デジモンストーリー オールドフレンド 作:Tomato.nit
第七話
Intermission
何かを引きずる音が響く。ズルズル。ズルズル。
暗闇の中では目が機能しない。その代わりと言っては語弊が出るだろうか、聴覚や嗅覚が鋭敏になる。
耳が捉える音は少し、また少し、こちらに近付く。
近く、近く。
そして目の前。目では見えないが肌で感じる気配。
来た。
あれが。アレがきた。
アイツが来た。
目の前では何かが動く気配がする。
それの正体は未だに分からない。
でも、ただ一つ言えることがある。
それは、僕の、○物だ。
「そうですか。それは辛い体験でしたね。今日はゆっくり養生なさってください」
話を聞き終えたガルダモンは僕らに優しく声を掛けてくれる。
旅の疲れや傷にその優しさは深く染みる。
しかし、体の傷はともかく、こころの傷はなかなか深い。
救えなかったという事実が今もなお、僕たちの意識に強く刻まれている。
塔の崩壊の後、必死で瓦礫の撤去を行った。生きているデジモンがいるかもしれない。一縷の望みにかけて、必死で作業をを続けた。
降頻る雨の中、何時間も。
そして、瓦礫の中から見つけられたのは3つのデジタマだけだ。
赤、青、緑、それぞれのデジタマは未だ孵らず、ただ静かに目覚めの時を待っている。
その後、僕たちは一度町に戻った。流石に完全体が三体も揃えば大概の敵に後れを取ることは無いが、アンドロモンに関してはダメージの蓄積が大きく、基本的には籠に収納されている状態が続いていた。
そんな彼の基本的な戦い方は、若干気は引けたが、ちぎれた腕を僕が手持ちの武器として使うというもの。
スパイラルソードの管制はアンドロモンの方で行い、僕が振り回して扱うというもの。
最高出力で斬撃を飛ばすなどの使い方はできないものの、流石に完全体のデジモンの兵装だけあって、中華鍋と比べれば、その威力は雲泥の差だ。
基本的にはメグとメタルティラノモンでタイマンに持ち込めば負けるはずがないのだが、大群に囲まれれば、僕にも危険が及ぶ。そんなときは護身用として、彼の腕に頼っていた。
そして、メタルティラノモンとなったことの弊害として、重量の増加があった。とてつもなく重いのである。
メガドラモンとなったメグが持ち上げることは不可能ではない。しかし、長時間の飛行となると、メグ曰、「ダイエットしろコノヤロウ」とのこと。メガドラモンになると途端に口調が荒くなるのは見ていると面白い。
基本的にはメグなので、対応は変わらないけど、何というか、全体的に言動が荒い。
他の形態について言うなら、ベタモンを基準とすると、シードラモンでは少し性格が落ち着く。落ち着くとは言っても、好奇心の部分が少し抑えられるといった具合なので戦闘においては目立った変化は見られない。
エアドラモンでは、思慮深さが上がる。基本的にこの形態でいる間は考えるという行動に重要度が高く設定されている。
戦闘においては、新技や絡め手などが得意な状態だ。しかし、戦闘そのものはそこまで好みという訳ではないので、出来るだけ楽な解決策を考えた結果だそうだ。
こうしてみると結構、特徴が現われる。基本的に一人称はボクだがメガドラモンになると俺になる。
ちなみにベタモンの状態では、高いところが大好きでしょっちゅメタルティラノモンの上に乗っかている。本人が言うには「自分で飛ぶよりも高いところにいる方が楽しい」らしい。ついでに言うと、好奇心が強い。珍しいものを見つけてはすぐに飛びつき、大体ろくな目に合わない。
レアなキノコを見つけて生でパクっといったところ、呂律が回らなくなっていた。
「えも、ほのひのほふほふおいひぃぃぃ」
「でも、このきのこすごくおいしいぃぃ」訳。
食い意地もすごい。
そんなことを考えながら湯船につかっていると、水嵩がグッと高くなる。
少し離れたところでは、今しがた湯船に入ってきたグレイモンが鼻先を水面すれすれに付けている。ちなみに彼は温泉が気に入ったようで、さっきから温まったら水風呂で体を冷やし、また湯舟へと何度も繰り返している。
「おい、ユージ。この湯船につかった瞬間の得も言われぬ感覚。これをなんと表現すればいいんだ!」
「日本では、極楽極楽なんて言ってるけど」
「ゴクラクゴクラク。なんという響きだ!素晴らしいではないか。流石は温泉の民、日本人!感謝するぞユージ」
「気に入ってくれたなら嬉しいよ」
ちなみにグレイモンは道中、最も力を入れていたのがメタルティラノモンとの特訓だ。
「デビモンは俺が息の根を止める。そのためには力が必要なのだ。だが、今の俺は弱い。あまりにも。ティラノモンに後れを取り、そのティラノモンは今や完全体へと進化した。つまり、貴様を超えない限り俺は奴を殺せないのだ」
と、寝起きのメタルティラノモンに食って掛かり、ボコボコにされたのが始まりだった。
その後は、隙を見つけては襲い掛かり、その度に殴り飛ばされたり、ミサイルで遠くに運ばれたり、レーザーの餌食になったりと散々な戦績ではあるが、叩かれる度に少しづつ強くなっていく様は流石の一言。今ではギガデストロイヤーⅡの直撃を受けても大丈夫なほど頑丈になっている。
ちなみに、メタルティラノモンに喧嘩を吹っ掛ける理由がだんだんと適当になっているのだが、酷い。
最初は上記の理由だったが、「腹が減っては戦は出来ん。と言うが、満腹では動きに支障をきたす。そこで、食後の今、敵に襲われては堪ったものではない。なので腹ごなしに付き合って貰おう!」
「メグが運ぶときに随分重そうじゃないか。よし、ダイエットに付き合ってやろう」
「さっき緑デジタケがあると言ったな、あれは黄緑デジタケだ!」
「腹が減ってイライラする戦え!」
「理由はもういい戦え!」
とこんな具合だった。最後は理由ですらない。
難癖をつけないと始まらないのは山賊時代の名残らしい。一応大義名分を作って納得しないと自分が許せないとのこと。難儀な性格だ。
ちなみに、ティラノモンがグレイモンとの一対一の決着を望んだのは、長きに渡る主役論争に終止符を打つため。だそうだ。
ティラノモンが勝っても、アグモンからの進化がウォーグレイモンに行きつくのは変えようのない事実だからどうしようもないのではないだろうか。
「少なくとも、俺がグレイモンに勝った事実は残るからな!」
と言っていたが、グレイモンは、暴走中はノーカウントだと殴りかかっていた。
そんなグレイモンは水風呂で凍えている。すぐに戻ってくるだろうけど。
さっきまでグレイモンが浸かっていた場所にはメグが浮いている。犬で言えば腹を見せるのは服従のポーズだけどベタモンの場合はどうなんだろうか。
基本的にはベタモン状態だと水に浮く。体の空気を抜けば沈んでいくことも可能だ。
「メグ、お水ちょうだい」
「ちょっと、待ってー」
腹を空に向けたまま泳いでくるメグ。背中が見えない都合上ベタモンなのか大きなハンペンなのか判別がつかない。
僕の所に到着すると。
前足を口に突っ込みペットボトルを引っ張り出す。基本的にデジモンの体内にはデジタルデータならある程度格納できる容量がある。だが、この水に関しては、それはほぼ関係ない。
適当に入手したペットボトルに、これまた適当に入手した水を詰め込み、電気で浄水殺菌したものがこのメグウォーターだ。味は普通。栄養価は特にない。
通常は人肌くらいの温度になっているけど、シードラモンになった後は程よく冷えていて美味しい。たまに凍っているけど。
料理に飲料にと大活躍のこの水だが、取り出すときのビジュアルが非常に不味い。まず、メグの口から直接取り出される。加えて、メグが寝ぼけていたりすると涎が追加される。涎に害はないらしいが、べたべたする。
「ねえメグ。わざと付けてるでしょ」
現在進行形でべたべたしている。
「チガウヨ」
「目も体も両方泳いでるよ。それに片言だし。そっちがその気なら、これでも食らえー」
半開きになっている口元に水鉄砲を放つ。連射。連射。
「ムセルって、ゲホ、ユージ、ゴホ、ゴポポポポポ」
大量に水を含んだメグは水中に沈んでいく。
「ぴゅー」
再び水面に浮上すると、僕目掛けて、口から水を放ってきた。
「やったな!」
こちらも水鉄砲で応戦する。
撃って撃たれて、撃たれて撃って。
気の済むまでお互いに水を掛け合っていると自然と笑みが零れた。
大丈夫だ。僕たちはまだ笑える。デビモンに受けた屈辱や挫折感を忘れたわけじゃない。でも、完全に飲まれたわけでもない。
復讐に駆られれば、必ず自分を見失う。
それは心に止めておけ。
そう言ってメタルティラノモンは遠い目をしていた。
その目の理由はいつか聞けるのだろうか。
遠くない将来語ってくれる。そんな気がする。
湯船で散々遊んだ僕らはすっかり茹蛸状態だ。メグは全体的に赤味を帯びており、アカベタモンとか言われても違和感がない。腹回りは完全に桜色になっている。
「あたまクラクラ~。めがまわる~」
メグの方は完全に湯あたりしているようだ。とりあえず介抱してあげようか。
一応設置されている脱衣所でメグを横にさせる。横と言っても普段と裏表逆にするだけなんだけど。
脱衣所は必要あるのか?とも思ったけど、ガルダモンのことを思い出した。そういえば着てたな。修道服。まあ、あの意味はあるのだろう。彼女にとっては。
今、便宜的に彼女とは言ったが、そもそもデジモンに性別があるのかよくわからないし、仮にあるとして、ガルダモンの性別は不明だ。一応一人称は私だし、声は高いからいいのかな。
「はい、お水飲んで」
汲んできた水を飲ませていると、脱衣所の暖簾が揺れ、新しい客が入ってくる。
その姿には見覚えがあった。
フライビーモンだ。
「久しいなユウジ」
そして、僕とメグの状態を確認し、噴き出した。
赤いメグを見れば無理もない。
「失礼。ガルダモンから顛末は聞いた。辛く厳しい経験だったな。しかし、そこのメグも貴公も、どうやら一皮むけたようだな」
この腑抜けた状態のメグから何を感じ取ったのかは分からないが、少なくともフライビーモンにとって喜ばしい変化ではあるのだろう。心なしかその声色は楽しげだ。
「それはそうと、以前に貴公が持ち帰ったメモリの分析が完了した。詳しくは町のラボで話す故、後程来てくれ」
「ありがとう。フライビーモンが解析に協力してくれて心強いよ。それと、もう一つここに改良型のメモリに使用ログとか、デビモンのPCから抜き出したデータがいくらか入っているから、確認お願いしてもいい?暗号化されいて、あっちじゃ確認できなくて」
「承った。早速分析しよう」
SDカードを受け取り、踵を返すフライビーモン。
「お風呂入らないの?」
「貴公たちに挨拶するのが目的だったのでな。メグは伸びていたが目的は果たせた。新しい仕事も増えたことだしな」
風のように去っていく後ろ姿をただただ眺めるしかなかった。
「あれ、今誰か来てた?」
「ああ、フライビーモンが来てたんだ。メグが成長したって言ってたよ」
「分かるデジモンには分かるんだね」
えへん。と胸を張っているがなおも桜色の体は何の説得力もない。
「もうちょっとゆっくりしたら、フライビーモンの所に行こう。メモリのことが少しわかったみたいだし」
人の話を聞いているのかいないのか、再び寝息を立てるメグ。空は既に既に赤く染まっている。日が完全に沈むまでもう少しだ。
それまでには顔出さないと。
そしてとっぷり日も暮れたころ、僕らはラボでの報告会に参加していた。結局メグが起きたのは太陽が沈んでからのこと。
フライビーモンが解説を行ってくれる。
「まず、前回回収したメモリの解析結果だ。主な効果は二つ。闘争本能の極端な強化と行動の制御だ。行動の制御に関してはそこまで精密な操作はできない。せいぜい目的地を決めるくらいのものだ」
カブテリモンの時を思い出せば納得は行く。あの時はターゲットが町だったのか、それとも方角だけが決まっていたのかははっきりしないけど、進む向きだけは真っすぐにブレなかった。
「闘争本能の極端な強化つまり暴走だが、闘争本能に身を任せるあまり、思考力は低下すると考えられる。こちらに関してはユウジの提供データを精査したところ、個体差が大いにあるという結論が得られた。そのデジモン本来の理性が高ければ高いほど、これに対する効力があるのだ」
「つまり、精神が強ければメモリに抗うことができるということか」黙って聞いているのが飽きたのか、メタルティラノモンが口を挟む。
「間違ってはいないが、それだけではない。肉体的な強さも大いに関係する。我々デジモンはデジタルデータの塊だ。メモリの効果はソフト面である心に働きかけることで、ハードである体の自由を奪うものだ。しかし、ハードそのものを鍛えることでメモリにの作用自体を弱めることが可能だ」
「要するに筋肉があればいいのか」
「シンプルに言えばそうだ。加えて、進化も有効な手段だ。進化することで、データの密度も数段上がり、メモリの効果が弱くなる。メタルティラノモンの意識が取り戻せたのはそのおかげでもある」
「でも、メタルマメモンとかアンドロモンは完全に操られていた気もするんだけど、完全体かどうかは関係ないの?」
メタルマメモンはフライビーモンが戦闘したはずだ。
「ふむ。進化段階は確かに重要な要素ではあるのだが、デジモンの性質も大きいのだろう。例えば、先ほどユウジの上げた二体のデジモンは体に占めるサイボーグの割合が非常に高い。反対にメタルティラノモンであれば、生身の肉体に機械のパーツを取り付けている程度だ。このことから、サイボーグや機械の割合が高ければ高いほどメモリの効果は高まると考えられる。とは言っても、自我の無いデジモンであれば進化段階はほとんど関係なく暴走させることができるだろう。何せ、元が暴走しているようなものだからな」
「スカルグレイモンなんかは恰好の餌食だろうな」
そもそも、違いがあるのか怪しい。
「さて、現状で我々が分析で来たメモリの効果は以上だ。ちなみに、このメモリだが当ラボではその出自からデビメモリとの名称で呼ばれている。今後は判別の為、このコードネームを使うことになる。留意してくれ」
「僕が持ってきたデータとか、新しいメモリの解析はまだ時間がかかりそう?」
少し話題には上がっていたけど、解析の話は出てこなかった。
「すまんユウジ。暗号化の方法が独特でな、こちらの設備では少々時間がかかりそうだ。それと新型のメモリの方は大まかなデータは過去のモノと一致するが新機能と思われるものがいくつかある。細かい分析はまだだが、こちらの見立てではデータのインストールと進化の促進といったところだ。完全にデータの解析が終わるの二つ合わせて、一週間あれば何とかなるだろう」
「一週間」
誰からともなく声が漏れる。
いわば、デビモンと再戦するまでの準備期間。この限られた時間で僕たちに何ができるだろうか。
「修行だな」
メタルティラノモンがそんなことを呟く。
修行とはまた、古典的なイベントだ。でも、いい響きだ。
「今、修行と申したか!」
背後からする声に振り返れば、カブテリモンがいる。
なぜか柔道着を着ている。
この町のデジモンはコスプレしないとだめなのだろうか。
「ならば、不詳このカブテリモンめが修行の監督を仕ろう。なに、この老骨、伊達に生き長らえてはおらぬ。未来ある若者達の為、一肌脱がせてはくれまいか」
「すごく有難いけど、大丈夫なの?これでも僕ら完全体もいるよ?」
「問題ないわい。この姿は世を忍ぶ姿。燃費が良いのでこの形態が気に入っておるだけのこと。完全体ならとうの昔に会得しておる」
ここに来て衝撃の事実。
成熟期のデジモンにしてはやたらと丈夫だったのはそういうことなのか。
「成れば、一刻の猶予も無し。急ぎ支度を。ワシは先んじて山に向かい、舞台を整えよう」
そういうとカブテリモンはラボを飛び出していった。
なんとも頼もしいが、一体彼はどれほどの年を重ねたのだろうか。今度聞いてみよう。
「じゃあ、張り切っていこうか。みんな」
メグ、メタルティラノモン、グレイモンの顔を見渡す。目が合えば頷き返してくる力強い瞳はどれも闘志が漲っている。
どこまで強くなれるのかは分からない。でも、少なくとも今度こそデビモンを倒す。それだけは僕らの変わらない目的だ。
僕もパートナーとして何ができるのか、しっかりと見極める。それが出来なければ、あの悪意には太刀打ちできない。
腹を括ろう。
そうして、それぞれの想いが強くなっていくなか、静寂を切り裂くような間抜けな音が響く。
腹の虫。
確かに、意思の力ではどうしようもないけど、空気は読んでほしいな。
「メグ、お腹空いたんだね」
悲しいかな、犯人は僕のパートナーだ。相変わらずマイペースなことだ、ある意味安心するけど、同じくらい心配でもある。
そうして、メグの腹の音が呼び水になったのか、更に二つの音が響く。音の源は言うまでもない。二匹の恐竜もバツが悪そうにこちらを見ている。
さっきまでの凛々しい表情はどこへやら。
「腹が減っては戦はできない。ってところかな。一皿作ろうか」
目を輝かせる三匹のデジモン。今日のメニューは何だろうか。美味い料理だろうか。ワクワクを隠しもしないその目は欲望に支配されている。 やっぱり不安だな。
そして、僕の視界の隅にはもう一つ欲望に突き動かされている者が写る。
「フライビーモンも一緒にどうかな」
「忝い」
口では申し訳なさそうだけど、明らか喜んでいるのはあえて突っ込まない。
こうして、デジモン達に料理を作ってあげることに。
皆で食事をしていると、町のデジモンが次々集まってきたおかげでたっぷり二時間、鍋を振り続けることになった。
もれなく美味しいと料理は好評だったけど、僕の腕は確実に筋肉痛だ。