合いがある。

 それが、姉妹によるコンビネーション。

 実の姉妹であるこの二匹にとって、お互いの呼吸を合わせることは造作もない。それどころか、互いの死角をカバーし合い、相手の呼吸の合間を的確に狙うことで、単独の戦闘力を大きく上回ることができる。

 というのはすべて、シスタモンノワールの持論だけど、その表情は何一つ迷いの無い真剣そのものだった。

 

 ボク、アグモン、オーガモンの三匹はシスタモン達の合図があるまで、入り口で待機することになっている。

 そして、いよいよ突入の時間だ。

「シスタモン、気をつけてね」

「ありがとう、ギルモン。絶対にアイツを倒そう」

 シスタモンが拳を突き出してくる。こういうところは女の子らしくないというかカッコいいと思う。

 コツン。

 小さな音を響かせ、拳を合わせる。

 お互い覚悟は決まった。

 同じように、アグモン、オーガモンとも拳を重ねるシスタモン。

 ここに居る皆の想いは一つ。

 アルケ二モンを倒す。それだけだ。

 

「油断するなよお前たち。数が減っているとはいえ、ここはドクグモンの巣だ。いつ仕掛けてこられても不思議ではない。気を抜かずに備えろ」

 シスタモンとクルモンの背中が見えなくなったころ。

 オーガモンの失われた片腕は、アルケ二モンとの戦闘によるものらしい。

 ドクグモンの侵攻を食い止める為に、洞窟を縄張りとして活動していたオーガモンはある日アルケ二モンと遭遇する。

 

「貴様の様なデジモンがなぜこんなところに居る」

「貴様とはずいぶん挨拶じゃないか。簡単な話さ。バカなデジモンがドンドン罠にはまってくれるおかげで私たちは食料には困らないんでね。おかげで数が増えて、増え過ぎて、逆に困ってたら進化しちゃったって訳さ」

 けらけらと笑うアルケ二モン。

 その背後には無数のドクグモンの姿がある。

 彼らの目の前には一匹のデジモンのみ。オーガモン。その姿は彼らにとっては興味でもなんでもなく、ただの餌としてしか映らない。

「フン、雑魚が何匹集まろうが、進化しようが、俺の敵ではない」

 右手に握られた棍棒が風を切り、構えられる。

 既にその身は臨戦態勢。

 一分の隙も無い構えに、本能の赴くまま活動するドクグモンたちですら一瞬たじろぐ。むしろ、本能からその実力を感じ取ったのかもしれない。

「なにビビってんだいアンタたち。ささっとやっちまいな!」

 アルケ二モンの号令を合図にドクグモンが次々と襲いかかる。

 だが、その牙はオーガモンには届かない。

「消えろ」

 棍棒の一振りで、三匹のドクグモンを弾き返す。

 飛び掛かった速度よりも早く、後方に押し戻され他のドクグモンに直撃し、ぶつかった個体は泡を吹き失神する。

 だが、そんな仲間の醜態は気にも留めず新たな個体が殺到する。

「雑魚とはいえ、数が多すぎるか」

 苛立たし気な声がオーガモンから漏れ聞こえる。

 同時に、左手を紫の闘気が覆い、密度を増してゆく。

 高密度の闘気は大気を揺らし、辺りには風切り音が響く。

「覇王拳!!」

 極限まで高められた闘気が気合と共に放たれ、破壊の権化と化す。

 直線状の標的をすべてなぎ倒しながら、その矛先はアルケ二モンへと向かう。

 

 獲った!

 

 放たれた紫の衝撃がアルケ二モンに直撃し、凄まじい波動が生まれる。

 

 数多のドクグモンを難なくなぎ倒し、それでなおこの威力を保持する覇王拳の威力はこのオーガモンが並の成熟期ではないことの証明と言えるだろう。

 

 だが、煙の中からはアルケ二モンがその姿をゆらりと現す。

「今のはなかなか危なかったよ。なかなかやるじゃないか、オーガモンにしては」

 そう言って、両手に提げた二体のドクグモンを放り投げる。

 一匹の腹は完全に貫通し、二匹目にも致命傷が与えられている。

「貴様、仲間を盾に使ったか。外道めが」

「鬼風情が吠えるんじゃないよ。もう少しドクグモンと遊んでもらってもいいんだけどね。私も暇じゃないんだよ」

 その腕からはスルスルと糸が延ばされている。

 オーガモンの視界に映るのは、光を反射する数本の糸のみ、その総数を把握することができない。

「さあ、ちゃんと避けないと死んじまうよ?」

 アルケ二モンが腕を振るい無数のワイヤーがオーガモンの体を切り刻む。

「ぬうう、見えぬ!?」

 不可視の攻撃が全身を襲う恐怖に思わず、退く。

 

 腕をから伸びたワイヤーがその攻撃の主体、しなるとしてもその動きは手元を追えば把握できるはず。

 

 そこだ!

 

 軌道に棍棒を合わせる。

 

 遠心力を保ったままのワイヤーが次々と棍棒に絡めとられ、アルケ二モンとオーガモンがそれぞれ繋がれる。

 

「フン!」

 棍棒を振り回し、アルケ二モンごとぶん投げる。

「チぃ」

 空中で小さく舌打ちをしたアルケ二モンの左腕は、その衝撃で損傷したらしくだらりと垂れ下がっている。

 しかし、それがアルケ二モンの逆鱗に触れた。

「調子に乗るんじゃないよおおおおおおおおおおおお!」

 残った一本の腕で、それまで以上の数のワイヤーを繰り出し怒涛の手数をもってオーガモンを追いつめてゆく。

 一見怒りに任せたがむしゃらな攻撃だが、経験に裏打ちされた確かな技量が無意識に急所を狙う的確な攻撃を生み出す。

 致命傷のみを的確に弾くオーガモンだが、裏を返せば、微量なダメージが着々と蓄積しているということである。

 

 そして遂にその許容量に限界が訪れる。

 

 左腕に迫る一撃。

 

 腕を少し動かすことでこれを回避する。

 

 そのつもりだった。

 

 しかし、腕を動かそうとした瞬間、関節に激痛が走る。

 幾度となく打ち込まれたワイヤーによる攻撃がここに来て、明確な痛みとなる。

 一瞬の硬直が命取りになる。

 無防備な関節にワイヤーが食い込み、引きちぎる。

「ぐうおおおおおお!!」

 痛みのあまり、咆哮を上げる。

 腱が引き裂かれ、肘の関節が消失する。

 断面からは血液が噴き出す。

 自身の腕が地面に転がる光景はオーガモンにとって屈辱そのものであった。

 

 だが、ここで立ち止まる訳にはいかない。

 止まれば今度は首が飛ぶ。

 

 オーガモンの首があった場所にワイヤーが殺到するが、そこには既に何もない。

 

 転がるように回避したオーガモンは、回避を捨て、攻めに転じる。アルケ二モンに向って走りながら、棍棒を水平に投げつける。

「そんなオモチャは効かないよ!」

 腕で、棍棒を弾き飛ばしたアルケ二モンだが、棍棒はその動作を引き出す為の餌。

 その一瞬で距離を詰め、距離は必殺の間合い。

 至近距離まで肉薄したオーガモンの腕には既に紫の闘気が纏われている。

「覇王拳!」

 ゼロ距離から直接、闘気を打ち込む!

 圧倒的な破壊力の覇王拳。その直撃を受け、アルケ二モンの体は軽々と吹き飛ばされる。

 数十メートル吹き飛ばされ、その巨躯は大樹にうちつけられる。

 

 

 

 大樹をなぎ倒し、その下敷きになるアルケ二モンに動きが見られない。

 

「何とか、勝てたか」

 しかし、代償は大きい。

 失った腕。

 

 そして、その反動が遂に体を蝕む。

 出血に伴う意識の低下だ。

 視界が揺れ、焦点が定まらなくなる。

「ここまでか。呆気ないな」

 体を支えることすらままならない。膝を付くも、そこから体が崩れ落ちる。

 雑草に顔が埋もれる。

 その視界の先には、地面に転がる自分の腕とそれを拾いあげようとする白い人型のデジモンの姿が。

 しかし、もう、意識を保つことが、できない。

 光が薄れ、次第に遠のく意識のなか、最後にもう一つの黒い影を見た。

 

「しかし、アルケ二モンは仕留め損ねていた。そのせいで、シスタモンブランは奴に連れ去られてしまい、ノワールはクルモンを追う羽目になった。すべては俺の力が至らなかったせいだ。すまない」

 頭を下げるオーガモン。でも、悪いのはオーガモンじゃない。

 そう、声を掛けようとした瞬間、森に銃声が響いた。

 シスタモンの合図だ!

「来た!」

 聞くと同時に飛び出すボクたち。

 アルケ二モンがいるところまで、あまり距離はない。

 けど、クルモンを庇いながらだとシスタモン達も有利とは言えないだろう。

 

 急げ!

 

「よくやったよシスタモン。それじゃあ、妹は自由にしてあげるよ。あの世でね」

「別にあんたのこと信じてた訳じゃないけどさ、やっぱりサイテーだね。クルモン!やって!」

「クル!」

 合図と同時にクルモンがその手に持ったフラッシュグレネードを起動させる。

 閃光が辺りを覆い、アルケ二モンの視界を完全に奪う。

 そのわずかな時間に、クルモンの救出とブランの救出を手早く済ませたシスタモンノワール。その手腕は流石の一言である。

 安全を確保できた瞬間に、拳銃が火を噴く。

 放たれた弾丸は信号弾。

 自分の居場所を知らせるとともに、炸裂の音は作戦開始の合図である。

 

 ギルモン達がここまで来るのに五分。それまではあたしがこの子たちを守るんだ!

 

 決意と共に、銃弾を込める。

 かちゃりと響くマガジンの音。ハートの撃鉄を上げる。

「いくよ、アンソニー」

 ちゅっと愛銃に口づけをし、構える。その標的は勿論あいつだ。

 

「私を騙すなんて良い度胸してるじゃないか!」

 ようやく視界を取り戻したアルケ二モンが悪態を付く。

「騙したのはお互い様でしょ。それに、妹をこんな目に遭わせたんだから覚悟して貰わないとね!」

 出来るだけこっちに気を引き付けないと。

 ブランは手負いだし、何よりクルモンと一緒だ。

 少しでも挑発して二人から気をそらすんだ。

 

 銃を連射しながら縦横無尽に駆けるシスタモン。小柄な体を活かした、立体高速戦闘はこの地の女王たるアルケ二モンとも互角のスピードである。

 しかし、それはアルケ二モンにとっては面白くない事実だ。

 何せ、的が小さい。攻撃が当て難いことこの上ない。

「イライラするね!」 

 このクモの巣の山は自分の縄張りだ。

 そこを、獲物であるはずのデジモンがぴょんぴょん跳ねまわるどころか、攻撃までしてくる始末。

 短気な性格のアルケ二モンを激昂させるには十分な状況だろう。

 

 何度目の攻撃だろうか、数えるのは既にやめたけど、そろそろ来るかな。

 そんなことを考えていると、アルケ二モンの動きに違和感を感じた。

 さっきまでの執拗な攻撃から何かが抜け落ちている。

 何この感覚?

 シスタモンノワールが疑問を感じた瞬間。

「きゃああ」

 ブランの悲鳴が響く。

 振り返れば、ブランとクルモンに迫るドクグモンの姿が。

 

 引き付けていたつもりが逆にアルケ二モンに注意を引き付けられていた!?

 

 違和感の正体はそれか!

 

「ブラン!今行くから!」

「あんたの相手は私じゃないのかい?」

 伸ばした腕がクモの糸に絡めとられる。

「しまった!?」

 そのまま体がアルケ二モンに引き寄せられる。

 

 体が空中を舞う最中、残った左腕の銃で糸を打ち抜き脱出するシスタモン。しかし、その体には既に慣性が生じており、その行く先は攻撃の姿勢を整えたアルケ二モンに直行する。

 

 

 シスタモンブランに迫るドクグモンの牙。

 その牙に噛まれれば最後、成長期のデジモンなどはその毒に耐えることなどできず、もがき苦しみながら絶命することになる。

「わたしだって、ちゃんと戦えるもん!」

 姉の影に隠れがちなシスタモンブランだが、決して戦闘力が無い訳ではない。引っ込み思案な性格から、後ろに下がることが多いが、姉の無茶な戦闘を、近くで的確にサポートしてきた経験は確かなものなのだ。

 その手に持つ黄金の三叉槍、クロスバービー。その石突をコツっと足元を撃つ。

「プロテクトウェーブ!」

 シスタモンを中心に衝撃はが放たれ、迫りくるドクグモンを押しとどめる。

 衝撃波はそのままシスタモンとクルモンを包み込み、鉄壁の守りと化す。

 しかし、クルモンを守るという目的がある以上迂闊には動けない。

 薄い壁一枚を隔ててドクグモンと対峙する。

 今の彼女に出来ることは姉を信じて待つのみ。

 

 

 ようやくたどり着いたクモの巣の奥地では既に戦闘が始まっていた。

 ボクたちの目に映ったのは、空中を舞い、アルケ二モンに向っていくシスタモンノワールと、ドクグモンからクルモンを守るシスタモンブランの二人の姿だ。

 言葉を交わす間もなく、オーガモンはシスタモンノワールの方へと駆け出す。

 アグモンとボクはクルモンのいるブランの所に向かう。

 

「だめ、もう持たない!?」

 度重なるドクグモンの攻撃によって、プロテクトウェーブの障壁はヒビだらけになり、今にも砕け散りそうになっている。

 そしてボロボロの障壁に最後の一撃が加えられ遂に砕け散る。

 パラパラと舞う残骸が降り注ぐ中、獲物を追いつめたドクグモンが悠然と進む。

 ミチミチとその咢が開かれる。

 粘液が糸を引きながら、開かれた左右の大顎。そこに生えた牙からは緑の毒液がしたたり落ち、付着したところからは白煙が生じている。

 その光景に思わず動きが止まるシスタモンブラン。

 

 死をも覚悟した瞬間、状況は一気に覆る。

 

 「ファイヤーボール!」

 「ベビーフレイム!」

 二つの火球がドクグモンに殺到し、その巨体を揺らがせる。

 

「クルモン!シスタモン!大丈夫?!」

 二人を庇う様にドクグモンの前に立ちふさがるボクたち。相手は成熟期だけど、不思議と恐怖心は無い。

 特訓の成果っていうのは少し抵抗があるけど、ノワールの特訓が効いているのは確かだ。

「アグモン、これならいけそうだね」

「うん、不思議だけど全然怖くないよ。これなら勝てるよ!」

 グッと力を込めると今までよりも、もっと大きな力が体中に満ちる。

「うおりゃ!」

 飛び出した勢いのまま、ドクグモンを蹴り飛ばす。

 流石に体格差が大きい。巨体がグラつく程度のダメージにしかなっていないけど、それで十分だ!

 姿勢の崩れたドクグモン、その体重は今、3本の足に集中している。

 その中でも最も体重の集中している中足をアグモンが打ち抜く!

 

 キシュアアアアア!?

 

 突然崩れた己の姿勢に困惑するドクグモン。

 その間にも巨体は揺らぎ、仰向けに崩れる。

 そしてむき出しになった腹部。装甲の薄いそこはドクグモンにとっての完全な弱点だ。そこが露出した隙を、二匹のデジモンは見逃さない。

 先刻は致命打にならなかった二発の火球。

 再びそれらが突き刺さり、甲殻に炎が燃え広がる。

 徐々に動きを鈍らせながら遂に、ドクグモンはその動きを止める。

「やった!」

 パン!

 アグモンとハイタッチを交す。 

「クルー!ギルモン、アグモン流石クル!」

「助けてくれたんですよね。ありがとうございます」

 クルモンとシスタモンブランがこちらに向かってくる。

 その表情は安心したからだろう、少し涙を浮かべている。

 良かった。間に合ったんだ。

 辺りに爆音が響く。

 発生した方向はシスタモンノワールとオーガモンのいた方向だ。

「お姉ちゃん!?」

 シスタンブランが駆け出すが、その歩は直ぐに止まる。

 もうもうと立ち込める土煙の中から、ワラワラとドクグモンが姿を表してくる。

 1,5、10

 数えるのすら億劫になるような数だ。

 

「この数はまずいんじゃないかな」

 思わず弱音が漏れる。

 

 フォレストネストの真の魔力はこの数だ。

 

「でも、ここで負けるわけにはいかないんだ!みんなで帰るって約束したから!」

 アグモンが僕たちの先頭に立つ。

 あの数に対して勝算は無い。

 でも、それでも、クルモンを守る。

 

 

 

 それがアグモンの覚悟だ。

 

 一歩踏み出す。

 その、足元には金色の光が弾けて消える。

 もう一歩。

 光はまた強くなる。

 金色の光の粒がまた弾ける。

 シスタモンに抱かれたクルモンから同じ光が漏れ出す。

 

 クルモンの持つ進化の力、それがアグモンに流れ込む。

 

 クルモンを守るために、そのための力を欲したアグモンに他ならぬクルモン自身が答えたのだ。クルモンからあふれ出した光が、風に乗り、アグモンを包む。

 

 風は吹いているのではない。 

 

 アグモンの中の炎。

 

 それは、今、かつてないほどに高められ、灼熱となる。

 

 その体は灼熱を担い、触れた空気もまた熱を帯びる。

 

 次々と浮き上がる大気は上昇気流を生み、新たな空気がそこに流れ込む。

 

 流れはアグモン自身が起こしたものだ。

 

 ゴオゥ

 

 アグモンの口から漏れ出した炎はその流れに乗り、辺りに炎の竜巻が起きる。

 金の光はさらに流れ込み。

 炎と金の光が混ざりあって、空へと昇る。

 

 光り輝く山吹色の奔流。

 

 その光景は何人たりとも近寄せない。

 

「アグモン進化!」

 

 叫びと共に放たれた炎の渦がその身を包み込み、灼熱が新たな力となる。

 その身を包む山吹色の嵐と同調し、その体は大きく膨れ上がる。

 

 頭部には光を受け、燦然と輝く3本の角。

 山吹色の体には青いラインが加わる。

 

 その姿こそデジタルワールドに君臨する恐竜の王。

 

「グレイモン!!」

 

 

 

 さっきまで、腹に巻かれていたバングルを腕に付けなおし一吠えする。

 

 進化したその姿、その背中は頼もしい。

 語らずとも、その背中は語る。覚悟と決意を。

 

 情けない話だと思う。

 

 そんなグレイモンの背中を見て、初めてボクの決意も決まったんだ。

 ドクン。

 と、ハートが大きく脈打つ。

 

「メガフレイム!」

 グレイモンが必殺技の一噴きでドクグモンを数匹焼き払う。

 その光景を目にして。

 ドクン。

 もう一度鼓動が起きる。

 

 ボクも、そこに、行きたい。

 その背中を超えたいんだ。

 

 だから、力を!

 クルモンと過ごした日々は確かにボクたちの間に絆を築いていた。

 その絆が力の源となる。

 

 周囲に舞った黄金の粒を一つ摘み上げる。

 

 パチ

 

 小さな音を立てて弾ける粒。

 

 パチ、パチ。

 

 ボクの周りで光がどんどんはじけていく。

 

 はじけた光が腕に集まる。

 両腕に光のリングが形成される。

 そのリングが腕を伝って、全身に行き渡る。

 リングが通った所は大きくなり、全身は新たな力を得る。

 

「ギルモン進化!」

 

 頭部には二本の角が生え、白髪が伸びる。

 

 新たな姿は深紅の魔竜。

 

「グラウモン!」

 これがボクの新しい力!

 

 全身に今まで感じたことのない力が漲る。

 

 先行するグレイモンの背を追い越し、ドクグモンの群れに突撃する。

 今のこの力をどうすればいいのか、本能的に理解する。

「プラズマブレード!!」

 両腕のブレードにプラズマを纏わせ、ドクグモンを切り裂く。

 さっきまで碌にダメージが通らなかった硬い装甲がまるでデジタケでも切り裂くかのように簡単に両断出来る。

 すごい!これが進化か!

 この力があれば、なんだって出来る。そう、なんだって。

 

 そして、新たな獲物が飛び掛かってくる。

「うおおおお!」

 空中のドクグモンを切り飛ばす。

 緑色の体液が周囲に飛び散り、ボクの顔にも付着する。

 両断された体から飛沫を上げるその光景はボクの心に抗い難い衝動を生む。

 モット。

 モット。

 モット、チガ、ホシイ。

 思考が黒く塗りつぶされていく。

 だめだ、このまま流されちゃ!

 その間にも、ドクグモンは次々と襲い掛かってくる。

 まずはこいつらをなんとかしないと。

「エギゾーストフレイム!」

 口から放たれた焔は今までの自分の攻撃とは比べ物にならない威力で、何体者ドクグモンを一気に焼き払った。

 肉の焦げる匂いが鼻孔を擽る。

 その匂いがまた、あの衝動を生む。

 いっそ身を任せてしまえばいいのではないか。そんな気さえしてしまう。

 それは悪いことではないと思う。

 

 だって、それがしたいことなんだから。

 

 少しだけ本能に任せてみよう。

 

 意識を少し手放した瞬間。体の動きが明確に変わるのを感じた。

 果たしてそれはボクの意思で動いていると言えるのか。

 

 近付いてくるドクグモンの足を掴み、地面に叩きつける。

 呻きを上げるその腹を一気に踏みつぶす。

 そんな簡単な動作で動かなくなるドクグモン。

「こんなもんか」

 自分でも驚くほど冷めた声が出る。苦戦しない戦いがこれほどまでにつまらないとは思いもしなかった。

 でも、周りにはまだまだ腐る程敵がいる。一匹くらいは歯ごたえのある奴がいるんじゃないか。

 さあ、誰からでもかかって来いよ。

 誰が相手でも負ける気がしないんだ。

 

 そこで意識が途切れる。

 

 ぼんやりと覚めた視界には、真っ二つに引き裂かれたドクグモンが映る。ボクがやったのかな。わかんないけど、そうだろう。

 辺りを見渡せば、引き裂かれ、切り裂かれ、炎に包まれるドクグモンの山、もはや動くドクグモンなど在りはしない。

 この辺りに転がる燃えたドクグモン。その炎がクモの巣の森を煌々と照らし、周囲は赤い光に包まれている。暖かみ感じられないその光景の中心に自分が立っている。

 いくつかの炎がこの巣を形成するクモの糸に燃え移る。

 無駄に頑丈なこの糸は多少燃えたくらいでは、千切れることもない。

 四方八方あらゆる空間が炎を上げ、火勢は増すのみ。

 ゴゥ

 空気の流れに反応し、噴き出す炎の奔流。

 転がるドクグモンはその渦に飲まれ、パラパラと崩れる。

 正に炎獄。

 そして、その空間を生み出し、唯そこにある一匹の竜。

 深紅の魔竜。

 今の姿はそう呼ぶに相応しい。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 吠える。

 誰に向けた咆哮でもない。

 ただ、自分が圧倒的存在であると誇示するためのもの。

 この炎の檻の中にそれを聞くものは居ない。

 

 唯一、グレイモンを除いて。

 

「完全に正気を失っているか。ギルモンいや、グラウモン」

 名前を呼ばれた気がするが、そんなものには興味が無い。

「目を覚ませええええええ!!」

 グレイモンが吠える。

 うるさい奴だ。

 でも、いいじゃないか。だって、ここにいるってことは強いってことだろ?

 ゴキ。

 首が鳴る。そして、全身にゾクゾクとした感覚が走る。

 強い奴と戦える。

 

 それで、満足だ。

 

「グウウウ、ウアアアア!」

 雄叫びを上げ、グレイモンに突撃する。

 言葉は要らない。

 そんなものに意味は無いんだ。力を示せ!

 むき出しの首に向けて、ブレードを振るう。これで取れるならそこまでの相手ということだ。

 しかし、刃は届かない。手首ががっちりと掴まれ、動きが封じられている。

 体の前で腕を掴まれたおかげで、反対の腕も振れない。

「エギゾーストフレイム!」

 ゼロ距離なら避けられないだろう。自分にも多少ダメージが来るが大したことは無い。

「メガフレイム!」

 しかし、その攻撃もグレイモンに阻まれる。

 絶大な威力の二つの火球がぶつかり合い、爆風が吹き荒れる。

 クソ、今のは結構効いた。

 だが、それはグレイモンの方も同じだ。

 腕を掴んでいた右腕に力が入っていない。大方そこに直撃したんだろう。

「口で言ってもダメなら、体に分からせるしかないか」

 まだ、無駄口を叩く元気があるのか。

 まだまだ楽しめそうじゃないか!!

「随分苦戦してるね。グレイモン」

 もう一つの声が響く。また獲物が来たのか。

 その声の主は遥か頭上に居る。

 黒いシルエットはシスタモンノワールか。

「それにしても今の状態は不味いね。このままじゃ、自我が完全に食われちゃうよ」

「自我が食われるってどういうこと?」

 なんだかぺちゃくちゃ喋っていやがる。呑気なものだな。

 その間にも、銃撃と火炎が襲ってくる。

「今のグラウモンはギルモンだったころの人格じゃなくて、言うなればデジタルハザードに意識の主導権が握られている状態なの」

「大体わかった!」

「ホントに大丈夫?」

「とりあえず気絶させればいいんでしょ。かんたんな話だよ」

「うわー。脳みそ筋肉。あたしはそういうのキライじゃないけどねっ!」

 

 そんなやり取りの最中も火の勢いは増し、弱い繊維は徐々に切れ始めている。

 その影響もあり、足場は不安定になりつつある。

 残された時間は少ない。

 その間に暴れ狂うグラウモンを押さえることが出来なければ、三体とも奈落に身を落とすこととなる。

 フォレストネストの丁度真下には、この地を流れる水脈があり、所々に大穴が空いている。その大穴を覆う様に張り巡らされたクモの巣の一つが今まさに戦闘が行われている場所だ。

「シスタモンは援護お願い。ボクが一気に抑え付ける。そしたら、急所でもどこでも好きに攻撃して!」

「任せなさいな!」

 

 ごちゃごちゃ言いながらグレイモンが突っ込んでくる。

 そろそろ鬱陶しい。

 火球を放つが、それはすべてシスタモンの弾丸に打ち抜かれ霧散する。そうして、再び接近戦に持ち込まれる。

 だが、接近戦ならプラズマブレードの使えるこちらが有利だろ。

 喰らえ!

 右腕を振りぬく。

 が、それは当たらない。そこは計算通りだ。

 本命は、左だ!!

 ガキン!

 角だと!?

 首を狙った一撃は完全に直撃コースだった。

 それを、強引な姿勢制御で防ぎ切った。

 まるで、こちらの攻撃を読んでいたかのように。

「今だ!!」

 グレイモンの瞳が一際輝く。

「おっけー!バレットチェンジ!」

 射撃ポジションを確保するために走りながら、マガジンを抜き去る。

 カシャン。

 シスタモンノワールのアンソニーにマガジンが再装填される。

「ミッキーバレット!」

 銃口が火を噴く。

 止むことのないマズルフラッシュは、銃口から炎が垂れ流されているようである。

 発射されたのはゴム弾。

 要するに非殺傷の弾だ。

 一見、適当に放たれた弾丸はすべて急所に放たれる。

 腱、筋繊維の間、内蔵に直接打撃を与える場所。

 無力化のみに特化した射撃はシスタモンの腕を物語る。

 

「豆鉄砲が効くかあああああああ!」

 なぜそんなショボい攻撃をこのタイミングで繰り出すのか理解できない。

 だが、目の前のグレイモンは落とす!

 !?

 体が動かない?

 どういうことだ、ダメージは受けていないはずだ。

 さっきの銃撃はこれが狙いか。

 

 してやられたということだろう。

 

 そう感じた時、視界が揺らぐ。

 グレイモンの手刀が放たれる。頸椎を圧迫され、意識を奪われる。

 その瞬間、ブチっと断裂音が響く。

 糸が切れた。

 一か所に集まったことが完全に引き金だ。

 

 意識が奪われたことで、正気が戻る。

 奪い去られたのは一体誰の意識なんだろう。さっきまでのことは完全に覚えている。

 何というか、自分が暴れているのを遠くから眺めているような感じ。

 意識が戻ったけど、この状況は不味い。

 このままじゃ共倒れだ。

 でも、ボクの体は動かない。

「シスタモン!グレイモン!逃げて!!早くここから離れて」

 唯一出来るのは声を上げることだけ。

「お前を放っておいて逃げることなんて、できないに決まってんだろ!」

 吠えるグレイモンが僕を担ぎ上げ、歩きだす。

「でも、このままじゃグレイモンまで」

「舐めんなよ、クモの巣ぐらいすぐに抜けてやる」

 徐々にその速度が増す。

「シスタモン先にいけ!ブランも待ってるんだ」

 躊躇するシスタモンノワールだが、ブランの名が出た瞬間に表情が固くなる。

「先に行く。でも絶対に死ぬんじゃないよ!約束だからね!!」

 涙を浮かべるその瞳にはこの先の光景が浮かんでいるんだろう。

 

 正直な話。

 

 間に合わない。

 

「グレイモンもういい。ボクのことはもういい。せめて君だけでも逃げてくれ」

 ブチブチと音が増える。

「そんなのはお断りだ」

 担いでいた僕を構えなおすグレイモン。

 いったい、何を。

「お互い助かる確率はこれが一番高いかな」

 ブンっ!!

 

 ボクの体が投げ飛ばされる。

 

 待って、グレイモン!

 

「クルモンのこと頼んだよ」

 

 ブチ。

 

 一際大きな音が響き、クモの巣は完全に断ち切られる。

 グレイモンの体が奈落に飲まれる。

 燃え盛る炎。

 紅蓮の業火がその身を包む。

 燃え落ちる糸がその底を照らすが、深く、底は見えない。

 渾身の力で投げ飛ばされたボクの体は炎の渦から、ただただ遠ざかる。

 グレイモンの体は重力に引かれ、速度を増す。

 その体を追う様に糸が次々と落ちてゆく。

 紅炎に照らされ、腕のバングルがキラリと光を放つ。

 その光はすぐに奈落の深淵に呑まれる。

 

 

「グレイモオオオオオオオオオオオオオオオン!!」

 

 

 その名を呼ぶことしかできない無力な自分を呪った。

 

 

 

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