デジモンストーリー オールドフレンド 作:Tomato.nit
腕が筋肉痛を訴える翌朝。
「この先罠多数、注意されたし」
山の麓にはそんな立て看板が設置されていた。真新しい木の板はつい最近切り出されたばかりなのだろう。傍らには材料の大本であると思われる丸太が転がっている。
カブテリモンの仕業と考えて間違いないだろう。
「わざわざ、罠の警告をしてくるとは。カブテリモンの特訓、如何ほどのものか。わくわくするなあああぅあああ!!」
意気揚々と踏み出したメタルティラノモンは早速、落とし穴の餌食となった。
穴の底でジタバタして、目を白黒させている姿はなんとも言えない。
「メタルティラノモン、大丈夫?」
外から声を掛けると、ようやく状況が飲み込めた様子で、こちらを見上げている。
「大事はないが、すまん引き上げてくれ」
「メグ、お願い」
エアドラモンとなったメグが尻尾を穴の中に落とす。後は、そのまま引き上げるだけだ。
「まったく、なっちゃいないな、メタルティラノモン。そんなことではこの先が思いやられる。山賊とは山の主だ。自然を知り、敵を知り、己を知ることが生き残る術よ。罠の一つや二つ見破れなければ、山で生き残ることなどできあああああああ!」
今度はグレイモン。大方メタルティラノモンを見ていて、落とし穴を警戒していたのだろう。横から襲ってくる丸太には全く気付かず、そのまま殴り飛ばされる。
ここまで前進した距離はおよそ百メートル。
山の頂上に着くまで何日かかるのやら。
そんなことを考えていると背後から、何かを引き上げるような音が響く。
「ユージー、助けてー」
そこには、デジタケを咥えたまま網に掴まり、空中で身動きの取れないベタモンの姿がある。
いつの間にデジタケなんか見つけたんだろう。
というか、警戒してなさすぎる。
「メタルティラノモン、頼むよ」
レーザーで網を焼き切ると、音がしてメグが落下する。
本当にたどり着けるんだろうか。
そんなこんなで僕たちが山頂にあるカブテリモンの特訓スペースに辿りついたのは翌日の早朝だった。視界の良好な昼間でさえ、罠に掛かりまくるデジモン達。日が落ちてからはまともな進軍は期待できないので、夕暮れと同時にキャンプを設営し、朝日が昇ると共に行動を開始したのだった。
「ウム、待ちわびたぞい」
そこに待ち受けていたのは勿論カブテリモン。
相変わらず道着を着ている。
「さて、お主らの中で、最も耐久力にと攻撃力に優れているのはメタルティラノモン。そして、機動力ならばメガドラモン。残念ながらグレイモンはその三つの要素ではどちらにも太刀打ちできんておらん」
「事実ではあるが、認めたくはないものだな」
「まあ、そう言うでない。お主には最強の攻撃力を身に付けて貰うとしようかの」
「攻撃力か、悪くない」
バキバキと文字通り腕を鳴らす。鈍く光る灰色の爪が光を弾き、キラリと瞬く。
「良い返事だ。なればそこの大岩砕いて見せよ。それができた時新たな道が開けるであろう」
そのカブテリモンが指さす先にはメタルティラノモンの背丈を優に超える岩が鎮座している。アレは物理的に壊せるものなのだろうか。
一瞬呆気に取られる僕たちだけど、当のグレイモンは直ぐに闘志を燃やし始める。
「面白い。速攻で叩き割ってやるから、そこで待ってろ」
威勢良く岩に向って行くグレイモン。そんな彼を見送りカブテリモンは新たな指示を出す。
「次はメタルティラノモン。お主の番。その防御力はサイボーグに依存しておる。しかし、お主の肉体はまだまだ強くなれるはずでのう。それを逃すのはちと、忍びない。そこでお主にはまず、退化を覚えて貰うとしようかの」
強くなりに来たのに退化。疑問符が僕たちに付きまとう。それは指示された本人が最も感じているようだ。
「ティラノモンに戻るということか」
疑念を露わに眉を顰めるティラノモン。その歯切れはお世辞にも良いとは言えない。
「なに、心配せずとも一度手に入れた力はそう簡単には失わん。それにお主の特訓はそれができてからが本番での」
戸惑う僕らを余所に話は進む。
「俺は何をすればいい」
ある意味諦めではあるが、ティラノモンの腹は決まったようだ。
「手っ取り早く済ませるのでな。少々痛いが我慢しとくれ。まずは、メグとワシを同時に相手をしてもらう。ダメージが蓄積して体が維持できなくなれば、燃費の良い形態に自然と退化できるでのう」
そして、二対一の戦闘が始まった。
メタルティラノモンは飛び道具無しというかなりのハンデを付けられている。肉体の強化という名目であるので、武器ではなく体を使うべきだとのこと。
戦闘が始まって既に1時間が経過したが、メタルティラノモンは健在である。
二体のデジモンを相手取りながらも、長時間耐え抜く姿は頑丈さを物語る。
しかし、その装甲には数多くの傷が刻まれている。
体の至る処には裂傷も見られる。
「流石に硬いのう。どれ、少し揉んでやるとするか」
それまで、目立ったアクションを起こさなかったカブテリモンが動いた。
メグの攻撃によってメタルティラノモンの視界が奪われた刹那、四本の腕を体の前に組み、翅を震わせる。
周囲では青白い静電気がバチバチと音を立てる。その音は徐々に密度を増し、甲殻の表面を撫でながら体を這う。
「カブテリモン進化!!」
甲殻に纏わり付く電撃を弾き飛ばすように、腕を振りぬく。
「アトラーカブテリモン!」
雷撃が爆ぜ、その姿を閃光が包みこむ。
晴れた視界の先には、堅牢な装甲に身を包む甲虫の長の姿が。
全身の甲殻は青く、その隙間から除く筋繊維は赤く染まる。
頭部の角は二又となり、見る者を圧倒する。
「やはりそう来たか!」
チンガードの奥に潜む牙を噛みしめ、全身の筋肉と機械を再び奮い立たせ、構えに一層の気迫を纏い相対する。
進化することによってアトラーカブテリモンの4本の腕はさらに強力なものとなり、その膂力は並みの成熟期なら軽く屠れる程である。いくら完全体とはいえ、まともに食らうのは得策ではない。
だが、メタルティラノモンにとっての脅威はそれだけではない。
もう一体。
目の前に空を自由に駆けるメガドラモンが。機械に覆われることで重量は増加しているが、その運動性は強化されており、悠々と空を泳ぐ姿は空の番人に相応しい。
戦局は明らかに不利だが、メタルティラノモンの心は自然と踊っている。
困難な状況であるほど燃える。それは昔からそうだ。
そして、この瞬間を乗り越えられないようでは、あのデビモンに一泡吹かせることはできない。
「燃えて来た!!どっからでもかかってきやがれ!」
メタルティラノモンの気合を合図にアトラーカブテリモンが仕掛ける。
風を裂く弾丸のようにその角は駆ける。翅の瞬きは辺りに静電気をまき散らす。
ホーンバスター
角による突撃。シンプルな攻撃だが、その重量、その硬度、その速度は必殺の一撃を名乗るに相応しいものとなる。
まともに食らうのは厳しいな。あの速度では避けるのも難しそうだ。
相対する敵の戦力を即座に見抜く。それが出来なければ弱肉強食の世界で生きて行くことなどできない。
「ホーンバスタアアアアア」
金属の擦れる音が響き、火花が散る。硬い金属と堅い甲殻、二つが衝突し、砕けるのは金属。甲高い音が響き、分厚い装甲は容易く穿たれる。しかし、その金属、メタルティラノモンの胸部装甲は完全には貫通されていない。
装甲に食い込んだ角の根本。そこには、鈍色の爪を突き立てたメタルティラノモンの腕が確と握り込まれている。
突撃の勢いは尚も消えず、地面を踏みしめる脚は徐々に後退させられる。だが、腕はもう一つある。
「反撃くらいはさせてもらうぞ」
口が速いか、手が速いか、掌底を叩き込みアトラーカブテリモンの巨体を軽々と弾き飛ばす。
まだ、まだ!
自身が押し込まれた際に抉られ、色が濃くなっている大地。
再び踏みしめ、爆走する。
蹴り飛ばした相手に追いつく。そして追撃を浴びせる。
飛び道具が無い以上、今の彼に武器と言えるのは肉体のみ。それを使うには近づくしかない。
「俺のこと忘れてんじゃねえぞ!」
自身が放ったミサイルの雨を突き抜けながらメガドラモンが突っ込んでくる。
爆炎を突き抜け周囲では更なる爆発が起き、新たな煙を産む。際限なく生み出される煙はその姿を断続的に覆い隠し、瞬間移動のような錯覚を覚えさせる。
豆鉄砲ではダメージが通らないのは経験済み。効かない攻撃は時間の無駄だ。接近戦でダメージを与える。それがメグの結論。
「メタルスライサー!」
メガドラモンに装備されている腕甲はミサイルの発射装置としての機能だけではなく鋭利な刃による切断も可能である。
研ぎ澄まされた刃は、ミサイル発射の熱と爆風を受け続けることで、より鍛えられる。
鈍い鉄の輝きは真っすぐに、得物の喉元に喰らい付く。が
「見切った!」
「まだだ!」
腕は擬餌、食いついた魚は本命で落とす。その本命は尻尾。テイルウィップ。
長く撓りその先端に威力を集中させ、装甲を打ち抜く。
「やるな!だが、逃がさん!」
己の装甲を打ち抜いた尻尾。しかし、めり込んだ矛先を逃すほど甘くはない。引き抜くと同時に、そのまま叩きつける。
掴まれた尻尾を起点に弧を描き、投げ飛ばされるメガドラモン。その先にはアトラーカブテリモンが迫っており、お互いに逃れる術もなく激突する。
装甲の厚さにものを謂わせた、メタルティラノモンの戦い方は攻撃を食らうことで成立している。
いくら頑丈といえども、確実にダメージは蓄積してゆく。
その装甲は見るからに損傷しており、体を這うケーブルは数か所切れ、火花が上がっている。
「そろそろ、厳しいな」
弱音は吐きたくはないが、どうにも体が思うように動かない。
ここに来てサイボーグが仇になった。体の制御を一部機械化することで、神経回路のバイパスや他の器官との連動を可能とし、機能の向上を図っているが、その機械が不調を訴えている。
邪魔くさい。いっそ外すか。
機械を取り除くことが何を意味するのか。
「知ったことか」
胸部の装甲を無理やり剥ぎ取る。度重なる攻撃のせいだろう、異音を発しながらもあっさりと外れる。
装甲の外れる感覚は徐々にその内に眠る、肉体の鼓動を呼び起こす。
メタルティラノモンの名が示す通り、機械の体はそのアイデンティティーであり、それを否定すれば結果は何をもたらすのか。
言うまでもない。
胸部の装甲を皮切りに各部の装甲が弾け飛ぶ。装甲の裏からは無数のケーブルが剥きだしとなり、行き場を無くしたそれらは乱舞し、辺りに火花を巻き散らす。
降り注ぐ火花。
一つの火の粉が灰色の体を赤く染める。
一つ、また一つ。朱は密度を増し、遂に全身を染め上げる。
久しい感覚。肉体の隅々までに神経が通っている。
生の肉体が感じる痛みでさえ今は懐かしい。
「さて、もう一勝負行こうではないか」
やる気十分なティラノモン。その体は既に傷だらけだが、闘志は萎えるどころかその火勢を増す。
「自身で至ったか。天晴れだのう」
アトラーカブテリモンが感嘆の賛辞を贈るが、ティラノモンは聞く耳持たず、真っすぐに殴り掛かる。
「ウム。その意気や良し。しかし、これ以上は無意味。今は少し休むがいい」
アトラーカブテリモンの周囲では、青い瞬きが幾つも現れ、角に集まる。
「メガブラスタアアア」
放たれた雷撃は真っすぐにティラノモンを打ち抜く。
ここまで蓄積したダメージと疲労。ダメ押しの一撃が加えられ、ティラノモンの意識は完全に刈り取られる。
しかし、その体は歩みを止めない。
その体を動かしているのは純粋な意志。
超える。目の前の壁を超える。ただ、それだけの、しかし、限りなく強い思いが、尚も前へと誘う。
「ここまでとは。見事」
アトラーカブテリモンはただ、その拳を受ける。避けも防ぎもせず、真っすぐに思いを受け止める。
最後の一撃。もはや目の前の標的を打ち倒す力は残されていないが、その拳は確かに届いた。
「まったく、体力バカは敵に回すと碌なことがねえ」
「でもさ、味方なんだからあんなに頼もしいのもそうは居ないよね」
「違いねえ」
笑い合っている僕たちの所に、ティラノモンを抱えたアトラーカブテリモンが向かってくる。
「さて、お次はメグの番といったところかのう」
「ちょっと待て、ジイさん。今のは俺の特訓じゃなかったのか!?」
「なにを寝ぼけておる。今のは準備運動もいいところ」
青ざめるメグをカラカラと笑い飛ばし、特訓の内容を告げる。
青かったメグの顔は遂に色を失い、絶望の色だけが覗く。
「じゃあ、僕はお昼ご飯の用意してくるね」
僕の方にもカブテリモンからの特訓メニューのお達しがある。その前に皆の英気を養うのも大事な役目なので、そそくさとその場を後にする。
メグを甘やかさないのも大事なことらしい。
そんな雄二の背中をメグはただただ見つめていた。
ただ、今から始まる特訓の内容についてはあまり考えたくなかったのだ。
料理が完成する。
そろそろ太陽も高くなり、食事時だろう。
いい匂いに釣られてか、ティラノモンも目を覚ます。
「怪我は大丈夫?」
「痛むがどうにかなるだろう。ユウジ今は飯時か」
「そうだね、あれから結局三時間位は伸びてたんじゃないかな」
ティラノモンの各所には包帯が巻かれている。傷に薬草を張って、固定させているものだ。
「それと、お昼が終わったらカブテリモンから話があるって」
「承知した。それはそうとユウジ、俺は腹が減ったぞ」
すると、ティラノモンの腹の虫が盛大に音を立てる。少しくらいならいいか。
「みんなが来るまでもう少しかかりそうだし、これでもどう?」
特大サイズのBBQを手渡すと美味しそうにかぶりつく。
みんな、早く来ないと無くなっちゃうよ。
三十分後
料理の半分近くを平らげたティラノモンは食休みと称して昼寝に突入してしまった。
結構な量を作ったつもりだったんだけど、疲れてたからかな、ティラノモンの食べる量が普段の倍くらいある。
ということは皆も食欲が増しているのか。
足りるかな。
そこに丁度メグとカブテリモンが返ってくる。
メグはカブテリモンの手のひらで目を回している。どうやらこってり絞られた様子。
「メグは大丈夫なの?」
「少し気張り過ぎたみたいでの。燃料切れといった所ゆえ、飯でも食わせればすぐに治るであろう」
その言葉を肯定するようにメグの鼻先がぴくぴくと動き、料理の匂いをかぎ分ける。
「おいしそうな匂い!」
動く体力は無いみたいだけど、五感だけは完全に料理に釘付けだ。
頑張ったご褒美に食べさせるくらいのサービスはしてあげよう。
「メグ、口開けて」
「あーーーーーん」
大口を開けているメグにBBQの串を差し込む。一瞬で串から抜き取ると、もぐもぐと咀嚼を初めて、
「うみゃい!」
口いっぱいに頬張りながら満面の笑みを浮かべている。
美味しそうな食べ様だけど、今度行儀を教えないとな。
そして特訓は午後の部へ突入する。
メグ、グレイモンは引き続き同じ内容を。
ティラノモンの今回のメニューは走り込み。腰には紐が結わえ付けてあり、その先には大量の重りが付けてある。なんとも古典的な特訓だ。
僕はティラノモンの背中に装備されている荷台の上に居る。
重りの役割もあるのだけれど、僕の特訓メニューの一つでもある。
カブテリモンから言い渡されたのは、ざっくり言えば仲間の力を把握すること。そのために今回はティラノモンに同行している。
それと同時にもう一つの課題がある。戦術プランの立案だ。
メグとティラノモンは旅を通じてお互いの動きに合わせる程度の連携は取れるが、お互いの動きの癖や呼吸までは読み取れていない。
これでも僕はパートナーだ。メグの癖や考えていることは分かる。
ティラノモンではそうはいかない。それを補うことができれば、僕がサポートに回ることができるというのがカブテリモンのプランだ。
「そう言えばティラノモンって、進化する前はどんなデジモンだったの?」
流石にずっと無言というのもどことなく居心地が悪いので、話題を絞り出してみる。
「俺の成長期はギルモンだ。何のことはない、あの町で生まれ平和に暮らしていた」
走りながら語るティラノモンの足取りは変わらず軽快だ。後ろの重りは土煙を上げ、爪が刻んだ足跡を綺麗に消し去る。後に残るのは平らな地面のみ。
「進化できたってことは、何かしら訓練とかしてたんだよね?」
「訓練か。アレは訓練といえるのだろうか」
心なしか歩調が乱れる。その足取りを取り繕うかのようにポツリと語り始める。
ティラノモンの過去。
そこには確かな絆が刻まれていた。